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sábado, 31 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロの新年 その3 12月31日

2005年12月31日のサンパウロ。

朝から、散発的に、花火が鳴り続ける。

それ以外は、静かな街である。
車は、もう全く走っていないような感じである。

雲はでているが、晴れ。
気温は今日も30度くらいまで上がった。

14時過ぎに歩いてパウリスタ大通りに出かけた。
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パウリスタ大通りは朝から、そしてパウリスタ大通りと交差するコンソラソン大通りも、閉鎖されていた。
伝統の15キロのショートマラソンが行われるからだ。

女子は、15時20分頃にスタートした。
そして、ゴールは50分後くらいである。

おそらく2000人くらいはいただろう女子の一団が過ぎていくのを見て、パウリスタ大通りを更に進んだ。

年越しのカウントダウンが行われる会場ではリハーサルが行われていた。

更に進んでいくと、MASPの前になるスタート地点には、男子の一般参加の選手がすでに集まりつつあった。
MASPの下の広場では、招待選手が調整をしていた。
あのヴァウデルレイ・ダ・リマ選手も参加することになっていた。

大通りのあちこちに、柵が設けられていて、歩くのに時間がかかる

ゴール地点は、ガゼッタの前である。
女子のゴール時間が近くなりつつあったので、見ることにした。
一位は、セビリア・モンテネグロの選手であった。

ブラジル選手で最高位になった選手は4位の選手であった。

表彰式を見て、戻ることにした。
男子のスタートは、17時10分。

招待選手を先頭にして、とんでもない人数の参加者が過ぎていった。
最後の走者が前を過ぎるまでに15分くらいかかった。

このレースには、ユーモア参加も可能である。
仮装をした参加者も注目を浴びていた。

家に戻ってテレビを付けると、ちょうど男子のゴールのシーンであった。
1位の選手は、ブラジル人であった。

18時15分から、雷雨になった。
雹が降るくらいの強い雨であったが、20分ほどで止んだ。

19時からは、パウリスタ大通りのカウントダウン会場では、参加ミュージシャンの演奏が始まったようだ。
年明けの2時までは続けられるという。

こういう大晦日のサンパウロである。

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サッカー:2005年に観戦した一番心に残った試合

ブラジル・サンパウロのパカエンブー競技場のすぐ側に拙宅はある。

ブラジルでのサッカー観戦は、色々と危険とも言われるが、あまりに近いので、そういうこともない。

パカエンブー競技場は、サンパウロの名門サッカーチームの一つであるコリンチャンスの試合が事実上のホームとしてよく行われているのだが、市営である。

ことし2005年は、コリンチャンスがブラジル選手権の上位にいて、遂に優勝したからというわけでもないのだが、良く試合を観戦に行った。

つい最近12月26日に行った「ロベルト・カルロスの友達対ロビーニョの友達」という慈善試合が、見納めであった。

乱闘が起きた試合もあった。

コリンチャンスは、2ヶ月ほどここでの試合を禁じられたこともあった。

コリンチャンスが絡まない、パルメイラス対サンパウロFCというのもあった。

そのほかにも、ブラジル代表の親善試合も行われた。
4月27日に行われた、ブラジル代表対グァテマラ代表という試合である。

ブラジル代表といってもこのブラジル代表は、当時ブラジル国内のクラブに所属していた選手だけを招集してチームであった。

しかし、なんと言っても層の厚いブラジルである。
元ブラジル代表は何人もいたし、現代表のロビーニョも当時はサントスに所属していたので出場した。
シシーニョ、リカルヂーニョも出場している。

そして、何よりもこの試合はロマリオ「ブラジル代表引退試合」というふれこみで行われた試合であった。

実は、この試合を今年一番の試合とした。

理由はこういうことである。。
"Tenho um filhinha down que é uma princesinha"

「20061225SporTV-SportNews.wmv」をダウンロード

ロマリオは、2004年の秋に、当時所属していたフルミネンシの監督と喧嘩をして追い出されていた。
これで、ほぼ引退といわれていた。
しかし、1月22日になってやっとヴァスコ・ダ・ガマと契約をした。
わずか3ヶ月間だけの契約だった。
その契約を4月になって、ブラジル選手権の期間中ということでさらに2005年の末まで延長した
そして、ブラジル選手権で22得点を挙げて、得点王になった。

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ブラジル・サンパウロと日本の時差は、サンパウロが夏時間を採用していることもあって、11時間である。
日本の諸氏が、静かな大晦日を過ごし、新しい年2006年を迎えようとするときには、サンパウロはまだ12月31日の13時である。

「おめでとう」というには、気分的にも、かなり早すぎると思う。


そこで、年末の挨拶をさせていただきます。

2005年は、おつきあいいただき、誠に有り難うございました。
良いお年をお迎えください。

2006年が、世界中がきっと希望にあふれた年になることを、地球の反対側から祈っています。

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ブラジル・サンパウロは「夏」 その7 

ブラジル・サンパウロは、やっと夏らしくなってきたようだ。

今日12月30日は、暑くなった。
最高気温は、30度までになったようだ。

16時30分頃からは、久しぶりに夕立が降った。
雷も轟いた。

雨はなかなか止まず、21時頃に降り止んだ。

このところ、雷なのだか、花火なのだか、わからない音がする。
拙宅の犬は、「震えっぱなし」で、可哀想である。

パウリスタ大通りをスタートそしてゴールとして、12月31日には午後に伝統のショートマラソンが行われる。
海外からも選手がやってきている。
あのヴァンデルレイ・リマ選手も出場するようだ。

19時からは、パウリスタ大通りは「年越しのコンサート」がおこなわれる。
年越しのカウントダウンも行われる。

明日だけで、人出は、200万人を予想という。
かなりの人が、サンパウロを離れているようで、人も車も少ないサンパウロなのであるが、200万人もやってくるのだろうか。

年越しの瞬間から、全市で花火が一斉に打ち上げられる。

おそらく1時間以上は、断続的に続くはずである。

すでに、何回も深夜に予行練習をしている「戯け者」があちこちにいる。

そういったサンパウロの大晦日なのだが、そういった行事とはおそらく無縁の人たちがいる。
パウリスタ大通りからはそう遠くない、高級アパート街の一つのイジェノポリスアンジェリカ大通りにいる

この場所は良い場所のようだ。
日によって顔ぶれが違っている。
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「生まれたばかりの子供が飼い犬に食べられた」というブラジルの主婦

毎日毎日、殺伐とした事件が伝えられるブラジル。
たまには、そうでもない事件報道もある。

妊娠してもいないのに、リオ・デ・ジャネイロ州のカンポス市に住む主婦ヴァルヂネイア・フロリンド・コウチーニョValdinéia Florindo Coutinho38歳は、飼っているピッツ・ブルが子供を生まれた瞬間に食べたと言った。

コウチーニョは警察に、「お腹の痛みを感じた。 胃の痛みをとろうと思った。 トイレに行こうとしたときに破水したのを知った」という。

コウチーニョが警察にした話では、彼女が台所から裏庭にでる戸口の近くにいるときに生まれた。 裏庭にはピッツブルがいる。 突然生まれたあとに、コウチーニョは気を失って、子供は犬に食べられた。

警察が家に着いたときに、子供が生まれたという床は洗ってあった。リオ・デ・ジャネイロ州の法医学研究所の医者が彼女を検査して、最近子供を身ごもったようなことはないと結論づけた。

警察によると、コウチーニョの娘の一人は食べられる子供を見たという。しかし詳しいことを語らない。 コウチーニョは超音波検査を受けたという。 しかしどこの病院でうけたかは言うことが出来ないという。
彼女は検査結果を無くしたといっている。

犬を島ぶつ管理所に連れて行って、犬が胃の中に持っているものを調べることにした。
警察はまた、コウチーニョが想像妊娠ではなかったかを調べるという。

警察によると、犬は1歳4ヶ月で、いままで噛みついたようなことはなかったという。
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なんだかわからない事件だ。

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ブラジルの「不法占拠」運動 その7 4ヶ月後

ブラジル・サンパウロでは、都市中心部の建物に侵入し、「不法占拠」して、住居にしてしまう運動がある。
めぼしい建物を物色し、手はずを整えて、一気に実行することを、支援する組織がある。

今年、8月17日に、そうやって選挙されていた建物のひとつから、警察が住民を強制退去させた

そして、その住民達は、それに抗議する意味もあって、建物のあった道の反対側に移り、歩道に住みついていた

事件が起きて、10日目くらいに実際に行ったときには、まだ付近には緊張感があった

警察も張りついており、いつ住民達が、建物の再占拠をするのではないかと見張りをしていた。

住民達も、支援組織とともに、意気軒昂なように見えた。

そんなことがあってから、4ヶ月が過ぎていた。

どうなっているのかを、確かめたかったのである。
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「そこには、何もなかった」

住民達はどこにいったのだろう。

ガス弾が飛んだ、怒号に満ちたこの道は、静かだった。

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カカの結婚式 その2 教会

サッカーのカカが、結婚式を挙げたのは、12月23日
新婚旅行は、海外だという話なのだが、いまのところ一切何も漏れ出てこない。
何しろ、新妻にも行き先を明かして無くて、驚かせたというカカである。

もっとも、新年すぐにミランに戻らなくてはならないので、それほど長い新婚旅行にはならない。

さて、カカが結婚式を挙げた教会を見に行ってきた。

カカは、カトリック教徒ではない。
エヴァンジェリカ系のキリスト教徒である。
ブラジルで、教勢を延ばしているエヴァンジェリカ系や福音派系の諸派の教会は、いずれも教会らしくない

大体、大人数を収容することを目的とした体育館のようである。
屋根のてっぺんにも十字架はなく、中にもキリスト像やマリア像がない。

いささか重厚さに欠けるというのが率直な印象である。

カトリックの持つ形式主義に至った儀式や偶像崇拝を否定するようなところがあるようだ。

宗教そのもの難しい話はよくわからないのが本当のところであるで、このへんにしておく。

サンパウロのリベルダーヂ地区の南東に接してカンブシという地区がある。
古い地区であり、工場や倉庫や住宅、そして商店などが混在しているところである。
どちらかというと下町である。

この地区を南北に貫くリンス・ヂ・ヴァスコンセイロという通りがある。
南に向かって徐々に高さを増していくのであるが、その緩やかな坂の途中に教会はある。
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通りは、中小の商店が並んでおり、教会の間口はその中では広い方であるが、格別目立つわけではない。
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歩道はあまり広くなく、バス停が教会の玄関先にある。
バスの通りは多い。
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結婚式の当日は、この教会の正面からは招待客ははいっていない。

横の道にはいり、坂を下ったところに、この教会の駐車場がある。
そこに乗り付けている。
フェンスなので、駐車している車は丸見えなのだが、当日はフェンスに白く目隠しを付けていて、見えなくしていた。
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駐車場側から見ると、かなり大きな建物であることがわかる。
しかし教会には見えない。
スーパーのようでもある。
そういった建物を買い取って、改造したのかもしれない。
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招待客は、赤い入り口から入ったのである。


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ブラジル・サンパウロのナタウ その10 ショッピング・イグアテミ

ブラジル・サンパウロで最も高級なショッピングセンターは、ショッピング・イグアテミShopping Iguatemi

市内西部のブリガデイロ・ファリア・リマ大通りに面している。
ジャルジン・エウロッパ、ジャルジン・パウリスターノという、サンパウロの高級住宅街の中でも屈指の高級住宅街に囲まれている。

このショッピングのナタウ(=クリスマス)の装飾が、昨年もそうだったが、今年も一番素晴らしかった。
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(無理矢理にパノラマにするとこういう感じである)
※クリックすると拡大する。
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ブラジル・サンパウロの新年 その2 祭り

ブラジル・サンパウロのリベルダーヂ地区にある東洋人街。

最近、ずっと「祭」と書かかれた「のぼり」が、付近の道を埋めている。
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商店街がニギヤカシにやっているのであろう。

「祭」が、商業主義に侵されているのはあまり好きではない。
日本でもそういうとところが、どんどん増えている。

本来は、神社の祭事にあたって、門前に「市」が出来ていたはずで、それでなければ「祭」ではないはずだ。

「祭」が無い場合は、「○○市」というほうが、商業には似つかわしいと思う。

よくみると「餅つき祭り」という横幕もある。
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12月31日は、リベルダーヂ広場で餅つきが行われて、その餅が配られるのである。
とんでもない人が集まってきて、長い列が出来る。

そして、そこには南米神宮が頓宮を設けている。
神主さんがいて巫女さんがいる
お神籤も、お守りも配布されている。

ということなので、「祭」でまちがっていない。

しかし、「餅つき祭り」ではちょっと重みがない。
年末は、それでも良いが、
新年には、「新年例大祭」なんていう名前にはならないのだろうか。

年々、韓国系や中国系の人たちの存在が増しているここ東洋人街なのだが、「天照大神」で問題ないのだろうか。
難しいことを言わないのが、ブラジルのルールだからそれで良いのだろう。

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ブラジル・サンパウロに「球形の木」 その3

ブラジル・サンパウロで行われている「球形の木」の催し物である。

サンパウロの歴史的中心部セントロアンニャンガバウーにかかるサンタ・イフェジェニア陸橋の上に展示されていたものである
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sexta-feira, 30 de dezembro de 2005

サッカー:ロマリオは、話題がいっぱい その2

今日12月30日も、ロマリオの話題である。

①既婚者対独身者の「草試合」
ロマリオの好きなやり方だった。 この12月30日金曜日にロマリオによって企画された「草試合」は、独身者チームに既婚者チームが6対1で勝利した。
ロマリオは、3ゴールを決めた。

過去2年ロマリオのチームが敗れた時は、ロマリオは”ならず者”を使った。 年末の伝統的な他のお祭りの試合とは違って、ロマリオは彼に近い友達だけで、プロを入れなかった。

既婚者チームにはプロの選手が少しだけいた。
右SBのレオナルド・モウラLeonardo Moura、DFのチアゴThiagoとフィリッピ・ヴェラスFelipe Veras。
そして、ビーチサッカーのブラジル代表のゴールキーパーのロベルチーニョRobertinho

ゆっくりしたリズムで試合は行われて、既婚者チームは何も問題なく大差で勝った。

12月31日の土曜日も、ロマリオのお祭りは続けられる。
ロマリオは、午前中は友人とフットバレーの試合を企画している。
夜は、約400人を招待して彼のアパートでフェスタを行って新年を迎える。

②コリンチャンの名前が再び出た。
ロマリオは、誰もサーチライトのところには来ないことを知っている。
この金曜日、ロマリオはコリンチャンスからの誘いについてまた口にした。
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「ヴァスコ・ダ・ガマの社長のエウリコ・ミランダは、月曜日か火曜日に残っている問題に合意すると言った。彼を信じている。 しかしもし何かあるとしたら、ヴァスコの次は、コリンチャンスが自分の第一番目のオプションである」と、ロマリオは言った。

「名前を出すのは好まないが、コリンチャンスに関係する人間がやって来た。 コリンチャンスに行くのはお金のためではない。 それはリオ・デ・ジャネイロ以外のブラジルのクラブでプレイする経験のためである。 コリンチャンスのような大きなクラブはリベルタドーレス杯南米選手権を戦える」と、ロマリオは締めた。

今週、ロマリオは、111%ヴァスコと再契約すると言った。 何か変わったことがあったのか。

「何も。 自分の考えはヴァスコにいることで、1月9日からトレーニングを始めるために自分の残留を受け入れてくれると信じている。

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ブラジル・サンパウロの新年 その1 白い服

ブラジル・サンパウロも、新年を迎える準備が進んでいる。

もちろんまだ、ナタウ(=クリスマス)の飾りなどは残っている。

新年はレヴェイロンReveillon。

この新年には、白い服を着て過ごそうということになっているようだ。

それで、スーパーの入り口には、「白い服」が集中的に並べてあった。
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人々の暮らしが良くなってきた証拠なのだろうが、色々な行事や慣習が、大衆化したというのか商業化したというのか、増えてきた気がする。

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ブラジル・サンパウロは「夏」 その6 家族連れ2

ブラジル・サンパウロには、夏になって、何故か「路上生活者」が増えてきた。

元々、どこかに住んでいたのだろうが、何故か目立つところに出て来たという気がする。

サンパウロでも最も古い墓地の一つであるコンソラソン墓地。
その裏側に当たるところに、墓地の高い塀にへばりつくように「大家族」が住みついていた。
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この墓地は、サンパウロの歴史に残る人や家族の巨大な墓石があり、観光地の一つである。
頼めばガイドも付く。
しかし、許可無く写真を撮ることは禁じられている。
夜間は閉鎖される。

それだけ、墓地といえども「価値のある」ものなのである。

この「家族」がいる道の向かい側からは、サンパウロの最高級アパート街の一つであるイジェノポリスになる。
道を一つ隔てて、「究極」があり、その反対がある。

この「家族」は、程なくいなくなった。
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おそらく、イジェノポリスの住民から何か圧力があったのだろう。

パカエンブーでもそうだったのだが、どこからかやって来た「家族」が住みついても、すぐにいなくなっている。
せっせと「住宅」を設営していたと思ったら、すぐにである。
住民団体が、何かクレームをしているとしか思えない。

というのは、そのような地区でないところに住みついている「家族」は、いつまでもそこにいるからである。
何かルールがあるようだ。

今日のサンパウロは、午後には気温が上がり、29度くらいにまでなったようだ。
でも、まだとても暑いようには感じない。
どうしてだろうか。

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ブラジル・サンパウロのナタウ その8 プレゼピオ

12月25日はキリストの生誕日で、ブラジルではナタウNatalという。

そのキリスト生誕の様子を表すものをプレゼピオという。

市内のあちこちに設置されている。

まとめて紹介する。

パウリスタ大通りのコンジュント・ナシオナウというビルの中に展示されていたもの。
サンパウロのルース公園の近くにある宗教美術館の中に保管されているイタリア・ベネチア製のプレゼピオを模したものだという。
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②パウリスタ大通りのほぼ中心にあるトリアノン公園の中に設置されていたもの。
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セントロのアンニャンガバウーに設置されていたもの。
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今年は、アンニャンガバウーには白いツリーがおかれたり、ライトアップされたりと、綺麗になった。
しかし、ここに夜やって来るのはちょっとした勇気が必要な気がする。

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ブラジル・サンパウロに「球形の木」 その2

ブラジル・サンパウロで行われている「球形の木」の催し物である。

サンパウロの歴史的中心部セントロのアンニャンガバウーにかかるサンタ・イフェジェニア陸橋の上には、10個以上の展示が集中していた。
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サッカー:ロマリオは、話題がいっぱい

ブラジルのサッカーは、12月4日にブラジル選手権でコリンチャンスが優勝して、一応終了している。
各チームは、1月中旬に始まる州別選手権に向けてのトレーニングの開始は、1月の第1週を予定している。

つまり約1ヶ月の休みとなっている。
この期間中は、移籍や契約更改の話題などがあるくらいである。
それに、海外で活躍している選手達がナタウと新年をブラジルで過ごすために戻ってきているので、その話題もある。

今年に限っているならば、一番話題が多いのは、この2005年のブラジル選手権で39歳にして得点王になったロマリオである。

今日も、話題を提供している。

①コリンチャンスも

ロマリオは、コリンチャンスもブラジル選手権の終了後にロマリオとの契約に興味を持っていたと言った。
しかし、ロマリオは、ヴァスコにいると決めた。

「本当のところ、コリンチャンスは自分と契約する関心があった。 MSIのキアとは話をするまでには至らなかったが、MSIのスポーツ部門の役員のパウロ・アンジーニPaulo Angioniとは接触した。 彼に自分の関心はヴァスコにいること、リオ・デ・ジャネイロにいることだと説明した」と、ロマリオは言った。
 
ロマリオは、もう一年プレイを続ける状態にあるといった。
「フルミネンシやコリンチャンスのようなクラブから関心を持たれることで、プレイを続けるという気持ちは盛り上がった」と、ロマリオは言った。


②政治家
ロマリオ自身によると、2006年はサッカー選手としての最後の年である。 それで、ロマリオは将来の準備を始めている。

ヴァスコ・ダ・ガマの社長エウリコ・ミランダEurico Mirandaの望みにもかかわらず、ロマリオは政治の方には進むことはない。 エウリコ・ミランダは、ロマリオはリオ・デ・ジャネイロ州の下院議員の候補になれば、良いのだがと思っていた。

「下院議員の選挙へ出るようなことはない。 全く頭をかすめたこともない、来年のことに集中したい」と、ロマリオは言った。

③慈善試合

ロマリオは、この金曜日(12月30日)16時にヴァスコのグラウンドで、友人を集めて、既婚者対独身者の伝統的な試合を行う。
この試合には、大選手は来ない、ロマリオに近い人だけである。

このお祭りには、ロマリオが2006年もいると口頭で言ったヴァスコの役員達もやってくる。

これまでに、ロマリオはいくつもの「草試合」に参加している。
12月23日には、リオ・デ・ジャネイロのゴヴェルナドール島での慈善試合に参加している。
12月27日は、ウベランヂアでの、歌手のアレシャンドレ・ピーレスがプロモートした慈善試合に参加して、90分間フル出場している
そして、その次の日には、コパカバーナCopacabanaに現れて、ビーチサッカーのブラジル代表のロベルチーニョRobertinhoとジュニーニョJuninhoが行ったビーチサッカーの慈善試合に出ていた

そして最後に、ロマリオは、この土曜日12月31日には、海岸で友達とフットバレーをするというスケジュールがある。


④すでに、シーズン前の練習をしているロマリオ

ロマリオ39歳は、いつも改革をするのが隙だ。
ロマリオは、休暇の間の体調維持をするために良い解決方法を行っている。

ヴァスコ・ダ・ガマは、1月2日にシーズン前のトレーニングを始めるために集合するが、ロマリオは一週間遅れの1月9日に現れる予定である。

ロマリオは、コーチ陣によると基本であるトレーニングをしないのだろうか。
問題があるのか。 ロマリオによると、彼のシーズン前のトレーニングはすでに始まっている。

「監督のレナトと社長のエウリコ・ミランダとは、あとから出て行くことについて同意をもらっている。 自分のトレーニングはそこにある。 これらの「草試合」は、リズムを保つためのシーズン前の一つの形である」と、ロマリオは言った。

ロマリオは、シーズン終了後家族とバイアに旅行に行った。
戻ってきてからは、ナタウ(=クリスマス)をはさんで、いくつもの「草試合」に参加している。

⑤ヴァスコで、優勝を目指す

2005年は、ロマリオにとって、得点王になるなど、ほぼ完璧な年であった。
しかし、ヴァスコ・ダ・ガマはタイトルととることがなかった。
何年も何年もやっていて、ヴァスコ・ダ・ガマが全く選手権を争うようなことがなかったのは始めてのことであった。

2006年には、ロマリオは違った話にしたいと期待している。 ワールドカップの前に、ヴァスコ・ダ・ガマは、リオ・デ・ジャネイロ州選手権とブラジル杯を戦う。 この二つの選手権の結果によって、ロマリオはブラジル選手権を戦うかどうかを決めるだろう。

「ヴァスコ・ダ・ガマが選手権を戦うときである。 リオ・デ・ジャネイロ州選手権とブラジル杯のために立派なチームにして、タイトルを争う」と、ロマリオは言った。

ロマリオは、リオ・デ・ジャネイロ州選手権にはフルミネンシが近いと考えている。 しかしヴァスコだって強いチームと思っている。 ブラジル選手権の最後の方と南米選手権の出場権を得ることが出来たような力を保持できるならばである。

「残念ながら、リオ・デ・ジャネイロの他のチームは、フルミネンシのように金銭的なサポートを受けることがない。
しかし、彼らは強化しようとしている」と、ロマリオは言った。

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これだけの話題を、1日で提供するのはロマリオだけである。

ブラジル代表選手であっても、ロマリオにかなう選手はいない。

まあ、家族や友人と静かに過ごすということをしていなくて、人前に現れていることもあるのだろうが。
ロマリオは、リオ・デ・ジャネイロが、本当に好きなようだし、似合う選手だ。

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quinta-feira, 29 de dezembro de 2005

ブラジルの「サブリナ・サトウ」 その26 潜ったり、上がったり、下がったり

ブラジルで大人気の日系人タレントの「サブリナ・サトウ」Sabrina Sato
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レギュラー出演しているrede TV!局Panico na TVという番組はちゃんと続いている。

サブリナ・サトウのコーナーも健在である。

最近は、ずっとランジェリー隊を率いて、あちこちに出かけている。

ランジェリーはランジェリーで十分に目を楽しませてくれる。
だが、捻りがない。

①水族館

ランジェリー隊は、水族館を訪れた。
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サブリナ・サトウは、最近とみに目を強調したメイクをするが、このようにあまりきつめでない方がすっきりしていいと思うのだが。
若く見えるのは、駄目なのだろうか。
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水槽をのぞき込むランジェリー隊。
「お尻」強調ショットは、「お尻」文化の国のブラジルの番組では絶対に必要な絵である。
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次は、ランジェリー隊が、水槽の中に入って、鮫やエイなどに餌付けをするということになった。
これが「危険へのチャレンジ」ということであった。
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で、水槽の中のサブリナ・サトウである。
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③遊園地

サンパウロの北部にある遊園地に、ランジェリー隊が訪れた。
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単純に、遊具に乗って、「ワーキャー」言うのである。
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そのあとに、いわゆる「お化け屋敷」に行って、更に「ワーキャー」。
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危険なのかどうか。

サブリナが単に、ランジェリー姿で出演しているだけではないか。

「歌」でも唄わせたほうがまだ面白い

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サッカー:【速報】サンパウロFCアウツオーリ監督は鹿島へ

ブラジル・サンパウロの名門サッカークラブの一つで、2005年の世界クラブ選手権で優勝したサンパウロFCのパウロ・アウツオーリ監督が辞任した。
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パウロ・アウツオーリ監督は、具体的な名前は明かしていないというが、鹿島アントラーズの監督に就任すると見られている。
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この発表は、今日12月29日の18時過ぎで、サンパウロFCの社長マルセロ・ポルトガウ・ゴウヴェアが発表している。

しかし、日本から戻ったあとから出て来た鹿島アントラーズの監督の就任の話については、2日前にはないことになっていて、昨日もそして今日もサンパウロFCの来期の目標や強化についてコメントを出していたアウツオーリ監督だった。

今日も、17時までは、強化計画についての報道が出て来ているのである。

一寸先は闇という監督人事であった。

パウロ・アウツオーリ監督は、リオ・デ・ジャネイロの出身である。
ジーコとは、何か通じていたに違いない。

お金の問題ならば、サンパウロFCも十分な給与を支払うだけの能力があると思うのだが、どういうことなのだろうか。

来年は1月18日から、サンパウロFCの試合が始まるのだが、6月までに、3月に2週間弱の休みがあるだけで、サンパウロ州先週選手権そしてリベルタドーレス杯南米選手権さらにはブラジル選手権と、全く休みがないスケジュールに嫌気が差したのだろうか。

尚、サンパウロFCの後任監督は、2005年ブラジル選手権の最優秀監督に選出されたあとに、インテウナシオナウの監督を辞任したムリシー・ラマーリョとみられている。

パウロ・アウツオーリ監督は、16時30分頃に電話をかけてきて、「鹿島が増額した提案をしてきた。家族と相談する」と伝えてきて、更にしばらくして「家族と相談して決めた」と連絡してきたということである。

サンパウロFCは、鹿島の金額に会わせて、増額の提示はしなかったようである。

「サンパウロFCは、監督や選手を保持するために海外のチームと争うことはない。 残念なことは、サンパウロ州選手権で優勝したあとに、レオンが行ってしまい、今度はリベルタドーレス杯南米選手権と世界クラブ選手権に優勝したあとに、アウツオーリ監督である。そしてまた日本のクラブである。失望している。 しかしサッカーではこれはいつも起こることである」と、サンパウロFCの役員は言った。

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ブラジル・サンパウロに「球形の木」 その1

ブラジル・サンパウロは、何かしら路上でのアートの催し物が多い。

今年の9月から11月までは、Cow Paradeの催しが開催されていて、市内各所に「」が80頭近くいた。

それが済んだと思ったら、今度は「球形の木」が展示されている。

今回の展示場所は、市内の3カ所である。

パウリスタ大通りのFnacの前。
そして、セントロにあって、アンニャンガバウの谷を超える、二つの陸橋であるシャ陸橋とサンタ・イフェジェニア陸橋の上で行われている。

このサンタ・イフェジェニア陸橋は、サンベント広場から西にのびて谷を渡る。spd20051229f

渡りきったところから、そのままサンタ・イフェジェニア通りにつながっている。
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サンタ・イフェジェニア通りが始まるところには、サンタ・イフェジェニア広場があり、そこにはサンタ・イフェジェニア教会がある。

サンタ・イフェジェニア通りは、商業地で、それも電気街である。
電気部品店やオーディオ製品、楽器、コンピューター部品、周辺機器などの店が何百軒も、この通りを中心に並んでいる。

昼間は、まあたいして危険ではないだろうが、用もない人やどうも目立つと思う人は行かない方がよいだろう。
ただし、行ったとしても、このサンタ・イフェジェニア通りからあまりはずれてはいけない。
特に北側に向かうことは止めた方が良い。
そのまま「クラコランヂア」になる
更に、夜はこの周辺には絶対に近づいてはいけない。
車でも駄目だ。

サンタ・イフェジェニア地区についてはいずれ紹介する。

※できれば、サンタ・イフェジェニア陸橋も渡らないことをお勧めする。

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ブラジル・サンパウロは「夏」 その5 家族連れ1

ブラジル・サンパウロは、12月21日から「夏」になっている

だが、晴れていても、何か涼しい。
昨日12月27日も、今日もそうだった。

気温が25-26度くらいまでしか上がらないし、夕方には20度くらいにまで下がってしまう。
夜は、17-18度である。

完全に一日中晴れることはなくて、雲が忙しくでたり消えたりを繰り返している。

過ごしやすいのだが、盛り上がらない。

夏になって、どういう訳か路上生活者が増えてきた。

ブラジル全体では、景気が悪いわけではなく、どうしてこのように目立つようになったのか。

暖かいから、路上にいても「凍死」することもないからだろうか。

たとえば、道の真ん中の広い中央分離帯に住みついたりする。

ブラジルの場合は、日本と違うのは、一人暮らしではなく人数が多く、一家でそこにいるということである。
大人も、子供もそこにいる。
そして、こういう人たちだから、子供が多い。

