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sábado, 29 de janeiro de 2005

ブラジルと「ニューヨークタイムス」

ブラジルに駐在する「ニューヨークタイムス」の記者の
発信するブラジルに関する記事が、ブラジルで論争を読んでいる。

元々、この記者が話題になったのは、
現在のブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバの
「お酒の飲み方」の記事を発信したことからだ。
やはり、自国の大統領のことを、
他国の新聞で悪く言われるのは愉快なものではないはずだ。

最近では、
「ブラジル人は太っている」という記事である。
アメリカ人に言われることはないというところだろうが、
問題の方向がちょっと違ってきた。
記事と一緒に、太ったやや高齢のご婦人たちがリオのイパネマ海岸に
いる写真をつけたのだ。
「かつてのイパネマの娘は、今やもう見られない、こんなに
太った女性ばかりだ」と。
ところが、この女性がブラジル人ではなく、
チェコ人(イタリア国籍もあるようだ。)だったという。
太っていたのはチェコ人で、ブラジル人ではないではないかと、
記事は間違いだという。
その、ご婦人も登場してくる。
これが、テレビのニュースになるのだ。

さらに、ニューヨークタイムスには、
「ブラジルでは相撲がはやっている」という記事が出た。

これに対して、今日のブラジルの新聞はこういっている。
競技人口は2000人しかいない。
もっとも集中しているのはサンパウロで500人だ。
ブラジル相撲連盟のアカギマサトシ氏まで登場してくる。
「ブラジルではまだポピュラーではない。広めるように努力している」と。

「ニューヨークタイムス」の、ブラジルに関する記事は注目だ。

この記者は、もうブラジルに15年も駐在しているので
ブラジルのことはかなり詳しいはずだが。

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現実の「シティー・オブ・ゴッド」

「シティー・オブ・ゴッド」というブラジル映画がある。
とても、高い評価を受けた映画で、日本でも上映され、DVDも発売された。
ブログでも、色々な方がそれぞれの観点から高い評価をされている。

少年の演技が迫真である。
シナリオが凄い。
カメラ割りが大胆だ。
撮影手法が斬新だ。
少年の成長を描いた青春映画だ。
アクション映画である。

という映画への純粋な評価がある。

出演人物が、かつての不良たちである。
1960年代の実話である。

ちょっと周辺の評価もある。

それぞれの評価にはもっともだと思う。

ブラジルでも、2枚組でDVDは発売されている。

しかし、リオで毎日現在も行われていることを
考えてみると、この映画はとても素直には見ることはできない。
映画以上のことが、今日もリオのあちこちで行われているのだ。
それだけである。

それには、美しい言葉は似合わない。
与えることは、とても出来ない。

リオ・デ・ジャネイロはとても美しい自然に恵まれた大都市だ。
サンパウロとは違う。
だが、その中では、今日も抗争が続いている。

それを十分知っているブラジル人が監督を務めたわけだが、
すばらしい作品に仕上がり、国際的な評価を得ることが出来たのはとてもすばらしいことだ。

もう一つ「シティー・オブ・ゴッド」という邦題がついたが、
原題は"Cidade de Deus"シダーヂ・ヂ・デウス(=神の街)という。

サンパウロの西隣のオザスコ市にも"Cidade de Deus"というところがある。
もう20年前には存在していた。
昔は、周囲は丘だった。
久しぶりに行った。

サンパウロからオザスコに向かう道路に、標識が出ている。

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住宅街に入る。
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最後の標識だ。
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そこには、貧民窟は無い。

そこにあるのは、ブラジル最大の民間銀行。
「ブラデスコ」の企業集団の本部である。

ここに本部を置くときに、
”Cidade de Deus”と名付けたという。

「神の街」と名付けることで、銀行の経営が
神に見守られていくことを、願ったのであろう。

映画の題名も、英語にするよりも
日本語で「神の街」とすると、また違った印象を与えたのではないか。

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サンパウロ市北部 その5 

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サンパウロの北部を、老婦人の一団が通る。
夕方近く、強い西日が差しているが、日陰を選びつつも
黙々と歩いていた。
昼寝から覚めて、夕食を作ることを考えなければならない。
行き先は、スーパーだろう。

サンパウロでは、かつてに比べると随分子供が少なくなってきている。
路上には、子供が溢れていたが、今は余り見なくなった。

その代わり、老婦人が目立ってきてる。
ここブラジルでも高齢化が急激に進んできているのだ。


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芸を売る少年

貧しい子供たちは、4-6歳になると、外に出て稼ぎをせざるを得ない。
小さい頃は、それだけで哀れを誘うので、
ただ幾ばくかのお金をねだるだけで、もらうことができる。

かつては、スーパーなどでは、レジに並んでいる客に、
一緒に支払ってくれないかと、何か一品を差し出す子供もいた。
今は、そういう子供はスーパー側である程度排除しているようだ。

しかし、成長してくると何か芸をしなくてはもらえない。
車が、信号で止まったときに、とまった車の前の横断歩道に出て、
ジャグリング等の芸を見せる者が、この何年か増えてきた。

これも小さい子供は、失敗してもまたそれも同情を誘うが、
大きくなると相当な達者ぶりを披露しないと、何ももらえない。

女の子は、16歳くらいになると、他の稼ぎ方も出てくるだろうが、
男の子にはそういう機会は余りない。

サンパウロの北部、センターノルチ・ショッチングからそう遠くないところで、
一人の少年が芸を見せていた。
両手に棒を持ち、その棒を使って別の棒をずっと保持するという芸をやっていた。
サンパウロで、一番ポピュラーなタイプだ。
案の定、信号が赤の間には稼ぎはなかった。
ここまで成長したこの少年では、もう無理な稼ぎ方かもしれない。

少年の向こうに見える高い塀は、映画化されて有名な「カランジル刑務所」である。
刑務所での暴動をきっかけに、鎮圧に向かった警察が、
反乱している囚人を虐殺したという、有名な場所だ。

暴動がおきたいくつかのいくつかの建物は解体されたが、
未だ現役の刑務所である。

少年が、中に入って腕を上げることの無いように祈るしかなかった。

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カイシャ・エノノミカ・フェデラル

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カイシャ・エコノミカ・フェデラルは、
国営の金融機関である。
日本で言うと、国民金融公庫と住宅金融公庫のような存在だろうか。
だから、支店も多い。

ある所得以下の人が住宅を買うときに、長期で低利の資金を融資したりしている。
社会保険の受け取りなども、ここが使われることが多い。
だから、いつも貧しい方の人で、ごった返している印象がある。

カイシャ・エコノミカ・フェデラルの東洋人街に支店を出した。
昨年の秋のことだ。
だから、カタカナで「カイシャ・エコノミカ・フェデラル」と書いた看板が上がっている。

しかし、開店当時に発行された日本語新聞によると、
日系人行員はいるが、日本語をまともに話して、接客のできるのがいないという。
この場所に支店を出したのにサービスがなっていないと、憤っておられた。

もう、サンパウロで日本語だけで通すというのも、だいぶん難しくなってきた。

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ブラジルの夏休みの子供たち その4 遊具

サンパウロ市内には、もちろん公園はある。
公園parqueと名がつくものはとても広い物だ。
それほど広くないものは、プラッサ(=広場)Placaと呼ばれている。
場所によっては、子供が遊ぶことができる物もあるが、
とても遊べないところもある。
遊べないところの方が多い。

広くて交通量の道路に囲まれているとか、
ひどい傾斜地であろうとか、
不法建築の貧民窟と化しているとかが理由だ。

日本に多い、いわゆる児童遊園というようなものはまず無い。
砂場があり、ブランコやシーソー、メリーゴーランド、鉄棒のような
遊具がそろっていることころはまずない。

住宅街の拙宅のそばには、いくつかの遊具がある
とても小さな規模ものがあるが、これは例外中の例外だと思う。

だから、サンパウロの子供たちは、ショッピングセンターの中にある
有料の遊具で遊ぶことくらいしか、機会はない。

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だが、いったん始めると大騒ぎてある。
従業員が、安全のために「一度に滑らないで」と言っても、
全く聞いてはいない。
どんどん滑っては、また階段を駆け上っていく。

もちろん、親はほったらかしだ。

ここは、東部のセントラルプラザショッピングだ。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その64

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ただ、カラフルの一言しかない。

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sexta-feira, 28 de janeiro de 2005

ブラジルの通学カバン

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ブラジルの学校は、今、休みだ。
夏休みという言い方もあるが、学年の切り替えの休みでもある。
12月の中旬に始まり、約2ヶ月間だ。
(一部の学校はもう始まっているという話もあるが。)

この休み中に、学校は父兄に次の学年に用意する副読本や学用品のリストを渡す。
これを、父兄は休み中に書店や文房具店で購入することになる。

早く買っておかないと売り切れになることもあるという。

一個一個は高い物ではないが、全部まとめるとかなりの金額になるという。
もちろん、義務教育期間中は学校の経費は無料だが、こういった物は自分で購入しなくてはならない。

このリストの他に、買わなくてはならない物が通学カバンだ。
ブラジルの学校には個人用ロッカーはないので、毎日持ち帰らなくてはならないので
通学カバンが必要だ。

そこで、サンパウロのかばん屋さんの店頭では、
この時期は写真のようなカバンがとても沢山並んでいる。
だいたいがキャラクター物である。
手提げもあるが、リックのような物やカートが多い。
とても真面目に学習をするようなデザインではない。
日本の学校では、持ち込み禁止されそうなものだ。
日本のランドセルは6年間使うことを考えているが、
ブラジルではこれを、だいたい毎年買うらしい。

どうも毎年壊れるらしいのだ。
教科書が重いこともあるのだが、通学バスで通うことが多いのに
不思議だ。
だが価格を聞くと、それなら壊れるかもしれないと思う。
安いものは15レアル(600円)くらいだ。
カバン自体は、とても軽く華奢にできているのだ。

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ブラジルの「トヨタ」 その2

世界のトヨタ自動車が、ブラジルにおいてかつて製造して車。

サンパウロ市内でもいまだに活躍しているようで、
注意していると結構見かける。

車の名前はバンデイランチ(Bandeirante)。
バンデイランチとはその昔、ブラジルの開拓時代において、
奥地へ奥地へと進んでいった者たちのことである。
この車にふさわしい、よい名前を付けたと思う。

色々なモデルがある。
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ボディはフルカバーである。
全部後部に座席がある。 5名が乗ることができる。
旧型のランドクルーザーそのものだ。
何とか、この車の横に付こうとしたが、
サンパウロとクリチ-バを結ぶレヂズ・ビッテンクーチ・ハイウェイを
猛スピードで走り抜けていった。
今でも、優秀な車だ。

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前部の方は、旧型ランドクルーザーそのものだ。
ヘッドだけで、2人乗り。
後部の荷台部分の形には様々なオプションがある。

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ブラジルの羊

ブラジル・サンパウロから、数十キロほども郊外に出ると、
すぐに大農場の緑が広がっている。
牧場も多い。
だいたい牛が多い。

そして意外と多いのが馬だ。
ブラジル人は馬は食さない。
馬は、とても大事な友達だ。

かつて、今は無き「雪印食品」がパラナ州で、
食肉工場の関連会社を持っていた。
馬肉も処理をしていたはずだが、
よくやっていたものだと思う。

この馬。
そうして、こんなに飼っているのかわからないくらい見る。
種畜場もとても多い。
田舎では、乗用にしている者もいないではないが、
やはり車が当たり前だ。
競走馬として、ブラジルから輸出もされているというが
どれだけの需要があるのかもわからない。
この謎は解けていない。

ところで、羊を見るのはごくまれだ。

ブラジルでは、羊毛産業は盛んではないと聞いていた。
ブラジル南部のリオ・グランヂ・ド・スル州は、
ブラジルの中では比較的涼しく羊も多く飼われている。
日本からの企業もそれを目当てに進出しているところが1社ある。
しかし、ブラジルの羊毛は質も悪く、競争力がないと聞いたことがある。

南米では、更に気候が冷涼なウルグアイやアルゼンチン産の羊毛の質が
高いということであった。
飼育の規模も大きく行われている。

このサンパウロ州の牧場でどうして、羊を飼っているのかもわからない。
ちなみに場所は、ピラール・ド・スル市の近郊である。

羊飼いもいないし。
牧羊犬も見なかった。

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サンパウロ・ジャイアンツ

「サンパウロ・ジャイアンツ」で間違いない。
(米国のサンフランシスコ・ジャイアンツではない。)

サンパウロの野球チームの名称だ。

ブラジルでは、サッカーが盛んなのは言うまでもない。
その次となると、バレーボールそしてバスケットであろう。
リーグ戦があり、テレビでよく放映されている。
だから、オリンピックでメダルを取ることができるレベルになっている。

そのあとはというと難しい。
個人競技では、テニスなどもあるが、競技層が中流層に限られているようなので
国民的なスポーツといえるかどうか。

野球は、全く知られていないかというとそうでもない、
有料放送では大リーグの試合を放送していた。
ちゃんと、ポルトガル語で解説をしていた。
松井選手の活躍も見ることができた。

野球が多少なりとも盛んと言えるのは、サンパウロ州やその近隣州などに限られるであろう。
というのは、野球を広めたのは日本人移民の方たちだからだ。
日本人移民とその子弟が、野球をやっていた。
それが、段々と広がっていったというのが事実。

日本人移民の関係するスポーツ施設には、
サッカーグラウンドと並んで野球グラウンドがある。
日系人の中ではいくつかの大会やリーグ戦が行われている。

コチア農協が健在のころは、コチア・グラウンドでは
日系人のチームの草野球大会が、毎週末開かれていたという。

こういうことで、日系ブラジル人からも日本でプロになれる選手も
いるのだ。

ここは、サンパウロ市の中心部の北バッハ・ボニータ。
「サンパウロ・ジャイアンツ」の本拠地だ。
これも、パルメイラスの関係である。
「5歳から15歳までの子供を連れていらっしゃい」と書いてある。
大人はどうなんだ。

