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segunda-feira, julho 31, 2006

サッカー・ブラジル代表 その後 その31 監督補佐にジョルヂーニョ。

元右SBジョルヂーニョJorginhoが、ブラジル代表においてドゥンガの補佐となる。
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1994年のワールドカップ米国大会で優勝した時の同僚である。
2人はブラジル代表seleção brasileiraの再建を使命とする。

ドゥンガDungaとは違って、ジョルヂーニョJorginhoは監督の経験がある
41才である。
今年の初め、リオ・デ・ジャネイロ選手権でアメリカAméricaを率いて、グアナバラ杯Taça Guanabaraで準優勝し、リオ杯Taça Rioでは準決勝まで行った。
その後、ワールドカップCopa do Mundoの間は、コメンテイターになっていた。

ドゥンガと同様に、ジョルヂーニョもブラジル代表では強い意見を持っている。
正代表で、9年間に67試合に出場した。
さらにオリンピック代表で25試合に出場した。

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ジョルヂーニョは、鹿島アントラースでも選手だった。

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ブラジルサッカー協会CBFは、7月31日(月)午後、元SBジョルヂーニョJorginhoをブラジル代表seleção brasileiraのドゥンガDungaの監督補佐として確認した。

「一番最初に招集された時だったように感じている。 ブラジル代表に行くのは全てのプロ選手の夢である。 ドゥンガDungaと一緒に働けることは誇りである」と、ジョルヂーニョJorginhoは言った。

ジョルヂーニョは、1990年と1994年のワールドカップCopas do Mundoに出場した。
監督となったのは今年からで、アメリカ(リオ・デ・ジャネイロ州)América-RJをリオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Cariocaの3位にした。

その他のスタッフなどは、8月1日11時に、ドゥンガDungaがノルウェー代表との親善試合に招集するブラジル代表を発表する時にあわせて発表される。

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明日発表されるブラジル代表について、
色々と噂が飛んでいる。
欧州がまだプレ・シーズンが始まりつつある時で、
欧州で活動しているブラジル選手は身体が出来ていない。
よって、ブラジル選手権が行われているブラジルで活動している選手がかなり呼ばれるのではないかという。

すでに、CBFから各クラブへの打診も行われているようで、名前が漏れ出てきている。

コリンチャンスのボランチのマルセロ・マットスもその1人だ。
サンパウロFCのSBソウザもだ。


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ブラジル・サンパウロは「冬」 その9 寒波。

ブラジル・サンパウロは、「冬」である。
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3週間に渡って、快晴が続き、気温も高く、まるで夏のようだったのだが、
7月28日から、また寒波がやってきた。

7月29日(土)未明から降り始めた雨は時には強く降った。
この日の雨量は25ミリ・メートルで、通常の7月の平均雨量の3分の2に当たる。

7月30日(日)も、どんよりと雲がたれ込めて、
冷え込みは増した。
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最高気温は14.9度であった。
午前中こそ雨が降ることはなかったが、
午後になり霧のような雨が降り始め、それが徐々に強くなっていった。
夜中にはまた雨が強く降った。

7月31日(月)も冷えている。
正午でも12度。
この寒波がやってくる前は20%を割っていた湿度も、
この低温と雨で86%。

この急激な変化は、結構きつい。


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サッカー・ブラジル選手権2006 その162 コリンチャンスのジェニーニョ監督留任。

ジェニーニョGeninhoはまだコリンチャンスCorinthiansの監督だ。
7月30日日曜日に行われたブラジル選手権Campeonato Brasileiro第14節対サンタ・クルーズSanta Cruz戦に1対0で敗れたあとに辞任を申し出るのを思いとどまった。
ジェニーニョ監督は試合の前日に、この試合に敗れるようなことになると、これ以上チームを率いることは難しいとしていた。 しかし社長が監督に引き続きチームを率いるように依頼した。

試合のあと、ジェニーニョ監督はグラウンドでのインタビューを望まなかった。
記者会見で話すとだけ言った。
かなり遅れて、ジェニーニョGeninho監督が現れて、決定を伝えた。
Spd20060730a

「新しい監督がチームにメリットがあると思い、社長に退陣の可能性を言った。 しかし選手達が自分のところにやってきて、チームにずっといるように自分に頼んだ。 チームが弱いことの責任は自分だけにあるのではないと思っている。 全て監督の首を変える時だ。 スキームを変更し、選手を替え、そしてチームの指揮を替える。」

ジェニーニョGeninho監督は選手達のグループの指揮に無力と感じてはいないと明言した。

「自分はコリンチャンスで自分が無力だと感じてはいない。 チームはゴールのチャンスがあったし良いプレイをした時もあったのを見た。 しかし時は過ぎ、ゴールできないままだった。 グラウンドに嫌な雰囲気が入ってきて、選手が神経質になった。 大事なことはそれを解決することだ。 我々は良い選手を持っている。時には1人の選手が全てを広げてくれる。 大事なことは働くことだ」

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ジェニーニョ監督は、1970年代から80年代にかけて、ゴールキーパーだった。
58才。
1984年から監督業を始めている。
2001年にブラジル選手権で優勝している。
2003年には、サンパウロ州選手権で優勝している。
昨年は、ゴイアスをブラジル選手権の3位にした。

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選手が完全に縮み上がっている。
勝つという自信が全く失われている。

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domingo, julho 30, 2006

ブラジルの歌番組。

ブラジルは、ポピュラー音楽大国だが、地上波のテレビでは「歌番組」が少ない。

ブラジル最大のメディアのGLOBOが、主な歌手を取り込んでいるからのような気もする。
それに、GLOBOは再放送もする枠もないくらいプログラムが混んでいるので、「歌番組」が入る隙がない。

ドラマが一番大事で、それにニュースとスポーツ番組でいっぱいである。
(ドラマだけは、昼に昔のドラマの再放送がある。)

GLOBO系のケーブルテレビの専門チャネルや、MTVでは、もちろん音楽番組はあるが、
音楽情報番組やコンサートの録画中継、それにビデオクリップが多い。
いわゆる「歌番組」はない。

GLOBO以外の弱小局でも、「歌番組」はそれほどない。
歌手をGLOBOに取られていることもあるのだと思うし、
大きなスタジオもないし、予算もないのだろう。
セルタネージャやサンバだけの番組もあるが、華やかさがない。

その中で、「歌番組」というか広い層を狙ったショー番組が、
GLOBO局で日曜日の15時前から20時半まで放送されているFaustaoという番組だ。
途中15時45分から18時頃までは、サッカーの中継のために中断するのだが、
毎週有名な歌手が何人かでてくる。
カエターノ・ヴェローゾのような有名な歌手もでてくる時がある。

一応、バンドも入っているので、口パクが当たり前のブラジルのテレビにしては珍しく本当に歌っているようでもある。

18時以降は、素人に毛が生えた人たちが出て来て、
得意の技をみせる。
20時過ぎは、海外からの衝撃お笑いビデオ延々とながして、
時間つぶしをしている。
このあたりは全くつまらない番組になっている。
サッカーの中継が入るので、番組の放送時間が決まらないので、
こういうもので時間つぶしをしているようだ。

デブのファーウストンFaustaoが1人で司会をしていて、
お笑いタレントなどいないので、延ばせないのだ。
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この司会者はアドリブがきかない。
番組中でも目が泳いでいる。
でも、一応人気司会者のようだ。

この番組を見るのは、はっきり言って
サッカーの中継の前と後だけだ。

そして、興味があるのが、後ろで踊っているダンサー。
デブが邪魔だが、とても複雑な振り付けのダンスを踊っている。
彼女たちのために、デブをどかして、2-3分でもダンスだけをみせて欲しいと思っている。
Spd20060716b

この番組のこのダンサーになるにはとても厳しいオーディションがあるそうで、
確かに割りと粒も揃っているし、ダンスも上手い。
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踊りがないときは、両手を腰にあてて気をつけをしていないといけない。
きつい仕事だ。

サブリナ・サトウも、一時ここでダンサーをしていた。

そして、ロナウヂーニョ・ガウーショの子供の母親ジャナイナも、このダンサーのひとりだった。
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出世の登竜門の一つなのかもしれない。

おそらくブラジルで最も人気があるジャンルのセルタネージョ(=ブラジル版カントリー)。
普通は、青年のドゥエットがハモリを聞かせてくれるのだが、この2人はいささか年を食っている。
「20060716Faustao.wmv」をダウンロード

ブラジル版「恋のマヒアヒ」だ。
2005年初めにヒットしていた。
ラチーノLatinoという歌手が歌っていた。 最近また出演していた。
自前のダンサーも連れている。
「20060723Faustao.wmv」をダウンロード

レゲーなのだが、よく聴くとイマジン。
「20060219Faustao-Imagine.wmv」をダウンロード

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サッカー・ブラジル選手権2006 その161 第14節終了。

サッカー・ブラジル選手権の第14節が、7月29日(土)および7月30日(日)に行われた。
結果は次の通り。

7月29日(土) 第1日目
試合開始          試合結果             競技場
16h   Juventude    1 x 0  Figueirense   Alfredo Jaconi
18h10 São Caetano   1 x 1  Ponte Preta  Anacleto Campanella
18h10 Palmeiras     4 x 2  Paraná      Palestra Itália
※ジュヴェンチゥーヂは押されていたのだが、わずかな機会をものにした。
(ジュヴェンチューヂの先発と控え)
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(フィグェイレンシの先発と控え)
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  クリスティアンがゴールで押し込んだ。
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※サン・カエターノは、地元で勝利できず。
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(サン・カエターノの先発と控え)
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(ポンチ・プレッタの先発と控え)
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 MFエルトンは、フル出場して頑張っていた。
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 FWヂエゴ・タルデリも先発出場した。
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(試合映像録画済)
※パルメイラスは、一度同点に追いつかれたが、最後に大爆発。
 降格圏を脱出し、一気に順位を上げた。
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(パルメイラスの先発と控え)
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(パラナの先発と控え)
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(試合映像録画済)
 チームの雰囲気が良いぞ
「20060729JN-BA14.wmv」をダウンロード

7月30日(日) 第2日目
試合開始          試合結果             競技場
16h   Atlético-PR   1 x 0  Flamengo    Kyocera Arena
16h   Vasco       1 x 0  Cruzeiro    São Januário
16h   Santa Cruz    1 x 0  Corinthians  Arruda
16h   São Paulo     0 x 4  Santos     Morumbi
18h10  Fluminense     1 x 1 Botafogo   Maracanã
18h10  Internacional    0 x 0 Grêmio    Beira-Rio
18h10  Goiás          1 x 1 Fortaleza   Serra Dourada
※フラメンゴは、ブラジル杯優勝のあとで、選手に故障者などが多く
 敗戦はやむを得ないが、これで降格圏に落ちたことになる。
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 当然ルイゾンは「ケガ」休暇だ。

(アツレチコ・パラナエンシの先発と控え)
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(フラメンゴの先発と控え)
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(試合映像録画済)
※ヴァスコ・ダ・ガマは、ブラジル杯の決勝での敗戦のあと、
 色々とあったが、まあ勝った。
 気を取り直して、ブラジル選手権で上位を目指して欲しい。
(クルゼイロの先発と控え)
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Spd20060730r

コリンチャンスは、目も当てられない。
 足が地についていない。
 日本の中学生並み。
 サンタ・クルーズは降格圏を脱出。
(試合映像録画済)
※サンパウロFCは、前節と同じく控えのチーム
 リベルタドーレス杯南米選手権の試合に備えているためだ。
 正選手はGKロジェリオ・セニのみ。
(サンパウロFCの先発と控え)
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(サントスの先発と控え)
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 サントスは、前節の相手のポンチ・プレッタとレベルが違った。
 一方的に点を重ねた。
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(試合映像録画済)
※フルミネンシ対ボタフォゴの”クラシコ”。
 引き分け。
(フルミネンシの先発と控え)
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(ボタフォゴの先発と控え)
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 ボタフォゴは、ドドゥがいなくなったのだが
 早速新しい選手が入った。
(試合映像録画済)
※インテルナシオナウ対グレミオの
 ポルト・アレグレの宿命のライバルの対戦。
 荒れた。
 グレミオのファンが試合開始前から気合いが入っていた。
 警察とも揉めた。
 火もつけた。
 延長時間は、15分。
 インテルナシオナウは、控えのチームであった。
(インテルナシオナウの先発)
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(グレミオの先発)
Spd20060730p

※ゴイアスは、地元で勝てなかった。
 このところチームの状態が落ちているような。
「20060730GN22-BA14.wmv」をダウンロード
 

次節の第15節の予定は次の通り。
※※8月2日(水)および3日(木)には、
   リベルタドーレス杯南米選手権の準決勝の第2戦が行われる。
   8月2日(水)は、サンパウロFCがチバス・グアダガハラとの第2戦を、
   モルンビー競技場で行う。
   8月3日(木)には、インテルナシオナウがリベルタとの第2戦を、
   ベイラ・リオ競技場で行う。

8月5日(土) 第1日目
試合開始          試合予定             競技場
16h   Grêmio     x  Juventude       Olímpico
16h   Figueirense   x  São Caetano      Orlando Scarpelli
18h10  Flamengo    x  Goiás          Maracanã
18h10  Corinthians   x  Atlético-PR       Pacaembu
※コリンチャンスの試合は、3ヶ月ぶりにホームのパカエンブー競技場
 行われることになっているが、多分変更となるのではないだろうか。
 本当に行われるならば、見に行くが。

8月6日(日) 第2日目
試合開始          試合予定             競技場
16h   Botafogo    x  São Paulo        Volta Redonda
16h   Santos      x  Internacional      Vila Belmiro
16h   Paraná      x  Vasco          Pinheirão
18h10  Ponte Preta  x  Fluminense       Moisés Lucarelli
18h10  Cruzeiro     x  Santa Cruz       Mineirão
18h10  Fortaleza     x  Palmeiras        Presidente Vargas
※サンパウロFCは、リベルタドーレス杯南米選手権の決勝進出が決まるので、
 また控え主体のチームで臨むだろう。
 トップだし貯金も多いので余裕だ。
※インテルナシオナウも、リベルタドーレス杯南米選手権の決勝進出を決めるはずなので、
 控えをかなり入れるはずだ。
 サントスも、ここで勝ち点を稼いでいきたいはずだ。
※パルメイラスは、フォルタレーザを一蹴するだろう。

(第14節を終了した時点での順位)
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サッカー・ブラジル選手権2006 その160 コリンチャンス、また負け。

7月3(日)0日16時から、ペルナンブコ州レシフェで行われた、サッカー・ブラジル選手権の第14節のサンタ・クルーズ対コリンチャンス戦で、コリンチャンスは1対0で敗れた。
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(サンタ・クルーズの先発と控え)
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(コリンチャンスの先発と控え)
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これで8試合勝ちが無く、最下位に定着。

試合を見ていても全く生彩がない。

コリンチャンスには、
ワールドカップ・ドイツ大会に出場した代表選手が3人もいるのだ。
アルゼンチン代表のテベスとマスケラーノ。
(テベスとマスケラーノ)
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そして、ブラジル代表のリカルヂーニョ。
この試合には、3人とも出場していたのだが。

(試合映像録画済)

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その8 7月29日は、本当に寒くなった。

ブラジル・サンパウロは、また「冬」になった。

3週間ほど、冬とは思えないほど、高温が続いていた。
毎日快晴で、雨が降らなかった。

それが、やっと南の方から寒冷前線がやってきて、
昨日の午後からは、雲が増えてきて、湿度も上がった。
そして、夜半からは雨が降り始めた。
3週間ぶりの雨だ。

そして、7月29日土曜日。
雨は午前11時頃まで降っていた。
その後もしばらく霧のような雨が残った。

最高気温は、一気に10度以上も下がった。
このところ28度-30度くらいまでになったのが、20度くらいまでしかならなかった。

しばらくこのような曇天が続くようだ。
気温も同様だ。
最低気温は10度を割るということだ。

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ブラジル・サンパウロの桜 その5 開花 

ブラジル・サンパウロの最東部にあるパルケ・カルモという大きな公園
ここにある桜林は、おそらくサンパウロで最大規模のものだ。

満開になったらさぞかし綺麗だろうと、見逃すまいと心に決めた。

ところが、なかなか満開にならないのだ。

最初に行ったのは、4月の終わりだった。
桜林を発見したのがこの時だ。
しかし、この時はまだ全く咲くような気配ではなかった。

6月の末になって、
サンパウロの郊外でも桜が咲いたとの情報で、このパルケ・カルモの桜も咲いているのではないかと、あわてて出かけた。

しかし、何本かはかなり咲いていたのだが、ほとんどの木はまだまだという感じであった。

7月になって、サンパウロは冬にしては、高温続きで一気に開花するのではないかと思い、
それから、ほぼ10日毎に通っている。

日本のことを考えると、3月下旬に開花宣言がでると、天候に恵まれるとその日から何日もせずに満開になってしまい、その分早く散ったりするのだが、このサンパウロの桜は日光と高温にもかかわらず、なかなか一気に咲かないのである。

3度目だったのだが、また桜林を離れたところから眺めてみたのだが、余り変わっていない。
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桜林の入り口に近いところなど、咲く気配をまったくみせていなかった。
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一番咲いているようにみえる部分でも、今ひとつだ。
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染井吉野ではないのだから、全山桜色に染まることはないのだろうが、それにしてもだ。
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一番最初に咲いた桜なのだろうが、すでに葉桜になっていた。
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近づいて、よく見るとサクランボが出来つつあった。
サクランボの桜は、開花が早いのだろうか。
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桜林の敷地内なのに、桜もないところには、カップルがいた。
誰も来ないからだろう。
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ブラジル・サンパウロの「七夕祭り」

7月29日(土)と30日(日)に、サンパウロのリベルダーヂ地区で、恒例の「七夕祭り」が行われている。

29日の夕方のローカルニュースで、その模様を伝えていた。
なかなか盛況だ。
「20060729JNsp2-Tanabata.wmv」をダウンロード

なかでも、短冊は人気のようだ。
願い事を書いて、笹に結ぶところが良いのだろう。
短冊を頒布しているのだが、
色によって目的が違う。

黄色は「お金」だそうだ。

一番多いのは、何色かな。

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昨年ちょうどこの日にリベルダーヂに行ったのだが、
思ったより華やかで良かった。

でも、カメラを忘れていたので、画像がない。

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しかし、何故7月末に「七夕祭り」なのだろう。
旧暦にしてもちょっとずれている。
まあ、いいが。

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ブラジル・サンパウロの巨大広告 その3 下着。

ブラジル・サンパウロには、大きな屋外広告が、市内の各所にある。

美観条例に違反しているものも多いようだが、大きな通り沿いにはずらりと並んでいる。

拙宅の近くのコンソラソン大通りにあるビルの屋上にあった広告。
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はっきり言って、ゲイの方に向けにあるようなモデルのポーズの取り方だ。
この広告看板のあるところから500メートルくらいのところに、
そういう方々が集まることで有名なショッピングセンターのShopping Frei Canecaがあるが、まさかそのためにあるのではないと思う。

この広告の場所よりも、300メートルほどコンソラソン大通りを下ったところには、
前にも紹介した、あのダニエラ・シカレリの広告看板もある。
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ダニエラ・シカレリを起用しただけに、かなり高級な製品シリーズかと思っていたが、
スーパーに吊してある程度のものだった。
とは言え、少なくとも安物ではないようだった。
見ただけだが。
このジャンルについては詳しくない。
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このダニエラ・シカエリの屋外広告には、いくつか異なったポーズがあるのだが、
すべて写真を撮ることは、市内を走り回ることになって、なかなか難しいので、
メーカーのLily社のサイトから持ってきた。
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ブラジルなので、お尻だけのもあった。
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ブラジル・サンパウロの公園 その1 緑の地図

ブラジル・サンパウロは、人口1千万人を超える大都市である。

緑が多いとは言えない。

土地の利用規制がはっきりしており、住宅街は住宅街、工場は工場というのが比較的はっきりしている。
古くからの住宅専用地域や、いわゆる高級住宅街には、大きな街路樹が立ち並んでいる。

高級住宅街は、それぞれの敷地も広く大きな木も植えてあるので、一見すると森のように見える。

工場街や高級とは言えない住宅街にはまず並木はない。
もちろん敷地にも木を植えるような余裕はない。

緑が多いところと、そうではないところが極端である。
いつもの通り、ブラジルのコントラストのはっきりしたところである。

市内中心部には、広い道も多いので、立派な街路樹も多い。
しかし、少し離れると、街路樹も小さいか、全くない。
ごちゃごちゃとした街並みが続く。

それでもところどころに、緑地がある。
道路の分離帯であったり、ちょっとした広場であったりするのであるが、これらの分布も偏在している。
比較的新しい時期に計画的に作られた街区や高級住宅街には、こういった緑地が多い。
これらの、緑地のうちちょっと広いものには、子供用の遊具があったりベンチがあったりするのだが、あくまでも広場という呼び方をする。

日本の呼び方の基準であれば、公園であったり、児童遊園というように呼ばれるに相応しいものもあるのだが、あくまでも広場だ。

以前は、こういった広場がファヴェーラ(=貧民窟)になっていたものも、市内でよく見かけたが、今は周辺部はともかく、中心に近いところではあまり見かけなくなった。

サンパウロ市の緑地環境局が、今年の初めに「緑の地図Mapa Verde」を作成した。
市営の公園を紹介するA1位のサイズのものだ。
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2ヶ月ほど前に手に入れた。

