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quinta-feira, 30 de setembro de 2004

ヴァンダレイ・デ・リマ選手が日テレの特番に出てきた。

日本にいるので、日本のテレビを見ている。

丁度、9月末で特番ばかり。
ヴァンダレイ・リマ選手が、日テレにでてきた。
ブラジルからの中継ということ。
うつみみどりがヘンなことばかりきいている。

曰く、
あんなことがあれば勝てましたか?
結婚していますよね?(離婚しているのに)
また結婚しますよね?

出番は、5分くらいで終わり。

テレビの番組欄にはこう書いてあった。

「壮絶バトル花の芸能界」
リマ選手アテネ妨害男に宣戦

リマ選手は、そんなことを言う人ではないのに。
あまりといえばあまりに下品なタイトル。
番組が、バラエティー番組だからある程度は仕方がないけど、
一応、今ブラジルではとても大事にされている人で、
ブラジルでもいっぱいテレビに出ているけど、
こんな質問はいくら何でもしない。

ヘンな質問をしても、
最後くらいは、ちゃんとした終わり方をして欲しかった。
ヴァンダレイ・デ・リマ選手はいつものように
淡々とまじめに答えていた。
なのに、いきなりカットした感じ。

タレントではなくて、制作の方の問題かな。

日本の選手に、同じようなことはしないと思うけど。

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quarta-feira, 29 de setembro de 2004

サンパウロの国際空港

サンパウロの国際空港は、サンパウロ市の東隣のグァリューリョス市にある。
そこのクンビッカと言うところにある。

だから、クンビッカ空港と呼んだり、グァリューリョス空港と呼んだりする。
サンパウロにとっての空港は、市内の国内線専用のコンゴニアス空港を指すといった方がよい。
もともと、そこには空軍の基地があり、そこを拡充した。

コンゴニアスは市内の中心に近く、滑走路の延長ができず、
大型機の離着陸はできない。
だから、グァリューリョス空港の開港前は、
サンパウロ市から90キロも離れたビラコポス空港を国際線などは使用していた。
日本航空もここを利用した。
何もないところに降りた覚えがある。

この当時は、国際線はリオの方が中心といった感じであり、
中型機に乗り換えて、サンパウロに来るといった方法もとられていた。

グァリューリョスができて、ちょうど20年。
欠点は、朝方に霧がでること。
よく欠航する。

今も拡張工事が続いている。


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日本に着いた

だいたい予定どおりに、成田に到着。
気温23度。
蒸し暑い。

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segunda-feira, 27 de setembro de 2004

パノラマ:パカエンブ

サンパウロでも、もっとも好きな風景が、
中心部からほど近い、パカエンブーだ。

1930年頃に開発されたところという。
大きな谷を利用した競技場を中心に、緑が広がる。
緑の合間に、大邸宅がのぞく。
今はその外周を高層マンションが取り囲むように立っている。

サッカーの試合のある日は、歓声が風に乗って聞こえてくる。

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ブラジルの「勘弁」

サンパウロから西方に27キロの街にEmbuというところがある。
日曜日で道はがら空き。30分も経たずに着いた。

この町には、絵画や工芸品、アンティーク調の家具の市が立つという。
観光の街だ。

たいしたこと無いだろうと思って行ったが、意外とよかった。
この町については、改めてレポートをする。

今、サンパウロでは、「漢字」がはやっている。
漢字が入ったものが、よく売られている。
お皿、ベットカバー、そして車のステッカーなどだ。

そこには、割と良い意味の漢字が書かれている。

幸福、繁栄、健康、勇気などだ。

今日見つけたのは、電気スタンドだ。
「勘弁」と書いてあった。

「勘弁」
許すということだろうか。


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domingo, 26 de setembro de 2004

サンパウロは暑い

サンパウロは23日から正式に春になったということになっている。
ところが、今日の日曜日。
気温はぐんぐん上昇し、33度くらいまで上がった。
サンパウロは、回帰線上にあるが、高地にあるので、
年間でも30度を超す日はそれほど無い。
なのに早くも30度を超えた。

普通は、日が陰ると気温がどんどんと下がるが、まだ30度はある。

昨日の気温が日中でも20度前後だったのとはえらい違いだ。

27日に、日本に向けて出発するが、どんな気候似合わせた服装にすると良いのだろう。

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高すぎるシュラスコ

今日は、何となく昼ご飯を食べ損なった。
昼ちょっと前に出かけて、ついついお昼ご飯の時間を
逃していた。
夕方になってShopping D&Dという家具とインテリアを
中心とした店ばかりの所に行ったが、
価格もさることながら、モダンなデザイン性を重視しすぎていて、
趣味が合わないものが多く、ちょっとがっかりした。
ここで良いものが見つかるよとブラジル人から推薦を受けていたのだが、
方向が違った。
超クラシックな我が家には、クラシックなものでなくてはならないと思う。

このショッピング・センターは、土曜日の今日は午後8時に閉まるとあり、
閉店まで一時間しかなかったことと、まともなレストランは
「東京は表参道にもあるバルバコア」だけだったので、
別のところで食べることにした。

上述のように、お昼を抜いたので、おなかのキャパは十分あった。
だから、シュラスコを食べさせてくれるシュラスカリアに行くことにした。

日本でよく見られる次々に肉を持ってくるタイプのシュラスコは
Rodizioという。 くるくると次から次に持ってくることを言う。
これに対して、特定の部位の肉を一つだけ注文するタイプのものは
a la carteという。

だいたい、後者の方が高級レストランである。
Rodizioのほうは、家族向けとか大人数向けといった感じで
高級ではない。

だいたい、一人前R$20に飲み物やデザートやサービス料を加えて、
まちがってもR$40(1500円強)はいかないと、思っていた。

今日は、今サンパウロでもっとも高級なレストランが
集まっているItaim Bibiの隣のVila OlimpiaのAv.Bandeirantes沿いにある
Fogo de Chaoというレストランに行った。

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サンパウロ市内には、3カ所あって、前から一度行ってみようと思っていた。
アメリカにも4カ所も店があるそうだ。

車を玄関前に止めて、預けてしまう。
店内に案内される。
サラダ・バーがあるから、間違いなくrodizioタイプの店だ。
ちょっと内装も良いので、やや高級だと思った。
時間も19時ころでちょっと早く、まだ全然空いていた。
普通、土曜日の夜のブラジル人は21時とか22時ころにやってくる。

Rodizioなので、メニューはない。
飲み物を口頭で注文する。
カイピリーニャにした。
それから、サラダバーにいって、色々と勝手に取ってくる。
最近のサンパウロのシュラスカリアには寿司や刺身がおいてあるのだが、
ここにはなかった。
そこが、またまっとうに思えた。
次々に持ってくる肉は十分に美味しい。
斬ってくれる一切れ一切れが、それほど大きくない。
また、塩味も強くない。
すっかり、ブラジル人も健康志向になってきているので、
こうなんだと納得していた。
お酒も飲まないブラジル人も増えた。

おなかがいっぱいになったので、
デザートを注文することにしたら、メニューを持ってきた。
だいたい、一品がR$8からR$14もする。
「げっ!」 300円から500円以上もするということだ。
普通のシュラスカリアでは、ワゴンにその日のデザートを持ってきて
みせて、その中から選ぶものも多い。
ドリンクの値段も出ていた。
なんとカイピリーニャがR$10もしていた。400円弱だ。
日本での値段の様だ。
これでは、お肉の方はいくらなんだろうと今更ながら
気になってきた。
だいたい全部でR$100で済むんではないかなんて、
算段していた。
4000円弱だ。
お勘定を頼んだ。
びっくり。
R$160ちょっと。
結局サービス料を入れて、R$180ちょっと。
つまり7500円くらいだろうか。
2人で、こんなに高いとは思わなかった。

ブラジルで平均的に高い日本食レストランでも、
これではおつりが十分来るくらいだ。

だいたい、
ブラジルは、高い店と安い店の差が大きすぎる。
シュラスコのRodizioで、こんなにするとは全く予想外だった。

ちょっと、失敗の巻だった。
勿論、それ相応に美味しいのは事実だが。


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sábado, 25 de setembro de 2004

リオのサーフボードは、すてきなお尻がいっぱい

ブラジルのリオ・デ・ジャネイロといえども、一年中泳げるわけではない。
だが、その期間はそれほど長くはない。
今はもう大丈夫。

ということで、今リオでは
ビーチバーレーとサーフボードの、2つの世界大会が開催されている。

ブラジルでは、女性の魅力はなんと言ってもお尻。
これは、見る男性にとっても、魅せる女性にとっても共通だ。

リオの波は、どうかな。
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100年のモード

別にファッションに強い興味があるわけではない。

だが、たまたまサンパウロで「Fashion Passion-100年のモード」という催しをやっている。
テレビや雑誌で紹介されていたので、ちょっと色々と一段落付いたこともあり、
出かけてみた。

場所は、イビラプエラ公園のOCAというハチを逆さまにしたような建物。
入場料はR$10(400円弱)。

20世紀以降のパリでのオーチクチュールやプレタポルテで発表された
作品を実際に展示したり、ファッション写真を展示してある。
それにブラジル人の作品も絡ませている。
時代の流れに沿って展示してあり、変化が何となく判るようになっている。

日本人の作品も展示してある。
Youji Yamamoto と Junya WatanabeそしてRei Kawakubo(コムサデ ギャルシン)