もちろん「読売」とは、関係ないだろう。
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第26回サンパウロ・ビエンナル その63

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布製のオブジェ。
立体的ではあるが。。。。

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quinta-feira, 27 de janeiro de 2005

ブラジルとイラク

ブラジル人がイラクで誘拐された。
10日ほど前だ。
「日本人がまたもや誘拐か」と報道されたはずだが、
実はブラジル人だったわけだ。

顔と名前も、数日前に明らかになった。
ジョアン・ジョゼ・ヂ・ヴァスコンセイロス・ジュニオールという技術屋さんだ。

このことも、連日報道されている。

ブラジルにも、アラブ系の人たちが沢山いる。
何とかならないかと伝手を探しているという話もある。
ブラジル大統領ルーラが、シリアに仲介を頼むという話もあった。

ブラジルは、1980年代にイラクでいくつかのプロジェクトに参加している。
高速道路工事などだ。
山のない、地震のない国の高速道路ならブラジルも得意だったはずだ。
(今日、サンパウロとクリチーバを結ぶハイウェイの橋が落ちたが。)
ブラジルの大手土木会社メンデス・ジュニオール等が仕事を請け負っていた。

ブラジルの車も輸出されていた。
ブラジルVWの当時生産していたPassat(ブラジルではパサッチという)という車が、
相当輸出された。
だから、イラクの映像を見ていて、自動車爆弾などで吹っ飛んだ車に
よくこの車種を見つけることができる。

さて、今日の報道によると、
誘拐犯一味はサッカーファンもいるらしいので、
ブラジル人選手からのメッセージがあれば、
何とかなるかもとアラブ系テレビの忠告があったらしい。
それで、誘拐された方の家族が動いた。
なんと、レアル・マドリのロナウド選手が、
解放を願うメッセージを撮ったというのだ。

何とも、ブラジル的なといえば余りにもブラジル的なことである。

これで本当に解決するとよいのだが。

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サンパウロのセントロ 12 アヴェレス・ペンテアード街

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サンパウロのセントロは、18世紀には今の形が完全にできあがっている。
道のそのころから変わっていない。
今となっては細くみえる。
重厚な建物に押しつぶされそうだ。
ほとんど、車両は進入禁止である。
警察車両、清掃作業車、現金輸送車などの指定車両だけが
進入することができる。

このあたりは、サンパウロ証券取引所を中心として、
銀行や投資会社などの本社や支店が占めている。
ネクタイをした人が多いのも、このあたりの特徴だ。

サンパウロ弁護士教会もここにある。


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ブラジルの夏休みの子供たち その4

最近のサンパウロの天気は不順だ。
中1日くらい、降らない日もあったが、もう2週間くらい、
雨が降り続いているような気がする。

夏は、もともと雨は多いが、夕立のような雨で
短い時間で降り止むのか普通だ。

しかし、最近は朝から降っていたり、
終日降ったり止んだりだ。

今日(1月26日)は、終日降り続いている。
気温も低く、夜には16度まで下がっている。
寒い気がする。

当然、夏休み中の子供たちはますますつまらない。

サンパウロ市中心部の北のはずれにある
ショッピング ”D”には、イベントスペースに
小さな子供用にちょっとした遊園地がある。

一人20分という時間制限を付けても、
順番待ちの列は、とても長い。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その15 

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小鳥ではない。
体長は30センチ以上はありそうな猛禽類だ。

サンパウロ市の西郊コチア市のサンパウロ・フッチ・ボル・クルビの
トレーニングセンター建設地の敷地境界の柵の上に止まっていた。

じーっとしていた。
餌をとったあとで、満足していたのだろうか。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その62

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これも、カラフルな作品。
巨大すぎて、柱が邪魔になっている。

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quarta-feira, 26 de janeiro de 2005

オザスコ市

サンパウロ市の西隣に、オザスコ市という衛星都市がある。
完全にサンパウロ市と繋がっていて、境界ははっきりとはしない。
大きな工場も多く、工業都市という性格が強い。

かつては、ファヴェーラばかりで治安の悪い町という印象が強かったが、
ファヴァーラはもっと奥地へ移動し、かつてのファヴェーラは印象を一変させている。
オザスコへ向かう鉄道も、落書きばかりで窓ははずれたような物が多かったが
今はそんなことはない。

セントロも綺麗だ。
サンパウロの方が汚いところはいくらでもある。

サンパウロ市内中心部からオザスコへ車で行くには、
マージナル・チエテもしくはマージナル・ピニェニエロスから、
カステロブランコ・ハイウェイにはいり、すぐ下りるのも手だが、
ハイウェイに乗らずとも、一般道から行く手もある。

マージナル・ピニェニエロスから、ブタンタン経由で
サンパウロ大学の横を通っていくか、
セアザの近くジャラグアから廻っていくかだ。
これらの道は途中で合流するのだが、そのままオザスコのセントロに
入れる。

サンパウロ市からオザスコ市にはいる境界に
「OSASCO」という市名の標識がある。
ちょっとした広場になっている。
一組の夫婦と子供が座っていた。
驟雨を避けるためにいたようだ。

子供が、催したようだ。
そこで、そのままやってしまっていた。

もうちょっと何とかならないのだろうか。

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ブラジルの公営賃貸住宅

20年くらい前は多分なかったと思うのが、
公営の賃貸住宅だ。

五階建てで、エレベーターはない。
日本にも多い団地のようなものだ。

これらは、サンパウロ市のあちこちに増えてきている。
実はこれらは、非合法住宅であるファベーラ(貧民窟)を取り壊し、
その住民を移転させる受け皿として建てられている物が多い。
公有地などを不法に占拠しているファベーラを壊し、
公園などにし、その隣接地に建てたりしてる。

国民のほとんどが上質で廉価のアパートに住んでるシンガポールにならったのか、
この住宅はシンガプーラ(Cingapura:シンガポールのこと)と呼ばれている。
この住宅政策自体は、とても良いことに違いない。

先日のニュースでいっていたことだが、
この住宅の賃貸料を支払わない人がとても多いというのだ。
ということは、この住宅政策は早晩破綻するということになる。
どんどん建設が進んでいく中で、いつまでも野放図にただで
貸し続けることはできない。

住民にインタビューをしていた。

「ファベーラとは違ってとても快適。
水道もあるし、電気もある。
プライバシーも保てる。
窓もあるので、雨風もしのげる。

でも、家賃を払ったらやっていけない。

だって、この家(2LDK程度)には12人が住んでいて、
働いて居るのは、ただ一人。
失業者と子供ばかりという。
その収入500レアル(=2万円弱)なんだ。
どうして支払えるの」と。

この500レアルは、最低給料の2倍だが、
通常の一家族でもサンパウロではちょっと苦しい。
まして12人とはとても食べていけないんじゃないかと思ってしまう。

12人が、500レアルで生きているということの方が
余りにも凄すぎて、家賃不払いの問題は吹き飛んでしまった。

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このアパートは、サンパウロ市北部チエテ・長距離バスターミナルの
裏の方にある。

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ブラジルの夏休みの子供たち その3

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とにかくブラジルの夏休みの子供たちは暇なはずだ。
親が付き添わないとどこにも行けない。
親の時間的な負担は大きい。

日本であれば、学校の校庭開放やプール開放があって、
毎日時間はつぶれる。
そのほかにも、休み中にも登校日があったり、キャンプなどの
学校行事は多い。

ブラジルの夏休みでは、そういったことはない。
小学生から落第があるが、
その落第しそうな生徒への補習がちょっとあるくらいだ。

そのほかにも、日本であればお金を出せば、
子供向けの色々な教室などが開かれている。
昆虫教室とか、スポーツ教室とかだ。
もちろん塾もある。

ブラジルには、無いようだ。(たぶん)
塾までが休みだ。

そこで、ショッピングセンターは、子供を楽しませるイベントをやっている。

サンパウロ市の東部にある、セントラルプラザショッピングでは、
モトクロスのコースをイベント広場に造った。
とても狭い。

子供が怪我をしてはいけないから、
一度にコースに入る人数を制限している。
そして、ヘルメットをかぶせ、プロテクターを
つけてあげる。
実際に自転車に乗るまでにとても時間がかかる。

だから、回転が悪く、列ができていた。

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カルナバルの練習

サンパウロ市の北部アニャンビーにサンボドーモと呼ばれる
「カーニバル(ブラジルではカルナバル)」のサンバのパレードの
常設会場がある。
これができたのは、10数年前でそれほど昔ではない。
それまでは、セントロに近いチラデンテスと言うところに、
広い道を使って仮設のパレード会場を毎年設置していた。

リオ・デ・ジャネイロに遅れまいと、サンボドーモを建設したが、
残念ながら、規模でも劣っている。

それでもは、最近はサンパウロもすごいよという話もあるので、
会場の大小が問題ではないだろう。

その会場の近くには、各エスコーラ・ヂ・サンバが拠点を持っている。
チエテ川を挟んだ対岸にもサッカーのパルメイラス系の
エスコーラ・ヂ・サンバがある。

このところ、毎夕人々が集まってくる。
リハーサルのためである。
幸いこのあたりは住宅街ではないので、
深夜までいくら大きな音を鳴らしても、苦情はないだろう。

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また、ここは工場もかねていて、山車(アレゴリアalegoria)の制作も進められている。
扉の隙間から、もうすでにきらびやかな明かりが漏れている。

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カルナバルが終わる2月8日まで、
パルメイラスの応援はかなり静かに違いない。

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terça-feira, 25 de janeiro de 2005

第26回サンパウロ・ビエンナル その61

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カラフルさはある。
だが、テーマが暗い。
趣味が悪い。

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segunda-feira, 24 de janeiro de 2005

サンパウロ州の内陸部へ その17 ピラール・ド・スル

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ブラジルでは、大抵、町の入り口に、その町の名前の表示がある。

サンパウロ市の西100キロの所にある、ピラール・ド・スル市。
パラナピアカーバ山脈の麓に連なる町の一つである。

ここにも、日本人が多く入植されたので、日系社会がある。

牧畜も盛んだ。
果樹もある。
このあたりのプロポリスも、有名だ。

この市にも、JICAの海外日系青年ボランティアが頑張っておられるようだ。

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サンリオ

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サンパウロのショッピングセンターのどちらかというと高級なところ数カ所に、
サンリオショップがある。
続々と増えているようだ。
キティーちゃんグッズが並んでいる。

2-3年前に、サンリオは日本で、ブラジル人向けの新聞にブラジルでの
代理店運営の希望者募集の広告を出していた。

このように展開されているところを見ると、その後うまくいっているのだろう。

まだまだ、品揃えは、日本のようには多くはないが、どんどん増えてきた。
最初は、日本や台湾などからの輸入品であったが、
ここに来てブラジル製も増えてきた。
そのぶん価格も安くなるだろうから、更に発展するであろう。
こういった専門店だけではなく、たとえば普通の店でもキティーちゃんの鞄やノートを
売っていたりしてきた。

キティーちゃんグッズは、ちょっと前までは東洋人街の雑貨屋に台湾製などが
若干並んでいるくらいであった。
それが、こういった公認の店が出てきたことで、ちょっと旗色が悪くなっているようだ。

お客は、多少のお金が自由になるハイティーンが中心のようだ。
ローティーンに展開できるとすごいことになるだろう。

ブラジルでは、子供たちのキャラクターはそうそう無い。
やはり、ディズニーは強い。
女の子は、人形のキャラクターだ。
男の子は、アニメのキャラクター。
米国製のアニメが根強いが、日本製のキャラクターも結構ある。
聖斗星矢やポケモンだ。
最近は、ハム太郎もある。

キティーちゃんのグッズを、ぶらぶらさせて歩いている女の子は
見たことがない。
やはり、それはめだつことなので危険ということだろう。

個人的には、My melodyも捨てがたい。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その60

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19世紀の動物図鑑にあるような細密画のような作品。
架空の動物。

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サンパウロ市北部 その4 家電店

北部に限ったことではないが、
サンパウロ市の郊外に行けば行くほど、貧しい人が住んでいる。

道沿いに店が並ぶちょっとした繁華街があった。
家電専門店があった。
店頭には洗濯機が並べられていた。

ブラジルでも、全自動洗濯機がある。
これは、高い物で7-8万くらいはする。
最近の日本のような、高性能をうたった物はない。
どちらかというは、昔はあまり発達はしていなかった。
なぜなら、中流以上の家庭では、洗濯や掃除をするための人を雇うのが
普通であり、機械に頼る必要がなかったからだ。
最近は、防犯上自宅に他人を入れないような風潮になってきたので、
主婦の負担を減らすような家電製品が発達してきたように思える。

この店では、もっとも安い洗濯機しか扱っていないようだ。
だいたい日本円で1万円以下だ。
全体がプラスチック製で、非常に安っぽい。
洗濯槽もボディーと一体化している。
ただタイマーだけのスイッチ。
脱水はない。
洗濯槽の上部には、洗濯板のような物が手前に出てきている。
汚れのひどい物は、そこでゴシゴシ手で洗うのだ。
あまり力を入れると、ボディーにひびが入りそうだ。

そういった洗濯機が、店頭に誇らしげに並んでいた。

屈託のない少女たちが、楽しげに通り過ぎていった。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 14 黒い鳥

小鳥と言うには、ちょっと黒く大きな鳥が牧場の柵の上にいた。
サンパウロ市の郊外のサレゾポリス市だ。

数羽で、群れを作っていた。
やや大きめのくちばしの根本の部分には大きな瘤があるのが特徴だ。

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1羽がちょっと離れたところへ飛び移ろうとしている。

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残った1羽も、ほどなく付いていった。

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サンパウロ州の内陸部へ その16 サレゾポリス

サレノポリスは、サンパウロ市の東方80キロの所にある小さな市だ。
行きは、アイルトンセナの名を冠したハイウェイを使い、
ジャカレイ市から南に向かった。
山を2回越えたところがサレゾポリス市だ。
周辺は細かい起伏のある山が連なっている。
牧畜と林業の街のようである。
そのせいか、日系人の存在は感じられなかった。

