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segunda-feira, 30 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その101 内陸部杯 決勝 第1戦。

サッカー・サンパウロ州選手権の内陸部杯(Troféu Interior)決勝の第1戦のグァラチングェタ対ノロエスチ戦が、グァラチングェタのダリオ・レイチ競技場で、4月28日(日)16時から行われた。

結果は次の通り。
4月28日(土)
試合開始         試合結果             競技場
16h      Guaratinguetá  1 x 1  Noroeste     Dario Leite


次戦の第2戦の予定は次の通り。

5月5日(土)       試合予定             競技場
16h      Noroeste      x   Guaratinguetá  Alfredo de Castilho
※ノロエスチは、単純に勝利しなくてはならない。

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domingo, 29 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その100 決勝 第1戦。

サッカー・サンパウロ州選手権の決勝の第1戦のサン・カエターノ対サントス戦が、サンパウロのモルンビー競技場で、4月29日(日)16時から行われた。

結果は次の通り。


4月29日(日)
試合開始         試合結果             競技場
16h       São Caetano  2 x 0  Santos       Morumbi
「20070429GN22-CPF-SaoCaetano-Santos.wmv」をダウンロード
「20070429sporTVnews-CPF-SaoCaetano-Santos.wmv」をダウンロード

※予想に反して、サン・カエターノが勝利。
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 2006年のブラジル選手権で降格が決まったチームとは思えない。
 当時とは選手はほぼ全員代わったが。
(サン・カエターノの先発と控え)
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Spd20070429h
(サントスの先発と控え)
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  サントスは、これで3試合連続で得点がない。


次戦の第2戦の予定は次の通り。

5月6日(日)
試合開始         試合予定             競技場
16h       Santos       x   São Caetano    Morumbi
※サントスは、3点差を付けて勝利しなくてはならない。
 

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その99 第18節 コリンチャンス対アメリカ戦 観戦。

4月7日(土)18時10分から、サンパウロのパカエンブー競技場で行われた、サンパウロ州選手権の第18節コリンチャンス対アメリカ戦を観戦に行った。

パカエンブー競技場の「家族客入り口」。
大人2人と子供2人がセットになった料金は、バラバラに買うよりはちょっと割安なのだ。
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シャルレス・ミラー広場に面した正面入り口。
人の動きが少ない。
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シャルレス・ミラー広場も閑散としていた。
※クリックすると拡大する。
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競技場の中に入っても、観客の少なさが歴然。
※クリックすると拡大する。
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コリンチャンスの選手の紹介が行われたが、
拍手も少なかった。
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怪しい男達が、
なにやらごそごそと横断幕を取り付け始めた。
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ガヴィオンエス・ダ・フィエウの皆様もやはり少ない。
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監督代行のジョゼ・アウグストの名前が、
パカエンブー競技場に出たのはこの試合だけだ。
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アメリカの選手達がグラウンドの中央で挨拶。
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アメリカの控えの選手達が入ってきた。
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アメリカの監督に、Globo局が早速取材。
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アメリカの選手の記念撮影。
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コリンチャンスの選手達がグラウンドに現れた。
キャプテンのベットンがいつものように真っ先に出て来た。
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子供達は特定の選手に集中していなかった。
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コリンチャンスの選手達がグラウンドの中央で挨拶。
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コリンチャンスの控えの選手達。
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コリンチャンスの選手達の記念撮影。
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後列左が、
ジョゼ・アウグスト監督代行。
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国歌演奏。
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さっき横断幕を付けていた男達が示威行動を始めた。
この前の第17節の試合にも現れていた。
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ジョゼ・アウグスト監督代行にマスコミが集まった。
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キック・オフはコリンチャンスから。
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MFウィリアン。
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ボランチのマルセロ・マットス。
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DFマリーニョ。
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FWウィルソン。
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ボランチのマルセロ・マットス。
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SBエーヴェルトン。
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MFロジネイ。
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インターバルになったの抗議活動の横断幕を見に行った。
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お願いすると色々とポーズをとってくれる。
背中も見せてくれた。
辞めて欲しい監督と選手のリストだ。
この時点ですでにいなくなったエーメルソン・レオン監督とアモローゾには
チェックが入っていた。
この人の雰囲気からすると、お金はある人のようだ。
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そもそもコリンチャンスの首脳陣が気にくわないようだ。
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そして、
インテルナシオナウの当時の監督のアデマール・ブラガ監督について、
歓迎といっていた。
※結局、来なかったが。
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ガヴィオンエス・ダ・フィエウの皆さんがちょっと増えていた。
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後半途中から、期待の星MFルリーニャを入れた。
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この日、ルリーニャはまだ16歳だった。
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有料入場者数は、わずか2、400人。
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後半から入ったカルロン。
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後半から入ったFWジェアン・カルロス。
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ガヴィオンエス・ダ・フィエウの皆さん達が少し下段に移動して、
首脳陣の非難を続けていた。
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この日のコリンチャンスは2対0で勝った。
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ブラジル・サンパウロをローマ法王がご訪問。 その1 あと10日後。

ブラジルでは、
今のローマ法王のことを、「ベント13世」と呼んでいる。
日本では、「ヴェネディクト13世」と呼んでいる。

ラテン語そのままの音を持ってきたのが日本なのだろうが、
ブラジルではそれをポルトガル語では何というかという事でベントになったのだ。

そのベント13世が、
5月9日から13日まで、
ブラジルだけ、それもサンパウロ州だけを訪問される事になっている。
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1年以上も前にこれは決まっていた。
とても詳しい日程がすでに発表された。

5月9日から11日までは、それもサンパウロ市に滞在されるのである。
とても忙しいスケジュールが組まれている。

そのほんの一部だ。

5月9日(水)の16時30分に、
グァリューリョス国際空港に到着。
そしてヘリコプターで、
カンポ・マルチ飛行場まで移動(18時)。
そこから車で宿舎となる
歴史的中心部セントロのサンベント修道院に行く。
例の防弾車での移動だ。
18時45分に到着の予定である。

5月10日(木)は、
サンパウロの州知事官邸で、ブラジル大統領を表敬訪問する(11時)。
そして18時から20時までは
パカエンブー競技場で
「若者との集い」を行う事になっている。

5月11日(金)は、
9時30分にカンポ・マルチ飛行場で
フレイ・ガルヴォンと言う人を聖人に序する式を行う事になっている。
ブラジル生まれで初めての聖人だそうだ。

16時には、
セ広場に面したカテドラルで、ブラジルにいる司教とのお目通しを行う。

17時45分に、再びカンポ・マルチ飛行場に行き、
18時にカンポ・マルチ飛行場をヘリコプターで出発し、
アパレシーダに向かう事になっている。

以後は、このアパレシーダ付近でのスケジュールをこなす事になっている。

5月13日(日)18時50分に、アパレシーダから
グァリューリョス国際空港にヘリコプターで移動。
19時40分に到着。

そして、20時15分にローマに向かって出発となっている。
Brasil recebe o Papa em São Paulo | Governo do Estado de São Paulo

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パカエンブー競技場の「若者との集い」が問題だ。

この日は朝から競技場周辺は大々的に規制が敷かれる。
当然拙宅はその範囲にある。

まあ、こういう機会はもう無いので、
パカエンブー競技場前のシャルレス・ミラー広場に早くから出かけて、
お姿でも拝見させていただこうと思っている。

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sábado, 28 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの「若者のショー」

拙宅は、サンパウロの中心部に近いパカエンブー競技場の近くである。

このパカエンブー競技場は、サンパウロ市営で、
おもにサッカーの試合に使われている。
それも、ほとんどがコリンチャンスの試合である。

こんなところに住んでいると、大変だろうと思われるようだが、それほどでもない。
コリンチャンスの試合の日であっても、それほどでもない。

”クラシコの”対パルメイラス戦などは、大抵モルンビー競技場で行われるので、
このパカエンブー競技場では、そこまで荒れそうな試合はない。

人が多くなるのは、
選手権の後半でコリンチャンスが優勝に絡んでいるとか、
リベルタドーレス杯南米選手権のような国際試合の時である。
普通は、せいぜい2.5万人もはいれば多い方だ。

だいたい試合の2-3時間前から屋台が開き始めて、
2時間前くらいからかなり気が早い観客がやってきて、
屋台で一杯やり始める。
道路で爆竹をならしたり、花火を打ち上げるのはこのころからだ。

普通の観客は、1時間半前から競技場に入り始めるが、
多くは30分前くらいにやって来る。
試合は、だいたい2時間くらいある。
拙宅にいても、
時折観客の歓声が風に乗って聞こえてくるくらいである。
インターバルは20分ぐらいが普通だ。
試合が終わると、観客はさっさと帰る。
抗議活動や騒乱などよほどの事がない限り、20-30分で静かになる。

だいたい試合が開催されるのは、年間に40日もないのである。
稀に、サントスやパルメイラスやサンパウロFCが主催試合を行う事もあるが、それらを入れてでもある。
今年のように、コリンチャンスが選手権で早々と敗退すると、それだけ試合は更に減る。

サッカーの試合の他に、このパカエンブー競技場は、
コンサートや集会にも貸し出される。

実は、こちらのほうが問題なのだ。

コンサートは、だいたいロック・コンサート。
ブラジルのこういったコンサートは、公演時間が長い。
前座を入れると数時間はやっている。
高い入場料なのでこれくらいしないと観客が納得しないのだろう。

昨年は、2回コンサートがあって24時をすぎるまでやっていたので、
住民が大クレームをして、
22時くらいまでに終了しないと、電気を切る事を約束させた。
この地区の住民は政治的にとても強力だからである。

そして、
もう一つは集会。
これは、宗教の集会だ。
これがまた時間が長い。
6時間はみっちりやる。
何も説教だけで人が集まるわけはない。
音楽コンサート仕立てである。

さて、4月28日(土)のサンパウロは、引き続き寒い。
気温は日中でも20度に達しない。

だが、朝から、パカエンブー競技場付近は騒がしい。

11時頃になると、次々にバスがやってきた。
もしくは何か若者の集団が集まってきた。

スポーツ大会にしては、時間が遅い。

12時、13時とどんどんとバスがやってきて、周辺の道路は大渋滞。
何かなんだかわからないうちに渋滞に巻き込まれた車のクラクションが
更に混乱を増大させる。

バスが動かないので、
次々にバスを降りて歩き始める。

何だろうと、確認しに行った。

"Forca Joven"という標語があるシャツを着た人が、競技場の周辺で集団を整理していた。

だいたい一つの集団は数十人。
ちょうどバス一台分なので、それ毎にまとまっている。

迷子にならないように、手をつないで移動している。
「20070428Universal1.MOV」をダウンロード

だいたいが10代半ばから後半の若者である。
「20070428Universal2.MOV」をダウンロード
「20070428Universal3.MOV」をダウンロード

よく見て分かった。
"Igreja Universal"という文字を見つけた。
ウニヴェルサル教会だ。

ペンテコスタ系(福音派系)では、多分ブラジルで最大のキリスト教系の教団である。
数百万人は信者がいるらしい。

それの若者向けの集会なのだ。

つまり、ほとんどコンサートである。

そういえば、毎年やっているはずだったのだが、忘れていた。

バスの前に
教会の地区名や
このパカエンブー競技場での入り口が書いてあるのだが、
何故か集団は入り口を求めて、競技場周辺を右往左往している。

肝心の集会(ショー)が何時に始まるのか分からないが、
15時半でもまだ入り切れていない。

この集会(ショー)が終わるのは、何時になるのだろうか。

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ここの集まってくる人は、普段この地区ではまず絶対に見ない人たちである。

サッカーの試合だって、学生料金の最低でも8レアルは必要なので、
ある程度の層以上でないと観戦はむずかしい。

今日の集会(コンサート)は、
ブラジルで一般的な1キロの食料を持っていけば入れる事にもなっているようだ。

その食料を販売している人もいた。

この地区では見ない人たちではあるが、
考えてみたらこちらからもその人達が住んでいる地区には行かない。

ウニヴェルサル教会が教勢を増しているのは、
こういう人たちをターゲットとし、信者獲得に成功しているからだ。

ブラジルでも葬式宗教と化している多くの日系宗教もすこしは見習った方がいい。
宗教はこうやっていかなくてはならないのではないか。

ところで、この集団の中に、日系人の姿は見つけられなかった。
いることはいるとは思うのだが。

それにしても、かなりうるさい。
鳴り物を持参している一団もいる。

毎年の事なのだから、
もうちょっとスムーズに競技場内に入るように、誘導できないのだろうか。
ほとんどの者はパカエンブー競技場など来た事がないから、
ゲートの番号が分かっても、それがどこにあるのか分からないのでうろうろしている。

だが、
競技場の周辺で、マコーニャ(=マリファナ)の香りに包まれたぞ。
どうなんだ。

16時をすぎても人はまだ競技場に入り切れていない。
拙宅の前にも列が伸びてきた。

16時45分、
一体始まっているのかいないのか。
拙宅の前にも人がずらっと座り込んで動かない。

何か、諦めているのか期待しているのか
べちゃべちゃと話し込んでいる。
鳴り物も時折さわっている。

諦める事になれているから、
文句も言わないのだろうか。

拙宅周辺は、
今までにない雰囲気になった。
モルンビーの南部に住んでいるとこんな事は良くある事なのだろうが。

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集会(ショー)は、17時半頃に終わったかのようだ。
帰り始めた人がいる。

でも、18時過ぎでもまだ何か宗教っぽい音がしている。
終わっていないのかもしれない。

拙宅の家の前にいた人たちは、
なんでも入れなかったようだ。
わざわざ、こんな遠くまでやって来たのに可哀想な事だ。

もっとも拙宅の前で、
結構宴会を始めていて楽しそうだった。
その人達も、17時半前にはいつの間にか消えていた。

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18時20分過ぎ、
また帰路につく人が一段と増えた。

もうあたりは真っ暗になった。

19時15分、
またクラクションが鳴り渡った。

19時18分、
バテリアの一団が通りすぎている。
カルナヴァルみたいになった。

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ブラジル・サンパウロは「秋」2007 その6 この「秋」一番の冷え込み。

4月26日(木)のサンパウロの最高気温は29度だったらしい。

このところ気温は割と高めで、平年よりも4-5度高いと言っていた。

午後は湿度が高くて、
案の定16時半頃から雨が降り出した。

この雨は、1時間ほどはやや強く降ったのだが、
その後は小降りになり、
19時過ぎには止んだ。

そして、
また明け方になって降り始めた。
ほぼ一日中雨は降っていた。

そして、日中の最高気温は午前中で22度。
午後になって気温が下がってきた。
16時には、19度。
20時には、16度。
そして、日付が変わる頃には14度台にまでなった。

寒い。

長袖どころか、セーターまで着込んだ。
窓も閉めた。
毛布も出した。

この急激な変化は、
南から寒冷前線がやってきたからである。

このところ以前と違って、
サンパウロの天気予報が正確になってきた。
スーパーコンピューターの新しいのを導入したためだろうか。

この気温の急激な低下も、天気予報の通りであった。

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ブラジル・サンパウロの公園 その39 Parque Guarapiranga。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している。
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による32番は、グァラピランガ公園Parque Guarapiranga。

面積:152.600m²
開園:1974年

特徴:
グァラピランガ公園Parque Guarapirangaは、ツッピー・グァラニーtupi-guarani語で「緑の湖」という意味のグァラピランガ貯水池に面している。
計画は、ブルリ・マルクス事務所escritório Burle Marx e Ciaによって、水源の保護、浸食・堆積の最小化といった機能をもたせる事を考えられた。
この公園の最大のウリは、貯水池を一望できる事である。
植生は、ユーカリと大西洋林の小さな森からなっていて、貯水池の縁まで下りていける小道が開かれている。
5月から7月までは釣りが出来る。
大白鳥や公園をねぐらとしている渡り鳥がいる。

グァラピランガ貯水池represa de Guarapirangaは、1908年にサンパウロ電気鉄道電灯電力会社"São Paulo Trainway Light and Power Co."によって、チエテ川の水量を調整するために建設された。
というのは、サンパウロ電気鉄道電灯電力会社は、サンパウロに電気を供給する最初の水力発電所を、サンタナ・ド・パルナイーバSantana do Parnaíbaに発電所を設置したからである。

現在、グァラピランガ貯水池は、大サンパウロGrande São Paulo都市圏の3分の1の水道水を供給している。

住所   :Estrada Guarapiranga, 575 - Parque Alves de Lima / Campo Limpo
電話   : (11)5514-6332
開園時間: 6h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南南西に18キロ離れた深南部にある。

主な設備は、散策路、遊び場、多目的コート、原生林、シュラスコ場。
駐車場は無い。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
※※残念な事に、Google Mapではこのグァラピランガ公園付近は、
   ほぼ完全に雲で覆われている。
   西側の住宅地は、不鮮明だが判別が可能。
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敷地は南北に長い。
東側がグァラピランガ貯水池に面している。
公園自体が、南北に長い丘になっている。
平らなところがほとんどない。
湖に出る事が出来るのは、北東端1箇所のみ。