いくつかの家族が共同生活をしているようにも思える。
誠に失礼な言い方だが、「群れ」を作っていると言っても良い。

子供が子供を産むような階層だから、親子3代4代が一緒かもしれない。

夜はどうやっているのかは知らないが、
昼間は男は廃品回収業や物売りをしているようだ。
大人の女性は、子供の面倒を見たり、もしくはその子供を引き連れて、交差点などで物乞いをさせていたりしているようだ。
ちょっと大きな子供は、物売りなどをしたりするようだ。

サンパウロの高級住宅街の中でも、段違いに最高のジャルジンス地区を貫くブラジル大通りにも、「住みか」が最近出来た。
渋滞していると、否が応でも目が合う。
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ブラジル・サンパウロのナタウ その7 プレゼピオ

ブラジルは世界最大のカトリック信者を有する国である。

徐々に減っているとはいえ、7割ほどの人がカトリック信者である。

代わって増えているのが、福音派系やペンテコスタ系の信者である。
もちろんこれも、キリスト教系の宗教である。
先日結婚したカカの属する教会も、これの一つである。

もちろん、移民の国なので、イスラム教もユダヤ教も仏教も何でもある。

だが、社会的規範になっているのはカトリックである。

サンパウロの中心部セントロには、古いカトリック教会が点在している。

その一つにサンベント教会がある。
教会の前には、広場があり、そこは地下鉄のサンベント駅になっている。
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この教会には、修道院もある。
教会では、毎週日曜日グレゴリオ賛歌を聴くことが出来る。
立派なパイプオルガンが荘厳な音楽を奏でている。

この教会の周辺は、商業地区で人通りがとても多く、喧噪に満ちている。
だが、教会の中に一歩はいると、全く静かである。
入って右側の小部屋に、この時期はキリスト生誕の様子を示すジオラマが設置してある。
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これを、プレゼピオPresepioというのだが、直訳では「馬小屋」という意味である。

こういったプレゼピオは、教会だけではなく、市内のあちこちで見ることが出来るし、カトリック信者の家にも設置されていることがある。

実は、この教会ではプレゼピオの写真撮影は禁止していた。

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やっぱりロナウド その11

ロナウドは、マスコミの質問から逃げたりはしない。
しかし、いつもトップ記事になる私生活について話すことは、不愉快であることを表す。

失敗に終わった二つの結婚-ミレーニ・ドミングェスMilene Dominguesそしてダニエラ・チカレリDaniela Cicarelli、ロナウドRonaldoは自分の私生活をさらけ出したくなかったと説明した、しかしそれは有名人である限り難しい。

「自分の個人的な生活について話したたかったことはない。 時には圧力によって、ファンやマスコミが自分について何か期待していることを知ったからだ。 しかし何も隠したことはない。 張りついているカメラマンのおかげで、みんな今恋人がいることを知っていると思う。しかしそれについて話したくはない」と、ロナウドは新しい恋人のモデルのライカ・オリヴェイラRaica Oliveira のことを指して、話した。

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サッカー:ロマリオは111%ヴァスコ

もしあるクラブが、ロマリオをヴァスコ・ダ・ガマから奪いたいという希望を持っているとしたら、断念するべきである。
ロマリオは、この12月28日水曜日に、ヴァスコ・ダ・ガマにいると宣言した。
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ロマリオは、この月曜日に言っていたお金に関する懸案を解決するために会うと言っていたヴァスコ・ダ・ガマの社長エウリコ・ミランダEurico Mirandaとは、結局会っていない。
しかし、電話で話をして、全て解決すると約束したそうだ。

望んでいたようにはエウリコ・ミランダとは会うことは出来なかった。しかし話をして彼は自分はおとなしくしていればよいと言った。 2005年の懸案はまとまる。 彼は決して断らない、いつも彼の言ったとおりにやってくれた。それで、彼は自分に自分の言葉を換えても良いと言った。 前は90%だったが、111%ヴァスコにいるということが出来る」と、ロマリオは言った。

2004年の後半に、当時の監督のアレシャンドレ・ガマAlexandre Gamaを批判したあとに干されて、フルミネンシをでたとき、ロマリオはヴァスコだけしか場所がなかった。

しかし、今年のブラジル選手権で39歳にして、22ゴールを上げて得点王になったあと、ロマリオには公式にフルミネンシFluminenseとコリンチャンスCorinthiansからオファーがあった。
それに、チリのウニヴェリシダッド・カトリカUniversidad Católicaからもである。

「他のクラブからも引き合いがあってとても幸せだ。 フルミネンシからヴァスコに移籍したときに、多くの人は自分は終わったと言っていた。 しかしそれは誤りだったと証明した。 今フルミネンシとコリンチャンスからの関心を聞いて、とても幸せだ」とロマリオは言った。
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ロマリオは、リオ・デ・ジャネイロの南部のコパカバーナ海岸にいて、ビーチ・サッカーのブラジル代表のロベルチーニョとジュニーニョが企画した試合に参加しに来た。
ロマリオは、今年5月にリオ・デ・ジャネイロで開催されたビーチサッカーの大会でのブラジル代表チームのキャプテンである。
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もちろんこれも慈善試合であり、人々は食料を持ってきた。

多くの人がやってきて、試合開始が遅れた。それはサインを求める人が多かったからである。
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昨夜の90分の試合のあと、こんどはまたビーチサッカーとは、とてつもなくタフなロマリオ39歳である。
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フルミネンシが熱望していた移籍も、これで一応無くなったと考えてよいのだろう。

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quarta-feira, 28 de dezembro de 2005

ペレの息子は、療養施設に入る

王様ペレの長男のエヂーニョEdinho
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今年の6月に麻薬取引の疑いで逮捕されて、今月17日に釈放された
彼は、麻薬の使用は認めているが、取引には関わっていないと、容疑を否認している。
警察は、電話での「取引の会話」を裁判所の許可を得て盗聴しており、これを有力な証拠として起訴している。

そのエヂーニョは、薬物依存症であり、拘置所から出してもらい、療養施設に行かなくてはと、何度も釈放申請を出していた。

やっと釈放されたので、早速昨日12月27日にサンパウロの北90キロのカンピーナス市にある療養施設を訪れた。
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もちろん、父親のペレも同伴している。
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この施設には、少なくとも6ヶ月は入所するという。

毎朝5時半だかに起きて、掃除をしたり、色々とスケジュールがびっしりの厳しい施設のようである。
所長さんの服装から見ると、カトリック系のようでもある。
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そのエヂーニョは、昨日は入所せずに、サントスに戻っている。
今日12月28日に、裁判所に出頭しなくてはならないからだ。

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ブラジルの広告 その5 ヴァリギの年末のCM

ブラジルを代表する航空会社といえばVarigヴァリギである。
Viacao Aerial do Rio Grandense?とかなんとかが正式名称である。
ブラジルの南部のリオ・グランヂ・ド・スル州に、1920年代くらいに設立された歴史の古い会社である。
事実上のナショナル・フラッグであるが、
久しく従業員組合が大株主の民間会社で、国営会社ではない。
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この会社が、この数年間経営不振で、今年とうとう倒産。
再建中である。
最近、スポンサーが付きそうだと報道されていた。

成田にも乗り入れていて、日本航空より「食事が明らかに」よかったときもあった。
1990年くらいまで20年以上も東京支店にいたガレイラ氏が、食事には力を入れていた賜物である。
当時は、ブラジル人の乗客はまだ「出稼ぎ」ばかりという今とは違って、エコノミーといえども、それなりの階層の人が多く、「お粗末な食事では絶対に満足しない層」であった。
ディスカウントチケットもまだ無いような時代のことである。

日本航空よりも、このヴァリギの方を好んで利用していたし、実際ヴァリギの方が先に混んでいたこともあった。

以前ヴァリギの日本線は搭乗率が高くドル箱だとも聞いていたのだが、来年にはとうとう撤退するという。

ブラジルの航空会社は、結構盛衰が激しい。
10年くらいまでは、ヴァリギ、ヴァスピVasp、トランスブラジルTransBrasilなんていうのが、御3家だった。
ヴァスピは、サンパウロ州営だったが、民営化されて、そして今は運行停止、空港に汚れた機体を晒している。
ヴァスピも関西空港に乗り入れていたこともあったのだが。

トランスブラジルは、尾翼のレインボーカラーがシンボル。
こちらの方は、跡形もない。

代わりに、伸びてきたのが新興の航空会社。
ゴウGOLなんていう会社は、聞いたこともなかった。

そして今輸送実績で一番になっているのはタムTAM。
タムは、元々サンパウロ内陸部の中都市をプロペラ機で結んでいるような会社であった。
20年ほど前は、今や世界第3位の航空機製造会社になった国営エンブラエルのバンデイランチという双発機を使っていて、よく落ちていた。
エンブラエルもタムも、見違えるほど立派になったものである。

そのヴァリギが、年末のCMを流している。
なかなか趣味のいい、押さえたCMである。
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「20051221JH-CM-Varig-Natal.wmv」をダウンロード

この曲は、この時期にヴァリギに何10年も使われている。
この曲を聴くと、年末だと思わせる曲である。
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"Feliz 2006,Brasil"とあるが、"Feliz 2006,Varig"といってあげたい。
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12月28日今晩、再建計画が承認されたと報道された。
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ブラジルのVOGUE

ブラジルも、世界の色々な雑誌のブラジル版というのが発行されている。

PLAYBOYもそうだ。

ファッション誌もある。
今月のVOGUEである。
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別冊が2冊ついて、2センチ弱の厚さになった。
価格は、14.90レアル。(約800円強である)

VOGUE RGという別冊の表紙は、GUGA KUERTEN。
中にも23ページにわたって、写真やインタビューがある。
彼は、ブラジル南部のサンタ・カタリーナ州フロリアノポリスの出身で、そこでも写真を撮影している。
いつもはこの雑誌VOGUE RGは、別売りだったのだが、今月は抱き合わせ販売だ。
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フロリアノポリスはいい街だ。
いまは、サーフィンで有名になっている。

ところで、彼の名前の発音だが、ブラジルでも悩ましいようだ。
クウエルテンというところもあれば、キュルテンというような発音をするところもある。
移民の国故、色々な名前がある。
彼はどこの移民の子孫になるのだろうか。

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ブラジル・サンパウロで、6日間穴に落ちた子供が退院

ブラジル・サンパウロ州のグァリューリョス市で、「穴に落ちた子供」が6日目に発見されて、入院していたのだが、今日12月28日に退院し、自宅に戻った。
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グァリューリョス市は、サンパウロ市の北東にある人口100万を超える衛星都市で、国際空港はここにある。
この家族は、このグァリューリョス市でもかなり奥地で都市化の波がまだ届いていないようなところに住んでいた。

この子供9歳、自宅から父親が働いている農場に昼食を運んだ帰りに、穴に落ちた。
この穴というのが、広い野原の中にあるかなり直径の大きなそして深い穴である。
古井戸がそのままになっていたという。
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20メートルも落ちて、あまり怪我もしなかったようだ。
そして、雨水を飲んで生き延びた。
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子供を捜す父親の声に反応して、救急隊にすくわれた。
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そして、今日退院し、遅れていたナタルのプレゼントを受け取った。

母親はかなり信心深いようだ。
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壁には、沢山の像。
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神様のおかげと、ブラジルの守護神ノッサ・シニョーラ・ダ・アパレシーダを抱きしめる。
ブラジルの報道では、大事なポイントだ。
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この夫婦の子供は9人。 すでに孫もいる。
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大都市の中に組み込まれたファヴェーラの中の貧しさと、大都市の近郊とはいえ都市化の及んでいない農村地区の貧しい家庭とは、随分雰囲気が違う。

「清く、貧しく、美しく」などという言葉が、まだ通用しそうなところである。

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サッカー:ロマリオが出場した16対12の試合

来月1月29日に40歳になるロマリオは、とても元気だ。
昨日12月27日に、ミナス・ジェライス州ウベランヂアで、サッカーの試合にフルタイム出場した。
その試合の結果は、16対12。
点数入りすぎ。
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この試合は、「飢餓追放」の慈善試合。
7年連続行われているそうだ。
例によって、食料を持ってくると入場できる。
80トン以上の食料が集まったそうだ。

白軍と青軍で戦った。
ロマリオは白軍だ。
(青軍の先発)
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(白軍の先発)
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ロマリオの他に、ロベルト・カルロス、ジュリオ・バプチスタというブラジル代表選手。
デニウソン、ヴァグネル・ラヴィ、カルロス・アルベルト等の、このところ行われているこのような慈善試合の常連も出場。
カルロス・アルベルトは4試合目だ。
ジーコの試合ロマリオの2つの試合、そしてロベルト・カルロスとロビーニョのものだ。

更に、ロベルト・カルロス、カルロス・アルベルト、デニウソン、ヴァグネル・ラヴィ、ジュリオ・バプチスタは、前日の12月26日の「ロベルト・カルロスとロビーニョ」の慈善試合に続いての出場で、2日続けてである。
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いくらゆるゆるの試合とは言え、「休暇」にもならないだろう。

しかし、ロマリオは他の選手が途中で交替するのに、フルタイム出場していた。
全国中継のテレビの解説でも、「ロマリオが交替しませんね」の連発。
ロベルト・カルロスは、前日に続いてこの日も後半の半ばで交替。
そのままベンチにも残らず、ロッカールームに消えた。

試合は、後半42分で終了といういい加減さ。

記者は、ロマリオに集中。
相変わらず人気絶大である。
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サッカー:ジーコはブラジルのアイドル その3 欧州へ行きたい

ブラジルサッカーの偉大なアイドルの1人で、日本代表監督のジーコは、2006年のワールドカップの後は欧州で監督の仕事を試みたいと言った。
ブラジルのチームの監督はすることはないという。

日本代表でワールドカップを終えたあと。 引き続き監督として続けるなら欧州で、その場所を得られることを希望する。 ここブラジルで監督をすることはない。 仕事をみてくれない。 2-3試合の結果で決まってしまう。 フラメンゴであっても監督にはならない。」

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やっぱりロナウド その10 

ブラジルで休暇を過ごしているロナウド

今日12月27日、恋人のライカ・オリヴェイラRaica Oliveiraと、GMCの車に乗ってリオ・デ・ジャネイロのレブロンを走っていると、警察の取り締まりで停車するように命じられたという。
窓を開けると、警察は車の書類を確認することもなく、ロナウドにそのまま行かせたという。

今日はリオ・デ・ジャネイロ州のグランジャ・コマリーGranja Comaryで開催されたグァラナ・アンタルチカ杯Copa Guaraná Antártica というサッカーの試合に威厳を付けるために出かけている。
15歳から17歳までの男女それぞれの試合であった。
ロナウドの御講話。
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グァラナ・アンタクチカは、ブラジル代表の公式スポンサーの一社である。
グランジャ・コマリーといえば、ブラジルサッカー協会CBFの合宿所である。
ブラジル代表監督のカルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraも一緒である。
2人は、住んでいるところも一緒で、仲がいいのである。
二人でヘリコプターに乗ってやってきた。
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試合も観戦。
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表彰式でも、一人一人にメダルをかける。
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ここでも、インタビューからは逃れられないロナウドである。
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①FIFA最優秀選手にまた選出されたい。

2005年のFIFA最優秀選手に選出されたロナウヂーニョ・ガウーショを称えることは、忘れることはなく、ロナウドはまた自分もまたFIFA最優秀選手になりたいという目標を持っていることを認めた。

すでに、ロナウドは、1996年1997年そして2002年にこのタイトルと3度もとっていが、2006年は輝きたいと言うことである。

「最優秀選手になることは、選手個人にとっての目標で、選手1人1人のカップである。
家にあるトロフィーのおいてある部屋でこのカップを見るときに、そこにいた自分の歴史を見ることが出来る。
しかし、友人達とその栄誉を分かち合っている。 
最優秀選手に戻ることを忘れていることはなく、そのためにプレイしている。 怪我をすることなく、ワールドカップのある素晴らしい年になることを期待している」と、ロナウドは語った。

②レアルマドリにいる
先週アドリアーノがブラジルに戻ったときに、イタリアのマスコミに、ロナウドはインテル・ミランに戻る可能性があるといった。
しかし、ロナウドは、イタリアのクラブに戻ることはないと言った。
レアルマドリで、とても幸せだという。

「そういう報道はいつもある。いつもそれを取り消さなくてはならない。レアルマドリで幸せで、出て行きたくはない」と、このことについて答えるのはいささかうんざりのようであった。
 
③ワールドカップ

ワールドカップは、すでにロナウドの頭の中にある。
ロナウドは、ブラジル代表がワールドカップについて楽観視するのは自然なことで、チームはグラウンドで全ての才能を使う必要があると言った。
そうしないと一つのミスが、ブラジルをワールドカップから脱落させる。
そこで、ロナウドは今のブラジル代表チームの経験が6回目の優勝へ向かわせると考えている。

「2002年の多くの選手が今のグループにいる。グラウンドで多くの経験を持ち、それは評価する必要がある。 一日でも悪い試合をするとそれで脱落することを知っている、それで準備をする必要がある。
救世主はいない。22人いて、11人がグラウンドにいる。残りはいつでも入ることができるようになっている」とロナウドは説明した。

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terça-feira, 27 de dezembro de 2005

サッカー:アモローゾの要求

アモローゾは、報奨金、昇給、3年契約をサンパウロFCに要求している。

アモローゾと再契約するには、サンパウロFCは給与の増額と3年契約だけではなく、報奨金を支払わなくてはならなくなる。
アモローゾの代理人のニヴァウド・バウドNivaldo BaldoがサンパウロFCにこの条件の提示をしている。

「アモローゾは報奨金を得る資格がある。 増額はサンパウロの予算の範囲である。 アモローゾはサンパウロFCで一番や二番の高給を取ろうとはしていない」と、バウドは言った。

契約期間はまた論争の元になっている。 サンパウロFCは短い期間を要求していた、それで世界クラブ選手権の前にアモローゾはFC東京との仮契約にサインをした。

今は、FC東京に50万米ドルの違約金を支払わなくてはならないという問題がある。 だから、アモローゾは、サンパウロFCにアモローゾの条件をいれて契約をして、お金をうけとるのである。

難しい問題があるにもかかわらず、バルドは再契約については楽観視していると言った。
「状況はとても良い。 アモローゾは残りたがっているし、サンパウロは残ってもらいたがっている。」

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サッカー:ロマリオとヴァスコ・ダ・ガマの社長との会議は延期

ロマリオRomárioは、今日12月27日に予定されていたヴァスコ・ダ・ガマのエウリコ社長Euricoとの会議を延期した。
ミナス・ジェライス州Minas GeraisのウベランヂアUberlândiaで行われる慈善サッカーの試合に参加するためである。

ロマリオが、ミナスへライス州から戻るのは、水曜日で、エウリコとの会議は水曜日になるはずである。

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ブラジル・サンパウロのナタウ その7 モルンビー・ショッピング

ブラジル・サンパウロでは、1月はじめまではナタウ(=クリスマス)の気分は残っている。

最近は、ナタウと新年がやや別れてきたようにも見える。
商業主義の影響のようだ。

さて、ナタウを前に、どこのショッピングセンターもナタウの飾りを競っていた。

サンパウロでも、高級なショッピングセンターになるモルンビー・ショッピング。
大きなツリーも煌びやかだった。
でも、昨年の飾りの方が良かったと思う。
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パパイ・ノエル(=サンタクロース)のコーナーは、子供達の列が出来る。
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そして、クリスマス・ムードたっぷりのアドベンチャー・コーナーが出来ていた。
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※クリックすると拡大する。

こういうところで、時を過ごすことが出来る子供達もいるし、
そういう世界とは無縁の子供もいる。

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サッカー:ジーコ監督の親善試合

12月21日のことなのだが、ブラジルでクリスマスを過ごしているジーコ監督は、慈善試合をやった。

場所は、ご自分の経営するサッカー・スクールのグラウンド。
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入場料は、「食料1キロ」である。

マラドーナがこのためだけに、ブエノス・アイレスから飛んできた。
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集まった観客は5000人。
ブラジル代表監督のカルロス・アルベルト・パヘイラも立ち見。
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(敵情視察のような鋭い目)

テレビ(ケープル・テレビ)でも、全国に中継された。
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ジーコの存在は、いまでもブラジルではとても大きいのだ。
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ブラジル・サンパウロのナタウ その6 眠る子供

12月25日、ブラジル・サンパウロのセントロは人通りも少なく、とても静かだった。

交差点の歩道に、子供が寝ていた。
15時だった。
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この子供のクリスマス・プレゼントは何だったのだろう。

セントロの西北部リオ・ブランコ通りAvenida Rio Branco。

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サッカー:ロマリオは90%ヴァスコと語る

この何日間か、ロマリオRomárioのフルミネンシへの移籍の可能性が話題になっている。
しかしロマリオはこの件については月曜日から火曜日にかけての夜に、リオ・デ・ジャネイロのラゴアLagoaにあるレストランでの、「ファンク王子と乞食」のショーに出かけたときに、語っただけである。

ロマリオは、フルミネンシのスポンサーのUnimedの社長セルソ・バッホスCelso BarrosがフルミネンシFluminenseのユニフォームを着たロマリオを見たいという関心をもっていることは認めた。
しかし、この火曜日の午前にヴァスコ・ダ・ガマの社長のエウリコ・ミランダEurico Miranda,と、どうするかを決めるために会議をするといった。

「今日は90%ヴァスコである。 この会議で解決するべきことがエウリコとの間にはある。まとまると思う。 エウリコとは色々と話すことがある。 いつもちゃんとやってくれている。 今ヴァスコを去る理由はない。 あそこでとても幸せだ」とロマリオは言った。

ヴァスコにいて、現役を終えたいという望みを明らかにしているが、ロマリオはフルミネンシからの提案も無視はしていない。

「フルミネンシにいる自分を見たいという関心をセルソ・バッホスが持っている。 いつもそのことを話している。 彼は友達だ。 監督との問題があったが、自分が出て行ったのはみんなにとって最高の解決だった。 でもセルソ・バッホスにとっては自分はまだそこにいるかのようだ」と、ロマリオは、2004年にフルミネンシの監督のアレシャンドレ・ガマAlexandre Gamaとの確執でフルミネンシを出て行ったときのことを思い出しながら、話した。

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サッカー:ロベルト・カルロス対ロビーニョの慈善試合 入場券入手の顛末

12月26日に、サンパウロのパカエンブー競技場で行われた、ロベルト・カルロスの友達対ロビーニョの友達の試合

慈善試合ということで、入場料は無料であるが、1人に付き1キロの食料を持っていけば入場券をくれるという、ブラジルではよくあることになっていた。
集めた食料を、恵まれない人たちに配るわけだ。
受け付けてくれる食料は、悪くならないものということになっていて、米、豆、コーヒー、塩、砂糖、小麦粉などが多い。

これらは、1キロで2-3レアルくらいだから、日本円で110円から170円くらいだ。
安いものである。

先週、ロベルト・カルロスが休暇で帰国して、インタビューに答えて、この試合の開催を告知したので、この試合が行われることを知った。

その入場券を手に入れるかと言うことが問題であった。

これが、ブラジルではよくわからないことなのである。
ロベルト・カルロスは、ラジオ局などを廻って、この試合の告知をしていたようであるが、さすがにラジオを聞きまくることまでは出来ない。

拙宅で購読する新聞にも、この試合があるということは記事になったが、それ以上のものはなかった。
おそらく、やや社会階層の低い人たちが読む新聞にはスポーツ記事が多く、記載されていたかもしれない。
(新聞を読む人自体がかなり少ないのである。買えない人も、読めない人もいる。)

いつものパターンだと、試合の行われるパカエンブー競技場で、事前に交換を受け付けているということもあるが先週はそういう様子はなかった。
窓口が通常開く当日の11時くらいから、交換も始まることもあるので、そして、今日の昼12時にパカエンブー競技場に様子を見に行った。
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競技場の前に、柵などを設置してあったが、まだ誰も並んでもいなかった。
何人か食料を持ってきていた。
そのあたりにいる関係者のような人に「受付場所」を尋ねる。

まだ、やっていないという。
いつかわからないという。
そろそろ始めるはずなんだけどという。

いつも、ブラジルではこんな感じだ。

まあ、誰も並んでいなかったので、入れないことはないだろうと、いったん引き上げた。

次は13時30分頃にまた、競技場に行った。
100メートルほどの列が出来ていた。
でも、みんな食料を手にしていたので、入場券を手にしていないことがわかった。
しかし、その列に16時まで並ぶには、あまりに暑かった。
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ブラジルでは、大抵そうなのだが、こういうときに貼り紙の一枚もない。
一切ない。
聞くしかないのだ。
それが本当かどうかは、わからない。
だから、色々な人に聞いて、その答えの総和を、四捨五入して、自分で判断するしかない。
それが、ブラジルで生きていく鉄則である。

またそのあたりにいる係の人らしき人に聞いたら、ペルヂーゼスにある警察署で交換していると教えてくれた。
それに、本当は競技場の前の広場にも、そろそろ「車」がやってきて、交換を始めるはずだけどと言う。
あてにならない話は無視して、警察署に行くことにした。

競技場から、その警察署までは結構離れている。
1キロくらいある。
ペルヂーゼスは、パカエンブーの隣の地区で、ここもなかなかよいところである。
今はアパート街である。
警察署に行ったら、200メートルくらいの列が、庭に出来ていた。
300名くらいが並んでいた。

確かに、食料と入場券の交換をしていた。
食料を渡し、身分証明書を見せ番号を記録し、サインをすると、入場券をくれるようになっていた。

だから、ちょっと時間がかかる。

1時間くらいかかるように見えた。

20分くらいしたら、一台警察車両がやってきて、そこでも交換を始めたのでちょっと列の進みが早くなった。
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ところが、入場券が無くなったという。
だから、取りに行くと言って、警察車両が出て行った。
どこに行ったのかは知らない。
こういうことは、全て列の前の方から事情通を通じて口コミで伝わってくるのである。
唯一の交換窓口で、入場券が無くなるってどういうことと思うが、これもブラジルである。

車が戻ってこない。
空は雲に覆われて、雨が降りそうになった。
食料を持った人はどんどんやってくる。
1時間近くそうやって待った。
誰も、文句を言うこともない。

事情通によると、開始時間は16時30分に変更とも言う。

15時15分くらいに、車が戻ってきて、入場券がやって来た。
再び窓口で、交換が始まった。
3つの窓口がある。
一つは、あとからやって来た車の窓口である。

その車の窓口の入場券がまたなくなったりした。

そして、15時25分くらいにやっと入場券を手にした。
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競技場の前を通って、いったん自宅に帰った。

まだまだ、食料を持って、競技場に向かう人たちが沢山いた。

改めて拙宅から競技場に歩いて出かけた。
歩いて5分もかからないのだが、競技場に入ったのは15時50分くらいである。

もうほとんど満員だった。

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事情通によると、サンパウロのどこの警察署でも先週から交換を受け付けていたはずという。

そして、ダフ屋さんはだから早めに入場券を手にして、そして今日も競技場周辺で一枚10レアル(550円くらい)で販売していたはずだという。

少なくとも、12時にも13時30分にも、競技場ではダフ屋さんらしき人はいなかった。

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こういうことに慣れて、「キレ無くなる」ということは、つまりブラジル化しているとことであろう。

タダより、高い物はないという半日であった。

初めから、ダフ屋から買えば、時間の節約になったはずである。
「社会階層」にふさわしい行動をした方がよかっただろう。

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「入場券の入手に時間はかかる」がほとんどタダに近い入場料のこの試合は、どこに座るのも自由な試合であった。
(一部に招待席はあったが。)

だから、確実に客層がいつもと違った。

子供と女性が多く、そして普段はサッカー場にはいない階層の人たちが多かった。

食料には困っていない層には、違いないだろうが。

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サッカー:サンパウロFCアウツオーリ監督は留任

今日12月26日の午後遅く行われた会議のあとに、サンパウロFCの役員はパウロ・アウツオーリ監督が2006年のシーズンもチームの指揮をとることを確認した。

「アウツオーリ監督は今まで通り。 2006年12月までの契約がある。海外からの提示を検討し、サンパウロFCにいることを望んだ。 それで、2006年の計画について話を始めた」と、サンパウロFCの社長マルセロ・ポルツガウ・ゴウヴェアMarcelo Portugal Gouvêaは言った。

サンパウロFCが日本で世界クラブ選手権を戦っている間に、アウツオーリ監督は拒否できない提案を鹿島アントラーズから受け取ったという情報があった。

世界クラブ選手権で優勝したことで、アウツオーリ監督が出て行く可能性が高まったと見られていた。 しかし、サンパウロFCを出て行くとしたら、サンパウロの役員と話し合いが最優先としていた。

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やっぱりロナウド その9

ロナウドは、赤十字によって行われている「ボランティアになる」キャンペーンのシンボルになった。
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目的は、2008年に創立100年になる赤十字が、資金以外に、ボランティアを集めるためである。

ロナウドは、リオ・デ・ジャネイロのセントロにある赤十字の本部で行われたセレモニーで、ボランティアの1番を受け取った。
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「このプロジェクトに参加できたことは大きな誇りである。 このプロジェクトに協力し、多くの人々が助けてくれることを期待している」と、ロナウドは言った。

ロナウドは、休暇をブラジルで過ごしているが、28日(水曜日)にはスペインに戻る。

ロナウドは、ボランティアの称号、この「ボランティアーになる」キャンペーンのTシャツを受け取った。

そして赤十字のバッヂも受け取った。

すでに、ロナウドは国連の親善対をであり、いつもハイチのような貧困の危機にある国を訪れている。

「困難な状態にある子供達がいる、 食料も教育もなくてはならない。 悲しいことを見てきた。 世界がよりよくなるように貢献し、出来る援助をしてきた。」

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segunda-feira, 26 de dezembro de 2005

