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terça-feira, 15 de agosto de 2006

ブラジル・サンパウロの桜 その7 パルケ・カルモの桜祭り。

8月6日(日)に、サンパウロ市東部のイタケラ地区にあるパルケ・カルモで、予定通り「桜祭り」が開催された
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新聞によると、主催者がいうところでは3千人がやってきたということであったが、とてもそんな規模ではなかったように思う。 もっと賑わっていた。

このパルケ・カルモの桜林は、48千平方メートルの広さがあって、4種類1500本の桜の木があるそうだ。

最初に花が咲いたのは1978年で、ここ桜祭りは1981年から開催されていて、今年で28回になるという。
(ちょっと計算が合わないのだが、ブラジルの新聞なので仕方がない。一流紙だが、よくこういう間違いがある。)

1500本もあるわりには、全山桜色にならないのは、桜の種類が染井吉野ではないからだろう。
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この日8月6日も、サンパウロは快晴だった。
気温は30度近くまで上がっており、
日本的な花見日和ではなかった。
ポカポカと言うよりは、はっきり言って暑かった。

パルケ・カルモのいつもの駐車場のなかでも桜林に近いところに止めても歩いて5分はかかる。
高齢者も多い日本人1世に配慮してか、
桜林のすぐ脇の普段は草原となっているところを臨時に駐車場としていた。
入り口は、パルケ・カルモの裏側にあるSESCイタケラとプラネタリウムの中間あたりに設けられた。
日系人の全体的な所得の高さを示すかのように、
多少いい車が止められていた。
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桜林の桜は、もう何度も紹介しているように、
すでに葉桜になったものもあったが、
一番花の付きが良い種類ものは、満開であった。
ただ、全体としては、この前に訪れた時から10日間の間に一番いい時があったと思う。
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普段はほとんど訪れる人もいなかった桜林であるが、さすがにこの日は人が多かった。
このパルケ・カルモではあまり見かけない日系人がやはり多かったが、
もちろん非日系人の姿が多かったのは言うまでもない。
日系人と親戚関係になるよう非日系人が多かったように思えた。
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桜の木の下を歩いて、写真を撮っていた。
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撮り方によっては、日本の様にも見える。
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太極拳をやっているサークルの高齢者が、ゆっくりとした動きを見せていて、
なぜか桜に似合っていた。
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桜の木の下で、お弁当を広げている日系人の一家も多く見かけた。
食べているものを見ていたのだが、おにぎりなどもあったが、
やはりブラジル的なものが多かった。
子供がそういったものを好むのだろうから仕方ないだろう。
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非日系人のグループも座っているのもいたが、
彼らはあまりそういった飲み食いはしていないようだった。
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この桜祭りのためにやってきたサンパウロ市長のお手植えの木だ。
今年は、彼の選挙の年ではないのだが。
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つづく。

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