その地図によると、サンパウロ市には、市営公園が32カ所しかない。
そのうち1カ所は、何故かサンパウロ市ではなく西郊のコチア市にある。
○が、市営の公園だ。
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そして、サンパウロ州営の公園と自然保護区で、サンパウロ市域には12カ所ある。
内訳は、公園が9カ所で、自然保護区が3カ所だ。
濃い緑で色づけされたものが、州営の公園と自然保護区である。

サンパウロ市の32カ所の公園は、大きさがまちまちだ。

狭いのはイジェノポリスにあるブエノスアイレス公園で、3000平方メートルくらいである。
広いものは、イビラプエラ公園とパルケ・カルモで、150万平方メートルの規模である。

これらの公園は、全て塀に囲まれており、夜は閉鎖される。
開門閉門の時刻はまちまちで、季節によっても違う。
まあ、日没後は怖いので行かない方が良いだろうが。

イビラプエラ公園のように、美術館がいくつもあったり、色々な施設がある公園から、
何もない公園までまちまちである。

まだ整備中としか思えない公園もある。

これらの公園は、市内各所に分布している。
公園の質は、そこの公園が立地している場所による。
かなり違う。
これも、ブラジルのコントラストのはっきりしたところを表している。

市内中心部の公園としては、
イビラプエラ公園ブエノスアイレス公園、トリアノン公園、アクリマソン公園、インヂペンデイシア公園(イピランガ)、ルース公園があるが、ルース公園はかなり不気味だ。
他の公園は、まず大丈夫だ。

ルース公園に来ている人たちの雰囲気が何とも言えない。
なかでも、公園内のピナコテッカ美術館に近い散策路に、お立ちになっている女性方の容姿も妖しくもまがまがしく悲しいものがある。 はっきり言うとおぞましい。
50レアル(=2600円)しないようだ。
わざわざこんな公園に行ってくつろごうなどとは思わない方が良い。
緊張するだけだ。

おそらくだが、市内周辺部のファヴェーラに隣接するような公園には、初めから行かない方が良いと思う。
存在が、浮いてしまうからだ。

そうすると行くことが出来る公園というのは、本当に限られる。

なお、市内西部にあるヴィラ・ロボス公園とアグラ・ブランカ公園は、州営である。
ヴィラ・ロボス公園は、高級住宅街アルト・ヂ・ピニェイロスにあり、西側は川なので、こういう言い方は良くないことはわかっているが貧民窟からはかなり隔離されているので、訪れている人のレベルは比較的高い。
ただ、新しい公園なので木がまだ小さい。
森が少ない。 平日は誰もいない。

アグア・ブランカ公園(正式名称ドトール・フェルナド・コスタ公園)は、元々は動物試験場であったり競売場であったので、ちょっと変わった公園だ。
何度も行くようなところではないが、他にない設備がある。
小動物園や小水族館、小博物館だ。

サンパウロ市の周辺部の公園については、事前によく調べて、
道を調べて、決して間違って、ファヴェーラなどに入らないようにすることを勧める。
そして、公園についても、車を降りる前に、
その公園の雰囲気や、訪れている人たちの階層を見極めてから、
車を駐車することを勧める。
「違う」と思ったら、即刻引き返すほうがよいだろう。

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sábado, julho 29, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その159 エヂムンドが契約更新。

FWエヂムンドEdmundoが、パルメイラスPalmeirasとの契約を2007年12月までと、更新した。
エヂムンド自身が、パラナParaná戦の前にこの情報を確認した。

「みんなファン達から特別の優しさをもらっていることを知っている。 自分の契約を更新したのは、これによる」と、ワールドカップCopa do Mundo・ドイツ大会のあとに日本のクラブから打診を受けたエヂムンドは宣言した。

エヂムンドEdmundoのパルメイラスPalmeirasとの以前の契約は、2006年12月までであった。
給与のベースは明らかになってはいない。
パルメイラスはまたチチ監督técnico Titeとの契約も、エヂムン.ドAnimalとの契約と同じように、2007年12月まで更新することを期待している。

チチ監督と社長との話は始まっている。

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7月29日土曜日18時10分から、パレストラ・イタリア競技場で行われた、ブラジル選手権第14節の対パラナ戦で、パルメイラスは4対2で勝利した。
遂に、暫定とはいえ降格圏を脱出した。

エヂムンドも1ゴールを決めた。

これで、ブラジル選手権再開後は、4連勝。

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その7 7月28日夜、雨が降り始めた。

ブラジル・サンパウロは、本当は「冬」である。
だが、このところ真夏と変わらないくらい暑い日が続いていた。

7月28日金曜日も暑かった。

正午には、気温は27度。
最高気温は30度弱までになった。

でも、ずっと快晴が続いていたのが、
昨日の午後からなのだが、徐々に雲が増えてきた。

南から寒冷前線が近づいてきているという。
その影響だろう。
天気予報では、
土曜日の午後から日曜日にかけて雨が降ると言っていた。
だが、空気中の埃を地面に落とすくらいで、それほどの雨量にはならないと言っていた。
埃が凄くて室内に入ってきて大変だったので、それでも助かる。
雨のあとは気温が一気に下がると言っていた。
いままでより10度下がるそうだ。
やっと冬に戻ることになる。

14時頃には、一時かなり雲に覆われた。

夕方になると、ちょっとだけ蒸し暑さも久しぶりに感じた。
べた付くようなことはないが、カサカサ感はなくなった。
湿度が上がってきたのだろうか。

日付が変わる頃になって、雨音がし始めた。
予報よりはるかに早く雨が降り始めた。

時には強く降っている。

植物にとっては、正しく干天の慈雨ということになるだろう。

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サッカー:コリンチャンスがサムスンからボーナスを貰う。

コリンチャンスにしては、かなりいい話だ。

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コリンチャンスCorinthiansは、サムスンSamsungとのスポンサー契約の初年度の結果に対して61万米ドルのボーナスを受け取る。

金額は、契約1周年の7月29日土曜日に発表される。

2005年のブラジル選手権Campeonato Brasileiroに優勝し、2006年のリベルタドーレス杯南米選手権の出場権を得たことに対するボーナスとして、初年度の610万米ドルの10%増しの671万米ドルが2年目の契約金額となる。
契約は2年間である。

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コリンチャンスが、2005年のブラジル選手権に優勝したことなどもう完全に忘れ去られている。

今は昔だ。

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Samusungは、ブラジルではサムスンギと発音する。

携帯電話や液晶テレビなどで、存在感は大きい。

日本のメーカーよりも、今は良いイメージを持たれているのではないかとも思える。
日本のメーカーも長くブラジルにいるのだが、以前より存在感が減っている。

悲しいことだ。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その158 恒例のルイゾンの戦線離脱。

ブラジル杯Copa do Brasilのタイトル獲得を祝ったあと、フラメンゴFlamengoはブラジル選手権Campeonato Brasileiroに戻る。
ネイ・フランコNey Franco監督は、7月30日日曜日にアレーナ・ヂ・バイシャーダArena da Baixadaで行われるアツレチコ・パラナエンシAtlético-PR戦に出場するチーム造りに問題を抱えている。

FWルイゾンLuizão、MFレナト・アウグストRenato Augusto そしてDFロナウド・アンジェリンRonaldo Angelimが出場を禁止された。
レオ・モウラLéo MouraとジョナタスJônathasは問題がある。 FWヴァルテル・ミニョッカWalter Minhocaは出場停止だ。

ルイゾンLuizãoは、右腿の痛みで、理学治療をする。
フラメンゴの医者はまだケガの重大性がわからない。

レナト・アウグストRenato Augustoは、ヴァスコ・ダ・ガマとの決勝戦で右膝joelho direitoを強打した。
ロナウド・アンジェリンRonaldo Angelimもまた右膝joelho direitoに問題がある。

左SBレオナルド・モウラLeonardo Mouraは日曜日にグラウンドに出るように治療をした。
左のふくらはぎpanturrilhaの筋肉痛である。 土曜日にもう一度みることになっている。

MFジョナタスJônathasは左の腿に痛みがある。

これらの問題で、ネイ・フランコNey Franco監督はまだチームをどうするか決めていない。
フラメンゴFlamengoはブラジル選手権Campeonato Brasileiroでは15位で、降格圏zona de rebaixamentoより1点勝ち点が多いだけである。
もし、アツレチコ・パラナエンシAtlético-PR戦に敗れるようなことがあると、チームは降格圏に入るだろう。

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ブラジルは試合数が多く、選手は休む暇もない。

ルイゾンをみることが出来るのは、今度はいつのことになるのだろうか。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その157 エルトンが練習をしていない。

木曜日と同様に、MFエルトンÉltonがサン・カエターノSão Caetanoの練習に参加していない。
喉の炎症のためである。
このことはあるが、エーメルソン・レオンEmerson Leão監督は7月29日土曜日にアナクレット・カンパネラAnacleto Campanella競技場で行われるブラジル選手権第14節の対ポンチ・プレッタPonte Preta,戦にエルトンを使うことを期待している。

「エルトンÉltonは今週ずっとビールス性viroseの問題があった。 しかし、もう医師の治療を受けた。ホテルで休んでいて、グラウンドに出る」と、エーメルソン・レオン監督が明言した。

もしエルトンÉltonが休むようなことになると、ヂエゴ・タルデリDiego Tardelli が今週良いトレーニングをしており、この土曜日には正選手として間違いない。 彼はイゴールIgorのポジションに入り、ヴェリントン・アモリンWelington Amorim.と2つの攻撃の頭となる。

まだ良い状態ではない。しかし初めからプレイする状態にはある。 順位を上げ続けるためにポンチ・プレッタPonte Pretaに勝つようにチームのために出来ることを期待していると、ヂエゴ・タルデリは言った。

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ちっちゃなエルトンが喉を痛めているというのに、エーメルソン・レオン監督はどうしても出場させるつもりだ。
それだけ必要とされているわけだが。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その156 リカルド・オリヴェイラの行方。

サンパウロFCはまだリベルタドーレス杯南米選手権の決勝進出が決まったわけではない。
来週の水曜日モルンビーMorumbi競技場でメキシコのチバスChivasを下すと、決勝進出となる。

FWリカルド・オリヴェイラRicardo Oliveiraは、8月16日の決勝戦の第2戦では出場できないリスクを抱えている。
リカルド・オリヴェイラのレンタル契約が8月10日に終了する。
彼の権利を持っているスペインEspanhaのベチスBétisは、リカルド・オリヴェイラを直ちに戻す。

少なくとも、ベチスBétisの社長ぺぺ・レオンPepe Leónの望みはそうだ。

しかしながら、サンパウロFCの社長ジュヴェナウ・ジュヴェニシオJuvenal JuvêncioはブラジルBrasilに来るように招待している。
来週ぺぺ・レオンはサンパウロFCの状況をしるためにサンパウロFCにやって来る方向である。
その時にリカルド・オリヴェイラRicardo Oliveira のことは決定するだろう。

「リカルド・オリヴェイラRicardo Oliveiraは年末までいることをベチスBétisは許可しない。 彼は8月12日にここになくてはならない」と、ぺぺ・レオンPepe Leónはスペインの新聞Marca紙のインタビューで明言した。

リカルド・オリヴェイラRicardo Oliveiraは結末を心配して待っている。 しかしリカルド・オリヴェイラは満足できないことでも、年末よりも前にベチスBétisに戻る必要があることも明言している。

「ジュヴェナウ・ジュヴェニシオがベチスと話すのを来している。 ここにいて、リベルタドーレス杯南米選手権でプレイし、優勝したい、そしてブラジル選手権のためにもいたい」と、リカルド・オリヴェイラは言った。

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2005年11月に治療のためサンパウロFCにやって来て、そのままサンパウロFCになついてしまった。

ケガから回復したあとは、サンパウロFCで活躍している。
ブラジル代表であっただけに、違いをみせている。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その155 エヂムンドの残留。

パルメイラスPalmeirasのサッカー担当役員サルヴァドール・ウーゴ・パライアSalvador Hugo Palaiaはエヂムンドとの契約を更新したいと言った。
エヂムンドEdmundoも残留したいと言っている。
そして同様に、パルメイラスのファンも今年の末に終了する契約の更新のためにキャンペーンを行う。

エヂムンドが、パルメイラスで引退するところを見たいという考えである。
心配なことは、エヂムンドが海外でプレイするというオファーがあると明らかにしたことである。

しかしながら、エヂムンドはパルメイラスで続けたいという希望を繰り返している。 サルヴァドール・ウーゴ・パライアも、7月26日水曜日に言ったことだが、契約の更新には問題ないと信じている。

90年代の初めからパルメイラスを見始めた多くのパルメイラスのファンにとっては、エヂムンドEdmundoのアイドル性はGKマルコスMarcos、元FWエヴァイールEvair、監督のルイス・フィッップ・スコラーリLuiz Felipe Scolariと並ぶものである。

エヂムンドは1993年から1995年までパルメイラスにいて、ブラジル選手権とサンパウロ州選手権で2度優勝した。
エヂムンドEdmundoは2005年の末に、フィグェレンシFigueirenseで活躍したあとに、パルメイラスに戻ってきた。
現在、エヂムンドAnimal はブラジル選手権Campeonato Brasileiroの歴史で、4番目の得点ランキングにいる。

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誰も出ていきたいとも言っていないのだが、
もうこの時期から残留運動があるエヂムンド。

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sexta-feira, julho 28, 2006

ブラジル・サンパウロの「美空ひばりデビュー60周年」

ブラジル・サンパウロのリベルダーヂ地区には、ガルボン・ブエノ通りを中心として東洋人街地区である。
元々は日本人ばかりだったのだが、今は韓国系や中国系があとからやって来て増えつつある。

それでも、まだまだ日本人・日系人の色が濃い。

別に遠いわけでもなく、歩いても1時間くらいで行けるこの地区に行くのは、1ヶ月に1度か2度くらいである。
日本食材を買うためとか、20年以上行きつけている中華レストランで「焼きそば」を食べるためとかでしか行かない。

今の日本から見ると、かなり古い雰囲気が漂っていて、
過疎地区にある中小都市の商店街のようだ。

レストランや商店でも、数十年前の演歌が延々とながされているところがある。

このリベルダーヂの日系の商店には、よく日系諸団体が主催するイベントのポスターが貼ってある。
そういったイベントにも行かないのであるが、いちおうポスターくらいは何となく眺めることもある。

「美空ひばりデビュー60周年記念」

2006年8月20日10時開演、ブラジル日本文化協会 記念大講堂。
Spd20060724h

何かやるらしい。
日本語では何をやるかは書いていない。
「記念」で終わっている。

ポルトガル語でも同様だ。

The Friendsと言うオーケストラが出演するようだ。
カラオケ大会だろうか。

なんだかわからないが「美空ひばりデビュー60周年記念」のイベントだ。

ポルトガル語しか読めないような2世や3世にも、美空ひばりは知られているのだろうか。

平成元年にわずか54才でなくなっているが、
やはり歌のうまさでは傑出していた稀代の歌手だったと思う。

自分の持ち歌はもちろん、人の曲を歌ってもその人よりも上手にそして情感が溢れたものにしてしまった。
それをひばり節というのだろうか。
ジャズスタンダードを歌っても、ひばり節は健在だった。

日本でも、デビュー60周年記念のイベントはあるのだろうか。
嵐山の美空ひばり記念館が閉館するとは聞いたが。

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その6 7月27日も暑い。

ブラジル・サンパウロは、本当は「冬」なのだが、「夏」と変わらないように暑い
ただ夏とは違うのは、雨が全く降らないことだ。
3週間は降っていないので、湿度が低くなっている。

7月27日木曜日も暑くなったのだった。
最高気温は28度を超えた。

しかし、やっとアルゼンチンの方から寒冷前線が上がってきた。
南部のサンタカタリーナ州では雨が降っていた。

サンパウロも、午後からは何となく薄く雲が出て来た。
このためか多少は湿度が高くなったといっていた。
Spd20060727f

しかし、天気予報では金曜日も雨は降らないという。
土曜日にもしかしたら、ちょっとだけ降るかもしれないとのことだ。

乾燥しすぎて、ほこりっぽいのである。
空気もきたなく、高いところから見ると層になっているのがわかると言っていた。
Spd20060727g

ちょっとは雨が降って欲しい。

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サッカー・ リベルタドーレス杯南米選手権 サンパウロFCの帰国。

7月27日木曜日の午後、グァリューリョスGuarulhosのクンビッカ国際空港Aeroporto Internacional de Cumbicaでは、約120人のファンが、14時間の飛行のあとのサンパウロFCの帰国を待ちかまえていた。
Spd20060727b

サンパウロのファンは、リベルタドーレス杯の準決勝のチバスChivas・グアダガハラとの第1戦をメキシコMéxicoで行い1対0でサンパウロFCが勝利したことを祝ってお祭り騒ぎをした。
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サンパウロFCの警備や警察が空港での混乱を避けた。
疲れていたこともあって、何人かの選手は別の出口からでて、クラブのバスで急いで出て行った。
他の者はタクシーで家に向かった。
GKロジェリオ・セニRogério CeniとDFルガーノLuganoは一番サインと写真を求められていた選手であった。
Spd20060727c
Spd20060727e
「20060727JNsp2-SaoPauloFC.wmv」をダウンロード

ムリシー・ラマーリョMuricy Ramalho監督は選手を自由にした。
Spd20060722zl
(参考画像)

再集合は、7月28日金曜日16時に、トレーニング・センターにである。
リベルタドーレス杯南米選手権のタイトルを取るために疲れ果てていることもあって、7月30日日曜日にモルンビーMorumbi競技場で行われるブラジル選手権Campeonato Brasileiro第14節の対サントスSantos戦は、GKはロジェリオ・セニRogério Ceniになるがそのほかは控えのチームがグラウンドに出ることになるだろう。

8月2日(水)には、サンパウロのモルンビー競技場で、準決勝の第2戦が行われる。
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サンパウロFCはかくもファンに愛されている。

それに引き替え、ファンから脅かされ、車を蹴られ、逃げ回っているコリンチャンス。

とにかく勝てば、また状況は変わるはずなのだが。

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ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その31 パルケ・カルモ

ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみている

パルケ・カルモParque Calmoは、サンパウロ市の中心部セントロから、東に18キロくらいの最東部にある大きな公園だ。
Spd20060723w

20年前は、周辺はまだ宅地化がまったく進んでいなくて、何もなかったが、今は周辺は住宅地になっている。
ただ、最東部なので、治安は決して良くないはずだ。

この公園は市営で、夜は門が閉鎖される。

この公園は、森林公園のようで、7割くらいは森になっている。
中央部に人口の池があり、入り口から池までと池の周辺にわずかに平地があるくらいだ。

池を中心に周囲は全て丘になっている。
6つほどの丘が連なっている。

この公園の南東部の端に、最近プラネタリウムが出来た。
今のところ、サンパウロで唯一のプラネタリウムのはずだ。
イビラプエラ公園のプラネタリウム館はずっと閉鎖されたままになっているからだ。

プラネタリウムまで、入り口から行くと丘を登っていくことになり、かなり辛い。
プラネタリウムのところに専用の駐車場があるので、そこまで車で行った方がよい。

この公園のほぼ中心部にあるのが、おそらくサンパウロで最大の桜林である。
何百本もの桜の木が整然と植えてある
Spd20060723x

この公園は、広いので日曜日でも遊戯施設があるところを除くと、それほど混んでいない。
遊戯施設は、子供達でいっぱいである。
Spd20060709n

池は割りと広いにもかかわらず、ボートなどない。
遊泳も禁止である。

駐車場に近い丘の上に「日伯修好百年記念の植樹の碑」がある。

また、資料館の脇にも日本語の碑がある。

駐車場の入り口は1カ所。
200台くらいは駐車が可能だ。
週末は混むが並ぶほどでもない。

トイレも適当にある。
売店もあるし、移動販売もある。

また公園の南西部には、複合文化施設のSESC Itaqueraがある。
昨年出来たばかりで、各所にあるSESCの中でももっとも大規模な施設の一つである。
屋外プールは、いくつものプールからなっており、楽しめるはずだが、超満員である。
尚、このSESCは、公園とは関係ない。 
入り口は全く別で、公園からは直接行くことは出来ない。

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この公園は、サンパウロの最東部にあることをよく考えておかなければならない。

決して安全ではない地区にある。

サンパウロに詳しくない人、
東部の道に詳しくない人、
目立たぬように行動できない人、
日本政府の関係者やその関係団体のなどかたは出来れば行かない方が良いだろう。
企業駐在員関係者もよく考えた方が良いかもしれない。

だから、行き方は説明しない。

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公園の中自体は、おそらく危なくない。

公園に来ているほとんどの人は、ごく一般の市民達だ。
家族、親戚や恋人との楽しい休日を過ごしている人たちだ。

だが、イビラプエラ公園を基準に考えると大間違いだ。
ヴィラ・ロボス公園とも違う。

公園の整備状況も、売店も、トイレも、駐車場も、そして市民の社会階層のレベルも大きく違う。

売店で販売しているものも違う。
駐車場に止まっている車も違う。

来ている人たちの肌の色も違う。

そういった雰囲気に普段から馴れていない人は落ち着かない気持ちになるはずだ。

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丘が多いので、足腰を鍛えるには本当に良い公園だと思う。
ちょっとしたハイキング気分を楽しめる。