公園の入り口から南に向かって巡回できる散策路がある。
散策路の東側はほぼ丘の尾根になっている。
歩きごたえがある。

入り口は、1箇所。
駐車場はない。

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この公園に行ってみた。

公園の入り口付近。
グァラピランガ大通りから入り口へはちょっとしたロータリーになっている。
だから、車を止める事は可能である。
いかつい中年女性が歩いていた。
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公園の入り口。
この入り口には、警備員が常駐している。
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入り口にある
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
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多目的コート。
若者達でいっぱいである。
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公園内を走る人たちへの案内。
散策路は1.5キロある。
毎日走ると、「健康には最高」と書いてある。
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公園にやってきた子供達。
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散策路。
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グァラピランガ貯水池の眺め。
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ちゃんとした展望台はない。
樹間から眺めるだけだ。
ブラジルには、展望台が本当に少ない。
車から降りて眺めるなど、
裸になって身を晒すようなものだからか。
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サンパウロ市中心部方向なのだが、
それでも見えているのは南部の外れである。
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貯水池には小島がある。
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散策路から見る湖岸。
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遊び場。
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語らう若者。
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湖岸へ向かう小道。
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湖岸。
幅は150メートルほど。
※クリックすると拡大する。
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泳ぎに来ているのか、
身体を清めに来ているのかわからない。
洗濯かもしれない。
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沖には、
監視船が常駐している。
しっかりしたものである。
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彼らに混じって、一緒に水にはいる事が出来るかな。
なんか無理。
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女の子が水着で、水に入っているのは、ほとんどいなかった。
小学生くらいがT-シャツのまま入っていた。
Spd20070206pge

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サンパウロ市の中心部から、
このグァラピランガ公園へのアプローチはむずかしくない。

ワシントン・ルイス大通りを南向し、
ピニェイロス川を渡る。

橋を渡る時には、右側車線によっておく事。
橋を渡ってすぐに、
貯水池の東岸へ向かうロベルト・ケネヂー大通りなどとの分岐点があるからである。
ここで、3方向に分岐している。
一番右側に進むこことになる。
これから先はグァラピランガ大通りとなる。
※この分岐は、初心者にはわかりにくいので、
 道路の行き先標示を見て慎重に運転されたい。


しばらくは、広い直線道路が続き、1.5キロほどで橋を渡る。
橋の左先に、グァラピランガ貯水池の堤防が見える。

橋を渡ると左側の車線に移る必要がある。
橋から700メートルほどで、左に曲がる。
曲がるところには、行き先にグァラピランガ公園という標示が出ている。
曲がった方が引き続きグァラピランガ大通りである。

曲がらないで直進すると、モジ・ミリン街道となる。
そのままどんどんと数キロほど行くと、
「今日で人生も終わりか」と思うようなところに行き着くことなるので注意が必要だ。

さて、
左に曲がってすぐは、ちょっとだけごちゃごちゃしたところであるが、
そこを抜けて、
600メートルほど行くと、左側に森がある。
そこが公園である。
一番北寄りに入り口がある。

帰路は、
基本的に同じ道を戻る事になる。

ただ、ワシントン・ルイス大通りの北行は、
ピニェイロス川を渡ったあと、
インテルラゴス大通りとの合流地点までかなり渋滞する。

それで、
ピニェイロス川を渡ったあとに、ナソンエス・ウニードス大通りに入るなり、
マルヂナル・ピニェイロスを利用するなりした方が、
中心部に戻るには時間的には早いかもしれない。
もしくは、
イビラプエラ大通りもしくはサント・アマロ大通りに出る方法もある。

一応、水色でこれらのルートを示しておいた。
Spd20070418pipc

※オレンジ色で示したところは、完全にファヴェーラ(=貧民窟)。

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この公園の東側は、グァラピランガ貯水池に面している。
貯水池の対岸は遠い。
貯水池の湖岸に沿って歩いてやって来る事は不可能である。

公園の西側を通るグァラピランガ大通りは、
この公園付近では、
商工業混在地域となっている。

中流の下程度の高層アパートが建ちつつあるようなところである。
中流の下のアパートとは、エレベーターはあるが、
窓が片開きで小さく、ベランダがないようなアパートである。

グァラピランガ大通りに面したところはもちろん通りと同じ高さなのだが、
その裏には小さな川が南北に走っている。
そして、その川の向こうはファヴェーラになっている。

ファヴェーラでなくても、低所得者層の住宅街となっている。

何らかの事情で入り込んでも、
グァラピランガ大通りから100メートル以上は離れない方がよいだろう。

なお、
グァラピランガ大通りをそのまま南進すると、
「明日があるさ」とは陽気にはなれなくなり、
ついには「人生が二度あれば」と願う事になるだろう。

基本的に、
ここより南にはファヴェーラが続いていると思われたい。

ジャルヂン・アンジェラJardim Angelaというところだ。
Spd20070418pipa

※正真正銘のファヴェーラと見なされるところは
 オレンジで着色した。
 着色していないところは、
 低所得者層の居住地と思われた方がよい。

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この公園の評価は次の通り。

この公園にやってくる人は、
ほとんどが「ちょっと色が黒い方の人」。

ただ、
この公園の入り口付近が、凶悪な雰囲気を発しているという事はない。
公園の入り口付近は、車の通りはそこそこであるが、
そこを子沢山の一家がぞろぞろと歩き回っているという事はない。
そういった人たちが歩き回る道は、川沿いの道のようだ。

公園の入り口付近には、この公園を訪れた人の車が駐車している。
平日でも10台くらいはある。
(平日は、フラネリーニャはいない。)
休日は、南に向かって駐車の列は伸びる。

平日、公園で人が多いのでは、
入り口の左側にある、多目的コートのみ。
半裸の若者でいっぱいである。

暑い日には、
湖岸へ向かう小道にも人が多く、
更に湖岸は芋の子を洗うような状態になっている。

公園の南側の散策路には人はあまりいない。
静かな雰囲気が保たれている。

高台からみるグァラピランガ貯水池もいい眺めには違いない。

この公園は、ぎりぎり「結界」を越えていない。
「結界」まで、数百メートルは十分にある。

ただ、もちろん東洋系モンゴロイドはいない。
いるはずもない。

高いところからグァラピランガ貯水池を見たいと思った時、
運試しをしたい時に、
訪れても良いかもしれない。

忘れてならない事だが、
この公園にやってくる時には、
ちょっとほつれ気味のT-シャツ、
色あせたバミューダ、
すり切れたゴム草履(アヴァイアーナのような高級品は駄目)
という身だしなみの基本中の基本を外してはならない。
Spd20061113pgpd

湖岸で水に入ってものすごくはしゃいでいる子供達をみていると、
楽しい気持ちになる。

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このグァラピランガ公園の紹介をもって
「緑の地図」にあるサンパウロ市営の32箇所の公園のすべてをとりあげたことになる。

32箇所の実地調査には、意外に日数を必要とした。

また、記事にするのも、
Google mapの加工などで、手間がかかった。

32箇所の公園を紹介するときに、
結論を述べたが、
サンパウロでそれほど長くない期間を楽しく過ごしたい方は、
イビラプエラ公園だけで満足し、
ほかの公園になにか期待をすることはない。

32箇所すべてのレポートで、
イビラプエラ公園が
どこよりも優れていることがわかったはずだ。

イビラプエラ公園にないものは、
原生林とシュラスコ場である。

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この32箇所の記事を読んで、
実際に公園を訪れるようなきっかけにしてほしくない。

特に、
日本政府およびその関係諸機関そして諸組織に
何らかの形でかかわっている方は、
くれぐれも行動は謹んでほしい。

何かあったときは、その捜索救助費用が、
日本国民の税金からの支出となることを忘れてはならない。

民間とは違うのである。

同様に、
その行動よっておきた事故や事件が、所属する会社などの組織に
多大な負担を及ぼすと思われる方も、
自ら危険を求めるようなことはしてはならないのは
いうまでもないことである。

たとえ、業務上であっても、
慎重には慎重をきすべきである。

山頂まで残りあとわずかであっても引き返すような登山家のような心構えであったほうがよい。

ブラジルで、大過なく過ごされることを、祈っている。


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サッカー・ブラジル選手権2007 その2 コリンチャンスの初戦はモルンビー競技場で。

ブラジルサッカー協会Confederação Brasileira de Futebolが、4月27日(金)の午後に、コリンチャンスCorinthiansは5月13日(日)にモルンビーMorumbi競技場でジュヴェンチューヂJuventudeとブラジル選手権の初戦を行うことを確認した。

試合は、当初はパカエンブーPacaembu競技場で予定されていた。
しかし、パカエンブー競技場ではローマ法王ベント16世Papa Bento XVI(=ベネディクト16世)のイヴェントが予定されていて、15日間は閉鎖される事になった。

しかし、4月26日(木)に行われたブラジル杯Copa do Brasilの対ナウチコNáutico戦でファンがグラウンドに侵入したという事実で、コリンチャンスTimãoはブラジル選手権での試合の主催権を失うリスクはなくなった事になった。

最高スポーツ裁判所STJDの検事パウロ・シュミッチPaulo Schmidtによると、コリンチャンスTimãoが試合の主催権を失うとしたら、来年のブラジル杯Copa do Brasilの時になるに違いないという。

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また、昨年と同様に、今年も
コリンチャンスはパカエンブー競技場をしばらく離れて、
逃亡の旅を続けるような事になるかもしれない。

何故かそういう気がする。

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sexta-feira, 27 de abril de 2007

サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その74 セルソ・ロッチ監督との話。

セルソ・ロッチCelso Roth監督とロマリオRomárioは、4月26日(木)の午後話をした。
この話し合いを認めたのは監督自身である。

ロマリオBaixinhoは火曜日に約束していた時間よりも約1時間早くやってきた。
ロマリオのプログラムについて合意するためである。
セルソ・ロッチ監督は結果に満足している事を見せた。

「話の中身は我々の事である。 全てまとまった事を保証できる。 とても良くなる。 ロマリオの状況について計画はしていた」と明言した。

性格が強い事で知られているセルソ・ロッチCelso Roth監督と気むずかしい事で有名なロマリオRomárioの関係は、最初の段階ではリスクはないようである。
セルソ・ロッチ監督によると、2人の間に問題は無いという。 ヴァスコ・ダ・ガマのために一緒にやっていく事が最も重要である。

「人の間のぶつかり合いは性格によるものではない。ロマリオは自分と同じでももう子供ではない。 ヴァスコ・ダ・ガマのために我々は助け合っていく」

セルソ・ロッチCelso Roth監督は、ロマリオRomárioがヴァスコ・ダ・ガマでプレイするのが幸せである事、クラブにやってきてチームのためにつくすことが重要であると強調した。

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セルソ・ロッチ監督のほうが、位負けしている事はないと思うが。

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ブラジル・サッカー:2007 その21 監督交代の波2。

アレシャンドレ・タデウ・ガーロAlexandre Tadeu Gallo39歳がインテルナシオナウInternacionalの新監督である。
4月26日(木)の午後、インテルナシオナウは公式に契約を発表した。
ガーロの名前は、朝、ガーロ監督がスポルチSportとの契約を解除したするあとに公式サイトにおいて確認された。

ガーロGallo監督は、良いボランチであった。
アベル・ブラーガAbel Braga監督に代わって世界チャンピオンの誇りを取り戻すためにインテルナシオナウの役員によって選ばれた。
ガーロ監督は2005年にヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgo監督に代わってサントスSantos監督になって注目された。
スポルチSportではペルナンブコ州選手権Campeonato Pernambucanoに優勝した。

以前には、ヴィラ・ノーヴァVilla Nova-MG、ポルツゲーザPortuguesa、FC東京Tokyo FCも指揮した。
ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督の補佐として、2004年にサントスでブラジル選手権campeão brasileiroの優勝を経験している。

ガーロGallo監督は4月28日(土)にポルト・アレグレPorto Alegreに到着する。
4月30日(月)に、ガーロ監督はベント・ゴンサルベスBento Gonçalvesに行き、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroを見据えたチームのトレーニングを指揮する。

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これで、今度はスポルチの監督のポストが空いた。

名前として、
エーメルソン・レオンÉmerson Leão、ヴァグネル・マンシーニWágner Mancini(現パウリスタ監督)、取りヴァウ・ジュニオール(現サン・カエターノ監督)、Dorival Júniorイヴォ・ワッチマンIvo Wortmanなどの名前が挙がっている。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その73 サン・ジャヌアリオにやってきた。

ロマリオRomárioは、4月26日(木)もサン・ジャヌアリオSão Januárioにやってきた。
しかしチームの残りの者とはトレーニングをしなかった。
ロマリオBaixinhoは筋トレ室にいって、体操やマッサージを受けた。

これとは別に、11人の正選手はグラウンドで、敵がいない戦略練習をした。
セルソ・ロッチCelso Roth監督はチームのポジショニングと動きのトレーニングをした。

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ロマリオの再登場は、1ヶ月後。
その前に、チームはアウェーでの試合がある。

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quinta-feira, 26 de abril de 2007

サッカー・リベルタドーレス杯2007 その12 グループリーグ戦終了。

サッカー・リベルダドーレス杯南米選手権の試合が今週も行われた。
グループリーグの試合が終了し、
ベスト16が出揃った。


4月24日(火)  第1日目
試合開始      試合結果                開催都市
21h15  Grêmio  1 x 0  Cerro Porteño       Porto Alegre
21h15  Tolima   3 x 4  Cúcuta           Ibagué
※グレミオはグループ1位で通過。

4月25日(水)  第2日目
試合開始      試合結果                開催都市
19h30  River Plate  1 x 0  Colo Colo       Buenos Aires
19h30  LDU      3 x 1  Caracas         Quito
21h45  São Paulo   2 x 2  Audax Italiano     São Paulo
21h45  Necaxa     2 x 0  Alianza Lima     Aguascalientes
「20070425JG-L.wmv」をダウンロード
※サンパウロFCは地元で引き分け。
 グループでは2位。

4月26日(木)  第3日目
試合開始      試合結果                開催都市
21h15  Boca Juniors  7 x 0  Bolívar        Buenos Aires
21h15  Toluca      3 x 0  Cienciano      Toluca

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ブラジル勢は、
インテルナシオナウを除く5チームが、勝ち抜き決定。
フラメンゴ、パナラ、グレミオ、サントス、サンパウロFCである。

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サッカー・ブラジル杯2007 その17 ベスト8決まる。

サッカー・ブラジル杯のベスト16の第2戦が、4月25日(水)と26日(木)に行われた。

結果は次の通り。
下線のクラブが勝ち抜き。

4月25日(水)  第1日目
試合開始      試合結果                開催都市
20h30  Figueirense   2 x 1  Gama         Florianópolis
20h30  Botafogo    3 x 3  Coritiba        Rio
21h45  Brasiliense   1 x 1  Cruzeiro       Taguatinga
21h45  Atlético-PR  2 x 0  Atlético-GO     Curitiba
21h45  Bahia       2 x 2  Fluminense      Salvador
21h45  Atlético-MG  1 x 0  Avaí          Belo Horizonte
21h45  Sport       1 x 1  Ipatinga        Recife
「20070425encimadahora-CBa.wmv」をダウンロード
「20070425encimadahora-CBb.wmv」をダウンロード

※スポルチは、PK戦で敗れた。

4月26日(木)  第2日目
試合開始      試合結果                開催都市
20h30  Corinthians   0 x 2  Náutico        São Paulo
コリンチャンスはふがいなく負けた

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サッカー・ブラジル杯2007 その16 コリンチャンス対ナウチコ戦。

4月26日(木)20時30分から、サンパウロのパカエンブー競技場で、サッカー・ブラジル杯のコリンチャンス対ナウチコの第2戦が行われる。

先週4月18日(水)にレシフェで行われた第1戦では、
2対2で引き分けだった。

サンパウロは、16時すぎから今にも雨が降りそうな天気になった。

そして、17時には雨が降り始めた。
シトシトとした雨だ。

4月25日(水)までに、入場券は23.500枚も売れていて、
かなりの観客がやってくる事が見込まれている。

そのとおり、
18時過ぎから、競技場の周辺は騒がしくなった。

19時20分、
競技場の周辺の道路は渋滞している。
競技場を取り囲んだ観客が騒がしい。

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試合に行ってきた。

(試合開始前の国歌演奏)
「20070426Futebol-CB-Corinthians-Nautico-Hino.MOV」をダウンロード

(コリンチャンスの先発と控え)
Spd20070426a
Spd20070426b
(ナウチコの先発と控え)
Spd20070426c
Spd20070426d

(興奮のファン)
「20070426Futebol-CB-Corinthians-Nautico-Fa.MOV」をダウンロード

コリンチャンスは、0対2で負けた。
Spd20070426e

ブラジル杯から敗退。
「20070426encimadahora-CB-Corinthians-Nautico.wmv」をダウンロード


ただいま、
パカエンブー競技場では、抗議活動が続いている。

一つは、
競技場内のロッカールームから、バスへの通路。
ここは狭いので、数十人。
ちょうどここにいたので囲まれた。

そして、競技場の外側のバスの出口付近。
ここは一般道なので、百人か2百人は競技場正面から走って廻ってきた。
ガヴィオンエス・ダ・フィエウの動員令が出たのだろうか。
「20070426Futebol-CB-Corinthians-Nautico-Protesto.MOV」をダウンロード

