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sexta-feira, 9 de setembro de 2005

ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その24 リベルダーヂ(東洋人街)

ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみている。

ブラジルには日系人が多いといっても、どこにでもいるわけでもない。
行き先によっては、モンゴロイドの顔は珍しがられるわけである。

日系人が特に多いのは、サンパウロ州それもサンパウロ市である。

そのサンパウロでも、日本人移民が集住した地区がリベルダーヂである。
そのこともあって、このあたりをかつては日本人街と呼び、今は東洋人街と呼ぶ。

リベルダーヂは、サンパウロの歴史的中心部のセントロのすぐ南に隣接した地区である。

リベルダーヂに近いセントロには、裁判所があり、そのために法律事務所も多い。
この関係の人の動きも多いので、セントロに近ければ近いほど、駐車料金は驚くほど高いものになる。

リベルダーヂの中心は、地下鉄リベルダーヂ駅のあるリベルダーヂ広場である。
毎週日曜日には、ここで東洋市という催しが行われている。

露店が建ち、日本的食品や雑貨などを売っている。
サンパウロで空前のヒットとなっている「やきそば」や「てんぷら」等も、大人気であることはいうまでもない。

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このリベルダーヂ広場から、まっすぐ南に延びるガルボン・ブエノ通りがもっとも賑わいのある通りである。
この通りに沿って、日本語の看板が掲げてある店が並んでいる。
最近は、韓国系や中国系の店が増えている。
だから、東洋人街に呼び名が変わったわけである。

看板が日本語だからといって、日本語が通じるかどうかは、今となってはかなり疑問のあるところである。
時代は、経営者が1世から2世や3世に変わっている。
それに、従業員は日系人でもない店が多い。

確かに、このあたりに来ると日系人率は極めて高いのだが、非日系人率がかつてに比べるととても高い。

ガルボン・ブエノ通りにはいって、右手にはサンパウロで最大の日本食品店「丸海」がある。
週末は、大混雑である。
焼きそばの材料や、寿司セットを揃える非日系ブラジル人がたくさん来ている。
その隣の隣にも、規模の大きな日本食品店がある。
こちらも、同様に週末は盛況である。
SOGOという雑居ビルがある。
サンパウロの「オタク」のメッカのようなところである。

しばらく行くと、大阪橋という陸橋がある。
たもとには、日本庭園があるが、ちょっと趣にかける。
下を、サンパウロの東西を結ぶ重要な道が通っている。
大阪橋を渡ったところに、赤い鳥居がある。
神社もないのに、鳥居がある。

今は、バロン・ヂ・イグアペ通りくらいまでが、賑わいのあるところである。
かつては、もっともっと広がりがあったのだが、寂れてきた。
バロン・ヂ・イグアペ通りを150メートル行くと、金澤製菓という店がある。
和菓子専門店であったが、今はその他のものも取り扱っている。
そのさきにニッケイ・パレスというホテルがある。
日本語の通じるホテルでは、もっとも高級なホテルであったのだが。

さらにまっすぐ行き、サン・ジョアキン通りとの交差点にブラジル日本文化協会ビルがある。
ここには、移民資料館がある。
また、この講堂では小泉首相が「感極まって」涙を流した
診療所も地下にある。
ここに直接来るには、地下鉄サン・ジョアキン駅を利用する方が便利である。
駅を降りて、坂を下っていけば3-4分でたどり着く。

ガルボン・ブエノ通りの一本東にあるグロリア通りにも、日系の店はある。
リベルダーヂ広場からでるエスツダンテス通りを下ればよい。
書店や食堂もある。
グロリア通りの陸橋は、三重県橋という。
この先は段々と寂れてくる。

グロリア通りの更に一本東の通りは、コンセリェイロ・フルタード通り。
この通りになると、今は日系の店がほとんど見られない。
どちらかというと中国系の鮮魚店、食品店、レストランなどが目に付く。
サンパウロでもっとも良質の日本書籍店は、バロン・ヂ・イグアペ通りを過ぎて、しばらく行った左側にある。

リベルダーヂ地区では、リベルダーヂ大通りが尾根になっていて一番高いところになる。
東に行くに連れてどんどんと下がっていく。

この地区は、前はひったくりなどが多い地区であった。
日本移民や日系人は割とお金を持っている人が多いし、体も小さいので、標的になっていたようだ。
1日に、2回も3回もやられたという人の話も聞いたことがある。
今は、そのようなことはないようだ。
しかし、人が多いので、スリなどはいるだろう。

夜の19時や20時までは歩いても、ここで紹介した範囲であればさほど問題はないのではないだろうか。

しかし、日中といえども、コンセリェイロ・フルタード通りを越えて、用もないのに更に東に降りていくことは避けた方がよい。

特に、エスツダンデス通りやサンパウロ通りの低いところは、近づかない方がよいだろう。
その昔は、このあたりにも日本移民たちが遊ぶ店が沢山あったようである。
事実、このあたりの「カラオケ」にもいったことがある。
今はその面影は全くない。

シネ・ニテロイ」は、リベルダーヂ大通りとバロン・ヂ・イグアペ通りの角にあった。

昨年の今頃、サンパウロの中心部で、路上生活者が襲われて、無くなった事件が発生したが、そのうちの1件はこの地区で起きている。
グロリア通りとバロン・ヂ・イグアペ通りの交差点付近である。

多くの日本移民や日系人が郊外に移転してしまった今、日本語が道を歩く人から聞こえることが少なくなった今、どうしてここが「日本人街」なのかというむきもあるだろう。
でも、ここに日本移民が元気よく闊歩していた時代があったことは間違いないのである。

いまは老兵となった人たちが、リベルダーヂ広場に面したバールで、昔を懐かしみながら、日本語で語り合っているのを見かける。

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