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桜林があったり、日本語の碑があるのだが、
日系人をこの公園では、あまり見かけない。

この東部地区は、日系人の比率が低いわけでもない。
この公園よりもちょっと中心部寄りになるカホンCarraoやヴィラ・フォルモーザVila Formasaには日系人がとても多く住んでいるのだが、この公園にはあまり来ないのだろうか。

日系人があまりいないので、それだけでも浮いてしまう存在になる。
お箸を使って弁当を食べていると、不思議がられるに違いない。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その154 レナット・ガウーショがコリンチャンスの監督。

ブラジル杯Copa do Brasilの決勝でフラメンゴFlamengoに負けたあとの質問でいらいらしていたが、ヴァスコVasco・ダ・ガマの監督のレナット・ガウーショRenato Gaúchoが、コリンチャンスCorinthians,に関係する人間によって本当に求められていた。
レナット・ガウーショはブラジル杯の決勝の前は一切の話しをしていないが、今週末の間にこの件は解決されるだろう。

コリンチャンスはブラジル選手権Campeonato Brasileiroで最下位になっている。 ジェニーニョGeninho 監督の立場は揺れている。 レシフェRecifeで行われる次の試合のサンタ・クルーズSanta Cruz戦の結果が、交替を決定づけるだろう。

レナット・ガウーショはこの7月27日木曜日は、役員との約束で、サン・ジャヌアリオSão Januárioでのトレーニングにいなかった。
レナット・ガウーショは2005年6月18日からヴァスコ・ダ・ガマの指揮をとっている。
66試合で、26勝20分19杯である。

レナット・ガウーショは、2005年のブラジル選手権の最低の始まりから回復させて、チームを南米杯Copa Sul-Americanaの出場権を得るところまで上昇させた。
2006年のリオ・デ・ジャネイロ州選手権では、どちらも準決勝まで行かなかった。
しかし、ブラジル杯Copa do Brasilではチームを決勝戦まで連れて行った。
2006年のブラジル選手権では、ヴァスコ・ダ・ガマは現在9位である。

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この話を聞いて、コリンチャンスのジェニーニョ監督はご機嫌斜めだ。
Spd20060727a

レナット・ガウーショは、監督としての連帯感がないといった。

つまり、ジェニーニョ監督が解任されてもいないのに、レナット・ガウーショは話しがあったと吹聴してまわっているからだ。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その153 コリンチャンスは5人の選手の契約を延長。

コリンチャンスCorinthiansの社長は、8月の初めまでしか権利を持っていない5人の選手の契約を延長するオプションを実行する。

その選手は、次の通り。
GK エヘイラHerrera
DF ヴェスクレイWescley
SB ルーベンス・ジュニオールRubens Jr
MF レナトRenato
FW ラファエル・モウラRafael Moura

ラファエル・モウラは、スペインEspanhaのナスチックNasticの標的になっている。
しかし、コリンチャンスの社長はラファエル・モウラについていかなるオファーも受け取っていないと明言した。

GKのエヘイラHerreraは、実際はシルヴィオ・ルイスの控えとなっていて、チリのチームからオファーがある。
コリンチャンスをでるはずだ。

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エヘイラは、チリのウニベルシダッド・カトリカから鳴り物入りでやって来た。
言葉の問題もあってかDFとの意思の疎通がスムーズにいかないとかで、その後にやってきたシルヴィオ・ルイスに正GKの座をわずかな期間で追われた。

ちょっと可哀想だ。

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サッカー:ジョゼ・ルイス・ルンコが語る。

ブラジル代表チームがワールドカップCopa do Mundoであのようなことになって泣いていたのが、フラメンゴFlamengoがブラジル杯Copa do Brasilのタイトルを取って今は笑っている。
ブラジル代表チームとフラメンゴの医師médicoジョゼ・ルイス・ルンコJosé Luiz Runcoはそう信じている。

「疑いもない。みんなが働いてフラメンゴFlamengoがタイトルととってとても良かった。 長いことここにいるが、いつも活気がある。 フラメンゴはタイトルを戦うといういつもの位置に戻った。 いまは仕事を続けて、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroを忘れてはならない」と、ジョゼ・ルイス・ルンコは言った。
Spd20060616h
(参考画像)

フラメンゴFlamengoのある選手をブラジル代表の新監督のドゥンガDungaに知らせるかという質問には、政治的に答えた。

「技術についての質問だ。 自分の役割は医学的な助言を与えることである。 ドゥンガDungaはそれは簡単に解決するはずだ」

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ジョゼ・ルイス・ルンコは、フラメンゴの医師であった。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その152 ラファエル・モウラはスペインからのオファーを知らない。

FWラファエル・モウラRafael Mouraは、スペインの1部リーグに上がったばかりのナスチックNasticの代理人から求められていないと明言した。
この話は、スペインのメディアで伝えられていた。
Spd20060112d
(参考画像)

「その情報は自分を驚かせた。 寝ていたら、ある友人が電話をしてきた。 しかし何もまとまってもいない。 そういう関心があるかないかも知らない」と、ラファエル・モウラは明言した。

ラファエル・モウラRafael MouraのコリンチャンスCorinthiansとの契約は8月15日までである。
しかし契約は今年の年末まで延長されるはずだ。
ラファエル・モウラは自分で50%の権利を持っている。
残りの半分は、MSIの社長キア・ジョオラビシアンKia Joorabchianが関係するHAZが持っている。

「選ぶ権利はない。 パートナーが自分の将来を決める」と、ラファエル・モウラは言った。

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ラファエル・モウラは、今年の初めにパイサンドゥから移籍してきた。
テベスもしくはニウマールが出場しない時の控えとして使われている。
そのためか、今ひとつ調子に乗れない。
サンパウロ州選手権の時は割りとゴールを決めていた。
23才。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その151 サンパウロFCのルガーノが、トルコへ。

サンパウロFCのDFの要で、ウルグアイ代表のルガーノLuganoが、リベルタドーレスLibertadores杯南米選手権の後にサンパウロFCをでる。

行き先は、トルコTurquiaで、ジーコZicoが監督をしているフェネルバチェFenerbahçeに違いない。
サンパウロFCの社長は、ルガーノを失うことを確認した。

トルコのチームは、サンパウロFCがリベルタドーレス杯南米選手権を終えた後に、契約取り消し違約金multa rescisóriaとして750万米ドルと支払うことになる。
もし、チーバスChivas,・グアダガハラを破った場合には、次の試合は8月16日の決勝戦で、インテルナシオナウInternacionalとパラグアイParaguaiのリベルタLibertadとの勝者との試合になる。

ルガーノLuganoは移籍について話すことを避けた。
ルガーノは、リベルタドーレスLibertadores杯南米選手権のチームにとって4回目のタイトル獲得に集中していると言った。

代理人のジュアン・フィジェールJuan Figerは欧州のクラブとの交渉は昨年のうちに決まっていたと明言した。

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ルガーノがいなくなると、サンパウロFCのDFはかなり戦力ダウンだ。

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quinta-feira, julho 27, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その150 テベスが出ていくと言った。

カルリットス・テベスCarlitos Tevezは7月26日水曜日に、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeで、コリンチャンスCorinthiansの練習が終わった後に心情を打ち明けた。
Spd20060726a

テベスは、彼の妻バネッサVanessaと娘のフロレンシアFlorênciaのことをとても心配していると明らかにし、土曜日にファンが車を蹴るようなことがまた繰り返される様であればコリンチャンスを去ると脅かした。

「難しい3日間だった。 彼らは自分の車を叩いた。 とても傷ついた。 というのは車の中にはフロレンシアFlorênciaと妻がいた。 誰かにクレームをしようとすれば、自分にだ。 このあとに、コリンチャンスCorinthians.を去ることを考えた。 フロレンシアFlorênciaは驚いた。 妻もそうだ。 娘がいるのでよく考えなくてはならない。 ああいったことは忘れるのは簡単ではない」と、テベスは明言した。 もうフロレンシアFlorênciaとヴァネッサVanessaが試合にくるのを禁止した。
 
記者会見の間、カルリットス・テベスCarlitos Tevezは何度も身体の位置を変えた。
MSIの社長のキア・ジョオラビシアンKia Joorabchianと移籍について話したことは否定し、静かになったらコリンチャンスにいると明言した。

「自分は、コリンチャンスCorinthiansを上に上げたいと望んでいる。 しかし家族のことを考えなくてはならない。 こういう状態から脱出すると、静かになる。 そうしたい。 誰がやるかと言えば自分だ」と、テベスは言った。

数多くのクラブから関心を持たれているテベス。

「チェルシーChelsea、マンチェスターManchester、インテルInter、セビーリャーSevillaと、記者達は言った」

「パルメイラスPalmeirasは」と、あるレポーターが尋ねた。

「パルメイラスPalmeiras、リバープレートRiver、サンパウロFCSão Paulo。 自分はプレしない」と明言した。
Spd20060726e

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テベスは、とても正直で、誠実な選手だと思う。

ところで、この記者会見の後半では、テベスが機嫌が良かった。
Spd20060726c

それも、とても良かった。
Spd20060726h

見たことがないくらいに良かった。
Spd20060726d

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quarta-feira, julho 26, 2006

サッカー・ブラジル杯 決勝 その2 ヴァスコ・ダ・ガマ対フラメンゴ。

サッカー・ブラジル杯の決勝戦が、7月26日水曜日22時から、リオ・デ・ジャネイロのマラカナ競技場で行われている。

先週7月19日水曜日に行われた第1戦では、フラメンゴが2対0で勝利した
このため、この試合ではヴァスコ・ダ・ガマは、3点差以上にしないと、勝利はない。
(ヴァスコ・ダ・ガマの先発)
Spd20060726j

(フラメンゴの先発と控え)
Spd20060726k
Spd20060726l

しかし、
前半16分早くもヴァスコ・ダ・ガマのFWヴァルヂール・パペウがイエローカード2枚で退場。
監督のレナット・ガウーショはカンカンに怒って、
選手を追い出した。

前半27分に、フラメンゴのフアンがゴールを決めた。

前半を終えて、1対0。

ルイゾンも背番号9で出場中。

フラメンゴの観客席で、乱闘。
ヴァスコのファンが紛れ込んでいるわけでもないだろうに。
フラメンゴは勝っているのに。
太鼓が飛んだ。
約15分続いた。
「20060727GloboEsporte-CB-Violenca.wmv」をダウンロード

後半21分に、ルイゾンがシュートするもポストに当たる。

ヴァスコ・ダ・ガマでは、FWエヂウソンも頑張っているのだが。

後半40分を過ぎた。

後半41分、ルイゾンが交替。
       タイトル男ルイゾンのゴールの可能性はなくなった。       
 
フラメンゴの観客席はもうお祭り状態である。

後半45分。 観客席は大歓声。
延長4分。
後半49分。 試合終了。
        フラメンゴ優勝。
Spd20060726m
(試合映像録画済)

「20060726JG-CB.wmv」をダウンロード

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尚、同じ時間帯にリベルタドーレス杯南米選手権の準決勝になる
チーバス・グアダガハラ対サンパウロFCが、
メキシコのグアダガハラで行われている。
後半18分、0対0のままだ。

後半39分、GKロジェリオ・セニが、PKを決めた。
アウェイでの1点は大きい。
Spd20060726n

サンパウロFCが1対0で勝利。
「20060726JG-L-SaoPaulo.wmv」をダウンロード

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ブラジル杯の後半になって、サンパウロの拙宅付近でも花火が散発的になっているのだが、
サンパウロFCの試合とは連動していない。
サンパウロにも、フラメンゴのファンがいるということなのだろうか。

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その6 7月26日も暑い。

ブラジル・サンパウロは、7月26日水曜日も快晴。

また暑くなった。
12時には、27度を超えた。

実は暑いのはサンパウロだけではない。
今年は、ブラジル中が暑いのだ。

ブラジルの中西部に大きな乾いた高気圧団が居座っているのだ。
そこから、ブラジルに熱気を吹き出しているというわけだ。

南東部は雨も少ない。

有名なイグアスの滝は、イグアス川にいあるのだが、この川の上流域はパラナ州南部。
イグアスの滝は枯れたようになっている。

この時期に、イグアスの滝を見る人は損だ。
がっかりするだろう。
「20060725JN-FozdoIguacu.wmv」をダウンロード

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サッカー・ブラジル選手権2006 その149 ラファエル・モウラもコリンチャンスをでる。

コリンチャンスCorinthiansは、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroの後半はFWがいなくなる。
ニウマールNilmarはケガをしていて、グラウンドに戻るのは次のシーズンである。
テベスTevezは7月26日水曜日に家族を守るためにコリンチャンスをでるかもしれないと宣言した。

彼らを別にして、出て行くかもしれないのはFWラファエル・モウラである。
スペインのメディアによると、ラファエル・モウラRafael Mouraは1部に上がったばかりのタラゴーザTarragonaのジムナスチックGimnasticに目をつけられている。
ラファエル・モウラRafael Mouraは、MSIの社長キア・ジョオラビシアンKia Joorabchianと関係があるHAZの所有である。

テベスTevez、ニウマールNilmar、ラファエル・モウラRafael Mouraの他に、コリンチャンスCorinthiansのプロチームの唯一のFWはウィルソンWilsonである。
コリンチャンスの社長は、韓国のサムスン・ブルー・ウィングスSamsumg Blue WingsにいるナヂソンNadsonと契約しようとしている。
元パルメイラスPalmeirasで元サンパウロのイタマールItamarは他の韓国のクラブと合意してしまった。

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コリンチャンスのニュースはこういうニュースばかり。

”点の取れない”FWがいなくなったら、誰が点を取るのか。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その148 ドドゥの行き先

FWドドゥDodôは、7月26日水曜日の午後、ジェネラル・セヴェリアーノGeneral Severianoでの記者会見で、ボタフォゴBotafogoとは公式に関係が無くなったことを発表した。

ドドゥは、アラブ首長国連邦Emirados Árabesのアル-アインAl-Ainと6ヶ月の契約に署名し、次のシーズンにはクラブに戻りたいと思っている。
Spd20060726f

「永遠の別れではない、すぐまた戻ってくるまでだ。 金銭的な提示が素晴らしい。 クラブは働くには良い設備を持っている。
32才行かないわけにはいかない。 家族に対する義務がある。 ブラジルにいるのと比較するわけではない」と、ドドゥDodôは言った。

9ゴールをあげて、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroの目下の得点王Artilheiroであるドドゥは他の選手達とはトレーニングをしない。
こういうことで、7月30日日曜日にマラカナMaracanã競技場でのブラジル選手権第14節の”クラシコ”の対フルミネンシFluminense戦も出場はない。

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移籍が決まれば、あっさりとしたものである。

ドドゥも、幼い子供を抱えているので、お金が必要だ。
年齢的にも、引退を考える時に来ている。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その147 テベスが、ファン組織と休戦。

7月25日火曜日のトレーニングの後、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeの駐車場で短い出会いがあり、テベスTevezとコリンチャンスCorinthiansのファンtorcedoresの間が平和になった。

テベスは、コリンチャンスのファンの代表と話しをして、休戦trégua,の合意をした。

ファン達は、7月22日土曜日のブラジル選手権第13節対フォルタレーザFortaleza戦でテベスTevezがゴールを決めて引き分けにもっていった後に、観客席arquibancadaに向かって "cala boca"をしたテベスの行為に対して不満があった。
試合の後、あるコリンチャンスのファンは、「守銭奴」"mercenário".と叫びながら、モルンビーMorumbi競技場から出るテベスの車を蹴るまでした。

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コリンチャンスが危機にあるにもかかわらず、給料が高いテベスが、ワールドカップ・ドイツ大会の後もなかなかコリンチャンスに復帰しなかったことで、ファンが怒っていた。
それに対して、テベスがゴールを決めた後に、黙って応援しろというポーズをとったので、一部のファンが更に怒った。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その30 ドゥンガの代表監督就任に疑問。

7月23日月曜日にブラジル代表seleção brasileiraの新監督novo técnicoとして発表されたドゥンガDungaは、監督職に就くことが出来ない。

1993年と1998年の労働者法leis trabalhistasでは、この職業は体育学Educação Físicaの教育、もしくは監督となるための特別のコースを終了しなくてはならない。
ドゥンガは、そのどちらも終えていない。

しかし、労働者法direito trabalhistaの専門家である弁護士advogadoのジョアン・ペドロ・エイェール・ポーヴォアJoão Pedro Eyler Póvoaは、ドゥンガDungaが監督となることを禁じている法は、また別の解釈もあるという。

「1993年の法律は、学位を取るべきことが望ましく、それを持っていなければならないとは言っていない。 1998年の法律は、スポーツ分野のいかなる機能も体育学のプロによって運営されなくてはならないと言っている。
こういう分けで、全ての混乱がこの曖昧な解釈である」と、法律家は言った。

しかし、サッカー監督で、リオ・デ・ジャネイロ州Rio de Janeiro選手組合Sindicato dos Jogadores 会長のアルフレッド・サンパイオAlfredo Sampaioは、ドゥンガの選考はこの分野のプロを害するという。

「ドゥンガDungaに反対しているのではなく、状況に反対している。 一方は選手として、そして他方は監督として。 この分野のプロに対する尊重がない。 もし、監督組合Sindicato de Treinadores か体育教育審議会が彼らがとれる何かの手段をとることもある」と、法律を突破することに警告をした。

「たとえば、公式試合で、ドゥンガDungaのトレーナーが監督の様に署名をする。 それなら何も問題はない」と明らかにした。

連邦体育教育審議会CONFEF (Conselho Federal de Educação Física)のコ-ディネーターのヴァルフレッド・アマラルValfredo Amaralは心配している。
ブラジル・サッカー監督協会Associação Brasileira de Treinadores de Futebol (ABTF), 会長オルランド・ペサーニャOrlando Peçanhaが、ドゥンガのために陸軍体育学校Escola de Educação Física do Exércitoでコースを短くして行うこともあるという。
まだ、このことについては何も発表することはできない。

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なかなか、ブラジルらしい「愉快な話」だ。

こういう問題が後から出て来ても、ちゃんとなんと解決するのがブラジルのやり方だ。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その29 ザガーロ。

ブラジルサッカー協会CBFによると、ザガーロZagalloはもうブラジル代表seleção brasileiraチームの技術コーディネーターcoordenador técnicoではない。
発表は、7月26日水曜日午後、協会本部で行われた。
ザガーロは、ワールドカップ・ドイツ大会では技術コーディネーターとして活動した。

ドゥンガDunga代表監督と一緒に働くあたらしい技術コーディネーターの名前は、8月1日火曜日に、同じ月の16日にオスロOsloで行われるノルウェイーNoruega代表との親善試合のために招集される代表メンバーとともに発表されることになる。

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ブラジルサッカー協会CBFは、ワールドカップ・ドイツ大会の技術委員会の消滅を発表した。
つまり、ザガーロZagalloを含むメンバーが、もはや技術委員会のメンバーではなくなったことになる。
例外は、医師のジョゼ・ルイス・ルンコmédico José Luiz Runcoと、GKのトレーナーのヴェンデル・ラマーリョWendell Ramalhoだけで、7月25日火曜日に、ドゥンガ代表監督の下でも引き続き技術委員会のメンバーとなることが発表された。

ザガーロZagalloは、カルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraの右腕として、2003年からブラジル代表チームの技術コーディネーターcoordenador técnicoを務めていた。
Spd20060531k
(参考画像)
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ブラジルサッカーの元気印として、50年以上のキャリア。
言い方は悪いが、最近は「生き仏」のようになっていたザガーロ。

これで、がっかりして、健康を害さなければいいのだが。
昨年2005年には、腸の手術をして入院していた。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その146 ドドゥが、アラブへ。

ブラジル選手権Campeonato Brasileiroで9ゴールをあげている得点王ArtilheiroのドドゥDodôがボタフォゴBotafogoを去る。

ドドゥは、7月26日15時に、ジェネラル・セヴェリアーノGeneral Severianoで、トレーニングの前に記者会見を行い、アラブ首長国連邦Emirados Árabesのサッカーに行くと発表した。
クラブ名はまだ明らかにされていない。

アラブがドドゥDodôと契約をしようとするのは初めてではない。
ワールドカップCopa do Mundo ・ドイツ大会の前に、ドドゥは打診とオファーを受けていた。しかし交渉は固まっていなかった。
ドドゥは6ヶ月の契約をし、次のシーズンにはボタフォゴに戻ることが出来る。
Spd20060607e
(参考画像)

ボタフォゴBotafogoの社長ベベト・ヂ・フレイタスBebeto de Freitasは、このことについては話しをするためには、捕まっていない。

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ボタフォゴでは、ブラジル選手権での得点王になれても、優勝を狙うには難しいからだろうか。

ドドゥにとってはボタフォゴは古巣でもあり居心地の良いところではなかったのか。
ドドゥも、渡り鳥選手の1人である。

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その5 7月25日も暑い。

ブラジル・サンパウロは、南半球に位置するので、今は本当は「冬」である。
南回帰線上に位置しているので、
12月には太陽が真上に来るのであるが、
標高が800メートルの高原に位置しているので、
夏でも最高気温は30度を超えることはあまりない。