サッカー:ヴァスコはロマリオを失うとは思っていない

フルミネンシFluminenseが、2005年のブラジル選手権のロマリオRomárioをほしがっていることについて:

ヴァスコ・ダ・ガマは、次のシーズンにロマリオを失う恐れはないと思っている。
ヴァスコ・ダ・ガマは、2006年にロマリオをほしがっているフルミネンシのスポンサーに財政的に競争できる状態にはないが、ヴァスコ・ダ・ガマの副社長のジョゼ・ルイス・モレイラJosé Luiz Moreiraはロマリオがライバルに移籍するとは信じていない。

ロマリオは我々と約束をしたので、ヴァスコを出て行くとは思わない」と、ロマリオの言葉を引き合いに出して、役員は語った。

「ロマリオは、ヴァスコで現役を終了したいと言った。それは本当になるはずだ。 しかし決定するのはすべでロマリオだ」と、モレイラは言った。

ヴァスコ・ダ・ガマと、ロマリオの契約は、この12月31日で終了する。
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ロマリオは、まだまだ話題の人である。

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サッカー:ロナウドは、ワールドカップで記録を狙う。

ロナウドは、2006年のワールドカップで記録を打ち立てるという目標を持っていると言った。

2002年のワールドカップでの得点王のロナウドは、8得点を上げており、その前の1998年のフランスでのワールドカップでは4得点を上げている。
合計で12点である。


ドイツでのワールドカップで2点を上げるだけで、ロマリオは、フランス人のジュス・フォンタンJust Fontaineの13得点を超す。
そして、1970年のメキシコ大会で10得点、そして1974年のドイツ大会で4点を上げた、ドイツ人のゲルド・ムーラーGerd Müllerの14得点に並ぶ。

「それらの記録を破るためにもっと得点をとりたい。 それが目標である。 来年のドイツ大会は歴史に残り、他の人が破るのが難しい記録を作る唯一の機会になる」と、ロナウドは言った。

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サッカー:サンパウロFCアモローゾは複数年契約を望む。

サンパウロFCの社長マルセロ・ポルツガウ・ゴウヴェアMarcelo Portugal Gouvêa波、アモローゾが来期もサンパウロFCに引き続きいることを望むと繰り返した。

アモローゾは、FC東京と仮契約を結んでおり、違約金は50万米ドルである。
しかしサンパウロFCは、次のシーズンもアモローゾを保持したがっている。

「アモローゾは、休暇中である。 サンパウロFCはアモローゾを保持し続けたい。 詳細を詰めなければならない」と、マルセロ・ポルツガウ・ゴウヴェアは言った。

アモローゾは、サンパウロFCは3年の契約を提示するならば、サンパウロFCにいたいとしている。
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「サンパウロFCに何年も居続けることを期待している」と、アモローゾは言っている。

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サッカー:ロベルト・カルロス対ロビーニョの慈善試合

12月26日月曜日16時過ぎに、サンパウロのパカエンブー競技場で、サッカーの慈善試合が行われた。
(試合開始前 *クリックすると拡大する)
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ブラジル代表のロベルト・カルロスとロビーニョがそれぞれ友達とチームを作って、試合をしたのだ。
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2万3千人が集まった。
入場料は無料だが、1人1キロの食料を持っていけば入場券と引き替えてくれる。

結果は、7対4でロビーニョのチームが勝利した。

この試合には、ロベルト・カルロスのチームは、コリンチャンスのカルロス・アルベルト Carlos AlbertoとデニウソンDinelson, レアルマドリのジュリオ・バプチスタJúlio Baptista, フラメンゴのレオナルド・モウラLeonardo Moura,レーサーのフィリップ・マッサFelipe Massaそして、フットサルのファルコンFalcãoなどが参加した。
前半10分にリカルド・が1点を入れて先行した。

ロビーニョのチームには、ボルドーのデニウソン、ヴェルディー東京のワシントン、CSKA.のヴァルネル・ラブ、シャクタールのエラーノなどがいた。
前半までに、ロビーニョが2ゴールを決めた。
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インターヴァルに、フィリップ・マッサが運転して、隣りにカルロス・アルベルトを乗せて、グラウンドを一周した。
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後半に、ジュリオ・バプチスタがまた1点を上げた。

ロビーニョは、5点を上げた。

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はっきり言って、お祭り。
お遊び。
「20051226Pacaembu1.wmv」をダウンロード

だいたい、電光掲示板が初めから消えている。
アナウンスもない。

選手の紹介もない。
誰が誰だか、さっぱり判らない。

途中で交代しているのも判らない。

主審も二人いた。

レアル・マドリで「問題になった」、ゴール後のアクションもちゃんとやっていた。

後半は、さらにお遊び度は増した。
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選手の人数も多かったような。

携帯電話を使いながら、試合。
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点数もよく判らなかった。

時々、ちょっとだけ本気でやっているような。

後半が始まってあまりに遊びになってくると、どんどん観客が帰り始めた。

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カルロス・アルベルトは、これで3つ目の慈善試合に出ていたことになる。

リオ・デ・ジャネイロで行われたジーコの主催によるものと、ロマリオの出場していたものである
ロマリオの出場したものには、ヴァルベル・ロブも出場していた。

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ブラジル・サンパウロは「夏」 その4 暑いような、涼しいような

クリスマスが終わった12月26日のブラジル・サンパウロは、もう通常通り。
でも、車の通りは少ない。
休暇を多く取るシーズンになったからだ。

快晴とは行かないまでも、晴れのサンパウロ。
青空が見えるのだが、気温は決して高くない。

雲の影にはいると、肌に感じる風が涼しい。

でも、逆に日なたでは、真上から照りつける日差しが肌に痛い。

今日は、最高気温は26度くらいだった。
12時までは快晴に近いこともあった。

だが、午後になると、また雲が出てきた。
いつものパターンである。

19時には、21度に。

夜になると、風が冷たく感じられてきたので、窓を閉めた。

今日は雨が降らなかった。

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domingo, 25 de dezembro de 2005

サッカー:ロマリオの復帰を望むフルミネンシ

フルミネンシのファンは来週、遅れたナタウのプレゼントを受け取るかもしれない。
フルミネンシの役員によると、ロマリオは次のシーズンにフルミネンシに来ることに興味があるという。

「ロマリオは、いつも強化候補のリストにある。 彼はフルミネンシにコストがかかることのない、Unimedと契約するだろう。 からがフルミネンシにやってくることはとても良い。 戻ってくる可能性はある」と、フルミネンシの副社長ジュリオ・ドミングェスJúlio Dominguesは言った。

もう1人ロマリオとの契約の可能性について述べたのは、フルミネンシのスポンサー企業の社長セルソ・バッホスCelso Barrosである。

ロマリオは我々に関心がある。 もう彼と話をし、良い関係を持っている、でも、彼はヴァスコと契約がある。
しかしいつでも、40歳に近くになって、ブラジル選手権のような難しい選手権で得点王になるロマリオに関心を持っている」と言った。

ロマリオと新たに契約をすることについての困難さについて述べた。

「ロマリオはまだ年末までプレイをするか決めていない。ヴァスコで現役を止めると彼が望むということもある。しかし、年末か2006年の始めに何か新しいことがあるかもしれない」と、希望を述べた。

ロマリオは、2002年から2004年までフルミネンシでプレイしている。
フルミネンシでは何もタイトルを取ってはいないが、セルソ・バッホスとは良い友達である。

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ロマリオは、まだまだ移籍の話題になるのである。

彼には、リオ・デ・ジャネイロが似合う。
リオ・デ・ジャネイロから動くことはないと思う。

たとえ現役をいつの日か本当に引退したとしても、レメやコパカバーナの海岸で、いつまでもビーチサッカーをしている気がする。

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ブラジル・サンパウロのナタウ その7 12月25日

ブラジル・サンパウロの12月25日は、とても涼しい日だった。

午前中は、薄い雲がかかっていたが、日は差していた。
でが、風がやや強く、冷たかった。

気温は、23-24度までしか上がらなかった。

午後になって、雲がすっかり覆った。
18時には気温は20度に。
そして、まもなく、小雨が降り始めた。
更に気温は下がり、18度に。

サンパウロの中心部は、とても静かなクリスマスを迎えた。
普段の日曜日以上に、車の通りは少ない。

歴史的中心部のセントロに行っても、ほとんどの店が閉まっている。
いくつかのバールが空いているだけだ。
人も少ない。
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警察の姿もあまりない。
だが、車でパトロールをしている。

商業地区の3月25日通り地区も、買い物客でごった返していた昨日までの喧噪が嘘のように静まりかえっている。
爆発事件の現場も、今は静かだ。
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誰もいない。
どこにも行くところの無い者が、わずかに建物の前に座り込んでいるだけだ。
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セントロの南側に位置する東洋人街のリベルダーヂ
やはりほとんどの店が閉まっている。
「カザ・ブエノ」という日本食料品店は営業して、混雑していた。
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リベルダーヂ広場で、毎週日曜日に開催される東洋市も行われていたが、いつもと比べると格段に人出は少なかった。

市内南部のイビラプエラ公園に行ってみた。
駐車場は空いていた。
だが、訪れている市民は決して少なくなかった。

でも、明らかに肌の白い人たちの存在が少なかった。
サンパウロを出て、海岸にでも行っているのだろうか。

目抜き通りのパウリスタ大通りも静かであった。

フェリス・ナタウFeliz Natal。

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ブラジル・サンパウロの繁華街で、爆弾事件 その2

12月23日に、ブラジル・サンパウロの歴史的中心部のセントロにある商業地の3月25日通りで起きた爆弾事件

この爆弾は、消化器爆弾であった。

死者は出ていないが、いまだに2名が入院中である。

何しろ、クリスマス前でこの日だけで、約80万人が訪れたというこの地区である。
当時あまりに人がごった返しており、犯人につながる手がかりはないようである。

今まで、麻薬組織同士が手製の手榴弾のようなものを作っていたのを摘発されるということは、リオ・デ・ジャネイロではよくある。
しかし、サンパウロではそのようなことはまず無いし、繁華街で、それも消化器爆弾とは例がないことである。

この事件が起きた場所は、ブラジル最大の密輸王ラオ・キン・ションの所有しているショッピング25のすぐ脇になるところである。

警察は、中国系密輸組織が警察の摘発に対抗して、このような騒ぎを起こして抵抗を示したのではないかという可能性も否定できないとして、関連性を調べていると報じられている。

なんだか、恐ろしいことになってきた。

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いくら何でも、中国系の人間達がそのようなことまでをするとは考えられないのだが。

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ブラジル・サンパウロのナタウ その6 サンタクロースは本当にやって来る。

ブラジルでは、サンタクロースを「パパイ・ノエルpapai noel」という。

やっぱり、ナタウ(=クリスマス)の前日の12月24日の夜にプレゼントをくれるのは、パパイ・ノエルということになっている。

だけど、子供だって馬鹿ではない。
お父さんやお母さんが、夜中に枕元にやクリスマスツリーの下にそっとおいてくれることに、とうの昔に気付いているのである。

一体、こどもは何歳まで、パパイ・ノエルが持ってくるのだと信じていてくれるのだろうか。

「どうして、パパイ・ノエルが来たときに起こしてくれなかったの」と、文句を言ってくれるのはいつまでなのだろうか。

さて、
ブラジルでは、富裕層の子供達はいつまでもパパイ・ノエルの存在を信じていることがそうだ。
少なくとも、お父さんやお母さんとは違った人であると信じ続けることが出来るかもしれない。
そういうことがあった。

12月24日の23時45分に、拙宅の前の道で突如起きた大音量の生バンド
正体がわかった。

ブラスを含めた3名編成のバンドと、パパイ・ノエルだった。

拙宅の隣りの家に、プレゼントを届けに来たのであった。
当然、子供は寝ぼけ眼で起きて、パパイ・ノエルに会い、お話をすることが出来るわけである。

子供の傍らで、両親がそれを見守っているのである。
プレゼントを持ってきてくれるのは、パパイ・ノエルで間違いないのである。

「他の子供達にも届けなくてはならないから」と、パパイ・ノエルはすぐに去っていくのである。

子供は、「パパイ・ノエルさんが持ってきてくれたね」と言って、安心してまた眠りにつくに違いない。

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大したサービスである。
一体、いくらの費用がかかるのであろうか。

隣の場合は、4人であって、トナカイはいなかった。

更にお金を支払うと、トナカイさんのそりも着いてくるのだろう。

もっともっとお金を支払うと、空から降りてきて、煙突から入ってきてくれるに違いない。

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サッカー:ロベルト・カルロスはしゃべりまくる その2

2006年の6月にレアル・マドリを去るのではないかという噂にもかかわらず、ロベルト・カルロス32歳はレアルマドリとの契約が終了するまであと3年間つまり2008年末まではレアルマドリにいたいと言った。


「もうあと3年間そこにいる、そして戻る。 まだ若いからね」と、ラジオのインタビューに答えている。

先月、スペインの"Marca"紙が、ロベルト・カルロスが出来るだけ早くブラジルに戻りたいというインタビューを掲載した。

「自分の将来は自分の国でだ。すぐにでも家に戻りたい。このシーズンの終わりにでもだ。 長いことブラジルの外にいる。 本当に家族が懐かしい」とこのときにロベルト・カルロスは言っていた。

「契約がある。それでも望むときに離れることは出来る。 頭が休みを必要とするときが来た。 それほど緊張を続けることが出来ない。ずっと働いてきた。プレッシャーを感じる。 プレッシャーはプレッシャーだ。 疲れを感じた」と続けていた。

12月26日(月曜日)に、ロベルト・カルロスはロビーニョとともにチャリティー試合を、サンパウロのパカエンブー競技場で行う。
「たくさんの食料を集めることを期待する。 とても良いお祭りにしたい。 出来るだけ多くの人が集まるのを期待している」と言った。

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こういう報道もある。

ロベルト・カルロスは、レアルマドリとの契約が2008年末まであり9年間にわたりプレイしてきたレアルマドリで海外でのキャリアを終わらせたいと望んでいる。

ロベルト・カルロスによると、レアルマドリの社長のフロレンチーノ・パレスFlorentino Pérezは契約終了前に彼を自由にすることは考えたこともない。

ロベルト・カルロスは、ブラジルのクラブでプレイをして、サッカーを止めたいと望んでいる。
3つのチームが考えられる。

「サントスSantosは、父親の関係。 パルメイラスPalmeirasはそこにいて、欧州に行った。 そして、ウニオン・サン・ジョアン・ヂ・アララスUnião São João de Ararasは始めたところだ。

でも、サンパウロFCとコリンチャンスのファンも、自分にそこでプレイするように言ってくる」と、ロベルト・カルロスはこの金曜日に語った。

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ブラジルの密輸王の妻の逮捕 その2 一網打尽

ブラジルのテレビのニュースで、いつも「ブラジル最大の密輸王」という称号で呼ばれるのがラオ・キン・ションLaw Kin Chongという男である。
中国から帰化したブラジル人である。
昨年2004年の6月に逮捕されて、今も拘留中である。

そのラオ・キン・ションの妻ミリアン・ラオが、夫の逮捕後事業を引き継いで、指揮していたのだが、12月16日土曜日の朝に逮捕されている
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この逮捕から、4日後の12月20日には、更にこの密輸組織に関係したものが8人逮捕された。
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「密輸王とその妻」の部下である中国人も逮捕されたのだが、
他に、会計士や通関会社の人間も逮捕された。

会計士は、名前からすると日系人のようであった。
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また、通関会社の人間は東洋人ではない。
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さらに、「密輸王とその妻」の一番上の息子も、家業に携わっているとして指名手配された。
(12月22日になって連邦警察に出頭し、逮捕された。 24日には釈放されている。)
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どうも警察や税務当局は、中国系の密輸組織をかなり追いつめたようだ。

この組織は、直接にはサンパウロの歴史的中心部のセントロの北部の3月25日通りを中心とする商業地区に、少なくとも何カ所も販売拠点を持っていた。
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「ショッピング25」というものなどであり、これらも摘発されて一旦は閉鎖になっていた。
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だが、ショッピング25は、12月23日には、一部の店を除いて、店が再開していた。
もちろん、前と同じようには販売されているわけではない。

しかし、偽ブランド品はあったし、おそらく密輸と思われる品物もあった。

何とも逞しい中国人達である。

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sábado, 24 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロのナタウ その5

ブラジル・サンパウロの12月24日。
いわゆるクリスマス・イブのことを、Vespera de Natalという。
クリスマスの前夜という意味である。

昨夜は、サンパウロにあるショッピングセンターの内、9カ所は徹夜で営業した。
そして、今日は18時で閉店である。
何でも、一番混んでいたのが2時から4時と言うから、どうかしている。
何を、何故そんな時間に買う必要があるのか。

サンパウロは、朝から雲が広がっていたが、昼には気温は高く30度を超えていた。

もう、車も普段の休日以下に減っていた。

14時過ぎに、パウリスタ大通りに歩いて出かけた。

すでに閉まっている店もある。
開いている店も、客は少ない。

人通りも少ない。

3週間前に警察の手入れを受けた"Stand Center"もまた開店していた。
でも、店の様子が変わっていた。
アクセサリーや雑貨の店が増えた。
電子機器の店は、デジタルカメラの店ばかりに見えた。
DVDやCDの店もあるが減った。
海賊版の店は、カタログだけ置いて、現物は置いていない。

コンピューターの周辺機器や部品は全くどこの店も扱っていない。
メモリー、各種ボードそしてHDなどはない。

でも、店はとりあえず復活した。
そのうち、また元のようになっているのではないだろうか。
もちろん、中国人達の顔が目立つ。

15時半になって、雨が降った。
30分ほどでいったん小振りになった。
気温はあっという間に25度を割った。
寒く感じるくらいになった。

19時、閉まっているレストランが多い。
この日の晩餐は、セイヤCeiaというのだが、外食はあまりしないのだろう。

車もとても少ない。
日本の大晦日の夜のようだ。

21時30分、イビラプエラ公園ツリーと噴水のアトラクション
多少渋滞になっているが、それでもたいしたことはない。

パウリスタ大通りの、ボストン銀行にもあまり人はいない。

この日と明日は、静かに過ごすのが本当のカトリックというものだ。

23時30分、突然拙宅の前で、生バンドの演奏が始まった、
ブラジルのクリスマスの曲が演奏されている。

10分ほどで終わったのだが、何だったのだろう。

教会では、ミサの時間である。
バチカンからのミサの衛星中継がずっと流されている。

24時になった。
あちこちで、花火が上がっている。

ブラジルは、世界最大のカトリック信者を抱える国である。

商業主義に流されている部分は年々増えているとはいえど、最も大事な日は12月25日である。

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ブラジル・サンパウロの繁華街で、爆弾事件

12月23日16時頃、ブラジル・サンパウロでも最も大衆的な商業地域の3月25日通りrua 25 de Marçoで、爆弾が爆発し、10数名が怪我をした。

ここは、サンパウロの歴史的中心部のセントロの北側の、卸売りや小売りの店舗が並ぶところで、クリスマスの買い物客で、連日数10万人が押し寄せているところである。

実は、この爆発があったときには、この現場から北に数百メートルのところにいた。
何か大きな音がした気のだが、まさか爆発とは思わなかった。

雷か、もしくは単なる街の騒音と思っていた。

そして、そういった事件が起きたとも知らずに、事件の現場の方に向かった。
警察車両などが、サイレンを鳴らして一方通行を逆送したり、警察官が車を迂回させているなど、何か起きたように見えた。


しかし、ここは人が多いので、色々な事件が、いつも起きているところである。
スリやひったくりも多い。
また、不法に営業している露天商の取り締まりも頻繁に行われている。
強盗事件もあって、発砲騒ぎだってある。
最近取り締まりを受けた中国人の密輸組織に絡んでいる店舗もここにはある。

警察は普段から警戒しているところだし、
警察車両が走り回っても、驚くところではない。

色々な事件の可能性があるところなのである。

だが、歩いている内に、警察官が極端に集まっていて、人々が立ち止まっているのに気がついた。
何が起きているのかわからないのに、あまり近づきすぎて、巻き添えを食らうこともあるので、ちょっと離れたところから様子をうかがっていた。
元々人が多いのに、交差点付近を中心として、ある一点を中心にして人々が集まっている。

少しずつ、近づいてみることにした。

救急車がやってきたので、「けが人がでるようなこと」が起きたことがわかった。

ここでは、喧嘩だって起きる。
そういうことかもしれないと思った。

でも警官が数十人はいた。
多すぎる。

一応、犯人がピストルでも持って逃げているようでもないので、更に近づく。
発砲騒ぎに巻き込まれてはかなわない。

現場周辺の何軒かの店は、シャッターを下ろしていた。

集まった人たちの話を聞いていると、「爆発」と言っていた。
何が爆発したかわからない。
プロパンガスもあるし、なにか露天商の売っているライターのボンベのようなものが破裂したのかもしれない。

警官の1人が話しているのを聞いていると、テロかもしれないなんて言っていた。

怪我をした人がでたと言っていた。
女性が、大けがをして死ぬかもしれないなんて言っていた。

写真は、その場では止めておいた。

なんだかわからないし、また何かあってもいやなので、その場を離れた。

わずかに現場を離れると、また通常の営業が行われている普通の繁華街になっていた。
ほとんどのクリスマスの買い物客は、おそらく何も知らずに買い物をしているようであった。
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都会というのは、無情なものである。

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ニュースを見ていたら、
破壊力の弱い手製の爆弾だと言っていた。
電池や釘が映し出されていた。
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目的はわからないと言っていた。

10数人が怪我をしたという。
2人が入院したという。

男性が重傷だと言っていた。

多分、愉快犯だろうと思う。

ブラジル・サンパウロで、いわゆるテロはちょっと考えられない。

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カカの結婚式

カカの結婚式は、12月23日16時から、サンパウロのカンブシにあるキリスト再生教会で行われた。
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ロナウド、カルロス・パヘイラ、カフー、ロッキ・ジュニオール、ヂーダ、ゼ・ロベルトなど多くの著名人が参加した。
(ロッキ・ジュニオール)
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(ゼ・ロベルト)
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(ジュリオ・バプチスタ)
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ブラジル代表の選手や監督を別にすると、サンパウロFCの社長マルセロ・ポルツガル・ゴウヴェイアMarcelo Portugal Gouveia、同じくサンパウロFCのマルコ・アウレリオ・クンニャMarco Aurélio Cunha、サンパウロ市長ジョゼ・セッハJosé Serraサンパウロ州知事ジェラルド・アルクミンGeraldo Alckminなど、900人が招待された。

到着時に多くの称賛を浴びたのは、カルロス・アルベルト・パヘイラ監督とキャプテンのカフーCafuである。
(カフー)
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(カルロス・アルベルト・パヘイラ監督)
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モデルのカロリーニ・ビッテンクールチCaroline Bittecourtもまた結婚式に来ていて、今の恋人のライカ・オリヴェイラRaica Oliveiraを同伴していたロナウドRonaldoと再会したはずだ。

この結婚式の警護は厳重で、マスコミはシャットアウト。
60人の警察が、教会を取り囲んだ約400人を近づけなかった。
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結婚式のあと、カカはヘリコプターでホテル・グランド・ハイヤットに飛び、そこで招待客の応対をした。

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カカ側から提供された写真である。

カカと、妻のカロリーニ・セリコである。
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23歳と18歳。
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お幸せに。

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サッカー:ロマリオは素敵な2005年を終える。

ロマリオは、素晴らしい年を終えた。
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リオ・デ・ジャネイロのゴヴェルナドール島Ilha do Governadorにあるイアッチ・クラビ・ジャルジン・グアナバラIate Clube Jardim Guanabaraで行われたチャリティー試合で、ロマリオは2ゴールを決め、さらにこのクラブのチームがプロのチームに8対5で勝利する2つのゴールのアシストを決めた。
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ロマリオは、ヨットを楽しんだ。

ロマリオは、試合の間にはサンバを楽しんだ。
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エスコーラ・ヂ・サンバのIlha do Governadorが、ショーをやった。
ロマリオは、踊りの中に入り、2005年の彼の幸せを表した。
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ロマリオの他に、インテル・ミランのキーパーのジュリオ・セザールgoleiro Júlio César、ロシアのCSKAのヴァグネル・ラヴィVágner Love、コリンチャンスのMFカルロス・アルベルトCarlos Albertoが参加した。
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サッカー:アドリアーノはジーコに感謝

ロナウヂーニョ・ガウーショは、競争相手に大差をつけてFIFA最優秀選手に選出された。
アドリアーノは、5位だった。
しかし、アドリアーノは特別な票を得ていた。
ジーコからである。
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「ジーコが自分に投票してくれたと知ってとても幸せだ。 自分のアイドルが自分に投票してくれた。 そして5位にはとても満足している。 もっと上に行くように仕事をする。 しかし全ての票を得たロナウヂーニョ・ガウーショは、最優秀そのものである」と、この12月23日金曜日にリオ・デ・ジャネイロに戻ったアドリアーノは語った。
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サッカー:ロベルト・カルロスはしゃべりまくる

マスコミにはいたって評判のよいロベルト・カルロス

ロベルト・カルロスは、2006年のワールドカップの1次リーグでは、ブラジル代表は難しいと思っている。

ロベルト・カルロスは、月曜日に行うチャリティー試合のプロモーションのために記者会見を行い、ブラジルの相手となる、豪州・クロアチア・日本について分析した。
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クロアチアとの今年8月の親善試合では我々は苦しんだ。 日本はいつも素早いチームで、彼らに対してもとても苦しんだ。 人々が思っている様には簡単なグループではない」と、ロベルト・カルロスは言った。

ロベルト・カルロスは、また2006年のワールドカップでのブラジル代表について楽観視することについて話すことは平静でいたいとした。

楽観視は、人々やマスコミ向けのものだ。 我々はグラウンドの外においてくる、それは色々なことが起こりうるからだ。 我々は経験があるし、それでリーダーになることを知っている」と、ロベルト・カルロスは言った。

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sexta-feira, 23 de dezembro de 2005

やっぱりロナウド その8

ロナウドRonaldoの話題だ。
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ロナウドが、12月23日金曜日の朝8時30分に、サンパウロに到着した。

前日には、ロマリオはジダンとそれぞれチームを作ってチャリティー試合をしていたので、帰国がちょっと遅れていた。
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レアル・マドリの同僚のジュリオ・バプチスタJúlio Baptistaとともに、カカの結婚式に出席するためである。
いつものようにマスコミが待っている到着口ではなく、搭乗口からでて、マスコミを撒いた。

ロナウドとジュリオ・バププチスタの他に、ミランのセルヂーニョSerginhoとヂーダDida、パルマのファヴィオ・シンプリシオも到着した。

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ロナウドは、このあと恋人でモデルのライカ・オリヴェイラと昼食をとっている。
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ブラジル・サンパウロは「夏」 その3 雨降らず

ブラジル・サンパウロは、「夏」になって、3日目。

ナタウNatal(=クリスマス)前の最後の週末となった。

もう事務所などは終わったところも多いようで、市内全般では車が少なかった。
しかし、ショッピングセンターや商店街などは、まだまだ最後の買い物をする人で朝から混んでいたようだ。

珍しく、サンパウロは朝も薄雲がかかることもなく、青空が見えていた。

気温もどんどんと上がり30度を超えた。

午後になっても、雲は出て来ても、青空の方が多く、結局夕立のない一日であった。

それだけに夜になっても気温が下がらず、どちらかというと暑い夜になっている。

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サッカー・世界クラブ杯 サンパウロFC その24 アルツオーリ監督も、シシーニョも

世界クラブ杯で優勝したばかりのサンパウロFC。

日本で優勝したのは18日、サンパウロで凱旋パレードをやったのは20日

もう、色々な動きが出て来た。

①アルツオーリ監督

アルツオーリ監督が、日本に鹿島アントラーズの監督になる。
彼は、今年の初めはペルーの代表監督であった。
当時のサンパウロFCの監督であったレオンが、突然「困っている友人がいるので助けなければならない」と言って、神戸に行ってしまったので、その後にサンパウロFCの監督になった

昨日の木曜日までは、サンパウロFCの社長のマルセロ・ポルツガル・ゴウヴェアMarcelo Portugal Gouvêaに、もう一年といっていたのだが、嘘で、さようならを言った。

「自分が出て行くという提案があることを否定していない」と、リオ・デ・ジャネイロで開催された監督組合のイヴェントで言った。
「考える」

「今は、サンパウロFCにいる。 いつも自分のキャリアーに投資しているし、提示の条件と仕事の条件による。
金額についてはよく考えたことはない」と、アウツオリ監督は日本行きの可能性について述べた。
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「アモローゾを保持するために出来ることは全てやると約束する」と、サンパウロFCの役員のマルシオ・アウレリオ・クンニャMarco Aurélio Cunhaは言った。
お金だけが交渉ではないことを期待すると言った。

役員は、2006年のサンパウロFCが最優先するのは、ブラジル選手権といった。
サンパウロFCは1991年から優勝していない。

「リベルタドーレスは、前半の目標でもある、しかしブラジル選手権は長いし、優先である。」

②シシーニョは、レアル・マドリへ

レアル・マドリは、この金曜日に公式に契約のオプション権を行使すると発表し、シシーニョは12月29日にマドリに現れると言った。
契約期間は、5年間である。

今年の8月に、シシーニョはレアルマドリと交渉しており、すでに8百万ドルがサンパウロFCとシシーニョに支払われていた
今回更に、レアルマドリは360万ドルを移籍のために支払う必要がある。

シシーニョは、レアルマドリのユニフォームを着ることになり、サンパウロFCに貸し出されて、引き続きプレイするという可能性は消えた。

シシーニョは、今年のコンフェデレーション杯において優勝したブラジル代表で、サンパウロ州選手権更にリベルタドーレス杯南米選手権そして、世界クラブ杯のタイトルも得た。
サンパウロ州の内陸部で家族と休暇を過ごしており、マドリには1月の初めと期待していた。