この街の中心部の広場にも行ってみたが、
日曜日でほとんどの店が閉まり、とても閑散としていた。
広場に面してホテルが一軒だけあった。

この街の売り物は、サンパウロを流れるチエテ川の
源流があるということだ。

だから、街の入り口にある市の名前の標識には、
「チエテ川の源流」とも書いてある。

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しかし、源流には行く道がない。
やや下流でも、連日の雨で水は赤く濁っていた。

帰りは、一般道を通ることにした。
日系人の多い町が続くモジ・ダス・クルーゼス市そして
スザノ市だ。
道の名前や商店の名前果てはシュラスカリアの名前にも
日本人の名前が多く見られる。
サンパウロ市の野菜の供給を支えているのは、
こういった近郊農業である。

サンパウロ市とその周辺都市を、大サンパウロ都市圏(Grande Sao Paulo)というが、
東側はこのサレゾポリス市までが含まれている。

別荘を買うなどの、観光にはやや遠い感じであった。
もっと近くにいくらでも適地があるからだ。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その59

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足場が崩れたような作品。
何かを感じ取ればよいのだろう。

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domingo, 23 de janeiro de 2005

ブラジルの「トヨタ」 その1

1960年代、ブラジルでは「VW」「FORD」「GM」が、乗用車を作っていた。
いずれもサンパウロ市内もしくは近郊に工場を持った。
その後、「FIAT」が進出したが、工業のサンパウロ以外への分散という
政府の方針により、ミナス・ジェライス州のベチンというところに工場を作った。

これらの企業は、ブラジルの自動車産業が脆弱で競争力がないということで、
完成車の輸入禁止を求めていた。
これは、国策とも一致し、国内自動車産業の育成と保護のために、完成車の
輸入は一切禁止されていた。
(それでも、たまにベンツなどが売られているという不思議なことがあった。)

その分、世界の進歩から遅れた車が、高い価格で売られていたのも事実である。
1990年代になって、政府の方針が変わり、車を含む輸入制限を緩和した。
その結果、世界中のメーカーが市場を求めて、ブラジルに進出してきた。
既存のメーカーも、これに対して、競争力のある車を開発し、販売せざるを得なくなった。

更に、完成車の輸入販売から、ブラジル国内で工場を建てて本格的に
市場の開拓を進める企業もでてきた。

プジョーやルノーもそうだ。
日本からも、現在トヨタ、本田そして三菱、日産が、規模の大小ややり方の
違いはあれども生産をしている。

全く新たに進出した三菱と日産は乗用車ではなく、
ピックアップトラックなどを生産している。
本田は、元々オートバイを生産していたのでその土台があった。
この会社は、サンパウロ市から100キロくらいの所に、
数十年前から、広大な土地を手当てしていた。

トヨタは、実は1960年代から車を作っていた。
サンパウロ市の南郊のサン・ベルナルド・ド・カンポ市に
工場があり、そこで商用車を生産していた。

写真が、その一車種だ。
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かつてこの工場を訪問したことがある。
これが、トヨタの工場かと思うくらいの工場であった。
エンジンは生産しておらず、ベンツから購入したエンジンを使っていた。
ボディーとシャーシを生産し、完成車を組み立てていた。
旧型のランドクルーザーをベースにしており、
トラックだけではなく、ランドクルーザーも作っていた。

悪路に強いことから、
田舎ではもの凄く愛用された車である。
こういった車のことを、全て「トヨタ」と呼んでいたくらいである。

本田は、セナとF1のイメージでとても良いイメージを持っている。
しかし、トヨタのイメージはブラジルでは今ひとつだった。
ブラジルで実際に見ることができた完成車が、この車だったからだ。
今、トヨタがF1に進出したことは、ブラジルでのイメージを大きく
変えていることだろう。

現在のトヨタは、サンパウロ市から100キロの所に新たな工場を
建設し、乗用車はカローラ、商用車はサーフを生産している。
ブラジルでは、カローラは高級車である。

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サンパウロの近郊電車 その2 ジャラグア駅

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サンパウロ市の西北のジャラグア地区。
近郊電車の停車場がある。
地名と同じ「ジャラグア」という。

電化複線区間である。
駅のプラットフォームの位置が変則で、
踏切を挟んで両側に、片面ずつがある。

駅は谷間にあり、駅前は何の発達もしていない。
せいぜい、屋台が何軒か並んでいるくらいだ。

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サンパウロ市北部 その3 シャングリラ(桃源郷)

サンパウロ市内の道路は、新大陸にしてはまっすぐではない。
地形に制約されて、くねくねと曲がっている。
地図上でまっすぐでも、実際はとんでもなくきついアップダウンがあるときもある。

大都市サンパウロを車で走るのは、結構難しい。
一方通行が多いからということもある。
さらに、市内中心部以外の郊外では、大きな道と小さな道のメリハリが無く、
どれが本通りかわからなくなる。

しかし、重要な分岐点には、その道の行き先を示す標識があるので、
それをちゃんとたどっていくと、目的地周辺にはたどり着く。
とにかく、標識を見落とさずに運転していくしかない。
そのためには、もちろん最低限目的地周辺の地名を覚えておくことは必要だ。
地名がわからなければ、話にならない。

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サンパウロ市の北部を車で走っていると、「Jd. Shangri-la」(ジャルジン・シャングリラ)と
いう標識があった。
「シャングリラ」といえば、伝説の桃源郷。

しかし、こういったすてきな名前が付いたところは、逆に悲惨なところが多い。
そうあって欲しいという気持ちを命名したのだろうが、現実は
ファベーラ(貧民窟)ということが多い。

ジャルジン・シャングリラは、もうほとんど山の頂上。
最北部のその奥だ。
遙かに、サンパウロ市内を見下ろすところにある。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その58

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ゴミをくっつけて、固めたような作品。

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sábado, 22 de janeiro de 2005

ブラジルの夏休みの子供たち その2

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サンパウロ市西部ブタンタン地区。
10歳くらいの一人の少女が、車道の縁石に座っている。
ひっきりなしに車が通過する。

ぐったりとしているようだが、暑さをしのぐために木陰に
座っているわけではない。

彼女は、信号が赤になるのを待っている。
と、いって道を渡るわけではない。

彼女は、赤信号で停車した車の運転席の横に立ち、
幾ばくかのお金をねだるのだ。
ほとんどの運転手は、目を合わせず、窓を開けず、無視をする。
だから、少女は次々に車を回っていく。
再び信号が青になると、車が走り出すから、それまでに
どれだけまわれるかが、とても大事である。

たまに、窓を開け、小銭を渡すドライバーが居る。
だいたい渡しているのは硬貨だから、多くても10-20円程度であろう。

車が走り出すと、少女は再び座り込む。
一日中、これを繰り返している。

いつも12月になって夏になり学校が休みになると、
路上でこのような子供たちがとても増える。
そのまま、家に戻ることもなく路上で過ごしている子供もいる。

夏休みといっても、親にも構ってもらえず、どこにも連れて行ってもらえない、
何もすることがない子供たちは、こうやって過ごすしかないのかもしれない。

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サンパウロ市北部 その2 上り坂と下り坂

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サンパウロ市北部は、背後のカンタレーラ山地に抱かれており、
サンパウロ中心部に向かうには、基本的に坂をずっと
下っていくことになる。

その坂の上から、サンパウロし中心部が大きく広がっているのが見える。

夜景は、相当に見事であろう。

北部を網羅する交通機関は、バスしかない。
バスに乗る費用も節約しなければならない者は、
当然のことながら歩くしかない。

長い坂を延々と上っていかないと、家にはたどり着かない。

小高い丘の頂上にまで、家が密集している。
不法な建物ばかりだ。

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サンパウロ州の内陸部へ その15 バッハ・ボニータ5

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川岸の道路には、蒸気機関車を模した観光自動車が営業していた。
蒸気機関車の後ろには、数両の列車も繋がっていて、
15メートルくらいはありそうだった。

子供たちを乗せて、ゆっくりと回っていた。

バッハ・ボニータは、サンパウロ州を貫いて流れる
チエテ川の北岸に発達して、街が広がっている。
街は、ほぼ全体が傾斜している。
水と緑に囲まれた美しい街だ。

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日が落ちる前にサンパウロに着きたかったので、
早めに出発した。

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ロマリオ。ヴァスコと契約。

かねてからの噂の通り、
ロマリオは、本日金曜日ヴァスコと契約をした。

しかし期間は3ヶ月。
州選手権の間だけだ。

日曜日のポルトゲーザ戦からの出場となる見込み。


ロマリオは、昨年秋から浪人中。
引退するしないでも、年末の話題となった。
年明けには、王様ペレとも一悶着。

お互いに、すぐに謝って、一応の解決。

グラウンドの上でのお騒がせぶりを見たいものである。

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sexta-feira, 21 de janeiro de 2005

サンパウロの近郊電車 その1

日本に比べて、全く鉄道交通が発達していないと言っても良いブラジル。
貨物だけは、意外と輸送量は多いのだが、
これは特定の貨物を特定の鉄道で特定の港湾に輸送すると行った
形式がほとんどだ。
鉄鉱石が主である。

発達していないと言っても、
いくつかの大都市では、近郊電車が運行されている。
サンパウロもそうだ。

かつては、ぼろぼろで
アクリル製の窓は白く濁るか、落書きで見えない。
もしくは、その窓が脱落している。
さらには、ドアが閉まらないもしくは開かないというような
電車もあったが、今はそこまでのはないようだ。

サンパウロのセントロに位置するルース駅に、電車が入ってきた。
サンパウロ市の北郊40キロくらいの所に位置するフランシスコ・モラットからの
電車であった。

ルース駅のプラットフォームはわずか4つである。

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ルース駅の西側には、ちょっとした車両基地がある。
車両基地は、パチオpaitoという。
ずらりと並んだ電車の脇を、また電車がすり抜けていった。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その57 日本からの参加2

更に、もうひとかた日本からの参加者があった。

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ブラジルの夏休みの子供たち その1

ブラジルの学校は、年度末の休みだ。
12月中旬に約2ヶ月の休みは始まった。
2月になるとまた学校が始まる

休み中のブラジル・サンパウロの子供は大変だ。
貧困層のの子供は、生活が大変なのだが
中流層以上の子供になると、街を一人で歩けない。
歩いても、大して面白いところが近くにあるわけではない。
道にも車が多いので、交通事故が心配だ。
公園がそこかしこにあるわけでもない。
第一、一人では誘拐の危険が高い。

いつも、子供に付き添わなければならない親の負担も大変だ。

そこで、ショッピングセンターは考えた。
色々な子供向けのイベントを催して、
親を引きつけようというのだ。

このショッピング・アナリア・フランコは、
サンパウロ市東部屈指の高級ショッピングセンターだが、
子供向けの学習コーナーを設けた。

この時間は、幼稚園児程度のお絵かき教室をやっていた。
ブラジルの子供たちも、ここではのびのびとしている。
ここに来ているのだから、中流層以上の子供たちのようだ。

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サンパウロ市北部 その1 パラボラ・アンテナの花

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サンパウロ市北部は、Zona norte(ゾナノルチ)と呼ばれる。
チエテ川の北側で、カンタレイラ山地までだ。
意外と広い。
だいたい、飛行機でサンパウロ・グァリューリョス国際空港に
着陸するときは、このエリアの上空を西から東に通過していく。

ここには、何もない。
人は沢山住んでいるのだが、あえてここに行く必要はないということだ。
山があるので、そこには公園があるがそのくらいしかないのだ。
山が迫っていて、高低差がきつく、道の接続も悪いので、
入り込むと簡単には出られない。
サンタナのあたりには、やや高級な住宅街やアパート街も存在する。
しかし、奥に行けば行くほどファヴェーラ(貧民窟)ばかりだ。

その北部へ、あえて行ってみた。

とある道を走っていた。
辺り一帯に、なんだかどの家にも、パラボラがあった。
パラボラの花が、何十も咲いていた。
パラボラがあるということは、有料の衛星放送を見ていると
いうことなのだが、ここまでの世帯が全てその料金を
支払えるとも思えない。

ブラジルでは、写真のようなパラボラアンテナ自体は
決して高い物ではない。
しかし、あまりに多いと不気味でもあった。

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サンパウロ州の内陸部へ その14 バッハ・ボニータ 4

サンパウロも休日になると、結構大型のバイクが増えたのに気づく。
市内にも、ハーレーダビットソンの販売店が2軒はあるのを知っている。
ジャルジンスとノバ・コンセイソンという、いずれも一等地である。

当然のことながら、こんな車より高い物を買えるのは、
かなりの富裕層である。

ブラジルでは、かつては「アマゾン」という有名な世界一排気量の
大きなバイクを作っていた。
エンジンは、VWのビートルのエンジンを使っていた。
しかし、巨大すぎて非実用的で、ほとんど売れていない。

今のブラジルの大型バイクは、輸入品が主体だ。
といっても、ここには本田やYAMAHAの工場もある。
そういう意味で、ブラジル産の大型バイクもある。

バッハ・ボニータにもバイク族がやってきた。
大きな音をとどろかせてやってきた3台のバイクが止まり、
まずそれぞれのバイクの点検が始まった。

年齢が比較的若い3人だった。
やはり富裕層のようだった。

次に、バイク自慢が始まった。
それぞれの連れの女性は、しばらくほったらかしだった。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その56 日本からの参加1

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日本人作家の作品だった。

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quinta-feira, 20 de janeiro de 2005

これで、お金も稼げるブラジルサッカー代表

昨日(1月19日)、サッカーブラジル代表監督パへイラCarlos Alberto Parreira)は、
2月9日に香港で行われる香港との親善試合に連れて行くメンバー22名を
発表した。