そして、冬は
本来は最高気温は22度くらいで、最低気温が12度くらいであるべきなのであるが、
このところのサンパウロは暑い。

7月24日には、最高気温が30.5度まで上がった
真夏並みだ。
もっとも朝夕は15度くらいまで気温は下がる。
暑く感じるのは、11時過ぎから15時くらいまでと、それほど長い時間ではない。

今日7月25日も快晴だった。
サンパウロ市の中心部から至近の住宅地の拙宅付近から、どちらを向いても雲はない。
Spd20060725d

天気予報では、週末にはちょっと雲がでるかもしれないけど、雨は降らないと言っていた。
雨が降らないので、街はとてもほこりっぽい。
湿度は、日中は20%を割り、夜間に30%を超えるくらいだと言うことだ。

日中は暑いから、暑いような服装をしている。
しかし、中には行きすぎた人がいる。
Spd20060725e

年齢がちょっと高い人だった。
Spd20060725f

日陰では、それほど暑く感じないし、
それに16時くらいになるとどんどんと気温が下がるのである。

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ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その30 サンパウロのデータの更新。

2005年の7月から、Google Mapを使って、サンパウロを紹介してきた。
2006年1月28日の「ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その29 サッカー場総まとめ」を最後に、しばらく追加していない。

先日、Google Mapにおいて、サンパウロ市のデータが更新されているのに気がついた。
特に、サンパウロ市東部の解像度が格段に良くなっていた。
以前は、使用に耐えるレベルではなかったのだが、
市の市街地として相応しいレベルになっていた。

また、時々Google Mapを使っていきたいと思う。

サンパウロ市の大まかな構造がわかるような大きさのデータである。
Spd20060723y

サンパウロは、標高800メートルの高原にある。
北と南に山脈が走っている。
山脈といっても、カンタレイラ山脈でもサンパウロ市との標高差は300メートル程度しかない。

海岸山脈は、サンパウロ中心部から行くと徐々に高度が上がっていくので、山脈という実感はない。
しかし、山脈を一気に下りサントス側から見ると山脈と言うことが実感できる。
山脈と言うよりもむしろ、1100メールとの落差がある崖のようだ。

サンパウロ市の東部も西部も山がちなので、サンパウロは盆地にあるともいえる。

サンパウロ市と中心に、いくつかの衛星都市があるのだが、市街地が続いていて、
境が段々とはっきりしなくなっている。
市街地の周囲は、「緑」が多いので、自然には恵まれているように見える。
ほとんどが山地だ。
しかし、市街地内にはあまり「緑」がない。
衛星写真で確認できるような大きな公園はそれほど多くないのだ。

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過去の記事である。

タイトル                                           
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その29 サッカー場総まとめ
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その28 ジャヴァリ        
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その27 イジェノポリス
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その26 セントロ1   
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その25 コリンチャンスの練習場
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その24 リベルダーヂ(東洋人街)
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その23 パウリスタ大通り
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その22 小さなタマネギ  
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その21 大きなタマネギ  
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その20 イビラプエラ公園
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その19 サンパウロ動物園  
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その18 サンボードゥロモ
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その17 ビラコポス空港
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その16 カンポ・ヂ・マルチ飛行場
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その15 ガリューリョス空港
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その14 コンゴニアス飛行場
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapで見る その13 カランヂル複合刑務所
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その12 モルンビー墓地
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その11 インテルラゴス
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その10 プロ・サッカークラブの練習場
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その9 サン・ジョルジ
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その8 カニンデ
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その7 パルケ・アンタルチカ
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その6 モルンビー競技場
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その5 パカエンブー競技場 
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その4 サンパウロの構造
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapで見る その3 サンパウロ市の概略
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その2 楽園
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その1  地区 

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その後の追加分。
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その31 パルケ・カルモ
ブラジル・サンパウロをGoogle Mapでみる その32 rede TV!局
ブラジル・サンパウロをgoogle mapでみる その33 アナクレット・カンパネラ競技場。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その28 医師ジョゼ・ルイス・ルンコは継続。

ジョゼ・ルイス・ルンコJosé Luiz Runcoは、7月25日火曜日に、ブラジルサッカー協会CBFの本部で、ブラジル代表の医療部departamento médicoの指揮を続けると言った。
ジョゼ・ルイス・ルンコ以外の全てのチームもそのままである。
ジョゼ・ルイス・ルンコは、ドゥンガDunga監督との会議についてコメントをした。

「良い目的の出会いだった。 8月16日のノルウェイNoruegaとの親善試合のために、誰が適格でもしくはそうでないかについて話しをした。 たとえば、ニウマールNilmaを呼ぶことは出来ない。 すでにロナウドRonaldoは臨床的には良いが、肉体的にはまだ」と、ジョゼ・ルイス・ルンコは説明をした。

ジョゼ・ルイス・ルンコはドゥンガDungaと働いたことを思い出し、ブラジル代表でも大丈夫と言った。

「もしドゥンガが選手であった時のようなものを監督としても見せてくれるならば、成功するだろう。 勝利の連続で、彼はみんなから力を得るし、尊敬される」

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このジョゼ・ルイス・ルンコは、膝の大家だそうだ。
Spd20060625h
(参考画像)

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サッカー・ブラジル選手権2006 その145 テベスにオファーが2つある。

カルリットス・テベスCarlitos Tevezの代理人のアドリアン・ルオッコAdrian Ruoccoは、テベスに関するオファーを受け取っていると明言した。

7月22日土曜日に、フォルタレーザFortaleza戦で2対2と引き分けた後に、テベスがいくつものオファーを受け取っていることを明らかにし、ファンがプレッシャーを掛けるようであればコリンチャンスを出て行くと脅かした。
テベスは、モルンビーMorumb競技場を出て行く時に車を蹴られた

「土曜日に起きたことをとても不思議に思う。しかし、テベスは平静だ。 オファーがある。しかしまた何も確実なものではない。 テベスはコリンチャンスが好きで、いることになる」と、アドリアン・ルオッコは明言した。
どのクラブが関心を持っているかは知らせなかった。

アドリアン・ルオッコは、土曜日に起きたことについてMSIの社長のキア・ジョオラビシアンKia Joorabchianと話しをしたことを認めた。

「彼はロンドンにいる。 しかし必要なことは援助すると言った」と、アドリアン・ルオッコは明言した。

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モルンビー競技場の外で、先鋭的なコリンチャンスのファンが引き上げる選手を待っていた。

テベスの車の窓を叩き、蹴った。

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terça-feira, julho 25, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その144 コリンチャンスの社長は語る。

コリンチャンスCorinthiansの社長アルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibは、7月24日月曜日に選手の前に現れて、監督のジェニーニョGeninhoや選手達と話しをし、記者会見で監督への支持を明らかにした。
Spd20060725a

「責任は、みんなにある。 みんなで勝って、みんなで負ける」と、アルベルト・ドゥアリビは明言した。

アルベルト・ドゥアリビは、またサッカー部門にもっとより接近するするようにすると言い、次の日曜日には一緒にレシフェRecifeに行くと約束した。 コリンチャンスは、サンタ・クルーズSanta Cruzと対戦することになっている。

「我々が危機のまっただ中にいるのは明らかだ。 しかしすでに2-3回は過ぎてきた。 我々の経験はとても大きい。 我々は素晴らしい技術委員会を持っている。自分は短い期間で我々は回復し、順位を上げ、この状況を脱すると確信している」と、アルベルト・ドゥアリビは1987年のサンパウロ州選手権でのいたような状況を過ごしたことを思い出していた。

最後に、アルベルト・ドゥアリビはクラブの計画は降格圏を脱出することだけではなくいっぱいあると明言した。

「南米杯の出場権を得るところ、果てはリベルタドーレス杯南米選手権の出場権を得るところまでの上位に行くために戦おう」と、アルベルト・ドゥアリビは言った。

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ここに来て、急にアルベルト・ドゥアリビが張り切り始めた。

5-6月と行方不明だったのに。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その143 社長がコリンチャンスのトレーニングに現れた。

危機の中に不在だと批判されていた、コリンチャンスCorinthiansの社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibが、7月24日月曜日にコリンチャンスのトレーニングに顔を出した。
副社長のネジ・クリーNesi Curyも一緒だった。
Spd20060724c
Spd20060724d

アルベルト・ドゥアリビは選手達とも監督のジェニーニョGeninhoとも会話をした。
コリンチャンスの広報担当者は、社長はグループの連帯を示すためにトレーニングにやって来たと説明した。
コリンチャンスは、ブラジル選手権では勝ち点10で最下位である。

トレーニングにまた存在を示したものは、コリンチャンスのファン組織の一つの構成員であった。
コリンチャンスの控えとジュニアの練習試合の間、彼らは抗議の大声を上げていた。
しかし何の混乱も起きなかった。
Spd20060724f
Spd20060724e

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コリンチャンスの正選手は、この日のトレーニングではグラウンドには出なかった。
ジムにいた。

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アルベルト・ドゥアリビは、久しぶりに練習を見たのだが、
とにかく顔を出したので、
その後に役員を集めて、
2ヶ月間欧州にずっといるコリンチャンスのパートナーの
MSIの社長キア・ジョオラビシアンのことを批判した。
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コリンチャンスには「指揮者」がいないと言っていた。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その28 ロナウドがドゥンガ新監督について語る。

ロナウドRonaldoはドゥンガDungaがブラジル代表seleção brasileira監督の職に指名されたことを好んだ

ロナウドは、ドゥンガDungaの側で2回のワールドカップで一緒だった。
1994年は、グラウンドに出ることはなかったが、ドゥンガはキャプテンで、1998年は一緒にプレイをした。

「ドゥンガDungaと、自分にとっての最初のワールドカップCopa do Mundoであった94年の米国Estados Unidosと98年のフランスFrançaでプレイした。 ドゥンガキャプテンをよく知った。 とても信念のある人で、きつい批判を克服する勝利者で、熱情のイコンになった。 彼はいつもリーダーシップを持ってグラウンドの中で代表を指揮した。そして今は監督だ。彼が同じようにやっていけるように応援する」と、ロナウドRonaldoは言った。

ロナウドFenômenoは、来週末までブラジルBrasilにいる。 8月1日にレアル・マドリReal Madridに再集合する。
それまでは、ロナウドRonaldoはリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroでブルーノ・マッツィオッチBruno Mazziottiとともに手術後の回復のトレーニングを続ける。

ロナウドは、左の脛tíbiaの部分の手術を、7月15日に行い、石灰化したもの2つを除去した

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ロナウドは、治療中ということもあって、8月16日に行われるノルウェイ代表との親善試合の代表メンバーとしては招集されることはないだろう。

その後の代表メンバーとしては、どうなのか。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その27 ザガーロはまだ代表にいたい。

ザガーロZagalloが、7月24日月曜日に、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroのブラジルサッカー協会CBFの本部にいた。
そして、引き続きブラジル代表にいたいと保証した。
老狼サガーロはまだリカルド・テイシャイラRicardo Teixeira会長から求められていなし、まもなく彼の状況が決められるに違いないと説明した。

ワールドカップでブラジル代表が弱かったことについて、ザガーロはやる気が足りなかったことはない、しかし素晴らしい選手達が持っているサッカーのレベルに達しなかったことを認めた。

「楽観主義が選手に達しないように務めた。しかし出来なかった。 圧力はとても強かった。 多くの選手は期待されたより遙かに下の出来であった」と言った。

ザガーロは、彼の意見として、ブラジル代表seleção brasileiraには1人のリーダーがいなかったと明らかにした。

「グラウンドに1人のリーダーがいるのがいつも良い。 ドゥンガDunga、ジトZito、カルリーニョスCarlinhos(Carlos Alberto Torres). のような選手だ。 残念ながらそうしたタイプのリーダーが、ブラジル代表が無気力だったフランスとの試合の時にはいなかった。」
Spd20060628e
(参考画像)

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ザガーロは、7月1日にブラジル代表があのようなことになって以降、その動静が伝えられていなかった。

まだ、やる気はいっぱいのようだ。

今までは、カルロス・アルベルト・パヘイラ代表監督の下で、代表チームのテクニカル・コーディネーターという役職であったが、これからはどうなるのだろう。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その26 ドゥンガには1週間前に打診があった。

ブラジル代表seleção brasileiraの新監督novo treinadorと発表された後で、ドゥンガDungaはブラジルサッカー協会CBFとの交渉がどうのようであったかを話した。
ドゥンガによると、リカルド・テイシェイラRicardo Teixeira会長はだいたい1週間前に最初の接触をしてきた。 合意に達することになったこの月曜日の会議を決めるまでした。

「だいたい1週間前に最初の話しをした。 しかし会長は詳細に入らなかった。 我々は詳細について議論するためにこの月曜日に会議をすることに話しをして決めた。でも、自分は彼が望んでいる以上の考えがあった」と、ドゥンガは説明した。
Spd20060724b

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ブラジルサッカー協会CBFの会長リカルド・テイシェイラは、以前に代表監督を決めるに当たっては誰にも相談せず、会長として専決すると語っていた。

初めから、ドゥンガが意中の人だったのだろうか。

世評が高かった、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督も、パウロ・アウツオーリ監督も、先週金曜日までに、CBFからの接触はないと語っていた。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その25 新たな代表選手。

ブラジル代表の黄色のユニフォームを長く着ている選手達は注意だ。

新監督のドゥンガDungaは、選手の更新は避けられないと明言した。
しかし、ドゥンガは一番年寄り達をを減らすことはしない。
経験と若さでチームを作る。

ブラジル代表監督としての最初の招集メンバーの発表は、8月1日(火曜日)で、8月16日(水)にオスロOsloで行われるノルウェイNoruegaとの親善試合のためである。

「選手達の変更や更新を避けることはない。 今のままにしておくことは出来ない。 しかし最も若くて経験がある選手で行きたいと考えていると、ドゥンガは説明した。
 
ブラジル代表監督は8月1日までは、海外で活動しているブラジル選手を見ていく予定である。
ドゥンガによると、良い状態でのプレイが出来るものを招集することが大事だという。

「海外で活躍している選手達がどうなのかを知ること無しに、招集メンバーリストについて話すことはない。 今休暇で彼らか戻って来ていることは知っている。 それでそれぞれの状態を知る必要がある」と、ドゥンガは明らかにした。

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少なくとも国内で活動しているメンバー中心でいくことはないということだ。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その24 ドゥンガの最初の仕事。

新しいブラジル代表seleção brasileiraは、7月25日火曜日の朝から、集め始まられる。
ブラジル代表の新監督のドゥンガDungaがリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroのブラジルサッカー協会CBFの本部で役員と会議をして、ブラジルのサッカーで最も重要な職である彼の仕事の計画を立て始まる。

会議の主なテーマは、新しい技術委員会comissão técnica.の選出である。
ドゥンガDungaは名前を明かすことは望んでいないが、彼の側にいて欲しい人間については考えがある。
ドゥンガは、また前監督のカルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraのメンバーのいずれかを残すかどうかも明かしていない。

「全て火曜日から計画を始める。 名前を明かすことはないが、心の中にはある。 それについて会議で話し合う。まだ、いつ家に帰ることが出来るかわからない」と、ドゥンガは冗談を言った。
今、ドゥンガDungaはポルト・アレグレPorto Alegreに住んでいる。

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segunda-feira, julho 24, 2006

サッカー・ブラジル代表 その後 その23 トニーニョ・セレーゾは驚いた。

ドゥンガDungaがブラジル代表seleção brasileiraの新監督novo técnicoになるとのニュースは、7月24日月曜日にトニーニョ・セレーゾToninho Cerezo監督を驚かせた。
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(参考画像)

元グァラニーGuarani監督のトニーニョ・セレーゾは、カルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraが代表監督を去った後釜にはもっと経験のあるものが期待されていたと明言した。

「ドゥンガDungaはサッカーを良く理解している人間で、偉大なプレイヤーだった。 しかし監督としては彼を分析することは我々は出来ない。 経験を持ったより長いキャリアーの監督を期待していた」と言った。

ドゥンガDungaのような元選手は、トニーニョ・セレーゾCerezoはキャプテンの資質はワールドカップでも続くと信じている。
ドイツAlemanhaの監督ユルゲン・クリシュマンJürgen KlinsmannやオランダHolandaのヴァン・バステンVan Basten、日本JapãoのジーコZicoなどがワールドカップでの主な例である。 すべて監督としての経験がなかった元選手であった。

「それは選手たちのクラスの価値をあげる。 新しい世代の選手がより用意される。 毎日の経験だけが、ドゥンガを良い監督にする」と、トニーニョ・セレーゾは信じている。

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実は、ワールドカップ・ドイツ大会の前に
ドゥンガには、アンゴラ代表から代表監督就任への打診があった。

結果としては、合意には至らなかった。

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ドゥンガのブラジル代表監督就任は、7がつ24日月曜日の最も大きなスポーツニュースになった。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その142 エヂムンドにオファーがある。

FwエヂムンドEdmundoが、海外から2つのオファーがあると明らかにした。
一つはアラビアからで、もう一つは日本からだ。

しかし、エヂムンドは、パルメイラスPalmeirasとの契約を更新して、もう一年パルメイラスにいたいという希望を強調した。

「出て行く気は全くない。 イルトン(サッカー部長)とも、パライア(サッカー担当役員)とも話して、来年もいたいと言った。
パルメイラスにいて、もう一年に入れてるでプレイする。 そしてキャリアの「金の鍵」を閉じる」と、エヂムンドは言った。

エヂムンドEdmundoは2005年の終わりに契約をし、2006年はじめから10年ぶりにパルメイラスのユニフォームを着た
エヂムンドの契約は、年末までである。

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昨年までのエヂムンドはともかくとして、
今年になってのエヂムンドは「模範」である。

やはりゲームを作る能力には卓越したものがある。
自身がゴールするだけではなく、味方で良いポジションにいるものに良い球を出している。

もうちょっとパルメイラスでプレイしているところを見たい選手である。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その22 ドゥンガ。

ブラジル代表の新監督ドゥンガDunga,は、ブラジル代表Seleção Brasileiraとして選手の時からの長い経歴を持っている。
116試合に出場し、11ゴールをあげて、1990年、1994年、1998年のワールドカップに出場した。

本名カルロス・カエターノ・ブレドルン・ヴェヒCarlos Caetano Bledorn Verriは、ブラジル最南部のリオ・グランヂ・ド・スル州のイジュイに生まれている。
ブラジル代表のキャプテンとしてワールドカップ・米国Estados Unidos大会を制し、ブラジルに4回目の優勝をもたらした。
ワールドカップCopa do Mundo以外にも、1989年と1997年の米州杯Copa América、1987年のスタンリー・ロス杯Taça Stanley Rous 、1997年のコンフェデレーション杯Copa das Confederaçõesにも優勝した。

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カルロス・カエターノ・ブレドルン・ヴェヒCarlos Caetano Bledorn Verri
ポジションPosição: ボランチVolante.
生年月日Nascimento: 31/10/1963 -
出生地: イジュイIjuí (RS).
ブラジル代表Seleção Brasileira: 116試合、 11ゴール (1987~1998).
ワールドカップCopa do Mundo: (1990 - イタリアItália);
                   (1994 - 米国Estados Unidos);
                   (1998 - フランスFrança).
ブラジル代表としてのタイトルTítulos pela Seleção Brasileira:
                   ワールドカップCopa do Mundo (1994);
                   米州杯Copa América (1989, 1997),
                   スタンリー・ロス杯Taça Stanley Rous (1987),
                   コンフェデレーション杯Copa das Confederações (1997).
クラブOutros clubes: インテルナシオナウInternacional (RS) (1983~1984,1999);
             コリンチャンスCorinthians (SP) (1984~1985);
             サントスSantos (SP) (1986);
             ヴァスコ・ダ・ガマVasco da Gama (1987)
             ピサPisa (ITA) (1987~1988);
             フィオレンチーナFiorentina (ITA) (1988~1992);
             ペスカーラPescara (ITA) (1992~1993);
             シュツツガルトStuttgart (ALE) (1993~1995);
             ジュビロ磐田Jubilo Iwata (JAP) (1995~1998).
その他のタイトルOutros títulos:
             リオ・グランヂ・ド・スル州選手権Campeonato Gaúcho (1983, 1984);
             リオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Estadual (RJ) (1987);
             グァナワバラ杯Taça Guanabara (1987);
             金杯Torneio Copa de Ouro (1987),
             日本選手権Campeonato Japonês (1997).