感想としては、非常に充実していたということだ。
約1時間半もかかってしまった。

意外に驚いたのは、
グッズの充実ぶり。
アヴァイアーナ(Havaiana)のビーチサンダルまであった。
残念だったのは、この展示会の本の価格の高さ。
約6000円もするもの。
気分が盛り上がらず、購入しなかった。

まあ、行って良かった。

隣では、有名な「サンパウロ・ビエンナール」が
25日から始まる。
第26回となり、今回は無料という。
日本からの作品の展示のコーナーも設けられているようだ。

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サンパウロの市街地の大木

サンパウロの市内中心部でも大きな木はたくさんある。
街路樹も大きなものがある。

サンパウロのメインストリートのパウリスタ大通りと
交差するハドコック・ロボ通りを降りていった。
この通りには、高級なレストランやブティックが並んでいる
おしゃれな通りだ。

ジャルジン・アメリカとの境になる
エスタドス・ウニドス通りと交差点のちょっと手前に、
いかにもVIPむけのレストランがある。

その入り口に、とてつもない大木を発見した。
ものすごい太さだ。
いくつもの幹が絡まったような大木だ。

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どうしてここまで落書きをするのか

サンパウロ中心部のちょっと東側。
かつては、治安の良くないところと言われていたところだ。
まあ、それでも、訳あって出かけていたが。
今は、昼間は何とか大丈夫そう。

そこのこのビルがある。
徹底的に落書きされている。
上から下まで全部だ。
どうやって書いたのか判らないところにも描いてある。
何かの執念を感じる。

だいたい、サンパウロの落書きはひどい。
落書きがなければ、
品格のある建物も多いのだが。
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sexta-feira, 24 de setembro de 2004

銀行のストライキ

ブラジルの銀行が、ストライキをしている。
先週の木曜日くらいに始まった、銀行のストライキ。
先週の金曜日には、
口座をおいている支店もストライキに入った。
ATMを使えば、通常のことはできるのだが、
窓口は閉まっている。

だが、同じ銀行でも支店によってストライキをしていなかったりしていたり。
色々きいて、まだどこどこの支店はストライキに入っていないと
いうような情報が飛び交う。

いろんなことは、やはり口座をおいている銀行でなければできない。
今週もずーっとストライキだったのが、
今日はあいていた。

いつもはそこそこ混んでいるのだが、
今日は誰もあいているとは思っていないせいか、
空いていた。

明日はどうかとたずねると、判らないと答える。

ヘンなストライキだが、来月そうそうの選挙に向けて
他の部門へも拡大の動きを見せている。

大統領が、労働組合の出身なのに、何故ストライキをするのかよくわからない。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 6 鏡に見入る小鳥

ちょうど正午頃。
サンパウロの中でももっとも高級な住宅街
ジャルジン・アメリカのサン・サンバドール通り。
短い道だ。
ここを歩いていた。
またまた小鳥が飛び立った。
でも、遠くには行かない。

まだ巣立ちをしたばかりの様な小鳥だ。

木の中に隠れていたがしばらくしてまた飛び立った、
止まった先は、駐車中の車のドアミラー。
鏡に映った自分の姿を仲間と思っているようだ。
いや、親鳥と思っているのかもしれない。

巣立ちをして日が経たず、恋しいのかな。

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quinta-feira, 23 de setembro de 2004

ブラジルのサッカーの将来は大丈夫か

今日は、忙しかった。
昼には、パウリスタ大通りの、ブリガデイロに地下鉄の穴あたりで
横断歩道ではないところを渡ろうとした女性が、
「きゃー」という悲鳴ととにバイクにぶつけられて、豪快に吹っ飛ぶのを
目視した。
渋滞中のことで、スピードもさほど出ていない中での事故で、
命に別状はなかったようだ。
一時間ほどで、何もなかったように、車が走り、
また渡っている人がいた。

夕方に呼び出しを受け、市内中心部の
Rua Estados Unidos(意味は、アメリカ合衆国通り)に行った。
それも、Hudcok Lobo通りとかBela Cintra通りとか
高級レストラン街の近くで、午後7時過ぎともなると
酷く渋滞していた。

そのあと,ひどくもめて結論が出ず、明日午前に仕切直しとなった。

午後9時近くに、むなしく戻っていたのだが、
今日は水曜日でサッカーの試合があることをつい忘れてしまっていた。
モルンビーの競技場まで数百メートルのところで、
競技場の明かりが煌々とついているので、しまったと思ったが
もう違う道を取ることができないところに来ていた。

ところが、意外なことにすいすいと進めた。
もちろん、ファンはいたが、それほど多くない。

試合が始まった後かと思って、家に戻って新聞で確認をしてみた。
試合開始は9時45分。
まだ、始まっていなかったのだ。

今日の試合は、サンパウロ対サンカエターノだった。
テレビで見て気づいたが、全然人が入っていない。
いくら水曜日とはいえ、競技場の収容人数の2割もいないようだった。

試合は、1対1でPK戦となり、結果としてサンパウロが勝った。

同じ時間に、サントス対フラメンゴ戦もテレビでやっていた。
こちらは、競技場が狭いせいか、ほぼ満員。

結果は、2対2で、これもPK戦の末、サントスの勝利。

新聞にも書いてあったが、
ブラジルのサッカーのレベルが落ちていると書いてあった。
0対0の試合が増えている。
シュートの成功率が減っている
パスの成功率が下がっている
等々のデータとともに語られている。

技術的な問題が多いとある。

結果として観客動員数が減っているのだろう。

もちろんトップの選手は、みんなヨーロッパで大活躍であり、
最近はそれらの試合もテレビでやっている。

だが、それらの選手もブラジルリーグで鍛えられて、
でていったわけである。

ブラジルの国内がしっかりしないと、いけないはずなのに。

当分は、まだストックがあるから大丈夫だろうが、
ブラジルサッカーの将来が心配だ。

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ブラジル・サンパウロの「飛行船」

今日の午後、
Alto de Pinheirosという
サンパウロ西部の、割と新興の高級住宅街にいた。
新興といっても40年近くは経つ家もある。
このあたりは、敷地は狭くても500平米、
平均で700-800平米。
大きなものは3000平米くらいはゆうにある地域である。
やはり森の中に住んでいるような住宅街である。
住居専用地域なので、何をするにも車で出かけないと
いけないところがちょっと問題の所だ。
それに、川に近いところは、
川からの悪臭が流れてくるところである。
更に、サンパウロの市内の空港であるコンゴニアス空港の
着陸コースにあたり、数分おきに騒音に悩まされるところでもある。

今日は、風向きの関係か反対側から着陸する日のようで
騒音は聞こえなかった。
もう一つは、ストで飛んでいる飛行機が少なかったこともある。

そういったところで、スペイン風の家を訪ねたとき、
頭上に「飛行船」が飛んでいた。

横にはグッドイヤーのロゴ。
その下に、何かの広告があるようだったがよくわからなかった。

この飛行船は、午後10時でもサンパウロの上空を飛び交っていた。

日本でもこの飛行船は時々見かけていたが、
普及版の飛行船なのだろうか。

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terça-feira, 21 de setembro de 2004

焼きそばブーム大爆発

サンパウロの中心からずいぶんと離れた
ハイウェイRaposo Tavales沿いにある
スーパーCarrefourのフードコート。
ここは、高級とは縁がない場所だ。
サンドウィッチ屋さんの店頭に
焼きそばの文字。

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焼きそばメニューは4種類。
鶏肉の焼きそば
牛肉の焼きそば
ミックスの焼きそば
野菜焼きそば

見ていると、八割方の人が、なんと焼きそばを注文している。

お店は全く日系人とは関係がないようだ。
店の人も、手慣れたもので、鉄板の上で野菜や肉をいため、
麺を加えて、ソースで味を付けている。

ミックスを頼んでみた。

一緒に、醤油も付いてきた。
これで、味が薄かったら使ってくれということだ。
いくら何でも箸はないとはおもったが、
一応、箸はあるかと聞いたら、あるという。
ちゃんと割り箸を持ってきた。

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味は、とても強く。
醤油は全く必要なかった。
まあ、我慢できる味だった。

今、本当にサンパウロでは焼きそばが大爆発。
昔から、東洋人街にはあったが、
今や市内の至る所にある。
高級なレストランから、屋台まで。

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segunda-feira, 20 de setembro de 2004

ブラジル・サンパウロの小鳥 5 巣作り

今日のサンパウロは日中とても暑くなった。
30度は超えたようだ。

そんな日の午後、ジャルジン・パウリスタの
マエストロ・チアファレリ通り(パンプローナ通りを降りてまっすぐそのままの道の名前)。
とある有名女優の家を訪ねたときのこと。

人が歩く音に驚いたのか、
家の前の歩道から、小鳥が飛び上がって、
頭上の木の枝に止まった。

よく見ると、くちばしに何かくわえている。
春を迎えて、巣作りを始めたようだ。

辺りを見回して、また別の枝の方に移り、そして隠れてしまった。


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農地の大きな木

大きな木が、2本立っている。
真っ赤な農地の脇に立っている。

一本はまだ芽吹いていない。

農地は、今は何も植えられていない。
もうすぐ、サトウキビが植えられるはずだ。

サトウキビの背丈が、1メートル50センチを超える頃、
ざわざわと風の通りすぎる音がするだろう。

そのときに、こんな木の下で昼寝をしたい。

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歩くしかない

小都市では、それほど交通機関がない。
バスくらいしかないが、日曜日はそれとてほとんど止まっている。

車やバイクがあればいいが、
なければ「歩くしかない」。

友達と、家族と、ただただ歩く。

丘を登り、下り、
真っ赤な大地を歩くしかない。

暑いときは、路肩の日陰で休みを取る。
雨が降ってきたら、大木の下で雨宿りだ。
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恋人や姉妹と歩く。
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家族と歩く。
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女友達と歩く。