ゴールキーパーのGomesとボランチのEmersonは久しぶりに代表復帰。


今回の代表は、次の通り。

ゴールキーパー
Julio Cesar(Flamengo)
Gomes (PSV Eindhoven-オランダ)

バックス
Juan (Bayer Leverkusen-ドイツ)
Roque Júnior (Bayer Leverkusen-ドイツ)
Lúcio (Bayern Munique-ドイツ)
Luisão (Benfica-ポーランド)

サイド
Cafu (Milan-イタリア)
Belletti (Barcelona-スペイン)
Roberto Carlos (Real Madrid-スペイン)
Gilberto (Hertha Berlim-ドイツ)


Renato (Sevilla-スペイン)
Emerson (Juventus-イタリア)
Juninho Pernambucano (Lyon-フランス)
Zé Roberto (Bayern Munique-ドイツ)
Elano (Santos)
Júlio Baptista (Sevilla-スペイン)
Alex (Fenerbahce-トルコ)
Diego (Porto-ポーランド)

フォワード
Ronaldinho (Barcelona-スペイン)
Robinho (Santos)
Ronaldo (Real Madrid-スペイン)
Adriano (Inter Milan-イタリア)

2線級を連れて行くのではないかという話もあったが、
トップクラスを選んでいる。
きら星のような名前が並んでいる。
さすが、ブラジル代表だ。
今回は、ACミランのカカなどがはずれているくらいだ。

昨日のブラジルのニュースでは、
「お金を稼ぐため」の親善試合といっていた。
まさしくこのメンバーなら、お金は稼げるに違いない。

日本からも、見に行く人もいるに違いない。

試合内容は、おそらく親善試合にふさわしい物になるように、
気を使うはずだ。
それができるのも、このメンバーならでは。

※昨日は、接続状況が悪く1日遅れのニュースとなりました。

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quarta-feira, 19 de janeiro de 2005

笠戸丸組30年週年記念碑-ブラジル移民

サンパウロ市の地下鉄サンタ・クルーズ駅の近くにある
サンタ・クルーズ病院。

戦前は、日本病院と呼ばれたが、ブラジル政府に接収されたという。
現在も、日系人の医者やスタッフが多く、日本人や日系人の患者も多い。
理事長も、日系人のかただ。

その病院の前庭に、「笠戸丸組30週年記念碑」という石碑がある。
1936年に設置された物だ。

裏面には、柿本人麻呂、在原業平、源実朝、西行法師の句が彫られている。
そして、島崎藤村の一文が添えられている。
島崎藤村と、笠戸丸にはどんな関係があったのだろうか。

表面には、この碑を建てたときに生存されていた方々の名前がある。
30年で多くの方々がすでにこの世を去られていたことがわかる。

来年2006年は、ブラジルへの移民開始つまり笠戸丸から、
100週年である。

表面
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裏面
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サンパウロ州の内陸部へ その13 バッハ・ボニータ 3

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バッハ・ボニータの川岸から、川に沿った道路を更に一段上がったところには、
土産物さん街がある。
小さな店が、十数軒並んでいた。

昔に比べると、随分とお土産の質も量も向上した。
サンパウロではなく、近隣の街から来たのであろうペアが
思い出の品を探し求めていた。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その55

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前回と同様で、作家の部屋を再現したもの。

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ブラジルの中小企業金融公庫?総裁

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写真の右の人は、ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ。
労働党の出身だから、もちろん組合の出身で、
そのせいか演説上手。

左の人は、ブラジルの中小企業金融公庫のようなところの
総裁になったPaulo Okamotto。
Okamottoとはちょっと変な綴りだか、顔を見る限り
日系人だから岡本さんなわけだ。

やはり、組合の出身者で、
サンパウロの衛星都市サン・ベルナルド・ド・カンポ市の
金属会社でオペレーターをやっていたそうだ。

大統領の盟友の一人なのだろう。

この中小企業庁のような、中小企業金融公庫のような組織は、
SEBRAE(ブラジル中小企業育成サービス)といって、
中小企業の育成に努めることを目的とした組織だ。

年間予算360億円。
職員4、500人
外部コンサルタント 10、000人
600カ所の支社を持ち、80%の自治体をカバーしている。
1200万法人に関与し、3000万人の雇用をおこしている。
(いかに一人法人が多いかということだ。法人化すると、色々な税的特典もあるようだ。)

一ヶ月ほど前にテレビでもCMを流していたが、
従業員10名足らずのパン屋さんまでも面倒も見るそうだ。
正しい経理方法などを指導して、育成し、
ちゃんと税金を取ろうということのようだ。

目的通り、機能しているとしたらよい組織である。

ブラジルもよくなったなと思う。
形は整ってきている。

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ブラジル・サンパウロでの危険な犬の飼い方 その1

ブラジルでは、犬を飼っている家が多い。

アパートでも飼えるところが多い。
もちろん、この場合は小さな犬が多い。

しかし、一戸建てなどの場合は大きな犬を飼う。
防犯のためだ。

だから、ゴールデン・レッドリバーのような優しい犬では困る。
(ゴールデン・レッドリバーも、良く飼われている犬ではあるが。)
ちゃんと番犬としての用を足す犬を必要としている。

そこで、純血種では、
ピッツブル、ロッドワイヤー、ナポリタン・マスチーフなどの、
いささかフレンドリーではない犬を飼っている家が多い。

そして、これらの犬が引き起こす事故が多い。
門から逃げ出して、近所の人に噛みついて、重傷を負わせることも
頻繁に起きてる。
飼い主だって、無事ではすまない。
無くなった方だって多い。
年間に、犬によって1万人が事故に遭っているという。

ちゃんとした犬ならよいが、狂犬病の犬も多いから、
咬まれたら直ちに病院に行かなければ大変だ。

サンパウロでは、
上記の3種を含む4種の犬については、
散歩の時は、ちゃんと短めの引き綱をして、
口輪をすることが条例で定められている。

しかし、
「自分の犬は、今まで人を咬んだことはない、とてもフレンドリーだ」と言って、
規則を守らない人がほとんどのようだ。

サンパウロ市民の憩いの場イビラプエラ公園もそういった犬連れの
市民も多く訪れるのだが、先週の週末に警察が摘発を行い、
どうしても指示に従わない市民を検挙した。
新聞には名前も出ていた。
罰金は、7000円くらいだったか。

112005011617571515PITBULLG

写真は、そのときに没収されたピッツブルだ。

ちなみに、我が家の犬は番犬にはなる。
でも、おっとりした性格なので防犯になるかどうか。
バーニーズ・マウンテンドッグ。

ときどき、見かける犬だ。
今まで、ジャルジンスとモルンビで見かけた。

今日(1月18日)、ショッピング・アナリア・フランコというサンパウロ東部屈指の
高級ショッピング・モールのペットショップで、
このバーニーズ・マウンテンドッグが、2匹子犬が売られていた。
生後3ヶ月ちょっと。
価格は、日本円で12万円くらい。
他の犬の2倍くらいしていた。
また、欲しくなってしまった。

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terça-feira, 18 de janeiro de 2005

サンパウロ州の内陸部へ その12 バッハ・ボニータ 2

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サンパウロから220キロのちょっとした観光地。

このバッハ・フンダの観光地としての目玉はもちろんチエテ川だ。
川岸には、観光船が出る船着き場がある。

その一段上が、道路になっていて、ちょっと幅広い歩道もある。
色々な物売りがいる。

わずか数百メートルの長さなのだが、観光客は川や店を見て歩く。

もちろん、カップルの姿もある。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その54

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作家の仕事場を再現した展示もあった。

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ブラジルの携帯電話状況

ブラジルでは携帯電話のことをセルラー(celular)という。

今日(1月18日)のニュースで伝えていたが、
ブラジルでの携帯電話台数が、
人口あたりで約3人に1人(36.63%)となったそうだ。
台数では、6千数百万台だそうだ。

昨年一年間で、1千9百万台増加したという。
伸び率は40%となる。

首都ブラジリアでは、人口よりも携帯電話台数の方が
多いという。
これは、香港に匹敵するという。
米国での普及率は55%を超えたところらしいが、
最南部のリオ・グランヂ・ド・スル州とリオ・デ・ジャネイロ州では
55%に近いところになっている。
サンパウロ州では、43%。
最も低いのは北東部のマラニョン州で13.89%。

面白いのは、80%の電話がプリペイド契約。
やはり通話料が高いので何らかの歯止めが欲しいのだろう。

最近は、中流の上あたりの子供でも携帯電話を持っているから、
確かに普及してきたと言えるだろう。
たいした用件もなく、遊びでかけられる子供もいる。

ちなみに、電話はGSM(34%)とCDMA(30%)の2種類。
どちらも世界で通用する規格なのがするところが、日本との違い。
このほかにTDMAという規格もあるが、これは、GSMとCDMAに
置き換わっているところである。


単純に電話だけできる機種が安いので、これを購入するが多い。
カメラ付きもあるが、あまり使っている人を見たことがない。
街中でそんなことをするのは、すこぶる危険だからだろう。
メイル機能も付いている物も多いが、
これも、日本のように四六時中使って、メイルを送っているような人を
見たことがない。
テレビが見られるものやラジオが聞こえる物もある。
着メロもある。
面白いのは、電話とトランシーバーが一緒になった物もある。
結構普及している。

メイルは、電話会社がプロバイダーをやっているのではなくて、
別のプロバーターにアクセスしてというように、なっているようだ。
使い方を、電話の代理店にスタッフに聞いても説明できる人は未だいない。
スタッフ自体も使っていないからだ。

おまけに、電話のマニュアルたるや異常に貧弱。
電話の機種の会社に電話して聞いてくれと言うことまでいわれる。

あきれた話だ。

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segunda-feira, 17 de janeiro de 2005

サンパウロ州の内陸部へ その12 バッハ・ボニータ 1

サンパウロ市内では、汚れたチエテ川はサンパウロ州の内陸部へと
流れていく。
その過程で、いくつもの支流と合流し、汚染は多少なりとも
薄められていくようだ。

水量も増え、川幅も広がり、
水運としても利用される。
途中途中にダムもあり、高低差を埋める閘門もある。

この閘門を通る船旅ができるのが、中流域の
バッハ・ボニータだ。

サンパウロから200キロ余。
ゆっくり走っても3時間もかからない。

バウルからの距離は80キロ。
裏道を通って、一面の広大なサトウキビ農場を満喫して
バッハ・ボニータに着いた。

ここは、観光地である。
観光船が停泊している。
土産物屋さんもある。
レストランもある。
釣り客もいる。

車のナンバーを見ていると、サンパウロ州の各地からきてることがわかる。

世界では無名ではあろうが、
このようなちょっとした観光地を紹介したい。

(画面をクリックすると、パノラマ写真は大きくなります。)

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第26回サンパウロ・ビエンナル その53

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カラフルな絵画作品。

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日系社会青年ボランティア

JICAの「日系社会青年ボランティア」の人たちが、
また新たに派遣されてブラジルにも到着しているようだ。

1月11日に日本を出発して、12日に到着。
今は19日までの最後の地元研修中ということらしい。

赴任前は、横浜のJICAで合宿研修を行ってきたようだが、
やはり赴任地のブラジルではいささか勝手が違うことも多いと思う。

サンパウロ州やパラナ州の日系人が多い地区に派遣される人も多いようだが、
中にはトカンチンス州という首都ブラジリアの北のとんでもない辺鄙なところに
派遣される人もいる。

また、いずれも中小都市への派遣なので、生活も大変だと思う。

サンパウロであれば、健康で文化的な生活を送ることも
割とできやすい。
日本食もほとんど手に入る。
日本食レストランも、そこかしこにある。

だが、ちょっと離れるとそういうわけにはいかない。

現地では、日本語学校の教師などをしつつ、日本の文化の紹介などを
されることが多いようだ。
日本人の新たな形の戦士の方々である。

サンパウロで、気楽に暮らしているが、
何か縁があれば、手伝ってあげたいという気もある。
余裕ができて、サンパウロに来られるならば、
他につてがないならば、泊めてあげてもよいと思っているくらいだ。

短くもあり、長いようでもある2年間を楽しく過ごして、
日本とブラジルの理解のために尽くしてもらいたいと思っている。

横浜での研修中に、このブラジル生活のブログの作成もされているようだ。
10以上のブログがある。
すでに到着後の更新がされている物もある。
内容からみるに、ほとんどが、若い女性のようでもある。
男性はいないのかな。
ここで、そのブログのアドレスを羅列するわけにはいかないが、
これからの奮闘ぶりをブログを通して、見ていきたい。

どれくらいの方が、世界中に散らばっているのかは知らないが、
南米にはブラジルだけではなく、パラグアイやボリビアなどにも派遣されている。
この方々も、誠にご苦労さまである。

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サンパウロ州の内陸部へ その11 バウル市の姉妹都市

ブラジル・サンパウロ州バウル市の姉妹都市は、天理市である。

理由は簡単に想像できる、このバウルに天理教のブラジルに
おける布教の中心である「天理教ブラジル伝道庁」なるものがあるからだ。

どうして、バウルにおかれたのかは、関係者でもないので知らない。

バウルのセントロから車で10分もかからない住宅街にある。
昔は、周りに何もなくて、その独特な建物から、バウルに近づくとかなり
遠くからでもすぐにわかったが、今は街が大きくなりちょっと埋もれている。

建物の近くに行くと、日系人がほとんどだか、
黒い法被を着た人が沢山いる。

ブラジルには、日本から移民とともに、
宗教もいっぱいやってきている。

真言宗、浄土真宗、日蓮宗等々の仏教。
生長の家、立正宏成会、世界救世教、等々の新興宗教。

あまり深くは立ち入らないが、
かなり活発な活動をしているところもあるようだ。

日系人だけではなく、ブラジル人の浸透をしていくと、
それはすごいことだと思う。

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domingo, 16 de janeiro de 2005