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最近でも、テレビのニュースなどで見かける人であった。

社会福祉活動も積極的に行っている。

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その4 30度を超えた。

ブラジル・サンパウロは、「冬」である。
6月に太陽が北回帰線に達した時から、9月に赤道を越えるまでは、「冬」である。

だが、今日7月24日月曜日は最高気温が、なんと30度を超えた。

このところ、毎日快晴である。
Spd20060722zx

朝夕は冷えても、11時頃から気温がぐんぐん上昇して、外にいると汗ばむくらいになっていたのだが、今日はそれが遂に30度を超すことになった。

確かに、昼過ぎにサンパウロの道路沿いのあちこちに設置している「時刻と気温を表示している機器」も、30度を超えている気温を示していた。
Spd20060724g

だいたいかなり場所によって表示される気温がばらついているので、壊れているのかと思っていたのだが、本当に30度を超えていたのだ。

30度を超えることで、日中の湿度はますます下がっていることになる

カラカラだ。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その21 【速報】新代表監督はドゥンガ。

サッカー・ブラジル代表Seleção Brasileiraの新代表監督が、7月24日月曜日17時過ぎに、ブラジルサッカー協会CBFより発表された。

ドゥンガ42才である。
Spd20060724a

日本でもとてもなじみの深いドゥンガである。

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ブラジルサッカー協会会長リカルド・テイシェイラRicardo Teixeiraは、7月24日午後遅く、新ブラジル代表監督ドゥンガDungaと話し合いをした。

2時間に渡る会議で、ブラジルサッカー協会会長は正代表Seleção Brasileira Principalの組織に導入する改革を始める。

改革へ導く主なもの中で、リカルド・テイシェイラ会長Ricardo Teixeiraと新監督が、正代表Seleção Principalの技術委員会comissão técnicaとU-20の技術委員会が仕事の統合をすることによって、両方の関係者の中のより良い接近がはかれれるのではないかということを、考えた。

ブラジルサッカー協会会長がブラジル代表Seleção Brasileiraの中で行うことを決定した変更の一つは、技術委員会comissão técnicaがブラジルサッカー協会会長だけに独占的に報告をするようにしたことである。.


ドゥンガDungaを新監督に選任し、ブラジル代表Seleção Brasileira の技術委員会comissão técnicaを新しい組織にしたのは、2010年のワールドカップCopa do Mundo・南アフリカÁfrica do Sul大会と、そしてまた2014年にブラジルで行われるであろうワールドカップを戦うための目的である。

「ドゥンガDungaを選任したことで、ブラジル代表に感動させる監督を望んでいるブラジル人のファンの強い望みを満たすことが出来る」と、CBFのリカルド・テイシェイラRicardo Teixeira会長は明言した。

ドゥンガDunga監督と、近日中に発表される技術委員会comissão técnicaのメンバーは、8月16日にオスロOsloで行われるノルウェイNoruega代表との親善試合にためのブラジル代表Seleção Brasileiraの招集を行うことになる。

「選手として持っていたのと同じ気持ちでブラジル代表Seleção Brasileiraに持ち込んでいきたい。 感動、やる気、そして勝利への気持ちがブラジル代表Seleção Brasileiraのユニフォームを着るためには絶対的である」と、新監督ドゥンガは語った。
「20060724GN22-Selecao-Dunga.wmv」をダウンロード

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今のブラジル代表には、ドゥンガのような人が必要だった。

さすがブラジルサッカー界。

カルロス・アルベルト・パヘイラの時代とは全く違ったブラジル代表になりそうだ。

ちなみに、ドゥンガはクラブも含めて、監督経験はない。

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これで、一安心したのは、ブラジル国民。

そして、最有力候補と目されたヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督が居るサントス、
更にパウロ・アウツオーリ監督が居る鹿島アントラースだろう。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その142 エヂムンドは幸福感を抑制しようとしている。

ワールドカップ前のブラジル選手権の最初の10試合でわずか勝ち点10点だったのに、再開後は3連勝して勝ち点9点を加えたことで、エヂムンドEdmundoはリラックスすることが出来た。
パルメイラスPalmeirasは、7月23日日曜日の対ゴイアスGoiás戦では冷静に試合をすることが出来た。

エヂムンドAnimalは、ゆっくりと息をすることが出来るのは、ブラジル選手権の降格圏をパルメイラスが脱出した時である。

「満足しているし、嬉しい。 しかし幸福感に浸る時ではない。 落ちる可能性は大である。最初の方の試合での勝率がとても悪かったのでこんな状態になった。 今はバランスがとれてきている」と、エヂムンドEdmundoは宣言した。

パルメイラスPalmeirasは、勝ち点13で、17位である。
16位のポンチ・プレッタPonte Pretaとは1点差である。
次節の7月29日(土)のパラナParaná戦の結果次第では、パルメイラスは降格圏を脱出できる。

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パルメイラスは、徐々に調子を上げてきた。

だが、次の対戦相手のパラナは、現在4位だ。

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ブラジルの「サブリナ・サトウ」 その62 新たな使命。

ブラジルで大人気の日系人タレントのサブリナ・サトウ
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随分と間隔が開いてしまったのだが、
サブリナ・サトウはブラジルに戻ってきた。
Spd20060716t

ワールドカップ・ドイツ大会の時に、サブリナ・サトウは欧州に向かった
ドイツに向かうはずが、”間違って”最初はスペインにいた。
そしてオランダに行ったり、英国に行ったりしていた。

一人旅のはずなのだが、同行ディレクターがいたのだろうから映像があった。
毎週のpanico na TVの中で、約15分ぐらいそれぞれの街で苦労しているような
サブリナ・サトウが映し出された。

いわゆる猿岩石やドロンズのようなものだ。

いつかは、ドイツに着くはずだったのだろうが、
サブリナ・サトウがドイツに着く前に、
ブラジル代表があのようなことになってしまい、
ドイツからいなくなってしまった。

そうするとお手軽な番組造りで有名なpanico na TVは、
何の説明もなくブラジルにいるサブリナ・サトウの映像を流した。
欧州からどうやって帰ってきたかなど、何も無しだ。

視聴者も大人だからそういったことでは突っ込まないのだろう。

相変わらずサブリナ・サトウは、生放送をしているスタジオにはやってこない。
ビデオ・レターを送ってきて、その中に映像がある。

今度は、「失業状態」にあるサブリナ・サトウSabrina Satoが何とかしたいと、
色々と怪しい宗教にあたるなかで、アマゾンAmazôniaにいる黄色の腹barriga amarelaをしたカエルsapoを見つけ、それを「茶」にして飲むと、状況が変わるということを聞いた。
Spd20060716u

それで、どうもアマゾンに行ったようだ。

※panico na TVの設定では、サブリナ・サトウは番組を外されて以来
 まだ失業状態にあることになっているようだ。
 実際には、ビデオ・レターで毎週出演しているのだが
 それも「勝手に」送りつけていることになっている。
Spd20060716s

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今日7月23日20時から、いつものようにrede TV!局では、ブラジルで一番下品な馬鹿番組のpanico na TVの放送が始まった。
この放送は、サンパウロ市西郊のrede TV!の本社スタジオからではなく、Campos do Jordaoというサンパウロから東に120キロほどの標高の高くて寒い別荘地からの生中継だった。
サンパウロの金持ちは、この別荘地で寒さを楽しむのだ。
ここでは最低気温は0度近くになる。
サンパウロでは決して着ることが出来ない高価な毛皮のコートを着てみたり、暖かい食事を楽しんで、「欧州」的生活を楽しむわけだ。

今晩は、何故かサブリナ・サトウのコーナーはなかった。

もちろんpanico na TVは、そのことについてなにも説明しない。

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domingo, julho 23, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その141 第13節終了。

サッカー・ブラジル選手権の第13節が、7月22日(土)と23日(日)に行われた。

結果は次の通り。

7月22日(土) 第1日目
試合開始      試合結果                競技場
16h   Figueirense   2 x 0  Grêmio       Orlando Scarpelli
16h   Paraná      1 x 0  Cruzeiro      Pinheirão
18h10  Corinthians   2 x 2  Fortaleza      Morumbi
18h10  Fluminense   2 x 2  São Caetano    Maracanã
コリンチャンスは、7試合ぶりに得点をあげたが、引き分けに終わった。
※サン・カエターノはアウェイで引き分け。
(フルミネンシの先発と控え)
Spd20060722k
Spd20060722l

(サン・カエターノの先発と控え)
Spd20060722m
Spd20060722n

サン・カエターノはアウェイでの引き分けを上出来と考えるべきだ。
Spd20060722f

「20060722sporTVnews-BA13.wmv」をダウンロード

7月23日(日) 第2日目
試合開始      試合結果                競技場
16h   Ponte Preta  1 x 3  São Paulo      Moisés Lucarelli
16h   Vasco      2 x 1  Atlético-PR    São Januário
16h   Santa Cruz   3 x 0  Flamengo      Arruda
18h10 Santos     3 x 2  Juventude     Vila Belmiro
18h10 Internacional  0 x 0  Botafogo      Beira-Rio
18h10 Goiás      1 x 3  Palmeiras      Serra Dourada
※サンパウロFCは、7月26日(水)のリベルタドーレス杯南米選手権に備えて、
 主力を休ませるために、ほとんど控えを出したのに勝利。
(ポンチ・プレッタの先発)
Spd20060723a

(サンパウロFCの先発)
Spd20060723b

 首位を守る。
※ヴァスコ・ダ・ガマは、7月26日(水)にブラジル杯の決勝戦があるが、
 主力を出場させて、リズムを掴ませた。
(ヴァスコ・ダ・ガマの先発と控え)
Spd20060723k
Spd20060723l

(アツレチコ・パラナエンシの先発と控え)
Spd20060723m
Spd20060723n

 監督が更迭されたアツレチコ・パラナエンシは地元で負け。
※サントスは地元で勝利。
Spd20060723i

(サントスの先発と控え)
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Spd20060723e

(ジュヴェンチューヂの先発と控え)
Spd20060723f
Spd20060723g

サントスの地元ヴィラ・ベルミロ競技場は、中断期間中に改装を行った。
ベンチの椅子がとても快適そうになった。

ジュヴェンチューヂに移籍のクリスティアンが出場していた。
なんかふにゃふにゃしていた。
主審とお話をしてるだけだ。
Spd20060723h

※インテルナシオナウは、7月27日(木)のリベルタドーレス杯南米選手権に備えて
 主力を休ませた。
※パルメイラスはアウェイで勝利。
Spd20060723j

「20060723GN22-BA13.wmv」をダウンロード
 

次節の第14節は、7月29日(土)および30日(日)に行われる。
※※7月26日(水)には、ブラジル杯決勝戦(ヴァスコ・ダ・ガマ対フラメンゴ)
   および
   リベルタドーレス杯南米選手権(チバス・グアダガハラ対サンパウロFC)が
   メキシコ・グアダガハラで行われる。
※※7月27日(木)には、
   リベルタドーレス杯南米選手権(リベルタ対インテルナシオナウ)が、
   パラグアイ・アスンシオンで行われる。

7月29日(土) 第1日目
試合開始      試合予定                競技場
16h   Juventude   x  Figueirense      Alfredo Jaconi
18h10 São Caetano  x  Ponte Preta     Anacleto Campanella
18h10 Palmeiras    x  Paraná         Palestra Itália
※サン・カエターノは地元でポンチ・プレッタを迎える。
※パルメイラスは地元にパラナを迎える。

7月30日(日) 第2日目
試合開始      試合予定                競技場
16h   Atlético-PR   x  Flamengo      Kyocera Arena
16h   Vasco       x  Cruzeiro      São Januário
16h   Santa Cruz    x  Corinthians    Arruda
16h   São Paulo     x  Santos       Morumbi
18h10 Fluminense    x  Botafogo      Maracanã
18h10 Internacional   x  Grêmio       Beira-Rio
18h10 Goiás       x  Fortaleza      Serra Dourada
※ブラジル杯決勝戦の後のフラメンゴの出場メンバーは予測がつかない。
 アツレチコ・パラナエンシの新監督は決まっているだろうか。
※ヴァスコ・ダ・ガマもブラジル杯決勝戦のあとで出場メンバーは予測できない。
※最下位コリンチャンスは、サンタ・クルーズと。
※サンパウロFC対サントスの”クラシコ”ではあるが、
 サンパウロFCはリベルタドーレス杯南米選手権に備えて、
 主力を外すと思われる。
 それだけの蓄えもある。
※フルミネンシ対ボタフォゴというリオ・デ・ジャネイロの”クラシコ”。
※インテルナシオナウもリベルタドーレス杯南米選手権に備えて、
 主力メンバーは休ませるはずだ。

(第13節を終了した時点での順位)
Spd20060723zf

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サッカー・ブラジル選手権2006 その140 コリンチャンスが最下位。

7月23日日行われたブラジル選手権第13節第2日目に、サンタ・クルーズSanta CruzがフラメンゴFlamengoに勝利し、パルメイラスPalmeirasがゴイアスGoiásに勝利したことにより、コリンチャンスCorinthiansは、勝点わずか10点で、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroの最下位lanternaに転落した。

ジェニーニョGeninho監督に指揮されているコリンチャンスは、この7試合勝利していない(6敗1分)。
最後の勝利は、5月21日にリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroで行われたヴァスコ・ダ・ガマVasco戦である。

今節の結果で、コリンチャンスは7月をブラジル選手権の降格圏で終えることになる。
最終の日曜日(7月30日)にレシフェRecifeで行われるサンタ・クルーズSanta Cruz戦で勝利しても、チームは降格圏内の4チームの中に留まることになる。

コリンチャンスが、降格圏から脱出できるのは8月5日(日)にパカエンブーPacaembu競技場で行われる予定の対アツレチコ・パラナエンシAtlético-PR戦である。

そのためには、2勝しなくてはならないし、前にいるチームの成績も考えなくてはならない。

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とうとう最下位になってしまった。
2005年のブラジル選手権の優勝チームなのに。
その時のメンバーだって、ほとんど残っている。

ワールドカップ・ドイツ大会のアルゼンチン代表(マスケラーノとテベス)が2名と、ブラジル代表(リカルヂーニョ)が1名いるのに。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その20 アドリアーノが語る。

ワールドカップ・ドイツ大会でのブラジルBrasil対フランスFrança戦が終わった時、ファンはブラジル選手が試合の中で全く力を出さなかったと感じていた。
7月23日日曜日、FWアドリアーノAdrianoがファンの言うことに道理があると言った。

「グラウンドの中でやる気が少し足りなかった」と、イタリアItáliaに向かって出発する前に、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroで記者会見をして、アドリアーノは話した。
Spd20060723c

アドリアーノが来ていたTシャツにはの"Joga Bonito"のフレーズがプリントしてあった。
アドリアーノ自身が言ったとおり、ワールドカップでのブラジル代表の動きにはなかったものだ。

「チームは勝つために全力を尽くした。 しかし良いプレイはなかった。 批判はもっともだ。 我々は持っているもをみせることが出来なかったので、謝るだけだ」と、明言した。
そして、ドイツAlemanhaで全く弱かったのにもかかわらず、リオ・デ・ジャネイロでの休暇の間は人々に優しくしてもらえたと付け加えた。
 
ブラジル代表からカルロス・アルベルト・パヘイラ監督が去ったとことについて、アドリアーノAdrianoは監督職について何の楽観視もしていなかったといった。
パヘイラParreiraとチームで最近の時を過ごした得点王のアドリアーノは、監督を弁護した。

「パヘイラはブラジル代表にむいた特色を持った監督だ。 冷静で信頼が置ける。 基本的なことだ」と分析した。

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アドリアーノは、いつブラジルに戻ってきたのかな。

アドリアーノの休暇中の様子など、報道されなかった。

アドリアーノは、ワールドカップ中に生まれた息子にはあったことだろう。

4年後はきっと大活躍をしてくれることだろう。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その139 ルイゾンの将来。

フラメンゴFlamengoでの15試合で、ルイゾンLuizãoは10のゴールを決めている。 一試合の平均では0.66ゴールである。

ゴール以外にも、ルイゾンは、カリスマ性とネットを揺らしタイトルを取る才能を、フラメンゴの役員から賞賛を得ている。

リベルタドーレスLibertadores,杯に出場できるチームであることを知っているにもかかわらず、ルイゾンは今年の年末に終了する契約の更新についてはまだ話したがらない。

「自分の契約が終了するまでは時間がたっぷりある。 実際に契約が終了する時に社長と話しをするだろう。 まだ4-5ヶ月あるし、まだそれを考えたくはない」と、ルイゾンは明言した。

しかし、ブラジル杯Copa do Brasilのタイトルととった場合には、つまりリベルタドーレスLibertadores杯の出場権を得ることになって、フラメンゴFlamengoはルイゾンLuizãoとの契約を更新しないのは難しくなる。
ルイゾンはリベルタドーレス杯南米選手権では29ゴールをあげて、ブラジル人選手では最多記録を持っている。
間違いなくリベルタドーレス杯南米選手権での新記録をしたいはずだ。

「特別な選手権だ。 自分にとってもう一度リベルタドーレスLibertadores杯南米選手権で戦うことは重要だ。 ヴァスコ・ダ・ガマとサンパウロFCで優勝した」と、ルイゾンLuizãoは明言した。

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フラメンゴの選手の中で一番ニュースの標的になっているルイゾン。

わずか15試合にしか出場していないにもかかわらず、大絶賛のルイゾン。
やる時はやる選手のタイプだ。

タイトルを取る時には、頼りになるようだ。

このルイゾンだが、昨年の8月から10月は何をしていたのだろうか。
ご褒美の「あご足つき」の旅行だったのだろうか。

ブラジル杯で優勝すると、自動的にリベルタドーレス杯南米選手権の出場権がついてくるのだった。
昨年のブラジル杯の覇者はパウリスタ。
それで、今年のリベルタドーレス杯南米選手権に出場できたのであった。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その138 テベスがもっと選手を大事にと語った。

コリンチャンスが、7月22日土曜日のブラジル選手権Campeonato Brasileiro第13節対フォルタレーザFortaleza戦に引き分けた時の、コリンチャンスCorinthiansのファンの振る舞いについて、カルリットス・テベスCarlitos Tevezがクレームをした。

カルリットス・テベスはこの試合でコリンチャンスにとっての2得点目を上げ、すでにチームに向かって抗議をしていたファンに向かってゴールを祝う伝統的なポーズ"cala-boca"をとった。

「ファンは選手を大事にするべきだ。 我々は昨年のチャンピオンで、大事にされるに値する」と、カルリットス・テベスは説明をした。

週を通して、ジェニーニョ監督técnico Geninhoはコリンチャンスのファンのサポートをお願いした。
木曜日には、ファン組織ガヴィオンエス・ダ・フィエウの代表メンバーがコリンチャンス本部のパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeを訪れて、監督と会議をした。

「彼らはみんなを罵った。 我々の母を罵った。 選手達は冷静に試合をすることが出来ない。 それはチームをサポートしない。 チームが冷静にプレイすることが出来なくてどうして勝つことが出来るのか」と、カルリットス・テベスが言った。
Spd20060722h

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たしかに試合後に引きあげる選手にもプレッシャーはたっぷりだ。
最初に出て行ったのがテベス。
「20060722Futebol-BA13-Corinthians.wmv」をダウンロード

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先週の初めには、練習場にファン組織の人間を入れなかったのだが、外で騒がれたので、
木曜日には入れた。
Spd20060720d

そして、ジェニーニョ監督と1時間も事務所で会議もした。
Spd20060720e
Spd20060720c

コリンチャンスのファン組織ガヴィオンエス・ダ・フィエウはとても頼もしいところもあるが、このような時には完全に足を引っ張っている。

コリンチャンスが順調に勝てばこういう状態は消滅するのだろうが、悪い方に悪い方に進んでいる。

ガヴィオンエス・ダ・フィエウの本部の前をよくとおるが、こちらも決して盛り上がってはいない。
さみしそうだ。

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サッカー:ロマリオは出場せず。

まだ筋肉痛から回復せずロマリオRomárioは出場しなかった。
マイアミFCMiami FCは7月22日土曜日に、USLの第16節の試合をチャールストン・バッテリーCharleston Batteryと行い2対0で敗れた。

マイアミFCMiami FCは、3171人の観客のブラックバウド・スタジアムBlackbaud Stadiumで、試合を通して良いプレイをした。
しかし、チャールストン・バッテリーCharleston Batteryはカウンター攻撃をものにし、グリントンGlintonが試合を決定するゴールを決めた。

ブラジル人のMFジーニョZinhoは前半でペナルティーをミスした。.