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小都市の娘たち

サンパウロから100数十キロも離れた小都市。
人口は、数千人程度か。

日曜日の午後。
街は静かすぎる。
商店は、すべて閉まっている。
スーパーでさえ閉まっている。

男たちは、バールで飲んで、話もできる。

彼女たちは、どこに行こうにも、行くところはない。

街角で、女友達と待ち合わせ、ただ話をするしかない。

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サンパウロ州の地方道

ハイウェイのことだけでは、不十分なので
ハイウェイを降りてからあとの道についても、
紹介をしておく。

あくまでもサンパウロ州の話に限定だ。

はっきり言って、地図にない道は走ってはいけない。
それは農場内の私道もしくは、公道であってもそれに類する道路だ。
地図で非舗装の道とあれば、できるだけ通らないことを勧める。
特に山道と、平地でも雨のあとは、普通の車では走らない方がよい。
ぬかるみに入って、でられなくなる可能性がある。
そういった道は交通量が少ないので、助けにきてもらえるまで
時間がかかりそうだ。

ハイウェイの出口をでると、それは地方道につながっている。
この道ははっきり言って、走れる。
だいたい、日本の国道並みのレベルだ。
表示も、だいたい整っている。
70-80キロどころか100キロで走れるが、
今は取り締まりが厳しいので、割とみんなスピードは守っている。

ただし、舗装が悪いところがある。
油断して走ってはいけない。

また、市街地にはいると、スピードを落とさせるために「ロンバーダ」という
障害物が頻繁にある

夜の道は危険だ。
まず、明かりがない。自分だけが頼りだ。
道に、動物が出てくる。

サンパウロ州に限って言うと、たとえると
豪州の普通の道より、道路の状態は遙かに上だ。
人口が多い分だけ、整備が可能なのだろうと思う。
豪州も、町を一歩出ると、地図にない道はない状態だが、
地図にある道も結構狭く、路肩がない道が多い。
あっても非舗装だ。
ハイウェイは整備されているが、サービスエリアは貧弱だ。
交通量も少なく、人が住んでいないせいだろう。

サンパウロ州の土は赤い。
熱帯特有のテレロッシャ。

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ブラジルのハイウェイ

毎日、サンパウロの渋滞の中にいて
気分が悪くなった。
日曜日なので、ちょっと200キロほど内陸に遠出をした。
サンパウロから、だいたい70-80キロまでは近郊ということで、
割と開発が進んでいるし、都市住民の別荘やレジャー施設がある。
だから、もっと奥のサンパウロの影響を感じないところまで行きたかった。

もちろん、普通の道ではなくハイウェイを使う。

サンパウロ州は、ブラジルの経済の中心で、道路も格段に整備されている。
特に、ハイウェイはどんどんと延びている。
サンパウロから、四方八方にのびている。

これらの道は、かつては整備が悪く、舗装が荒れてそのままになっているところも
おおく、スピードを出していても油断がならなかった。

しかし、ブラジルは民営化を断行した。
ある管理を民営化したのだ。
結果として、整備は凄く行き届いており、日本の高速道路以上に
走りやすい。
ただし、民営化の結果として、ある一定の区間ごとに会社があり、
それぞれが料金所をもうけたので、料金が凄く高くなった気がする。
かつては、ほとんど無料に近かったのだ。
それでも日本の高速道路よりは非常に安い。
途中のサービスエリアの規模も大きく、綺麗になった。
道路の標示もよくできている。

サンパウロの内陸部へ向かって、高原を突っ切って延々とのびている。

対向車線との間のグリーンベルトも信じられないくらい広く取ってあり、
ライトがまぶしいなどということもない。

トラックの運転は非常にマナーがよい、幅寄せなんて絶対にない。

以上の話は、あくまでもサンパウロ州のサンパウロ近郊の
ハイウェイーの話であって、民営化されていないハイウェイは
昔のままだ。
車が少ないから良いが。

また、サンパウロ市内では、道の状態は全く逆の状態だ。
そして、ハンドル持ったら皆レーサーのような運転をしてくる。
私も、立派に地元の運転をしている。

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domingo, 19 de setembro de 2004

下校風景

サンパウロの学生には、制服があるところも多い。
公立でも、私立でもだ。
しかし、その制服はいつもジャージだ。

学校の名前や、マークが入っている。
このことで、また学生が危険に巻き込まれることが多い。
お金持ち子弟が行く学校の生徒が誘拐されてしまうのだ。

だから、
多くの場合、親が車で学校の前まで送り迎えをすることが、
当たり前になっている。
学校の前は、登下校の時間はこの父兄の車で大混雑になり
渋滞が生じてしまう。
この時間には、そのあたりを通過しないようにしている。
学校の近くに、住むことを好んでいる人はいない。

父兄で車による送迎ができない場合は、
もしくは、"Escolar"というのだがスクールバスで、家の前まで
送ってもらうことになる。

そのスクールバスでさえ、途中で襲われることもあるから
とんでもない話だ。

この写真のように、住宅街で
一人で歩いている姿には、「危うさ」を感じてしまう。

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sábado, 18 de setembro de 2004

サンパウロのユダヤ人

9月16日、サンパウロの中心部ジャルジン・パウリスタ地区の
高級レストランやブティックが並ぶハドコック・ロボ通り辺りに
ユダヤ人の家族がいっぱい歩いていた。
男性の独特の服装ですぐにそうと判る。

この辺りにユダヤ教会のシナゴ-グがある。

ブラジルには、それほどユダヤ人が多いわけではない。
10万人程度で、日系人の数よりもずっと少ない。
南米では、アルゼンチンなどにもっと大きな数がいる。

だいたい、ヨーロッパからの迫害を逃れてきた人たちで、
ナチスから逃れてきた人たちも多く含まれている。

人口はそれほどではなくても、
社会階層的には上位にあるようである。
サンパウロの市内の各地に、彼らの施設があるがどれも良い
場所にある。

幼稚園は、パカエンブにある。
クラブは、「クルビ・エブライカ」といい、ジャルジン・パウリスターノの
ショッピング・イグアテミの裏手にある。

サンパウロでもっとも良いとされる病院つまりブラジル最高の
医療水準を誇る病院は、
「アルベルト・アインシュタイン病院」で、
モルンビの丘の上に大きな規模で鎮座している。
費用の方も、最高だ。
ここの食事は、もちろんすべてKosherということだ。

ちょうどこの日、ユダヤ教の新年の集会が、シナゴーグであったようだ。

テレビでは、ユダヤ教に改宗したマドンナが、エルサレムに行った姿を
放映していた。
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サンパウロに雹が降る

サンパウロの天気は変わりやすい。

天気予報は、「晴れ時々曇り所によっては雨」と書けばまず当たる。

今日の新聞は、「曇り所によってはにわか雨」と書いてあった。

実際は、午前中は、雲は多かったが晴れていた。
湿度はそれほど多くなく、気温もそれほど高くなかった。

午後になって雲が多くなった。

15時頃に暗くなり、雨が降り始めた。
雷も鳴り、ついに雹が降った。

雨は、かなり強く、低地では大きな水たまりができた。

そして、雨は18時になっても止まない。
また強くなってきた。

雹は車の屋根にも積もったが、すぐに溶けた。
土の上の雹はしばらく残っていた。
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sexta-feira, 17 de setembro de 2004

サンパウロの殺人が激減という。

今日の新聞"Folha de Sao Paulo"に出ていた記事からの話。

1999年から2003年の過去5年で,
サンパウロ市の殺人が、26.5%も減ったそうだ。
これは、激減だ。

人口十万人あたりの殺人が、64.2人からわずか47.2人までになった。
サンパウロ市の人口は約1000万人だから、
4700人が犠牲者ということだ。

やっぱりものすごい絶対数だ。

殺人が多いといっても所構わずというわけではない。

サンパウロを96に地域にわけた場合、
最も多いところは89.2人
少ないところは、2.9人だ。

当たり前のことだが、郊外の貧民街が多いところでの
殺人の率が全体を引き上げている。

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小泉首相は、地元紙の一面

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9月17日付の地元紙"Folha de Sao Paulo"の一面に、我が国の
小泉首相が、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領とともに
いるところが写真に出ている

ところが、この写真の下のコメントを見ると、主役はこの両者ではない。

写真の右側にいる、あのヴァンダレイ・ダ・シルバ選手。

この写真の本文も、スポーツ面。

ブラジルらしい切り口だ。

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小泉首相について、ブラジリアからの報道。

ブラジル訪問中の、小泉首相は、首都ブラジリアに昨日着いた。

ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバと会談をするのであるから、
当然現地のニュースで報道をするはずと、夜のニュースを3つ見ていた。

短いこと。

小泉首相と、大統領と、あのマラソンの銅メダリストヴァンダレイ・ダ・シルバ選手が
一緒にいる映像。
ヴァンダレイ・ダ・シルバ選手は、スーツにネクタイだった。

日本が、「マンガ」を輸入するということだけ。 

※マンガとは漫画ではない。フルーツだ。

映像のないニュースもあった。
隣国でもないし、政治的なテーマもない。
さらっとした扱いもしかながないのだろうが、いささか寂しい。


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親子?兄弟?夫婦?