鬱憤を晴らせない者達が、拙宅の前でも何か喚きながら、車などをけっ飛ばしている。

手製爆弾が爆発している。
警察のガス弾かゴム弾かな。

しかし、最低の試合だった。
コリンチャンスは全くひどい。

有料入場者数は、約28千人。
ほとんど満員に近かった。

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スポーツニュースの実況では、

一部のものは、
さらにロッカールームへ向かって、もう一段侵入したという。

このロッカールームの前に記者会見が行われるプレスルームがあるのだが、
そのあたりまでは入った。

コリンチャンスの警備では間に合わないので、
警察が入った。

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拙宅付近は、
時折、警察の車のサイレンが聞こえるが、
やや静かになった。

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テレビの実況によると、
23時41分、
コリンチャンスの選手も監督も結局記者会見無しで、
競技場にあとにしている。

警察にガードされている。

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ブラジル・サンパウロの公園 その38 Parque Nabuco。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している。
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による31番は、ナブコ公園Parque Nabuco。

面積:31.300m²
開園:1980年

特徴:
ナブコ公園Parque Nabuco は、地域の植生を保存する目的とレクリエーションの大衆向けの施設を必要とする地区にレジャーのスペースを設けるために作られた。
今日、地域の住民にとても利用されている。 特に保育園crechesや学校escolasのグループによってである。
公園の名称は、このエリアのかつての所有者のフェルナンド・ナブコ・ヂ・アブレウFernando Nabuco de Abreuを称えて付けられた。

住所   :Rua Frederico Albuquerque, 120 - Jd Itacolomi / Cidade Ademar
電話   : (11)5562-2884
開園時間: 6h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南南西に12キロ離れた南部にある。

主な設備は、散策路、遊び場、多目的コート、原生林。
駐車場は無い。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
Spd20070418pnbb

敷地はそれほど広くない。
北側が高く原生林になっている。
そこに散策路がある。

公園の南側は平になっている。

公園の中央部にわずかに遊び場がある。
南側が多目的コートとなっている。

入り口は、2箇所。

駐車場はない。

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この公園に行ってみた。

北側の原生林内の散策路。
Spd20070111pnbb

東側の入り口に近い管理事務所。
地区住民の集会所もあり、
子供や高齢者のサークル活動が行われている。
Spd20070111pnbd

原生林側から見た遊び場。
Spd20070111pnbc

遊び場。
広くて、設置台数も多い。
Spd20070111pnbe

遊び場。
Spd20070111pnbi

お弁当持参の人までいる。
Spd20070111pnbf


サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
入り口の近くではなくて、
ジュアン・デ・ラ・クルーズ通りに沿ったところにあった。
Spd20070111pnbg

多目的コート。
Spd20070111pnbh

園内。
Spd20070111pnbj


公園の南側のジュアン・デ・ラ・クルーズ通り。
公園の付近は中央に広い緑地帯がある。
公園は、左側奥の緑。
Spd20070111pnbk

このジュアン・デ・ラ・クルーズ通りは、
ヂアデマ市に続いている。
警察の検問が絶えず実施されているところでもある。
特に、公園前で行われる事が多い。
Spd20070111pnba

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サンパウロの中心部からこの公園へのアプローチは次の通り。

5月23日大通りを南に行く、
名称は何度か変わるが
コンゴニアス空港前をすぎると、
名称はワシントン・ルイス大通りになる。

ヴェレアドール・ジュアン・ヂ・ルカ大通りに入り、あの”ヂアデマ”Diademaのほうに向かう。
つまり、モルンビー・ショッピングとは反対の方向に行く。

3キロほど道沿いに進む。
道路の中央部に広い緑地帯があるところがある。
そこにUターンが可能なところがあるので、戻る。
最初の角を右に入り、更にすぐに右にはいると、
突き当たりがナブコ公園の西側の入り口になる。

戻りは、
ヴェレアドール・ジュアン・ヂ・ルカ大通りを戻るだけである。

この地区では、
むやみにヴェレアドール・ジュアン・ヂ・ルカ大通りを離れてはならない。

道は細く、
奥は全てファヴェーラ(=貧民窟)である。
Spd20070418pnba

更に、ヂアデマ市域に進入するのも、避けられたい。
業務上では仕方がないが。

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この公園のある地区は、シダーヂ・アデマールである。

それだけで、この公園がどのような環境にあるのかが分かる。

わからない人は、自宅に籠もって、
1週間サンパウロの地理を良く頭にたたき込んだうえで、
外出を再開しなくてはならない。

ヴェレアドール・ジュアン・ヂ・ルカ大通りと、
それに続くジョアン・デ・ラ・クルーズ通りは、
大幹線通りで、両側は基本的に商工業混在地区である。

ただ、あまり大きな店はない。

そして、奥にはいると
中の下や下層の住宅街となっている。

ただその奥は、ファヴェーラが徐々に増えてくる。
※明らかにファヴェーラと判断できるところを、黄色に着色した。
 南側斜面や谷間、低地にファヴェーラは多い。
Spd20070418pnbc

この公園をすぎると、
大通り沿いは
商工業混在地区である事には変わりはないが、
見るからに質が落ちてくる。

更に、奥は全てファヴェーラになってくる。

この公園は、そういった結節点にある。

この公園の南東側はもうファヴェーラが延々と続いている。
瓦が使われた家などほとんどない事を示すように、
地表は全てグレーになっている。
家も小さいので、霞んだように見える。

この公園から4キロほどの北東部にあるのが、
サンパウロ市でもっとも南にある
超高級一戸建て住宅地区である。
ジャルヂン・マラジョアーラとかシャカラ・モンチ・アレグレとか呼ばれる地区である。
そこよりも更に高級なところがシャカラ・フローラ地区である。
都心からはなり離れているので、面積あたりの土地の価格はそれほど高くはない。
しかし、土地の面積が数千平米とか、屋敷が1千平米もというレベルなので、
手に入れようとするとそれなりの費用はかかる。
更に維持するためには、かなりの人出が必要となる。
家が緑に囲まれていることと、そして家の形までが判別できる。

ファヴェーラの住民と
このシャカラ・フローラ地区の住民では、
収入で100倍、
資産では1万倍は違うだろう。
Spd20070418pnbd

それだけ違うと
もう普通に努力していても差を縮める事は不可能である。

すぐ隣り合ったところに、それだけの格差があれば、
事件が起きるのも仕方がない事とも思える。
正当化するわけではないが。

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この公園評価は次の通り。

行く事は駄目。

この公園は、
休日はもちろん、平日も混んでいる。

ものすごい人出といっても良い。

そして、そこにいる人たちのほとんどは善良な人たちである事は言う迄もない。
しかし、この立地ならではの方々ばかりなのである。

白人もいないわけではないが、この地区の住民のような方である。

東洋人の姿は皆無に等しい。

そして、家族連れではなくて、
やや怪しげなお兄さんも多いのである。

スポーツをしている若者グループとはちょっと異質の方々である。

まるで、公園で「何かいけないもの」の取引をしているかのような雰囲気を醸し出している人たちである。

この公園の周辺には、車を止めておくところが、極めて少ない。

このあたりで、有料駐車場などあるはずもない。
仮にあっても、何とも信用しがたい。

いきおい路上駐車となるのっだが、
公園の周辺の家は、間口が狭く、その家の前に停めると車出入り口を塞ぐ事になるようなことになるところが多いので、探さなくてはならない。
ちょっと奥にはいると、ファヴェーラとおぼしきレベルになってくる。

公園の東側の入り口付近は駐車は可能だが、
ここまで車を持って来るには、車を一旦奥に回さなくてはならない。

西側の入り口付近だと、奥に入る必要はない。
ただし、何台も駐車するスペースはない。

休日であれば、
大通り沿いも路上駐車で埋まるのであるが、
大通り沿いには入り口がない。

それに公園の前では、いつも検問があって、
落ち着かない。
そのうち銃撃戦も起きるかもしれない。
公園に流れ弾が飛んでくるかもしれない。

この公園の原生林も大したものではない。
はっきり言って、この公園では落ち着けなかった。

人が近づいてくるようで、それが不気味だった。
ただ通り過ぎていっただけなのだが。

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quarta-feira, 25 de abril de 2007

サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その72 メキシコ行きを否定。

今、公式になった。
この何日か噂になっていたが、ロマリオRomárioはメキシコMéxicoのネカシャNecaxaには移籍しない。

4月25日(水)のサン・ジャヌアリオSão Januárioでのヴァスコ・ダ・ガマでのトレーニングの後で、ロマリオはヴァスコ・ダ・ガマを去る事を否定した。

「ネカシNecaxaャのトップから関心を持たれて幸せだ。 オファーについては知っている。 しかし、自分は言った事は守る。 いつも約束は果たしている」と行った。

ロマリオBaixinhoは、この機会を利用して、
1000ゴールを親善試合で決める可能性をまた新たに否定した。

新たな挑戦の日はまだ決まっていないが、5月20日の対スポルチSport戦もしくは6月3日の対フルミネンシFluminense戦になる。

「ブラジル選手権Campeonato Brasileiroのヴァスコ・ダ・ガマがリオ・デ・ジャネイロで行う最初の試合に出場できるように準備をしている。 問題がなければ、スポルチSport戦はマラカナMaracanã競技場でおこなうことになるだろう。 そうでなければ、フルミネンシとのクラシコで全く問題ない」と、ロマリオRomárioは言った。
Spd20070425a

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そういうことで、
メキシコへの移籍の話は、あっさりと消えた。

ネカシャの社長の早とちりというと失礼だが、何だったのだろう。

もともと、移籍はむずかしいと思われていた。
ロマリオは、この1年間にすでに3クラブでプレイしているからだ。

1000ゴールは、あと1ヵ月は待たなくてはならない。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その71 メキシコ行きは不透明。

ロマリオRomárioはネカシャNecaxaに行かない。
ロマリオに近い情報源によると、ロマリオはオファーを聞くためにメキシコMéxicoに行く事を否定した。

ロマリオRomárioがヴァスコ・ダ・ガマに残留するという証拠は、サン・ジャヌアリオSão Januárioでトレーニングをするために現れた事である。
ロマリオは15時40分過ぎに他の同僚達とグラウンドに出た。
監督のセルソ・ロッチCelso Rothとちょっとだけ話をした。
手をちょっと握りあって、話をした。
その後で、ロマリオはグラウンドを周回し、体操をした。

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メキシコ行きのニュースは、早くも不透明になってきた。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その70 メキシコのネカシャへ移籍の噂。

4月25日(水)の朝、突如、ロマリオの移籍の報道が起きた。

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ネカシャが、ロマリオBaixinhoとの契約を実質的に認めた。

ネカシャの公式サイトによると、ロマリオRomárioは移籍の詳細について合意するために4月26日(木)にメキシコMéxicoにやってくるという。

「ロマリオRomárioは最後の細かいところを詰めに木曜日にカンクンCancúnに到着する。 細かいところをはっきりする事が残っているだけだ。 しかし彼がやってくるのは事実である。 交渉は80%以上進展している」と、ネカシャの社長ハヴィエル・ペレス・テウフェールJavier Pérez Teufferは公式サイトで明言した。

ネカシャの情報によると、ロマリオRomárioは2007年のリベルタドーレス杯のトーナメント戦でプレイする事になるという。

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ネカシャは現在グループリーグ戦を戦っている。

サンパウロFCと同組で、
4月25日(水)の試合結果によって勝ち抜きが決まる。

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ネカシャはグループ1位で勝ち抜きが決定した。

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ブラジル・サンパウロの公園 その37 Parque Santo Dias。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による30番は、サント・ヂアス公園Parque Santo Dias。

面積:134.000m²
開園:1986年

サント・ヂアス公園のエリアは、アドヴェンチスタ財団Instituto Adventistaの歴史ある農場であった。
※※アドヴェンチスタは、キリスト教の一派。

ブラジル各地から若者がやってきた1915年に出来た学校があった。
そのエリアは、アドヴェンチスタ共同住宅Conjunto Habitacional Adventista、アドヴェンチスタ校Colégio Adventista、スーペルボン工業Indústria Superbomを含んでいた。
公園の名称は、労働者のストライキの中で1979年になくなったこの地区カッパン・レドンドCapão Redondoの住民の1人を称えるものである。

住所:Estrada de Itapecerica, altura do n° 4.800 - Capão Redondo
電話: (11)5511-9356
開園時間: 7h-19h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南西に19キロ離れた深南部にある。

主な設備は、散策路、、遊び場、多目的コート、原生林。
駐車場は無い。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
Spd20070418psdc

敷地は広い。
西側を頂点とした山になっている。

ほとんどが森になっている。
森には、小道や散策路以外には入り込む事は出来ない。

公園の東側は急斜面である。
東端には南北に川が流れている。
川の東側の施設は、地下鉄の車両基地である。

公園の中央部にわずかに森が開けたところがあり、そこが遊び場や多目的コートとなっている。

入り口は、2箇所。

駐車場はない。

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この公園に行ってみた。

公園の南側の入り口。
Spd20070116psdu

入り口を入ったところ。
Spd20070116psdd

入り口からちょっと行ったところにある管理事務所。
地区の集会所にもなっていて、サークル活動が行われている。
子供や高齢者向けのものが多い。
Spd20070116psdt

南側の入り口から北側の入り口へ続く散策路。
この道はほぼ等高線に沿っていて、起伏は少ない。
この道の東側は急斜面になっていって、立ち入りは不可能。
反対側には、多目的コートへ短絡するいくつかの小道がある。
Spd20070116psde

この散策路は、車が離合する事が出来ない幅である。
おまけに非舗装。
本来は車の立ち入りは出来ないのだが、警察車両なのでできる。
Spd20070116psdf

遊び場や多目的コートがある広場。
芝生も整備されている。
Spd20070116psdg

木の下で語らいも出来る。
Spd20070116psdh

広場へ続く小道。
Spd20070116psdi

多目的コートへ続く散策路。
多目的コート付近には、警察がほとんど常駐している。
Spd20070116psdj

遊び場。
Spd20070116psdr

多目的コート。
Spd20070116psds

北側の入り口へ続く散策路。
明るいところが、北側入り口になる
Spd20070116psdk

運動器具。
木製である。
右側の低いバーは、
バーの上に片足を乗せて、ストレッチをするためにある。
Spd20070116psdl

北側入り口付近。
この道はこの入り口で行き止まりになっている。
路上駐車は可能である。
20年もののフォードのエスコルチと、
16年もののVWのゴルが駐車している。
Spd20070116psdm

北側の入り口内にあった
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
南側の入り口にはこの表示板はなかった。
Spd20070116psdn

北側の入り口の外で営業しているバール。
正規に営業しているのかどうかは分からない。
Spd20070116psdo

北側の入り口付近の共同住宅街。
車庫が連なっている。
Spd20070116psdp

北側の入り口。
Spd20070116psdq

南側の入り口付近の住宅地。
この街区は、
細いながらも歩道がある事で、ファヴェーラではない事が明白である。
Spd20070116psdb

30年もののVWのバンデランチが死んでいる。
Spd20070116psdc

12年もののGMのカデットが車庫に入っている。
Spd20070116psda

公園西側の風景。
色々とはぎ取られて風通しの良さそうな車が止まっている。
Spd20070116psdv

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この公園の入り口を見つけるのには、
ちょっと苦労した。

精神的に、かなり疲労困憊した。

サンパウロ市の中心部から、この公園の近くまで来るのはそれほどむずかしくはない。

サント・アマロ大通りを進み、ピニェイロス川を渡る。
そして、イタペセリカ街道を行く事になる。
Spd20070418psdb

地下鉄第5線(まだ6駅しかない)の終点の
カッパン・レドンド駅(高架駅)をすぎたところで、
イタペセリカ街道は右に曲がり、高架の下をくぐり、坂を登っていく。

坂を上り、
最初の信号を左折する。

そして、下り坂になるのだが、
最初に右折できるところで、右折し、
道なりに進む。
※絶対に、左折しないこと。
 左の方も見ない方がよい。

周辺は、5階建ての集合住宅街になっている。

この道を道なりに、慎重に進んでいくと、
谷を挟んだ反対側の
公園の北側の入り口に到達する。
図示した道以外に、この北側入り口に到達する方法はない。

もう一つの南側の入り口に到達するには、
右に曲がるイタペセリカ街道に向かわずに直進する。
道の名前は、エリス・マアス大通りに変わる。
エリス・マアス大通りになってすぐに、右手には地下鉄の車両基地がある。
とにかくエリス・マアス大通りをはずれずに進んでいくと、
徐々に右にカーブしていく、
右手に森が見えてくる。
この森が途切れたところにある、細い道を入り、ちょっとだけ登ると、
そこに入り口がある。