第26回サンパウロ・ビエンナル その52

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これも、写真の作品。
乾いた感じがいいな。

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民政復帰の大統領選出から20年目

今から、20年前の1985年1月15日に、
1964年からの軍政の幕を閉じる、民政復帰のための
最初の大統領選挙が行われた。
当時は、大統領は間接選挙で選ばれることになっており、
その2回目の投票が行われたのだ。
その結果選出されたのが、タンクレード・ネーヴェス氏。

しかし、その後に悲劇は起きた。
彼は、大統領に就任しなかったのだ。
いや、できなかった。
大統領就任の前日に倒れ、入院し、
その後7回の手術を受けたが、サンパウロの病院でなくなった。

代わりに大統領に就任したのが、
副大統領候補だったジョゼ・サルネイ氏。
現在の上院議長だ。

当時は、突然の入院と死には、色々な噂と憶測が飛び交った。
彼の遺体は、サンパウロからブラジリアに送られて
葬儀が行われたのだが、
サンパウロの病院からコンゴニアス空港まで、
100万人以上の市民が消防車の上に安置されて
空港へ向かう彼の柩を見送った。
一緒に歩いた者も多かった。

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ブラジル大統領専用機

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新しいブラジル大統領専用機が、ブラジリアに到着した。

機種は、エアバスA-319という中型機。
ブラジルから、ワシントンやパリにノンストップで行けることと
運行コストの安さを条件にして、選択したようだ。
通常の内装ではないので、購入費用は、56百万ドルしたらしい。
決して大きな機体ではないが、高いとか豪華すぎるとか多少議論を呼んでいる。
ちなみに日本国は、さすがなもので、747を2機も持っている。

これで、7代目の大統領専用機となるのだが、すでに5機はとうの昔に引退している。
そして、現有の物は、ともにボーイングの737と707。
737/200は、1976年就航で29年使用。
707は、1986年から19年使用(1968年製らしい)。
もう十分に使ったと言っても良いのではないかと思う。

さらに、707は日本の航空会社はどこも採用しなかったので、
なじみがないが、
1957年に就航を開始したとても古い設計の航空機。
名機ではあったようだが、オイルショック後に
運行のコストの高さなどから
世界からは消えていった飛行機。

なぜ、ブラジルが1986年当時に採用したのか、理解できない。

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sábado, 15 de janeiro de 2005

サンパウロ州の内陸部へ その10 バウル市街地

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バウルでは、3つ星のホテルに泊まった。
中心部からはやや離れていたが、思ったよりよいホテルだった。
ツインで、一泊6000円くらい。
部屋は9階だった。

窓から、バウル市街を撮ってみた。
右の方がセントロになるが、あまりはっきりと中心部という感じではない。。
中央から左手は、バウルの高級住宅街のようであった。

赤っぽい瓦は、赤い土で作られるからで、ブラジルの瓦はだいたいそのような色だ。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その51

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写真の作品の出展もあった。
これは、ペルーの首都リマの郊外の貧民窟ということだった。

じーっと見てしまった。

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「山上へと続く道」の行き先

昨年、2004年12月11日「山上へ続く道」という題で、
サンパウロの郊外の険しい山の急斜面に人が住みついている写真を載せた。

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数日前の雨で、崖崩れが起きたのはここだった。

サンパウロ市の東南にある衛星都市サン・ベルナルド・ド・カンポ市。
自動車組み立てを中心とする大企業の工場が多く、
平均所得はサンパウロより上といわれている。

ここでは、二日間で175ミリの雨が降ったという。
この街のセントロも雨により冠水してしまっていた。
そこから更に15キロ南の、
サントスへ向かうハイウェイ・アンシェッタ沿いにある
もっとも最南部のファヴェーラ(貧民窟)
その名はジャルジン・シルヴィーナだ。

ここで、なくなった4人の子供は、12歳から6歳までであった。
そのうちの二人は、出生届も出ていなかった。

ブラジルで、災害があるときに、真っ先に被害に遭うのは
いつもこういう人たちだ。

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サンパウロ州の内陸部へ その9 バウルのセントロ

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バウル市は、人口30万人を超えている。
サンパウロ州の内陸部の市としては、割と大きな方である。
商業の中心である。
街が若いこともあって、明るい印象を持った。

中心部セントロには、長さ1キロ弱の商店街があった。
土曜日の15時頃は炎天下にもかかわらず、
サンパウロの中心部と変わらないような人出で賑わっていた。

だが、18時には全ての店が閉まってしまい、
あっという間に誰もいなくなってしまった。
セントロには、レストランもなく、夜の賑わいはなかった。
レストランは、別の所に点在していた。
人々が食事にやってくるのは、21時頃からだ。

日曜日の朝10時、セントロは眠っていた。
ここでは、日曜日には店は開かないようだ。


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ペレの呼びかけに答えて、ロマリオが吠える。

王様ペレが、
ロマリオに、「これ以上名前を汚さず、引退しては」と
行ったことに対して、ロマリオが答えた。

テレビの今夜(1月14日)のニュースで、
ロマリオが出てきた。

「あの○○野郎。
てめえの将来だけ心配してろ。
おれのことに構うな。
俺様のことは俺が決める。
二度と、俺のことに口出しするな。」
(一応、ロマリオ調です。)

15秒ほどの映像で、一回ピー音がはいりました。
不適切な表現があったということです。

(ブラジルのテレビでは、
ニュースでもピー音がよくはいります。)

ロマリオは、本当に面白い。
大衆の期待通りの答えをしてくれる。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その50

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建築模型がいくつか展示されていた。
これも、アートです。

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sexta-feira, 14 de janeiro de 2005

スーパーモデルコンテストで優勝

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ブラジル女性が、ニューヨークで昨日(1月12日)に行われた
Ford Supermodel of the Wolrdで、44名の候補者の中から
見事優勝したそうだ。

この女性は、カミラ・フィンCamila Finnといってまだわずか13歳。

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2年前に、サンパウロ州の内陸部にあるボツカツ市の路上で、
地元のモデルクラブの女性に見いだされたという。
しかし、家族とともにモデルクラブに行ったのは、
2004年になってから。

昨年11月のブラジル予選で勝ち抜き、Ford(ブラジル)と一年間
15万レアル(600万円)の契約となったが、
今回の世界大会優勝で、更に4倍以上の25万ドルの契約を
Ford社と結ぶことになるという。

ブラジル出身のスーパーモデルの
ジゼール・ブンシェンよりも、ちょっと柔らかい感じだ。

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サンパウロのセントロ 11 警察の防弾チョッキ

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サンパウロのセントロに、「3月25日通り(rua vinte e cinco de marco)」という名の通りがある。
この通りを中心とした一帯は、
紙、繊維、衣料、玩具などの問屋街だ。
小売りをする店も多く、いつもごった返している。
12月のクリスマス前は、身動きが取れないくらいになった。

今のレバノンやシリアからのアラブ系の移民が主流を占めている。

しかし、最近は中国大陸系の小店舗も増えている。
家族経営で、そのうちに変わってしまうに違いない。
密輸でも、頻繁に摘発されている。
そういった商品を取り扱うので、発展もするのだろう。

当然のことながら、人出が多いところには、
ひったくりやスリなどが多い。

警察のパトロールもかなり行われている。

もちろん、チームを組んでの見回りだ。
そして、必ず防弾チョッキを着用している。
ここだけではなく、警察官はいつもそうだ。
婦人警官も防弾チョッキだ。

そういえば、2-3日前、ここではないが
サンパウロ市内の警察署が襲われて、留置場の
容疑者が仲間に奪回されたことがあった。
警察官一名が無くなった。

警察署も、一応警備をしてあるのだが、
襲撃する方もそれなりの装備をしていたわけだ。

警察官の殉職も多い。

こういった警察官のパトロールのおかげで、
多少なりとも安心して、歩けるようになっているのも事実である。

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quinta-feira, 13 de janeiro de 2005

テベス選手の来伯

アルゼンチン・サッカーの至宝テベス選手が、本日(1月13日)サンパウロに
正式にやってきた。

新聞も、彼の記事を大きく取り上げていた。
育ったところ、家族などだ。
育ったところは、ブエノスアイレスのファヴェーラ(貧民窟)といっていたが、
ちょっと見では、ブラジルのファヴェーラよりマシだった。

サンパウロ国際空港にも、報道陣が出迎えのファンがちょっときていたようだ。
ブラジルでは、出迎えだけに国際空港に行けるほどのお金持ちのファンは多くない。

場所を変えて、早速、記者会見が行われた。

内容は、通り一遍の物で、
選手と知り合いになります。
ブラジルには慣れると思いますとかという話。
(ちゃんとスペイン語の通訳が付いていた。)

ただ、気になったのは、ずっと「ぽかーん」と口が開いていたこと。
そのせいで、賢そうには見えなかった。

護衛が付いて、運転手が付いて、
高級ホテルに住むそうだ。
更にポルトガルの教師も。
そして、月に一度は、ブエノスアイレスに帰ることができるそうだ。

もちろん、コリンチャンスのスポンサーMSIの
謎のイラン系英国人も同席していた。

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サンパウロ州の内陸部へ その8 バウル駅

サンパウロから300キロ余のバウル。
鉄道の結節点でもある。
かつては、この鉄道に乗って、
移民たちは、サントスから内陸部へ送られていったそうだ。

まだ、道路が発達していない時代だ。
できたばかりの鉄道の周りは、まだ密林で
終点が目的地で、その付近に土地を割り振られて、
まず最初に木を切り倒し、根株を起こすことから始まったという。
もちろん、機械もないので、人力だけが頼りだ。
いきおい集団での共同作業が必要となる。

サンパウロ州の奥地での、日系人の団結が強く、
組織がしっかりしているのは、
そのころに築き上げられたものなのだろうか。

20年くらい前までは、サンパウロからバウルまでの鉄道による旅客輸送も
あったようだ。
しかし、今はもう無い。

貨物輸送が行われているだけだ。

駅舎の正面玄関には鍵かけられていた。
ガラスは割られ、内部は荒廃していた。
随分と時が経ったことを示している。

立派な駅舎だけに、無惨である。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その49

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女性が、靴を履いているようなポーズ。
ややくたびれたような身体に、そそるようなところはあるが、
これは作者の意図したところか。
それとも、制作技術の問題か

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王様ペレのご託宣

サッカーの王様ペレが、
ロマリオに「サッカーシューズを掛けなさい。」と言った。

ブラジルでは、サッカーシューズを掛けるということは、
引退を意味する。

「稀代のアタッカーであるロマリオの名前を傷つけるな」と付け加えている。

ロマリオには、昨年秋にフラメンゴを追い出されて以来、事実上の引退状態だ。
昨年末には、本人は、引退するのしないのと、周りを混乱させた。
ただ、バスコが契約交渉をしているという報道もある。

王様の言葉だが、ロマリオに聞く耳があるだろうか。

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サンパウロは雨に弱い 2

今日もサンパウロは雨。
朝から降ったり止んだり、また時折強くなったり、
時折日がさしたりと、いつもの訳のわからない天気だった。

朝10時に、開店したばかりのショッピングセンター・イビラプエラで
用事を済ませ、アベニダ・ブラジルの銀行へ行った。
どちらも、時間が早かったので、スムーズに行った。

サンパウロにいては、晴れそうもないので、
気晴らしに70キロほど北へ行ったイタチーバという街へ行った。

本物の木材だけを使ったクラシックな、大きなそして重い家具で
有名な街だ。
とても、日本の家にはおさまらない物ばかりだ。

しかし、時代は変わり、ブラジルでも大きな家は減ってきた。
人々は、アパートに住むようになり、
木材だけの家具よりも、ガラスやスチールを使った家具を好むようになってきている。
部屋が広く見えることもその一因だ。

この街に沢山ある家具屋さんでも、普通の家具が増えてしまって、
昔ながらの家具はもうだいぶん減ってきた。

大きな家具は、米国などに輸出しているようだ。

このあたりの街は、イタリア移民が作り上げた街が多い。
お店の名前からもそう思える。
もう一つの名産品はブドウだ。
ちょうど今がシーズンで、街道にはいくつもの販売店が並んでいた。

また、ちょうど1時間ほどで行けることもあって、
別荘やホテルなどが増えていた。

帰路は、ジュンジャイという人口30万ちょっとの街を通って帰った。
晴れていたこともあって、明るい街だった。
この街もとても変わっていた。
元々明るい街では会ったが、随分と発展していた。
サンパウロにいるのと変わらない生活レベルをおくることができそうだ。
事実、通勤圏となっているようだ。

サンパウロに戻ってくると、またどんよりとした
重い雲が広がっていた。

報道によると、サンパウロの南東部のサン・ジョゼ・ドス・カンポスで、
地滑りがあったそうで、9名が生き埋めになった。
そのうちの8名は子供だという。
現場は、急な斜面に広がったファヴェーラ(貧民窟)である。

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サンパウロでは、昨日今日と気温も20度前後とこの時期にしては寒い。

世界中で気象異変が伝えられているが、
ブラジルも異常気象なのだろうか。
ブラジル北東部や南部では、渇水が伝えられている。

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quarta-feira, 12 de janeiro de 2005

池の鯉を狙う猛禽類

サンパウロから300キロちょっとのバウルという街に行った。
人口32万のこの地方の中心都市だ。

主な産業は、もちろん農業だ。
広大なサトウキビ畑が周囲に広がっている。

地元の新聞を買い求めて、読んでいたら
80ヘクタールで、2000万くらいで農地は手にはいるものもあるようだ。
土地の条件がわからないので、高いか安いかはわからない。

この街から奥の方には、日系人が多い。
サンパウロのような大都市と違って、まだまだ日本人の社会が
しっかりしているようだ。

ある建物の横に池があった。
大きな池ではない、直径が3メートルもない。
近づいていくと黒っぽい大きな鳥が羽ばたいた。
体長は50センチほどあった。
最初は、水鳥かと思った。
ほんの1メートルほど飛んで留まったので、
羽が切ってあるのかと思った。