この試合の結果で、マイアミFCMiami FCは勝点20で9位に順位を落とした。
チャールストン・バッテリーCharleston Batteryは勝点28点で、3位である。

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ロマリオが出場しないような試合には何の魅力もない。

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ブラジルとレバノン。 その2

ブラジルは、世界各国からの移民とその子孫で出来た国である。

中東からやって来たアラブ系の人たちももちろんその中に含まれている。
19世紀の中期頃から、当時のオスマントルコの領土に含まれていた、今のレバノン・シリアから多くの移民達がやってきている。
20世紀の初めに始まった日本人移民とその子孫よりも歴史が長い。

サンパウロで、1番良い病院といわれるのはユダヤ系のアインシュタイン病院であるが、2番目によい病院といわれているのはシリノ・レバノ病院といわれる彼らが造り上げた病院である。

すでにレバノンやシリアには、もう直接の家族や親戚がいないのかと思っていたが、
今回のイスラエルのレバノンへの攻撃についての報道で全く違っていたことを知った。

このところ、レバノンに家族や親戚のいる人たちがその安否を心配する様子がニュースで伝えられている。

それどころか、すでにレバノンではブラジル国籍保持者が7名もなくなっている。
この人数は、第2次世界大戦以来の人数だそうだ。

どうも、レバノンからの移民は綿々として続いていたようで、特に1970年代からのレバノン内戦を逃れて、相当に新たな移民がブラジルに流入していた。
そうした移民達とその子孫が、内戦が一応終結していたレバノンにまた戻って、復興に参画していたようだ。

ブラジルは、2重国籍を認めているし、おそらくレバノンもそうなのだろう。

ブラジル国籍者の救出ブラジル政府は、レバノンだけではなくヨルダンやシリアにいるブラジル人の救出活動を行っている。

レバノンからバスでトルコにまで脱出したブラジル人を、すでに一回ブラジル軍用機でブラジルに帰還させた。

そして、その作戦を更に繰り返して行うことになっている。
7月20日の段階では3回行うことになっていた。
Spd20060720h

7月21日には更に1回追加されて、4回になった。
Spd20060721i

1回に乗機出来るのは百名余である。

②行進
7月22日に、サンパウロで、「レバノンの平和を願う行進」があった。
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レバノン共和国大通りを、レバノン・シリア系の人たちを中心に数百名が参加した。
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行進は極めて静かに行われた。
Spd20060722c

決してイスラエルを非難するものではなく、
レバノンの平和を願うものであった。
Spd20060722d

ブジラルは、こういう国でもあることを知って欲しい。
Spd20060722e

③シャビエール選手
今年の初めにコリンチャンスに在籍していたシャビエール選手が、6月にイスラエルのプロチームに移籍した。
Spd20060721d

チームの所在地は、イスラエル北部の港湾都市ハイファ。
今回ヒズボラからのロケット砲による攻撃を受けている都市で、レバノン国境から30キロである。

家族は、まだブラジルにいた。
電話しか連絡手段がなく心配だと言っていた。
Spd20060721b
Spd20060721c

本人は、一応元気だといっていた。
Spd20060721a

テレビカメラに向かって、妙に艶めかしい表情をみせる妻である。
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イスラエルにも、何度か行ったことがある。
1991-1992年にかけてだ。
湾岸戦争の後で、一応その時期は中東は静かだった。
ただ、やはりいつ何が始まるかわからないと落ち着かないものを感じていた。
今になって考えてみれば、インティファーダが始める前でもあり、結果として一番平穏な時期だったと思える。

イスラエルに入るには、まず乗機地の空港で面倒なことが待っている。
今はもっと厳しくなっているだろうが、当時でもチェックインの時に荷物について細かく聞かれた。
一旦預けた後に、搭乗待合室に入る前に、またもう一度その荷物があって、
また質問を受けた。
ハイジャックやテロを避けるためとわかっていたので、素直に従うしかない。

イスラエルの空港はベングリオン空港である。
ロッドにあるのでロッド空港ともいうが、日本赤軍の3人がテロ事件を起こして、百名もの死傷者を出した空港である。
日本人として到着時には色々と思いが巡った。

イスラエルについて言うならば、行く機会があって良かったと思っている。

観光的にも、エルサレムや死海等見るべきものがある。
地中海の海の幸も美味であった。

それ以外に見たことや知ったことも、日本では知らなかったことばかりで、考えを新たにすることばかりであった。

決して広いとは言えないイスラエルには、聖書を通じて聞いたことがある地名が沢山ある。
北部のナザレに行った時のことだ、ユダヤ系の人と一緒だったのだが、
旧市街はアラブ系の街だからという。 
イスラエル建国後からやって来たユダヤ人は取り囲むように住んでいるのだ。
エルサレムの旧市街でもそうだ。
ユダヤ人のガイドと一緒だったのだが、狭い旧市街の4つの地区(ユダヤ、アルメニア、キリスト教、そしてアラブ)のうちアラブ地区だけには近づかなかった。

かつてはほとんど砂漠だった国土に植林を進めていることも知った。

独立宣言後の第1次中東戦争時のブリキのおもちゃのような戦車が路肩で朽ち果てているのを見た。
この時は、今と違ってまともな武器がなかった。
欧米が売ってくれなかった。

ローマ帝国の侵攻時にユダヤ人が最後に立てこもったというマサダにも行った。
死海を見下ろす荒涼とした土漠のの中にある丘の砦に立てこもったが、最後には全滅したところだ。
これ以降、ユダヤ人が国を失い世界中に散らばった。
イスラエルの新兵は、必ずここにやってくるそうだ。
「マサダの二の舞は決してしない」
今のような、防衛的な先制攻撃は、マサダを繰り返さないという民族的な誓いから来ている。

だが、考えてみるとイスラエル建国までは、このパレスチナと呼ばれる地域には
アラブ人とユダヤ人がそれこそ2千年近く共存していたのだ。
パレスチナだけではなく、中東のどこにでもユダヤ人がいた。
イスラム教徒は、ユダヤ教を弾圧したりしていなかった。
ユダヤ教徒を弾圧したのはキリスト教徒である。

19世紀になっても、ユダヤ教徒というだけであらぬ嫌疑を掛けられたことがフランスであった。
ドレフュース事件である。
この事件が、約束の地に帰ろうというシオニズム運動のきっかけの一つである。
欧州列国もこれ幸いと、ユダヤ人達の追い出し先を用意しようとした。
この時から、パレスチナでの共存が崩れ始めた。
元々パレスチナはほとんど乾燥地でそれほど多くの人が住むことが出来るだけの土地ではなかった。
今は灌漑で多くの人が住めるようになったが、それも約束の地にやって来たユダヤ人達が懸命に造り上げたものだ。
しかし、その中でアラブ人は土地を追われている。
以前はアラブ人がいたという空き家がいくらでもあった。

今でも、イスラエルではヘブライ語とアラブ語が使われている。
アラブ人が全くいなくなったわけではない。
ちゃんと残っているアラブ人もいるのだ。
だが、2級国民のような扱いだ。

イスラエルのある企業に行った。
有名なダイアモンドセンターがあるラマットガンに本社があった。
役員がいるフロアは多くの場合上階の景色の良いところと世界では決まっているのだが、
この役員フロアは半地下だった。
防空壕のようなものだ。
そこが一番安全だということだろう。

安息日の土曜日の前後に、兵士に休暇がある。
だが、軍服を着て、そして銃器を持って、帰郷する。
いつ何があっても直ちに対応できるようにだということだ。
小さな国土では、兵舎に復帰する間に敵がやってくるからだ。

聖書の時代と、そして余りにも生々しい現代を知ることが出来た。

イスラエルから出国する時の空港での検査も厳しかった。
イスラエルを離れ、数時間で欧州に戻ってきた時は、本当にほっとした。

ナチスよるものだけではなく欧州で何度となく殺戮の対象になったユダヤ人が、どうして今パレスチナ人を強圧的に扱うのか。
考えることはいくつもある。

歴史と現実を学ぶことは必要だ。

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sábado, julho 22, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その137 コリンチャンスが2得点。

7月22日土曜日16時からサンパウロのモルンビー競技場で、サッカー・ブラジル選手権の第13節の第1日目のコリンチャンス対フォルタレーザ戦が行われた。

コリンチャンスは、現在の順位は19位、そしてフォルタレーザは17位とともに降格圏内にある。
コリンチャンスは、前節まで6連敗で、6試合無得点。

しかし、この試合からは、遂にテベスが戻ってきた。
(コリンチャンスの先発と控え)
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(フォルタレーザの先発と控え)
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そして、遂にコリンチャンスはこの試合で2得点をあげた。
前半31分に、18才のラモンがゴール。
Spd20060722j

もちろん、テベスも1得点をあげた。

だが、試合は2対2の引き分け。
「20060722sporTVnews-BA13-Corinthians-Fortaleza.wmv」をダウンロード

今日こそはと思ってやって来たファンからは、試合が終わって引き上げるコリンチャンスの選手に大ブーイング。
テベスにも罵声が上がった。

引き分けにもかかわらず、コリンチャンスは暫定ではあるが順位を17位と1つあげた。
次節は、7月30日日曜日にペルナンブコ州レシフェで、サンタ・クルーズと対戦する。
サンタ・クルーズは、最下位のチームである。
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ジェニーニョ監督は退陣はしないと、試合後に語った。

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ブラジル・サンパウロのゲイ・パレード その10 ナス男。

ワールドカップ態勢だったために、随分ずれてしまったが、6月17日土曜日に、ブラジル・サンパウロでおこなわれた「ゲイ・パレード」の番外編である。

ゲイ・パレードには、テレビ局も当然取材に来るのだが、ニュースで流されるだけである。
パレードそのものが番組になることはない。

そういった中に、別のテレビクルーがいた。

撮影が終わった後で、ちょっと休んでいた。
その中に、とある番組のとあるコーナーの出演者がいたのを発見した。
Spd20060617w

この出演者は、今年になってからこの番組に出来たコーナーに出演している。
「ナス男」として、とても有名な人である。

一緒に写真を撮ってもらう人たちがいっぱいいた。
Spd20060617x

この「ナス男」は、あちこちの人が集まるところに出かけて、いつもサングラスをしていて、携帯電話を片時も離さず、ただそこいらを歩き回るだけなのである。

この「ナス男」の出演する番組は、redeTV!局が放送している、ブラジルで最も下品で馬鹿な番組panico na TVである。
サブリナ・サトウSabrina Satoが出演している番組である。

そのpanico na TVの各コーナーの中でも、最もくだらなく、品がないので今までは紹介しなかったのである。
この日のロケは、番組ではこのようになっていた。
「20060618paniconaTV-HomenBerinjela.wmv」をダウンロード

日曜日の20時からの2時間番組である。
もちろん地上波である。
このコーナーがすでに半年以上も続いているのである。

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ブラジル・サンパウロの刑事裁判所。

ブラジルは、刑事事件が多いから、裁判も当然多いということになる。

刑事事件以上に多いのは、民事裁判で、どういう仕組みなのかわからないが民事裁判所があちこちにある。
民事裁判になるようなことをする非常識な人間が多いからだ。
1人そういうたわけ者を知っている。

ブラジルには、そのほかにも労働裁判所というものもある。
労使紛争の裁判所なのだが、使用者側が勝つのは至難の業だと言われている。
きっちり資料を作っておかないと大変らしい。
適当なところで示談をした方が、安くて早い。

刑事事件なのだが、
逮捕され起訴された容疑者が、いつ裁判が始まり、判決が出たかなどということは、ほとんど報じられない。
そんなことをやっていたら、それだけでテレビのチャンネルが一つは絶対出来るだろうし、新聞の厚みがかなり増すに違いない。

報じられるような刑事裁判は、大抵金持ちが容疑者になるか被害者になるかで絡んでいた事件の時だ。

今週は、注目を集めた2件の刑事裁判の審理が行われ、大きく報道された。

ブラジルの刑事裁判では、陪審制をとっているので、審理が始まると朝から晩まで連日行われ、検事が訴状を読み、弁護士が反対弁論をし、被告がそして証人が証言をすることが続けざまに行われる。

そして、最後に陪審員によって審決が行われ、そして判事が刑期を決定する。
ちなみに死刑制度はない。

2件のうちの1件は、
郊外で、若いカップルをさらって、監禁し、殺した事件。
女性の方は暴行のうえである。

5人の容疑者が逮捕されたのだが、
そのうち3人の裁判が行われた。
残りの2名はまだだのだが、そのうちの1名は事件当時16才で未成年であったので、
少年院にいて、裁判はないということである。
(ブラジルは18才からは未成年ではない。)
ところが、事件が起きて3年が経つのだが、この男が少年院を出る時期が近づいているというのだ。
5人のうちで一番凶悪だったのが、この少年だった。
この事件は、被害者の女性の親がお金持ちである。

もう1件の事件は、いわゆる尊属殺人。
ある娘が、交際を両親に反対されて、恋人とその兄弟をそそのかし、
3人で両親を殺したというものだ。
この両親が金持ちだった。
この事件の審理は、月曜日に始まり、土曜日の未明に有罪となり、刑期が決まった。

この事件の裁判が行われていたのが、
サンパウロ市のやや北部バッハ・フンダの刑事裁判所。
いつもと違って、駐車場が超満員になっていた。
Spd20060718a

犯罪組織のボスの裁判の時には、警察車両が何十台もやってきて、厳重に警戒をするところだ。

この裁判所は拙宅から、車で5分くらいのところにある。

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sexta-feira, julho 21, 2006

サッカー:ロマリオの近況

7月19日(水)に行われた米国のマイアミMiamiFCと英国のシェフィSheffield Wednesday (Inglaterra), ールドウェンズディとの試合を休んだ後、ロマリオRomárioは7月22日(土)のUSL第16節の対チャールストンCharleston戦には出場する。

マイアミは、勝点20で、8位である。
チャールストンCharlestonは勝点25で、4位。
ロマリオは、10ゴールをあげて、得点ランキングでの2位である。

親善試合は、0対0で終わった。
ロマリオRomárioは、先週のロチェスター・リーノスRochester Rhinosとの試合で受けた筋肉の痛みの回復中であった。

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ロマリオは生きているようだ。

9月にはヴァスコ・ダ・ガマに戻ってくるのだろうか。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その136 パルメイラスのワシントンがFC東京へ。

日本JapãoのFC東京FC Tokyoへの移籍に合意した後、FWワシントンWashingtonは7月21日金曜日に同僚に別れを言いにトレーニングセンターにいた。
ワシントンがチチTite監督の構想外になったことで、パルメイラスPalmeirasは契約を更新した後で、ワシントンを今年の末までレンタルすることで解決した。

ワシントンWashingtonはブラジル選手権clube brasileiroで7試合に出場したが、ブラジル選手権のセリエASérie Aの他のチームへ移籍できなかったことが不満の点と監督に言った。

「混乱している。 彼はたった6試合しかしなかった、出場させると言った。 こういうことで悲しかった。 過ぎたことだ。 新しい人生に向かう。 しかし戻ることを望んでいる」と、ワシントンは明言した。

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(参考画像)
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FC東京のファンのためには、紹介しない方が良かった内容だった。
最後に気がついた。

彼は、悪くないFWだ。
2005年の途中にパルメイラスにやってきた。
28才。 元々の契約は2006年12月末までであった。
昨年2005年のブラジル選手権では32試合に出場し、13ゴールをあげている。
今年は、エヂムンドを息があったところを見せていたのだが。
5月3日のリベルタドーレス杯南米選手権の対サンパウロFC戦では、頭で決めている。(ブログに映像あり)


試合の中で、相手選手と揉めることが多かったような。
今年の4月13日のリベルタドーレス杯南米選手権のポルテーニョ戦での乱闘事件の一つは、彼が発端だったはずだ。(ブログに映像あり)

※今年のパルメイラスの試合映像は結構ある。

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サッカー・リベルタドーレス杯南米選手権   サンパウロFCの対戦相手はチーバス・グアダガハラ。

ワールドカップのために中断していた、サッカー・リベルタドーレス杯南米選手権の準々決勝4試合が、7月18日(火)、19日(水)、20日(木)に行われた。
この結果、ベスト4が決まった。

試合結果は次の通り。
太字はブラジル勢。

7月18日(火)  第1日目
試合開始     試合結果             開催都市
21h15  Libertad     3 x 1  River Plate    Assunção

7月19日(水)  第2日目
試合開始     試合結果             開催都市
19h15  Internacional  2 x 0  LDU        Porto Alegre
21h45  São Paulo    1 x 0  Estudiantes   São Paulo

7月20日(木)  第3日目
試合開始     試合結果             開催都市
21h45  Vélez Sarsfield  1 x 2  Chivas      Buenos Aires


準決勝も、ホームアウェイ戦で行われる。
第1戦の予定は次の通り。

7月26日(水)  第1日目
試合開始     試合結果             開催都市
22h    Chivas  x  São Paulo           Guadalajara

7月27日(木)  第2日目
試合開始     試合結果             開催都市
21h45  Libertad  x  Internacional         Assunção

※サンパウロは、7月23日日曜日にメキシコに向かって出発する。
  所用時間は12時間。
  ブラジル選手権の第13節の試合には主力選手は出場せず、
  若手主体のチームが出場する。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その135 ニウマールは早く復帰することを夢見る。

膝の手術をする前に、ニウマールNilmarはコリンチャンスCorinthiansの状況と自分の状態を比べた。
ニウマールはコリンチャンスが復活するのはそれほど難しくないと思っている。
一勝で十分である。 7月22日土曜日のフォルタレーザFortaleza戦がその機会だった。

「コリンチャンスCorinthiansの状況は自分のそれよりも難しくない。 今は話すのが難しい。 外からでは一つのことしか見えない。 中は違い。 そこにいたからそれを知っている。 一つの局面だ。 サッカーはそういうものだ。 いつも悪い局面に陥るグループやチームがある。 それは人間にも起きる。 期待もしないことだ。 チームが1勝した時に、危機は去る。 全て普通に戻る。 ただ早くに勝利することが必要だ」と、ニウマールは明言した。

ニウマールNilmarは急いでいる。 予想されている6ヶ月より早く戻ることを計画している。 
そのために、応援するために競技場に頻繁に戻る。

「出来るだけ早く戻りたい。 医師ジョゼ・ルイス・ルンコJosé Luis Runcoは5ヶ月で試合に出たリカルド・オリヴェイラRicardo Olivieraと、4ヶ月でトレーニングをしているフラメンゴのMFフェリピ・ガブリエルFellype Gabrielのことを言っていた。」
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(参考画像)
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ニウマールがいないのでは、土曜日のフォルタレーザ戦だって大変だ。

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ブラジル・サンパウロは「冬」 その3 乾燥。

ブラジル・サンパウロは、冬になると雨がほとんど降ることはない。

夏はほぼ毎日のように夕立が降るのであるが、冬は1週間どころか1ヶ月近く雨が降らないこともある。

このところのサンパウロは、連日晴れである。
朝は霧がでて、空港が閉鎖されるようなこともあるのだが、9時10時を過ぎると真っ青に晴れる。
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そうなると、明け方は12度くらいの気温が、一気に上昇して26度くらいまで上がるのである。
朝夕と、昼間では着るものが全く違う。

これだけ気温が上がると、つまり湿度が下がることになる。
このところ、ブラジルの中南部・南東部には乾いた空気団がとどまっている。

7月19日の市内の湿度。
Spd20060719g

そして、7月20日の湿度である。
更に、湿度が下がっている。
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乾燥しすぎると、喉を痛め、風邪を引くことになる。

テレビでは、呼吸器系の病気にならないように、次のように呼びかけている。
①水を沢山飲みましょう。
Spd20060719h

②日中10時から16時は運動を避けましょう。
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③室内の湿度を保ちましょう。
 (洗面器に水を溜めて、室内に置くとかの手段を取ることを勧めている。)
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ブラジル・サンパウロのゲイ・パレード その9 美しき人々 

ワールドカップ態勢だったために、随分ずれてしまったが、6月17日土曜日に、ブラジル・サンパウロでおこなわれた「ゲイ・パレード」の続きだ。

このパレードは、
ただ、単にGLBTの人たちへの偏見を無くそうという目的だけではない。
あらゆる人たちへの先入観を持った差別を無くそうというものである。
そういう趣旨だから200万人以上の人が集まるのだ。

差別された人たち、抑圧された人たち、疎外された人たちが、連帯を求めて集まっているのだ。
このパレードが持つ意味はとても大きいのである。
わずか11年でこの規模までになったゲイ・パレード。
人間の真の解放に向けて動いているブラジルならではのイベントになっている。

パレードは、サンパウロ美術館の下にある広場の前から出発し、セントロのレパブリカ広場にむかって進んでいった。
サンパウロ美術館前の広場にはスタンドが設けられていた。
Spd20060617v

途中の道すがら、この運動に賛同する人たちなのだろう窓からレインボー・カラーの布を垂らしていた。
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6月17日の午後は暖かかった。

遭遇した人々の中で、最も美しかったのはこのカップルだった。
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何の飾りもなく、ただ美しい肉体だけで圧倒していた。
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”女性”の左腕には、カタカナで何か入れ墨が彫ってあった。
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2007年のゲイ・パレードも、また人間の解放された美しい姿を見せてくれるに違いない。

終わり。

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 一切の2次使用を禁止。

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quinta-feira, julho 20, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その134 マスケラーノに娘が生まれた。

7月19日水曜日、アルゼンチンのブエノス・アイレスBuenos Airesで、コリンチャンスのボランチのハビエル・マスケーラノJavier Mascherano(アルゼンチン代表)の最初の娘が生まれた。
ローラLolaと名付けられ、体重は3.3キロであった。

マスケラーノはコリンチャンスCorinthiansの技術委員会comissão técnicaによって出産立ち会いのために自由になっており、7月22日土曜日のブラジル選手権の第13節の対フォルタレーザFortaleza戦は出場停止となっている。

この木曜日、マスケラーノMascheranoはクラブに戻ってくる日について、ジェニーニョGeninho監督と話しをした。
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(参考画像)

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最近のコリンチャンスでは、最もおめでたい話題だ。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その19 パウロ・アウツオーリ監督にはまだ打診無し。

カルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraがいなくなった後のブラジル代表seleção brasileira監督として名前が挙がっている1人であるパウロ・アウツオーリPaulo Autuori監督(現鹿島アントラーズKashima Antlers)は、7月20日金曜日にまだブラジルサッカー協会から求められていないと明言した。

「今まで何もない。 本当の人生自分の現実は今日は鹿島だ。 しかし、ブラジル代表を動かすものとして名前を思い出してもらって嬉しいし誇りであることはもちろんだ」

カルロス・アルベルト・パヘイラは、7月19日水曜日にブラジルサッカー協会の会長リカルド・テイシェイラRicardo Teixeiraと、協会本部で会議をした後、完全にブラジル代表を離れた。