戻りは、来た道を戻るのがとにかく鉄則である。

決して適当に行ってはならない。
 ※※赤く着色した部分は完全にファヴェーラである。
Spd20070418psda

とにかく大きな道を利用する事である。

ただ、水色で示した道は使える。

何かの時には覚えておいた方がよい。
たとえば、
北側の入り口に行ってみたが、ちょっと不穏な空気が流れているようなので、
南側の入り口に行ってみようかと思った時とか、
南側の入り口はあまりに禍々しいので、
北側だったらどうだろうかと思った時に利用できる。

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この公園は、カッパン・レドンド地区にある。

それだけで、この公園の周辺環境を語るには十分なはずである。

地区名を聞いて何も感じない人は、
サンパウロでは素人もいいところである。

安全のために、当分ご自宅から出ない方がよいだろう。

サンパウロ市の中心部から、これだけ外れると
周囲は全てファヴェーラ(=貧民窟)であるといっても言い過ぎではない。
 ※※明らかにファヴェーラの部分を薄黄色で着色した。
    ほぼ全域がファヴェーラも同然である。

Spd20070418psdd

瓦屋根であれば、
衛星写真ではオレンジ色に見えるのだが、
このあたりは全てグレーになる。
そして、
家が小さく密集しているので、
輪郭がはっきりしない。

そして、街路樹はない。

起伏も激しくなり、
幹線道路といえども曲がりくねってくる。
非常に分かりづらいところである。

走っている車は、20年以上ものばかりになってくる。

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なお、
このカッパン・レドンド地区に、
日本人学校がある。

※※何でも関係者間では、
   この学校の場所を示すような記事や写真を
   掲載してはいけないという不文律があるらしい。
   良家の御子女がお通いになっているので、
   何かあってはいけないという事らしい。
   
   分かる気もするが、
   でも知っている人は知っているし、
   近隣の住民はもう知らない方がおかしい。

   30年近くその場所にあるのである。
   
   ともかくも、
   そういう事らしいので、
   具体的な情報は差し控えておく。 
 
このサント・ヂアス公園に匹敵する広大な敷地である。

この敷地を手に入れた頃は、
周囲はまだほとんど宅地化していなかったはずである。

でも、そのころにファヴェーラ化するとは予想が付かなかったのだろうか。
サンパウロの都市計画のなかで、
土地の用途指定は非常に厳しく制限されている。

その当時の、この地区の用途指定地図をみれば、
このようになると想像できたはずである。

今から20数年前が、
生徒数が一番多い時で800人を超えていた。
今はわずか170人程度。

広い敷地や建物が遊んでいる。

さらに、
途中の交通事情の悪化で、
生徒の居住地区からは片道1時間弱もかかるようになった。

人ごとながら、毎日ご苦労な事だと思う。

もうこのさき生徒が増えるようなこともないだろうから、
そろそろ中心部に近いところに移転も考えればいいだろうと思う。
170人程度の生徒数であれば、何とか見つかるはずである。
体育の授業の時だけでも、あそこに行けばと思う。

あの敷地は、
このところ拡大の一途を遂げている大学産業に売却するなり、
貸すなりできるのではないかと思う。

色々と問題はあって、
簡単には行かないのだろうが、
生徒の時間と安全を第一に考えれば、
何が必要なのかはすぐに分かるはずである。

それにしても、
何故あのような遠いところに日本人学校を設置する事になったのだろう。

他の欧米各国の学校は、より近くて、何よりも治安の良いところにある。
高級住宅街の真ん中に広大な敷地を持っているところもある。

それと、日本人学校は
どういう訳か知らないが、
たぶん日本人の子弟しか受け入れていないはずだ。
他の国際学校と違って、閉鎖的なところだ。

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この公園についての評価。

肝試しでも、おやめください。

この公園は、大きな道に面していない。
入り口付近の道は狭く、
且つ人通りもない。

公園内に入っても、ほとんどが原生林である。
どこに何が、誰が潜んでいるか分からない。

公園内には、この公園だけしか無いというものはない。
他の公園で、十分これ以上のものがある。

南側の入り口付近は、
住宅街である。
ファヴェーラではない。

このあたりでは、
むしろ良い方の住宅街だろう。

それでも、
普通なら近づかないようなレベルの住宅地である。

南側の入り口付近の道は狭い。
しかし、路上駐車は出来る。

だが、ここに路上駐車したままで、
長時間車を離れるのは、
勇気が要る。
そんなところだ。

南側の公園入口を入ったところに警備員が常駐しているが、
いくら公園の利用者の車といえども、
路上駐車の車を守ってくれる事は絶対にない。
彼の仕事場所は、
あくまでも公園の中なのだ。

北側の入り口付近の道路は、
南側の入り口付近の道路よりも広い。
ここは集合住宅街の外れで、路上駐車は十二分に可能である。

可能なのだが、
ここに路上駐車をしたままで、
長時間離れるのはとても勇気が要る。

北側の入り口には、警備員は常駐していない。

北側の入り口の外に、
一件の店がある。
そこで、カフェでも飲んで、
店の人のご機嫌をとって、
車を見ていてと頼んでも、当てにはならない事は言うまでもない。
店に来て、ビリヤードをやっている人たちが
すでに怪しい。

この公園に来ている人は、
もちろん付近の住民である。
車で来るような人は想定していない。

年中、シネーロ(=ゴムサンダル)を履いているような人ばかりだ。

何度も繰り返すが、
貧しいから、ファヴェーラに住んでいるからということが、
人間の価値をそのまま表す事は決してない。
そういった先入観は持ち合わせていないつもりだ。

それに、公園にやってくる人は、
安らぎを求めてやって来る人たちである。

このサント・ヂアス公園の実地調査の時に、
公園内でも、周辺でも、危険どころか不愉快な思いはしていない。
いい出会いや、語らいもあった。

だが、現実の問題として、
そういう地域には危険な人や組織が蔓延っているのも事実である。
あえて近づく事もないはずである。

実際のところ、
白人はほぼいない。
言うまでもなく、モンゴロイドなど存在するわけもない。

完全に浮き上がった存在になる。

この公園に来た、おそらく最初で、そして最後の日本人は、自分でありたい。

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サッカー・ブラジル杯2007 その16 19,600枚がすでに販売済。

4月26日(木)20時30分から、パカエンブーPacaembu競技場で行われる、ブラジル杯Copa do BrasilのコリンチャンスCorinthians対ナウチコNáutico戦は、万人になると予想される。

4月24日(火)は5,700枚が販売され、累計で19,600枚になった。

先週4月18日(水)にレシフェで行われた第1戦では、コリンチャンスは2対2で引き分けた。
ベスト8になるためには、コリンチャンスTimãoはとにかく勝つか、0対0もしくは1対1で引き分ければ勝ち抜きとなる。

すでに、アーキバンカーダ(*パカエンブー競技場の北側ゴール裏)は売り切れた。
そのほかのチケットは引き続き販売されている。

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この試合のチケットは、すでに4月23日(月)に仕入れた。
時間が良かったのかそれほど列は出来なかった。
ただ、その後にずぶ濡れになった。
ひどい夕立が降ったのだ。

サンパウロ州選手権の第17節の対セルタンジーニョ戦
第18節の対アメリカ戦は、
ともに有料入場者数が2千人台とひどいものだったが、
それはもう済んだ事のようだ。

ガヴィオンエス・ダ・フィエウの皆さんも機嫌を直して、
動員をかけているのだろう。

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terça-feira, 24 de abril de 2007

ブラジル・サッカー:2007 その20 フルミネンシは浦和レッズのワシントンと交渉。

新監督の契約の仕事もしながら、フルミネンシFluminense の役員はチームを指揮するFWを探し続けている。
お目当てのワシントンWashingtonと引っぱってくる交渉は始まっていて、上手く進んでいる。
この件について関わっているものによると、結論は金曜日には出るだろうという。

フルミネンシFluminenseでプレイする事は、日本Japãoの浦和レッズUrawa Redsを離れてブラジルBrasilに戻りたいという望みがあるからである。
ワシントンWashingtonの代理人のジウマール・リナルディーGilmar Rinaldiは、他にもオファーがあるといったが、フルミネンシFluminenseは合意するには近いと言った。

「待っている。 彼は関心を持っている。 フルミネンシWashingtonはブラジルBrasilの大クラブの一つである。 まだもっと話し合う事がある。 ワシントンは日本Japãoでとても良い。 しかし、ブラジルBrasilを懐かしがっている」と言った。

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フルミネンシは、確かに大クラブだが、
給与遅配の常習クラブである。

他のクラブにしたほうが、
あとあとのことを考えるとそう思う。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その69 2週間ぶりにチームに戻る。

サン・ジャヌアリオSão Januárioから2週間離れていたあと、ロマリオRomárioは4月24日(火)の午後ヴァスコ・ダ・ガマに現れた。
ロマリオはグラウンドに戻り、ヴァスコ・ダ・ガマの職員に挨拶をした。

ロマリオRomárioはヴァスコ・ダ・ガマの競技場に最後にいたのは、リオ杯Taça Rioの準決勝戦の前日であった。
ヴァスコ・ダ・ガマが敗退した事と1000ゴールを達成できなかった事で頭を冷やすために、ロマリオはマイアミMiamiで何日か過ごした。

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マスコミとは全く話すことなく、すぐに帰った。

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ブラジル・サッカー:2007 その19 監督交代の波。

ブラジルの2007年のサッカー・シーズンの最初に行われる州別選手権ももう各州の決勝戦を残すところになってきた。
更に、続いて行われているブラジル杯もベスト16戦になっている。
リベルタドーレス杯南米選手権も、グループリーグを勝ち抜いたクラブと敗退したクラブが出揃ってきた。

これらの選手権ですでに敗退しているクラブは、
5月13日からの、
ブラジル選手権の開幕に焦点を合わせて、トレーニングを続けている。

シーズンが始まって4ヵ月。
監督の更迭ラッシュとなってきた。

すでに、
コリンチャンスはエーメルソン・レオン監督が解任されて、
パウロ・セーザル・カルペジアーニ監督が就任している。
4月26日(木)パカエンブー競技場で行われるブラジル杯の対ナウチコ戦がデビューとなる。

ヴァスコ・ダ・ガマは
レナット・ガウーショ監督が1年9ヵ月という長い在任期間の果てに、解任された。
後任はセルソ・ロッチになった。

同じくリオ・デ・ジャネイロのフルミネンシのジョエル・サンタナ監督は、
在任2ヵ月で正式には4月22日(日)に解任された。
その後任として、
ヴァスコ・ダ・ガマの監督を解任されて間もないレナット・ガウーショ監督の就任が
4月24日(火)に発表された。
レナット・ガウーショ監督のフルミネンシの監督就任は4回目になるはずである。
元々は、グレミオ出身のレナット・ガウーショ監督は、
フルミネンシでもプレイした。
フルミネンシは、過去16ヵ月に7人の監督を消費している。

監督名           試合数 勝 分 敗  勝ち点率 
Ivo Wortmann        6     2  2  2   44%
Paulo Campos        5     2  2  1   53,3%
Oswaldo de Oliveira    2    10  6  5   57%
Josué Teixeira       7     4  1  2   61,9%
Antônio Lopes       10    1  5  4   26,6%
Paulo César Gusmão   17    3  6  8   29,4%
Joel Santana        10    5  1  4   53,3%


そして、4月24日(火)に、
インテルナシオナウInternacionalのアベル・ブラガAbel Braga監督が退任と、
クラブが発表した。
昨年リベルタドーレス杯南米選手権に優勝し、
更に12月に日本で世界クラブ選手権Mundial Interclubesに優勝した
インテルナシオナウだが、
その後の
リオ・グランヂ・ド・スル州選手権Campeonato Gaúchoと
リベルタドーレス杯南米選手権Taça Libertadoresは
全くの不振。
更迭も時間の問題であった。

とりあえず更迭ではなく、
海外のクラブから、
断り切れないオファーがあったという理由になっている。
Spd20070424a

後任には、
アツレチコ・パラナエンシAtlético-PRのヴァダンVadão監督、
スポルチSportのアレシャンドレ・ガーロAlexandre Gallo監督、
ゴイアスGoiásのジェニーニョGeninho監督、
カボフリエンシCabofrienseのヴァルデマール・レモスWaldemar Lemos監督
などの名前が挙がっている。

ヴァルデマール・レモス監督は、
現鹿島アントラーズ監督のオズワルド・ヂ・オリヴェイラ監督の実弟である。

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ブラジル・サンパウロの公園 その36 Parque Burle Marx。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による29番は、ブルリ・マルクス公園Parque Burle Marx。

面積:138.270m²
開園:1995年

公園の景観計画はブルリ・マルクスBurle Marxによってなされた。
公園内に点在する彫刻も彼によるものである。

住所   : Av. Dona Helena Pereira de Morais, 200 - Morumbi
電話   : (11)3746-7631
開園時間:7h-19h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南西に13.5キロ離れた南部にある。

主な設備は、散策路、池、原生林。
駐車場が設置されている。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
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敷地は広い。
東側はピニェイロス川沿いである。
マージナル・ピニェイロスの南行沿いなので、道路に近いところは騒音が大きい。
西側はやや高台になっている。

入り口は、2箇所。

公園の背後は、近年形成されている高層超高級アパート群。
今も、あらたなアパートの建設が続いている。
ただ、そのあたりを住民が歩く事が出来るような環境ではない。

駐車場は、川側にある。
2百台以上は駐車が可能な広さがある。

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この公園に行ってみた。

駐車場側の入り口にある
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
Spd20061110pbmc

この公園のスポンサー企業。
このような標示があった公園は、ここだけである。
Spd20061110pbma

この公園での注意条項。
他の公園では考えられないくらい厳しい。
ポルトガル語を理解される方は読んで欲しい。
(クリックすると拡大する。)
Spd20061110pbmb

公園の中心は広い芝生広場である。
(クリックすると拡大する。)
この広場の隅には、休日にだけ開業する売店がある。
Spd20061110pbmd

公園の地図。
こういった地図があった公園は少なかった。
Spd20061110pbme

芝生広場。
Spd20061110pbmf

芝生広場から南側の入り口に続く通路。
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公園の敷地内のではないのだが、
敷地のほぼ中心あたりになるところにある建物。
未完成で放置されたままの建物。
ホテルになる予定だったという。
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公園の上段は、庭園が整備されている。
色々な花でいっぱいである。
Spd20061110pbmi

カリフォルニアを思わせる光景だ。
背後の高層アパートに取り囲まれているようなところがやや難か。
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公園の管理事務所。
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散策路内の池の一つ。
珍しく水が透き通っていた。
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密林感に満ちている。
Spd20061110pbmm

原生林内は気温が下がり、湿度が上がる。
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奇妙な実?がなっている樹木。
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こういった木を眺めているだけでも、時間が過ぎた。
Spd20061110pbmq

大型のキツツキを発見した。
頭がやや黄色。
原生林内はかなり暗いので、明るいレンズのカメラが必須。
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奥に入るにつれて、ますます秘境感いっぱい。
Spd20061110pbms

人の背丈の何倍も高いシダもそこら中にある。
Spd20061110pbmt

散策路のほとんどは、それほど傾斜はきつくない。
一部に、山岳コースのようなところもある。
革靴やサンダルは不向き。
Spd20061110pbmu

黒い小鳥を発見。
この鳥の鳴き声はいい。
Spd20061110pbmv

公園の北東部にある一番大きな池。
Spd20061110pbmw

この公園の散策路を歩くたちへの健康上の注意標示。
ポルトガル語を理解する人は読んで欲しい。
(クリックすると拡大する。)
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池の縁で過ごす人たち。
Spd20061110pbmy

またまた公園の敷地の中にある廃墟。
草や木で朽ち果てつつあった。
何故このようなものが残されているのか不明。
いわれもないも無い。
Spd20061110pbmz

公園の背後に立ち並ぶ超高層アパート群。
Spd20061110pbmza

公園の南側の入り口の外に設置されている公園名称表示板。
この先を右に曲がると、モルンビー墓地に至る。
Spd20061110pbmzb

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この公園は、隔離されたような場所にある。

東側は、ピニェイロス川に面している。
川沿いにマルヂナル・ピニェイロスが走っている。
このあたりは橋がないので、対岸から来る事は不可能である。

この公園の背後は、起伏の激しい山になっている。
以前は山だった。
20年前には、モルンビー墓地だけがあった。
それも今の規模の半分だった。

都市化の進展で、このあたりも開発が進んできているのだが、
都心部に比べて、
はるかに敷地が広い、且つ警備が厳重なアパート群が立ち並んできている。
ただ、アパート街といった感じではない。
まとまりがないのである。