同じ種類の犬を、2頭連れて散歩している。

なにしろ大きな犬なので、
「大きい」とか「怖い」などと言われることも多い。

日本では、
「犬の親子だ」とか「兄弟かな」、と通り過ぎる人が
言うのを耳にした。
もちろん尋ねてくる人もいた。

「双子だ!」なんて言う子供もいた。

犬は、一度になんともう生まれるのに、双子どころではないし、
何回も出産すると兄弟は沢山になることが判らない
頭の悪い子だと、心のなかでおもっていた。
(親が、教えていないのが、そもそもの問題だが。)

ブラジルに来ると、きいてくることが違う。

まず、「この犬は凶暴?」とか「咬むか?」というのが普通。
それも、犬と割と距離おいて、用心している。
こちらの犬は、番犬としての用を足さなければならないので
凶暴さは必要なのだ。
だから、いかにも凶暴な面構えの犬が多い。

もちろん、ゴールデンレトリバーのように、番犬には全く向いて
いないものもいる。

更に、2頭を見て、「夫婦」かときいてくることが、
一番多い。
9割方はそうだ。

「夫婦」が一緒に過ごすことを基本としている社会ならのではの発想だ。


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quinta-feira, 16 de setembro de 2004

小泉首相が泣いた、のは経済面

「小泉首相が泣いた」という記事は、
サンパウロの今朝の新聞に出ていた。

サンパウロの一流紙"Folha de Sao Paulo"という新聞。
発行部数は、約30万部。

経済面に、写真と短いコメントが付いているだけだ。
写真は、APからの配信もの。

コメントは、非常に短い。

「感激」
日本の首相小泉純一郎が、サンパウロの日本人移民資料館において、日本人諸団体との懇談での講演で泣いた。
彼は、今日ルラ大統領と会議を行う。

この記事が、経済面に掲載された理由がよくわからない。

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小泉首相が泣いた、なんて知らない。

「小泉首相が泣いた」そうだ。

感極まって泣いたそうだ。

だが、それは日本発の情報。
NHKの海外放送のテレビを見ていないので、よくわからない。

小泉首相が来る前の日に、小泉首相の訪伯を伝える報道が、
ブラジルの現地マスコミでもあったが、到着後にサンパウロのどこをどう回ったかなんて
伝えていない。
大体、一般のブラジル人とは関係ない、日系人関係の
所を回っているからだろう。
首都でもない、サンパウロにいる理由は、日系人の
ためだ。

昨日午後から、首都ブラジリアに移り、
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ大統領と会うし、
テレビニュースで報道されることになると思う。

ちなみに、ブラジル大統領は、昨日はアマゾンのマナウスで、
隣国ベネズエラのチャベス大統領と会っていた。

話を戻して、日系人がブラジルに移住してもうすぐ、100年になる。
初期の移民の苦労は、筆舌に尽くしがたいものがあったと思う。

その苦労があって、地球の裏側にもかかわらず、ことサンパウロでは
日本人にとっては日本的生活をするのにそれほど不便を感じない。

小泉首相の涙は、
日系移民たちみんなの涙と、素直にとっておきたい。

サンパウロに住んでいるものとしては、そのように思う。


※もちろん、こちらの日系社会で発行されている邦字紙では
 小泉首相の動向については、詳細に伝えられている。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 4

サンパウロの街全体としては、東京や日本の大都市に比べると遙かに緑が多い。
公園が多いわけではないが、街路樹や道路の緑地、広場が広く取られて
整備されているところが多く、また個人の大邸宅の規模が大きく、
大木が多い。
もちろん、貧しい人が多い地区ではそうはいかない。

ここパカエンブー地区は、割と古く1920年代頃に整備された、個人の
大邸宅が谷を挟んだ両側にある地区で、傾斜地であることもあって
全体として森のように見える。、

また、新しい小鳥がやってきた。
やや大柄で、頭には白い線が見える。
あまり人を怖がらないようで、近づいて写真が撮れた。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その3 はちどり

サンパウロの中心部に位置する古くからの住宅街であるパカエンブ。
とある個人の家。
敷地の中のちょっとした林がある。
そこには、果実がなる木を主として植えている。
鳥がどんどんとやってくる。

ついに、はちどりもやってきた。

とてもすばしこいはちどりが、休んだ瞬間が撮れた。

長い尾と長いくちばしが特徴だ。
花の前で空中にとどまり、まるで蝶のようにして、
その長いくちばしで、蜜を吸うのだ。

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ブラジルのマネキンは刺激的

ブラジルのマネキンは、何故か女性の胸のラインがくっきり。
ほとんどのマネキンが、このようになっている。
どうしてここまで、詳細にこだわった表現になっているのか判らない。

現在、実際には、このような女性が歩いていることはまずない。
若い女性ではまず無い。
かつては、とある事情で割と多く見られたが、いまでは状況が変わっている。

日本では、マネキンは実際の人間のサイズに近くして作られているように思うが、
こちらではいささか出るとことろは出てというように強調がきついようにも思える。

だが、ブラジルからのマネキンの輸出が増えているというから、世界ではこういうのが
好みの人も多いのだろう。

不思議なことに、男性のマネキンの胸も、いささか尖っていることを申し添えておく。
そのような男性も実際にはいない。
もちろん、たとえマネキンであっても、そのような写真を撮る気にはなれない。

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quarta-feira, 15 de setembro de 2004

小泉首相の、サンパウロの、川の視察

さすが、大国日本の首相。
今朝サンパウロに到着したのだが、
こちらのニュースでもちゃんと報道されています。

空港から直行で、市内を流れるチエテ川へやってきた。

この川は、サンパウロを東から西に流れる川である。
空港から市内へはいる道も、この川に沿っている。

実は、この川はラプラタ川の支流であり、
サンパウロから内陸に向かって流れて、
パラグアイ国境、そしてアルゼンチンにはいり、ついに大西洋に出る。
数千キロの大河の上流部分なのである。
しかし、標高差はわずか800メートル程度。
だから、流れが凄く遅い、
また、都市河川故の汚染も酷く、腐臭がきついのである。
ちょっとした大雨の時は、水の捌けが悪く、すぐに氾濫し、
交通の混乱を招いている。

このため改修工事を進めているのだが、
これに日本も資金供与をしているのである。

だから、こうやって州知事が、普段は絶対に近づくことのない
この川へ、小泉首相を案内しているわけだ。

この工事に、日本が資金を出していることは、
ちゃんとブラジルではニュースで今回も報道されている。

また、工事現場の表示にも、日本の資金援助によることも
きちんと記載されている。
(一般の人が、そのようなことを気にしていることもないと思うが。)

日本のすぐ近くの大国が、
この資金援助の何倍もの援助を受けていながら、
その事実を人民にいっさい伝えず、
また反日的な教育を行っていることと比べると、
この気遣いは、そこまでしなくてもといいたくなる。

資金援助の目的は、友好の確立であるはずで、
感謝もされないどころか、スポーツの場で領事の車のガラスが
割られてしまうようでは、全く目的を達していないとしかいいようがない。

日本の税金である資金援助の使い方に、
その効果など考えるべきことも多いのではないかと思う。

もちろん、お金を出したからと、恩着せがましいことをいう
事を勧めているわけでは決してない。

小泉首相は、明日は午前中はサンパウロにいて、午後からは首都ブラジリアに行って
ルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ大統領とあることになっている。
明後日は、メキシコに向かうそうだ。
この日程は、相当きつい。


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奥様のウォーキング

サンパウロの高級住宅街モルンビ。
市街地からははずれているので、巨大な家が多い。
土地が800平米で、建物が600平米なんて、小さい方だ。

サンパウロ州知事のいるパラシオ・ゴヴェルノの前にある
ビニシウス・モライエス広場。
大きな広場だ。

日曜日には、ここに近所の人たちが集まって、思い思いに過ごしている。
凄い賑わいだ。
やはりアップダウンのある地形だが、
一番多いのは、ウォーキンをしている人たち。
漫然と歩くのではなく、ちゃんとスポーツをする格好をして、
速く歩いている。
ジョッギングは、あまり多くない。

平日の午前中でも、ウォーキングをしている人は多い。

今日も、奥様たちが歩いておられた。

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terça-feira, 14 de setembro de 2004

形の良いお尻

かつて、外国を知らない頃、
外人はみんな美しく、スタイルがよいと思っていた。

映画や、雑誌や、そういったものからの知識が得られなかったからだ。
美しく、スタイルがよいから、映画にでたり、雑誌に掲載されることまで、
頭が回らなかったからだ。

でも、実際に海外に行って判った。
美しく、スタイルの良い人ばかりではないこと。

考えてみたら、当たり前のことだった。

最近は、日本女性の方が平均点は高いのではないかと思う。
スタイルも、とても良い人が多いと思う。
個性的で、自信を持った人が増えたように思える。

でも、これだけのボリューム感を持ったお尻は、
日本人では無理だ。

この女性は、黒人系の女性だった。
張りのある体で、颯爽と過ぎていった。

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パカエンブー競技場

サンパウロの中心部のパカエンブーにある競技場。

パルメイラスの本拠地でもある。
試合の日は、とても騒がしい。

古く規模は小さいが、周囲は公園のように整備されている。
パウリスタ大通りからも近く、パカエンブーは超高級住宅街でもあり、
超高級アパート街でもある。

この角度から撮ると、ちょうど真後ろにパウリスタ大通りの街並みがくる。

ちょっと靄がかかる夜、パウリスタ大通りの明かりが滲んだように、
競技場を幻想的に見せる。

正面のファサードは、とても美しいデザインだ。

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segunda-feira, 13 de setembro de 2004