シシーニョの移籍によって、サンパウロFCは右のSBを探さなくてはならない。
サンパウロFCの副社長のジュヴェナウ・ジュヴェンシオは、「アンデルソンを是非ともと考えていたのだが、今はそうでもない。サン・カエターノが彼のために多額の金を要求するからだ」と言った。

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サッカー:ロマリオは2006年が最後の年

ロマリオは、12月23日の金曜日、リオ・デ・ジャネイロのゴヴェルナドール島Ilha do Governadorのイヤッチ・クルビ・ジャルヂン・グアナバラIate Clube Jardim Guanabaraで、チャリティー試合に参加し、2006年で辞めると打ち明けた。
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ロマリオによると、普通にリオ・デ・ジャネイロの人間になるという。

「28年の現役を辞めることになる。 しかし、これを言ったのは11だ。 本当に自分の最後のシーズンになると思う。」とロマリオは言った。

もう一度、2005年についてコメントした。

「歴史に残る素晴らしい年だった。 自分にキャリアーにはとても良かった」と、ロマリオは言った。

ゴヴェルナドール島で、試合に参加するほかに、ロマリオは得点王になったことを称えられた。

「このようなイヴェントは、年末だけではなく、いつもやるべきだ」といった。

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サッカー:ジーコはブラジルのアイドル その2 君が代

ブラジル国内では、もうサッカーのシーズンは12月4日にブラジル選手権でコリンチャンスが優勝したことでほとんど終わっている。

監督や選手の交代や移籍の話題くらいが、散発的にでている。

だから、試合の報道はない。
ブラジル選手が活躍する欧州の試合の報道が、ちょっと時間を長くして詳しく報道される。

また、ブラジルではあまり済んだことは言わないので、2005年を振り返るなんていう番組はあまりない。
むしろ、2006年がとても大事である。
いうまでもなくワールドカップの年だからだ。

そして、そのワールドカップには5人のブラジル人が代表監督として参加する

ブラジル、ポルトガル、コスタリカ、そして日本。
そして、先週さらにサウジアラビアの代表監督も、ブラジル人になった。
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そのサウジアラビアを除く4人の監督が、来年そうそうに放送される番組の収録のために,12月19日に顔を揃えた。(サウジアラビアの監督は、電話で参加した。)
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1次リーグで当たるブラジルと日本などという組合せもあるのだが、基本的には他のチームの情報の交換などは頻繁に行われているようだ。

そして、もちろんブラジル代表の問題点なども忌憚なく指摘している。

ワールドカップで優勝という実績のあるカルロス・アルベルト・パヘイラ現監督とルイス・スコラーリ・フィッリピ前監督はやや発言力があるようだが、選手としての実績絶大のジーコもやはり発言力がある。
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それぞれの監督はブラジル人なので、ブラジルの国歌はもちろん歌うことが出来るが、それぞれの国の国歌は歌えるかという話になった。
3人とも歌えると言って、歌った。

ジーコ監督の「君が代」だ。
「20051220Jico.wmv」をダウンロード
微妙。

同じポルトガル語のポルトガルや、近いスペイン語のコスタリカなどから見ると、日本語にはハンディーを上げないとかわいそうだ。
おまけに、雅楽の音階だし。

だけど、考えてみたら、ジーコ監督はもう15年ほど日本と関わっているのだが。
それに「君が代」はとても短いのだが。
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以前、別の番組で、日本に帰化したサントスに、「まだブラジル国歌を歌えるか」と訊いているのがあった。
途中で歌えなくなった。

ブラジル国歌は、とても長い国歌である

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quinta-feira, 22 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロのナタウ その4

12月22日、サンパウロでは人々の挨拶が変わってきた。

「フェリス・ナタウFeliz Natal(=メリー・クリスマス)」というのを聞くようになってきた。

ナタウまでに、もう会わないだろう人たちに使い始めている。
今年は、24日が土曜日なので、通常の企業であれば23日の金曜日が最終日になる。

もう仕事はあまり行われていないのではないかと思う。
パウリスタ大通りでも、昼休みを過ぎているのに、ゆっくりとしている人たちが多い。

ビジネス街のパウリスタ大通りでも、買い物をするところはどこも混んでいる。
プレゼントを買って持ち歩いている人たちも多い。

パウリスタ大通りに面したこの銀行は、今年は外を飾り付けるだけではなく、中の広いロビーまでも飾り付けてしまった。
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森のようになっている。
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中にはいるためには、長い列が出来ていた。
無料である。
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サッカー:カカの結婚式は取材拒否

12月23日金曜日は、サッカー・ブラジル代表のカカの結婚式の日である。

サンパウロ市の中心部のカンブシCambuci.にあるキリスト再生教会Igreja Renascer em Cristoで、19時から行われるカカの結婚式のパーティーを行う組織は、セレモニーを非公開とすることを決めた。

多くのマスコミやファンがやってきて混乱が起きることによって、2人のプライバシーが失われることをさけるためである。
カカと花嫁カロリーニ・セリコ18歳の写真は、カカの事務所の方から提供される。

最初は、教会にマスコミを入れることを許可することになっていた、しかしあまりの関心に組織は制限をすることにした。

「例外なく公開にはしない。」と、カカの広報担当者ヂオゴ・コツスショDiogo Kotschoは言った。

また、ブラジル代表やミランの選手などの招待者も写真や動画を撮ることが出来る携帯電話などの持ち込みを禁止される。
セレモニーのあと、ナソンエス・ウニーダス大通りNações Unidasにあるハイヤット・ホテルhotel Hyattの受付も閉鎖される。

プレゼントのリストは、ダズル・カーザDaslu Casaにある。

新婚旅行の場所は海外にある。 七つの鍵に隠されている。

パーティーの詳細も、秘密になっている。
このパーティーを請け負った会社は、先日アルヴァロ・アフォンソ・ヂ・ミランダ・ネットÁlvaro Afonso de Miranda Neto(馬術競技の金メダリスト)とアチナ・オナシスAtina Onassis(オナシスの孫娘)の結婚パーティーを行ったところと同じである。

「パーティーはシックに、シンプルになる」と、この会社のオーナーのカルラ・ネルリKarla Negriは言った。

カカと、カロリーニ・セリコ(ブラジルのヂオールDiorの経営者ロザンジェラ・リラRosângela Lyraの娘)は、結婚するこの教会で知り合った。

教会の収容人数は、3000人。
結婚は、この教会の創設者エステヴァン・ヘルナンデスEstevam Hernandesとソニア・ヘルナンデスSônia Hernandesによって行われる。

カカは、昨日ミラノで試合をしたあと、今日サンパウロに到着した。


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サッカー・ブラジル人選手続々帰国

ナタウNatal(=クリスマス)を前に、欧州で活躍しているブラジル人選手が続々帰国している。

①ロナウヂーニョ・ガウーショ

2005年FIFA最優秀選手に選ばれたロナウヂーニョ・ガウーショが、今日(12月22日)の朝早くポルト・アレグレPorto Alegreのサウガード・フィーリョ国際空港Aeroporto Internacional Salgado Filhoに着いた。
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ロナウヂーニョ・ガウーショは、年末を家族や友人達と過ごす。
彼は、また息子を訪問したいとも言った。

「やっと家にいることが出来るようなる。息子を見て、好きな人たちとお祝いをしたい。」と、ロナウヂーニョ・ガウーショは言った。
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ロナウヂーニョ・ガウーショは、今日21時からカノアス市Canoasのウルブラ・スポーツ・コンプレックスComplexo Esportivo da Ulbraで行われる親善試合に参加する可能性が少しある。


ロベルト・カルロスロビーニョ
レアル・マドリで同僚であるロベルト・カルロスロビーニョも休暇を過ごすために今日の早朝に帰国した。

2人は、12月26日月曜日16時にチャリティーの試合を、サンパウロのパカエンブー競技場で行う。

それぞれが、チームを作り、ロベルト・カルロスの友達Amigos de Roberto Carlos 対ロビーニョの友達Amigos de Robinhoの試合となる。

休暇中は、レアル・マドリでの悪いことは忘れるようにつとめる。
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やはり、ロナウドの帰国が楽しみだ。
また、話題を作ってくれるに違いない。

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ブラジル・サンパウロは「夏」 その2 晴れのち曇り、ところによっては雷雨

12月22日の、ブラジル・サンパウロの中心部は午前中そして、15時頃までは晴れていた。
気温は、30度を超えた。

暑くなって、汗がでるのもたまには気持ちがよいものだ。

サンパウロの目抜き通りのパウリスタ大通りも、年末の催しの準備が進められている。
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だが、15時半にもなると、また雲があっという間に出て来た。
そして、雷が鳴り出し、16時頃から1時間ほど雨が降った。
それほど激しい雨ではなかった。

だが、気温はあっという間に下がった。
19時現在で、22度である。

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サッカー:マラドーナがリオ・デ・ジャネイロの空港でお騒がせ

マラドーナが、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロのトム・ジョビン空港で、連邦警察に身柄を一時拘束された。

あるぜんちんのヂエゴ・マラドーナが、今日12月22日の朝、リオ・デ・ジャネイロのアントニオ・カルロス・トム・ジョビン空港において、ブエノスアイレスに向かって出発するところを、連邦警察によって身柄を拘束された。

警察によると、マラドーナは空港の連邦職員に対して無礼な態度を取って、空港内で混乱を起こし、飛行機に乗れなかった。

発表された空港内のマラドーナの映像。
「20051222Maradona.wmv」をダウンロード

マラドーナは、アルコールもしくは麻薬の影響下にないのかの検査を受けた。

まもなく、拘束は解かれ、ブエノスアイレスに出発した。
ただし、空港の備品などの損害は、弁償しなければならない。

マラドーナは、火曜日の夜からリオ・デ・ジャネイロに来て、昨夜はジーコ主催のチャリティーのサッカーの試合に出場した。

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マラドーナが動くといつも騒ぎが起こる。

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サッカー:ロマリオは少なくとも2006年の前半はプレイする

少なくとも2006年の前半は、ロマリオはプレイすると保証した。
2005年のブラジル選手権で得点王になったロマリオは、ヴァスコ・ダ・ガマの選手として2006年のリオ・デ・ジャネイロ州選手権を戦い、通算1000ゴールを目指す。
2006年の後半までやるかどうかは、ヴァスコ・ダ・ガマがブラジル選手権のためにロマリオを保持するかどうかにかかっている。

(リオ・デ・ジャネイロのレメ海岸でビーチサッカーをやっているロマリオ。 真ん中の人は、ヴァスコ・ダ・ガマの監督だが、ロマリオの方が偉そうだ。)
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「自分の計算では、1000ゴールには51ゴール足りない。 自分の39歳という年齢では、どんどんゴールを決めるのは難しい。 2006年の後半も試合をするかどうかはわからない。 ヴァスコ・ダ・ガマがブラジル選手権でどうするかにかかっている。 4人の強化が必要だ。」と、ロマリオは言った。
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ロマリオは、ボタフォゴのラモンとフルミネンシのレアンドロのをヴァスコ・ダ・ガマに来るとは名前をださなかったが、2人の選手を賞賛した。

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51ゴールというと、あと1年間はみっちりプレイする必要があるだろう。
渋いシュートを見せて欲しいものだ。

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quarta-feira, 21 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロのナタル その3

ブラジル・サンパウロも、12月21日もなると、すっかり押し詰まった雰囲気だ。

ナタウNatal(=クリスマス)の準備の最後の段階に来ている。

まだ、プレゼントを買っていない人はショッピングセンターに行って、今頃買おうとしている。
お目当てのものが、売り切れてしまって、在庫がないこともあるのだが。

クリスマスの晩餐は特別なもの。
そのための食材も一気に出て来ている。

クリスマスカードを今頃出す人で、郵便局はごった返していた。

すでに学校は休みだ。
子供も町にあふれている。

さて、今年もサンパウロのイビラプエラ公園の脇に、巨大なクリスマスツリーがたった。
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昨年のものとはそう変わらない
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夜は光がキラキラするのだが、その時間には行ったことがない。
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今年は、公園の池の向こうの木々もライティングされた。
更に綺麗になったようだ。

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ブラジルのサッカー雑誌PLACAR その16 フライング

ブラジルで、唯一のサッカー雑誌といってもよいPLACAR

月刊誌で、いつもは、毎月1日に発売される。

でも、1月1日に発売されるはずの号が、ナタウ(=クリスマス)ということもあってか、この月曜日12月19日にはもう市中のバンカ(=新聞・雑誌売り場)に並んでいた。
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この号は、①2005年のサッカーを振り返ってという特集があったり、②2006年のワールドカップのグループごとの展望の特集があったり、さらに③来月末に40歳になるロマリオの特集があったりと、大充実の内容になっている。

それはよいのだが、気になったことがある。

2005年のFIFA最優秀選手が、ロナウヂーニョ・ガウーショとなっていることである。
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結果的にはロナウヂーニョ・ガウーショでまちがっていないのだが、選出されたのはブラジル時間の12月19日の17時である。
すでに、この雑誌は市中で発売されていた。

ほぼ、ロナウヂーニョ・ガウーショに決まっていたも同然だったとはいえ、万が一のことだってある。
ちょっとしたフライングである。

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サッカー:ジーコはブラジルのアイドル

ジーコは、今もブラジルのアイドルだ。

12月11日にドイツのライプニッツで行われたワールドカップの組合せ抽選会に出席したあとに、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに戻ってきたジーコ。

このところジーコの顔がない日はないくらいテレビに出て来ている。

もちろん、ワールドカップに出場する5人のブラジル人監督の1人ということでの話題もある。

でもそれ以外にも、話題はいっぱいだ。
①ロナウヂーニョ・ガウーショの2005年FIFA最優秀選手についてコメントを求められた。
②12月21日に行われるジーコが主催する親善試合に、マラドーナが参加すること。

ジーコは、サッカー人生のほとんどをフラメンゴで過ごしていて、今もフラメンゴのアイドルである。
そのジーコは、フラメンゴの社長になって、フラメンゴを昔のように勝利するチームにするために、心から助けたいという希望を述べている。

しかし、クラブがとてつもない借金を抱えていることもあって、そういう機会はなかなかやってこない。

「ある日そういうことになったら、それは自然なこと。 フラメンゴに尽くす準備をしなければならないが、真剣に計画を実行しなければならない。
残念ながら、今は難しい。 クラブにはいるためには、ゼロの状態からである。 すべての借金を支払う金を揃えることは出来ない。」とジーコはいい、ちょっとだけフラメンゴのファンに期待を持たせた。

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ブラジル・サンパウロは「夏」 その1 今日から「夏」

ブラジル・サンパウロは、今日12月21日13時35分から夏になった。

ブラジル・サンパウロでは、春分・夏至・秋分・冬至を季節の区切りとしている。
でも、もちろん日本のように明確な四季になっているわけではない。

今日は、日本では冬至かもしれないが、こちらは南半球だから逆だ。

南回帰線がサンパウロ市の北部を通過しているので、今日は太陽が真上に来る日ということになる。

そして、明日からはまた太陽は北に向かって傾きを増し始めて、昼間の時間が短くなってくることになる。

ところで、サンパウロは昨夜も22時過ぎから雷雨だった。
結構降ったように思えていたのだが、朝起きてたまった水を見てみると数ミリ程度だった。

夏の第1日目も、朝は10時頃までは薄く雲がかかっていて、気温も20度程度と涼しかった。
雲の切れ間から、太陽が顔を出す11時過ぎからは気温は急上昇するのだが、今日はそれでも、25度くらいまでしかならなかったようだ。
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15時にはまた雲で空は覆われて、15時半から短いが激しい雷雨があった。
雨が止んでも、雲は去らず。
また、気温が下がってしまった。

これが、サンパウロの夏の第1日目である。

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terça-feira, 20 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その56 MUBE18

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
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12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、すべての「牛」は売却された。
そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・コリンチャンス ファヴィオ・コスタへ新たな条件提示

12月20日火曜日の午後一番に、コリンチャンスの役員は、次のシーズンもファヴィオ・コスタを確保するために最後の試みを行った。
MSIのスポーツ部門の取締役パウロ・アンジオーニPaulo Angioniは、ファヴィオ・コスタの代理人のグスタボ・アモリンと契約の話をした。

「今は待っているところである。 グスタボ・アモリンに提示をしたし、2年契約の可能性も与えた。」と、パウロ・アンジオーニは言った。

契約期間は、ファヴィオとの契約を更新する上での一つの商店である。
コリンチャンスは、1年契約を望んでいたが、ファヴィオ・コスタは2年契約に固執していた。

あらたな提案にもかかわらず、コリンチャンスの役員はファヴィオ・コスタがサントスに移籍するのを取り消さないだろうと考えている。
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サントスの弁護士は,「契約はまとまっている。 12月31日にファヴィオ・コスタとコリンチャンスの契約が終了するのを待つだけである」と言っている。

ファヴィオ・コスタは、サルヴァドールで休暇を過ごしている。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その23 凱旋したサンパウロFC選手の半日

12月8日に行われた世界クラブ選手権の決勝戦で勝利し、優勝したサンパウロFCの一行は、12月20日の朝6時25分に、サンパウロのグァリューリョス国際空港に到着した。

ここから、本拠地モルンビー競技場までの長い旅が始まった。

トレーラーの上に乗って、沿道のファンの歓声に囲まれて、ゆっくりと進む。

サンパウロ市の歴史的中心部のセントロにある、サンパウロ市長庁舎を訪れて、市長のジョゼ・セッハの歓迎を受ける。
ちなみに、ジョゼ・セッハ市長はサンパウロFCのファンではなく、パルメイラスのファンである。
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そして、サンパウロ州知事アルケミンも訪問。
アルケミンは、サントスのファンのようだ。
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本拠地モルンビー競技場には、予定より5時間遅れて到着した。

(ニュース映像より)
「20051220SaoPauloFC.wmv」をダウンロード
「20051220SapPauloFC2.wmv」をダウンロード

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ブラジル・サンパウロの天気の変化 その7 春の終わり

ブラジル・サンパウロは、昨日12月19日は、雲が多かった。
それで、気温は上がり、12時頃までには30度近くになっていた。
でも、15時頃は、ちょっと雨がちらついたりした。
それでも、夕方になっても、雲は厚くならず、豪雨にはならなかった。

今日は、また午前中は多少雲があったとはいえ晴れていた。
今日も気温は上がった。
でも今日は14時頃からは雲がまた全天を覆った。
2度ほど、雨がちらついたが、5-10分で止んだ。

20時を過ぎて、気温がぐんと下がった。
20度を割りそうだ。

また、寒波がやってくるのだという。

サンパウロは、今日までが「春」である。

明日12月21日からは、「夏」である。
雨が降ると予想されている。
もうしとしととした雨ではないと思うが。

22時を過ぎて、雷が鳴り始めた。
雨が近いようだ。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その22 サンパウロFC、サンパウロ到着後のパレード

12月18日に行われた世界クラブ選手権の決勝戦で勝利し、優勝したサンパウロFCの一行が、12月20日6時30分にサンパウロのグァリューリョス国際空港に到着した。
ルフトハンザ航空を利用して、フランクフルト経由で、34時間かかった。

空港には、到着2時間前から、サンパウロFCのファンが集まってきた。
あまりに集まりすぎたので、空港外に場所を変えた。
1万人が集まったそうだ。
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選手達は、巨大なトレーラーの上に乗っている。
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サンパウロ市長庁舎を訪問した。

そして、12時30分現在、まだサンパウロ市の歴史的中心部のセントロをパレードしている。
もの凄い数のファンに囲まれて、パレードの進行は遅れている。
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本拠地のモルンビー競技場のすぐ近くにあるサンパウロ州知事官邸も訪問予定である。

更に多くのファンが待ちかまえているモルンビー競技場に到着するのは、何時になることか。
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ブラジルの密輸王の妻の逮捕

ブラジルのテレビのニュースで、いつも「ブラジル最大の密輸王」という称号で呼ばれるのがラオ・キン・ションLaw Kin Chongという男である。
中国から帰化したブラジル人である。
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昨年2004年の6月に逮捕されて、今も拘留中である。
ブラジルでは、例外的に長い拘留である。
彼を釈放させようとした韓国系の弁護士が、警察の中で便宜を図って貰うために賄賂としての「現金」を出しているところをビデオに撮られて、その場で現行犯で逮捕されたということもあった。

そのラオ・キン・ションの妻ミリアン・ラオが、12月16日土曜日の朝に、サンパウロ州の内陸部にあるバウルという都市で連邦警察に逮捕されて、サンパウロに護送された。
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この逮捕は、彼女の夫が収監されているInstituto Penal Agrícolaを訪問するため、バウルの中心にある宿泊していたホテルでてきたところで行われた。
彼女は、子供の1人と運転手を連れていた。

彼女の容疑は、密輸、資金洗浄、外貨流出、偽化粧品販売である。
夫の逮捕後に、それを引き継いで行っていた。

警察によると、捜査は2004年の11月にラオ・キン・ションの秘密倉庫で1億レアル(約55億円)相当の商品を発見したあとから始まっていた。
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ミリアンは、彼女のノートを外に捨てようとしたが、警察に発見されたということである。

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どうも警察や税務当局は、徹底的に中国系の密輸組織を壊滅に追い込むつもりのようだ。

小売りの現場も、パウリスタ大通りにあったのもアウグスタ大通りにあったのもセントロにあったのも、次々と摘発されて、閉鎖に追い込まれてしまった。

輸送に介在していた一団も摘発されている。

そして、組織の元締めであった彼女のも逮捕された。

そのうち中国系の誰かがまた組織を再建するのだろうが、それまでは「安く」ものを買うことは諦めなくてはならないようだ。

それにしても、中国人は大規模になりすぎたようだ。
顧客がいることの証左ではあるが。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その21 サンパウロFCの祝賀パーティーは、記者を閉め出した。

12月18日に世界クラブ選手権に勝利したあとに、サンパウロFCの選手達はホテルに戻り、そこでサロンに集まって祝賀式を行った。

選手達は、夕食をとり、世界チャンピオンのタイトル取得を祝った。
サンパウロFCの社長マルセロ・ポルツガル・ゴウヴェアMarcelo Portugal Gouvêaが入り口に立って、記者が入れないようにした。
この選手権の間に、サンパウロの選手達の間に機器があるとつたえたエピソードが、チームを傷つけたからである。

「今、危機を解決しているところだ」と、社長のゴウヴェアは皮肉を言った。
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だから、この様子を伝える映像はない。

マスコミに抗議して、サンパウロFCの選手達は初戦のあとにも、義務となっている記者会見に応じただけで、一般の選手は一日取材拒否をしていた。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その20 熱狂がない日本

世界クラブ選手権は、12月18日にサンパウロFCの優勝で終了した。

ブラジルの新聞が伝えていることなのだが、日本では熱狂がなかったといっている。

世界クラブ選手権は日本では道で、表示を見ることが出来なかった。
一つの理由は、日本のチームが参加していなかったことである。

もしサンパウロであれば、サンパウロの3色旗を立てた救急車やファンの動きを見ることが出来たとあろうが、日本人の気を引いたのはわずかな試合だけであった。
スタジアムにも定員の半分くらいしか入っていなかった試合の観客くらいだけであった。

試合が行われた東京、横浜、トヨタにおいても、わずかな人が世界クラブ選手権を語るくらいであった。
現地の新聞もほとんど試合に触れることはなく、地下鉄や電車の駅に幾ばくかのポスターがあるくらいであった。

次回には、FIFA把手催告のチームを招請することを検討している。
2000年にブラジルで開催されたFIFAの主催した第1回世界クラブ選手権の時に、コリンチャンスが参加してときのようにである。
そうすると、現地の人も活気づくことになる。

サンパウロFCの副社長ジュヴェナウ・ジュヴェンシオJuvenal Juvêncioによると、サンパウロはFIFAの考えに賛成したということである。

「ブラジルで開催されて、ブラジルのチームが参加しないことを考えてみろよ。 誰が、アフリカ対アジアの試合を見に行くんだい」と役員は言った。
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実際、どのくらい人が入ったのかは知らない。

だが、元々トヨタカップが日本で開催されるに至ったのは、欧州なり南米なりで開催すると、観客がオーバーヒートして危険であるから、1980年からサッカー後進国のお金持ちの日本で常に開催するようになったはずである。

日本で開催されるようになって最初の何年かは、ほぼまんいんとはいえ、まだ国立競技場には一部に空席もあったように思う。
チケットも、色々なルートを使わずとも、割と簡単に手に入った。

でも、この10数年は、かなり困難であった。
(直前に、ルートを使うといい席があったが。)

今回の全ての試合が満員ではなかったかもしれないが、日本くらい観客が入る国が他にはないだろうということも、事実ではないだろうか。

サンパウロFCの6万人以上ははいる本拠地モルンビー競技場でも、優勝に全く絡まなかったこの2005年のブラジル選手権の試合では、わずか3000人ということもあったのである。
ブラジルのファンは、ブラジル代表の試合は別にして、贔屓のクラブを持っている。
サンパウロFCのファンは、間違ってもおなじサンパウロのクラブだからといって、コリンチャンスやパルメイラスを応援するようなことはない。

昨日でも、サンパウロFCに負けて欲しいと思ったブラジル人は、いっぱいいたのである。

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segunda-feira, 19 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その55 MUBE17

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その19 機内でのサンパウロFCの選手達

12月18日に横浜国際競技場で行われた世界クラブ選手権の決勝戦で勝利し、優勝したサンパウロFCの一行は、早くもその翌日には成田から帰国の途に着いた。

ルフトハンザ航空を使用して、フランクフルト経由でサンパウロに到着するのは、12月20日の早朝。

機内での様子の映像が報じられた。

ビジネスクラスのようだ。
ジュニーニョ、シシーニョ、ジョズエが横並びである。
仲良しなのだろうか。
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(ジュニーニョ)
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(シシーニョ)
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(アモローゾ)
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ブラジルのサッカー雑誌PLACAR その15 早くも別冊発売

世界クラブ選手権で、サンパウロFCが優勝した翌日(12月19日)の今日、ブラジルで唯一といっても良いサッカー雑誌のPLACARも、サンパウロFC優勝の別冊号を発売した。

62ページのこの雑誌には、1992年や1993年の優勝時の写真も使われているが、ほとんどが今回サンパウロFCが戦った2つの試合で撮影された写真である。

ポスターもそうだが、雑誌を、優勝の翌日に発行出来るとは驚きである。
技術の進歩というのはすごいものである。
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当然この雑誌は、保存版である。

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サッカー・2006年FIFA最優秀選手に今年もロナウヂーニョ・ガウショが選出

FIFAが選出する2006年の最優秀選手が、今日(12月19日)ブラジル時間17時から表彰式おこなわれて、昨年に続いて今年もブラジル代表のロナウヂーニョ・ガウショが選出された。

それも、956ポイントを獲得して、2位の英国のフランク・ランパードをなんと630ポイントも引き離している。
3位は、サムエル・エトの190ポイント。

アドリアーノは5位で176ポイント。
カカは8位で101ポイント。
ベスト10に入ったブラジル代表選手は上記の3人である。

(20時のGLOBO局のニュース映像である)
「20051219Ronaldinho.wmv」をダウンロード

幼い時からすでに比類無き才能を表していたようだ。
表情は今も変わらない。
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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その18 早くもポスター発売

サッカー・世界クラブ選手権で、サンパウロFCが優勝したのは、12月18日つまり昨日である。

であるのにもかかわらず、サンパウロ市内では早くも「ポスター雑誌」が発売されていた。
それも少なくとも、3種類が新聞・雑誌売り場で並んでいた。

上質紙で、新聞の見開き大つまりA0番くらいの大きさである。
最後の試合のキックオフ前に撮影された選手の集合写真が、その見開きに掲載されている。

2種類だけ購入してみた。
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保存版である。

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その54 MUBE16

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。

この「牛」に付けられたタイトルは、「カウピリーニャ」。
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domingo, 18 de dezembro de 2005

サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その17 決勝点を上げたミネイロは語る

タイトルを決めたゴールを上げた当事者の、ミネイロはファンのエネルギーに感謝した。

世界クラブ選手権のタイトルを獲得したサンパウロFCで、リバプールに1対0とした勝利のゴールを決めた当事者であるミネイロは、ブラジルで試合を見ていてくれるファンの重要性について思いをおこした。

「大体はブラジルにいて、自分たちのチームを信じてくれていた、そのファンのエネルギーに感謝する。これはとても重要なことだ。 今こそ祝福の時である」とミネイロは、横浜国際競技場の芝生の上で語った。

この優勝により、サンパウロは世界クラブ杯での3回優勝のグループ入りした。
その他のメンバーは次の通り。
ペニャロールPeñarol (URU),
ナシオナルNacional (URU),
ボカ・ジュニオールBoca Juniors (ARG),
ミランMilan (ITA),
レアル・マドリReal Madrid (ESP).