それぞれの敷地が広く、
また住民は車での移動しかしないので、人気がないのである。

ここは、広義のモルンビー地区の南部になる。
正式にはヴィラ・アンドラーヂという地区である。
Spd20070418pbma

このあたりになると、ファヴェーラ(=貧民窟)が主に低地に散在してくる。
この公園のは背後に規模がそれほど大きくないものがある。
※ファヴェーラは赤で着色した。

モルンビー墓地の北側には、
サンパウロ市で2番目に広いファヴェーラのパライゾーポリスがある。

この公園は隔離されているような立地なので、周辺についてはあまり気にする事はないかもしれない。

ただ、公園の背後は車の通りもそれほど多くない。
信号待ちでは、良く周囲に気を付けられる事をお勧めする。

公園内は、もちろん警備員がいる。
数人が周回している。

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サンパウロの中心部から、
このブルリ・マクス公園にアプローチするには、マルヂナル・ピニェイロスの南行を使うのが一般的である。
ハイパーマーケットのEXTRAのモルンビー店をすぎたところで右側車線により、
モルンビー墓地への入り口に続く道を入る。
まだ曲がっている途中に公園駐車場への進入路がある。
十分にスピードを落として、後続車に分からせる必要がある。
公園駐車場の料金所までは100メートルほど非舗装の道が続く。

この公園の背後からのアプローチ方法もあるのだが、
中心部からのアプローチには一般的では無いので説明は省く。

帰路は、いくつかのルートがある。
もっとも単純なのは、駐車場を出て、
またマルヂナル・ピニェイロスの南行に合流する事だろう。
この合流地点はしばらく側道を進んだあとに合流となるのだが、
有名な事故多発地点である。
マルヂナル・ピニェイロスを飛ばして、右に寄ってくる車に、十分に注意されたい。
マルヂナル・ピニェイロスを南に行き、
ジョアン・ヂアスの橋の下をくぐり、
ぐるりとまわりジョアン・ヂアス大通りをサンパウロの中心部方向に進むのである。
ジョアン・ヂアス大通りは、しばらく進むとサント・アマロ大通りと名前を変える。
もしくは、ジョアン・ヂアスの橋を渡ったあとに、右折して、
マルヂナル・ピニェイロスの北行に入る方法もある。

マルヂナル・ピニェイロスをこのように廻るのは何キロか遠回りになるが、
単純な方法である。

もっと短く済ませるには、
公園の駐車場を出て、
右に進み、更に公園の南側の入り口をすぎたところで、
モルンビー墓地のほうに進むのである。
そして、モルンビー墓地の入り口の手前150メートルほどの右に入り、
マリオ・ワタナベ通りを道なりに進む。
間違っても、モルンビー墓地の先にずっと進んでは行けない。
地獄の1丁目がすぐそこにある。

右に入ったあとは、周囲は新興のアパートが立っている。
下り坂なのだが、
しばらく行くと、EXTRAのモルンビー店の裏側の入り口に出る。
この道とマルヂナル・ピニェイロスの南行をつなぐのに、
このEXTRAのモルンビー店の駐車場を通っていくという方法はかなり上級者コースである。
そういう意味で利用価値のある駐車場である。
この裏口付近は、警備の厳重な住宅街とアパート街。

そこを通り過ぎ、ずっと道なりに行く、
500メートルほどで、
超有名高級私立校のピオ12世校が右側にある。
選挙の投票日に、著名人が投票に行く事が多く、良く中継されるところである。
このあたりは、高級住宅街になるはずだったのだろうが、なりきれなかったところで、やや寂れている。
車のとおりはそこそこある。

やや登ったところでモルンビー大通りに出る。

モルンビー大通りを左折するのも、右折するのも自由である。
どちらもサンパウロ中心部に向かう事が出来る。
Spd20070418pbmc

--------------------------------
この公園の評価は、次の通り。

この公園はお勧め。

この公園は、有料駐車場がある事で、
来園者を事実上絞り込んでいる。
つまり、低所得者を排除しているわけである。

このあたりなので、駐車場料金としてはサンパウロ中心部に比べればまったく高くはない。
しかし、本来ならばこのあたりであれば、有料駐車場など営業的には成り立たないようなところである。
それなのにあえて徴収する事で、その駐車料が不当だと感じる人を排除しているわけである。

サンパウロでは、
わずか1レアルの入場料を徴収するだけでも、
客層が全然異なる事が多い。
これもそういった例の一つである。

また、この公園には、
運動施設や遊び場がない。
運動施設(サッカー場や多目的コート)には、
だいたいの公園では10代後半の若者が集まる。
こういった運動施設が、その公園で一番人を集めるところなのである。
そして、その若者はどちらかというと低所得者層に、
位置づけられるような家庭の出身者である。

それがない事で、喧噪がない。

この公園に来る人たちは、
芝生広場で座って談話をしたり、
花壇や散策路を巡るしかないのである。
運動といえばジョッギングだけは出来る。

そうなると、
この公園から500メートルほど離れたところにある
ファヴェーラの住民にとっては居心地の悪い公園だとも言えるのである。
子沢山の彼らにとっては、
ブランコやシーソーのある子供の遊び場が必要なのだが、
それがない事で子供にとってこの公園は魅力がないのである。

そういった事もあって、
この公園の訪れる人は、
ほとんどが車でやって来る。
それも、白人の中流以上がとても多い。

ゆっくりと時を過ごす人たちだ。

さらに、
サンパウロ市営公園のいくつかには
原生林の中を巡る散策路がある公園があるが、
その中でもこの公園のものが一番秘境感があって良かった。
距離も結構長い。

あのイビラプエラ公園にないもののひとつが、
秘境感のある原生林である。

都心では、
樹木や鳥をゆっくりと眺める事は出来ないが、
ここではそれが可能である。

空気もこの辺まで来ると、
中心部よりはずっとマシだ。

マルヂナル・ピニェイロス寄りは、自動車の騒音がするので、そこはちょっと興ざめだが、
西側ではそれも気にする事はない。

休日は、一日に2千-3千人がやって来るというので、
多少はごったかえす。

32箇所のサンパウロ市営公園のなかで、
イビラプエラ公園の次にお勧めである。
比較的広いので、
何度か来る価値はある。

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segunda-feira, 23 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの公園 その35 Parque Severo Gomes。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による28番は、セヴェーロ・ゴメス公園Parque Severo Gomes。

面積:34.900m²
開園:1989年

セヴェーロ・ゴメスはSevero Gomes1964年軍政に最初は同調していたが、その後は再民主化のために働いた政治家。
今日、セヴェーロ・ゴメス公園となっている土地は、1970年代にヴィラ・エルヴィラVila Elviraとグランジャ・ジュリエッタGranja Julietaの2つの農場の宅地化の際に交流の中心として開かれていたのものを緑地として再生化したものである。

住所   :Rua Pires de Oliveira, 356 - Chácar Sto Atnônio / Granja Julieta / Stanto Amaro
電話   :(11)5687-4994
開園時間: 7h-20h(h de verão)
サンパウロ市の中心部セントロから直線で南南西に13.5キロ離れた南部にある。

主な設備は、遊び場、散策路。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
Spd20070418psgc

敷地はかなり狭く、細長い公園である。
敷地は3つの別れている。
一番西側の部分には立ち入る事が出来ない。
残り2つの部分は、一般道も敷地化しているので、一つにまとまったように見える。
このセヴェーロ・ゴメス公園も、敷地は川の源流域である。
東南から北西に向かって流れていたが、公園の南部のほうは暗渠化している。

入り口は、3箇所。

公園の周囲は、一戸建て住宅専用街。
高級である。
プールがある家も散見される。
また、公園の西側のサント・アマロ馬術クラブに接した住宅街は「塀で囲まれた」住宅街である。

駐車場はない。
しかし、住宅地のなので、いくらでも路上駐車は十分に可能である。

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この公園に行ってみた。

サンパウロ市営公園に共通なデザインによる公園名称表示板。
Spd20070110psga

一般の道路を、公園の敷地内に取り込んでしまっている。
公園の最も細い部分。
幅は30メートルほどしかない。
Spd20070110psgb

公園の南端部分が遊び場になっている。
Spd20070110psgc

散策路。
左側に川が現れる。
Spd20070110psgd

川沿いを歩く。
川には下りる事は出来ない。
散策路は、完全に整備されているとは言い難い。
北西側は未整備である。
Spd20070110psge

公園内の一般道から、周囲の住宅地をみてみた。
Spd20070110psgf

周囲の住宅地。
高級住宅街らしく人通りはない。
Spd20070110psgg

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サンパウロの中心部から、この公園へのアプローチは次の通り。

イビラプエラ大通りもしくはサント・アマロ大通りをサント・アマロに向かって、南下する。
イビラプエラ大通りは、アルト・ダ・ボア・ヴィスタ付近で南行車線はなくなり、
サント・アマロ大通りにはいることを余儀なくされる。

一方通行になっている部分のサント・アマロ大通りの右側を走る。
右折し、バロン・ヂ・コテジッピ通りにはいる。
道なりに進むと公園に至る。
公園の周囲はどこでも駐車可能。
南側の入り口周辺に駐車するのがよいと思う。

帰路はちょっとだけ入り組んでいる。

公園からどの道を通っても良いのだが、
サント・アマロ大通りに出るには、
かならずマヌエル・ペヘイラ・ギマランエス通りに限る。
ここを出ないと、左折して、サンパウロ中心部方向に進む事が出来ないのである。

サント・アマロ大通りにはいると、すぐに一旦右折し、
アドフロ・ピニェイロ大通りに入る必要がある。
サンパウロ中心部方向にむかっての一方通行となっている。

しばらく行くと、サント・アマロ大通りとイビラプエラ大通り方向への分岐点がある。
好きな方に進めばよい。
Spd20070418psga

※地図上で黄色に着色した地区は、シャカラ・フローラ地区。
 地区を南北に縦断する一本の道を除いては、
 この地区の道には入る事はできない。

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この公園の周囲は、一般的にはグランジャ・ジュリエッタとして知られている高級一戸建て住宅街である。
サント・アマロ大通り沿いでは、市内最南部の高級住宅街である。
インテルラゴス・レース場とグァラピランガ湖に挟まれた高級住宅街の次に南に位置している高級一戸建て住宅街である。

この住宅街をすぎて、サント・アマロ大通りを進むと、
サント・アマロの工業地区になる。
また、雑然とした商工業混在地区がある。
また、南部での庶民向けの商業集積地の5月13日広場がある。

そして、ピニェイロス川を渡るとあとはファヴェーラ(=貧民窟)が延々と連なっていると言っても過言ではない。

一般的に、サンパウロ市南部の高級一戸建て住宅街および高級アパート街は、それほど安全ではないと言われている。
※東部には高級住宅街と呼ぶに相応しいところはない。
 中心部、西部、南部にある。

それというのも、
単純な話だが、
ファヴェーラが近いからだという。

わざわざサンパウロ中心部にまで出かけて行かなくても、近場の高級住宅街で済ませたいということである。
モエマ、ブルックリン、カンポ・ベロと南に下がるほど危ないと、不動産業者が言っていた。

Spd20070418psgb

このセヴェーロ・ゴメス公園の周囲の赤く着色したところが、一般的にグランジャ・ジュリエッタと呼ばれる高級住宅街。

サント・アマロ大通りを隔てた東側にある赤く着色した部分はアルト・ダ・ボア・ヴィスタというさらなる高級住宅街。
最高級住宅街と言ってよい。
1000平米を超えるような広大な敷地を持つ家が多い。
このあたりが開発された事は、ただのような価格だったはずだ。

更に、そのアルト・ダ・ボア・ヴィスタ地区の東に接している黄色に着色した地区はシャカラ・フローラ地区。
敷地は更に広い数千平米以上の屋敷が並ぶところである。
この地区への立ち入りは幾つかのゲートでチェックを受け、許可が確認されなければならない。
森のような地区である。
この地区が開発されたころは、まだサンパウロ市街地とはつながっていなかった。

20年前でも、カンポ・ベロあたりはまだ森のようなところで、アパートなどなかった。
モエマもほとんど中流の住宅地であった。
アパートもわずかだった。

この公園の南側に、薄緑で着色した地区が、サント・アマロの商工業混在地区である。
このあたりからはもう雑然とした雰囲気がいっぱいになってくる。
むやみに脇道には入らない方がよい。

住宅も、中流の下といったところである。

公園の北西側にある薄紫で囲んだ地区は、新興業務地区である。
欧米系の多国籍企業のブラジル本社などが多いところである。

ピニェイロス川に沿ったフランス系のハイパーマーケットのカヘフールCarrefourは、ブラジルで2店舗目、サンパウロ市で最初の店舗である。

米国領事館もこのあたりにある。

欧米系の多国籍企業の駐在員は、日本企業と違って、
派遣人数はあまり多くない。

しかし、給与は本国の3倍以上で、
安全重視の住宅を与えられる。
それでも、治安の面で、ブラジル赴任をいやがる人が多いという。
ただ、ブラジル駐在出身者はその後帰任後に出世する人が多い。
ブラジルのむずかしいビジネス環境で成果を上げた事を評価されるようだ。

うってかわって、日本企業で、このところ
ブラジル駐在経験者が出世した話を聞かない。

以前は、
ブラジルに駐在しながら、
本社の取締役どころか、常務果ては副社長という人もいたのだが。

この地区には、大きなファヴェーラはない。
公園の西側の広大なサント・アマロ馬術クラブの西側に規模の小さなファヴェーラがある。

そのほかには、商工業混在地区には、
工業の塀際や裏側などの空き地に、若干のバラックなどがあるところがある。
一般的に、サント・アマロは良い地区とは言われていない。

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この公園の評価は次の通り。

小さく細長い公園。
全く行く必要はない。
500メートル以内に住んでいれば行けばよい。

この公園でなければ、なければないようなものは何もない。

周囲は高級住宅地であり、
かつ周辺道路が抜け道にもなっていないので、
通過車両がほとんどなく、公園はとても静かである。

公園の北側半分(管理事務所より西側)は整備状況が良くない。

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domingo, 22 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その98 「内陸部杯」準決勝戦終了。

サッカー・サンパウロ州選手権の「内陸部杯」の準決勝戦の第2戦が、
4月21日(土)および22日(日)に行われた。

結果は次の通り。

4月21日(土)   第1日目
試合開始        試合結果             競技場
16h  Paulista     1 x 2   Guaratinguetá     Jaime Cintra
「20070421sporTVnews-CPTISF-Paulisita-Guaratingueta.wmv」をダウンロード
※パウリスタは地元で負け。
Spd20070421a_1
 笠井健太選手がベンチ入りしていなかった事で、 
 試合に対する関心はない。
(パウリスタの先発と控え)
Spd20070421c
Spd20070421d
(グァラチングェタの先発と控え)
Spd20070421e
Spd20070421f
(一応、試合映像録画済み)

4月22日(日)   第2日目
試合開始        試合結果             競技場
20h  Noroeste    1 x 1   Ponte Preta       Alfredo de Castilho
「20070422sporTVnews-CPTISF-Noroeste-PontePreta.wmv」をダウンロード
※バウルでのこの試合は、引き分け。
 ポンチ・プレッタの監督は、ネルシーニョ・バブチスタである。

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先週末に行われた第1戦の結果とあわせて、
決勝戦進出は、グァラチングェタとノロエスチに決まった。

ホームアウェー戦でおこなわれる。
まだ日程と競技場は正式には発表されていない。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その97 準決勝終了。

サッカー・サンパウロ州選手権の準決勝戦の第2戦が、
4月21日(土)および22日(日)に行われた。

結果は次の通り。

4月21日(土)   第1日目
試合開始        試合結果             競技場
18h10    São Paulo   1 x 4   São Caetano    Morumbi
「20070421JN-CPSF-SaoPaulo-SaoCaetano.wmv」をダウンロード
※サンパウロFCは、4月18日(水)にペルーのリマで、
 リベルタドーレス杯の試合を行った疲れが残っていたのだろうか。
 1点を先行したのだが、
 逆転され、大敗を喫した。
Spd20070421o

 サンパウロFCがホームのモルンビー競技場で敗れたのは9ヵ月ぶり。
 サン・カエターノは、大応援団が大喜びだった。
Spd20070421g

(試合映像録画済み)
(サンパウロFCの先発と控え)
Spd20070421i
Spd20070421j
(サン・カエターノの先発と控え)
Spd20070421k
Spd20070421l

4月22日(日)   第2日目
試合開始        試合結果             競技場
16h      Santos    0 x 0    Bragantino     Morumbi
※大雨の中で行われたこの試合。
 先週の第1戦に続いて、引き分けに終わった。

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第1戦の結果とあわせて、
決勝進出は、サンカエターノとサントスに決まった。

