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quinta-feira, 2 de setembro de 2004

ブラジルのトイレのふた事情

さらに、3時頃には、
ヴィンチトレス・デ・マイヨ大通りを南にずっと下った。
国内線専用のコンゴニアス空港を過ぎたところで、
右側に火事の跡があった。
一昨日(8月30日午後2時過ぎ)に、
火が上がり、かなりの煙がでていたところである。
ここは、ファベーラという貧民窟で、
木材と煉瓦でできた不法建築があったところだ。
100数十世帯600名くらいが焼け出されたという。
まだ、火がくすぶっていたようだが。

さらに、この通りを下り、インテルラゴス大通りと名前を変えたところで、
ナソンエス・ウニドス大通り(国連大通りという意味)に、はいった。
ここで建築材料の大型店舗に行った。

キッチン、トイレ、浴槽、窓、扉、
ガス湯沸かし器、照明、スイッチ、タイル、
配線、配管
等々が売られている。

昔のサンパウロは、とてもトイレが貧弱だった。
トイレのふたがないようなトイレがよくあった。
便座がなかったり、割れていたり、便器が欠けていたりしていた。
ところが今では、見違えるほど綺麗になっている。

で、売り場に行くと
数十枚の便器のふたが、並んでいる。
ここは、ふたを選ぶのだ。
安っぽくて非常に軽いものから
重いもの。
アクリルの作られた透明のもの。
いろんなものがある。

トイレのふたは、よく壊れるので取り替えるのが普通なのか、
取り替えるので壊れても良い程度になっているのかわからない。

一言で言うと、文化の違いの一つだろう。

1時間ほど色々とチェックをして、何も買わずに出てきた。
更に、この道を今度はまっすぐ行くと、
この道はマージナル・ピニェイロスになる。
道沿いのCarrefourで買い物をした。
この店は、もっとも古いCarrefourの一つだ。
昔はよくこんなところまで、買いにきていた。

日が傾いてきて、
急に涼しくなり、車の屋根に夜露が付いていた。
サンパウロの温度の変化は非常に大きいのだ。

モルンビ大通りにはいる時間には、6時半を回り、
通勤の大渋滞に巻き込まれた。
モルンビ大通りは反対車線が大渋滞であり、
左折しなければならないところが、
規制されて入ることができず、
遠回りを余儀なくされた。
結果として通らざるを得なかった、モルンビ競技場では
またもや試合の開催日。
試合開始は9時頃だろうから、
まだ混乱は始まっていなかった。

まあ、市内南部の入り口まで行ったわけだが、
ずいぶんと開発が進んでいて、見違えた。

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Comments

こんばんは。Sao Pauloに行かれてから、私の知らない遠い国ブラジルのことが身近に感じられるようになりました。

トイレのふたの記事を読んで遠い記憶がよみがえりました。昔アテネに住んでいた時に、トイレのふたが割れてしまい、近所のスーパーでプラスチックのふたを簡単に買うことができました。どちらかというと、『取り替えるので壊れても良い程度になっている』という気がしました。
トイレの話題にばかり敏感に反応してしまいましたが、いつも楽しく読ませて頂いてます。

Posted by: marin | sexta-feira, 3 de setembro de 2004 at 15:08

トイレの話は尽きないと思います。
世界それぞれの事情があり、
体験記もたくさんあると思います。
男性も女性ともに、できれば公にしたくない
ことも多いと思います。
ブラジルのトイレも、ずいぶんと綺麗になりました。

Posted by: Sao Paulo | sábado, 4 de setembro de 2004 at 09:57

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