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サッカー・コリンチャンス ファヴィオ・コスタはサントスへ

サッカー・ブラジル選手権で優勝したコリンチャンスのキーパーであったファヴィオ・コスタの移籍の件。

サントスは、ファヴィオ・コスタの契約を受け入れた。

素早い動きで、コリンチャンスを上回るよりよい条件提示をして、サントスの役員は実務的にファヴィオ・コスタとの契約を受け入れた。

ファヴィオ・コスタは、2年前にサントスを出てコリンチャンスに行ったのだが、またサントスに戻ることになる。
(サントス時代のファヴィオ・コスタ)
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公式に、サントスの役員とファヴィオ・コスタの代理人のグスタヴォ・アモリンGustavo Amorimは、合意に近いことをみとめている。
しかし、サントスの有力筋は契約に達したことを認めており、足りないのは署名だけといっている。

これにもかかわらず、コリンチャンスのパートナーのMSIはまだファヴィオ・コスタをコリンチャンスに引き留めるために契約の更新の会議をするといっている。
この会議は、明日(12月19日)の予定である。

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サントスの現在のキーパーは、あまりに若い。
落ち着いた判断が出来るキーパーが欲しいのは間違いない。

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サッカー・ワールドカップ ブラジル代表 その6 ドイツでの宿舎決定2

2006年サッカー・ワールドカップで、ブラジル代表が、6月18日から24日まで滞在するホテルが発表された。
カステロ・レルバッハ・ホテルCastelo Lerbach Hotelで、コンフェデレーション杯においてブラジル代表が使用したホテルである。

このホテルは、ケルンとレヴェルキューセンLeverkusenに近いベルギッヒ・グラデバシェヂBergisch Gladebachdにある。
ブラジルが、1次リーグを一位で通過した時のために、一応6月28日まで予約はしている。

ブラジルが1次リーグを2位で通過する可能性もあるので、その時のためのホテルはカイゼルラウテルンKaiserslauternの近くのホテルを考えている。

ベルギッシュ・グラドバッハBergisch Gladbachにあるシュロスホテル・レルバッハSchlosshotel Lerbachは、古い大きな家が主である。
公園のようでもあり、所有している池に面している。

快適な部屋があり、レストランはミシェランのガイドで3つ星を与えられたドイツに3軒あるなかの一つである。

2006年ワールドカップにおいて、ブラジル代表は、スイスのウェジッスWeggisで合宿を始める
それから、フランクフルトFrankfurtから20分のところにあるクニングシュタインKönigsteinのケンピンスキー・ホテル・ファルケンシュタインKempinski Hotel Falkensteinに、クロアチアとの初戦の9日前の6月4日から宿泊する。

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ブラジル・サンパウロの天気の変化 その6

12月18日のブラジル・サンパウロ。

昨夜は、22時頃から強い雨が降っていた。
この雨のためなのだろうが、朝6時40分くらいから2時間近く停電していた。
このために、コピー中のDVDが失敗に終わり、DVDを一枚無駄にした。
最近の警察の手入れのために、DVDが貴重になった今、一枚でも無駄にはしたくなかったのだが。

朝もその雨が残り、結局雨が止んだのは、15時過ぎであった。
朝の、世界クラブ選手権でのサンパウロFCの優勝により、あちこちで花火が上がったり、クラクションを鳴らしながら走る車があったりして、何となく騒々しかった。
それも16時過ぎにはおさまった。

一時的には、太陽が顔を出したりしたのだが、気温は24-25度くらいまでしか上がらなかった。
そして、19時には再び黒い雲が空を覆った。
20時からは、また強い雨。
雷も鳴っている。
気温は、18度と涼しくなった。

停電にならなければいいのだが。

確実に夏がやってきているようだ。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その16 決勝戦

12月18日(日曜日)8時20分から、サッカー・世界クラブ選手権の決勝戦が始まった。

実は、昨夜22時頃からの雷雨のせいだと思うのだが、停電していた。
電気が通ったのは、8時30分である。

昨夜の雨はとても激しかった。
まだ、少し残っているくらいだ。

GLOBO局の中継では、ガルボン・ブエノ氏がいつものようにしゃべりまくっている。
(サンパウロFCの先発選手)
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(リバプールの先発選手)
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サンパウロFCは、身長差をとても気にしている。
また、前の試合で目立ったミスを減らすことを徹底している。

ちょっと見ていると、守備を固めているようである。

ブラジルの応援そのものの「音」が聞こえてくる。
今は、日本にはブラジル人に多いから、ちゃんと出来る人が多いようだ。
サンパウロの応援歌もマイクに入ってくる。

しかし、画面ではスタンドには「真っ赤な」色が多いように思う。
いつもそうだ。
トヨタカップの時代でも、いつも南米を応援する人よりも、欧州を応援する人が多かった。
「鳴り物」を持っているので音はいつも大きいのだが、ゴールが入ったときの歓声はいつも欧州サイドが多かった。
日本人は、どういうわけか「欧州」なんだ。
でも、赤い色はサンパウロFCの色でもある。

27分のミネイロのゴール。
サンパウロFCが先取点を上げた。
花火がちょっとだけ上がった。

段々、身体がほぐれてきたようだ。

でも、やはり体格差があるので、よくはね飛ばされている。

マークはしっかりやって、出来るだけ早くつぶすようにしている。
球をとると、早いパス回しで、相手を翻弄するようにしている。
相当に、体格差対策を考えたようだ。

前半終了で、また花火が上がった。

サンパウロでは、何カ所がサンパウロのファンが集まっているところがある。

一つは、東部のあるエスコーラヂ・サンバの本部。
そして北部の広場。 ここは、ブラジル選手権での優勝がかかったときにコリンチャンスのファンが集まったところと同じところである。

後半開始。

サンパウロFCのオフサイド・トラップが面白いように決まっている。
それだけ、相手が焦っていることだろう。

しかし、サンパウロFCはコーナーキックが0。

43分にもゴールと思いきや、再びオフサイド。

45分、ロスタイム3分。

ミネイロが小さいのに頑張っている。

46分、花火が上がってきた。

48分、試合終了。
     1対0で、サンパウロFCの勝利。

花火が上がりまくってきた。
もっとも、サンパウロFCのファンだけだろうが。

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それにしても、ブラジル選手権ではまったく今ひとつだったサンパウロFC。

早々と日本に行って、時差と寒さを克服しようとしていた。

今日の試合は、よく考えた試合をしていた。
そして、その通りに出来た試合だ。
選手の個人個人の技術が高い証拠であろう。

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sábado, 17 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その53 MUBE15

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
子供たちは、みんな背中に乗っていた。
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ペレの息子が釈放された

エヂソン・ショウビ・ド・ナシメントEdson Cholbi do Nascimento, 通称エヂーニョEdinho, 35歳、ペレの息子が、ヴァーレ・ド・パラナイバVale do Paraíbaにあるトレメンベ第2刑務所Penitenciária 2 de Tremembéをあとにした。
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今年の6月に逮捕されて、最高裁判所長官Supremo Tribunal Federalのセザール・ペルーゾCésar Peluzoの仮処分決定により今日18時に釈放されて自宅のあるサントスに戻った。

サンパウロ州の海岸地区での麻薬の取引に関わったとして起訴されていたエヂーニョの釈放の申請は、何度も行われてきたが今まで全て却下されていた。

エヂーニョは、この麻薬取引の元締めとされるロナウド・ドァルチ・バルソッチ・デ・フレイタスRonaldo Duarte Barsotti de Freitas、通称ナルヂーニョとNaldinhoの電話による会話を警察により盗聴されている。

エヂーニョは、麻薬取引の資金洗浄の責任者とされている。
しかし、エヂーニョは、マリファナの使用は認めたが、取引への関与はずっと否定している。

エヂーニョの母親、つまりペレの元妻も、拘置所を訪問していた。
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ブラジルでは、ナタウNatal(=クリスマス)が近づくと、こういう事が起きる。
家族で過ごさせてやろうという発想である。

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ブラジル・サンパウロの「店舗の閉鎖」 その3

ブラジル・サンパウロには、どう考えても「価格が安すぎる店」が集まったビルがあった。
主にコンピューター周辺機器や部品を販売していた店である。
それらの店は、中国人や韓国人が経営しているものが多かった。
「密輸」してきたものを犯罪していると言われていた店である。

それらのビルが次々に、警察と税務署の手入れを受けて、閉鎖になっている。

最初に、サンパウロの目抜き通りのパウリスタ大通りにあった"Stand Center"というのが、閉鎖になった
そして、12月13日には"Stand Center"からそう遠くないところで同様の営業をしていた"Promo Center"というのが、強制捜査になり、閉鎖になった

こういった店を利用していたので、困ったことになった。
でもこういった店は、まだまだ他にもあるので、そちらにいけば何とかなるだろうと考えていた。

しかし、警察や税務署は、今回は相当に本気なようだ。

12月15日、警察と税務当局は、サンパウロ市の歴史的中心部のセントロの北部の3月25日通りを中心とする商業地区のジョアキンフロリアーノ通りにある"Shopping 25"を急襲した。
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ここのビルにも、面積が数平米の店が百軒以上は入居していた。
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コンピューター周辺機器や部品、デジタルカメラ、偽ブランド品、コピーソフトなどが、堂々と販売されていた。
もちろん、ほとんどの経営者は中国人や韓国人のようで、東洋系の顔をした人たちの間ではそういった言葉が飛び交っていた。

もちろん、ここも閉鎖ということになった。

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ブラジルの法律に違反をしていたのだから、こういう摘発が行われることは、遅すぎるくらいである。

今年になって、こういった密輸の摘発が頻繁に行われていた。
大体は、サントス港でコンテナの中から輸入申告をごまかしているのが見つかったり、パラグアイから密輸品の輸送途中で担ぎ屋集団が摘発されたり、サンパウロ市内の倉庫に密輸品と見られる商品が見つかったりということだった。
実際に小売りの現場が押さえられてきたのは、つい最近である。

小売業者は、仕入れの伝票不備などにより、消費税に当たる商品流通税や所得税をごまかしていることになる。

だが、このような摘発があっても、その現場では誰1人として逮捕されたりはしていないのである。

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このような店が、ほとぼりが冷めた頃にまた復活するに決まっていると思っている。

そうでなければ、こういう店を経営していた中国人や韓国人が次はどのような商売を考え出すのかが楽しみでもある。

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ブラジル・サンパウロの天気の変化 その5

ブラジル・サンパウロは、一昨日(12月15日)までは曇天が続いて、気温も低かった。

だが、昨日(12月16日)と今日は、夏らしくなった。
昨日は、朝から晴れ渡り、気温は28度くらいまでになった。
でも風が強く、それほど暑さを感じないとても気持ちのよい日であった。
そして、今日も同様で気温はぐんぐん上がり、30度を超えた。

だが、昨日も今日も夕方には雲が出て来て、夕立が降った。
雨が降ると、少し気温が下がる。

夕方にちょっと降ったあと二、いったんは雨が止む。
そして、22時頃からまた雨が降ってくるのである。

このようなことが繰り返されて、いよいよ夏になるのである。

だが、明日はまたもや寒波がやって来るという。
曇りがちで、気温は24度くらいまでにしかならないだろうということである。

ナタウ(=クリスマス)まで、あとわずか1週間である。


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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その15 サンパウロFCの最後の練習

世界クラブ選手権の決勝戦に臨むサンパウロFCは、決勝戦前日12月17日に最後の練習を終えた。
約45分の練習で、選手は素早い動きを見せていた。

サンパウロFCの選手達は、決勝戦の会場に満足した。
芝生の状態は最高で、全てが決勝戦に向けて準備が整えられていた。
パウロ・アウツオーリ監督は、ゴールへのシュート練習とパスの練習を指揮した。

パウロ・アウツオーリ監督は、先発選手を変更するのは好まないといった。
もし、パウロ・アウツオーリ監督がその時までに考えを変えなければ、サンパウロFCは3バックとなる。
次のような先発メンバーと想定される。

ロジェリオ・セニRogério Ceni;
ファボンFabão, ルガーノLugano, エヂカルロスEdcarlos;
シシーニョCicinho, ミネイロMineiro, ジョズエJosué,
ダニーロDanilo, ジュニオールJúnior;
アモローゾAmoroso アロイーゾAloísio.

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その14 サンパウロFCの帰国スケジュール

世界クラブ選手権に優勝しようがしまいが、サンパウロFCはすでにブラジルに帰国する便を決めた。

サンパウロFCの一行は月曜日の朝に、来たときとは反対のルートで帰国する。
ルフトハンザを利用し、ドイツのフランクフルトで7時間の乗り継ぎ待ちがある。

サンパウロのグァリューリョス国際空港到着は、火曜日の朝6時25分の予定である。

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ブラジル大統領選挙 その2 現職大統領の出馬

2006年は、ブラジルの大統領選挙の年である。

つい先日、サンパウロ州知事のアルキミンが事実上の出馬宣言をした。

そして、今日(12月16日)に、現職大統領のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァが、ペルナンブカーノ州での石油精油所の起工式に出席したときの演説で、「自身の選挙への出馬」について、初めてコメントをした。

「選挙に勝てるような状勢になれば、出馬する」といった。

今年の5月に始まった中央政界でのスキャンダルの続出で、2002年の選挙でルーラを大統領に当選させた仲間が次々に失脚している。

ルーラ大統領は、今は裸に近い。

政権党になっている労働党PT自体のスキャンダルの連続で、国民もうんざりである。

「起死回生の策」をとり「失地挽回」をしないと、今のままでは再選は非常に難しい。

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sexta-feira, 16 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その52 MUBE14

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
二つに分けられて、何となく痛々しかった。
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サッカー・ジーコ監督のお願い

ブラジルのリオ・デ・ジャネイロの名門サッカークラブのフラメンゴの永遠の名選手ジーコ。

ジーコは、ドイツでのワールドカップで異常な状態を過ごすことになる。
日本代表の監督であるジーコは、一次リーグでブラジルと対戦することになった。

ブラジルで休暇を過ごしているジーコは、昨日12月15日にもっと異常なお願いをした。
ジーコは、両国が対戦する6月22日には、フラメンゴのファンは、ブラジル代表ではない方に応援して欲しいといった。

「フラメンゴのファンは自分を応援して欲しい。 ブラジルの反対に応援して欲しいのではない。 自分に応援して欲しい。 感謝する。 フラメンゴのファンに多くの幸せをあたえた。 人生は替わった。 幸せになりたい人が好きなのは普通である。 悪くなるのは見たくないからだ。」と、ジーコはいった。

面白いことに、多くのフラメンゴのファンが、ワールドカップの試合ではジーコの側につくとしたことである。

「ブラジルがいるグループでは、3チームが一つの枠をいつも争うことになる。 その枠が日本に行くようにしている。 自分が一番盛り上がるのは、ブラジル国歌が演奏されるときである。 試合の前。心はバランスがとれている。 ブラジル代表の歴史を担っている。 しかし、ボールが転がったあとは、それは終わりだ。」と、締めくくった。

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ブラジル・サンパウロの大富豪の犯罪

ブラジルは、犯罪が多い。

貧富の差が、世界で最も大きなブラジル。
日本しか知らない人には、絶対に理解できない、圧倒的な差である。

だから、貧困層の犯罪が多いのは、理解できる。
動機は、とても単純である。
「生物的に生存するため」である。

だが、貧困層とは究極にある富裕層の犯罪もまた多いのである。

動機は、「生物的に生存するため」ではないはずだ。

①銀行頭取の場合

昨年末に、サンパウロに本店を置くBanco Santosという銀行が、中央銀行から業務停止命令をうけた。
理由は、破綻しているということであった。
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そして、今年になった最終的に「解散」という決定が下された。

この銀行の頭取は、オーナーであった。
このオーナーは、美術に造詣が深いので有名であり、またイビラプエラ公園にある展示場のスポンサーでもあった。
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銀行への調査の中で、銀行からかなりの資金がこの美術品購入などに流れていることがわかっていた。

銀行が破綻したあとも、この頭取は、自分の銀行を見下ろすサンパウロでも超一等地の丘の上に立てた「超豪邸」に住み続けていた。
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この超豪邸は、ブラジルでは有名な建築家のルイ・オオタケという日系人が設計したものである。
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豪邸には、数々の美術品が展示されているので有名であった。
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先週、裁判所は、このもと頭取にこの豪邸から40日以内に退去するようにという命令を出した。
ブラジルでも、居住権が認められているので、通常は厳重の家から退去するようにという命令はでないのだが、今回は他にも家があることがわかっているので、このような命令がでた。

もちろん、美術品なども、そのまま置いておくようにということである。

美術館にするという。

すでに、この豪邸の前には連邦警察の車が常駐している。

2日ほど前に、この家に雇われているガードマン2名が逮捕された。
許可もないのに、敷地外で銃を所有しているのを、連邦警察に見つけられたからである。
敷地内であれば、問題なかった。

この頭取の家が接収に至ったのは、この家のために銀行の金を流用していたことが判明したからだという。
この頭取には、資金洗浄や二重帳簿などで、粉飾決算や税金のごまかしなどの容疑がかかっている。

②商業ビルオーナー

今年の上半期に、サンパウロの西南部に超高級商業ビルが開場した。
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DASLUという名称である。
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欧米ブランド店など数十店舗が入居している。
普通の高級ショッピングセンターでも駐車料金は最初の3-4時間で4レアルくらいのものが、ここでは20レアルもする。
それだけの価格を付けて、客を完全に選別している。
当然、普通の人は絶対に冷やかしもで行くことはない。
本当にいい環境でゆっくり買い物をしたいという富裕層の奥様やお嬢様がいらっしゃるところである。
そういうそうには絶大な人気があるところである。

「庶民どもが紛れ込んでこなくて」いいようだ。

このビルのオーナーは女性なのだが、直営の店舗も持っている。
その直営の店舗で販売されている商品の、輸入関税をごまかしたということで、2-3ヶ月前に捜査が入った。

彼女も、8日間ほど拘置されている。

そして、3日前に正式に起訴されることになった。

何しろ輸入関税のごまかし方が、あまりの露骨なのである。

ブラジルでのブロンドものの価格は、世界でも決して安くない日本の価格よりも更に3割4割ほど高い。
客層が大きくないことと、高いから買う人もいうということもあるが、一つには関税が高いからだ。

たとえば、小売価格30万円のバッグがあれば、輸入価格(CIF)は少なくとも10万円くらいはずるはずである。
それを、この女性は1万円もいかないような価格で輸入申告をしていたのである。

誰が見ても、あり得ない価格であった。

彼女の他に、彼女の親戚などの輸入業者が5名が起訴されている。
もちろん、容疑を否定している。

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富裕層の犯す犯罪は、規模も金額も仕掛けも大きい。

「麻薬」だって、小売りは「貧困層」が担っているかもしれないが、元締めや海外との取引は「富裕層」の介在無しには考えられないのである。

政治家や、役人の汚職もよく報道されている。

以前より随分と摘発されているように思える。
コンピューター社会になって、データが証拠として残っていることもあるようだ。

ブラジルでは、「貧困層」も、そして「富裕層」も生きることに必死なのである。

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サッカー・ワールドカップ ブラジル代表 その4 ドイツでの宿舎決定

サッカー・ブラジル代表は、2006年のワールドカップ期間中のドイツでの宿舎を決定した。

ワールドカップの前には、スイスのウェギスWeggisで合宿を行うことはすでに発表されていたが、ドイツでの合宿地は決まっていなかった。
今年のコンフェデレーション杯におけるブラジル代表の宿舎があったケルンの近くのレヴァーキュウセンになるかと思いきや、別のところであった。

ドイツにおける合宿地は、フランクフルトから車で20分のクニングシュタインKönigsteinのケンピンスキー・ホテル・ファルケンシュタインKempinski Hotel Falkensteinである。
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6月4日から6月13日のベルリンでの初戦のクロアチア戦までの期間中、ホテルはブラジル代表専用になる。
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このケンピンスキー・ホテル・ファルケンシュタインは、ブラジル代表がベルリン、ミュンヘン、ドルトムントに移動する時のベースになる。

1909年に開業し、8軒の大きな家からなっていて、改装と設備の更新をして1999年9月9日に再開業している。
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母屋と7軒の家に別れており、地下のトンネルでつながっている。

母屋には、受付とバー、2つのサロン、そしてメインレストランがある。
フランクフルト市内を見下ろす眺望の良さを誇っている。
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母屋の2階には、5つの部屋があり、ゲーム室、会議室、図書館もある。

トレーニング場まで、5分である。
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ブラジル・サンパウロに「牛」 その51 MUBE13

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
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ブラジル・サンパウロの「絵画盗難」

11月末に、ブラジル・サンパウロの最高級住宅街を貫くエウロパ大通りAvenida Europaにある画廊が、3人組の強盗に襲われて、ポルチナリPortinariというモダニズムの作風の画家の絵が盗まれた。
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ポルチネリは20世紀前半から中期のブラジルの画家である。
59歳と若くして亡くなっている。
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強盗達は、ポルチネリの絵があるはずだがといって、この絵を狙っていた。
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だが、画廊の店主によると、犯人一味は「絵画」に詳しいようではなかったと言うことであった。

このポルチネリの絵は、実は200万レアル(約1億1千万)の価値があるというものであった。

犯人の「似顔絵」である。
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この犯人一味の1人が、12月13日に逮捕されて、盗まれた絵画も無事に見つかった。
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やはり、犯人は「絵画」に関しては素人であったようだ。
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価格についても、100分の一くらいのものだと思って盗んだようだ。

そして、盗んだ絵を「換金しよう」と、色々と絵を買わないかと持ちかけていた。

ところが、このような有名な絵を簡単に買ってくれる者がいるはずもない。

そして、「あの絵を売ろうとしている者がいる」という一本の匿名の電話が警察にあり、警察が内偵をして逮捕に至った。
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そして、自供により「絵」が発見されたというわけである。

警察は、犯人の残り2人の行方を追うとともに、彼らにこの絵画がこの画廊にあることを教えたものが、画廊関係者にいると見ており、割り出しにかかっている。

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「絵画」のような美術品を盗んでも、その後が大変なことがよくわかった。
素人がやるべきではない。

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quinta-feira, 15 de dezembro de 2005

ブラジルの「サブリナ・サトウ」 その25 ただのランジェリー

ブラジルで大人気の日系人タレントの「サブリナ・サトウ」Sabrina Sato
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ちゃんとレギュラー出演しているrede TV!局Panico na TVという番組は続いている。

サブリナ・サトウのコーナーも健在である。

でも、ちょっとマンネリで面白くないのである。

元々は、サブリナ・サトウが色々なことにチャレンジするだけのコーナーだったのだが、4ヶ月前からそれにランジェリー姿が加わった
そして、サブリナ・サトウ以外にも女性が出演して「ランジェリー隊」になって、出かけるようになった。

そして、「ダチョウから落ちた事件」からは、若干ではあるがチャレンジの質が変わってきたような気がする。
チャレンジが段々減っていき、ランジェリー姿が多くなった。
それはそれでいいのだが、危険ではなくとも斬新なチャレンジがあってのことだ。

ともかく最近のものを紹介しておく。

①ストックカー
サンパウロのインテルラゴスで開催されているストックカーレースのピットを訪問して、ドタバタ。
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MCのサブリナは、コーナーの冒頭に”Stock Car”というべきところを”Sport Car”と言ってしまった。
それも、サブリナ・サトウなまりでだ。
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ランジェリー隊も一緒だ。
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本物のレーサーが運転する隣りに座って、200キロ以上のスピードにチャレンジ。
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そして、今度は逆にサブリナ・サトウが運転をする。
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隣りに座っているレーサーの方が絶叫していた。
「曲がれ曲がれ」とか「ブレーキ」とか。
サブリナの運転は、プロには本当に怖そうだった。
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どちらがチャレンジをしたのかわからない。

②トラック・ドライバー

道路で、長距離トラックをヒッチハイクして、同乗させて貰うという企画。
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そして、トラック・ドライバーが沢山集まる休息所でのドタバタ。
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どこがチャレンジかわからなかった。

この大勢が、トラックのキャビンに乗っていたので、ドライバーが違反で摘発されていた。

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おまけ

番組中の生CMで、パナソニックのデジカメをさわるサブリナ・サトウ。
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ブラジル・サンパウロの天気の変化 その4

12月14日のブラジル・サンパウロの天気。

朝はいつものように冷え込んでいたが、薄く漂う雲に青空が透けていて、久しぶりに気温が上がるぞと期待していた。

でも、むしろ午後に入って雲は厚くなり、結局気温は上がらなかった。
最高気温は23度くらい。

16時過ぎには20度を割り込み、17時には18度。

夏は、こんなものではないはずなのだが。

盛り上がりません。

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quarta-feira, 14 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その50 MUBE12

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。

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ブラジルで史上第2位の銀行強盗発生 その17 第3の誘拐

ブラジル北東部のセアラ州の州都フォルタレーザ市にある、ブラジル中央銀行の金庫が破られて、日本円で約80億円以上に相当する紙幣が盗まれた事件
事件が起きたのは、今年の8月である。

80メートルものトンネルを掘って、地下から金庫を破るという、「映画」のような、鮮やかな手口であった。
これだけの犯罪を犯すのには、20名以上の仲間がいたと見られている。

さて、今までこの事件では、10名以上の逮捕者がでている。
そして戻ってきた金額は、12%程度。

この10月に、この事件の資金を提供したと言われているフェルナンドンという男が誘拐されて、身代金を奪われた上で殺害された

そして、11月にはこの中央銀行の支店の警備員で、犯人一味に荷担し、警備情報を流したとして逮捕された男妻が誘拐された
犯人は、この妻の甥を含むグループで、この警備員夫婦が隠匿していた「分け前」を奪った。

この2件の誘拐は、犯人グループの内部抗争ではないかと警察は見ている。

そして、また誘拐事件が起きていた。
犯人グループが盗んだ現金を運ぶのに、11台の車の中にその一部を隠した。
その車を売った車の販売会社を経営する兄弟が、盗難事件が発覚して、まもなく逮捕されていた
この兄弟は、41日間警察に拘置されていた。

そのうちの1人が、8日間誘拐されていた。
先週末に解放された。
家族が、身代金を支払ったようだ。
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警察は、この誘拐も、銀行強盗一味と関係しているのかどうかを捜査すると言っている。

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もう事件が起きて、4ヶ月。

余りにも鮮やかな「手口」だった。
しかし、この事件はあとからの余話がどんどん増えてくるが、肝心の捜査はどうなっているのだろうか。

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ブラジルで「口蹄疫」発生 その10 パラナ州で、口蹄疫発生を確認。

ブラジルの中西部マット・グロッソ・ド・スル州の南部で口蹄疫が発生したと報じられて2ヶ月。

一時は、隣接のパラナ州サンパウロ州へも、口蹄疫が飛び火したかという状況にあったが、そのパラナ州ではつい1ヶ月ほど前に感染はないとの分析結果が発表されていた

ところが、12月7日になって、突然に「患畜」がいるとの発表があった。

それも、10月に感染を疑われた牧場とは全く違った牧場で発生した。
サン・セバスチャン・ダ・アモレイラというサンパウロ州境に近い牧場で発生している。
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実は、この牧場にもマット・グロッソ・ド・スル州の口蹄疫発生地区から来た牛がいたようである。

この牧場の肥育頭数は2千2百頭。
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早速、隔離地区となった。
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今回の一連の「口蹄疫」騒動も、どうやら年を越しそうだ。

段々と、報道の扱いが小さくなってきている。

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ブラジル大統領選挙 その1 ブラジル・サンパウロ州知事が、大統領選挙への出馬の意思を明らかにした。

2006年は、ブラジル大統領選挙の年である。
実際に決まるのは、12月。

その選挙まで一年になるのだが、
昨日(12月13日)に、サンパウロ州知事ジェラルド・アルキミンが出馬の意向を示した。

所属する党での大統領候補を決定する予備選挙に出るといった。
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この人の所属する党には、もう1人出馬すると、第一回目の投票では、現職のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァを上回る得票をするという調査結果の出ているサンパウロ市長のジョゼ・セッハがいる。

まだ、ジョゼ・セッハは出馬すると言っていない。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その13 サンパウロFCの初戦

サッカー・世界クラブ選手権のサンパウロFCの初戦が、まもなく始まる。

地元のブラジル・サンパウロでは、朝8時というのに、花火を上げている者がいる。
サンパウロFCのファンに違いない。

テレビの中継は、8時15分からということになっている。

デモ、早くも予告番組があった。
競技場が画面に映ったが、観客が全くいないのに驚いた。
試合開始が早いせいなのか。

これでは、もう日本での継続開催は見込めない。
豪州とコスタリカのクラブの試合など、観客が全くいなかったと、報道されていた。

あと、アモローゾの移籍の話題が問題になっている。
サンパウロのファンが、フォーシーズンズホテルに乗り込んで、アモローゾを捕まえて文句を言って、ホテルの警備員に排除されたという報道もある。
コリンチャンスやパルメイラスのファンに比べると、あまり過激ではないサンパウロのファンにしては珍しいことである。
アモローゾが、FC東京と結んだ仮契約の条項にある契約解除の金額が大きいことが問題になっているようだ。

サンパウロFCの厚手のユニフォームが、とても変だ。
動きが悪くなるのはないかと思うが、どうなのだろう。

サンパウロのメンバーを見ているとほぼベストであるが、グラフィッチは入っていない。
どこから、アロイーゾと交替するのだろうか。
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ブラジル選手権の時とは違ったように、サンパウロFCの選手は動きが早い。
休養十分のせいだろうか。

前半15分のアモローゾのゴール。
球の処理が早い。
また、花火が上がる。サンパウロ。

結局、アモローゾが2点目も入れて、ロジェリオ・セニがPKを決めて、それでも2点を取られて、3対2でサンパウロFCが勝利したのであった。

選手のモチベーションはあったように見えた。

交替はグラフィッチだけ。
それも、後半44分とはぎりぎり。
次戦に期待か。

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terça-feira, 13 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その49 MUBE11

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その12 アモローゾは語る。

サッカー・世界クラブ選手権に出場するサンパウロFCのFWアモローゾは、「最優先はサンパウロFCである」といったが、移籍することは認めた。

サンパウロFCの正選手のアモローゾの契約は、この31日に切れるのだが、2006年もサンパウロFCの選手でいるというのが最優先であるが、出て行く可能性もあると認めている。

アモローゾは、すでにFC東京との仮契約にサインをしているが、問題を避けるために、世界クラブ選手権に集中すると言っている。

「もしサンパウロFCが自分が引き続きいることに関心があるならば、席について、このことについて話し合う。しかし今一番大事なことは、世界クラブ選手権のことを考えることである」と、アモローゾは言った。

「自分の契約は31日に終了する。しかしこのことは他のクラブと全く仮契約に署名することを禁止するものではない」と続けた。

世界クラブ選手権で優勝したらどれだけの報奨金が貰えるかについては、アモローゾはこの件についてはサンパウロFCの役員とキャプテンのロジェリオ・セニの間だけで話し合われると言った。