頬の横のあたりは、青かった。

更に近づいたら、屋根の上に飛んで、留まった。
飼っている鳥ではなかったようだ。

池の上には何本も糸が渡してあり、この鳥が
鯉を捕獲することができないようにしてあった。

しかし、鳥は屋根の上にとどまっていた。
決して、諦めてはいないようだ。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その48

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ただのバラックのような。
市内にはもっと芸術的なバラックはいくらでもある。

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terça-feira, 11 de janeiro de 2005

サンパウロは雨に弱い

南半球に位置するサンパウロは、今は夏真っ盛りだが、
実は天候は不順だ。

だいたい、夏になるとほぼ毎日夕立が降るというのが
基本的なパターンである。
しかし、最近は雨が終日続くようなことが多い。

今日もそうだった。
昨夕から降り始めた雨は、降ったり止んだりを繰り返して、
今日はほぼ1日雨が降っていた。
ときどき、強く降る。

明日もこのような天気が続くそうだ。

雨が降ると、サンパウロのいたるところで冠水する。
浸水するところも多い。

主要な道路までが冠水することも多い。
今日はサンパウロ東南部で多く降ったようで、
サントスへ向かうハイウェイが一時閉鎖された。
立ち止まったバスの乗客が、船で救助されていた。
別の場所では、ヘリで救助されている者もいた。

午後に、国際空港へ、
移住するために、スペイン経由でイスラエルに向かう者を
見送りに行ったのだが、
並送するチエテ川が氾濫しないか気が気ではなかった。

典型的な都市河川で、周囲に降った雨を集めて、あっという間に
氾濫する川なのである。
しかも、高低差がないので、ほとんど水がはけないのである。

道路面まで、2メートルまで水位が上がった川面を見ながら、
必死で運転した。

日本政府が河川改修費用の一部を出して、現在工事が進められている川である。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 13 黄色っぽい鳥2

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黄色っぽい小鳥は、十数羽の群れをくんでいた。
短い草むらで、餌をついばんだり、水たまりで体を震わせて
水遊びをしていた。
そこに、やや大きな別の小鳥がやってきた。
最初は、同じところで共存していた。

黄色っぽい小鳥が雌で、新たな模様がはっきりした小鳥が
雄かと思った。

でも、しばらくすると黄色っぽい小鳥が追い払ってしまった。


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第26回サンパウロ・ビエンナル その47

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色とりどりの光を発する柱が、天井まで伸びていた。
とても、カメラにはおさまらなかった。

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ジーコ監督の息子

今晩(1月11日)のニュースを見ていた。

ブラジルのサッカーにも、かつての名選手の息子たちが、
あらたにサッカー界に登場してきているという話題。

親の名声をもろともしない者、
押しつぶされそうな者と色々だ。

日本の状況と同じようなものだ。

ジーコ監督の息子もでていた。
チアゴという。 二十歳だそうだ。
何となく面影があった。

しかし、ブラジルも親の七光りの2世たちが、
親の跡を継ぐようになるというのは、
社会が安定してきたというのか、硬直化したというのか。

「貧しい者が、実力で登っていき、富を得られる」というのが
スポーツ界だったはずなのだが、
「豊かに育ち、英才教育を受けた者が。」というのでは、
ブラジルにも夢が無くなる。

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ロナウドは結婚できるのか?

レアル・マドリに所属するロナウド。
言うまでもなくサッカーのスーパースターだ。

昨年、婚約したダニエラ・シカレーリ嬢との結婚について、
なんだか変な情報が出てきている。

だいたい、ロナルドは2005年1月にパリで結婚すると、
婚約会見で言っていた。
その後、12月には喧嘩したという報道もあったが、
クリスマスは、リオ・デ・ジャネイロで過ごす姿を
パパラッチされていた。
そして、数日前には、バレンタインディの2月14日20時からに、
パリの40キロ郊外シャンティリーでとの報道があった。
すでに、250人に招待状を発送しているという。

しかし、ロナルドは、スペインで行っている前夫人との離婚が
法的に成立していないので、
2月14日にはできないという報道もある。

そして、また仰天報道がある。
ブラジルで、100万部以上の最大の売り上げを誇る
一流週刊誌ヴェジャVejaの最新号(1月8日発売)がスクープ記事を出した。

なんと、婚約者のダニエラ・シカレーリ嬢が結婚の前歴があるというのだ。

2003年2月に、マイアミ・ビーチで
ブラジル人ルイス・アントニオ・ミラノ(48)という会社経営者と
結婚をしたという証明書の写しも記事の中にはある。

弁護士は、
この証明書を持って、ブラジルもしくは、ブラジル大使館で結婚を登録していないとか、
その登録をしていないので証明書も6ヶ月で有効期限が切れるとか、
インタビューに答えている。

ヴェジャ誌は、アメリカでは今でも有効であるし、他の国でもこの証明書は有効のはずだと
書いている。

さらっと眺めただけなので、よく読んでみないと
理解できない。

尚、この記事について、他のメディアからは同様の報道は出ていないようだ。

なんだか、話題の多い人たちであることは間違いない。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 12 黄色っぽい鳥

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黄色っぽい、明るい色の鳥がいた。
雀よりは大きい。
スマートな形をしていた。

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サンパウロのセントロ 10 路上のCD売り

サンパウロのセントロの東の端は低地である。
東方向の郊外向けのバスのターミナルがある。
そのお客を狙って、沢山の露店が軒を並べている。
その中には、CDを売っている店もある。

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もちろん、コピーものだ。
警察はもちろん取り締まっているが、
警察が近づくと蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
いつでも、逃げることができるように、身軽にしている。

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追加のCDは、さらにやや物騒なところから運んできている。


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第26回サンパウロ・ビエンナル その46

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複雑な立体の作品。


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domingo, 9 de janeiro de 2005

サンパウロ・フチ・ボルクラブのトレーニングセンターの工事は順調

2005年のブラジル・サッカーも、始動した。
各州ごとの選手権大会が始まったのだ。

昨日(1月9日)サントスは、無難に勝利をおさめたが、
サンパウロは、敗戦。

ところで、前にも紹介した、トレーニングセンターの工事は順調に進んでいる。
20万平方メートルの土地を、約8千万円で購入し、
サッカー場4面を作る。
更に研修施設、合宿所も作り、
基礎教育(学校を満足に出てないのもいるので。)を施し、さらには
英語、スペイン語なども教育をおこなうという。
初めから、海外へ高値で売ることを考えているわけだ。

この土地は、元々川の畔にあり、
通常でも、川面との差が数十センチにも満たない。
雨が降ると、グラウンドが一面の川になるようなところで、
決して条件が良いところではない。

今は、グランド予定地を掘り起こして、
ずっと砕石を敷いているところである。

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サンパウロのセントロ 9 サンパウロ市長執務室

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この建物は、サンパウロのセントロの東西をつなぐ、
Viaduto de Cha「お茶の橋」(日系一世たちは、お茶の水橋と呼んだ。)の
東側のたもとにある。

かつては、サンパウロ州立銀行の本店であった。
しかし、10年ほど前のブラジルの銀行の再編の波の中で、
サンパウロ州立銀行も例外ではなく、
スペインの銀行バンコ・サンタンデールと提携するなどして、
再建に取り組んだ。
その過程で、このビルはもうサンパウロ州立銀行ではなくなった。

今は、サンパウロ市長の執務室がある。
窓からの景色は、仕事もはかどるに違いない。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その45

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この作品がおかれているのが、美術展の会場でなければ、
これは芸術ではないだろう。

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サンパウロのセントロ 8 サンパウロ証券取引所

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昨年2004年は、サンパウロ市の発祥から450年という
記念の年であった。
多くの催しが、開催された。

その発祥の地が、セントロだ。
1890年代までは、サンパウロの人口は20万を超えず、
その市街地は、現在のセントロを少し越える程度であった。

現在、サンパウロのセントロは、衰退しているということは事実であろう。
こと商業に関しては、そういえるであろう。
民間企業の多くは、セントロを出てパウリスタ大通りから
ファリア・リマ通りそしてベルリーニ大通りなどの新興ビジネス街に
どんどん移動してしまった。
サンパウロの人口の増大とともに、ビジネス街とともに住宅街も急速に広がった。
富裕層のすんでいる地区に、その層をターゲットとする商業施設も移った。

今、セントロにある小売業は、必ずしも富裕層向けとは言えない。
むしろ中間層以下のものが多いと言えるだろう。

しかし、まだまだセントロはとても重要な機能を有している。
たとえば、金融機能はまだまだセントロが中心だ。
つまり、ブラジルの経済の中心といっても良い。

たとえば、南米最大の株式市場であるサンパウロ証券取引所は
セントロにある。

最近、Bricsの一つとして、再びその将来性に注目されている
ブラジルであるが、その発展を示す一つの指標がこの取引所の
Bovespaとよばれるインデックスである。

昨年は好調で10数%の上昇であった。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 11 飛翔

犬を預けているところは、
サンパウロの郊外で、森の中にある。
そして、川と湿地もある。
そのせいか、また色々な種類の沢山の鳥たちが生息している。

木に止まっていた、黒っぽい鳥を見ていた。

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飛び立ったときに、シャッターを切った。
日の光に透けて見える羽の一枚一枚が美しい。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その44

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カラフルな蚊帳のような作品。
内部にはいることができた。
いくつかに仕切られていた。

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sábado, 8 de janeiro de 2005

カーニバルまで、あと一月もない。

今年は、カーニバル(ブラジルではカルナバウ)が、早く2月の初めである。
あと一月もないのだ。

サンパウロの、サンバ会場(Sambodromo)に近い、
バッハフンダ地区などには、各エスコーラ・ヂ・サンバの
拠点があり、
山車の制作が急ピッチで進んでいるのが見えた。

歌、踊りの練習も佳境に入ってきていることであろう。

幸いにして、近くにはこういった練習場がないが、
これが近いと毎週週末は大音響に朝から夜更けまで悩まされることになる。

サンパウロのセントロのポルト・ジェラウ街には、
カルナバルの衣装、仮装そして飾り付けを取り扱う店が
並んでいる。

どうやって目立とうかと、いまさら探しに来る客で混んでいる。

日本のパーティグッズを扱う店も、ここに来るとかなり面白いものが
あると思う。

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サンパウロは、まだ天候が不順である。
夕立は仕方がないが、
日中はキチンと晴れてくれない。
気温は上がっても、曇天が続く。

最近は、サンパウロ市内のピニェイロスのテオドロ・サンパイオ街と
郊外のエンブーを往復しているようなものだ。

まだ、道は空いている。
カールナバル明けまでこのような状態が続くのだろうか。

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海岸-プライア・グランヂ その13 

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監視員が、子供と話をしている。
海での遊び方を教えているのだろうか。

海鳥が舞っていた。

ここ、プライア・グランヂはサンパウロから70キロ。
ブラジルの中流層以上の富裕層が行くところではない。
普通の人が行く海岸だ。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その43

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一面に敷き詰められているのは、トウモロコシ。
靴を脱いで、その上を歩いてよいので、
希望者の列ができていた。

気持ちよさそうだった。

その真ん中に何かあったが、
そちらについては、気が払われていないようだった。

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sexta-feira, 7 de janeiro de 2005

サントス・ロビーニョ選手の近況

今朝(1月7日)の新聞に、
サッカーのサントス・フチボルクルビに所属している、
ロビーニョ選手の近況が出ていた。

昨年、母親が誘拐され、その後身代金を支払って
解放されたロビーニョ選手は、改めて安全に対する認識を改めた。

昨日、サンパウロで、防弾仕様の車を買って、もう一緒にサントスへ
乗って帰ったと言うこと。

車の種類や価格については、彼の使用人は言わなかった。

しかし、新聞社が調べたところでは、
BMW540で、価格は39万9千レアル(約1500万円)ということ。

この防弾仕様の車で、サントスでの安全を確保すると。

サントスの社長は、また、ロビーニョ選手とその家族にも、
今は護衛をつけているという。

選手の彼女にも、つけると彼女の父親も言っている。

ロビーニョ選手の、サントスとの契約は2008年まである。
しかし、7月までしかいないだろう。
なぜなら、レアル・マドリがほしがっているからと、新聞は結んでいる。

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カローラでも、ブラジルでは防弾仕様で売っているものもある。
通常の防弾仕様では、それだけで1万ドル程度はかかる。

ロビーニョ選手の母親は、ベンツを一人で運転して、まったくの
護衛もつけていなかったという。
立場をわきまえていなかったといわれても仕方がないのが、ブラジルだ。

ブラジルでは、それなりの人は、自分にあった立ち振る舞いと、
適切な場所ですごすことが必要だ。

いつでも、どこでも歩ける人は、残念ながら失うものがない人だけだ。


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ブラジル大トカゲとの驚愕の遭遇

犬を預けているところは、サンパウロから西に40キロほど離れたところ。
周囲を全て森に囲まれている。
気温も、サンパウロより2度も低いという話だ。

見かける鳥や蝶の種類も多く、自然に恵まれたよいところだ。

新年最初の犬とのひとときを過ごし、
名残を十分に惜しんで、
コチアとエンブーをつなぐ大きな道にでるために、
未舗装の道をゆっくりと、進んでいた。

前方で何かが動いた。
車を止め、前方を注視した。

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大トカゲだった。
長さは30センチ以上はあろうか。

やや青く不気味にテカっていた。

大トカゲは、ゆっくりと藪の方に進み、そして消えた。

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quinta-feira, 6 de janeiro de 2005

クリスマスと新年の終わり

1月6日をもって、
クリスマスと新年は終わる。
飾り付けも取り外される。

色々な教会にあった「プレゼピオpresepio」と呼ばれる
キリスト生誕の瞬間のジオラマの様なものも、
次の時まで仕舞われる。

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このプレゼピオは、サンパウロのセントロの
サンベント教会のものだ。
サンベント教会は、サンパウロの中でももっとも歴史が
古い部類にはいる教会である。

