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domingo, 31 de dezembro de 2006

ブラジル・サンパウロにもスターバックスが開店。

コーヒー豆の生産量で世界一を誇っているのはまだブラジルだ。
50%弱を生産している。

ブラジルのコーヒーの消費量は、1人あたりでは世界一ではない。
だか、このところの経済の好調さを反映して、増加を続けている。
コーヒーを飲むことが出来る階層が広がってきているのだろう。

今でもまだそうだが、
コーヒーはどの事務所に行っても、でてくる物だ。

市内のあちこちに、バールがある。
ここでは、かつてはカフェヂーニョといって小さなカップにどろりとしたコーヒーを出していた。
深炒りの粉ひきで、底にはコーヒーの粉がどろりと沈殿していた。
砂糖をいっぱい入れて飲むのが、普通だった。

あまり香りはなく、馴れないと泥のように感じた。
しかし、次第にそれなりにおいしさを感じ始める物である。

ところが、このところこのカフェーヂーニョを出す店が減ってきている。
その代わりにでてくるのが、エスプレッソ。
例のエスプレッソマシンで、高圧蒸気をかけて、抽出されてくる。
カフェヂーニョと同じく濃いのだが、味は洗練されている。

作り置きして、ポット毎湯煎に付けておくのが普通のカフェヂーニョと違って、
一杯ごとに抽出するので、価格はやや高い。

ブラジル人は意外に保守的なので、
カフェヂーニョに執着するのかと思っていたが、
このエスプレッソの方に確実に移っているようだ。

普通に飲めるのはこういった濃いめのコーヒーであって、
さすがにアメリカンなどといったシャバシャバのコーヒーはない。
米国人が多く宿泊する超高級ホテルの朝食のバイキングのメニューにはあるかも知れない。

市内のバールも以前に比べるとずっと清潔になったが、
そのほかに立ち飲みのコーヒーショップも増えてきた。

そして、このたび満を持してスターバックスが、ブラジルにも進出した。

色々と進出、そして開店までは紆余曲折あったが、
今のところ2店あるのは確実だ。
Spd20061229a

いずれも、サンパウロ市内南部のひとつの高級ショッピングセンターの中にある。
スターバックスの最初のイメージを大事にするためだろう。
Spd20061229b

価格は、エスプレッソで2.8レアル(=150円程度)。
市内のバールよりはかなり高いが、
まあ、場所とブランドを考えると、妥当なところか。

所謂スペシャリティー・コーヒーと呼ばれる部類のコーヒーも売れていた。
冷たいコーヒーもだ。
また、ブラジル人の生活が変わっていくに違いない。

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日本では、あの有名な生活雑貨のサザビーが、
シアトルのスターバックス本社との交渉に成功して、
最初の店を銀座と青山に出店したのは、10年にもならないのではないかと記憶している。

5-6年前からは、渋谷の拙宅の近くにまで出来ていたりするので、
それほど高級感はなくなった。

今や、上海などの中国にも大規模に展開し、世界中で見かけるようになってしまったが、
10数年前はまだシアトルのローカルチェーンであった。
巧みなイメージ戦略であっと今に世界ブランドになった。

スターバックスの成功で、
コロンビア南部のコーヒー豆が足りなくなって、価格が高止まりしたり、
1960年代から減り続けていた米国のコーヒーの勝利が1990年半ばに反転したりと、
影響は大きなものがあった。

実は、サザビーより3-4年前に、このスターバックスと交渉をしていた企業があった。
1992-93年頃のことだったと思う。
サザビースとは違って、
大手の食品製造メーカーで、実際にコーヒー関連製品についても当時も今も製造販売している企業だ。
交渉がまとまらなかったのは、2-3年の間に数十店舗を一気に展開することを求めたスターバックスに対して、日本側が難色を示したことである。
当時は、まだバブルが始めたばかりで、不動産賃貸価格は下がっておらず、
銀座や青山に出店すると、一店あたり1億円などという時代であった。
日本的な徐々に展開という考えはよくある失敗例の一つであるが、
そのころの経常利益が数十億円のその企業にとっては、
成功するかどうか分からないものへの投資なので、
当然といえば当然のことであった。

この企業は、
業界ナンバーワンになって、
本業での大ヒット商品の連発で、今では最高益を出す好調ぶりである。
でも、海外との提携や展開は極めて不得意。
どの提携事業も成功したとはいえない。
そう多くもない海外事業からは、徐々にこっそりと撤退をしている。
意思決定をするのに国内的発想の金太郎飴人材しかいないからだ。
おそらくスターバックスと仮に事業を始めても、早晩行き詰まったであろう。

さらに、サザビーズが交渉した時代は、
もう街角の一等地にあった銀行支店が閉鎖撤退した時代であったので、
いくらでも不動産の出物は溢れていた。
出店費用は大幅に下がっていたはずだ。
スターバックスも、日本の不動産価格の高いことを理解していただろうし。

企業にとっても、時の運というものはあるものだ。

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それほどコーヒーを飲むわけではない。
むしろ今は飲まないほうだ。

米国のコーヒーチェーンもいいが、
ブラジルのカフェヂーニョの飲める店が減っているのが残念である。

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