「その問題については、外にいたい。 キャプテンとして、ロジェリオ・セニが役員と話をして、あとで結果を選手に伝えてくれる。」

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アモローゾは、もともとグラフィッチはリベルタドーレス杯南米選手権で怪我をしたために、急遽呼び寄せられた選手である。
グラフィッチが回復した今、サンパウロFCとしても引き留めることはしないのかもしれない。

アモローゾも、チームを転々とするのが性に合っているかもしれない。

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サッカー・コリンチャンスの監督アントニオ・ロペスは語る

2005年ブラジル選手権の優勝監督アントニオ・ロペスは、2006年はコリンチャンスは「トップ」の選手と契約をするべきと強調している。

その質やポジションについてはミステリーにしたままで、コリンチャンスの監督アントニオ・ロペスは、コリンチャンスは2006年の試合をするためには「トップ」の選手と契約をすることが必要だと言った。

「役員は、来年の試合のために必要なものは知っている。 特に、コリンチャンスのようなチームに置いては、決定力のある選手が必要である。 我々はトップの選手と話をする必要がある」と、アントニオ・ロペスはコメントした。

アントニオ・ロペスとは逆に、コリンチャンスの副社長のアンドレス・サンチェスAndrés Sanchezは、2006年に向けてどれだけの選手と契約をする意向があるのかを明らかにした。

「4人か5人の選手をひっぱてくる必要がある。 すでに、アントニオ・ロペスから優先順位については知っている。
間違いなく、我々の不足を解決するためにきてもらう選手と話す」と、副社長は言った。

このところ、インテルナシオナウ(Internacional),のラファエル・ソビスRafael Sóbis 、サントス(Santos)のリカルヂーニョRicardinho、ゴイアス(Goiás), のロドリゴ・タバタRodrigo Tabataなどが、コリンチャンスを更に強くする選手としての予想が出て来ている。

先週土曜日には、2005年ブラジル選手権の得点王であるヴァスコ・ダ・ガマのロマリオの名前が出て来たが、MSIの役員のパウロ・アンジオーニPaulo Angioniは取り消した。

「我々は、ロマリオをコリンチャンス対2005年ブラジル選手権優秀選手選抜チームの試合についてのみ招待しただけである。 ただそれだけである」

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ブラジルは、IMFに借金を早めに返す。

ブラジル政府は、IMF(国際通貨基金)から借りていた155億米ドルを、今年の末までに返済する。
元々の返済期限は、2007年末であった。
これによって、9億米ドルをセーブできるという。

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ブラジル・サンパウロの天気の変化 その3

12月13日今日の、ブラジル・サンパウロの天気は、やはり引き続いて寒い。
一日中、曇天。

とはいえ、14時前後には雲が少し薄くなり、気温は上がった。
それでも22度くらいまでしか上がらない。

16時時頃には、また雲が厚くなり、気温はあっという間に20度を割った。

今年の12月の気温は、平年より2.5度低く推移しているそうだ。

明日からは、また気温が上がって26度くらいまでにはなるという。

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サッカー:ブラジルはまた監督交代の波

2005年のサッカー・ブラジル選手権も終了して、各チームは次のシーズンに向けての態勢作りに入っている。

クラブの社長や監督の交代や、選手の移籍について、憶測記事が次々に出てくるし、そして正式発表も行われている。

今日(12月13日)は、次のような監督の動向が報じられている。

①サントスの新監督には、ルシェンブルゴが復帰。

レアル・マドリの監督を辞めたルシェンブルゴは、引き続き欧州のクラブの監督でいたいなどといっていたようだが、サントスの社長マルセロ・テイシェイラの強い引きを受けて、1年ぶりにサントスの監督に復帰する。
契約期間は2年。

ネルシーニョ・バプチスタは、サンカエターノ。

そのサントスの監督を辞めたネルシーニョ・バプチスタは、サンカエターノと契約がちかいといわれている。
2003年に、3試合だけ監督をしている。
水曜日の午前中には、固まると言われている。

③インテルナシオナウ

アベル・ブラーガAbel Bragaが、フルミネンシの監督を辞めて、新監督に就任し、記者会見が行われている。
4回目の就任になる。
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前監督で、2005年ブラジル選手権最優秀監督のムルシー・ラマーリョの行き先は、まだ発表されていない。
サントスが、ルシェンブルゴで埋まったので、空いているところがない。

④フルミネンシも新監督を発表

アベル・ブラーガの後釜も決まった。
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サッカー:海外で活動するブラジル選手の人数

ブラジル・サッカー協会CBFは、今日(12月13日)に、2005年の今日までにブラジルから海外に移籍した利、海外からブラジルに来た選手の数を発表した。

12月13日までに、870人がブラジルを出て、484人がブラジルに戻っている。

2004年は、849人がブラジルを出て、499人が戻ってきていた。

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ブラジル・サンパウロの「店舗の閉鎖」 その2

個人的にとても恐れていたことが起きた。

サンパウロの目抜き通りのパウリスタ大通りにあるStand Centerが先日、警察と税務署などの強制捜査を受けて、閉鎖に追い込まれた
そして、今日(12月13日)は同様の業態であったPromo Centerが手入れを受けている。
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Stand Centerから、約1キロ弱のところで、昨日まで営業をしていたわけである。
ここが、歩いていけるところなので、利用していたところである。

ビルの1階に、1-2坪の店が何十軒も並び、コンピューター関連部品や周辺機器、メディア、デジタルカメラ、DVDプレイヤーなどから、アクセサリー、そして海賊版のDVDやCD、ゲームソフトなどを販売していた。
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もちろん、価格は普通の店に比べて激安であった。
もちろん、密輸品がほとんどあろうし、そのあとも仕入れ伝票などを捜査して、商品流通税や所得税をごまかしていたことには違いはないだろう。
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だから、安かったのだ。

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早速行ってみた。

Promo Centerの前のアウグスタ大通りは通行止めになっていた。
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証拠品として没収される商品を運ぶトラックが何台も並んでいた。
そして、警察や国税Gメンなどが、100人以上はいたようだった。
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経営者らしき、東洋系の顔も見られた。

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これらの店の経営者の中国人や韓国人達は、Stand Centerの摘発の後に、自分たちの摘発に備えて何らかの操作をしたりしなかったのだろうか。

何もしなかったとしたら無策である。

とにかく、このPromo Centerが摘発されてしまったので、これからはともにセントロにあるサンタ・エウフェジニアの電気街か、ジョアキン・フロリアーノ通りの同様の業態の店まで行かなければならなくなった。
歩いては行けないし、駐車料金も高い。

困ったことになった。

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先に摘発を受けて、その後ビル自体の電気設備や消防設備の問題を指摘されて閉鎖になっていたStand Centerは、手直し工事を完了して、昨日から再開したそうだ。
ただし、営業しているのは2割程度ということである。

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このところ、麻薬以外の密輸品摘発が続いている。

ブラジルの警察も国税Gメンもやるときにはやるのである。
こういう密輸品の万円によって被害を受けている国内の関連業界から、相当にプレッシャーを受けたに違いない。

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Promo Centerの写真を撮っていたら、国税Gメンから、全て消去するように、指示された。
次は、カメラを没収すると警告を受けた。

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ブラジルのトップニュースは「WTO香港会議」

ブラジルの12月12日の夜の最終のニュースのトップは、香港で開催されるWTOの会議の話題である。

特に、農業分野での先進国の補助金の削減・撤廃について、言及している。
農業大国で、いくつかの分野で世界一の輸出量を誇るブラジルならではの関心事である。

ブラジル最大のメディアのGLOBOは、アジア特派員を北京に常駐させている。(東京ではない。)

この特派員は、2-3日前から香港入りしている。
映像的には、すでに断続的に行われているデモの様子を伝えている。
中でも、韓国からの「米の輸入自由化に反対する農民」のデモの背景などを説明している。

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さて、このような報道は、日本ではなされているのだろうか。

日本では、ある事件が起きると、他のことはトンデシマウ傾向にある。
WTOについては、先進国主導による組織で、自由貿易の名の下に環境問題も、各国の国内事情も無視する傾向にある。
また、加盟諸国に強制できるという、それだけの組織になっている。

関心を持っておいた方が、よいと思う。

日本のように、農業について、国内でまともな議論ができず、「無策」な国は相手にされないだろうが。
国際会議で、心情に訴えるなどの、愚かしいことは「止めて欲しいものである」

それこそ、真面目に農業で生きている、日本の、そして世界の農民を愚弄しているとしか思えないのである。

たとえば「米の減反奨励金」なる本来時限を区切って行うべき施策を、一世代以上にわたって続けることで、どれだけ真面目な農民のやる気を失わせてきたのか、考え直すべきである。

中核農家の育成といって具体的に何かやったのだろうか。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その11 サンパウロFCのファン、飛べず。

日本で開催される世界クラブ選手権に出場するサンパウロFC。
そのサンパウロFCの応援のために、ブラジルからもファンが出発している。

もちろん、全員が富裕層に決まっている。
すでに、銀座で買い物をしまくり、ROPPONGIで豪遊をしているところを見かけた人も多いだろう。
表参道や渋谷、新宿、秋葉原にも、いっぱいいるはずだ。

とくに、「奥様方」は、買い物に精を出しているはずだ。

しかし、かわいそうなファンがいる。
昨夜(12月11日)、カナディアン航空を利用し、トロント経由で、東京入りする一行が、機材の故障で出発できていないのである。
つまり、12月13日の試合に、間に合わないのである。
百数十人が、サンパウロのガリューリョス空港にとどまっていた。
その中には、別の航空会社を利用して、別のルートで出発したものがいるが、それでも初戦には間に合わない。

カナディアン航空では、なんとかするといっているようだ。

超富裕層はすでに東京でゆっくりしているようだが、それほどでもない富裕層だとこういうことになる。

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segunda-feira, 12 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その48 MUBE10

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その10 報奨金は20万レアル

世界クラブ選手権に参加しているサンパウロFCの役員は、日本で優勝杯を得ることがえきえば、23人の選手それぞれに報奨金を支払う。
この金額は、今までのブラジルサッカーで支払われた内で最も高い物になる。
20万レアルである。(約1100万円)

「サンパウロFCはこのことについてはいつも明確なヴィジョンを持っていて、問題は何もない。すでにキャプテンのロジェリオ・セニと公証をしていることを知らないで、間違った情報で、口を開けているものがいる」と、サンパウロFCの副社長のジュベナウ・ジュヴェニオJuvenal Juvêncioは言った。

報奨金は個別に支払われる。
準決勝および決勝で試合に出たかでなかったとか関わらない。
キャプテンのロジェリオ・セニと社長のマルセロ・ポルツガウ・ゴウヴェーアMarcelo Portugal Gouvêaと副社長のジュヴェナウ・ジュヴェニオJuvenal Juvêncioとの間で合意が出来ている。

2005年のサンパウロ州選手権でのタイトル料は4万レアル。(約220万円)
2005年のリベルタドーレス杯南米選手権のタイトル料は8万レアル。(約440万円)

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サッカー・ブラジル選手権 ロマリオはヴァスコで2005年のシーズンを終える。

ブラジル選手権の最終試合は、ロマリオRomárioを2005年のブラジル選手権の得点王にして、ブラジルサッカー協会CBFから「金の靴」のトロフィーをもたらしただけではなく、ロマリオをヴァスコ・ダ・ガマの最も重要なゴールの決定者にした。


同じチームのアレックス・ヂアスAlex Diasのとの争いでは、ロマリオはほとんどの期間後塵を拝していた。しかし、最後の10試合での9ゴールで、ロマリオはタイトルを獲得した。

ロマリオは、2005年は、31ゴールを決め、アレックス・ヂアスは30ゴールであった。
最近の6年で、ロマリオは4回も、その期間にクラブでの得点王になっている。

2000年には、ヴァスコ・ダ・ガマで67ゴール。
2001年には、41ゴール。
2002年は26ゴール。
2003年と2004年は、フルミネンシにロマリオはいた。
ヴァスコ・ダ・ガマの得点王は、マルセリーニョMarcelinho16ゴールと、ヴァルヂールValdir23ゴールであった。

2005年のヴァスコ・ダ・ガマでの、アレックス・ヂアスとロマリオのゴールは合計で61ゴールである。
これは、このクラブのゴールの54.4%を占める。
全得点は、62試合で、112ゴールであった。
チームが使った58選手で、ゴールを決めたのは19選手である。


ヴァスコ・ダ・ガマの最近の得点王。
年   選手名     ゴール数
2005  Romário 31
2004  Valdir 23
2003  Marcelinho 16
2002  Romário 26
2001  Romário 41
2000  Romário 67

2005年のヴァスコ・ダ・ガマの所属選手のゴール数。
選手名      ポジション     ゴール数
Romário  Atacante   31
Alex Dias  Atacante   30
Morais  Meia   8
Marco Brito  Atacante   8
Diego  Lateral   6
Abedi  Meia   5
Claudemir  Lateral   4
Fernandinho  Meia   3
Anderson  Atacante   3
Fabiano  Zagueiro   2
Róbson Luiz  Meia   2
Éder   Zagueiro   1
Fábio Braz  Zagueiro  1
Coutinho  Volante   1
Gomes  Zagueiro   1
Maciel  Lateral   1
Vergara  Zagueiro   1
Wágner Diniz   Lateral   1
Willian   Atacante   1

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アレックス・ヂアスが、途中で怪我をして、長期にわたり戦列を離れなかったら、ロマリオの得点王はなかったことは間違いない。

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ブラジル・サンパウロの天気の変化 その2

ブラジル・サンパウロの天気の変化は大変激しい。

つい2-3日前は30度を超えたのは間違いない。
今日(12月12日)は、朝から霧雨や小雨が続いた。
17時くらいになって、一応小休止。

昨日に続いて、気温は低い。
気温は、最高でも17度-18度。
長袖にしても、寒かった。

布団に、毛布まで出さないと、確実に風邪を引いてしまう。

もう、学校は夏休みなのだが。。。。

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サッカー・ブラジル代表 親善試合ロシア その1

ブラジルサッカー協会(CBF)は、2006年3月1日に、ロシア代表との親善試合を、モスクワのロコモチフ競技場Estádio Lokomotivで行うと発表した。
キックオフは、ブラジリア時間の15時。

この試合が、ブラジル代表にとっては、6月のワールド・カップ本大会前の最後の親善試合となる。

ブラジル代表監督カルロス・アルベルト・パヘイラは、出来れば4試合位はやりたいという希望を持っているが、日程的に不可能である。

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しかし、3月上旬のモスクワで、サッカーの試合は可能なのだろうか。
気温は何度かな。

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domingo, 11 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その47 MUBE9

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・ブラジル選手権 コリンチャンス対ブラジル選抜 その2

2005年のブラジル選手権の優秀選手から構成された選抜チームとコリンチャンスの試合は、今日12月11日にサンパウロのモルンビー競技場で行われて、選抜チームが1対0で勝利した。

インテルナシオナウのフェルナンドンFernandãoが、前半21分にゴールを決めている。
監督は、インテルナシオナウのムリシー・ラマーリョMuricy Ramalhoである。

代表チームは次の通り:
 ※括弧内は、交替選手。

Harley (Kleber),
Gabriel, André Dias, André Leone, Michel Bastos:
Marcinho Guerreiro, Tinga, Rodrigo Tabata (Alex Dias), Petkovic;
Fernandão (Robson),Rafael Sobis (Ronaldo Angelim).

コリンチャンスは次の通り:
Fábio Costa (Marcelo, Júlio César),
Eduardo (Coelho), Wendell, Marinho (Marcus Vinícus), Gustavo Nery (Edson);
Marcelo Mattos, Bruno Otávio (Fábio Ferreira), Elton, William (Carlos Alberto);
Dinelson (Nílton), Nilmar (Bobô).

 ※コリンチャンスでも、テベス以外にも見あたらない選手がいる。
   MFロジネイ、FWジョー、DFベトンなどである。

とにかくこれで、2005年のブラジルのサッカーは、完全に終了した。
コリンチャンスは、2006年は1月4日から練習開始ということである。

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サッカー・ワールドカップ ブラジル代表 その3 ニウマールも候補

ワールドカップに出場するブラジル代表の顔ぶれはほぼ決まっている。
ブラジル代表監督カルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraは、南米予選では30余名しか使っていない。
前大会の予選で、試された選手の数とは大違いである。

ところが、リカルド・Ricardo Oliveiraが、6月の本大会に間に合わないかもしれない怪我をしてしまった。
このかわりに、誰を入れるかという問題について、パヘイラはコリンチャンスのニウマールにも候補であるといった。

ニウマールは、リヨンLyonにいるフレッヂFredと、このポジションを争うことになる。

「リカルド・は、ワールドカップの前6ヶ月に手術をして、回復して試合をするのは非常に困難である。 彼のチャンスととても少なくなった。 しかし治療では先のことはわからない」

「そのポジションに呼ぶことを考えてみると、2人が考えられる。 どうなるかよく見ていなければならない。ワールドカップはもうすぐだが、色々なことが変わりえる。 フレッヂとニウマールのチャンスは、リカルド・の怪我でかなり大きくなった。」

ニウマールのブラジル代表のコーチ陣の中ではとてもファンが多い。
ザガーロもその1人で、ブラジル選手権での大選手の1人だと激賞していた。
それは別にして、フレッヂはフランスのリヨンでの正選手の位置を確実にしていない。

「コリンチャンスは、ニウマールが来てからよくなった。 ニウマールは将来の見込みのある若者である。」と、ザガーロは言っている。
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ちょっと古いニュースなのだが、それほどニウマールがいい選手だろうか。

フレッヂもリヨンの正選手にはなっていないかもしれないが、ニウマールもそうだった。
フレッヂは、11月のアブダビでのUAE代表との親善試合の、ブラジル代表として呼ばれて、ゴールを決めている。

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サッカー・ブラジル選手権 コリンチャンス対ブラジル選抜

12月11日(日)のブラジル・サンパウロは、昨夜からの雨がまだ続いている。
細かい雨が14時頃まで、街を濡らしていた。

雨が止んだ。
でも気温は18度と、また「冬」に戻った。
寒い。

16時から、モルンビー競技場で、ブラジル先取権の優勝チームのコリンチャンスと、先日の表彰式で発表された優秀選手で構成されたブラジル先発チームとの試合が行われている。

モルンビー競技場は、はっきりいって満員とはほど遠い。
親善試合には冷たいファンである。
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結果は、ブラジル選抜が1対0で勝ち。

最優秀選手のテベスは、本当にアルゼンチンに帰ってしまって、盛り上がるわけはない。

(コリンチャンスの先発メンバー)
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(ブラジル選抜の先発メンバー)
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親善試合なので、選手の交代は多かった。

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ブラジル・サンパウロのナタウ その3

ブラジル・サンパウロのショッピング・センターも、それぞれにナタウnatal(=クリスマス)の飾り付けを競っている。

サンパウロの北部の大型ショッピング・センターのセンター・ノルチCenter Norteも中央のフロアにツリーを立てた。
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パパイ・ノエウ(=サンタクロース)もそこにいる。
長い列が出来ている。
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サッカー・ブラジル選手権 サッカー選手の妻は美人

日本では、野球選手(特に某球団)と相撲取りの妻は美人といわれてきた。
サッカー選手の方はどうなのだろう。
芸能人と結婚した選手もいたが。

ブラジルでも、ロナウドのような超一流になると、いくらでも女性は寄ってくる。

2005年のブラジル選手権で優勝したコリンチャンスの場合は、選手の平均年齢は22歳代と、今までの優勝チームの中で格段に若い。
まだ18歳のレギュラー選手もいるくらいだ。

その選手達は、優勝後は祝賀パーティーなどの行事が続いている。
そういうときには、結婚していれば妻、そうでなければ彼女を同伴することが、ブラジルではかなり求められる。

ニュース映像にも、同伴の女性の姿が映し出されるのである。

(2005年ブラジル選手権表彰式に、30分遅れてきたテベス)
妻である。
愛娘のフローレンシアは、各試合に連れて行くので、もう目に焼き付いている。
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(最終戦のゴイアス戦から戻るときの機内でのテベス)
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(右SBで、ブラジル代表のグスタヴォ・ネリー)
多分未婚。
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(MFのロジャー)
この彼女は有名なモデルである。
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(FWのニウマー)
ニウマールのTシャツは、アルマーニだ。
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(最終戦のゴイアス戦から戻るときの機内でのニウマール)
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美人のかな。

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sábado, 10 de dezembro de 2005

ブラジルの「偽パイロット」

ブラジルでは、犯罪が多い。

なかなか厳しい犯罪が多い。
でも日本で多い「病気としか思えないような」犯罪はあまりないかのようだ。
他の犯罪に覆い隠されているのだろうが。

サンパウロのガリューリョス国際空港で、パイロットに扮した乗客が12月8日に連邦警察に逮捕された。

犯人は、普通に搭乗券を持って、VARIGのブラジリア行きの飛行機に乗った。
乗るときも、完璧なパイロットのユニフォームを着ていた。

機内で、彼は、操縦士と話をしたいから、コックピットを開けるように依頼した。

乗務員は誰も彼を知らなかったので、社員証をチェックしたら偽物であることがわかった。

この偽パイロットは、公務員で、子供の時からパイロットになるのが夢であったと警察に語ったという。

彼は、私文書偽造行使で拘束された。
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ブラジルにしては、かなり「ほのぼの」とした事件である。

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サッカー・ブラジル選手権 「優勝の取り消し」の訴えの取り下げ2

2005年のブラジル選手権のコリンチャンスを優勝を取り消すように求めて訴えを起こした、公式には第2位のインテルナシオナウのファンのサンタカタリーナ州の弁護士のレアンドロ・コンラッドLeandro Konradは、昨日(12月9日)に訴えを取り下げた。

インテルナシオナウは、南米サッカー連盟から来シーズンのリベルタドーレス杯南米選手権2006のチームの参加をさせないという警告を受けていた。
さらに、フォルタレーザが「ファンを使ってサッカーの試合の結果について普通の裁判所に訴訟を起こさせるようなインテルナシオナウは、2部に落とすべきだ」と、CBFのスポーツ裁判所に訴えを起こそうとしていた。
※インテルナシオナウが2部に落ちると、フォルタレーザは南米杯の出場権を得ることになる。

コンラッドは、インテルの役員の意見を受け容れて、訴えを取り下げた。

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ブラジルの「復讐」の続き

先日、ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで起きた市内バスへの放火事件
罪もない乗客が亡くなっている。

これが、「警察」への復讐というのである。

この事件に関係した者達が、続々と逮捕されているのである。


最初に逮捕されたのは、この事件の一番最初に登場した未成年の少女である。
手を上げて、バスを停めるのが役割であった。

この少女は、13歳である。

この少女は、公式にはブラジルにはいない。
出生証明書がないのである。
そのほかの公式書類も一切ない。

当然、学校にも行っておらず、字も読めず、書けない。

母親が与えてくれた名前はある。

この5人の乗客を焼き殺すのを手伝った少女の人生は、「道」から始まっている。

記者のインタビューに応じている。

「私の人生は悲しいことばかりだった。こんな風になるとは考えたこともなかった。人生では全てのことが起きた。
どれだけ傷ついたかわからない。 でも人生はこんなもの」

初めて道で食べ物を請うたのは7歳の時。
母親が女中のしごとを失い、7人の子供を養っていけなくなった。
9ヶ月後、母親は結核で死んだ。 42歳だった。
その間、一度も市の社会福祉援助を受けなかった。

生まれたのは、8月2日。
父親は、乳児の内にいなくなった。
父親について知っているのはそれだけ。

学校にも行っていなければ、字も習ったことはない。
食べ物を得るために、麻薬に関わった。

この事件の指示をしたといわれているアンデルソン・ゴンサウヴェス・ド・サントスAnderson Goncalves do Santos 、通称ロルヂLorde(29歳)と暮らすようになった。
彼に貰われた。
そして、伝言係をしたり、麻薬を包装したりした。

「事件については何も話したくない。泣いた後に、頭がとても痛くなった。後悔している。 でも自分の将来のことを考えたい。 違う人間になりたい。 福音派の教会に入りたい。他人によいことをしたい。 勉強して、医者になりたい」

他の6人とともに彼女はバスを焼くのを手伝った。
悪いことをするとは思わなかった。

「自分はとてもいい人間だ。 いままでに失業した人や病気の人の手伝いをした。 自分の望まなかったことをしたことをわびたい。 頭の中が混乱している」

「もし時間が戻せるならば、やったことをしない」。

何度も繰り返したことは、「今望むことは幸せになること」。

母親が死んだ後に自殺をしようとしたことがある。
住んでいるファヴェーラの崖の岩に昇ったが、怖くなった戻った。


サブリナ・アパレシーダ・マルケス・メンデスSabrina Aparecida Marques Mendes21歳が逮捕された。
彼女は、この事件を指示したロルヂの彼女。

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カメラマンに囲まれて、嬉しかったのか、ポーズを作っていた。
ちょっと微笑んでもいた。
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この「小さな事件」に関係する人たちは、それぞれどれだけ「重い人生」を引きずっているのかと考える。

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ブラジル・サンパウロの天気の変化

ブラジル・サンパウロは、もうすぐ夏だ。
昨日(12月9日)は、久しぶりに晴れ渡り、気温も上昇した。
29度くらいまで上がった。
湿度がそれほど高くないので、とても気持ちがよかった。

そして、今日の土曜日も、また晴れて気温が上がり昼過ぎには30度を超えていた。
やはりとても気持ちがよかった。

でも、16時くらいから南西の方から雲がやってきた。
にわか雨になるのかと思っていたが、そうではなく17時くらいには全天を覆ってしまった。
気温はあっという間に23度くらいになった。
風が強くなった。

19時頃から霧のような雨が、そして、22時には小雨に変わった。

気温は18度まで下がった。

本当に、サンパウロの天気が変化が激しい。

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その46 MUBE8

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されていた。
12月4日に、ショッピングD&Dで競売があり、売却された。

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そのMUBEにいた牛である。
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sexta-feira, 9 de dezembro de 2005

サッカー・ワールドカップ ブラジル代表 その2 組合せ決まる

2006年のワールドカップの組合せ抽選会の放送は、ブラジルでは、12月9日18時15分頃から約1時間。

ブラジル最大のメディア・グループのグローボは、地上波だけではなく、傘下のGLOBO NEWSおよびSPORT TVと3つのチャネルを使って放送した。
地上派の司会は、もちろんガルボン・ブエノ氏。
あまりによくしゃべるので、ちょっと鬱陶しかった。

ブラジルは、F組と決まっていた。
そして、同組には豪州、クロアチア、日本ときた。

ブラジルにとっては、まあまあの結果である。

欧州の抽選者である王様ペレが、強豪のオランダ、ポルトガウ、チェコを、それぞれアルゼンチン、メキシコ、イタリアという強豪と同じ組になるように引いていったときには、またもや「王様ペレのワールドカップでの大得点」という言い方であった。

アジアの対戦相手としては、出来ればサウジアラビアをと望んでいたようだったが、そこまではうまくいかない。

クロアチアとは、この8月17日に親善試合を行っている。
1対1で引き分けている。

豪州のパワーのあるサッカーは、あまり1次リーグの相手としては好ましくないはずである。
ブラジルの選手が壊れる可能性がある。

日本も、選手のレベルはともかくとして、ブラジルの裏も表も知っているジーコが何かやるといつも警戒している。
コンフェデレーション杯の時の引き分けも、教訓になっている。
おそらく、最終戦の日本には、「おまけを付けるくらいにお返しは」するはずである。

ブラジルとしてはできれば2勝1分くらいで、1位通過と考えているのだろうか。

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夜のニュースになると、もちろんトップニュースである。
1次リーグはさほど話題にならず、その後に話題が移っていた。
最初はイタリアと当たりそうだとか、その後はフランスかスペインだとか。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その9 サンパウロFC練習

サッカー・世界クラブ選手権に出場するサンパウロFC。

ブラジル・サンパウロからは、ルフトハンザ航空を利用して、フランクフルト経由で成田に着いている。
(米国は通過でもビザがいるので、米国経由にしなかったのかもしれない。 欧州はブラジル人は日差がいらない国がほとんどである。)

成田に迎えに来たのは、鹿島のセレーゾ監督。

ホテルは、目白のFourSeasonsつまり椿山荘である。

元々、東京FCもしくは横浜マリノスのトレーニング場を使い、ホテルは横浜ではYkohama park towerで、東京フォーシーズンズを望んでいたのだが、最初はFIFAが希望を叶えてくれなかった。
練習場と指定されたのは、東京では西が丘もしくは横浜では三ツ沢。
ホテルは、東京ドームもしくはシェラトン・ベイ・横浜だった。

サンパウロFCの選手にとっては、問題は時差と気温。
時差は11時間で、気温はサンパウロでは考えられないくらい低い。
色々と準備はしてきたようだが、24時間の飛行機の旅の疲れもある。

サンパウロFCは、決勝でリバプールと当たるとしか考えていない。
でも、一応その前の試合も気にしていることがわかった。

今日の練習では、公開なのだろうが、アラブ人はいないかチェックをしていた。
スタンドのあちこちに、サンパウロFCのスタッフが陣取って、トランシーバーで連絡をしていた。

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サッカー・ワールドカップ ブラジル代表 その1 抽選

サッカー・ブラジル選手権が、コリンチャンスの優勝で終了してから、ブラジルのサッカーは1月初めの各州別の選手権が始まるまでは休みである。
公式戦はない。

ほとんどの選手達は、1月2日からの練習開始までは休みである。

この12月11日は、サンパウロのモルンビー競技場で、優勝チームのコリンチャンスと優秀選手で編成されるチームの試合が行われるが、あまり話題とはなっていない。

各チームのファンにとっては、選手の移籍や契約更改の話題もあるが、まだ大型の移籍はない。

インテルナシオナウのおこしている「訴訟」についても、全く大した話題ではない。

今、一番の話題はワールドカップの組合せ抽選会である。
世界クラブ選手権のサンパウロFCについての扱いは、1割くらいだろうか。

ブラジル時間の今日(12月9日)18時30分から行われるが、ブラジル・サッカー協会(CBF)の首脳陣は12月5日に行われた優秀選手表彰式を終えるやいなや、ドイツのライプニッツに飛んできた。