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海岸-プライア・グランヂ その13 

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まだ、10代前半の女の子3人。
日が陰ってきて、寒そうだった。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その42

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なんだかガラクタを集めた様な作品と言ったら、失礼すぎるだろうが。

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世界のサッカー・クラブ・ランキング(ブラジルの新聞報道) その3

1月2日付、サンパウロの一般紙フォーリャ・ヂ・サンパウロの
スポーツ面に出ていた「世界のサッカークラブ・ランキング」。

105位まではすでに紹介済みだ。
残念ながら、日本勢はランク入りしていない。

106位から、264位までを抜粋して、紹介する。

106位 38ポイント
108位 36ポイント
      ジュビロ磐田            日本
111位 35ポイント
      ザラゴーサ             スペイン
115位 30ポイント
      アバジーン             スコットランド
      パリ・サンジェルマン       フランス
      ポハン・スティーラー        韓国
127位 28ポイント
      横浜Fマリノス            日本
131位 25ポイント
      インテル・ブラチスラバ      スロバキア 
      ワシントン             米国
137位 23ポイント
      リャンニング            中国
143位 20ポイント
      ボタフォゴ             ブラジル
      大宇ロイヤルス          韓国
      マグデグルグ           ドイツ
      ナポリ               イタリア
      スポルチング           ポーランド
      ウェンデル・ブレーメン      ドイツ
162位 18ポイント
165位 16ポイント
170位 15ポイント
      クロアチア・ザグレブ       クロアチア
      ジェフ・ユナイテッド        日本
      ベルディー             日本
      横浜フリューゲルス       日本
200位 13ポイント
      大連                中国
202位 10ポイント
      ベルマーレ平塚          日本
      清水エスパルス          日本
242位  8ポイント
264位  7ポイント

以上、抜粋は恣意的に行った。

結局、日本のクラブチームは7チームがランク入りしたことになる。

100位以下には、南米やヨーロッパのチームだけではなく、
アフリカや中東のチームが多くランクインしている。

尚、このランキングは、
FIFAの公式試合の結果の他、
各地区、各大陸の選手権試合の結果、
また、その他の主な選手権試合の結果、
等々を、ポイント化して計算されたもの
と言う説明がある。

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quarta-feira, 5 de janeiro de 2005

ブラジルと地震 その3

インドネシア・スマトラ沖の地震と、それによって起きた津波による、
周辺諸国への大被害に対して、
すでに、ブラジルは救援物資を積載した空軍輸送機を
3機飛ばしているそうだ。

さらに、
津波はブラジルまで到達していたという報道があった。
リオ・デ・ジャネイロの対岸のニテロイの
自記潮位計で、
地震から26時間後に、通常のものではない、異常が記録されていたという。
これを分析すると、約30センチの津波がやってきたことになるという。

震源から、インド洋を西に進んだ津波は、アフリカ最南端喜望峰沖を通過して、
大西洋に入り、ブラジルにも到達したという。
このリオ・デ・ジャネイロ州以外の2つの州でも、異常潮位が記録されていたと言うことである。

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海岸-プライア・グランヂ その12 

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海岸には、色々な物売りがやってくる。
ビールやカイピリーニャを売っているものは、だいたい一カ所にとどまっている。

そのほかに、アイスクリームを売りに来るもの。
子供のおもちゃを売りに来るもの。

そして、海辺で必要なものを一式満載しているもの。
浮き輪やビーチボールなどはよく理解できるが、
水着も売っている。

一人では砂の上では大変なのだろう。
二人一組であった。

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カルロポリスの周辺 その9

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パラナ州北部から、サンパウロ州にはいると、
大地は平坦になる。

パラナ州北部やサンパウロ州のこのあたりは、特に土が赤く。
道路さえも、細かい土の粒子で赤く染まっている。

この土は、コーヒー栽培に適したテラロッシャと呼ばれる酸性の土壌だ。
コーヒーには向いているのだが、
綿花の場合は、綿毛さえも赤く染めてしまう。

同様に、この土が白いシャツに付くとなかなか洗っても落ちない。
土なので漂白もできない、黒ずんだ様に見えてしまう。

大豆の場合でも、
豆腐の場合は真っ白ではなく黒ずみ、
醤油の場合は真っ黒ではなく赤みを帯びると聞いたことがある。
日本の醤油には使えないので、この用途では輸入はできないとも聞いた。

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このあたりは、ほとんどがサトウキビの大農場である。
まだ、植え付けていないところは真っ赤な地肌が見えている。
ところどころに集荷場のサイロが見える。
そこに向かって、集荷したサトウキビを運ぶ巨大なトレーラーが走っている。
アルコールの精製工場もある。
風下にいると、発酵臭が何キロ先でも臭ってくる。

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ときどき、道沿いに小さな祠がある。
もちろん、カトリックのものだ。
巡礼の道などにはよくあるものだ。

このあたりからサンパウロまでは300キロ以上ある。
やがて、カステロ・ブランコという名前のハイウェイにのり、一直線。
帰りの道は早いが、普通の道のような風景を楽しむ余裕はない。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その41

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前回紹介した作品を含めて、同じ作者による出展作品の展示状況を紹介する。
どれも、カラフルであり、気に入った。

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レアル・マドリでルクシェンブルゴは成功するか(アンケート)

ブラジル・サンパウロの新聞フォーリャ・ヂ・サンパウロ紙のサイトに、
「ブラジル人監督ルクシェンブルゴが、レアル・マドリで成功するかどうか」というアンケートがある。

http://polls.folha.com.br/poll/0500302

すでに、ブラジル代表やブラジル国内チームで十分に
結果を出しており、スター選手ばかりのレアルでも、
成功すると思う人は「Sim」にチェック。

欧州とブラジルはサッカーの文化が違うので、
スター選手の管理に失敗し、
駄目だと思う人は、「Nao」にチェック。

その上で、「Ver resultado」をクリックすると、
現在までの結果が見られる。

アンケートに、投票してみてはどうかな。

499人までの投票で、
68%が成功するだった。

ブラジル人は楽天的なのか、
それとも応援か。

今日のある報道では、
レアルは、ルクシェンブルゴに接触する前に、
現ブラジル代表監督のペヘイラに接触とある。
何が何でもブラジル人監督が欲しかったのかな。

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ブラジルと地震 その2

インドネシア・スマトラ沖の地震と、
それによって起きたインド洋諸国を襲った津波被害については、
ブラジルのニュースでも連日報道されている。

ブラジル人も、タイ国駐在の母子が亡くなったことが確認されている。
更に、ブラジル外務省も関係地区在住の150名以上の所在確認をしているという。

また、ブラジル政府からの支援機も食料などもを積んで飛んでいる。

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更に、サンパウロやリオ・デ・ジャネイロなどの大都市でも、
援助物資の拠出を、年越しの行事の際に持ち寄る様に
呼びかけていたが、それより数十トンの食料や毛布、衣料などが
集まった様子が紹介されていた。

募金の口座についても、連日報道されている。

今日のニュースでは、ちょっと興味深いニュースがあった。
ブラジル北東部では、時折地震が起きることは知っていたが、
その北東部のセアラ州ある地区では小さな地震は毎日起きているという。
そして、近年でもっとも大きな地震としてはマグニチュード3強の
地震が起きたこともあるという。

地震が起きたときの対処方法も指導しているとか。

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ブラジルのフィラリア事情

フィラリアとは、犬の病気である。
蚊を媒介として卵が移動し、犬の心臓に寄生し、
犬の体力そして命を奪うという恐ろしい病気である。

東京の渋谷にいるときは、
蚊の発生する4月から11月まで毎月この予防薬を飲ませていた。
大型犬2頭で、1万円以上かかっていた。
そのほかに4月には、感染の有無を調べる血液検査もしていた。

ブラジルにきて、心配したのはこのフィラリアのことである。
サンパウロは、一応亜熱帯地方にあって、
蚊も発生するからである。

サンパウロは今ペットの大ブームである。
ペットショップが、どんどんできている。
ペットショップには、たいてい薬品コーナーがあって、
獣医さんが質問に答えてくれる。
サンパウロでは、まずそういった話はないねと言うのが、
いくつか聞いたところでの答えであった。

そうかなあと半信半疑ながら、そのまま何もしていない。

あるペットショップに行ったときに、ペットの薬品会社が出している
ある新聞があった。
たまたま、フィラリアの特集であった。
フィラリアは、ポルトガル語でDirofilarioseというらしい。

ブラジル全体の8%の220万頭の犬が感染しているとある。
これによると、海岸地方、湖そして森林のある地帯では、
危険であると書いてあった。

で感染率の高いところだけを抜粋してみる。
Lagos地方      52.5%  リオ州の湖の多いところ。海岸のそば。
ベルチオーガ     45%   サンパウロ州の海岸
ニテロイ        37.5% リオの対岸の街
ペテロポリス     25.6% リオの北の森林の保養地
リオ・デ・ジャネイロ 21%   リオそのもの
マイリポラン      17%  サンパウロ北郊の森林の多い町
サンルイス       15%  ブラジル北部の海岸沿いの州都
レシフェ         14.5% ブラジル北東部の州都
グアルジャ       14% サンパウロの海岸の別荘地
ベレン          10.7% アマゾン川河口の街

海岸沿いに住んでいたり、よく海岸に行く犬は、
適切な治療を受けさせた方がよいとある。

一応、感染の有無を調べることだけはした方がよいかもしれないと思ってきた。

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terça-feira, 4 de janeiro de 2005

海岸-プライア・グランヂ その11 

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監視員がいる。
見張り台の上で、沖を見つめている。

かつては、監視員なんかいなかったのだが、
ブラジルも進歩したものだ。

このプライア・グランヂ市にとっては、
この観光産業は重要な産業だ。

汚水が海に流れ込まない様に下水を整備した。

海岸沿いの道を整備し、遊歩道と休息所も設置した。

道沿いには、アパートが建ち並び様子はすっかり変わった。

市の狙いは成功したと言えるだろう。

アパートは、200万円くらいから、購入可能である。


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カルロポリスの周辺 その8

ブラジルは、パラナ州カルロポリスを離れ、北へ向かうと、
またサンパウロ州との境に至る。

今度は、州界は湖ではなく川である。
州を越えるのに、橋を渡るのだが、
通行可能なものに制限がある。

乗用車と小さなトラックだけだ。
高さ2メートル、幅2.5メートルまでである。
人の通行も禁止されている。

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橋はとても細く、対面通行はできない。
だから、向こうから来ているときは、待つしかない。

橋は吊り橋であるが、
路面はコンクリートでもアスファルトでもない。
木材でできている。
それも、あまり新しくない。

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ゆっくりと、橋に向かって進み行った。
徐行で、橋を通過する。
進むにつれて、桁板がきしむ音を立てる。

左側に、パラナ州。
そして、右側にサンパウロ州。

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橋を渡り終えたところで、
何台もの車が、パラナ州に行く列を作っていた。
こういう州境は初めてだった。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その40

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この作品は、好きだった。
家の壁におさまるなら、購入したいくらいだ。


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あなたの望みは叶えられます。

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サンパウロ市内で、マクドナルドよりも多く見かける
アビビスHabib'sと言うファーストフードの店。
アラブ料理の店である。
サンパウロには、100年以上前から
レバノン、シリア方面を中心にアラブ移民も来ている。
主に、縫製業、卸売り業、小売り業、不動産業などに従事し、
現在も隠然たる力を持っている。

そのアビビスの店が、東洋人街リベルダーヂにもある。
リベルダーヂ大通りの、地下鉄サンジョアキン駅の近く、
学校が多いところだ。
ここにある、アビビスには日本語で
「いらっしゃいませ」と書いてある。

そして、
「あなたののぞみはかなえられます。」と、
下にはやや小さな字で続いている。

不思議な表現だ。
アラブでは、お店の入り口では、このように書いて
あるのだろうか。

この店では、同様の意味の言葉は、ポルトガル語の表示がなかった。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 10

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サンパウロから西に70キロほど行ったイビウナ。
農場が広がる地帯だ。

ガソリンポストにも、小鳥がやってきた。

頭に、小さな冠を持っている。

ここには、餌はない様に見えたが。

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segunda-feira, 3 de janeiro de 2005

サントスの新監督

2004年のブラジル選手権を制しながら、
その優勝監督ルクシェンブルゴにあっさりレアル・マドリに
去られてしまったサントス。

新しい監督を、本日発表した。
オズワルド・ヂ・。
「前監督との比較はしないでくれと、
結果で見てくれ」と言うことである。

当面の課題は、1962年と1963年に優勝して以来遠ざかっている、
リベルタドーレスにおいて3度目の優勝をすることである。

あわせて、5人と契約更新をしたと発表したが、
レアル・マドリへの移籍話のあるロビーニョ選手は入っていない。

ボランチ  ファビーニョ
       リカルド・ボヴィオ
右サイド  ファヴィオ
       ザゲイロ・アヴァロス
キーパー マウロ

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世界のサッカー・クラブ・ランキング(ブラジルの新聞報道) その2

