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quinta-feira, 6 de julho de 2006

ブラジル・サンパウロはワールドカップ態勢 その15 ポルトガル。

ブラジル・サンパウロは、移民が造り上げた街だ。

19世紀の半ばから20世紀にかけて欧州を中心に色々な国から移民がやってきて、
サンパウロの人となっていった。
今が集団で移民をしてくるような時代ではないので、
1世は少ない。

ブラジルは、もちろん元々ポルトガル領であったので、
ポルトガル人の子孫も多い。

でも、サンパウロ州で一番多いのは4000万人の人口の半分以上を占めると
言われているイタリア人の子孫だ。
スペイン人。
ドイツ人。
ポーランド人。
ルーマニア人。
ユダヤ人。

もちろん今はみんなブラジル国籍を持ったブラジル人である。

だからワールドカップの時はブラジルを応援する。
でも、祖先の国も応援する。

そういった風景が、テレビでも中継されていた。
それぞれの移民の子孫達が多い町や地区に集まって、応援している姿が映し出されていた。

そして、肝心のブラジルが「あのようなこと」になってしまい、
ほとんどの人にとっては「終わった」ことになった。
「何もなかったかのように終わった」

だが、ポルトガル系の人々とイタリア系の人々にとってはまだ終わっていなかった。
ブラジルには、フランス系は元々多くない。
ドイツ系もサンパウロ州ではそれほど多くはない。

イタリア系の人々はサンパウロ市の東部や西部などあちこちに、集住している地区がある。
そういったところでは、まだ集まって祝っている人たちがいる。

そして、7月5日にはポルトガルの試合。
サンパウロの街にも心なしか、あのえんじ色のユニフォームを着た人が多かった。
旗を翻して走る車も見かけた。
ブラジルの国旗と並んで、ポルトガルの国旗を掲げた通りがあった。
Spd20060705e

リベルダーヂにあるポルトガル・クラブには多くユニフォームを着た人たちが集まっていた。
入りきれず、道路を塞いでいた。
テレビの中継車も着ていた。

だが、残念なことにポルトガルも「終わった」。

ブラジル人が、ポルトガルを応援したのは、
もちろん監督がブラジル人のフィリッピ・スコラーリだったということもある。

7月9日に、イタリアを応援する人だけが、楽しみを残しているわけだ。

今日のサンパウロは朝は霧がかかっていたが、日中は快晴になった。
気温は22-24度くらいまでになったようだ。
このような気候は土曜日頃まで続くと言うことだ。
Spd20060705f

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