CBF会長のリカルド・テイシェリアなどは、インテルナシオナウの「訴訟」のことなど全く気にしていないようだ。

優勝しか評価されないブラジル代表は、どこと当たってもよいのだろうが、一応希望がある。

1次リーグでは、出来るだけ疲れたくないので、強くないチームと同組になることを望んでいる。
2002年では、トルコと中国とコスタリカとの組で、とても楽だった。
楽だと、控えの選手も使うことが出来るので、主力選手に疲れがでないのである。
それに、1次リーグの試合の中でチーム作りが出来ていくブラジルのパターンとしては、ポジショニングなどを確認しながら、練習のように、球をまわしていって、選手間の連携を作り上げていきたいのである。

それが、強豪がいると、いきなり真剣にぶつかり合うことになり、選手が消耗してしまうのである。

ブラジルでは、開催国ドイツやオランダ、それに2002年の優勝監督フィッリピ・スコラーリ監督の率いるポルトガウそして、永遠のライバルのアルゼンチンが、強敵と見ている。

ブラジル代表監督のカルロス・アルベルト・パヘイラは、この抽選で、ブラジル代表の相手が決まった後のこの金曜日からは、ブラジルは実質的にワールドカップの環境に入ると言っている。

それにしても、ワールドカップになるとブラジル人の存在の大きいこと。

抽選者の1人は、王様ペレである。
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そして、参加32チームの中に、ブラジル人監督が4人いる。

(ブラジル)
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(ポルトガウ)
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(コスタリカ)
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(日本)
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ジーコとフィリポンが話している。
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ちなみに、参加32カ国中で、ポルトガル語を話す国は、3カ国である。

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ブラジル・サンパウロの「とても気持ちよい日」

12月8日のブラジル・サンパウロは、とても気持ちのよい一日だった。

朝は、十分に冷えて、最低気温は15度くらいまで下がっていた。
でも雲のない青空。

その青空が、ほぼ一日中保たれた。
もうすぐ2週間で、南回帰線上にあるサンパウロの真上に太陽がやってくるので、昼間は強い日差しがある。
だが気温が全然上がらず。
23度くらいだった。

高原のクールな風が吹く、とても爽やかな一日だった。

かつて過ごした、北海道の6月を思い出した。

もしくは、蓼科の別荘のような。

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quinta-feira, 8 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロの「2005国際建築ビエナウ」

ブラジル・サンパウロ市のイビラプエラ公園にあるビエナウ館で、「第6回国際建築ビエンナウ」なる催し物が開催されている。
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参加しているのは、ブラジルの設計事務所、大学の建築学科、そして州や市の建築部などが主である。
建築材料である鉄鋼やセメントの会社の参加もあった。
それに海外からの建築事務所からの参加。
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日本からはなかったようだ。
あまりに建築について環境や条件が違っているからであろうか。

都市計画、
都市再生、
住宅設計、
地域再生、
土木、
等々、広くカバーされていた。

ほとんどが、パネル展示。
コンペティッションに参加したときの資料などを掲示しているものが多かったようだ。
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それに、建築模型もあった。

とは言え、広い会場に同じ様な展示で、いささか疲れた。
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そして、あまり観客はいなかった。
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関係者ではない限り、あまり面白い物ではないだろう。
建築を学んでいるような学生がいた。

しかし、入場料は12レアル(約620円)だったが、建築事務所のプロモーションのような内容であるにしては、いささか高いと思った。

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その45 MUBE7

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されている。
spd20051207f

そのMUBEにいた牛である。
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ブラジル・サンパウロのナタウ その2

ブラジル・サンパウロのショッピング・センターも、それぞれにナタウnatal(=クリスマス)の飾り付けを競っている。

サンパウロの古くからの高級アパート街の中にあるシックなショッピング・センターのパチオ・イジェノポリスPatio Higienopolisも中央の吹き抜けに4フロア分の高さのあるツリーを立てた。
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そして、パパイ・ノエウpapai noel(=サンタ・クロース)もいる。
この時期、このパパイ・ノエウ役になる老人は、結構いいお金になるようだ。
大体年齢的に、年金生活者である。
ちゃんと、研修もあるようだ。

小さい子供達は、パパイ・ノエウとお話しするのがとても楽しみなのである。
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もう子供ではないので、側にいるお姉さんの方とお話ししたかった。

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サッカー・ブラジル選手権 2005年最優秀選手テベス 2

2005年のサッカー・ブラジル選手権で優勝したコリンチャンスに出資しているパートナーのMSIの社長のイラン人のキア・ジョラブシアンKia Joorabchianは、今日(12月8日)にアルゼンチンのテベスは2006年のシーズンもずっとコリンチャンにいるといった。

「カリットス・テベスは来年どこかに行ったりはしない。それは、ブラジルで試合が出来てとても幸せだからだ。
彼は自分に約束したし、自分も彼に約束した。自分は彼はいると思う、というのはコリンチャンスのファンにとっても夢である、リベルタドーレス杯南米選手権2006のタイトルを取りたがっているからだ」と、キアは言った。

「カリットス・テベスを買うことが出来ような価格は今日あり得ない。彼のようなレベルの選手に出会うことは非常に難しいからである。 多くのクラブがカリットス・テベスと契約したがっているのは当たり前だ。でも彼を売る気はない。」

最近、英国の新聞が、テベスがチェルシーに移籍すると伝えた。
そして、現在CSKAにいるヴァグネル・ロヴィが、テベスと入れ替わるという。

キアは、カリンチャンスの監督アントニオ・ロペスの仕事ぶりに満足していると言った。
「彼は、ベスト5の監督の1人である。 替えるような必要はないと思う。 というのは、ブラジル選手権で2回優勝し、リベルタドーレス杯南米選手権では1度優勝しているからだ。」

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サッカー・ブラジル選手権 「優勝の取り消し」の訴えの取り下げ

2005年のブラジル選手権のコリンチャンスを優勝を取り消すように求めて訴えを起こした、公式には第2位のインテルナシオナウのファンに対して、そのインテルナシオナウが訴えを取り下げるように、お願いすることになりそうだ。
ブラジルサッカー協会の最高スポーツ裁判所に訴えを起こしているのは、サンタカタリーナ州の弁護士のレアンドロ・コンラッドLeandro Konrad。
インテルナシオナウは、この先時間がかかると、来シーズンのリベルタドーレス杯南米選手権2006のチームの参加が出来なくなるという畏れを持っている。

コンラッドは、まだインテルの役員の意見を受け容れて、訴えを取り下げるかどうかについては、何も言っていない。

インテルナシオナウの社長フェルナンド・カルヴァーリョFernando Carvalhoは、リベルタドーレス杯南米選手権2006からはずされるというリスクがあるという危惧を表明している。

「実際、起きてきたこと全てについて、我々は彼に固執しないように考えるように連絡を取っている。というのも我々にとって失うものがでてくる可能性があるからだ。」

このCBFに対する司法手続きを取り下げるようにとの弁護士に考え直して貰うというインテルナシオナウの決定は、インテルナシオナウの2人の副社長アルツール・デルグラーヴィArthur Dallegraveとマリオ・セルジオ・マルチンス・ダ・シウヴァMário Sérgio Martins da Silvaが、パラグアイのアスンシオンの南米サッカー連盟での会議に参加しており、そこで連盟のニコラス・レオスに会って、こういうことがあるとインテルナシオナウをリベルタドーレス杯南米選手権2006から排除するかもと言われたことによる。

「インテルナシオナウは、リベルタドーレス杯南米選手権2006に参加する信任を得ており、我々の参加を疑問視するようなことは何もない。 しかし、とにかく、起きる可能性を排除しておかなければならない」

南米サッカ-連盟の広報担当役員ネストール・ベニテスは、リベルタドーレス杯南米選手権2006に参加するブラジルのクラブは、CBFから通知があるといった。

「お墨付きは、CBFからある。 彼らがリベルタドーレス杯南米選手権2006に参加するチームを決める。インテルナシオナウが参加するかしないかは、CBFの決定である」と、ベニスは言っている。

ネストール・ベニテズは、南米サッカー連盟が南米杯に参加するチームをどうこうすると期間ではないといった。

スポーツ裁判所の決定を変更したいという訴えをしたいとするならば、唯一の道はFIFAに持ち込むことである。

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quarta-feira, 7 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロの「店舗の閉鎖」

ブラジル・サンパウロの目抜き通りパウリスタ大通りに「Stand Center」という名前の何十軒もの小さな店が入ったビルがある。
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一つの店の広さは、一坪二坪くらいである。
そういう店なので「スタンド」と名付けたのだろう。

売っているものは、ほとんどがコンピューター部品やデジタルカメラなどの電子機器、それにブランド品、そしてDVDやコンピューターソフトであった。
秋葉原にありそうな店である。

ここが、先週の金曜日に11時頃のちょうど開店する時刻に、警察や税務署によって急襲された。
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警察と税務署職員は、この作戦のために朝7時に集まって、レクチャーを受けている。
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そして、大人数で一気に押し寄せた。

容疑は、脱税に、知的所有権の侵害である。
脱税は、関税に、商品取引税(消費税のようなもの)、それに所得税である。

これらの店のほとんどは、中国人もしくは韓国人が経営者である。
アジア各国から、商品をまとめ、色々な方法で密輸し、関税をごまかす。
密輸の元締めがそれらの商品を、更に末端のこういう店に卸すのだが、その時に必要とされる伝票が全くないので、商品取引税も所得税もちゃんと申告してこないことは明白である。
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さらに、ブランド品には密輸品やコピー品がいっぱい。
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ソフトやDVDは、コーピーに決まっている。 海賊版だ
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このような店ばかりなので、いつも人がいっぱいでごった返していた。
何しろ安いのである。
サンパウロの一等地で、こんなことをしていたのである。
いままで、摘発されなかったのが不思議なくらいである。

取り締まりの最中は、誰も外に出すことはなかった。
商品が、山のように押収されて、運ばれていった。

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そして、日曜日に見に行ってきた。

ほとんど店がしまっていたが、なぜかまだ開いている店もあった。
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密輸とは関係ないような、ブラジル産の服のブチックやアクセサリーショップであった。

閉まった店には、警察や税務署の大きく貼り紙がしてあった。
店によっては、何枚も貼り紙がある店もあった。
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そして、入り口にはまだ警察も税務署も張りついていた。
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商品の搬出を厳しくチェックしていた。

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この「Stand Center」は、昨日火曜日(12月6日)になって、全てが閉鎖になった。
なんでも、電気設備などが基準を満たしていないからということである。
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実は、この「Stand Center」を利用してはいなかった。
というのは、ここよりもっと近いところに同様の「Promo Center」というのがあるからだ。
パウリスタ大通りとアウグスタ大通りの交差点を100メートルほどセントロよりに下ったところである。

パウリスタ大通りに面していなかっただけに、家賃が更に安かったのか、商品の価格も更に安かった。

歩いていけるところなので、ここが、閉鎖にならないことを祈るばかりである。
価格はすこし上がったような気もする。

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最近、密輸取り締まりや海賊版摘発に警察はとても力を入れている。
こういうことを生業としている中国人達や韓国人達は大変であろう。

摘発もよいのだが、関税を下げて、これらの製品が国際的に適正な価格になればよいのだが、今はあまりに高い。
だから、密輸が蔓延るのである。

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その44 MUBE6

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されている。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・南米杯2006 その1 サンパウロFCは出場権を失う

ブラジル・サッカー協会(CBF)は、ヴァスコ・ダ・ガマに2006年の南米杯の出場権を与えることを確認した。

CBFは、2006年南米杯の8チーム目の出場権を、2005年ブラジル選手権で12位であったヴァスコ・ダ・ガマに与えることを決定した
本来ならば優勝チームと5位から11位までのチームに与えることになっていた。

ところが、11位のサンパウロFCが、今年のリベルタドーレス杯南米選手権の優勝者としてリベルタドーレス杯南米選手権2006に出場することになっているので、代わりにヴァスコが繰り上げで出場権を得た。

CBFによると、ブラジル選手権の規約第5条に、唯一ブラジル選手権の優勝者だけが、リベルタドーレス杯南米選手権と南米杯に出場できると定められているからであるという。

南米杯には、他には優勝者のコリンチャンスCorinthians, フルミネンシFluminense, アツレチコ・パラナエンシAtlético-PR, パラナParaná, クルゼイロCruzeiro, ボタフォゴBotafogo、サントスSantosが出場権を得ている。

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ブラジル・サンパウロは、また寒い

ブラジル・サンパウロの気候は、難しい。
暑くなったり、寒くなったり。

昨日(12月6日)は、日中に少なくとも3回は雨が降った。
雷雨ではなかった。
そして、また寒波が来たようだ。
今日はどんどんと気温が下がっていく感じだ。
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雲が厚いようではないのだが、気温は21度くらいまでしか上がっていない。

また、冬装束の日になった。

最低気温は14-15度くらいまで下がるようだ。

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サッカー・ブラジル選手権 優勝の取り消し

12月4日に、コリンチャンスの優勝で幕を閉じた、2005年のサッカー・ブラジル選手権

今年は、審判の不正疑惑で、その審判が主審を務めた11試合の結果が最高スポーツ裁判所で取り消されて、再試合になった

この再試合が行われなければ、このブラジル選手権でのブラジル・サッカー協会CBFの公式結果では第2位のインテルナシオナウが勝ち点1点差で優勝になっていたはずという。

このインテルナシオナウのファンが、11月20日のコリンチャンスとの試合の判定に異議を唱えて、無効試合にしたCBFの決定の取り消しを求めて、地元リオ・グランヂ・ド・スルで訴えていた。

最終節の第42節の前々日の金曜日に、この裁判所がインテルナシオナウの訴えを認める決定を出していた。
しかし、CBFはこの裁判所の決定を無視して、CBFの決定が正しいとして、コリンチャンスの優勝を認めている。

今日(12月6日)に、リオ・グランヂ・ド・スル州の民事裁判所のムニラ・アンナMunira Hanna(女性)判事は、CBFの本部に裁判所の決定を文書にして送達した。
この文書で、彼女はCBFが裁判所の決定に従うように申しつけている。

従わない場合は、4百万レアル(2億円)を支払うようになる、そしてCBFの会長が逮捕される。

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通常、スポーツのことは、スポーツ裁判所で全て解決される。
このように、普通の裁判所へ訴えを出したインテルナシオナウの行動は異例である。

インテルナシオナウは、最終節の第42節で、クリーバでコリチーバと対戦し、負けた。
だが、グラウンドでは「優勝」だと、インテルナシオナウのファンとともに喜んでいる。

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インテルナシオナウは、公式には第2位なので、リベルタドーレス杯南米選手権2006の出場資格を持っている。
しかし、リベルタドーレス杯南米選手権2006を主催する南米サッカー連盟は、サッカーの問題を普通の裁判所へ訴えるようなインテルナシオナウは、リベルタドーレス杯南米選手権2006に出場させないと言ってる。

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サッカー・ブラジル選手権 2005年最優秀選手テベス

12月6日に、2005年ブラジル選手権の最優秀選手に選ばれたコリンチャンスのテベス


各ポジションの表彰選手が作るドリームチームと、優勝チームが、12月11日16時にサンパウロのモルンビー競技場で試合をすることになっている。

テベスにはこれには出場しないと言っている。

「今からは、休暇だ。」と、表彰式の行われたリオ・デ・ジャネイロのジョアン・カエターノ劇場をあとにするときにテベスは言った。

妻と娘を連れて、テベスは今週中にアルゼンチンに戻る。
そこで、家族と休みにはいる。
でもテベスは、ブラジル選手権で最優秀選手に選ばれてとても満足している。

「今夜はとても特別な夜だった。 とても幸せだ。 とても厳しい選手権だった。」

テベスは、彼の成功と、彼へのコリンチャンスのファン達の優しさがブラジルとアルゼンチンのライバル心を減少させたとは考えない。

「いや、それはいつもある。 それは我々の文化である。」


テベスは、2006年はずっとコリンチャンスにはいない。
テベスは、英国のチェルシーChelseaに行く。

コリンチャンスをコントロールしているMSIは、すでにヴァグネル・ロヴィVágner Loveと契約するべく接触している。
彼が、テベスの後にはいるというわけである。
元パルメイラスの彼も、来年の初めからコリンチャンスに入れたいようだ。

CSKAとチェルシーは、ともにMSIの出資を受けているグループである。
ここで一つの3角トレードが起きる。
コリンチャンスのFWジョーがCSKAに行って、ヴァグネル・ロヴィがコリンチャンスに来る。
そして、テベスがチェルシーである。

コリンチャンスは、2006年のリベルタドーレス杯南米選手権2006の初めまでには契約を終了させたいという希望を持っている。


テベスは、同僚選手と殴り合いの喧嘩をした時は、もうコリンチャンスを出ようかと思っていたそうだ。
実際アツレチコ・ミネイロと交渉ということもあったようだ。


表彰式での、最優秀選手に選ばれたテベスである。
少しだけ踊った。
ゴールを決めた後でないと、やはり乗らないようだ。
「20051206Tevez.wmv」をダウンロード

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terça-feira, 6 de dezembro de 2005

ブラジルの広告 その4 東芝

2006年は、ワールドカップの年である。
ブラジルでは、ワールドカップの前にテレビが爆発的に売れる。
誰だって、肝心なシーンをよりよい映像で見たいに決まっている。

だから、あと半年余りになったワールドカップの前のクリスマス・シーズンは、テレビのメーカーにとっても重要な時期である。

東芝のテレビCFがある。

日本人の家に、夜、誰か尋ねてくる。
その家の女性が応対に出る。
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と、訪れたのは、誰でもない、その女性の夫である。
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「どこに行っていたの。 50ヶ月も。」

どうやら男は、50ヶ月もどこかへ出奔していたらしい。
夫は、何も答えない。 くたびれた様相である。

妻が、子供を紹介する。
「あなたが出て行ったときに、お腹の中にいた子供よ。双子だったの。」
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成長して、大きくなった子供である。

そして、もう1人子供がでてくる。
なんと、金髪だ。
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妻が、はにかみながら言う。
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「50ヶ月は長かった。」

そして、肝心の商品であるテレビのラインナップ。
画面には「50」という数字がある。
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つまり「50ヶ月間」保証すると言うことである。

ブラジルで最も国民的な番組はワールドカップのブラジル代表の試合である。
会社は社員を早引きさせ、商店はシャッターを閉める。
街は、試合の直前にはとても静かになる。

車も走らない。
電話もかかってこない。

その試合の中継番組の最中に、テレビが万が一壊れてしまったら、目も当てられない。
ブラジルでは、画像がどうのこうのよりも、故障しないことが求められている。

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東芝といっても、正式にはSEMP TOSHIBAといって、古くからの合弁企業である。
おそらくブラジル側の出資比率が高かったはずだ。

いつも、日系人が登場する。

今回も最後までそうだ。
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ブラジルのテレビCFには、このように「ブラックな」笑いをとるものが多い。

しかし、このCFは、まるで日本女性が貞淑ではないようで、「笑っては」いられない。
50ヶ月は長いのだろうか。

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サッカー・ブラジル選手権 得点王ロマリオ

2005年のサッカー・ブラジル選手権で、得点王になったロマリオ39歳。
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昨日(12月5日)に行われた、ブラジル選手権の表彰式でスタンディング・オベイション。
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でも、ロマリオは表彰式に行かない可能性があったのだ。

12月4日の最終節の第42節まではロマリオは、トップのパイサンドゥのロブソンに、1点差ではあったが2位であった。
この時点で、CBF(ブラジル・サッカー協会)から招待状がでているのだが、ロマリオの名前が抜けていた。

ロマリオはとても「傷ついて」、欠席の言い訳とするための旅行をすることにしていた。
でも、かつての悪童ももう「39歳」で、あと一月で「不惑」。
そろそろ大人になったので、出席することにしたのである。
(会場入りするロマリオ)
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(得点王の表彰のために登壇するロマリオ)
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そのロマリオが、自宅でインタビューに答えている。
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「色々と反対の批判をする人がいるのも知っているが、まだ出来るうちはプレイを続ける。 少なくともあと1年は、神がお望みの限り。」
「20051205RomarioA.wmv」をダウンロード

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ブラジルでいつも話題になるのが、王様ペレ以降の最高のプレイヤーは誰かというのがある。

ジーコも勿論名前が挙がる。

でも、このロマリオは自分だと言って、いつも顰蹙を買っているのだが、実際ロマリオかもしれない。
口に出すから、他の人が言えなくなってしまっている感がある。

これから、当分毎日ロマリオの画像を掲載したいくらいだ。

2005年は、2度ロマリオの出場した試合を観戦した。
2006年は、もっと見に行こうかな。

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その43 MUBE5

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されている。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その8 サンパウロFC出発

日本で行われる世界クラブ選手権に出場するサンパウロFCは、12月5日20時40分に、サンパウロのグァリューリョス国際空港を離陸した飛行機で出発した。

当初19時40分に離陸予定であったが、技術的な問題で離陸は1時間遅れた。
サンパウロFCの一行には、あらかじめ航空会社から、時刻の変更の連絡があったので、一行のバスはサンパウロ市西部のバッハ・フンダのトレーニングセンターに17時頃に立ち寄り、出発したのは18時過ぎであった。

サンパウロFCの一行を乗せたバスが、グァリューリョス国際空港に到着したのは19時過ぎ、500人を超えるファンが通路を埋めていた。
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一行が到着して、空港は大混乱になり、選手達は急いで搭乗待合室に向かった。

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ところで、世界クラブ選手権は、トヨタカップ欧州・南米クラブ選手権が発展したものだが、実は2000年に世界クラブ選手権が行われていたのを、正式に主催したFIFAですら忘れていたというエピソードがある。

先日、FIFAのサイトに「世界クラブ選手権」のページが出来たのだが、そこには2000年のチャンピオンが欠落していたのである。

こういうことを覚えているのは、もちろんその時のチャンピオンである。
その時のチャンピオンは、コリンチャンス。

この2005年のブラジル選手権を制する前に、最後にとったタイトルだったのだ。
コリンチャンスの本拠地にも、しっかりと大書してある。

FIFAはその後コリンチャンスの名前を付け加えている。

今まで、トヨタカップに2度参加してきて、そして今度の世界クラブ選手権に出場するサンパウロFCは、永遠のライバルに起きたこのことを揶揄して、コリンチャンスの怒りを買っている。

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segunda-feira, 5 de dezembro de 2005

サッカー・ブラジル選手権 2005最優秀選手 その4 表彰式

2005年サッカー・ブラジル選手権の最終節の第42節が終了した翌日の今日(12月5日)に、リオ・デ・ジャネイロで、2005年ブラジル最優秀選手の表彰式が、ジョアン・カエターノ劇場で行われた。

優勝したコリンチャンスからは、5人が最優秀選手に選出された。

フルミネンシとインテルナシオナウからは、それぞれ2人が選出された。

最優秀監督は、インテルナシオナウのムリシー・ラマーリョMuricy Ramalhoが選出されて、ブラジル代表監督のカルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraからトロフィーが渡された。
最優秀審判には、リオ・グランヂ・ド・スル州のレオナルド・ガシバLeonardo Gacibaが選出された。

そして、22ゴールを決めたヴァスコのロマリオが、得点王artilheiroの表彰を受け、金のサッカーシューズのトロフィーを受けた。
このとき、出席者が立ち上がり、祝福の拍手を送った。

また、ザガーロに特別表彰が贈られた。

最後に、2005年最優秀選手の発表が行われて、コリンチャンスのカリットス・テベスCarlitos Tevezが、栄光の第1回目のトロフィーを手にした。
ゴールを決めたあとの、テベスのダンスを踊ってくださいといわれて、非常に照れていた。

受賞者:OS VENCEDORES
GK       Goleiro:         ファヴィオ・コスタFábio Costa (Corinthians)
右SB     Lateral-direito:     ガブリエウGabriel (Fluminense)
DF       Zagueiros:        ガマッハGamarra (Palmeiras) 、ルガーノ Lugano (São Paulo)
左SB     Lateral-esquerdo:    グスタヴォ・ネリーGustavo Nery (Corinthians)
ヴォランチ   Volantes:   マルセロ・マットスMarcelo Mattos (Corinthians) 、チンガ Tinga (Internacional)
MF      Meias:      ペトコヴィッチPetkovic (Fluminense) 、ロジャー Roger (Corinthians)
FW      Atacantes:   テベスTevez (Corinthians) 、ラファエル・ソビス Rafael Sóbis (Internacional)


監督      Técnico:     ムリシー・ラマーリョMuricy Ramalho (Internacional )
審判      Árbitro:      レオナルド・ガシバLeonardo Gaciba

得点王     Artilheiro:    ロマリオRomário (Vasco)
年間最優秀選手 Melhor jogador do ano:   カリットス・テベスCarlitos Tevez (Corinthians)

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とても静かな淡々とした表彰式であった。

ベスト11には、5人の外国人選手が入っている。 
    テベス          アルゼンチン
    ルガーノ         ウルグアイ
    ペトコヴィッチ      ボスニア・ヘルツェゴヴィナ
    ラファエル・ソビス    コロンビア
    ガマッハ         パラグアイ

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その42 MUBE4

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されている。
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そのMUBEにいた牛である。
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domingo, 4 de dezembro de 2005

サッカー・ブラジル選手権 ロマリオは得点王

サッカー・ブラジル選手権の最終節の第42節のヴァスコ対パラナ戦で、ロマリオは2つのPKを決めて、ブラジル選手権での合計得点を22点とした。

これにより、ロマリオは得点王となった。

2005年ブラジル選手権で、6点までの得点を上げた選手は次の通り。
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サッカー・ブラジル選手権 第42節終了

サッカー・ブラジル選手権の第42節が、12月4日に終了した。
これによって、2005年のブラジル選手権の全ての試合が終了したことになる。

結果は次の通り。


12月4日(日)
試合開始     試合結果             競技場
16h  São Paulo   3 x 1  Atlético-PR     Morumbi
16h  Juventude   1 x 3  Atlético-MG    Alfredo Jaconi
16h  Figueirense  3 x 1  Santos        Orlando Scarpelli
16h  Ponte Preta  3 x 1  Brasiliense      Moisés Lucarelli
16h  Paysandu    1 x 4  Flamengo       Mangueirão
16h  Vasco      3 x 1  Paraná        São Januário
16h  Coritiba     1 x 0  Internacional    Couto Pereira
16h  Botafogo    2 x 0  Fortaleza       Luso-Brasileiro
16h  Cruzeiro    1 x 3  São Caetano     Mineirão
16h  Palmeiras   3 x 2  Fluminense      Parque Antarctica
16h  Goiás      3 x 2  Corinthians      Serra Dourada

※サンパウロは、最終戦を地元で勝利した。
 ルガーノが2点。
 ロジェリオ・セニも1点を上げた。
※ヴァスコは、ロマリオの2点を含む。
 ロマリオの得点王は凄い。
※インテルナシオナウは、最終戦で力尽きた。
※パルメイラスは逆転で、フルミネンシを倒した。
  順位も逆転し、リベルタドーレス杯南米選手権2006の出場権を得た。
コリンチャンスは、負けた。 しかし、インテルナシオナウが負けたために、勝ち点の差3点は縮まらず、優勝となった。

「20051204Brasileirao.wmv」をダウンロード

(第42節を終了し、2005年ブラジル選手権の最終順位は次の通り)
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上位4チームは、リベルタドーレス杯南米選手権2006に出場できる。
(2005年リベルタドーレス杯南米選手権に優勝のサンパウロFCも出場権がある。)
※2005年のブラジル杯優勝のパウリスタも、リベルタドーレス杯南米選手権2006に出場できる。

5位から11位のチームと、優勝のコリンチャンスは、2006年の南米杯に出場できる。

下位4チームは、2部に転落。
コリチーバも転落となった。
2部から上がってくるチームは2チーム。

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サッカー・ブラジル選手権 コリンチャンス優勝

2005年サッカー・ブラジル選手権は、12月4日(日曜日)に最終節の第42節の11試合が行われ、コリンチャンスの優勝で終わった。

コリンチャンスのブラジル選手権での優勝は4回目。
4回目の優勝をしたチームは、トロフィーを永久に保持できることになる。
原稿のブラジル選手権では、コリンチャンスが最初のチームとなった。
過去の優勝は、1990年、1998年、1999年。

(骨折で出場できないMFロジャーも、グラウンドへ)
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(右SBグスタヴォ・ネリー)
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サッカー・ブラジル選手権 第42節 ゴイアス対コリンチャンス

サッカー・ブラジル選手権の最終節第42節のゴアイス対コリンチャンス。

コリンチャンスの優勝を決める最後の機会になった。
アウェイのゴイアスでの試合でもあるにもかかわらず、セッハ・ドラーダ競技場にはコリンチャンスの大応援団。
やはりさすがの動員力と統率力である。
(コリンチャンスの先発メンバー)
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(ゴイアスの先発メンバー)
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キック・オフは、予定の16時から遅れること9分。

今日は11試合全てが、16時に始まる。
  ※第2位のインテルナシオナウは、クリチーバでコリチーバと試合をしているのだが、開始早々域内ペナルティーキックを決められた。

インテルナシオナウが負けるようなことになると、問題なくコリンチャンスの優勝が決まるため、キック・オフ前にこの情報を得たコリンチャンのファンは大歓声。

 ※ヴァスコは、地元でパラナと対戦。
  前半17分に、遂にロマリオが1点を決めた。
  これで得点トップに並んだ。

 ※サンパウロFCが2点目を決める。
  1点目はルガーノ。2点目もルガーノ。
 ※パルメイラスは地元でフルミネンシを迎えている。
  リベルタドーレス出場権をかける両チーム。
  前半21分に、フルミネンシが1点先取点を上げた。