1月2日付のブラジルの一般紙フォーリャ・ヂ・サンパウロに出ていた
世界のサッカークラブのランキングについて、
続きだ。

31位 ハンブルグ            ドイツ
    ナシオナル・メヂリン       コロンビア
    ノッチンガム・フォレスト     イングランド
34位 アスレチコ・マドリ        スペイン 
    赤い星               セルビア・モンテネグロ 
    バスコ               ブラジル
37位 オリンピッキ・マルセイユ    フランス
38位 コロ コロ             チリ
39位 セルチック             スコットランド
    ステアウア・ブラレステ      ルーマニア
41位 ザマレック             エジプト
42位 アンデルレッチ          ベルギー
     クルス・アズル          メキシコ
44位 アル・アリー            エジプト
45位 ボルシア・ムンチェングラバッハ ドイツ
46位 PSV アインドホーベン      オランダ
47位 デポルチーボ・カリ        コロンビア
48位 アメリカ               メキシコ
     アサンテ・コソコ          ガーナ
     アストン・ヴィラ          イングランド
     バルセロナ・グアヤキル     エクアドル
     コブレロア             チリ
     コリンチャンス           ブラジル
     フロレンチーナ           イタリア
     ニューウェルス          アルゼンチン
     パルマ               イタリア
     スタッヅ・フイン          フランス
58位 アルヘンチーナス・フニオール  アルゼンチン
     リーズ               イングランド
60位 ラジャ・カサブランカ        モロッコ
61位 カノン・ヤウンデ          カメルーン
     アイントラッヒ・フランクフルト   ドイツ
     カビリエ               アルゼンチン
     オンセ・カルダス          コロンビア
     サンポドリア            イタリア
     トッテンハム            イングランド
67位 アル・ヒラー             サウジ・アラビア
68位 エスペーランセ           チュニジア
69位 エトワール・デュ・サハル     チュニジア
70位 ハフィア               ギニア
71位 アーセナル             イングランド
     バイエル・レーヴェールクッセン ドイツ
     ローマ                イタリア
74位 TPマゼンベ             コンゴ民主共和国
75位 アラフエレンセ            コスタリカ
76位 トランスバール           スリナム
77位 アツレチコMG            ブラジル
     ブルージュ             ベルギー
     チェルシー              英国
     ダイナモ・キエフ           ウクライナ
     モナコ                 フランス
     UNAM                メキシコ
83位 ネカクサ                メキシコ
84位 ディフェンス・パワー         トリニダード・トバコ
     エステグハール           イラン

ここで、初めてアジアのクラブ・チームが出てきたことになる。
     
     オリンピア              ホンジョラス 
87位 スヲン・サムスン・ブルーウィング 韓国

韓国のチームの登場だ。  

     ウニベルシダッド・カトリカ     チリ
89位 アフリカ・スポーツ          コート・ジ・ボアール
90位 ハーツ・オブ・オーク        ガーナ
     イルフゥア              韓国

韓国の2チーム目である。

92位 グラスゴー・レンジャース     スコットランド
     ゴッテンブルグ          スウェーデン
     インテルナショナル        ブラジル
     ラツィオ               イタリア
     マルモ               スウェーデン
     パナチンナイコス         ギリシャ
     パルチザン            セルビア・モンテネグロ
     ロビン・フッド           スリナム
     サン・ティエンヌ          フランス
     サン・ローレンソ          アルゼンチン
     サン・カエターノ          ブラジル
     スポーティング・クリスタル    ペルー
     ウニオン・エスパニョーラ     チリ
     ウニヴェルシタリオ        ペルー

92位に同点が多く、105チームとなった。
残念ながら、日本のクラブ・チームは、この中には入っていない。
これも、一つの評価であろう。

結局、アジアでは、4チームだけだ。
ヨーロッパは、46チーム。
南米が、34チーム。
アフリカは、12チームである。

同じ日の別のコラムには264位までが発表されているが、
ここには、日本勢が7チーム入っている。


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海岸-プライア・グランヂ その10 

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一人の少女がいた。
物怖じせず、
カメラの前で色々なポーズを自由にとりはじめた。


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カルロポリスの周辺 その7

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ブラジルは、パラナ州のカルロポリスを出てしばらく、
車を北へ走らせると、
段々と道は、ちょっとした山にさしかかる。
ブラジルでも、このあたりではあまり無い急な傾斜ということになる。

峠には、ちょっとした見晴台がある。
ブラジルには、あまり峠もなく、また見晴台もないので珍しい。

やはり、周囲は牧畜が行われているが、
経営規模も小さい。
やっていけるのだろうか。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その39

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ステンレスを、鏡面加工したものと、
真ん中の電子回路のようなものを組み合わせた作品。
景色が映るだけだが。

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サントスのロビーニョ選手がレアル・マドリへと報道されたが。

1月3日(月曜日)のスペインの新聞ASに、
ロビーニョ選手移籍について、
サントスとレアル・マドリで合意に達したと報道されたらしい。

今年6月からの仮移籍で、
契約金が1800万ユーロという。

しかし、これについてブラジルの報道では、
同様のものは出ていない。

サントスの広報は、こういった合意に達したことを
否定している。

移籍はまず間違いなく、あとは時間とお金の問題だろう。

でも、夜のニュースで見たのだが、
サントスの社長は、次の様に言っていた。
「報道は全くの嘘だ。公的なオファーは全くない。
2005年まで契約はある。」

どうなるのかな。

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ブラジルのリサイクル事情

サンパウロの家庭ゴミの収集は、地区によっても違うかもしれないが、
週に3回だ。
これは、キチンと守られていて、なんと1月1日も来た。

ところが、分別無しで、ゴミを出してもよいのだ。
これは楽といえば楽だが、いささか心も痛い。

ところが、
ゴミの収集車が来るずっと前にゴミを路上に出していると、
このゴミをあさって、新聞紙などを持っていく人や、
缶や瓶を持っていく人がある。

また、役所にある学校の前などには、分説ゴミの収集所があって、
大きな色分けされたゴミ箱がおいてあり、
車で、そういったゴミを持ち込む人がある。

ペット・ボトルや、牛乳紙容器、トレイ等々だ。

今日(1月2日)の新聞に、
ブラジルのリサイクル率が出ていた。

アルミ缶は、89%
鉄缶    78%
ガラス   45%
紙      44%
ペットボトル 35%
プラスチック 18%

意外と、立派な数字だった。

ペット・ボトルのリサイクル回収率は、この5年間で
2倍以上になっている。
1997年は、16.2%だった。

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世界のサッカー・クラブ・ランキング(ブラジルの新聞報道) その1

1月2日のブラジル・サンパウロの一流新聞
フォーリャ・ヂ・サンパウロ紙のスポーツ面。

新年なので、あまりスポーツは行われておらず
この時期、どうしても企画記事ばかりになる。
だからこそ、各紙の個性が出てくることになる。

2004年の世界のサッカークラブのランキングを発表している。
2004年に行われた色々な試合での結果にポイントを与えて、
それを合計したものである。

タブーを破ったとも書いてある。

一応、ベスト100とあるが、
同点もあるので92位までで、105チームとなっている。

もちろん、
1位は、 レアル・マドリ      スペイン 1000ポイント

以下は、
2位   ACミラン         イタリア   810
3位   ボカ・ジュニオール   アルゼンチン710  
      ペニャロール      ウルグアイ
5位   インデペンヂエンテ   アルゼンチン685
6位   ユベントス        イタリア   580
7位   アヤックス        オランダ   570
8位   バイエルン・ミュンヘン ドイツ    560
9位   ナシオナル       ウルグアイ 540
10位  オリンピア        パラグアイ 445

意外と、南米勢が上位に来ている。
そして、まだブラジル勢が登場していない。

そして、
11位  インテル・ミラン     イタリア   410
     リバプール        英国
     サンパウロ        ブラジル

ここで、ブラジルがやっと登場する。

14位 ベネフィカ      ポルトガル  350
15位 バルセロナ     スペイン    345
16位 リバー・プレート  アルゼンチン  325
17位 サントス       ブラジル    320
18位 エスツダンテス   アルゼンチン 315
19位 ポルト        ポルトガル   300
20位 クルゼイロ     ブラジル     260

21位 グレミオ               ブラジル
22位 マンチェンスター・ユナイテッド  英国
     パルメイラス            ブラジル
24位 フラメンゴ              ブラジル
25位 フェイエノルト            オランダ
26位 アメリカ・デル・カリ         コロンビア
     ボルシア・ドルトムンド      アルゼンチン
28位 バレンシア             スペイン
     ベレス・サールスフィールド   アルゼンチン
30位 レイシング             アルゼンチン

と、このように、なんだか南米勢が多い。

また、続きは次の機会に紹介する。

100位ということであったが、
実は200位までも、別のコラムに小さく掲載されている。
アフリカ勢や、アジア勢も、ちゃんと入っている。

お気に入りのクラブのランキングが気になる向きは、
コメントをお願いする。
また、日本勢はということだが、
どこがどのあたりにいるか、
予想をコメントしていただきたい。

アジア勢トップは、どこだろうか。


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domingo, 2 de janeiro de 2005

カルロポリスの周辺 その6

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カルロポリスを離れ、北へ向かう。
来た道とは別の道を通って、サンパウロ州へ戻ることにした。

北へ向かう道の両側は、
やや傾斜のきつい高原であり、牧畜が行われている。

sp20041107g

牧畜は、もちろん放牧である。
肉牛と乳牛が混合で飼われているが、肉牛の方がやや多い様である。

sp20041107k

放牧地には、集乳所も設けられていた。

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ブラジルの牛の顔は、こんなだ。

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海岸-プライア・グランヂ その9 イエマンジャーの儀式 (5)

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船を持っている人は、もう随分と沖の方へ歩いてしまった。
そして、頭が完全に並につかるところまで行くと、船を流す。

海に入った人たちは、
船の行方を見つめる。

彼方には、彼らの故郷アフリカがある。

楽器は、波打ち際でリズムを打ち続ける。

彼らは、こういったことを1日に何度も繰り返していた。

ブラジルには、こういったアフリカの文化も色濃く入ってきて
発展しているのである。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その38

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箱の中に、色々とおいてあったが、印象に残っていない。

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カルロポリスの周辺 その5

カルロポリスは小さな街だ。
特に、街の中には何もないように思えた。
車で10分もかからずに通り抜けてしまう。

だが、周りにはとても綺麗な風景がいっぱいだ。

カルロポリスの東側のサンパウロ州との境にある人造湖に
突き出た小さな岬のようなところにある一軒の農家。
家の隣には、家畜の柵があり、そして何本かの大きな木。
周辺は、キチンと駆られた芝生の様な草。
この家に向かう一本の引き込みの道路。
家の下の方で終わっている。
そこに一台の車が止められている。

木陰にハンモックでも吊して、
湖から吹く風を感じながら、
犬と一緒に、昼寝でもしたいな。


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海岸-プライア・グランヂ その8 イエマンジャーの儀式 (4)

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サンパウロから70キロのプライア・グランヂで行われている
イエマンジャーの儀式。

船を持った者は、どんどんどんどん海の中に入っていく。
そして、しばらく海辺で踊っていた者たちも
やがて海の中へ進んで行く。

トランス状態になってふらふらの信者も、
身体を支えられながら、海の中へ。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その37

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絵画作品。
印象無かった。

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sábado, 1 de janeiro de 2005

ブラジルの新年 その2

ブラジル・サンパウロも1月1日になった。
晴れて、すがすがしい朝だった。

昨夜の、花火や音楽の喧噪は嘘の様に街は静かだ。
ほとんど年中無休の街のパン屋さんも休みだ。

ガソリンポストも、休みが多い。
走っている車も少ない。
新聞も売っているスタンドもほとんど休み。
高級アパート街の住民は、
海などに長期の休暇に出かけているのか。

1月1日の新聞を買いたくて、車をどんどんと
モルンビから南の方に走らせた。
日本人学校のあるカンポ・リンポ。
このあたりから南は、ファヴェーラ(貧民街)がほとんどの地区。
生ゴミや川の腐敗臭に悩まされる。
このあたりの個人経営のスーパーは開いているところが多かった。
人々は、鶏肉を買っている様だった。
新年は、牛肉を避ける様だ。
新聞を売っているスタンドはほとんど閉まっている。
だいたいこのあたりの人は、新聞を買う様な余裕もないのだろう。
一カ所開いていたが、スポーツ新聞ややや血の気の多い新聞などばかりで、
お目当ての新聞は「今日は届いていない」と言うことであった。

こういう地区には、新興の教会が多く、
それだけに活動も活発だ。
人々は、持っている綺麗な服を着て教会に出かけている。

曲がりくねり、そして上り下りのある道をずっと行くこと20キロ。
エンブ・グアスという隣の町に行って、やっとお目当ての新聞が買えた。

食事をしようと思ったが、
このあたりでは、また手頃なレストランも開いていない。
また、エンブーと言う手近な観光地に行って、
やっと開いていたレストランをみつけて、魚料理をいただいた。
意外と安くて、美味しかった。

1月1日、今日から10月11月の選挙で選ばれた
市長や市会議員が正式に就任をした。
サンパウロ市長も替わった。

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カルロポリスの周辺 その4

サンパウロ州からパラナ州に入った道をそのまま行くと、
10分もしないうちにカルロポリスの街に入っていく。

ブラジルのほとんどの街がそうである様に、
中心部には教会があり、そしてその前に広場がある。

sp20041107d

商店や銀行なども、このあたりにある。
休日ともなれば、人々はここにやってきて、
過ごすしかない。

何をするわけでもない、
日陰で過ごすのだ。

sp20041107c


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海岸-プライア・グランヂ その8 イエマンジャーの儀式(4)

sp20041219w

一団は、やがて海岸に到達する。
楽器のほうは、
そこで止まり、更に鳴らし続ける。

一団の先頭で、小さな船に捧げものを入れてあるのを持っていた者は、
そのままどんどんと海に向かって歩みを止めない。

他の者は、しばらくそこで踊りの様な祈りを捧げている。

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第26回サンパウロ・ビエンナル その36

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政治的なメッセージを含んだ作品。
アメリカに言いたいことはわかるが、ひねりがないな。


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ブラジルの新年

ブラジル・サンパウロも、日本から11時間遅れて、
2005年を迎えた。

夜になり、近くの教会へ、多くの信者たちは
上下とも白い服を着て出かける。
白い服は、平和を願う意味だ。

年が替わる前から、街のあちこちで花火が上がり始まる。
そして、新年を迎えたそのときから、
街の花火が一斉に上がり始める。
約20-30分は、とてつもない量の花火が、
あちこちで上がった。

犬は怯えて吠える。
音で目が覚めた子供の鳴き声も聞こえる。

そして、年越しパーティをしている家からは
大音量の音楽が鳴り響く。

1時になっても、まだ花火は止まない。

新年のミサの、オルガンの音と賛美歌も聞こえてきた。

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