パウロ・アウツオーリは、カルロス・アルベルト・パヘイラによって替わりとして好ましいとされていた。
しかしカルロス・アルベルト・パヘイラがCBFで一切の職に就かなかったことで、パウロ・アウツオーリがブラジル代表の監督になる可能性は減った。

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パウロ・アウツオーリは、リオ・デ・ジャネイロ出身。

ザガーロを大御所として、カルロス・アルベルト・パヘイラやアントニオ・ロペス(現ゴイアス監督)などとは公私ともに親しい。
もちろん、ジーコもリオ・デ・ジャネイロ閥である。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その133 ニウマールが手術。

コリンチャンスCorinthiansのFWニウマールNilmarは、7月20日木曜日朝、リオ・デ・ジャイロRio de Janeiroのパステウル病院hospital Pasteurで手術をした。

右膝joelho direitoの靱帯再建reconstrução do ligamento cruzado手術は、ブラジル代表seleção brasileiraの医師ジョゼ・ルイス・ルンコJosé Luiz Runcoによって行われ、約1時間20分かかった。
コリンチャンスCorinthiansの医師ファビオ・ノヴィFábio Noviも手術に立ち会った。

手術は成功と考えられた。
ニウマールは金曜日まで入院し、医師団によると15日間ほどで機能回復にはいると言うことである。

ニウマールNilmarは、7月16日日曜日にモルンビーMorumbi,競技場で行われたブラジル選手権第12節の対パルメイラスPalmeiras戦前半に怪我をした。
ニウマールがグラウンドに戻るのは来シーズンとなる。

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コリンチャンスは貴重なFWを失った。

ジェニーニョ監督は、FW2名の獲得を依頼した。

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ブラジル・サンパウロのゲイ・パレード その8 男

ワールドカップ態勢だったために、随分ずれてしまったが、6月17日土曜日に、ブラジル・サンパウロでおこなわれた「ゲイ・パレード」の続きだ。
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ゲイパレードは、元々はGLBTが参加することになっている。

Gはゲイ。
Lはレスビアン。
Bはバイ・セクシャル。
Tはトランス・セクシャル(=性転換者)。

だけど、遺伝子のせいか、一応男性もしくは男性だったもしくは男性にみえる人が多い。

こんなお尻も、男の尻。
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これも、男の尻。
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前から見ると、なんだか。
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この胸も、男の胸。
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そして、販売していたお菓子も。
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販売していたのは女の子に見えた。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その132 ロドリゴ・タバタの心配。

7月16日日曜日に、ブラジル選手権の第12節対サン・カエターノSão Caetano戦に2対0で敗れた後、サントスSantosのMFロドリゴ・タバタRodrigo Tabataはチームの状態を心配いている。
ロドリゴ・タバタにとって、チームはこれ以上勝ち点を失ってはいけないし、直ちに反応する必要がある。

「日々より難しいことになってくる。 ワールドカップの間に良い状態に戻るようにしっかりトレーニングをした。残念ながら、2連敗した」と、ロドリゴ・タバタは残念がった。

ロドリゴ・タバタの心配は重大視されないことだ。
サントスSantosのみんなはワールドカップCopa do Mundoの後の最初の節からすぐにブラジル選手権の首位に戻ることを計画していた。
しかし、チームは再開後まだ勝ち点をとっていない。
18点のままで、トップのサンパウロFCに8点差となっている。

とにかく、7月23日日曜日に本拠地ヴィラ・ベルミロで行われるジュヴェンチゥーヂ戦では勝たなくてはならない。

「地元での試合だ。 勝つ必要がある」と、ロドリゴ・タバタは警報を発した。

(参考画像)
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このところ、サントスはぱっとしない。

ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督は、口達者だが。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その18 カルロス・アルベルト・パヘイラが代表監督職を返還。

7月19日水曜日朝、カルロス・アルベルト・パヘイラCarlos Alberto Parreiraがブラジル代表seleção brasileiraの監督職を返還した。
カルロス・アルベルト・パヘイラは、ブラジルサッカー協会CBFの会長リカルド・テイシェイラRicardo Teixeiraと会議をして、両人でともに決定した。
Spd20060702l
(参考画像)

カルロス・アルベルト・パヘイラは、今回は2003年から、代表監督職に就いた。
ワールドカップ・ドイツ大会では、あのようなことになった
代表監督として、2004年の米州杯Copa Américaと、2005年のコンフェデレーション杯Copa das Confederaçõesで優勝した。

ブラジルサッカー協会CBFのサイトでは、新監督はまもなく発表される。
カルロス・アルベルト・パヘイラは、CBFとは何の契約もなくなる。
ブラジル代表の次の試合は、8月18日にノルウェーNoruega代表とオスロOsloで親善試合を行う。

今回の代表監督職は、カルロス・アルベルト・パヘイラにとっては3回目だった。
最初は1983年で短い期間であった。
その後、1991年に戻って、1994年のワールドカップ・米国大会を制覇した。

ルイス・フィリッピ・スコラーリLuiz Felipe ScolariがポルトガルPortugal,代表監督職を更新したことにより、カルロス・アルベルト・パヘイラの後継としてもっとも有力なのはサントスSantos監督のヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgoと鹿島アントラースKashima Antlersのパウロ・アウツオーリPaulo Autuoriである。

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カルロス・アルベルト・パヘイラは、次はアフリカを目指すと言っている。
アフリカのチームは、選手が極めて高い身体能力を持ってことは知られているが、まだチームプレイに難点があるので、面白いかもしれない。
2010年のワールドカップ・南ア大会で、カルロス・アルベルト・パヘイラに率いられたアフリカのチームが初の優勝を目指すのも良い。
でも、優勝はブラジルだが。

ブラジル代表も、この先4年間続ける監督を今から決めるのだろうか。
しがらみのないつなぎの監督でも良いのではないだろうか。
しがらみのない監督だと、滞貨一掃が出来ると思う。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その131 ニウマールの体脂肪率。

コリンチャンスCorinthiansのトレーナーfisiologistaのレナット・ロツフォRenato Lotufoが、サンパウロFCのトレーナーfisiologistaのトゥリビオ・レイチ・ヂ・バホスTuríbio Leite de Barrosの見方に反応した。
ニウマールNilmaの以前のデータは知らないが、いまの4.02%に疑問を示し、トゥリビオ・レイチ・ヂ・バホスはこの数字は栄養の問題があることを示していると明言した。

「栄養の問題はない。 パーセントは実際を示していない。 彼の体重をみて、栄養士は高カロリー食を与えている。 ニウマールは全ての事項で良い。 もっともスピードがある。 筋肉も強く、耐久力がある。 すべてFWに必要なものだ」と、レナット・ロツフォは説明した。

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何故、サンパウロFCのトレーナーが、ニウマールの数値を知ったのかはよくわからない。

コリンチャンスのレナット・ロツフォが何を言っても、ニウマールが来年にならないと復帰しないのも悲しい事実だ。

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quarta-feira, julho 19, 2006

サッカー・ブラジル杯 決勝 その1 フラメンゴ対ヴァスコ・ダ・ガマ

サッカー・ブラジル杯の決勝戦が、7月19日21時50分から、リオ・デ・ジャネイロのマラカナ競技場で、フラメンゴ対ヴァスコ・ダ・ガマで行われている。

この決勝は、ホーム・アウェイ戦で行われ、この試合はホーム戦である。
来週7月26日水曜日に、同じマラカナ競技場でアウェイ戦が行われる。
ともに、リオ・デ・ジャネイロの名門チーム同士。

この7月16日日曜日に行われたブラジル選手権の第12節でも対戦したばかりの組合せである。
この時の試合は、ヴァスコ・ダ・ガマが殆ど控えを出したのに、勝利した。
(フラメンゴの先発と控え)
Spd20060719c
Spd20060719d

(ヴァスコ・ダ・ガマの先発と控え)
Spd20060719e
Spd20060719f

後半14分に、フラメンゴのオビーナが先制。
後半17分に、フラメンゴのルイゾンが続いてゴール。
今日のルイゾンは、111番ではなく、9番だ。

後半43分を過ぎて、2対0で、フラメンゴがリードしている。

後半45分、延長3分。

後半48分、試合終了。
「20060719emcimadahora-CB.wmv」をダウンロード

インタビューで、ルイゾン。
興奮して何を言っているかわからない。
Spd20060719a

負けたヴァスコ・ダ・ガマは、エヂウソンがインタビューを受けている。
冷静。
エヂウソンの話しはいつもわかりやすい。
Spd20060719b

「20060719sporTVnews-CB.wmv」をダウンロード

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サッカー・リベルタドーレス杯南米選手権   サンパウロFC対エスツダンテス

7月19日(水)21時50分から、サンパウロのモルンビー競技場で、リベルタドーレス杯南米選手権のサンパウロFC対エスツダンテス(エクアドル)戦が行われている。

この試合は、ホーム・アウェイ戦のアウェイ戦で、5月10日水曜日にエクアドルのキトで行われたホーム戦ではサンパウロFCは、1対0で敗れている。
このため、2点差で勝利することが必須となっている。

前半44分に、サンパウロFCの得点。
拙宅の周辺でも、かなり花火が上がった。

後半30分を過ぎて、1対0のままだ。

引き分けで終わったため、PK戦となった。

もちろんGKロジェリオ・セニもキッカーに入っている。

サンパウロFCの最初は、リカルド・オリベイラ。
決めた。

エスツダンテスはカルデロン。
決めた。

サンパウロFCの二人目は、GKロジェリオ・セニ。
決めた。

エスツダンテスは、カルロス・シェンヂッタ。
決めた。

サンパウロFCの3人目はファボン。
決めた。

エスツダンテスも決めた。

サンパウロFCの4人目、ダニーロははじかれた。

エスツダンテスの4人目は、ロジェリオ・セニがとった。

サンパウロFCの5人目はジュニーニョ。
決めた。

エスツダンテスの5人目のカフスカは外した。

これで、サンパウロFCのベスト4進出が決定した。

23時57分である。

花火が上がっている。

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ブラジル勢としてもう一つのインテルナシオナルは、
7月19日(水)19時15分から地元ポルト・アレグレで行われた
対LDU(コロンビア)戦に、2対0で勝利。
ベスト4に進んだ。
「20060719JG-L-SaoPaulo.wmv」をダウンロード

「20060719emcimadahora-L.wmv」をダウンロード

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サッカー・ブラジル選手権2006 その130 ジェニーニョ監督は悪くない。

コリンチャンスCorinthiansの選手達は、ブラジル選手権でコリンチャンスの指揮してわずか1勝しかしてしていなくて、6敗しているジェニーニョGeninho監督を守った。

「ジェニーニョGeninho監督はおきたことについて責任はない」と、GKシルヴィオ・ルイスSilvio Luizは明言した。
Spd20060606g
(参考画像)

MFカルロス・アルベルトCarlos Albertoも同僚に同意した。

「ジェニーニョGeninho監督はこれらの試合でチームの60%の戦力もなかった。 とても出場出来なかった選手が多かったからだ」と、カルロス・アルベルトも明言した。
Spd20060523m
(参考画像)

ジェニーニョ監督は、7月18日火曜日はパルケ・サン・ジョルジParque São Jorge(=コリンチャンス本部)に現れなかった。
彼は、ゴイアニアGoiâniaで、ゴイアス州議会assembléia legislativaで表彰を受けた。
Spd20060709z
(参考画像)

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監督が悪くなくて、誰が悪いのか。

喧嘩をして目を痛めて5試合出場しなかったカルロス・アルベルト自身は悪くないのか。

誰が悪いとかの議論も良いが、早く勝て。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その129 エーメルソン・レオン監督が語る。

サン・カエターノSão Caetanoのエーメルソン・レオンEmerson Leão監督は、7月16日日曜日のブラジル選手権第12節の対サントスSantos戦に2対0で勝利したことで、ブラジル選手権でのチームのランクを一つあげた。
しかし、エーメルソン・レオンはまだタイトルを争うことについて話すの早いと言った。

エーメルソン・レオン監督は、最初の目的はサン・カエターノを来年の南米杯Copa Sul-Americanaの出場権を得る位置にすることだと明言した。

降格圏に近いところいたが、今はサン・カエターノは勝ち点15点の12位にいる。

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エーメルソン・レオン監督なので、何とかしてくれるような気がする。

もう一つ上のリベルタドーレス杯南米選手権の出場権を狙って欲しいものだが、戦力的に無理か。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その128 ニウマールは全治6ヶ月。

コリンチャンスCorinthiansの局面は本当に混乱してきた。

7月16日日曜日の対パルメイラスPalmeiras戦の前半で膝をねじったFWニウマールNilmarは、2007年にしか戻ってこない。

ニウマールは、7月18日火曜日の朝に磁気共振検査exame de ressonância magnéticaを受け、右膝の前の靱帯に断裂が見つかった。
ニウマールNilmarは手術を行うことになり、回復には6ヶ月から8ヶ月かかると見られている。

水曜日には、日にちは決まっていないがおそらく手術をすることになるはずのブラジル代表seleção brasileiraの医師のジョゼ・ルイス・ルンコJosé Luiz Runcoの診断を受けるために、ニウマールNilmarはリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroに行く。

GKシルヴィオ・ルイスSilvio Luizはこのシーズンに24ゴールを決めているコリンチャンスの得点王ニウマールのケガを悲しんだ。

「知らせを聴いて悲しい。 ニウマールはみんなにとってとても重要な選手だ。 彼が出来るだけ早く拝復するように彼を応援する。 回復することだけを考えることだ。 テベスTevezが戻ってきたことで、全てが普通に戻ることを期待している。」

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全く残念なことだ。

出来るだけ早い回復を祈るしかない。

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terça-feira, julho 18, 2006

ブラジルとレバノン。

イスラエルが、レバノンに攻撃を加えているニュースは、ブラジルの国際ニュースでは今一番大きく取り扱われている。

元々、パレスチナのニュースは取り扱いが大きい。
イスラエルがレバノンに攻撃を開始する前は、パレスチナ暫定政府の建物やガザ地区を攻撃する映像がながされていた。

ブラジル最大のメディアのGLOBOはエルサレムに駐在を置いていて、
イスラエルやパレスチナの情報は多かった。

ブラジルには、ユダヤ人が少なからずいて、彼らの存在は政治的経済的に日系人よりも大きいように思う。
そのこともあるし、カトリック国として聖地エルサレムがあるので、特派員を置いているのだと思っていた。
ちなみに、GLOBOは日本には特派員を置いていない。 アジアでは、北京にいる女性がカバーしている。

ブラジルのユダヤ人は、19世紀末からやって来はじめたのだと思うが、
多くは東欧やロシアからやって来たアシュケーナージだ。
スペインからやって来るのでは時代が合わない。
ナチスの迫害を逃れてきた人も多い。
当時はイスラエルはまだないから、パレスチナからやって来たユダヤ人はまずいないはずだ。

しかし、その後、ブラジルから約束の地イスラエルへ向かった人もいるので、
イスラエルにもブラジル人がいる。

そして、ユダヤ人よりももっと人数も多く歴史があるのが、アラブ系の人たちだ。
ブラジルのアラブ人の多くは、19世紀初め頃からブラジルに到着し始めたそうだ。
当時、オスマントルコ帝国の領土であった今のレバノン・シリアからやって来た人が多い。
アラブ系の人たちも、ブラジルにおいて経済力も強いし、特に政治力が強い。

すでに、代を重ねているので、レバノンやシリアに知っている人もいないかというとそうではなかったようだ。
イスラエルのレバノンへの攻撃が始まってすぐに、
ブラジル人一家4人(夫婦と子供2人)が亡くなったと伝えられた。

休暇で、レバノン南部に滞在していた家がイスラエルの攻撃に遭ってしまったのだ。

そして、レバノンに家族や親戚がいるアラブ系ブラジル人達が、家族や親戚達の安否を心配している様子が連日映し出されている。
どうも、今でも交流がかなり盛んであるようで、親や兄弟がいるという人が多い。

そして、そのブラジル人を救援するために、ブラジル政府は空軍機をトルコに派遣することに決めた。
空軍機といっても、小型の旅客機だ。
Spd20060717h
Spd20060717i

ベイルートの国際空港が使えないからだ。
少なくともレバノンから陸路でトルコに脱出する必要がある。
Spd20060717g

まずは120人が戻ってくるそうだ。
レシフェに到着し、その後サンパウロとリオ・デ・ジャネイロまで連れて行くそうだ。
Spd20060717j

さて、日本政府はどうしているのだろう。

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今から20年以上前に、中東のある国の首都にいた。
隣国と戦争をしていた。
その首都は、国境から800キロほど離れていたのだが、
たまに空襲があった。

少なくとも片道800キロという距離があるので、戦闘機でもあまり大量の爆弾を搭載することはできず、
そして首都上空での滞空時間も短いので、空襲は脅かしの意味だということであった。
主戦場は国境地帯であった。

時々、夜に、突然に空襲警報が鳴り、市内の電気が地区毎に次々に消えていき、
やがて対空砲火が上がり始める。
見た目にはきれいな花火のようなものだ。

ミサイルや爆弾だけではなく、戦闘機の衝撃波でも、建物の窓が激しく震えていた。
腹に来る音だった。

やがて空襲は終わってまた静かになるのだが、緊張はしばらく解けなかった。

隣国はスカッド・ミサイルを持っていたのだが、当時は800キロもの射程の
ミサイルではなかったので、首都までは届かなかった。

南西部の国境から70キロほどの都市に行ったことがある。
首都からバスで15時間ほどかかったのだが、
朝早くに、その都市について、最初にやったことはホテルを探すことだった。
聞いていたホテルは満室だった。
何とかホテルを探して、次は帰りのバスのチケットを買った。
意外にいい街だと思いながら散歩しながら、ホテルに戻り、
すこし休もうかと思ったところで、連絡があった。
隣国が、その都市を含めて11の都市をミサイル攻撃すると、放送で言ったという。
なんとなくホテルの4階の屋上に上って、ミサイルが来るかもしれない西の空を見た。
とても青い空だった。

そのあたりの建物はみんなレンガ造りの建物である。
ミサイルなんか来たら全壊に決まっている。

何故こんなところにいるのかなと思った。

戦争は残酷だ。
民族や宗教といった違いで、個人的な恨みがないもの同士が殺し合いをする。

世界の殆どの国が今もこういった状況にある。
1945年以降、戦争も内戦もなかった国はほんの僅かだそうだ。

戦争をする必要はないが、戦争を知る必要はあるのではないだろうか。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その127 目下の得点王ドドゥ。

ボタフォゴのFWドドゥが、ブラジル選手権の第12節を終了した時点で9得点をあげて、得点王になっている。
Spd20060717a

7月17日月曜日は、休暇を子供と過ごした。
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Spd20060717c

昨年日本から戻ってきてしばらくしてゴイアスに入ったが、あまり活躍しなかった。
今年から古巣のボタフォゴに戻って、州選手権から得点を重ねている。

ただ、ブラジル選手権ではボタフォゴは16位と降格圏のすぐ上だ。

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ブラジル・サンパウロの桜 その4 桜林

ブラジル・サンパウロの最東部にあるパルケ・カルモという大きな公園。

いくつもの丘が重なり合っていて、その広さは感じにくい。

一つの丘に登って、桜林がある方向を見てみた。
Spd20060709j

また満開にはほど遠いようだったのだが、特に開花が進んだ木を中心にすると、何となく色づいているのがわかる。
ただ、春霞などという風流は感じられない。
Spd20060709i

桜林には誰でも入ることができるのだが、一応金網で出来た塀で囲まれている。
入り口の一つである。
Bosque das cerejeiras(=桜林)と書いてある。
Spd20060709l

桜林の中に入っても、外から見るのと同じくらいしか色づいて見えない。
Spd20060709k

この公園の一つの丘の上に、また日本語で書かれた石碑を見つけた。
Spd20060709g

「日伯修好百周年記念植樹之碑」と書いてある。
1995年11月に、「清子(さやこ)内親王殿下ご来伯を記念し、ブラジル国花イペーを植樹される」と、この碑のいわれを書いてある。
Spd20060709h

この公園のある場所は、サンパウロ市の中でももっとも危険な最東部にある。
市内中心部からこの公園に至るまでの途中の風景も、畏れ多くも賢き皇族の方々にお目にとめたくないものばかりだ。
車だと1時間くらいかかるこんなところまで、清子内親王殿下(今は黒田清子さん)が来られたとは、よく宮内庁と外務省の調整がついたものだ。

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この石碑に名前がある、当時のサンパウロ市長パウロ・マルフィ氏は、今も元気だ。

昨年も今年も、拘置所に入れられたが、テレビで見る限り今も元気に政治家をやっている。
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休日には、人がいっぱいやってくるパルケ・カルモである。
Spd20060709m

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ブラジル・サンパウロのゲイ・パレード その7 団体

ワールドカップ態勢だったために、随分ずれてしまったが、6月17日土曜日に、ブラジル・サンパウロでおこなわれた「ゲイ・パレード」の続きだ。
Spd20060617zzk

殆んどの方々はとにかく目立ちたい訳なのだが、1人ではどうもという方々もいたようだ。

そういう方々は、
何人かで集まって同じ衣装を着て、その存在感を示していた。

ちょうどワールドカップ・ドイツ大会の時期だったので、「緑と黄色」の衣装を身につけた人たちもいっぱいいたのだが、中でも一番整っていたグループである。
Spd20060617zs
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衣装が可愛いからといって、そうでもない方々もいた。
Spd20060617zr

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ブラジルの広告 その21 ピックアップ・トラック

ワールドカップ・ドイツ大会で、ブラジル代表があのようなことになったので、テレビのCMからも、あれほど溢れかえっていた「緑と黄色」は程なく消えた。

最近、また気に入っているCMがある。
思わずニヤッとしてしまうCMが、ブラジルでは多いのだが、このCMもその一つだ。

フィアットの小型のピックアップ・トラックの広告である。
特別新しい車でもないはずだが、
このCMは、座席の後ろに荷物などを置くキャビンがあることをメッセージしている。

若いカップルが車の中で盛り上がっている。
特に男の方はかなりだ。
かなりはやっている。
女性の服のジッパーを降ろそうとすると、
女性に、何か言われる。

男は、
座席の後ろにある「広い」キャビンから、何かを探している。
そして、大きな透明のビニール袋をみつけて、女性の座席の背にかぶせた。

そして、準備が出来たという顔をしている。
女性がこれに対して何か言う前のところでストーリーはおわりだ。
絶妙のカットだと思う。
「20060705CM-Fiat.wmv」をダウンロード

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この女性が何か言ったりする前のところで終わっているので、
このCMはとても余韻があるのだ。

この女性が男に向かった言った言葉を、完全に気持ちが高ぶっている男は間違って解釈したのだ。

この女性が言った言葉は"Sem proteção, não"だったのだが、
これを、日本語でするとちょっと面白くない。
英語にしてみる。

"Without protection, no!" 