ブラジル・サンパウロの小鳥 その2

サンパウロには、鳥が多く生息している。
それも、カラフルなものが多く、かつやや大きな鳥が多い。
そして、声も決して悪くない。

”ベンチ・ビー”と鳴く鳥は、どこにでもいるようだ。

高級住宅街の歩道に、鳥が出てきた。
何かをついばんでいる。
大きな街路樹から落ちてきた実のようだ。
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きれいなお母さんは好きですか

きれいなお母さんが歩いていた。

そうそう、町中には美人はいないのがブラジルだ。

いるところには、ものすごい美人がいっぱいいる。

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サントスのファンに囲まれて

昨日の夕方から、サンパウロには寒波がきた。
夜は結構雨が強く降っていた。
そして今朝は霧雨。
日中でも、気温は16度程度。

朝10時半頃に、F1イタリア・モンザが終了し、
ブラジル人レーサーバリチェロが優勝。
当然のことながら、テレビは大騒ぎ。
お立ち台にバリチェロが立ち、ブラジル国歌が流れた。

午後一番に、ブリガデイロ・ルイスアントニオの4000番台に行って
(ほとんどイビラプエラ公園の隣)、
それから、パカエンブに行った。

パカエンブ地区は、パウリスタ大通りからすぐで、大きな谷になっていて、
その両側に、高級住宅が並んでいる。

そして、谷にはパカエンブー競技場がある。
ここは、パルメイラスの本拠地だ。
パルメイラスは元々は、イタリア系移民が作ったクラブで
大戦中に名称をパルメイラスにした。

今日は日曜日。
またまた、競技場の横に道に出てしまった。
しまったときには遅い。
競技場に向かう群衆が道をふさいでいる。

今日の試合は、パルメイラス対サントス。
サントス側にいるようで、サントスのシャツを着たファンに囲まれてしまった。
サントスから車で上がってきたファンでいっぱいだ。

興奮させないように、慎重に通り過ぎる。

試合の結果は、
2対1で、サントスの勝利だった。

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食事をと思い立ったのが、4時頃。
パチオ・イジェノポリスはすぐ近かったのだが、
何故かショッピング・モルンビまでとばしてしまった。
久々に肉のかたまりを堪能した。

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domingo, 12 de setembro de 2004

サッカーよりもロック

サンパウロ・フッチボル・クルビの本拠地のモルンビー競技場前を
午後1時過ぎに通った。
なんだか人が多い。
路上まではみ出して歩いている。

またサッカーの試合かと思って見ていると、
ユニフォームを着た人がいない。
若者だけしかいない。
違うようだ。

その代わり、黒っぽいT-シャツを着た人が多い。

正面に近づいたところで、
ロックのコンサートと判った。

コンサートの開始の数時間前からこんなに来るか?

リンキン・パークというグループがメインらしい。

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サンパウロの猛禽類

空を悠々と浮遊する鷹。
一羽ではない。
ねらいは、小さなツバメたちのようだ。
ツバメが、あちこちに飛び交う。
そして、藪に隠れる。

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亜熱帯林の上を飛ぶ。
緑の上に、白と茶色の体が滑空している。

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衝撃の光景-路上に立つ女 続き

昨日に続き、またプラナルト・パウリスタ地区へ行った。
午後2時。
相変わらず、閑静な住宅地。
人通りも、車の通りも少ない。

昨日の場所には、そういう女性はいないようだ。
「土曜日だからかな」などと思っていると、
300メートルほど離れた、2ブロック先に
程なく、それらしき女性が現れた。
肌の色の黒い人で、かなり太っている。
昨日は、見なかった女性だ。
大木の根本に荷物を置いて、商売を始めた。

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さらに、
昨日の女性も同じ場所に
同じ服装で現れた。
よく目立つ色だ。
識別しやすいと、ユニフォームにしているのだろう。

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事情通に聞くと、
この場所は昔から、このような女性が多いところで知られているという。
裏通りではなくて、表の大通り「インジアナポリス」に出てくるよと言うこと。
夜になるともっと増えるようだ。
更に、女性だけではなく、男性も混ざっているから、間違わないようにとのこと。

一度こういうことに目がいくようになると、
ほかの所でもいるのを発見できた。
市内西部のジダーデ・ジャルジン地区。
ここも屈指の高級住宅街だ。
ジョッキー・クルビという名前の競馬場がある。
ここの前の通りは、競馬がないときはそれほど交通量も多くない。
今日16時半頃通ったら。
結構いた。

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sábado, 11 de setembro de 2004

満開の花-続き

紫色の満開の花。
名前は、まだ判らない。

接近して、撮ったものもあるので紹介する。

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満開の花

今日の午後滞在していたプラナルト・パウリスタという地区。
直訳すると[サンパウロの人の高原]という地名だ。

ある一軒の庭の木が満開である。
日光に当たり、紫色の花がいっそう強く輝いている。

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※美しいサンパウロの姿も知っていただきたいものです。

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バイク便[HIKARI]

サンパウロで運転をしていて、今一番に気をつけなければならないのが、
「バイク便」の運転の荒いことだ。

渋滞の道でも、車と車の間をすいすいと抜けていく。
すいすいというより、強引にといった方が正しいかもしれない。

よく事故も多いようだ。
一昨日は、事故で倒れている運転手を見た。

かつて、サンパウロでは、書類で急ぐものは
「ボーイ」と呼ばれる、10代後半くらいのパートを雇い、
手でもって行かせていた。
バスで行くから、場所によっては結構時間がかかり、
いつ帰ってくるか判らなかった。

更に今は渋滞が酷いから、全くあてにならないはずだ。

バイクはバイクで、交通手段と言うより、お金持ちのお坊ちゃんの
おもちゃという感じだった。

それが、今やバイク便全盛だ。

[HIKARI]というバイク便。
日系人が経営しているのだろう。
いかにも早そうだ。

そういえば、[FUJI TAXI]というのもあった。

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衝撃の光景-路上に立つ女

サンパウロの中心部からやや南の方は
高級な住宅地区となっている。

その一つ、アベニダ・インヂアノポリスが貫く
プラナルト・パウリスタという地区で、午後1時頃、車を走らせていた。
大通りから一本入った通りは、車も少なくとても静かな住宅地だ。

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一人の女性が、角に立っているのがみえた。
金髪で、白のタンクトップ、水色のパンツ。
おなかは露出している。
今日は、日中は30度を超えて、気温が高かったから
別に不思議な格好ではない。

距離が詰まってきて、よく見えてきた。
道を渡ろうとしている住民だろうか。
いや、ちょっと違う。
おなかが露出しすぎだ。
普通の女性は、露出しつつも、下がるパンツを引っ張り上げたり、
タンクトップの裾を下げたりと、多少は隠すかのような動きをする。

しかし、この女性は、なにか動きが変だ。
パンツを微妙な位置で調整している。
水着の跡を、見せつけている。

「もしかしたら」
「いや、まさか」
「こんな住宅地で」
「人通りも少ないのに」

この女性、客引きをしていた。
前の車の運転手が、車を止め、女性を呼んだ。
冷やかしだろうか、窓を開けて、何かしゃべっている。

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車は、また走り出した。
交渉は不成立だったようだ。

ちょうど、その女性が見下ろせる家に用事があった。
2階から、よく見てみた。
相変わらず道に立ち、通りすぎる車を見ている。

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その後、このあたりで、同様な女性をほかにもちらほらと見かけた。
この女性も、少なくとも17時頃までは、そこにずっといた。

なにも、女性が立っていたことで驚いたのではない。
サンパウロでは、夜になればこのようなことはあちこちで見られる。
中心部のややディープなところでは、昼間から立っているところも何ではない。

しかし、こういった高級な住宅地の裏通りにいたことに
驚いたのだ。

明日も、またここに行くことになっているが、
また、見かけるのだろうか。

※サンパウロの夜の事情については、多少は知っているが、
非常に詳しいサイトもあるので、探し出して欲しい。
ある意味で南半球随一だろう。


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sexta-feira, 10 de setembro de 2004

小泉首相の、ブラジルの従兄弟

9月13日に出発して、小泉首相がブラジルを訪問する。
そのときの空き時間に、従兄弟に会うとか。

こちらの日本語新聞では、
もう70歳を超えられたとかで、
東京農工大学を出られて、ブラジルに渡られて50年はたつ方だという。
こちらで、獣医をされているという。

日本には12回ほど戻られていて、
小泉首相就任後も、なんと東京の有名料亭「福田屋」で
食事をされたとか。

今回は、本当に時間がとれるのだろうか。

※この邦字紙を見て、驚いた。
 ブラジルとボリビアの試合が、
 ブラジルとコロンビアの試合として書かれていた。 
 どうして、こんな間違いが起きたのか。
 

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その1

サンパウロの街には、大木が多い。
公園や広場、街路や、個人の庭にもある。

花の咲くものや、実のなるものも多い。

そして、色々な小鳥も多い。

道の水たまりに、1羽の小鳥が降りてきた。
水をついばんでいる。

近づいても、なかなか逃げずにいる。

小鳥も割とカラフルなものが多い。

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パノラマ:大サンパウロ

サンパウロは、南米随一の大都市だ。

しかし、観光には恵まれない。
顔がない。

都市のダイナミックさと、行き交う人の多様さが売り物といわれても、
やはり今ひとつだ。

だだっぴろい高原の都市を、一望にすることができるところがある。
"Pico de Jaragua"という。
街からほど遠くなく、山頂まで来るまですいすいと登れる。
周囲は、州立公園となっている。

