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sexta-feira, 16 de julho de 2004

ブラジルは「活字」が嫌い?

日本人は、印刷物に弱いと思う。
印刷物に書いてあることは、割と本当のこととして信じがち。
新聞もそうだ。 そうそう極端に歪んではいないようだ。

「極端に歪んでいない」というと、あそこは違うとかいう意見もいただきそうだが、
海外の新聞に比べてのことだ。
大体海外の新聞は、編集方針や政治的なスタンスがはっきりしていて、
そこ始まっている場合が多い。
自分たちの意見を述べるために、新聞を武器として使っている。
日本はどちらかというと情報の伝達のためという部分が強い。
情報の速報性については、テレビやインターネットもあるのだから、
意見や解説についての部分をもっと強化してもいいのではないか。

ブラジルで、印刷物がないということはない。
新聞も、全国紙はないが、サンパウロだけでも何紙もある。
経済専門誌もある。
月刊誌、週刊誌もたくさんある。

だが、価格は日本の感覚から言って決して安くない。
そういった印刷物を買える人が少ないのではないかと思う。
今ではそうでもないが、その日の新聞が「キオスク」の壁に貼ってあり、
壁新聞のようになっており、それをじっくり読んでいる人が多かった。

実際、書店に行くといかにもインテリのような人ばかりだ。

一般の書籍は、絶対に高い。
平積みの書籍も多いが、ブラジル物もあるが翻訳物も結構多い。

こういった印刷物を買える人は、やっぱりある程度生活のレベルが高い人に見えるし、
その人たちのための意見が書かれているように思う。

では、活字媒体に接し得ない人たちは、どうしているかというと
テレビしかない。

もちろん、ブラジルにも義務教育制度があって、サンパウロでは
通常の学校のほかに、塾に行っているのがあるレベル以上の家庭では普通である。
しかし、そのような環境にいない人がいるのも事実である。
ブラジルでは、減りつつあるといえども「文盲」がいる。
日本ではいない「文盲」に実際に接したときには驚いた。
「ぺらぺら話せるのに」どうして、「アルファベットが読めないの」ということは、
その仕組みがいまだに理解できない。

こちらは、「あまり話せない」けど、「アルファベットだけ読める」わけだったのだが。
いちおう「読める」ので、バスの行き先が判ったというところが、優位点であった。
さらに、「名前」と「住所」も書くことが出来るのも、迷子になったときにそういう人たちより
多少マシだった。
ただし、「つっこんだ話」は出来ないが。

そのような人たちが厳然といるという事実があるせいか、
ブラジルでは「代理人業、代行業」が発達している。
もちろん、そのほかにも必要な理由は、法律がよく変わったり、
その運用が曖昧だったり、人脈が必要だったりということもあるが、
やはり、「活字」を苦手とする人たちのためのサービスが必要であったという
歴史があるのだと思う。

もちろん、移民一世も対象となる。

そういったせいか、この国では「手に入る書類」が少ない。
もちろん、政府のサイトでは、法律などが細かく書いてあるから
それは充実しているはずだ。

しかし、何かやるときに口頭で説明をするだけで、
それを裏付ける「書類」を呉れない。
「話はわかったから、紙を、後で頂戴」といっても、
「説明が不十分と思ったのか」また口頭で説明をする、紙は無いという。

これには、本当にいらいらさせられる。

大事なことはじっくり紙を読んで検討したいし、
どういった根拠でそうなのかとかは、話だけでは判らない。

いろんな場面で、こういったことにぶつかっている。

日本だったら、これに書いてありますからと「慇懃」に
分厚い書類を渡されるのに。

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Comments

こんにちは。私のHPにコメントありがとうございました。
ずっと前に見たブラジルの映画で、題名は忘れたのですが男の子がお母さんを探しに行くのに中年の女性がひょんなことからついていくことになった、という映画がありました。詳しい内容は忘れたけれど、その女性の職業も手紙の代行でしたよね?日本ではほとんどないので、あまり深く考えなかったのですが、それは一種の「文化」だったんですね。今になってやっと納得。

Posted by: hana | sexta-feira, 16 de julho de 2004 at 15:05

>hana様
その映画は、「セントラル・ステーション」という
邦題の映画です。
サンフランシスコにお住まいのようですが、
米国では「文盲」はいることになるのでしょうか?
広い国だからきっといるのでしょうね、そういう人たちは
どうしているのでしょうか。

Posted by: Sao_Paulo | sábado, 17 de julho de 2004 at 12:51

そうですね、アメリカにはもともと文字を持たないグループというのが存在します(ネイティブアメリカンや、ラオス・ベトナム・タイの山岳民族の移民のモン族、それにもともと黒人もアメリカに来たときは文字を持っていませんでした)ので、そういう人たちの中に文字を読み書きしない人がいて「文盲」というのは抵抗があります。(ブラジルもそういうグループがいると思います。)例えばモン族の子供は英語とモンを話しますが読み書きは英語で、モンの言葉はアルファベットで当て字をしている、という感じでしょうか。

ただ、アメリカの場合、公教育がいきわたっているので若い世代は読み書きできる人が多いのではないかと思います。(ただしレベルや質は階級や地域などによって違いますが)しかし、貧困層や移民などの大人の層に「文盲」が多いのではないかと思います。子供のとき貧しくて学校にいけなかった、という人たちですね。でも移民によっては、母国では大学の教授をしていた人でも、アメリカにきてタクシードライバーをしている人もいるので、一概には言えません。どちらかというと、文字を読み書きできるか、と言う前に英語を読み書きできるか、の方が先に来ますよね、移民の場合。なので親が子供に通訳を頼んだりする場合も多いようです。ブラジルのように代行業があるというのはあまり聞いたことがありません。もちろん、私が認識していないだけかもしれませんが。

ちゃんと調べたことがないので、間違っていたらすみません。今度調べておきますね。

「セントラル・ステーション」!そうでした。

Posted by: hana | domingo, 18 de julho de 2004 at 04:37

考えてみたら、
何語かは別にして、いずれかの言葉を読み書きできれば
文盲とは言わないですよね。
(移民一世はみんな、初めは出来るわけないし。)
でも、言葉はあって文字がない言葉はどうなるのかな?
パラグアイで、広く使われている「グァラニー語」には、文字無いようだし。
大体、「文盲」と言って使っているが、これは「放送上不適切な表現」なのだろうか。
適切な表現があれば、修正したい。

Posted by: Sao_Paulo | domingo, 18 de julho de 2004 at 13:09

セントラル・ステーションのDVD、こちらで買って先日見ました。代筆業の女性と父を探す男の子の話。代筆業の存在に私は最初ビックリしました。

Posted by: りこ | segunda-feira, 19 de julho de 2004 at 15:28

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