決勝戦も、
ホームアウェー戦で行われる事は決まっている。
4月29日(日)と5月5日(日)に行われるはずだが、
まだ日程と競技場は正式には発表されていない。

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ブラジル・サンパウロは「秋」2007 その5 ススキ。

これをススキと呼んで良いのかどうか、本当はわからない。
Spd20070330pctp

でも、水辺にあって、穂が出ていた。

明確な季節の変化が感じられないサンパウロでも、
こんな植物を見つけるとやはり季節は秋なのかなと思う。

この「ススキ」を活けて、月見をするような風情はない。
Spd20070330pctq

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sábado, 21 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その96 第17節 コリンチャンス対セルタンジーニョ戦 観戦。

3月31日(土)18時10分から、サンパウロのパカエンブー競技場で行われた、サンパウロ州選手権第17節コリンチャンス対セルタンジーニョ戦を観戦に行った。

競技場には、雨が降り出しそうだったので、試合開始の1時間前と考えらないくらい早く拙宅を出た。
競技場に入った途端に雨が降り出し、濡れる事はなかった。
しかし、
競技場には行ってびっくり。
いつものガヴィオンエス・ダ・フィエウの席には、観客がほんの僅かしかいなかった。
彼らが、ガヴィオンエス・ダ・フィエウの中核メンバーなのだろうか。
土砂降りの中で、観客席の中央にいた。
Spd20070331fa

多くのものは、雨に濡れないところに退避していたのだが、
彼らだけは逃げなかった。
Spd20070331fb

試合開始前は、雷は落ちるし、雨は土砂降りだった。
Spd20070331fc

観客席を、滝のように雨が流れ落ちていた。
Spd20070331fd

試合開始前のパカエンブー競技場。
ほとんど観客がいない。
(クリックすると拡大する)
Spd20070331fe

雨の中、子供達がコリンチャンスの選手を待ち受けていた。
このころになると、雨はやや小降りになっていた。
Spd20070331ff

セルタンジーニョの選手達が入ってきた。
あまりに競技場の観客が少ないので、いつもの罵声もない。
Spd20070331fg

セルタンジーニョのファンに対して挨拶。
Spd20070331fh

セルタンジーニョの選手の記念撮影。
Spd20070331fi

コリンチャンスの選手が入ってきた。
先頭は、キャプテンのベットン。
Spd20070331fj

一番子供達が集まったのは、MFウィルソン。
Spd20070331fk

わずかな観客に向かって挨拶。
Spd20070331fl

エーメルソン・レオン監督が明らかに元気なく入ってきた。
Spd20070331fm

コリンチャンスの選手達の記念撮影。
Spd20070331fn

国歌演奏。
Spd20070331fo

国歌演奏の間、両チームのエンブレムが電光掲示板に映し出された。
Spd20070331fp

セルタンジーニョのマスコット。
牛。
Spd20070331fq

試合は、セルタンジーニョのキックオフで始まった。
Spd20070331fr

試合が始まると、
ガヴィオンエス・ダ・フィエウはやや増えた。
Spd20070331fs

MFウィリアン。
Spd20070331ft

FWジェアン・カルロス。
Spd20070331fu

MFロジネイ。
Spd20070331fv

ボランチのマグロン。
Spd20070331fw

FWウィルソンがPKを決めて、
コリンチャンスが先制した。
Spd20070331fx

久しぶりのウィルソンのゴールだった。
Spd20070331fy

何とも間抜けなセルタンジーニョのマスコット。
Spd20070331fz

後半前にコリンチャンスの控えの選手達が戻ってきた。
Spd20070331fza

エーメルソン・レオン監督。
Spd20070331fzb

セルタンジーニョの監督。
Spd20070331fzc

DFベットン。
Spd20070331fzd

MFブルーノ・オクターヴィオ。
Spd20070331fze

有料入場者数は、わずか2,190人。
もちろん大赤字である。
Spd20070331fzf

エーメルソン・レオン監督。
Spd20070331fzg

交替で入れるダニエリ・グランドに指示するエーメルソン・レオン監督。
Spd20070331fzh

後半になって雨は止んだ。
ガヴィオンエス・ダ・フィエウは人数を増し、
スタンドの前方に移動した。
そうしてコリンチャンスの役員などの非難を始めた。
Spd20070331fzi

交替で入れるはずだったイゴール?に指示をするエーメルソン・レオン監督。
結局交替しなかった。
Spd20070331fzj

ちゃんと、役員を非難する横断幕も用意していた。
Spd20070331fzk

ますます、前方にやって来て
非難をするガヴィオンエス・ダ・フィエウの皆様。
グラウンドに背を向けている。
Spd20070331fzl

試合は、2対2の引き分け。
Spd20070331fzm

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この試合のあと、
4月3日(火)になって
エーメルソン・レオン監督が解任された。

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ブラジル・サンパウロの公園 その34 Parque Lina e Paulo Raia。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による27番は、リナ・イ・パウロ・ライア公園Parque Lina e Paulo Raia。

面積:15.000m²
開園:1980年

リナ・イ・パウロ・ライア公園は、芸術家の言葉による、サンパウロで唯一の美術スクールとして、市営美術学校を開設している。
5歳から12歳迄の子供をみている教師は、学校ではあるが、自身の経験を加えている芸術家達である。

住所: Rua Volkswagen, s/n - Parque Jabaquara - (perto do metrô Conceição)
電話: (11)5017-6522
開園時間: 7h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南に11キロ離れた南部にある。

主な設備は、遊び場、散策路、サイクリング・ロード、原生林。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
Spd20070418plpc

敷地はかなり狭い公園である。

この公園は、
地下鉄のコンセイソン駅に隣接している。
地下鉄の出入り口と公園の入り口まで、目と鼻の先である。

東側が高く、西側に向かって徐々に下がっていく。

また駅の付近には、イタウグループの業務ビル群などが立ち並んで、
この公園を取り囲んでいる。

入り口は、3箇所。

駐車場はない。
さらに、この公園の北側の道路を挟んで業務ビルがあり、この道には駐車は困難である。
南側の入り口に行く道路の南東側は住宅街になっているが、
その向かい側にわずかに路上駐車が可能である。
住宅側は、間口が狭いため、それぞれの家の駐車場入り口でいっぱいである。

どうしても車の駐車させようとすると、公園から離れたところでないと路上駐車するところはないだろう。

路上駐車は諦めて、駐車場に止めた方がよいだろう。

入り口付近は住宅地のなので路上駐車は十分に可能である。

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この公園に行ってみた。

公園の南側にある散策路の橋。
Spd20070119plpa

橋の下は、ちょっとした広場になっている。
Spd20070119plpc

公園の散策路は、どこもそれほど広くはない。
Spd20070119plpb

公園北側の道路から、コンセイソン駅を望む。
この道は駅で行き止まりになっている。
Spd20070119plpd

公園の管理事務所。
Spd20070119plpe

南側の入り口にあった
サンパウロ市営公園に共通な公園名称表示板。
Spd20070119plpf

公園の内部。
Spd20070119plpg

集会場と思いきや美術学校。
中には作品がいっぱい飾ってあった。
「絵画」と言うよりは「お絵かき」だが。
Spd20070119plph

公園の内部。
Spd20070119plpi

公園の内部。
Spd20070119plpj

散策路、
南側の花壇はよく手入れされている。
Spd20070119plpk

遊び場。
Spd20070119plpl

南側の入り口。
この道もこの入り口で行き止まりになっている。
Spd20070119plpm

公園南側付近の住宅街。
浮浪者が座っていた。
Spd20070119plpn

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サンパウロの歴史的中心部セントロから、
このリナ・イ・パウロ・ライア公園に行く方法は非常に簡単である。

リベルダーヂ大通り、ヴェルゲイロ通り、ドミンゴ・ヂ・モライス大通り、ジャバククアラ大通り、ドットール・ウーゴ・ベオルチ大通りをと名前は変わるが、一直線に南下するだけである。
地下鉄コンセイソン駅の先で右に曲がり、
エンジネイロ・ジェオルジ・コリビシシエル大通りに入る。

さらに、サルゲイロ・アンテリオール・テイシェリーア通りにはいる。
そして、サルゲイロ・トーマス・ヂ・メデイロ通りの突き当たりが公園の南側の入り口になる。

戻りは、
サルゲイロ・トーマス・ヂ・メデイロ通りを戻り、
サルゲイロ・アンテリオール・テイシェリーア通りを右折し、
ドットール・ルイシ・ロッシャ・ミランダ大通りに入る。
さらにエンジネイロ・アルマンド・ヂ・アフーダ・ペレイラ大通りを東に曲がり、
ドットール・ウーゴ・ベオルチ大通りを北に向かう。
Spd20070418plpa_1

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この公園は、サンパウロを南北に結ぶ、最も古い地下鉄のコンセイソン駅に隣接している。

コンセイソン駅の周囲に、イタウ系の業務ビル群が並んでいるが、
それを除くと基本的には住宅地である。

地下鉄沿線は、その交通の便の良さから、
近年どこもアパートが建ち並んできているが、
このあたりも例外ではない。
中の中程度のアパートが多い。

住宅地そのものは、中の中から中の下といったところが多い

北はバンデイランチス大通り、東はイミグランテス、そして西側にはコンゴニアス空港があり、
この地区は、その方からは完全に隔絶している。

基本的に、地下鉄が地下を走っている道路は尾根道である。
この道を境に、東西に土地が徐々に低くなっていく。

よってこの公園も、地下鉄が走っている道よりは一段下がっているが、
周囲から見ると高い方にある事になる。

このコンセイソン駅の次の駅が終点のジャバクアラ駅で、
そこから南はもうファーヴェーラが広がっている。

この公園のあたりだと、低地や河道に面したところに小さなファヴェーラが点在している。

このコンセイソン駅あたりまでが、
一般の人が住んでも、まだ問題がないところであろう。

ジャバクアラ駅以南には、入り込まない方がよい。
Spd20070418plpb

---------------------------
この公園の評価は次の通り。

イタウ系ビルに入っている企業を訪れたあとに息抜きで、ちょっとだけ入り込む程度で十分。
それ以外には、全く価値はない。

公園全域が森になっていて、
中にはいると涼しくなる。
ベンチに座って、しばし休息するには良い。

遊び場も小さい。

駐車場所も限られている。

北側の通りは、平日は人通りも多いが、
休日と閑散とする。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その95 笠井健太選手、ベンチ入りせず。

サッカー・サンパウロ州選手権の内陸部杯の準決勝戦のパウリスタ対グァラチングェタ戦が、パウリスタの本拠池ジュンジャイ氏のジャエミ・シントラ競技場で、4月21日(土)16時から行われている。

1週間前の、グァラチングェタでの試合で、1対0で敗れているパウリスタはこの試合では絶対に勝つ必要がある。

そして、その試合でベンチ入りしていたにもかかわらずプレイする事はなかった
笠井健太選手がこの試合ではどうなのかに大いに関心があった。

ケーブル・テレビの中継は15時55分に始まった。

残念ながら、
笠井健太選手はベンチ入りもしていなかった。

それだけで、この試合に対する関心はほとんどなくなった。

そして、試合のほうだが、
前半にグァラチングェタが先制した。
更に後半に入り、追加点をあげた。

パウリスタも1ゴールを返したのだが、
この後は膠着状態が続いて、低調な試合であった。

パウリスタは、内陸部杯で敗退。

このため、もうサンパウロ州選手権で笠井健太選手を見る機会は失われた。

次は、
5月に始まるブラジル選手権という事になる。
しかし、
パウリスタはセリエBで、ブラジル選手権を戦う。
ケーブル・テレビであっても中継の可能性はかなり少ない。

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ブラジル人のパーティー その3

今晩は、とてもブログを書く気になれない。

ネタがないわけでもない。
体調が悪いわけでもない。

午後に、
可愛い女学生を何十人も見たからでもない。

お寿司を食べて、
お酒を飲んで、
そのあとに、スーパーに行ったからでもない。

22時30分に、家に戻ってきた。

拙宅は、一戸建て住宅専用街にある。

住民組織がしっかりしていて、
パカエンブー競技場で開催されるロックコンサートの開催についても、競技場の管理者である市に強く意見している

終演時間もきちんと守らせる力を持っている。

いつもは静かなのだ。

だが、今晩は違う。

家の中にいても、
クラブの中にいるのと変わらない。

そう。
今晩は、また恐怖のパーティーが開催されているのである。

拙宅の斜め前の家で、なんだか知らないがパーティーが開催されている。
強力なスピーカーを用意したようで、大音響でロックの曲が轟いている。

多分、スピーカーは何台もあって、室内だけではなくて、庭にも設置しているようだ。
音の方向からして、裏庭あたりにおいているようだ。

その音源から、拙宅までは60-70メートルはあるはずなのだが、
窓を閉めても、
頭の中がボコボコになりそうだ。

とても、集中していられないのだ。

日付が変わっても、
まだまた人がやってきている。

若いお姉さんが、男に連れられてやって来ている。

おそらく朝の4時頃までは続くに決まっている

こういった事は、一年に、せいぜい2-3回の事なのだが。

その家の向かいや隣の家はどうなんだろう。
裏側の家はもっと大変な事になっているはずだ。
振動がもろに感じられるはずだ。

そのうちにいつかお返しをしてやろうといつも思っている。

だが、それにはこちらも朝4時まで大音響に耐える体力が必要だ。

拙宅だって、数十人は何とかはいるくらいの広さはある。
企画しようかな。

それにしても、
もうちょっと音量を何とかしてもらいたいものである。

話し声というか嬌声も気になる。

いつもは、人気のない静かな家なのだが、一体何なのだろう。

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4時をすぎても大音量は止まない。

若い者だけのフェスタのようだ。

3時50分に、十分に酔っぱらったような女4人が拙宅の前に止めていた車に乗って帰った。

お開きは近いのだろうか。

5時でも続いていた。

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7時半には終わっていた。

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sexta-feira, 20 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの公園 その33 Parque dos Eucaliptos

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による26番は、エウカリプトス公園Parque dos Eucaliptos。
  ※エウカリプトとはユーカリの事。

面積:15.447, 57m²
開園:1995年

住所   :Rua Ministro Guimarães, 280 - Super Quadra Morumbi
電話   : (11)3742-6363
開園時間: 7h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で西南西に13キロ離れた南部にある。

主な設備は、遊び場、散策路。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。
Spd20070418peuc_1

敷地は狭く細長い公園である。

市内南部と言うよりは、西部の公園。
入り口は1箇所のみ。
それも大通りには面していない。

公園の北側は「塀に囲まれた一戸建て住宅地」がある。
そのほかに、東側は、中の中程度の住宅街。

駐車場はないが、入り口付近は住宅地のなので路上駐車は十分に可能である。

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この公園に行ってみた。

公園の意外に立派な正門。
唯一の入り口である。
この道は、数十メートル続いて、塀にぶつかって終わっていた。
Spd20070116peub

ブラジルでは日常的に見かける
お腹丸出しの妊婦。
Spd20070116peua

入り口の道が突き当たるところが、この公園では一番高いところになる。
つまり北側が高い。
そして南側に向かって下がっている。
一番低い南端には、川がある。

公園の森に入るには、下がって行かなくてはならない。
Spd20070116peuc

これが唯一の施設といって良い遊び場である。
広くもない。
Spd20070116peud

そして散策路。
Spd20070116peue

細長い公園を周回できるようになっている。
Spd20070116peuf

まあ、多少は秘境感はある。
湿気はそれほどない。
Spd20070116peug

公園の一番高いところ。
建物は、管理事務所。
Spd20070116peuh

管理事務所から見た正門。
Spd20070116peui

正門脇にある
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
Spd20070116peuj

周囲の住宅街。
Spd20070116peuk

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この公園は、サンパウロ市の西の端。
西に数百メートルで、ダボン・ダ・セッハ市になる。
 ※公園西側のピンクで着色したところが、タボン・ダ・セッハ市。
  赤で着色したところは、ファヴェーラ(=貧民窟)。
Spd20070418peua

日本では、イメージの良い地名の範囲が、どんどんと拡大していく事がある。
軽井沢や田園調布などの周辺の地名が、もともとはそういった地名ではなかったところが、住民の要求で名称変更されたりする。
非公式にも、マンションの名前などで、どんどん拡大使用される。

ブラジルでも、同様な事がある。
サンパウロでは、一般的に高級住宅地区と思われているモルンビーの地名がどんどんと拡大している。

この公園があるところも、そうだ。
行政的にはカンポ・リンポというところである。
一般的にはカンポリンポという地名は、「恐怖」の地名である。

だが、モルンビーは、南に西に拡大していて、
本来の行政面積の3倍くらいになっている。

ヴィラ・ソニアやヴィラ・アンドラーヂ、果てのこのカンポ・リンポまでがモルンビーと称している。

20年くらいまではまだ山林ばかりだったこの地区も宅地化がすすんでいったのだが、
不動産業者が次々にモルンビーの名前を与えていった。

「ポルタル・モンルビー」として一般的に知られている地区は、この公園の東2キロほどの高級アパート街である。
新しいアパートが多く、敷地は広く、買い物以外には、その敷地からでなくてもいいくらいだ。
このあたりでもっとも高級なアパートは、この公園の数倍以上はある敷地に、アパートが数棟建っているだけだ。
厳重に警備され、この敷地から本当に出なくても、公園以上の環境を得る事が出来る。