十分な日光に恵まれると、大都市特有のスモッグにやや煙る街並みが見える。

果てなく続く丘と、林立する高層ビルが、高低のリズムを見せる。

屋根の瓦の色は、大地と同じオレンジが買った赤、テレロッサの色だ。

都市の中心部が、俯瞰からでもはっきりと判別できない街である。

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(クリックすると大きくなります)
※別途画像を希望の方は、メイルを。

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quarta-feira, 8 de setembro de 2004

ブラジル対ドイツ

2002年のサッカー・ワールドカップの決勝戦のリベンジともいわれた
ブラジル対ドイツの親善試合が、9月8日ベルリンで行われた。

結果は1対1。

ブラジルは、ロナルジーニョがゴールを決めた。

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エリス・レジーナとトム・ジョビン

ブラジル音楽にとても詳しい人が多すぎるので
音楽ネタはしたくない。

本当は、サッカーもそうだ。

「Elis &Tom」という有名なアルバムがある。
これがまた新しくでるということだ。
音質をよくしたということなのだろう。
ブラジルもこういうことをするような国になった。

話は違うが、
毎日通るモルンビの州政府の建物の前に広場がある。
「ビニシウス・モラエス広場」
お金持ちが、ジョギングやウォーキングをしている。
犬の散歩も多い。

ちゃんとしたところには、ちゃんとした人の名前を付けているなと
思った次第。

エリス・レジーナで好きな曲は、いろんな人が歌ってはいるが
「カリニョーゾ」。

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ロナルドは1日遅れでドイツへ。

ブラジル代表のロナルドは、他のメンバーとは1日遅れてドイツに着いた。
ドイツとの親善試合に臨むためだ。

ロナルドが、1日遅れたのは、言うまでもなく婚約発表後の
色々なことのためだ。

婚約者のダニエラが買ってきた婚約指輪を着けて、
ドイツに向けて出発前のサンパウロの空港で、
インタビューを受ける。

婚約のあとの夕食は、「なすのラザーニャ」だったそうだ。
お金持ちなのになぜと聞かれると、「ダイエット」のためだそうだ。
ダニエラにすっかりコントロールされている。

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その彼も、ドイツに到着後、練習に合流した。

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ヴァンダレイ・デ・リマ選手は、まだ時の人

ヴァンダレイ・デ・リマ選手は、まだ時の人だ。

今日9月7日は、ブラジルの独立記念日。
首都ブラジリアで、式典が行われた。

パレードが行われた。
ルーラ大統領が、オープンカーで通り過ぎる。

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陸海空軍のパレード。
パラリンピックに参加する選手団のパレード。
不思議なバレーの一団のパレード。

その中で、あのヴァンダレイ・デ・リマ選手が、
あのジャージに身を包み、大きな国旗を振りながら、パレードを通り過ぎていった。
当然、観衆から大歓声だった。

そして、大統領と並んで、閲覧席に座った。

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大統領と大統領夫人とともに、観衆に手を振る。

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あのアイルランド人がいうように、
「自分が彼から奪ったものを、神が彼に与えてくれる。」というのは、
事実かもしれない。

日曜日の夜の番組にもでていた。
このテレビ局がイギリスまで行って、青のアイルランド人の
インタービューを撮ってきた。
それを、ヴァンダレイ・デ・リマ選手に見せて、コメントを貰っていた。
なかなか、悪い趣味だと思ったが、
ヴァンダレイ・デ・リマ選手はいつもと同じように
淡々と質問に応じていた。

「襲われる瞬間は、手に何か持っているようだったので、
怖かった。」

目を潤ませて、言っている。
「4年ほど前になくなった父親のすっていたたばこの臭いがした。
父親が救ってくれたように思う。」

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terça-feira, 7 de setembro de 2004

アイルトン・セナ・ダ・シルバ、ここに眠る

サンパウロの郊外「高級住宅街の代名詞」のモルンビ。
ここに、モルンビ墓地がある。

日曜日の午前中、ちょっと出かけてみた。
道も極端に空いていたせいで、15-20分ぐらいでわけもなく到着した。

墓地の駐車場に車をおいて、墓地内にはいる。

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墓地は、30年ほど前には一応整備されて、分譲されている。

サンパウロの墓地は、市内中心部の歴史的な古い墓地では墓石が大きく、
また彫刻の森かと思えるほどすばらしい装飾が施されたものがある。

この墓地は違う。
一面の芝生に、金属のプレートで物故者の氏名などが書かれたものが
置かれているだけの極めてシンプルな形の墓地だ。

奥に向かって歩みを進める。

芝生と、そして所々に木が生えていて、公園のようだ。
静かだ。
ところどころの墓銘碑には、鉢植えの花が供えられている。
参拝者がおいていったものだ。

ちょうど、埋葬の儀式が行われているところもあった。

墓地のほぼ中心部、大きな木の脇にこの墓地で一カ所だけ
黒と黄色のテープで囲いがされたところがある。

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ここが、80年代後半から90年代はじめを走り抜けた、
F1のレーサー”アイルトン・セナ・ダ・シルバ”が永遠の眠りについているところだ。

今も訪れる人は途切れていない。
いくつかの鉢植えとともに、ブラジルの国旗もある。
彼は、ブラジルの誇りだ。

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墓銘碑を見る。
名前と、生誕とそして無くなった日が書いている。
「神のご加護を永遠」というようなことが書いてある。
(直訳ではちょっと違うが、宗教的で回りくどい言い方だ。)

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ただ、それだけの、たったそれだけの墓銘碑だ。
ここにはもう、F1レースカーの爆音も何もない。
鳥たちのさえずりだけがあった。

ちょっと離れたところから、
墓地全体を見回してみた。

この墓地に来るのは、個人的には17年ぶりだ。
公園を囲む緑の先には、
いくつもの大きな高級アパートが建ってきている。

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(クリックしてみてください。)

変わっていく風景と過ぎていく月日を思った。

もう一度、アイルトン・セナ・ダ・シルバの眠る場所の方向を見て、
墓地をあとにした。

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勝手な休み

9月4日、5日は、土日の休み。
さらに、9月7日は、ブラジルの独立記念日で「休日」。

で、今日も休みを取って、4日間の連休とする人が、実に多い。

だから、サンパウロから出る車で、土曜日は高速道路が大混雑。
明日は、サンパウロに戻る車で大混雑が予想されている。

事実上の休みの今日は、市内は車ががらがら。
日曜日ほどではないが、渋滞がない。

学校も休みになっている。

何しろ、公的機関の一部も休みとなっているくらいだ。

長年の習慣とはいえ、いささか驚き。

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※リオ・デ・ジャネイロは、サンパウロよりずっと暑い。
 海岸はこの通り。

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9月7日はブラジルの独立記念日

9月7日は、ブラジルの独立記念日だ。
もちろん休日だ。
式典は、首都であるブラジリアで行われる。

だが、歴史的な事実でいうと、独立宣言は
サンパウロで行われた。

それは、写真の場所。
サンパウロの中心部からやや東部のイピランガという所。
現在は工場と町が混ざったところだ。

独立記念像の後ろに見える建物が
パウリスタ博物館というが、
その建物が建っているところが小高い丘になっている。

その丘の上で、ボルトガルからの独立が宣言された。
おもしろいのは、独立を宣言したのが
当時のポルトガル国王の息子で、、皇太子だったこと。

だから、ブラジルは「ブラジル帝国」として、独立した。

この経緯は、そのうちに。
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フェラーリとの死闘

ついこの間、フェラーリの話題をした。
ブラジルで8月に、フェラーリが5台売れたということだ。

今日、街へ向かうために、モルンビからシダージ・ジャルジンに向かって、
モルンビでも最高級のクルビ・パイネイラス前を通っていた。
このあたりは、高級住宅街のモルンビでも飛びきりの
豪邸が並んでいるところである。

そのためか、スピードを出させないために、道にかまぼこ状に障害物が何カ所もある。
これを、ロンバーダという。
このため、ここを通過するときはほぼ徐行までにスピードを落とさないと、
車の方が壊れてしまう。

さて、毎回見ている豪邸の横を走っていると、
どこからともなく真っ赤なフェラーリが現れた。
あの独特のエンジン音を残してあっという間に過ぎていった。
が、しかしすぐにロンバーダがある。
フェラーリは特に車高が低いので、普通の車以上にスピードを
落とさないと、車体の下部が道路にぶつかってしまう。
車の距離が縮まった。
ここを過ぎると、またあのエンジン音がうなり、離される
しかし、再びロンバーダ。
また、縮まる。
こういったことを2キロほどの間に
6回ほど繰り返して、車間を縮め、ついに並ぶところにきた。
車の左に、フェラーリ。
緑のポロシャツを着た、割と若い男性であった。
ついに、フェラーリを追い越した。

だが、ここで山をくねっておりる区間は終わり、
マージナルピニェイロスに近づき平地の
直線区間となった。
この先、ロンバーダはない。
フェラーリは、今までの鬱憤を晴らすように
アクセルを踏み込んで、更にエンジン音をあげて
一瞬の間に消えていってしまった。

