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segunda-feira, 17 de abril de 2006

ブラジル・サンパウロは「秋」 その7 4月17日

4月17日月曜日。

ブラジル・サンパウロは、パスコア(=復活祭)の3連休明け。
世界最大のカトリック人口を持つブラジル。
カトリック以外のキリスト教も、復活祭は祝うだろうが、ブラジルのカトリックのはやはり「しきたり」どおりの行事が続く。

といっても、サンパウロの市内のほぼ中心部の住宅街では、そんな行事を感じることもない。
近くには、残念ながらカトリック教会はない。

セ広場にある今のカテドラル(=大聖堂)が完成したのは、1950年代だ。
その時まで、カテドラルだった教会は、歩いていくと20分ほどのところにある。

そう広くもない道に面していて、教会の前には付き物の広場もない。

市内のあちこちにあるカトリック教会と比べて格別立派なわけでもない。
強いていうならば、屋根がドーム型でその突端にある飾りが立派なくらいだ。
でも、今は、まわりをイジェノポリス地区のアパートに囲まれて、そのドームも目立たない。

先週金曜日は、「キリストの受難の日」つまり無くなった日に当たる。
この日には、肉を食べないとかあるのだが、だからといって肉やが閉まっているわけでもない。
いつもより客は少ないようだったが、シュラスカリアも営業していた。

この日には敬虔な信者も、そうとも思えない人も、十字架を担いで行進をする。
サンパウロでも、規模の大小はあっても、あちこちでおこなわれていた。
キリストが、磔にされたゴルゴダの丘への行進を再現している。

イスラエルのエルサレムに行ったことがある。
キリストが自らが磔にされる十字架を担いで歩いた道を歩いた。
ゴルゴダの丘にも登った。
キリストの墓のある聖墳墓教会にも行った。
もちろん、キリストは「復活」したので、墓は空っぽだ。
開けてみたわけでもないが、そういうことになっている。

今、ここサンパウロの中心部の住宅街にいると、実はそういった復活祭の行事は、テレビでしか見ることがなかったのだ。

こういうことで、いいのだろうかと自問自答したのだが、
それもまた「サンパウロの普通の生活だ」という答えにした。

3-4年しかサンパウロにいない人たちは、こういう連休の時に、アレを見たりコレを見たり、
あそこやそこに出かけたりするのだろうが、それはそういう人たちの話だ。

早々、毎日毎日何かが起きるわけではない。
それは、ここサンパウロにおいても同様だ。

ただこの3日間で変わったことは、連日とても晴れていたのが、
昨日4月16日から曇りになったことだ。

今日も、朝からどんよりと低い雲がたれ込めて、ほぼ一日中細かい雨が降ったり止んだりしていた。
最高気温は19度。
最低気温は15度を割りそうだ。

暖かいものが飲みたくなった。
鍋物が食べたくなった。

「秋」が、急に深まったブラジル・サンパウロである。

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今日14時頃から、アクセスが異常に増えてきた。
14時といえば日本は深夜である。

日本の朝が開けて、会社に着いた時刻に当たる21時以降は更にアクセスが増えている。

あるブログにリンクされたからだ。
その記事を書いたのは3日ほど前。

その記事のあとの記事には、あまりアクセスがない。

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