そのアパートの住民向けに、やや高級な商店が立ち並んでいる。

また、その北側にも一戸建て住宅専用街がある。

この公園の北側の住宅地は、塀で囲まれた住宅地である。
入り口は一箇所しかなく、厳重に警備されている。

このあたりになると、モルンビーといっても、ファヴェーラ(=貧民窟)と隣り合わせの生活といっても良い。
 ※赤で着色した地区はファヴェーラである。
サンパウロ市で2番目に大きなファヴェーラであるパライゾポリスも近い。

このあたりの住民が地形が険しい事もあるが、治安の問題で、車による移動以外は考えられないところである。

門を出たところに、待ちかまえているような事は日常茶飯事のところである。
この地区へのアプローチに使う道の一つジオヴァーニ・グロンシ大通りはモルンビー地区の大幹線道路だが、誘拐の多発地点である。

こんなところには絶対に住みたくはない。
塀の中だけの安全なんて、嫌だ。

もちろん、ファヴェーラの住民がどうこうと短絡しているわけではない。
ただ、現実の問題として、
超豪華なアパートと、バラックが隣り合わせていて、何も起きないわけがないのである。

実際この地区のアパートに住んでみたが、
その閉塞感に疲れて、別の地区に引っ越そうと考える人も多いのである。
だが、問題は今まで住んでいた家やアパートが思った価格では売れないのである。

それがこの公園の東側の一見高級な地区の実情である。
 ※緑で着色した地区。
Spd20070418peud

この公園の南側や西側は、もう中の下、さらに下層、そして最下層の住宅が延々と続いている。

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サンパウロ市の中心部からこの公園へのアプローチは次の通り。

実は、この公園を発見するのは大変であった。

公園の入り口が、どこになるのかわからなかったからである。

西側を走るこの地域の幹線道路エストラーダ・ド・カンポ・リンポ沿いにあるのかと思っていたのだが、ただ森があり、高い塀があっただけで、どこが公園かわからなかった。

その北側の地区に入ってみたのだが、どの道路も行き止まりで、公園に近づく事は出来なかった。

そこで、南側の道に入ってみたのだが、そこからも直接行く事が出来るような道はない。

そこで、しばらく行って、北側に曲がり、さらに公園から離れないようなつもりで曲がっていくと、やっと公園の東側の住宅街に出た。
ここは中の中程度の住宅街なのだが、各街路には24時間警備員常駐しているようなところであった。
その住宅街の奥に公園の入り口を見つける事が出来た。

結果として、この公園はこの入り口しかなかった。

この公園は、どうも公園の北側の塀で囲まれた住宅街と密接な関係があったようで、おそらく住宅街が造成された時に、市にその敷地の一部を譲ったのではないかと思われる。
良質の住宅にはふさわしくない、川に近い、日当たりのよくない南向きの急斜面を公園にしたというわけだ。

公園の正門を入って真っ直ぐ行くと、道路はその塀に突き当たるからである。
その道は、明らかにそのまま塀の向こうに続いているようで、道が出来たあとに塀を作ったようであった。

この公園へのアプローチとしては、2つが考えられる。


フランシスコ・モラット大通りを西に行き、ヴィラ・ソニアを過ぎ、
タヴォン・ダ・セッッハ市に入る手前に、洪水時に備えた遊水池がある。
その遊水池の外れを左折し、エストラーダ・ド・カンポ・リンポにはいるのである。
曲がるところには、EXTRAというハイパーマーケットがある。

エストラーダ・ド・カンポ・リンポに入って、しばらく道なりに進む。
左手に森が見えるので、その先を左にはいる。

更に道なりに行く、
左に曲がれるところで、3回左に曲がると、この公園の入り口に到達する。

戻りは、同じ道を戻るだけである。


シダーヂ・ジャルヂン大通りからモルンビーのほうに向かう。
州知事官邸から、ジオヴァーニ・グロンシ大通りに入り、モルンビー競技場を通り過ぎ、延々と登っていく。

上り詰めて、やや下がったところにポルタル・モルンビーへ向かう入り口があるので、そこを右折し、どんどんと道なりに下っていく。
このあたりは一方通行になっている。
この道は、プロフェッソウル・ジョゼ・オラシオ・メイレレス・テイシェイラ通りと長い名前である。
下りきって平坦なところがちょっとした高級な雰囲気の商業地域になっている。
そして、ドットール・ルイス・ミグリアーノ通りに突き当たるので、左に曲がる。
そして最初の角を右折する。
この通りは、マルシアル・ジュアレス・トヴォラ大通りといい、道なりにどんどんと登っていく。
途中で道の名前は変わるがとにかく道なりに行くと、公園の入り口に到達する。

戻りは、ちょっと違うルートになる。
公園に入り口を出て直進し、マルシアル・ジュアレス・トヴォラ大通りを下る。
ドットール・ルイス・ミグリアーノ通りの交差点を直進する(ややずれている)。
マルシアル・アスチンフィロ・ヂ・モウラ通りという名称なのだが、道なりに登っていく。
アパート住民向けの商業施設が並んでいる。
そうするとジオヴァーニ・グロンシ大通りに出るので、そこを左折する。
Spd20070418peub

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この公園の評価は次の通り。

全く存在感のない公園。
行く必要は全くない。

この公園の近くに住んでいる人だけが、行けばよい。

こんなところまでわざわざ行く事は全く無駄である。

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サッカー・リベルタドーレス杯2007 その11 インテルナシオナウ敗退決定。

サッカー・リベルタドーレス杯のグループリーグの試合が、4月18日(水)および19日(木)に行われた。
結果は次の通り。

ブラジル勢は、グレミオを除く残り5チームが出場し、全て勝利。

4月18日(水)    第1日目
試合開始      試合結果             開催都市
19h30  Banfield      0 x 1  Libertad     Banfield
19h30  América      2 x 1  El Nacional   Cidade do México
21h45  Flamengo     1 x 0  Real Potosí   Rio de Janeiro
21h45  Paraná       2 x 1  Maracaibo    Curitiba
22h30  Alianza Lima   0 x 1  São Paulo    Lima
「20070418JG-L.wmv」をダウンロード
※フラメンゴは、マラカナで勝利。
 先週のお返しをしたが、お返しが少なかった。
※パラナは地元で勝利。
※サンパウロFCは、アウェーで勝利。
 グループリーグ首位を確実に。
 サンパウロFCのムリシー・ラマーリョ監督が強行日程にねを上げている。
 週末は、サンパウロ州選手権の準決勝の第2戦がある。

4月19日(木)    第2日目
試合開始      試合結果             開催都市
19h15  Internacional      1 x 0  Nacional      Porto Alegre
19h15  Vélez Sarsfield    1 x 0  Emelec       Buenos Aires
21h30  Gimnasia y Esgrima  3 x 0  D. Sporting     La Plata
21h30  Santos          3 x 0  Deportivo Pasto Santos
「20070419encimadahora-L.wmv」をダウンロード
※インテルナシオナウは地元で勝利。
  しかし、ゴール数でナシオナウに及ばず、
  グループリーグでの敗退決定。
  昨年の覇者にしては寂しい。
※サントスは、グループリーグの全6試合で勝利した唯一のチーム。 
 圧倒的な強さである。

次週も、グループリーグの試合が行われる。
ブラジル勢は、グレミオとサンパウロFCが試合を行う。

4月24日(火)    第1日目
試合開始      試合予定             開催都市
21h15  Grêmio   x  Cerro Porteño     Porto Alegre
21h15  Tolima    x  Cúcuta          Ibagué

4月25日(水)    第2日目
試合開始      試合予定             開催都市
19h30  River Plate  x  Colo Colo       Buenos Aires
19h30  LDU       x  Caracas        Quito
21h45  São Paulo   x  Audax Italiano     São Paulo
21h45  Necaxa     x  Alianza Lima      Aguascalientes

4月26日(木)    第3日目
試合開始      試合予定             開催都市
21h15  Boca Juniors  x  Bolívar        Buenos Aires
21h15  Toluca      x  Cienciano      Toluca

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quinta-feira, 19 de abril de 2007

サッカー・ブラジル杯2007 その14 ベスト16戦の第1戦。

サッカー・ブラジル杯のベスト16の第1戦が、4月18日(水)および19日(木)に行われた。

結果は次の通り。


4月18日(水)  第1日目
試合開始       試合結果                開催都市
19h30  Cruzeiro    0 x 1  Brasiliense      Belo Horizonte
20h30  Atlético-GO  3 x 1  Atlético-PR     Goiânia
21h45  Ipatinga     1 x 1  Sport          Ipatinga
21h45  Náutico     2 x 2  Corinthians      Recife
21h45  Gama      2 x 4  Figueirense      Brasília
21h45  Avaí       0 x 2  Atlético-MG     Florianópolis
「20070418JG-CB.wmv」をダウンロード

※パウロ・アウツオーリ監督が率いるクルゼイロが
 ホームで敗れた。
※コリンチャンスは2点先行したにもかかわらず、
 結果的には引き分けに終わった。
 MFウィリアンが退場になった事が大きい。
 ジョゼ・アウグスト監督代行にとっての最後の試合。

4月19日(木)  第2日目
試合開始       試合結果                開催都市
20h30  Coritiba     0 x 1  Botafogo        Curitiba
20h30  Fluminense   1 x 1  Bahia          Rio
「20070419encimadahora-CB.wmv」をダウンロード
※フルミネンシは、ホームで引き分け。
 

次週に、第2戦が行われる。

4月25日(水)  第1日目
試合開始       試合予定                開催都市
20h30  Figueirense     x  Gama         Florianópolis
20h30  Botafogo      x  Coritiba        Rio
21h45  Brasiliense     x  Cruzeiro       Taguatinga
21h45  Atlético-PR     x  Atlético-GO    Curitiba
21h45  Bahia         x  Fluminense     Salvador
21h45  Atlético-MG    x  Avaí          Belo Horizonte
21h45  Sport         x  Ipatinga        Recife

4月26日(木)  第2日目
試合開始       試合予定                開催都市
20h30  Corinthians     x  Náutico        São Paulo
※コリンチャンスは、単純な勝利もしくは1対1の引き分けでも勝ち抜けが決まる。

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ブラジル・サッカー:2007 その18 マグロンは先の事を考えないようにする。

4月19日(木)にコリンチャンスCorinthiansがクンビッカCumbica空港に到着した時に、ボランチのマグロンMagrãoはシーズン後半にコリンチャンスに残留するかしないかという物語の外にいたいと明言した。

マグロンは、横浜マリノスYokohama MarinosからコリンチャンスTimãoに8月末までレンタルされている。
コリンチャンスは、まだレンタル料の一部を支払っていない
マグロンが今年の末まで残留するチャンスは実質的にない。

「起きている事を割るれるようにしなくてはならない。 自分がこのことを気にすると、プレイする事が出来なくなるだろう。 自分の仕事をちゃんとするように集中しなくてはならない」と、マグロンは明言した。

マグロンMagrãoはコリンチャンスCorinthiansで続けていきたいと宣言した。
コリンチャンスの役員は来週横浜マリノスYokohama Marinosの代理人テオ・コンスタンチンTéo Constantinと、合意をするために話し合いをする。

この木曜日、パルロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpegiani監督はマグロンMagrãoをシーズン終わりまで使いたいと行った。

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コリンチャンスは、グラウンドの外でとても選手を疲れさせる。

だから、試合に集中できない。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その68 ヴァスコ・ダ・ガマを出る。

ロマリオRomárioがヴァスコ・が・ガマに残留するかどうか不確実だ。
トム・ジョビン国際空港Aeroporto Internacional Tom Jobimに4月19日(木)の朝到着したロマリオ自身の言葉で、ヴァスコ・ダ・ガマを出る事になる幾つかのオファーを受け取っている事を明言した。

「メキシコMéxicoのクラブから一つ、欧州Europaから2つ、幾つかのブラジルのクラブからも招待を受けている。 ヴァスコ・ダ・ガマとの口約束はある。 しかし月曜日にこれを決定するために席に着く事になる」

ヴァスコ・ダ・ガマで継続するという事についての質問については、他の言葉で明らかにした。

「月曜日にトレーニングに戻る、しかしサン・ジャヌアリオSão Januárioにいる事になるかわからない」と打ち明けた。

これからのクラブについてはロマリオBaixinhoは控えめであったが、1000ゴールについて話す時にはトーンが変わった。
ロマリオは親善試合Romárioで決めるという事を打ち消した。

「1000ゴールは公式戦で決めたい。 親善試合ではない。 それにマラカナ競技場でやりたい」

ロマリオは1000ゴールを決めるまでの時間は忍耐強く待つが、今年中に引退する事を強調した。

「必要な時間は待つ。 しかしブラジル選手権の最後まで続ける事はむずかしい」

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マイアミから戻ってきたロマリオが、早速話題を提供してくれた。

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ブラジル・サンパウロの公園 その32 Parque Ibirapuera。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の南部の公園を紹介している。
”緑の地図”による25番は、イビラプエラ公園Parque Ibirapuera。

面積:1.584.000 m²
開園:1954年

イビラプエラIbirapuera公園は、サンパウロ市民にもっとも訪れられている公園の一つで、市内の緑地エリアとして余暇を過ごす場所として最も重要な場所の一つである。
1954年8月21日に、サンパウロ市創基400年を記念して開園した。
この公園は、利用者に他の公園にはない色々な施設を提供している。
ジョッギング・コース、サイクリング・ロードciclofaixa、マルチメディア噴水fonte multimídia、現代美術館Museu de Arte Moderna、ビエンナルBienal館、アフロ-ブラジル美術館Museu Afro-Brasil、プラネタリウムPlanetário、公会堂等々。
公園のオリジナル・プロジェクトは、オスカー・ニエマーヤーOscar Niemeyerによるものである。


住所   :Av. Pedro Álvares Cabral, s/n Portão 10 - Vila Mariana
電話   : (11)5574-5177 / 5054 / 5505 e 55734180
開園時間: 6h-22h


サンパウロ市の中心部セントロから直線で南南西に6キロ離れた南部にある。

主な設備は、アフロ-ブラジル美術館、現代美術館、ビエンナル館、噴水、遊び場、器械運動器具、散策路、サイクリング・ロード、ジョッギング・コース、プラネタリウム、日本館、レストラン。
駐車場はある。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070418pibb_1
Spd20070418pibc
※サンパウロの公園の紹介で使用しているgoogle mapはすべてクリックすると拡大する。

広大な公園である。

市内南部と中心部の道路交通の結節点に位置している。
公園南側を除いて、周辺の道路は広く、交通量がとても多い。

入り口は10箇所。

公園の北側、西側、南側は最高級一戸建て住宅地が広がっている。
そのほかに、南東側には最高級アパート街。

東側は、公共機関の施設があり、その先には中の中程度の住宅街が広がっている。
アパートも徐々に増えてきている。

ただ、北部および東部は広い道が走っている事もあって、公園とはやや隔絶している。
歩いてこの公園に行ける地域は、南部および西部の住宅地からに限られると言える。

駐車場は、公園中心部など各所にある。
700台程度は駐車可能である。
休日はこれでも当然足りない。
周辺に路上駐車することは可能である。
フラネリーニャに1レアル程度支払う事は必要経費と考えるべきである。

周辺に多い公共機関の施設は、休日には当然閉まっている。
よって休日は人通りが極めて少なくなる。
当然、治安上の問題が出てくる可能性が高い。
どうしても歩いて公園に行きたい人は歩けばよいが、何かあってもそれは自己責任である。

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「この公園に行ってみた」などという、
現地調査による説明は、このイビラプエラ公園に限っては、必要ないはずである。

同様に、
「この公園の評価」もしない。
必要ないはずだ。

ここの公園の紹介を始める時に、すでに結論を出したように、
「緑の地図」に掲載されているサンパウロ市営の32の公園では、
イビラプエラ公園は別格である。

これ以上の公園はない。

他の公園にあって、
このイビラプエラ公園にないものは、
秘境感のある原生林とシュラスコ場だけである。
でも、それを補ってあまりある施設が揃っている。

1年365日、毎日通っても良い公園である。

開園時間も、
6時から22時と抜群に長い事も、
この公園がいかに良い管理をされているかを示している。

暑い日中よりも、むしろ早朝や夜に、人がごった返しているくらいの公園である。

もちろん、全くトラブルがないと言う事はないだろうが。
80年代や90年初めは、多少問題は起きていた。

この公園も、
観光地に恵まれていないサンパウロ市の
数少ない目玉の一つとなっている。

城址や遺跡といった歴史的な背景を持たない公園が
観光地になっているような都市は、
悲しいものだ。

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この公園の周囲は、基本的に安全である。

北部、西部、南部の一戸建て住宅専用地域は、最高級住宅街である。
ただ、平日および休日も、日中および夜間も、通過車両が多い。
このため、特に北部や西部の住環境については、やや問題有りになってきている。
また、幹線道路沿いは、ほとんどが事務所として使用されているのが実情である。