前半14分 ゴイアスのアンドレ・レオーニに、カルロス・アルベルトに対するファールでイエローカード。

 
前半22分を終えて0対0。
他の10試合は全て点が入っている。
 ※コリンチャンスのパートナーのMSIが、今朝ゴアイスの社長と話をしたそうだ。
  ロドリゴ・タバタを買いたいと言うことだ。
(ロドリゴ・タバタ)
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前半32分 ゴイアスのロニに、イエローカード。
前半41分 ゴイアスのパウロ・バイエルにイエローカード。
前半43分 ロスタイム2分。
前半45分、 ゴイアスのパウロ・バイエルのゴール。
        1対0。
前半47分  前半終了 

17時17分 後半開始

後半5分 テベスのゴールが決まる。
      1対1。
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  ※ロマリオは、後半21分にまたゴールを決めて、現在得点王になった。
    21点。
   恐るべき39歳。
   相手のパラナにはレッドカードが2枚でている。
   ロマリオが、まだ点を重ねる可能性がある。

後半12分 カルロス・アルベルトに対するファールに対して与えられたフリーキックを、コエーリョがゴール右隅に決める。
       1対2。
       
  ※パメイラス対フルミネンシは、1対2でフルミネンシがリード。
    後半16分にパルメイラスが1点を入れて追いついたが、再び22分フルミネンシが追加点をあげた。

後半30分 ニウマールが交替で、ジョーが入る。

  ※パルメイラスが、後半27分に追いついた。
    2対2。
    しかし、パルメイラスは勝つことしか選択肢はない。
    まだ、得点が必要だ。

後半22分  コエーリョが交替で、エヂソンが入る。
後半24分  ゴイアスのソウザが、コー名キックからの1ステップをゴールを決める。
        2対2。
    ※パルメイラスが、遂に逆転した。
      3対2。
      この時点で、順位が4位になり、フルミネンシは5位に。
      このリードを守れば、パルメイラスはリベルタドーレス杯南米選手権2006の出場権を得る。

後半40分  ゴイアスのゴール。
        3対2。
    
    ※第2位のインテルナシオナウが、コリチーバに1対0で敗れ、コリンチャンスの優勝が決まる。
    ※パルメイラスも、3対2で勝利し、リベルタドーレス杯南米選手権2006の出場権を得る。
      恐るべし、レオン・マジック。
      (レオン監督は、今日はベンチ入りは禁止。)
    ※ヴァスコも試合終了。
     ロマリオの得点は結局2点。

後半46分  試合終了。
        3対2でゴイアスの勝利。

       でも優勝。
「20051205CorGoias.wmv」をダウンロード
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サンパウロ市内では、花火が上がりまくる。

サンパウロの祝賀会場には、7万人が集まっているそうだ。

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ブラジルの「サブリナ・サトウ」 その24 宅配ピザ2

ブラジルで大人気の日系人タレントの「サブリナ・サトウ」。
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レギュラーとして出演しているrede TV局Panico na TVという番組で、色々な事にチャレンジさせられるのが、サブリナ・サトウの役割だ。

先週は、ピザの宅配にチャレンジということで、生中継の宅配もあった

また、「吉例」のランジェリーもあった。
元々はランジェリー姿で危険なことにチャレンジというコーナーだったのだが、段々と趣旨が変わってきて、ランジェリーだけが残った

今回は、「Delivery in lingerie」だった。

とあるピザ屋で宅配の電話を受けて、その家にランジェリー軍団が実際に配達に行って、引き起こすドタバタであった。

電話を受けるサブリナ。(本当の電話かどうかはかなり疑問だが、テレビだからそれは仕方ない。)
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デリバリーに出発。
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最初の家に到着。
家の中に入れてもらう。
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「至福の時」を過ごす少年。
胸がいっぱいで、ピザなど食べていられないはずだ。
お父さんも、子供の手前、そして妻の手前、かなり我慢をしていた。
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こんなランジェリー姿でのデリバリーが突然来たら、「嬉しくもあり」また「怪しい」。
ブラジルでは、一応決まりの「お尻」強調シーン。
これで視聴率は確実にアップ。
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訪問した家では、それぞれのランジェリー姿を披露するショーをやるのだが、ある女性はショーに見とれ、鼻の下を伸ばす彼氏に激怒し、ボコボコにしていた。
ブラジル人女性は、結構こういうことに鷹揚ではないところがある。
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まあ、何の意味も盛り上がりもない、ただのドタバタだった。

最後は深夜になって、サブリナ・サトウの大欠伸。
おばさん顔になっていた。
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しかし、このような強力BODYのブラジルと、秋葉系メイド喫茶の「萌え萌え」とは、彼我にかなりの方向性の違いがある。
勿論、ブラジルではこんなものは普通には街中にあるわけはないが、海岸に行くと「確実」に見ることができる。
どっちがどうとは言わないが。


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ブラジルの「エイズ撲滅運動」

12月1日は「世界エイズ撲滅の日」であった。
世界各地で、色々な催し物が行われた。

ブラジル・サンパウロでも、種々の啓発運動が行われてた。

ブラジルは、早くから感染が拡大した国である。
1980年代前半には、米国そしてフランスに次いで、第3位の感染者数を記録していた。
そして、程なく第2位になった。

そのころから、政府による強力且つ直接的な啓発運動が続いている。
現在は、感染者も毎年減りつつあり、患者も減っている。

この12月1日には、「多様性を尊重しよう」というキャッチフレーズのもとに、キャンペーンが繰り広げられていた。
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裏面には、まことにわかりやすい予防方法が、具体的に図解入りで示してある。
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そして、実際に会場では配布していた。
(いつでも所定の場所では配布しているのだが、この時期や2月には、そこかしこで配布している。)

とくに、2月のカルナバルの時には、「開放的」になりがちなので、この前にテレビでの啓発キャンペーンも集中して行われる

2005年のキャンペーンには、このダニエラ・メルクリーという歌手が明るくサンバのリズムで唄うCMに出演していた。
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この歌手が、つい最近2度にわたり話題になった。

12月に、バチカンに招待されて、ブラジル代表として唄うことになったという晴れがましいニュースが最初のニュース。
でもそのわずか数日後に、その決定が取り消されたという。
ある牧師が、ダニエラ・メルクリーが、そのキャンペーンに出演していたことを問題視して、バチカンに異議を申し立てたからだという。

バチカンは、エイズ撲滅を問題にしたわけではない。
「避妊を行うこと」を問題視したのである。

宗教の原則的立場は、誠に強力である。

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ブラジル・サンパウロの「コンサート」 その8 パール・ジャムのコンサートの第2日目 

今日(12月3日)は、サンパウロのパカエンブー競技場での、パール・ジャムのコンサートの第2日目である。

彼らの3カ所のコンサートの内、2回やるのはサンパウロだけである。

今日のサンパウロは、日中ずっと曇り模様。
昨日までの雨は夜半には止み、もう降ることはなかった。

だが、気温は低く、最高気温も19度。
また、冬衣装になってしまった。

第1日目のコンサート終了時刻は、21時30分と新聞に報じられていた。

そして、第2日目。
昨日の様に、開場前に周辺に列が出来て、騒がしいということもなかった。

コンサートは18時30分頃に始まり、そして21時25分に終わった。

拙宅は、ステージからのスピーカとは反対方向にあるし、また地形的なこともあり、「曲名」がわかるような状態ではなかった。
ただ、コンサートの間ずっと低音が響いていたし、時折観客の歓声が上がっているのがわかるくらいである。
低音なので、家の中でもかなり感じることが出来た。

観客の引きは、サッカーの時よりも若干遅く、いつまでも帰路につく観客のざわめきが聞こえていた。
1時間近くは、かかっただろうか。

とにかく、コンサートはもう今年はない。


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サッカー・ブラジル選手権 第42節 臨戦態勢

サッカー・ブラジル選手権も、明日(12月4日)が最終節の第42節となった。

現在トップのコリンチャンスが、このまま逃げ切って優勝するかどうかは、16時にキックオフの対ゴイアス戦で決まる。

①コリンチャンスは、ゴイアスへ。

コリンチャンスは、最終の試合をゴイアスの本拠地ゴイアニアで行う。
12月2日午後には、飛行機でゴイアニアに向かった。

MFカルロス・アルベルトは、今度はこのような頭で試合に臨む。
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ガヴィオンエス・ダ・フィエウの出陣
コリンチャンスは、正式なファンだけでも全国に50万人いるという。
これは、ブラジルで最も多いのだそうだ。
その中の最大のファン組織が、ガヴィオンエス・ダ・フィエウである。

今回も、ガヴィオンエス・ダ・フィエウの本部から、80余台のバスがゴイアニアに向かって、今日出発していった。
陸路十数時間の旅になるはずだ。
旅費だってメンバーにとってはかなりの負担になるはずだが、相変わらずもの凄い動員力である。
これから更にカルナバルの負担もあるというのに。
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4万人のチケットの内、コリンチャン側への割り当ては8千枚とのことである。
今日のコリンチャンスの公開練習でも、7千人が集まったという。
ブラジルで実は最も人気があるチームは、コリンチャンスということをしめしている。

③警察は厳戒態勢
サンパウロでは、パルメイラスが地元パルケ・アンタルチカでフルミネンシを迎えての試合を行う。
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この試合には、パルメイラスは勝つしかない。
勝つと、フルミネンシと逆転で4位に上昇し、リベルタドーレス杯南米選手権2006の出場権を得る。
だが、レオン監督が、先日の退場処分のあとの決定で、1ヶ月間ベンチ入りを禁じられている。

そして、サンパウロFCは地元モルンビー競技場で、アツレチコ・パラナエンシと対戦する。
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この試合は、両チームにとって、もう何の意味もない試合と言っても良い。
優勝も、転落も、リベルタドーレス杯南米選手権2006の出場権も、何もかかった試合ではないからだ。
サンパウロFCとしては、世界クラブ選手権に出発する前の壮行試合くらいの意味しかない。
そういう試合なので、ファンに出来るだけして欲しいと言うことで、入場料を8レアル(410円程度)と激安にした。

そして、コリンチャンスは試合がゴイアニアなので、サンパウロでは何もないと思いきや、サンパウロの北部での優勝祝賀会場にファンが集まってくる。
ここで大画面映像で、試合を観戦し、優勝の瞬間をみんなで祝おうというわけである。
(ガヴィオンエス・ダ・フィエウの居残り組は、本部で別途祝賀会をすることになっている。)
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※地図上のガヴィオンエス・ダ・フィエウの本部の位置が違っていた。)

この3チームには、それぞれにファン組織がある。

コリンチャンは、ガヴィオンエス・ダ・フィエウである。
サンパウロFCは、インヂペンデンチIndependente、そしてパルメイラスはマンシャ・ヴェルヂMancha Verdeである。
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※パルメイラスは、元々イタリア人のクラブであったので、イタリア国旗が使用されている。
 第2次世界大戦の時に、名称変更を余儀なくされている。

それぞれに強烈なライバル意識があり、往々にして抗争事件を起こしている。
つい10月にも事件があった。

この「復讐」を誓うかのような書き込みが、またインターネット上に現れているとのことだ。
警察は、チームのファンが交差する地下鉄駅なども厳重に警戒することにしている。

ガヴィオンエス・ダ・フィエウの副会長。
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マンシャ・ヴェルヂの会長。
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どちらも、「やりかねない」顔つきをしている。

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sábado, 3 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロで、超豪華な「結婚式」

ブラジル・サンパウロで、今日(12月3日)に超豪華な結婚式が行われている。

新郎は、ブラジル人。
新婦は、ギリシア人。

新郎は、Alvaro Affonso de Miranda Neto
新婦は、Athina Herene Rousselという。
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これにOnassis付けるとわかりやすい。
かのオナシスの遺産を受け継いだ唯一の女性である。
そして、新郎はオリンピックの馬術の金メダリストである。
ベルギーで出会ったそうだ。

サンパウロのモルンビにあるマリア・ルイーザ・イ・オスカー・アメリカーノ財団を借りて、パーティーが行われる。
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普段は一般に公開しているこの場所は11月10日から閉鎖して、結婚式のための改造のために閉鎖していた。
賃貸料が、75000レアル(400万円)

料理は、フランス料理のブッフェスタイルに、170人の給仕が付く。

ウェディング・ドレスはヴァレンチーノ。

ヘアーメイクはこの人。
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メイクアップはこの人。
そちらも、ブラジル随一の人たちである。
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会場の従業員だけではなく1200人の招待客にも、徹底した秘密保持が要求されている。
会場にはいるのに、2度のチェックがあるそうだ。
また、カメラや携帯電話も持ち込みは禁止。
秘密保持契約を締結したものだけが、入ることができるそうで、契約違反があるととんでもない罰金が来るそうである。

もちろん、マスコミも入り口でシャットアウト。

ギリシアからの招待客などには、ブラジル到着以後、出発までずっと警備が付くそうだ。

市内では、防弾車の大行列があったようだ、

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ブラジル人は、ときどきこういう「世界的な」話題に絡むことがある。
ブラジルにいても「白人」は、どこまでも「欧州人」の世界に生きていることを知るような出来事なのである。
やはり、ブラジルと欧州は近いのである。

日本人が、こういう話題の主人公になることは、やはり難しいだろう。

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ブラジルの「復讐」

ブラジルでは、「復讐Vinganca」が怖い。

復讐が怖いから、みんな口をつぐんでしまうのだ。

11月29日の夜、リオ・デ・ジャネイロ北部で、バスが燃えた。
燃えたのではなく、焼かれたのである。
そして、乗客5人が死んだ。
まだ、2人の身元がわかっていない。

普通の市内を走っているバスである。
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事件はこうだ。
バスは、未成年の男女が手を上げたので、乗客だと思い、ドアを開けた。
そしたら、別の若者が乗ってきて、ガソリンを撒いた。
乗客にもガソリンをかけた。

乗客たちはあわてて降りようとしたが、入り口も非常口も、銃器を持った別の若者がかためていた。
降りることが出来ないようにしていたのだ。
初めから、乗客を焼き殺すことを狙っていたのである。

そして、火を付けた。
幾人かの乗客は、そうした中でも窓を割ったりして、逃げおおせた。
でも火傷を負ったものも多い。

リオ・デ・ジャネイロでは、こういったバスを焼く事件は頻繁に起きているそうである。
しかし、乗客は降ろしたあとに、焼くのが今までの事件である。
この事件の真相は何だったのか。

最初に手を上げてバスを止めた未成年の少女の身柄が今日12月3日に確保されて、自供が報じられた。
「復讐」だという。

それも、「警察」に対する復讐である。
警察が、麻薬組織の取り締まりをやっているのは、毎日のことである。
その取り締まりの中で、「死者」がでるのも、ほぼ毎日のことである。

つまり、この若者達は、仲間の1人が取り締まりの中で警察に殺されたことに対する、「復讐」として、バスを焼いて5人を殺したのである。
何とも、やりきれない理屈である。

通常、麻薬組織はファヴェーラの中に根を張る。
そこに、警察が取り締まりのために侵入してくるのであるが、なかなか住民達の協力を得ることが出来ない。
それは、麻薬組織がファヴェーラの暮らしを守っていたり、時にはパーティーを主催したりと、住民達にとって害があるどころか、役に立つからである。
他の組織が入り込んで混乱が起きたり、警察がやたら目ったら弾を打って巻き添えになるのを嫌い、平和な暮らしを住民達はしたいだけなのである。
失業率の高いファヴェーラでは、麻薬だろうが何だろうが「生活の糧」になるのであれば、それは認めざるを得ない。

だが、今回のように無関係の乗客を犠牲者にしたのでは、「約束」が全く違ってくる。

さて、11月26日に、サンパウロ東部の薬局で事件が起きた。
日が暮れた頃、薬局の前に2台の車がとまり、中に向かって銃を乱射した。
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薬局の警備員は、5発の弾を食らったが、重傷ですんだ。
でも、中にいたお客の連れていた子供が死んだ。

実は、この事件の更に1週間前に、この薬局を強盗が襲った。
この警備員が、応戦し、その強盗の内の1人を射殺した。

そしたら、数日後に、その殺された強盗の妻がやってきて「復讐」してやると、店の中や周辺でわめき散らしていったそうだ。
この薬局の近くの商店もそのことを知っており、何か起きるのではないかと恐れていたそうだ。

警察では、正しく「復讐」であろうとみている。

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ブラジルの東北部の小さな街では、二つの憎しみ合っている家族が、復讐に復讐を重ねているといることもあるという。

触らぬ神に祟りなし。
近づかないことが大事なことである。

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ブラジル・サンパウロに「牛」 その41 MUBE3

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されている。
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そのMUBEにいた牛である。
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サッカー・ブラジル選手権 ロマリオは45歳まで現役。

朗報だ。

ロマリオが、もう5年間サッカー人生を続けるかもしれない。
このシーズンからのロマリオの友達であるアレックス・ヂアスが、ロマリオとの秘密の会話を暴露した。

「ロマリオは45歳までプレイすることを考えていると自分に言った。
彼は体調もいいし、ゴールも決め続けるのも用意だったと言った。」とアレックス・ヂアスは言った。

この2005年のブラジル選手権では、ロマリオは20ゴールを決めて、トップのパイサンドゥのロブソンに1点差と迫っている
ロマリオの考えでは、この日曜日に行われる最終戦のパラナ戦で更にゴールを決めて、得点王のトップに並ぶことである。

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例年、この時期になるといつも出て来ていた「ロマリオの引退」の話が、今年は全く出てこない。
あと5年も、ロマリオを見ることが出来るとは、いいことだ。
彼は、来年の1月に40歳になる。

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sexta-feira, 2 de dezembro de 2005

ブラジルで一番の馬鹿番組 その5 放送コード

ブラジルで、一番の馬鹿番組はrede TV局panico na TVである。
クレームの数が、第2位の10倍というところでも、そのレベルを如実に表している。

今までにも、この番組のあまたある狼藉のいくつかを紹介してきた。

栄光あるサッカー・ブラジル代表選手達を愚弄するかのような振る舞いには、誰でもあきれてしまう。
FIFAの最優秀サッカー選手に選ばれたロナウヂーニョ・ガウーショのほっぺを、指でつまんで引っ張るなどは、さすがのロナウヂーニョ・ガウーショも引きつっていたようだった。

先週は、2006年の大統領選挙の最有力候補者になるとみられているサンパウロ市長のジョゼ・セッハに、とんでもないことをした。

この番組では、サンパウロやリオ・デ・ジャネイロで夜毎開催されているセレブリティー達のパーティーに潜入したり、不可能な場合は(そちらが多い)開場の前でやって来る招待客耶蘇の招待客が帰るところを捕まえて、「おふざけ」インタビューをする。
このコーナーは、ブラジルの有名人をある程度知っていないと全然面白くないコーナーである。

先週は、あるパーティー会場に入り込めた。
その中にいるセレブリティーに、インタビューをしていたのだが、中には露骨に嫌う人もいて、その模様も流される。

その中に、サンパウロ市長のジョゼ・セッハもいた。
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そのジョゼ・セッハの頭に「接吻」をした。
市長のジョゼ・セッハも、大変だ。
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その馬鹿番組のpanico na TVでも、放送コードがあるようだ。

映像的に「汚い」ので、あまり紹介したくないのだが、先週ひとりのコメディアンが「臀部」に入れ墨をするということで、その様子を紹介していた。
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だが、画面にはいつも「ぼかし」が入っていた。
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どうしてここに、「ぼかし」がひつようなのか。
日本では、これくらいであれば「ぼかし」はないはずだ。
 ※ただし、「入れ墨」を入れるシーンそのものが規制対象だろうが。

ブラジルでも、このように放送上の規制がある。
言葉という点では、「差別」的な内容はもちろんそうである。
さらに、不適切な卑語についてもピー音が入る。
不適切な卑語とは、サッカーの競技場で連発されるような言葉で、F**** de P***というような言葉である。
これと同じ表現は、日本にもある。

しかし、男性の「臀部」の一部にぼかしが入るとは。
より「劣情」を催す向きもあるかもしれないものが、まだいくらでもあると思う。
それらが、規制対象にならなくてよかった。

たぶん、規制コードには「綺麗、汚い」という基準もありそうだ。

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ブラジル・サンパウロの「コンサート」 その7 パール・ジャムのコンサートの第1日目 

今日(12月2日)は、サンパウロのパカエンブー競技場での、パール・ジャムのコンサートの第1日目である。

今日のサンパウロは、日中ずっと小雨模様。
昨夕から朝までは、かなり強い雨が降っていた、雨量は30-40ミリくらいか。

気温も低く、20度に届かなかった。

14時頃に、パカエンブー競技場の横を通ったら、各入り口に長い列が出来ていた。
正面の入り口の前のシャルレス・ミラー広場は、広い広場を幾重にもくねった列が、雨の中で開場を待っていた。
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ロック専門のFM局の看板もいつものように設置してあった。
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夕方になって、雨が止んだ隙にちょっと行ってみた。
開場後であったので、列はそれほど長くはなかった。

珍しく入り口が、飾っていったが、これはインターネット・プロバイダーの広告だ。
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サッカーの試合の時には、いつもある露店がなかった。
広場は、徹底的に規制があったようだ。

競技場側と、その反対側である。
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(共にクリックすると大きくなる)

いつものように、騎馬警官もやって来た。
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陽気な若者達。
この彼女はとてもかわいい。
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ステージはこのようになっている。
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前座の演奏は、18時過ぎに始まった。

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今日の新聞には、サンパウロ屈指の高級住宅街パカエンブーの住民には、このコンサートの時間には「家」にいられないからといって、出て行くものがいるという。

外食をし、映画を見に行って、静かになった頃に戻ってくる予定だという。

21時30分には終了の予定であるがどうなのかな。

路上駐車も、規制しているところもあったが、それほどしていないところもあった。
でも、自宅を開放しているところなど駐車料金を30レアルを付けているところもあった。

拙宅も、数台は軽く入るのだが、駐車場をやろうかなとも思った。

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ブラジル・サンパウロの「コンサート」 その6 パール・ジャムのコンサートが近づいた。 

ブラジル・サンパウロの中心部に近いパカエンブー競技場で、今年最後となるロックコンサートが開催されるまで、あと1日しかない。

米国のバンドのパール・ジャムPearl Jamのコンサートである。

周辺住民の反対運動を押し切っての、コンサート開催決定だが、それだけに住民側との約束を守るべくパカエンブー競技場を管理するサンパウロ市当局も、今回は真剣に手を打っている。

まずチケットの販売の際には、競技場周辺には駐車場の用意はないので、車で来る場合にはどうしたらよいかを期した紙を配っていた。

そこには、競技場までのルートの地図と、周辺駐車場の場所と駐車許容台数が書いてある。
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今回は、絶対に競技場周辺には駐車をさせない構えである。
今日12月1日には、周辺道路に標識を置き、垂れ幕で「標識があるところは駐車禁止」を知らせている。
拙宅付近も、そうなった。
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サッカーの試合の時でも、こんなことをしたことはない。
初めてである。

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サッカー・世界クラブ選手権 サンパウロFC その7 シシーニョは、サンパウロFCと契約更新

サンパウロFCのシシーニョは2006年のワールドカップの前に、サンパウロFCを去る可能性を否定した。
今シーズンに、彼は、3つのタイトル(サンパウロ州選手権、コンフェデレーション杯、リベルタドーレス杯南米選手権)を獲得して勢いづいているが、2008年12月までの契約を更新したばかりだと、確認をした。
契約破棄の違約金は、1200万米ドルに上がった。

「ワールドカップの前にサンパウロFCを去る可能性はゼロであることを保証する。 サンパウロFCで十分満足である。 日本で行われる年末の世界クラブ選手権を戦いに行く」と約束した。

ブラジル代表としてコンフェデレーション杯の前に、ドイツに出発する前に、2006年12月までの契約を更新していた。
それを、2008年12月まで延長しただけではなくサンパウロFCは10%の権利を買った。
今は、サンパウロFCが60%で、シシーニョが40%である。

レアルマドリとの契約は、どうなったのか。

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サッカー・リベルタドーレス杯南米選手権2006 その1 グループ発表

南米サッカー連盟は、12月1日に2006年リベルタドーレス杯南米選手権のグループ分けを発表した。

38チームで争われ、内訳は南米からは35チーム、メキシコからの3チームからなっている。

第1ステージは12チームが試合を行い、勝者が6チームが第2ステージのリーグ戦に進む。

第2ステージでは、合計32チームが、8つのグループに分かれてリーグ戦を行い、上位2チームが、更に第3ステージに進む。

2006年のリベルタドーレス杯南米選手権は、1月25日に始まり、8月9日に終了する。
ベスト8戦のあとは、ワールドカップのために休みとなる。

ブラジルのチームでは、フルミネンシとパルメイラスがリベルタドーレス杯南米選手権の出場権を争っている。

ブラジルのチームで第2ステージに出場が確定しているのは、2005年の優勝者サンパウロFC,2005年のサンパウロ州選手権優勝チームのパウリスタ、2005年ブラジル選手権の2位以内が確定しているコリンチャンスとインテルナシオナウの4チームである。


第1ステージの組合せ

Paraguai 3      x Peru 3             (A)
Uruguai 3      x Colômbia 3          (B)
River Plate-ARG  x Oriente Petrolero-BOL   (C)
Chile 3        x México 3            (D)
Brasil 6        x Deportivo Táchira      (E)
Equador 3      x Brasil 5             (F)
※勝者が、第2ステージに進む。


第2ステージのグループ分け

Group 1
Sao Paulo-BRA
Caracas-VEN
Cienciano-PER
Vencedor D

Grupo 2
Estudiantes de La Plata-ARG
Bolívar-BOL
Peru 2
Vencedor B

Grupo 3
Newell's Old Boys-ARG
The Strongest-BOL
Unión Espanola-CHI
Vencedor F

Grupo 4
Corinthians-BRA
Colômbia 2
Chile 2
México 2

Group 5
Vélez Sarsfield-ARG
Liga Deportiva Universitária-EQU
Uruguai 2
Vencedor A

Grupo 6
Internacional-BRA
Atlético Maracaibo-VEN
Nacional-URU
Pumas-MEX

Grupo 7
Rosário Central-ARG
Atlético Nacional-COL
Cerro Porteño-PAR
Vencedor E

Grupo 8
Paulista-BRA
Equador 2
Paraguai 2
Vencedor C

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quinta-feira, 1 de dezembro de 2005

ブラジル・サンパウロに「牛」 その40 MUBE2

ブラジル・サンパウロの市内の中心部の各所に「牛」がいた。

11月5日でCow Paradeは終了した。
各所にいた「」は、すでに回収された。

しかし、11月19日からMUBEで再び公開されている。
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そのMUBEにいた牛である。
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ブラジル・サンパウロのナタウ その1 この銀行は凄い2005

ブラジルでは、クリスマスのことをナタウNatalという。
サンタクロースのことを、パパイ・ノエルPapai Noelという。

サンパウロも、商店だけではなく、色々な建物もナタウの飾り付けを終えている。

高級アパートも、入り口や塀や庭を、電飾で飾り、煌めかせている。

個人の家では、なかなかそうはいかない。
目立つことは、つまりそれは「ある種の人たち」を呼び寄せる可能性が高いからである。
残念だが、それも現実なのである。

サンパウロの目抜き通りパウリスタ大通りに立ち並ぶビルも、例年のように立派な飾り付けを見せている。

その中でも、ひときわ徹底して豪華なものが、これである。
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ボストン銀行の支店。
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10月下旬には工事に着手していた

昨年の装飾と比べて、更に大規模になった。
そして、一晩に二回、アトラクションもやる。

渋滞の原因だが、そんなことを咎める人がいるわけもない。

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ブラジルの下院議員が議員資格を奪われた。 その2

ブラジルは、2院制である。
その下院議員の1人の議員資格が、今晩(11月30日)に下院での無記名投票により剥奪された。
今後8年間は、政治的権利を失い、再選も出来ないのである。
賛成293票、反対192票という結果である。

議院ではなくなったのは、ジョゼ・ヂルセウJose Dirceu。
与党労働党PTの創設者の1人でもあり、元党首でもあり、6月まではブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァを支える官房長官でもあった。

超大物政治家である。
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彼がこのような事態に陥ったのは、今年5月からの数ある中央政界スキャンダルの中でも最も大きな問題とされている事案、つまり与党労働党PTが連立与党に「毎月」お手当を配っていたことが暴露されたからである。
そして、それを実行させたのが彼だというわけだ。

この事案を調査する委員会で、次々に関係者から暴露証言がでてこのような事態になってしまった。

このジョゼ・ヂルセウもまた、ブラジルの1965年からの20年にわたる軍政期そしてその後の民政復帰以降の政治を彩った1人であり、数奇な半生を送ってきた人物である。

現職大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァを、大統領にしたのは彼ジョゼ・ヂルセウであると言っても良いであろう。

彼は、サンパウロにあるカトリック大学法学部の学生の時から、左翼運動に関わってきている。
すでに、軍政下に合ったときである。
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軍事政権により1960年代末に合法活動が禁止されたあと、非合法活動に潜った。
サンパウロ州内の農場で、軍事組織を作っているところを逮捕された。

彼らの釈放を求めて、当時の米国大使が誘拐され、その身柄と引き替えに釈放されて、キューバに亡命した。
(誘拐された当時の米国大使)
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(釈放されキューバに向かう仲間)
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キューバで、整形手術を受けて、顔を変えた。
そして、密かにブラジルに戻り、違う顔そして違う名前で5年間も過ごした。
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軍政から民政移管のプログラムが示された1970年代後半に、再び世に出て来た。

そして、労働党を結成のメンバーの1人となった。
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その後、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァを大統領候補にすること4回で、遂に2002年に当選させた。
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このジョセ・ヂルセウのこのような形での政界からの強制的な排除は、この40年もの長い動乱のブラジル政治の終焉を確信させる。

いつも思うことであるが、ここまでのキャリアを持った政治家を次々と生み出してきたブラジルの凄さ。
陽気で、明るいなんていう「勝手なブラジル人像」では、まったくカバーし得ない。

まさに、政治は闘争である。

ブラジルにおいては、政治家だけではなく、そこに生きている人たち全てが毎日闘争をしている。
貧困層に置いても、富裕層においてはなにおや更に激しい闘争の生活が続いている。

だからこの国ブラジルで生きることは、刺激的であり、生きている実感がするのである。

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