座席にカバーを着けてくれと言ったのではない。

この後、この2人はどうなったのだろうか。

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このCMは、子供の時間に放送されているのかな。

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segunda-feira, julho 17, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その127 テベスがやっと戻ってきた。

FWのカルリットス・テベスCarlitos Tevezは、コリンチャンスCorinthiansが思っていた月曜日の午後からはパルケ・サン・ジョルヂParque São Jorgeで練習を始めることはない。

カルリットス・テベスは、アルゼンチンでの個人的な問題を解決するためにジェニーニョGeninho監督から自由をもらった。
月曜日の午後には現れるはずであった。

コリンチャンスの広報担当者によると、テベスが乗るはずの便はVARIGでキャンセルになった。
テベスは、午後の終わりの方の他社便を予約できた。
ブラジルへの到着は、21時の予定である。

テベスのアルゼンチンArgentinaへの旅は、コリンチャンスの中で議論を引き起こした。
役員達がMSIのキア・ジョオラビシアンKia Joorabchianが、コリンチャンスの役員に相談することなく一方的にテベスTevezに長い休暇を与えたことで、キア・ジョオラビシアンを批判していた。

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コリンチャンスの役員の批判も腰が引けていた。
MSIの存在は必要だが。。。。と。

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テベスは、7月17日月曜日夜、サンパウロに到着した。
「20060717sporTVnews-Teves.wmv」をダウンロード

愛娘のフローレンシアを抱いている。
Spd20060717d

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サッカー・ブラジル選手権2006 その126 ニウマールが戦線離脱。

コリンチャンスの医療部はニウマールNilmarの状況について謎を作った。
ニウマールは、7月16日日曜日に行われたブラジル選手権第12節の対パルメイラスPalmeiras,戦で右膝joelho direitoに怪我をした。

ニウマールは、7月17日月曜日に磁気共振検査を受けた。
しかし、医師団は火曜日の朝に結果を発表するという。

ニウマールは膝の関節の筋を痛めたはずだ。
診断が確定すると、ニウマールNilmarは手術をして、シーズンの残りは出場しなくなる。

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大変なことになった。

前半にDFとからんで怪我をした。
一旦外に出て治療をした。
その後また入ったのだが、痛みがひどいようで泣きながら前半で退いた。
「20060717SporTV-nilmar.wmv」をダウンロード

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7月17日のニウマールは足を引きずっていた。
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Spd20060717f

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ブラジル・サンパウロのサンパウロ・ファッション・ウィーク その2

7月12日から、半年に一度のサンパウロ・ファッション・ウィークが、サンパウロのイビラプエラ公園内のビエンナル館を中心に市内各所で開催されている。
「20060714GN22-SPFW.wmv」をダウンロード
「20060715GN22-SPFW.wmv」をダウンロード

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ブラジル・サンパウロの桜 その3 桜とハチ鳥。

ブラジル・サンパウロ市の最東部にあるパルケ・カルモという大規模な公園。

ここに、おそらくサンパウロ市では最大規模の桜林がある。

この公園自体が、、小高い山がいくつか連なった森林公園のようなもので、平地の部分は殆どない。
公園の中央に位置する平地の部分には遊具があり、そこに人も集まるのだが、
そのほかのところには休日でもあまり人はいない。

この桜林にも人はあまりやってきていなかったので、
小鳥がいっぱいいた。

その中に、この桜の蜜を吸いに来たハチ鳥がいた。
ハチ鳥はとてもすばっしっこく、また警戒心が強い。
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蜜を吸う時には、花の前で空中にとどまっている。
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羽根をものすごい早さで動かしているので、写真ではっきりと撮れたことがない。
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ハチ鳥を探して、樹上を見上げていたら、はるかかなたに飛行機雲が見えた。
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この桜林には、句会の碑があった。
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ブラジル・サンパウロのゲイ・パレード その6 目立ちたがりな人々。

ワールドカップ態勢だったために、随分ずれてしまったが、6月17日土曜日に、ブラジル・サンパウロでおこなわれた「ゲイ・パレード」の続きだ。
Spd20060617zzg

このゲイパレードには、ゲイであったり、もしくはシンパシーを感じている人が参加していると言うことになっているのだが、なんといっても目立つのは「女装マニアもしくは異装マニア」の方々である。
この方々はゲイと言うよりは、「おかま」の方なのだろうが、目立つし、そして人なつっこい。
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写真に撮られるのは大好きで、気軽にポーズをとってくれる。
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決して美形とはいいがたい人もいるのだが、
それはそれ十分に楽しませてくれる。
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Spd20060617o

中には、比較的地味な服装の人もいることはいる。
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Spd20060617zzi

かなり地味な人もいた。 手つないでいるけど。
Spd20060617zx

このゲイ・パレードにはもちろんレズのかたも参加されているのだが、あまり目立たない。
一つにはこのような派手な異装をする人がいないからで、
どうしても食われてしまっているのだ。

だけど、そういった人達が集まっているところがあって、
ハイ・ティーンが多かったが、
女性同士で睦み合っている者達がいた。

男装をした女性もいなかったわけではないが、
そう多くはなかったし、
写真に撮るほどではないとおもった。
あまり服装に気を使っていなかったからだ。

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こういったゲイ・パレードの時以外でも、
サンパウロでゲイやレズの人を見るかというと本当によく見かける。

これは観察力の問題なのだが、
そういう方々の発する何かがあるから、すぐに見当がつく。

ゲイの方が多いのは、セントロのラルゴ・ヂ・アロウシュとレパブリカ公園を結ぶあたりがなんといっても一番多いが、周辺の環境が良くないので見物にはお薦めしない。

上品で、インテリで、金持ちのその道の方が多いことで知られているショッピングエンターがある。
フレイ・カネッカだ。
平日でも夜になると、大変なことになっている。
アーチスト系の方やわりと年齢の高い方が多いのが特徴で
そういった方々で、最上階のシネコンやレストランが埋まっている。

女性同士もこのあたりには多い。

あまりの雰囲気で、ノーマルな人は避けたくなるはずだ。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その125 サン・カエターノのMFエルトンが語る。

MFエルトンÉltonは疑いもなく、このブラジル選手権の始めにコリンチャンスCorinthiansからレンタルでやって来て以来、サン・カエターノSão Caetanoのユニフォームを着て最高の出来だった。

彼はヒーローとしてグラウンドを去り、サン・カエターノに対サントスSantos戦で2対0という勝利をもたらした2度のペナルティーを得たことを祝った。

「我々のチームはとてもやる気いっぱいでグラウンドに入った。 自分のスピードを使うという戦略は正しかった。 勇気を持ってDFに向かっている。 いつもゴールを狙っている。 スピードは自分にデフェンスに対して優位性を与えている。 2度のペナルティーを得たのことで明らかだ」と、若いエルトンは祝った。

エルトンÉltonにとって、順位を上げ始めるに十分で、チームを落ち着かせる結果ととなった。

「勝利は我々にとってとても重要だ。 というのはとても微妙なところにいたからだ。 サントスSantosに勝ったのは精神力をつけることが出来る」と言った。

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エルトンが、どんどん注目されてとても嬉しい。

コリンチャンスにいる時は試合への出場機会に恵まれなかったが、
サン・カエターノでは毎試合出場しているので、
更に成長しているはずだ。
そして、エーメルソン・レオン監督は若手の養成は得意としている。
ここで、もう一段ビッグになって欲しい。

ただ、上背が小さく、体重も軽いので、怪我が心配だ。

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サッカー・ブラジル選手権2006 その124 エーメルソン・レオンがエルトンを絶賛。

ちびっ子baixinhoエルトンÉltonは身長158センチしかないけど、巨人だ。
サン・カエターノSão Caetanoの監督エーメルソン・レオンEmerson LeãoはMFのエルトンを定義した。

エルトンは、この7月16日日曜日に、アナクレット・カンパネラAnacleto Campanella競技場で行われたブラジル選手権Campeonato Brasileiroの第12節の対サントスSantos戦で、2対0でサン・カエターノの勝利に抜群の働きを見せた。

対活躍のあと、エルトンは監督に大絶賛で感謝された。

「君たちは知らないだろうが、エルトンÉltonは小さいが、トレーニングの時から巨人だ。 彼はやり遂げてくれるので偉大だ。 他のクラブにいる時に、前から契約したかった。 エルトンはこの勝利にとても重要だった。 サントスSantosの陣内に切り込むのにスピードと才能を持っていた。正しく自分が欲しい物だった」と、エーメルソン・レオン監督は、サン・カエターノでの初勝利の後に言った。

エーメルソン監督は、サン・カエターノSão Caetanoはレベル以上のものを見せたと言い、2002年のブラジル選手権に勝利した時からのジンクスをチームから無くすのに役に立つ勝利になると言った。

「サントスSantos.には多くの友人がいる。 しかしサンパウロ州選手権の優勝チームで、ブラジル選手権の優勝候補のチームに勝つのはいつも良いものだ。 サントスの友達に勝つのは良い。 勝利はいつも救ってくれる」と繰り返した。

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エーメルソン・レオン監督は、パルメイラスの監督でいる時から久しく勝利していなかった。
この勝利を一番喜んでいるのは、エーメルソン・レオン監督のようだ。
踊っていた。
「20060716sporTVnews-BA12-SaoCaetano-Santos.wmv」をダウンロード

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domingo, julho 16, 2006

サッカー・ブラジル選手権2006 その124 第12節終了。

サッカー・ブラジル選手権の第12節が、7月15日(土)および16日(日)に行われた。

結果は次の通り。

7月15日(土)   第1日目
開始時刻     試合結果            競技場
16h   Botafogo    4 x 1  Ponte Preta   Volta Redonda
18h10 São Paulo    2 x 1  Figueirense   Morumbi
※ボタフォゴのドドゥは2得点で、得点王になった。
※サンパウロFCは、地元で全く問題ない勝利。
 リベルタドーレス杯に備えて、主力を休ませることはしなかった。
 休んだのはジュニーニョのみ。
 サンパウロFCは首位に立った。
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7月16日(日)   第2日目
開始時刻     試合結果            競技場
16h   Grêmio      4 x 4  Fluminense   Olímpico
16h   São Caetano  2 x 0  Santos      Anacleto Campanella
16h   Cruzeiro     0 x 0  Goiás       Mineirão
16h   Palmeiras    1 x 0  Corinthians   Morumbi
18h10 Flamengo    0 x 1  Vasco      Maracanã
18h10 Juventude    2 x 0  Internacional  Alfredo Jaconi
18h10 Paraná      2 x 1  Atlético-PR  Pinheirão
18h10 Fortaleza     1 x 4  Santa Cruz   Castelão
※グレミオ対フルミネンシは激しい試合だった。
  後半20分過ぎまで2点を先行していたグレミオに、
  後半4点を連続得点してフルミネンシが逆転。
  しかし後半終了直前にグレミオが2点を入れて引き分け。
エーメルソン・レオンが、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴに勝った。
 サン・カエターノの得点は、いずれも後半で、MFエルトンの鋭いドリブルでの突入に対して
 サントスのDFが犯したファールによるPK。
PKはいずれもアンデルソン・リマが蹴った。
 Spd20060714f
 身長156センチのMFエルトンは凄いぞ。
 サントスはちょっと負けが続いているような。
※パルメイラスが連勝。 3勝目。
 コリンチャンスは、6試合無得点が継続している。
 ワールドカップ組が2名戻り、他にも復帰選手がいるという戦力的にはテベスを除いた
 フルメンバーになっていたのだが、やはり魂が抜けているとしか言いようがない。
 コリンチャンスは19位に転落。
※フラメンゴ対ヴァスコ・ダ・ガマという、リオ・デ・ジャネイロのクラシコ。
 ともに主力選手はかなり休ませての対戦だった。
 フラメンゴもちょっと調子が落ちているぞ。
 7月19日(水)に同じ組合せで行われるブラジル杯決勝では雪辱となるだろうか。
※サンタ・クルーズが連勝。
 2勝目だ。
 コリンチャンスと勝ち点で並んだが、得失差でまだ最下位。
「20060716GN22-BA12.wmv」をダウンロード


次節の第13節は、一週間後に行われる。
※※サンパウロFCおよびインテルナシオナウはそれぞれ、
   7月19日にリベルタドーレス杯南米選手権の試合がある。
※※ヴァスコ・ダ・ガマとフラメンゴは、
   7月19日に

試合の組合せは次の通り。
(この節は、あまり面白そうな組合せはない。)

7月22日(土)   第1日目
開始時刻     試合予定            競技場
16h   Figueirense   x  Grêmio     Orlando Scarpelli
16h   Paraná      x  Cruzeiro    Pinheirão
18h10 Corinthians   x  Fortaleza    Morumbi
18h10 Fluminense   x  São Caetano  Maracanã
※コリンチャンスは19位で、フォルタレーザは17位。

7月23日(日)   第2日目
開始時刻     試合予定            競技場
16h   Ponte Preta  x  São Paulo    Moisés Lucarelli
16h   Vasco      x  Atlético-PR   São Januário
16h   Santa Cruz   x  Flamengo    Arruda
18h10 Santos     x  Juventude    Vila Belmiro
18h10 Internacional  x  Botafogo     Beira-Rio
18h10 Goiás       x  Palmeiras    Serra Dourada

(第12節を終了した時点での順位)
Spd20060716a

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ブラジル・サンパウロのサンパウロ・ファッション・ウィーク

7月12日から、半年に一度のサンパウロ・ファッション・ウィークが、サンパウロのイビラプエラ公園内のビエンナル館を中心に市内各所で開催されている。

今回は、”2007夏”ということになっている。

さすがに、この催し物までは今のところカバーできない。

サンパウロは、催し物が多すぎる。

昔はこんなではなかったのだが。

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ブラジル・サンパウロの犯罪組織による襲撃 その4 襲撃件数。 

サンパウロ州全域で、7月12日水曜日未明に始まった、犯罪組織による襲撃事件は、7月14日にはサンパウロ市ではほぼ収まった感じである。

しかし、それ以外の都市ではまだ続いているところもある。

7月12日からの襲撃件数である。(7月15日夜まで)
Spd20060715i
Spd20060715j
Spd20060715k

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ブラジル・サンパウロの「○○○の息子」

ブラジルには全く関係がなかった、7月9日のワールドカップの決勝。

フランスのジダンの頭突きが見事に決まったわけだが、
そのきっかけについて、話題になっている。
Spd20060713x

ブラジルでも、世界各国の報道だけではなく、
サンパウロにいっぱいいるイタリア系の人たちを使って、
2人の会話を再現しようとしている。

ジダンは「○○○の息子」というな言葉を言われたともいわれている。
Spd20060713w

これは、イタリアでは極一般的な悪口で、それほどの重みはないということである。

日本で「馬鹿」「アホ」に大した意味がないような物である。
日本でも、ふた昔くらい前は
「おまえの母ちゃんデベソ」とかは子供っぽいが、
「妾の子」とか「芸者の子」とか、
今は放送上不適切な物が飛び交っていたものだ。
本当にそうなのかどうかは関係なく、とにかくそういったことを平気で言っていたはずだ。
まあ、子供の喧嘩のことだ。
(大人になってもこんなことは言うのは、あまりにみっともない。)

もっと凄いことも言っていたが、さすがに憚れるのでここまでにしておく。

ブラジルでも、「○○○の子」は悪口の常套句である。
ラテンの世界では当たり前の表現のようだ。

サッカー場では、この言葉を観客は始めから終わりまでグラウンドに向かって叫んでいる。
この言葉であふれかえっている。
こればかり言っているとあまりに芸がないと思うのだが、ずっとこれを叫び続けている人がいる。
さすがに、子供連れの人は、困った顔をしている。

この言葉を叫ぶ女性も沢山いる。
「○○○の子」という言葉自体には、すでに直訳の意味がないから言えるのだと思う。

「○○○の子」は、ブラジルのテレビでは好ましくない言葉なので、通常の放送でこの言葉が聞かれることはない。
ブラジル一の馬鹿番組の例のpanico na TVでも、それとわかるようにピー音で消されている。
○○○自体も、テレビでは使用されない言葉であるし、一流紙でも使わない。
○○○は俗語で、正しくはProstitutaといい、これはテレビでも使われるし、ニュースでも映像が頻繁にでてくる。
市内でも、昼間からそこかしこでお目にかかることが出来る。

グラウンドで、選手同士がこんな言葉を互いに言っているとは思えないが、この言葉を言われたからといって、「母親の侮辱」とはならないはずだ。
ブラジルでは、サッカーの試合における人種差別行為は罰せられる。
黒人系や混血がほとんどなので、そういったことはあまりないようだが、
今年もどこかの州選手権でおきたこともある。
白人系の選手が、肌の色を示すような仕草をしたのだ。

本人はそういうつもりでやったのではなく、たまたまそれに近い動きになったと否定したが、スポーツ裁判所で罰せられた。

おそらくジダンは、「○○○の子」どころではないことを言われたに違いないと思うのである。
そうでもなければ、あの頭突きにはならない。
Spd20060713y

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ブラジルには「○○○」が現実にいっぱいいるので、「○○○の子」もいっぱいいるはずだ。
そういった子供に向かって「○○○の子」というのはあまりに残酷だ。

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イタリアでもフランスでも「○○○」はいるが、ブラジルほどではないだろうから、
その分「○○○の子」と言われるのは重みが違うのかもしれない。

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サッカー・ブラジル代表 その後 その17 サンパウロFCがゼ・ロベルトに公式に接触。

最初の接触はすでに行われた。
契約の意思があることを説明した。

しかし今はサンパウロFCの社長は、ゼ・ロベルトZé Robertoに対して、少なくとも今年の末まではサンパウロFCにいて欲しいという公式なオファーを直接に送るつもりである。

ゼ・ロベルトZé RobertoがサンパウロFCのトレーニング・センターReffis do Centro de Treinamentos do São Pauloで機能回復を行う3週間の間に、サンパウロFCの役員は欧州Europaで9シーズンを過ごしたあとにブラジルのサッカーにもどらないかとゼ・ロベルトと話しをするつもりだ。

サンパウロFCの役員ジョアン・パウロ・ヂ・ジェウス・ロペスJoão Paulo de Jesus Lopesは成功は難しいのは知っているが、試みを続けることは約束した。

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ゼ・ロベルトZé Robertoは、7月13日木曜日の朝に、サンパウロで手術をした。
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左膝joelho esquerdoの半月板meniscoの一部を切除した。
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医師のレネ・アブダラRene Abdalla,によると、ゼ・ロベルトは午後には心臓病院Hospital do Coracãoを退院するという。
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ゼ・ロベルトはワールドカップの時からその部分に痛みを感じていたという。
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ゼ・ロベルトZé Robertoは7月14日金曜日から、サンパウロFCのトレーニング・センターReffis (centro de recuperação) do São Pauloで機能回復に努めるという。
ゼ・ロベルトは先週にここを訪れており、サンパウロFCの医師の簡単な診察を受けていた。
回復には1ヶ月かかるという。

ゼ・ロベルトはバイエルン・ミュンヘンBayern de Muniqueとの契約が終了したあとは、引き続きクラブが決まっていない。
サンパウロFCの役員はゼ・ロベルトに関心を持っている。
しかし、海外からのオファーと競争するのは不可能であるといっている。
ゼ・ロベルトZé Robertoはスペイン、フランス、英国からのオファーを受け取っていると言っている。

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ゼ・ロベルトの家族はそろそろブラジルに戻りたがっているようだが、
本人はまあ欧州にいたいと言っている。

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sábado, julho 15, 2006