2キロにわたる死闘に勝ったことで、気持ちは十分だった。

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※写真は、ロンバーダの前でブレーキランプを光らせているフェラーリだ。
  写真を撮る余裕があったことを褒めて欲しい。
  

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segunda-feira, 6 de setembro de 2004

ブラジル代表ロナルド、もう一つのゴールも決める

昨夜、ブラジルのテレビ局のグローボの、夜八時半からの番組の中で
ロナルドが、恋人と一緒にインタビューを受けていた。
恋人の名前はダニエラ チカレリ(Daniela Cicarelli)。
モデルさんだ。


その中で、結婚の予定を発表した。

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結婚式は、2005年1月2日パリで行いたいと言っている。

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交際を始めて3ヶ月。
こういう時の男は、いつも脇役になってしまう。
ロナウドでも、例外ではなかった。

完全に尻に敷かれているように見えた。

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お幸せにということだ。


※ダニエラのサービスショットはここを見てください。
 ロナウドが羨ましくなります。

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サンパウロの下町の美容室

サンパウロの中心部。
リベルダーヂのもっとも低いところにある美容室。
このあたりは、東洋人街からはちょっと距離があり、
決して用もないのに歩くのは避けた方がよい雰囲気だ。

だが、明るい太陽がさすと、そういったことも感じられない輝く街になる。

太陽に当たりに、子供を抱いた女が出てきた。
まぶしそうに空を見上げていた。

入り口のすぐ近くでは、
ペディキュアを施して貰っている客がいる。
ブラジルの美容室では、これが普通だ。

価格表がでている。
カットは、80円弱だ。
パーマは800円もする。
手足の爪の手入れは、50円程度だ。

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鏡を見る女ーその2

サンパウロは今日は日中の気温は、日なたでは30度を超えていた。
市内東部のビラ・プルーデンチ。
サンパウロの東南の外れ。
サンカエターノ市との境に近いところ。

ちょっとした緑地のベンチに、歩いていた若い女が突然座った。
木陰でもないのに、座っている。
鏡を手に取り、目のあたりをじっくりと眺めている。

しばらくして、満足したかのようににっこりして立ち上がり、
また歩き始めた。

まだ、10代の若い女だった。

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ブラジルのトイレのふた事情-その2

昨日は、マージナルチエテにある「テリャノルチ」という大型建築材料の店に行った。
ここは、店舗数が多く、サンパウロ市内の各地にあるが、
地域によって売っている内容が違いそうなので、そこそこの所に行った。
土曜日とあって、店内は超混雑。
DIYが基本のこの国では、土曜日に材料を買って日曜日に自宅で
工作をするのだろう。

今日の日曜日も、同様の建築材料店へ行った。
モルンビのマージナルピニェイロスに沿った所にある。
確かに日曜日とあって、それも午後3時頃だったので、お客は少なかった。
大型店舗故に、見て回るだけで1時間半はかかる。

先日のテーマだった「トイレのふた」についてだが、この店においても
売り場の壁にずらりと「トイレのふた」が下がっていた。

人はどうしてここまで「トイレのふた」にこだわるのだろう。

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domingo, 5 de setembro de 2004

サッカー速報:ブラジル代表は勝利

今日の日曜日17時から始まった、ワールドカップ南米予選のブラジル対ボリビアの
試合はブラジルの勝利で終わった。

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3対1。

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最初のゴールは、ロナルドだ。 なんと開始1分。
みんなの祝福を受ける。
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続いて、ロナルジーニョ。
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そして、とどめはアドリアノ。
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すべて、前半の得点だ。

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もちろん、ロベルト・カルロスも元気。
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フェラーリが5台

ブラジルは、今は自動車の輸入を自由化している。
ということは、かつては禁止していたということだ。

1982年の第1回目のトヨタカップの時、
南米代表として、リオのフラメンゴがやってきた。
結果は、フラメンゴが勝ったわけで、
最優秀選手に「かっとび賞」という名前で「セリカ」が贈られた。
貰ったのはジーコ。
ところが、貰ったのはよいが、さすがのジーコでも
リオでの通関ができなかったという話だ。
全面的に輸入が禁止だったのだから仕方がない。

余談だが、輸入禁止なのに、
サンパウロでは、リオブランコ通りにベンツの店が並んでいた。
話ではパラグアイから陸路密輸したと中古いう話だったが
真偽のほどは判らなかった。
いずれにせよ当時、ブラジルで外国車を見ることはまず見ることはなかった。

ブラジル南部に行くと、アルゼンチンやウルグアイの休暇の季節に
陸路できた車があり、これらは見慣れない形があった。

ブラジルは、国産の自動車産業を保護するために
こういった政策をとっていた。
国産といっても、当時の主な乗用車メーカーは、次の通り。
フォルクスワーゲン
フォード
GM
フィアット

商用車(トラック、バスなど)でも、同様であった。
フォルクスワーゲン
ベンツ
ボルボ
スカーニア

どうして、国産かと言えるかという気もするが
国産は国産だ。

その後、1990年代になり、経済の活性化のために
各種の輸入規制が緩和された。
自動車の輸入も、高関税ではあるが自由化された。

今では、数多くの輸入車が走っている。
また、「国産」メーカーも増えた。

本田(本田はオートバイは作っていた。)
トヨタ(トヨタは60年代から小さな工場で旧式のランドクルーザーを作っていた。)
ルノー
シトロエン
等々

フェラーリは、1993年に販売を開始したそうだ。
8月にブラジルで5台売れたそうで、
これはこの4年では最大の売り上げ台数だそうだ。

過去の記録では、9台ということだ。
高関税のために、日本での価格よりも2倍近くもするような車である。
よく売れたと言っても良いだろう。

ここで思うに、ブラジルのどこでフェラーリが走れるのだろう。
もちろん、郊外のハイウェイでは走れるところもあるだろう。
しかし、サンパウロに限って言うと、
舗装が行き届いているにの、広い道ですら道路がでこぼこで、
さらに坂道ばかりで平坦なところが少ないのに、
車高の低いフェラーリが走れるとは思えないのだ。

あっという間に、車体をこすって、傷ついてしまいそうだ。

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sábado, 4 de setembro de 2004

渋谷が水浸し

関東甲信で激しい雷雨、渋谷駅前も“水浸し”


冠水した渋谷駅ガード下の道路上で立ち往生した乗用車
 
 関東甲信地方は4日夕から夜にかけて、前線や上空の寒気の影響で大気の状態が不安定となり、広範囲で激しい雷雨に見舞われた。

 気象庁によると、1時間あたりの雨量は、長野県南木曽町で88・5ミリ、東京都足立区で64ミリを記録。前線の停滞で5日明け方まで局地的な豪雨が続く見込みで、同庁は河川の増水などへの警戒を呼びかけている。

 この大雨で、4日午後6時40分ごろ、渋谷区のJR渋谷駅前の交差点が冠水。ひざ上ほどの高さまで水があふれ、車内に入った水をかき出すタクシー運転手の姿も。駅地下街では、商店街の人々が止水板を設置するなどして水の浸入を防いでいた。

 また、目黒区大橋2の首都高3号線の補修工事現場では、午後6時半ごろ、地上約6メートルの高さから足場が崩れ落ちた。警視庁目黒署では、足場にたまった雨水の重さが原因と見ている。けが人はなかった。

夏も終わりですね。

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イパネマの「麻薬売人」との戦争

何度も言うが、サンパウロよりリオ・デ・ジャネイロの方が遙かに危険なようだ。

毎日のニュースが、リオでの血なまぐさい光景を伝えている。

今日は凄かった。
昨夜は、有名な「イパネマ」地区で、
警察と麻薬組織との「抗争」がおき、市街地で銃撃戦があった。

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高級アパートや商店がある地区だ。
警察は、ビルに向かって銃弾を撃っている。

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この警察による「麻薬組織」の取り締まりと、それに反発する「麻薬売人組織」との
「抗争」は、このところますます激しさを増しており、
毎日報道されている。

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とうとう、「イパネマ」までに広がったわけだ。

昨夜はたいした成果はなかったようだ。
何人かが逮捕され、
ピストルや銃弾、そしてバズーカ砲が
没収されただけだ。

そして、今夜も続いているに違いない。

「現実」は、映画を超えている。

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下校風景

サンパウロは、毎日の天気が変わりやすい。
朝夕は涼しくても、日中は日がさすと気温が簡単に上がる。

今日は、昼間は気温が上がり、ひなたでは30度くらいまで
なったようだ。

ブラジルの学校は、大体2部制が多い。
つまり、午前中に学校に行くものと午後に学校に行くものに分かれる。
これは、小学校からしてそうなっている。
夜間も加えた、3部制もある。

午後12時半。
午前の部を終えた生徒が、下校している。
家では、昼食が待っている。

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sexta-feira, 3 de setembro de 2004

このベッドカバーで、幸福に眠れるか

なぜだか知らないが、ブラジルは漢字がブームである。
日系移民が多いせいで、明らかに日本語からきた「漢字」が多い。
中国人由来のものもないわけではないが、
日本独自のものが多いから、区別が付く。

日本人と接点のある人や、物好きな人や、
健康志向で高価であるにもかかわらず日本食を食べる人というだけではなく、
非常に多くのブラジル人たちにより、漢字について関心が持たれている。

