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quinta-feira, 25 de agosto de 2005

ブラジルの財務大臣アントニオ・パロッシ

ブラジルの中央政界は、政権与党のスキャンダルに揺れて、3ヶ月になる。

政権与党とは、労働党(PT=Partida Trabalhadores)。
PTは、ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァの出身母体である。

ルーラは大統領に就任後、彼を大統領にするためのキャンペーンを支えてくれた仲間を、政府の要職につけている。

今起きている、スキャンダルは、その彼らの周辺に起きていることである。

先週、その1人であるブラジルの財務大臣アントニオ・パロッシにも火の粉がかかってきた。

このところ、好調なブラジル経済により、彼も特に危機的な経済政策運営も迫られることはないようであった。
市場に任せたような姿勢を取っていた。

ブラジル通貨のレアルは、ブラジルが記録的な貿易黒字を積み上げていることもあって、米ドルに対して上昇を続けていた。
株式市場も堅調であった。
政界の混乱にもかかわらず、経済は安定していた。

しかし、さすがに財務大臣アントニオ・パロッシの名前が出て来た先週金曜日には、ドルは上昇し、株は下がった。

日曜日に、彼が記者会見を開き、「関係ない。知らない」といった。
これを受けて、月曜日の市場は、またドルを売、株は上がった。

その後の今週のやや不安定ではあるが、下落というわけでもない。

この財務大臣アントニオ・パロッシのキャリアは次のようだ。


アントニオ・パロッシ 44歳
公衆衛生医師

学生の時に兵役に就いている。
このときに、最左翼のトロキスタになっている。

PTの創設者の1人である。
1997年から1998年まで、PTサンパウロの代表であった。

彼は、選挙に負けたことはない。
彼は、5回の公職のうち、任期を全うしたのは1回である。

1988年 サンパウロ州内陸部のリベイロン・プレット市の市会議員に当選。
1990年 任期途中で、サンパウロ州の下院議員に当選。
1992年 またもや途中で、
       リベイロン・プレット市の市長に当選。
       5年の任期を全う。
1998年 連邦下院議員に当選。
2000年  また市長に。
2002年  ルーラの大統領選挙キャンペーンを指揮。
       財務大臣に指名される。

双六のような人生である。
まだ、「上がり」ではないようだ。

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