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segunda-feira, 25 de abril de 2005

ブラジル人スター、カルメン・ミランダが亡くなって50年

カルメン・ミランダを知っている人は、
日本では多くないはずだ。

ブラジル女性で、米国で活躍した人だ。
1930年代から50年代にかけて、
MGM,20世紀FOX、United aritistsなどのハリウッド映画に
多数出演している。

彼女が、リオ・デ・ジャネイロから船で
ニューヨークに渡ったのは1939年のことである。
彼女は、ブラジルではもう十分にスターだったのである。
そして、米国に行くまでは普通の衣装だったのだが、
米国での彼女は奇抜な衣装と派手なメイクに変わっている。

米国人が考えたブラジル人像を演じ続けさせられて、
良くも悪くも、彼女がある時期のブラジル人女性の
イメージそのものになってしまった。

彼女は、1954年12月にブラジルに戻っている。
疲れ果ててである。
しばらく、リオ・デ・ジャネイロの最高級ホテルのリオ・パレスに滞在している。
そして、再びビバリーヒルズにある彼女の家に戻った。

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いつも、派手な衣装で、
変な帽子をかぶっている。
帽子には、トロピカルフルーツが載っているようなものばかりである。
"Tutti Frutti Hat"というそうだ。(イタリア語と英語が混ざっている造語だ。)
何となく見たことが、ある人も多いかもしれない。
このイメージは日本にも伝わったはずだ。

歌も歌うが、これも米国人の考えるブラジルの歌である。

spd20050425a

彼女も、有名な”AQUARELA DO BRASIL”を唄っている。
ただ、歌詞はAry Barrosoが作詞したものとちょっと変わっている。

Tico Tico"も、有名な曲だ。
題名は知らなくても聞き覚えのある人も多いはずだ。

当時、ブラジル人でありながら米国で成功した人という名声も得たが、
ブラジル人には反発もあったようだ。

そんな彼女が亡くなって、50年。
1909年2月9日生まれで、1955年8月5日に亡くなった。
享年46歳と早くなくなったのだ。
実は、彼女はブラジル生まれではない。
ポルトガル生まれで生後10ヶ月の時にブラジルへ来ている。

その派手な衣装などを展示した催しが、
リオ・デ・ジャネイロの、フラメンゴにある
彼女の名前の付いた記念館であるそうである。

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