ところで、「運」だの「寿」だの書かれたベッドカバー。
普通のメーカーが普通の店で販売している。

さらに、お経の書かれたものも見たことがある。

これで、すやすやと眠れることを祈って、購入するのだろうか。

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ブラジルのヤクルト

ヤクルトの車が通るのを見た。

ブラジルヤクルトの歴史は、非常に古い。
1960年代に進出しており、
当時の派遣者は、移民の覚悟であり、結果として今までずっと
駐在し続けてきた人がいる。
結局移住してしまったわけだ。

ものすごい話だ。
この話は、企業移民そのものだ。
ものすごい苦労をされたのであろうと思う。

日本と同じように、宅配もされたと聞いている。
タフマンも作っている。(配合はずいぶん日本と違うようだ。)
ジュースも作っている。
牛乳を作っていたこともあった。
リンゴもブラジル南部のサンタカタリーナ州に農園を持っていて、
生果としても出荷しているし、
日本へ果汁として輸出もしている。
品種は富士だ。

本社は、パウリスタ大通りの隣のアラメダ・サントスにあったが、
今はどうなのだろうか。
すぐ近くのジェミニというビルでうどん屋をやっていたこともあった。

近年は、ヤクルト化粧品も始めている。

ヤクルトは、積極的に海外展開をしている。
中国のスタッフと食事をともにする機会があったが、
ものすごくアグレッシブであり、また海外展開ができる仕組みが
できあがっていることに関心をした。
議論も活発な会社に思えた。

ブラジルの工場は、
サンパウロの南のサン・ベルナルドの郊外の
サントスに向かうハイウェイの脇にある。
とても広大な敷地に、清潔感にあふれた工場がある。

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※ちょっと、ほめすぎかもしれないが、すばらしいと思うので。

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ヴァンダレイ・デ・リマ選手の不思議

ヴァンダレイ・デ・リマ選手ついてのブラジル・サンパウロの新聞の記事を見て、
おもしろいと思ったことがあった。

あのアイルランド人が、同じ新聞の前日の新聞に「自分がヴァンダレイ・デ・リマ選手から
奪ったものを、神が彼に与える」というコメントを聞いて、納得しているようなのだ。
アイルランド人の方のコメントも話にならないが、
ヴァンダレイ・デ・リマ選手の方が、それでも何も言わないのは
相当な信念としか思えない。

しかし、その彼も、優勝したイタリア人には
実はちょっと不満を持っていたことがわかった。

イタリア人が、彼に何も話をしてくれなかったらしいのだ。
また、「自分が勝った。金メダルは金メダル」というようなことを言ったようで、
それがヴァンダレイ・デ・リマ選手はいらいらしたということ。

で、どうしてアイランド人にはと、いささか不思議。

全くの聖人ではないようでした。

それと、やはり日本のテレビ局から招待の話が出ているようです。


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ショッピングセンターと言っても

今日は蒸し暑かった。 昨日とは違って夜になっても気温が下がらない。
今日は、市中心部からやや北の方にあるショッピングセンターに行った。
"Center Norte"という。
サンパウロは、どこでも危ないというが、市中心部から見て西部と南部の方が治安がよい。
富裕層が住むところがある。
どちらかというと、山が迫ってあまり広くないが北部や、東部が治安が悪い。
最南部も、近づかない方がよいようだ。

このショッピングセンターは、そういった北部や東部の中流以上の客層を集めるところにある。
敷地は広く、平屋の建物は数回の拡張でとてつもなく広いものになっている。

ちょうど今年で、オープンして20年という。

他のショッピングセンターとどう違うのか見ていたが、
同じ店も数多く入っている。
お客は多く、何となく通路が騒がしい。
だが、一昨日行ったショッピングにいるような
上品な老婦人はいない。

更に、ショッピングセンターの品位を落としかねない
「安売り店」もテナントとして入っている。

また気づいたのは、男性衣料店がカジュアルなものばかりで、
スーツやネクタイを売っている店がほとんど無かったことだ。

本当に、ブラジルは露骨にこういった違いがでてくる。

帰りは、渋滞で1時間近くかかった。


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quinta-feira, 2 de setembro de 2004

ヴァンダレイ・デ・リマ選手帰国

昨日(9月1日)に、アテネ・オリンピックの男子マラソンの
ヴァンダレイ・デ・リマ選手はブラジルに帰国した。
記者会見があり、彼らしいコメントを続けていたが、
涙を流すシーンもあった。

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また、日本で賞賛を受けているということが、
ブラジルでも知られていて、これについても
コメントを求められていた。

変なところで、日本と彼との関係ができている。
良いことだが。
そのうち、誰かが彼をきっと日本に招待するに違いない。

また、ビーチバレーの金メダリストのエマヌエルが
彼の金メダルをヴァンダレイ・デ・リマ選手選手にあげたいと
テレビの番組で言っていた。
それで、またヴァンダレイ・デ・リマ選手が泣いていた。
あのアイルランド人についても怒りはないといっている。


テレビと、日本との関わりでは、北京の日本人学校に逃げ込んだ
北朝鮮の脱北者についての、短いニュースがあったが、
映像はフジテレビの映像だった。


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ブラジルのトイレのふた事情

さらに、3時頃には、
ヴィンチトレス・デ・マイヨ大通りを南にずっと下った。
国内線専用のコンゴニアス空港を過ぎたところで、
右側に火事の跡があった。
一昨日(8月30日午後2時過ぎ)に、
火が上がり、かなりの煙がでていたところである。
ここは、ファベーラという貧民窟で、
木材と煉瓦でできた不法建築があったところだ。
100数十世帯600名くらいが焼け出されたという。
まだ、火がくすぶっていたようだが。

さらに、この通りを下り、インテルラゴス大通りと名前を変えたところで、
ナソンエス・ウニドス大通り(国連大通りという意味)に、はいった。
ここで建築材料の大型店舗に行った。

キッチン、トイレ、浴槽、窓、扉、
ガス湯沸かし器、照明、スイッチ、タイル、
配線、配管
等々が売られている。

昔のサンパウロは、とてもトイレが貧弱だった。
トイレのふたがないようなトイレがよくあった。
便座がなかったり、割れていたり、便器が欠けていたりしていた。
ところが今では、見違えるほど綺麗になっている。

で、売り場に行くと
数十枚の便器のふたが、並んでいる。
ここは、ふたを選ぶのだ。
安っぽくて非常に軽いものから
重いもの。
アクリルの作られた透明のもの。
いろんなものがある。

トイレのふたは、よく壊れるので取り替えるのが普通なのか、
取り替えるので壊れても良い程度になっているのかわからない。

一言で言うと、文化の違いの一つだろう。

1時間ほど色々とチェックをして、何も買わずに出てきた。
更に、この道を今度はまっすぐ行くと、
この道はマージナル・ピニェイロスになる。
道沿いのCarrefourで買い物をした。
この店は、もっとも古いCarrefourの一つだ。
昔はよくこんなところまで、買いにきていた。

日が傾いてきて、
急に涼しくなり、車の屋根に夜露が付いていた。
サンパウロの温度の変化は非常に大きいのだ。

モルンビ大通りにはいる時間には、6時半を回り、
通勤の大渋滞に巻き込まれた。
モルンビ大通りは反対車線が大渋滞であり、
左折しなければならないところが、
規制されて入ることができず、
遠回りを余儀なくされた。
結果として通らざるを得なかった、モルンビ競技場では
またもや試合の開催日。
試合開始は9時頃だろうから、
まだ混乱は始まっていなかった。

まあ、市内南部の入り口まで行ったわけだが、
ずいぶんと開発が進んでいて、見違えた。

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quarta-feira, 1 de setembro de 2004

サンパウロの急すぎる坂道

今日は、午後から最初に市内中心部を車でちょっと回った。
シダーデ・ジャルジンからジャルジン・ヨーロッパに入り、
アウグスタ通りを登り、
ジョセ・マリア・リスボア通りを右折し、なんていう感じである。
このあたりも、小じゃれた店が並んでいるところだ。
個人的には、坂が急すぎるところで運転をするのはいやだから、
ここより上に行こうとは思わない。
ここより先は、坂がきついのだ。
サンパウロには信じられないような坂道が存在する。
車に5人乗っては、登り切れない道がある。
特に雨の日などはスリップして危険だ。
サンパウロのアスファルトは、場所によっては
妙にスリップするのだ。

特に酷いのが
ロシャ・アゼヴェド通りを、パウリスタに向かう坂。
ロレーナ通りを過ぎると、ぐんと角度を増す。

ほかにも、アクリマソンからパライゾに向かう道二も、もっと酷い坂がある。
先日は、ピンニェイロスでも、敵前逃亡をした道がある。 

坂道発進が嫌いでは、高原都市のサンパウロは走れないが、
いつも避けたいと緩い坂の道を選んでいる。

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ショッピングセンター

サンパウロの町中で食事をするときは、ついついショッピングセンターへ行ってしまう。
駐車場があって、冷房が効いていて、安全だからだ。

ショッピングセンターというのは、30年弱前に第1号ができて、
20年前は5カ所くらいしかなかった。
います、ますます増えて30カ所以上がショッピングセンターを名乗っている。

特に、都心もしくは高級住宅街に近いところのものは
作りも豪華だ。

今日はその中でも、古くからの最高級アパート街に位置する
ショッピング・イジェノポリスに行ってきた。

最上階に、レントランが多いところがある。
午後も3時半くらいだったので、軽食にした。
天井から、空が見えてとても綺麗だった。

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場所柄、とても上品で、かつ美しい人が多かった。
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まだ、子供なんだけど。
携帯電話を持っていた。
やっぱりお金持ちもいいところだ。

品の良い高齢者も多い。

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