南西部のノヴァ・コンセイソンのアパート街は、現在サンパウロで最高級のアパート街である。
面積も数百平米以上のものが多く、価格も飛びきりである。

(紫色の地区が一戸建て住宅専用地区。 ピンクがアパート専用地区。)
Spd20070418pibd

いずれの専用地区内では、パン屋もレストランもない。
住環境は守られるのだが、不便でもある。
いちいち車で出かけなければならないのである。

これら専用地区以外でも、
イビラプエラ公園の周辺にある住宅(アパートを含む)は、レベルは高い。

イビラプエラ公園に歩いていけるところに住むというのは、サンパウロ市民にとっての憧れのひとつである。

東部のヴィラ・マリアーナ地区は、距離的には遠いとも言えないのだが、
サンパウロの南北を結ぶ大幹線道路の5月23日大通りによって完全に隔絶されている。
歩道橋一本が唯一のルートである。
また、Detran交通局や生物研究所、心臓病院などの広大な施設もあり、イビラプエラ公園に歩いていける範囲は限られる。

パライゾのアパート街からは、往路は坂を下るのでそれほど負担ではないが、帰路はきつい坂を延々と登る事になる。 健脚家にはいいだろうが、一般的ではない。
また、ツトイア通りの公園側の住宅地は、近年急激に高級アパート街に変貌しているが、元々はこのあたりでは治安がいいところではなかった。
本来、休日には歩いてすぎるところでもないと思うが。
アビリオ・ソアレス通りおよびマヌエル・ダ・ノブレガ通りの元の軍演習地のあたりも人通りが少ないので、警戒は必要ではないか。

次のような常識は覚えておくべきである。
アパートの警備員は、そのアパートの塀の内部とその住民だけを見ている。
それ以外の人の警備をするような事はない。
同様に一戸建て住宅街の路上にいる警備員も、
その道路に面した家の住民だけを見ている。
たまたま歩いている人に何があっても、それは範囲外である。
むしろその道を歩く人にはとても警戒をする。
最高級住宅街を歩くような人に、ろくな人はいないからである。

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サンパウロの歴史的中心部のセントロから、イビラプエラ公園へのアクセス方法を説明するのも、かなりナンセンスと思うが、一応簡単に説明しておく。

セントロのセ広場を出発すると、一方通行のために必ず東に最初は進まなくてはならない。
途中は省くが3月25日通りを南下して来るのが一般的だろう。
Spd20070418pibe_1
※赤色の地区は、この範囲にあるファヴェーラ(=貧民窟)。
 規模は小さい。

公園内の駐車場を使うには、3番の門を入るしかない。
それまでは無料だったのだが、今年2月26日から駐車場のほとんどはゾナ・アズルになった。
もともと平日はそれほど混んでいなかった駐車場なのだが、
ゾナ・アズルになった途端にがら空きになった。
現在、2時間でわずか1.8レアルと、この公園に来るまでやって来る人にとっては何でもない金額であるはずである。
金持ちほどしっかりしていると言う事であろうか。
それとも、この公園に用事がない人が駐車していたのだろうか。
(イビラプエラ公園内の駐車場にゾナ・アズルが適用されるときにCETとサンパウロ市が作成した説明書)
Spd20070220a
Spd20070220b

7番の門からはいる駐車場は、いまだに無料であるが、今はかなり混んでいる。

10番から入る駐車場は、一般向けではない。
だが、方法はある。

この公園に行くに便利な民間駐車場は周辺にはない。
周辺と言っても道を隔てているのでかなり歩かなくてはならない。

それならば、公園の周辺道路に路上駐車した方が遙かに良い。

尚、日曜日は公園の北側にある州議会場の駐車場が無料で使える。
Spd20070418piba

公園からの帰路も3月25日大通りを行くのが、もっとも一般的だろう。

-----------------------------
なお、このイビラプエラ公園については、
サンパウロ市営の32公園すべての紹介が終わったあとに、
改めて取り上げることにする。

いつも言うブラジルの社会の光と影の強烈なコントラストが、
これら32の公園にもはっきりと現れているからだ。

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quarta-feira, 18 de abril de 2007

ブラジル・サッカー:2007 その17 コリンチャンスは、横浜マリノスに支払っていなかった。

FWニウマールNilmarがまたもう一度出て行くと発表したあとに、コリンチャンスCorinthiansはチームにとって大事な選手をもう1人失う事になるだろう。

マグロンMagrãoを昨年9月にレンタルした横浜マリノスYokohama Marinosは、まだ合意した全ての金額(60万米ドル)を受け取っていない

コリンチャンスCorinthiansは半分を支払っただけだ。 しかし横浜マリノスは喧嘩するのに疲れている。 少なくとも半分は受け取った。 横浜マリノスはマグロンMagrãoを自由にした。 その後コリンチャンスCorinthiansは払わなかった。 単純にもう尊重しないと発表した。 話し合いをしたあとで、幸いな事に、横浜マリノスはある程度受け取る事が出来た」と、横浜マリノスの代理人のテオ・コンスタンチンTéo Constantinは明言した。

テオ・コンスタンチンのいうところでは、残りの30万米ドルは宙に浮いている。 しかしながら、リヨンLyonがニウマールNilmarの移籍の件でしたように、横浜マリノスはコリンチャンスCorinthiansの事をFIFAに提訴する事は考えていない。  しかしまたレンタルの更新の交渉も考えない。

マグロンはコリンチャンスCorinthiansに契約が切れる6月30日までいる。
もしブラジルのあるクラブがマグロンのレンタルに関心があり横浜マリノスと契約するところがあれば、マグロンは無料でコリンチャンスを出て行く事にコリンチャンスの役員と合意する事にするだろう。

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マグロンは、やはりコリンチャンスを出て行く方向のようだ。

横浜マリノスも、コリンチャンスのことを信じたのが大間違いだった。

コリンチャンスのような悪辣なクラブはない。

しかし、FIFAには訴えるべきではないだろうか。
弁護士費用のほうが高いかもしれないが。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その94 第15節 コリンチャンス対グレミオ・バルエリ戦 観戦2。

3月24日(日)18時10分から、サンパウロのパカエンブー競技場で行われた、サンパウロ州選手権第15節コリンチャンス対グレミオ・バルエリ戦を観戦に行った。

続きである

DFグスターヴォ。
2007年初めにサン・カエターノから移籍していた。
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ボランチのマグロン。
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ボランチのダニエリ。
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いつもの優秀な球拾い。
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エーメルソン・レオン監督。
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ボランチのダニエリ。
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インターバルに、変なおじさんが出て来た。
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何故か表彰式が始まった。
スポーツキャスター生活何十年だかだそうだ。
左の男性は、コリンチャンスの副社長なのだが、観客席からは怒号が飛んだ。
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女の子が花束を持ってきた。
孫ではないようだった。
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コリンチャンスの控えの選手達。
控えのGKマルセロは、人はいいのだろうが、しまりがない。
インターバルとはいえ、観客席に愛想を振りまくのは彼くらいだ。
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エーメルソン・レオン監督。
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エーメルソン・レオン監督が、交替で出場するFWジェアン・カルロスに指示をしている。
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FWジェアン・カルロス。
2007年初めにヴァスコ・ダ・ガマから移籍した。
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ボランチのマルセロ・マットスが、ヘッド。
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エーメルソン・レオン監督。
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観客席。
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有料入場者数は、15,275人だった。
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コリンチャンスの控えの選手達がウォーミングアップ中に、試合の展開を気にしている。
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左はMFロジネイ、右はMFウィリアン。
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ボランチのマルセロ・マットス。
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MFウィリアン。
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試合は0対0で引き分け。
本来引き分ける相手ではないはずだ。
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引き上げるエーメルソン・レオン監督と選手達。
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ブラジル・サンパウロの公園 その31 Parque Independência。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部西部および中心部の公園の紹介はすでに終えた。
これからは、サンパウロ市の南部の公園を紹介していく。
”緑の地図”による24番は、インデペンデンシア公園Parque Independência。

面積:161.300m²
開園:1989年

この公園で特筆するべきものは、噴水のあるフランス式庭園である。
噴水は、1922年のブラジル独立100年 (centenário da Independência do Brasil)を祝って計画され、2004年に再整備された。
公園は、ドン・ペドロ1世D. Pedro Iが1822年に国の独立を宣言したイピランガIpirangaの丘にあり、歴史的場所である。
公園の中には、サンパウロ大学USPが所有するパウリスタ博物館Museu Paulista,と、イタリア人のエットーレ・シメネスEttore Ximenezによる「イピランガの叫び」"grito do Ipiranga",を讃える彫刻がある。

住所   :Av. Nazareth, s/n - Ipiranga
電話   : (11)2273-7250
開園時間: 5h-20h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南南東に4キロ離れた南部にある。

主な設備は、博物館、フランス庭園、噴水、遊び場、器械運動器具、散策路。
駐車場はある。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
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南北にとても長い公園である。
北が低く、南に向かって徐々に高くなってくる。

公園は、パトリオッタス通りを境に南北2つに分かれている。

北側の東側半分には立ち入る事は出来ない。
未整備の部分も残っている。

南側に、フランス庭園、噴水、パウリスタ博物館、遊び場、散策路がある。

公園は、サンパウロの中心部から東部や南部を結ぶ道路交通の結節点にある。
公園の北部は交通量が多い通りに面している。

入り口は、公園北部と南部にそれぞれ3箇所。

公園の西側や南側は、基本的には1戸建ての住宅地。
中流の中もしくは下の住宅地。
アパートも徐々に増えてきている。
また、学校がとても多いところでもある。

駐車場は、公園南部の西側にある。
100台程度は駐車可能である。
休日はこれでも当然足りない。
周辺に路上駐車することは可能である。
特に、博物館の東側の住宅地や北部の記念碑の東側には、路上駐車が多い。

北部の記念碑の東側は商工業混在地域で、やや劣悪な環境になっている。
休日は閑散としている。

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この公園に行ってみた。

サンパウロ市営公園に共通なデザインによる公園名表示板。
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右手に遊び場がある。
奥が散策路。
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散策路。
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大して長いわけでもなく、通路も狭いのだが、暗く、湿気ていて
若干の秘境感はある。
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竹林もある。
竹の幹が黄色いのが特徴だ。
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博物館前から見たフランス式庭園。
(クリックすると拡大する)
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フランス式庭園の街路灯。
この日は、大雨だった。
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博物館の内部は撮影禁止。
入り口からこっそり撮影してみた。
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博物館の入り口にあった水準点の標識。
サンパウロの他ではまだ発見した事がない。
こんなものを探して歩いていたら危険である。
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噴水の向こうに、独立記念塔が見える。
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庭園から見た博物館。
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庭園の正面から噴水越しに見た博物館。
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ジョギングをする女性。
こういう風にスタイルきめている人は、中流の上以上である。
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庭園の脇の一段高いところから見た博物館。
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一段高いところへ登る通路。
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公園名称表示板。
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1922年は、独立100周年の年である。
このあたりが整備されたのも、それを記念しての事。
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公園北部の中央の通路から独立記念塔を望んだ。
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公園北部の中央の通路から博物館を望んだ。
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独立記念塔から博物館を望む。
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独立記念塔の北側には、イピランガ川が流れている。
国歌にも唄われる川である。
残念ながら、汚染の問題がある。
水に触れる事は出来ない。
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川を挟んだ対岸には、国旗の掲揚塔がある。
何ヶ月か前にこの国旗が盗まれた。
たわけ者がいる。
監視も気付かなかったというから、手際がよかったのだろう。
でも国旗を盗んでどうしたのか。
愉快犯だろう。
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独立記念塔は北を向いている。
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その北側には点火台があり、火が燃え続けている。
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独立記念塔の中には、
ポルトガルからの独立を宣言し、初代皇帝となったドン・ペドロ1世とその妻レオポルヂーナ王妃の墓がある。
祭壇を中心にして、左右に向かい合う形で設置されている。

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中にはいるのは無料である。
ここには警備員が何人も詰めている。

ドン・ペドロ1世は、元々はポルトガルの王子。
ブラジルの独立は、激しい戦争をしたわけでもない。
独立時の人口は約500万人。
半分が、奴隷だったそうである。
そのドン・ペドロ1世も、独立後まもなく、追い出される。
そしてポルトガルでペドロ4世として国王になっている。
幼いドン・ペドロ2世が形ばかりの、第2代のブラジル皇帝となった。
そして、最後の皇帝だった。
そのポルトガル国王ペドロ4世となったはずの墓がどうしてまたブラジルに戻ってきているのかはわからない。
いずれ調べてみたいと思う。

色々な角度から、独立記念塔を見てみた。
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ちょうど大陸の中国人の団体が来ていた。
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中国人というのはすごいと思った事がある。
独立記念塔のところで、学校帰りの10代半ばの3人の女学生が仲良く喋っていた。
日本でもよく公園で見かけるような風景である。

中国人は、
このうちの白人だけを、
それも言葉も出来ないのに、
強引に腕を引っぱって連れ出した。
そして、仲間数人と一緒にその彼女を入れて記念写真を撮っていた。

黒人系は無視である。

何というあからさまな人種差別かと唖然とした。
まったくひどいものだ。
ブラジルまで来ている団体なので、
共産党か政府の幹部のはずである。
それが、よその国に来てまで、こういう狼藉を働いてきたのである。

白人に関する中国人の深い劣等感を示しているともいるが、
同時に日本人もここまで事はしないかもしれないが、
近いものはあるのではないかと思った。

自分は、仲良しの3人を一緒に写真を撮ってあげた。
仲良しなのだから当然である。
Spd20061130pipt

ブラジルは、そういう国である。

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この公園の北部はイピランガ側が南西から北東に抜けており低地である。

南に向かって徐々に高度を増してくる。
非常に緩い坂である。

公園のあるイピランガの丘の西側にイピランガ川が走っており、この川の両岸を利用して大通りを南に行くと、サントスへ向かうハイウェーとなる。

東側のタマンドゥアテイ川の両岸も大通りになっており、サン・カエターノ・ド・スル市、サント・アンドレ市、マウア市、リベイロン・ピーレス市につながっている。

このタマンドゥアテイ川の両岸は工業・物流地区である。
平日は大型車の通行が多い。
しかし、近年西岸になるイピランガの丘側は、工場の移転があり、かなり静かになっている。
以前は、平日は東部に向かう車両で大渋滞していた。

イピランガの丘は、区画がきちんとして見えるが、それだけに一方通行が多い。
突然、一方通行が対面通行になったり、一方通行が逆になるところがあるので油断してはいけない。

周辺は、基本的に割と古い住宅地。
中流の中もしくは下程度か。
近年アパートが増えてきた。
休日は、幹線道路を除いてはとても静かなところである。

なお、学校や病院がとても多いところである。

古くから開けたところだけに、大規模なファヴェーラはない。
ただ、低地の商工業混在地域には、低劣な住宅がある。
公園のすぐ近くでは、公園の北東端付近がそれにあたる。

とても危険という地域は他にはない。
通常に、周囲に気を付けていればよいだろう。
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サンパウロの歴史的中心部のセントロから、
この公園に至るアプローチは簡単である。

エスタード大通りを南東に行き、
ドン・ペドロ1世大通りに入り真っ直ぐ南に行けば突き当たる。
(紺色の経路。)

駐車場に行くには、右側を登っていき、パトリオッタス通りでちょっと無理をする方法もあるが、
正しくは東側に行き、パトリオッタス通りにはいるのが正しい。
公園の南北の間を抜けるパトリオッタス通りとナザレ通りの交差点の手前左側に、駐車場入り口がある。

帰路は、色々考えられるが、ベストというものはない。
どれも、複雑だからである。
(水色の経路)

駐車場入り口をでて、ナザレ通りを渡り、イピランガ川を渡り、バシリオ・ダ・クンニャ通りを登り、リンス・ヂ・ヴァスイコンセイロ大通りを右に入り、カンブシの丘を下り、そこからがやや複雑なのだが、リベルダーヂの低地部分に辿り着き、そしてさらにバロン・ヂ・イグアペ通りをのぼり、コンセリェイロ・フルタード通りを右折し、登っていくと、セ広場に行き着く。
ドン・ペドロ1世大通りからカンブシに入る方法もある。

エスタード大通りをドン・ペドロ1世広場まで行き、一旦レスチ・オエスチに入り、5月23日大通りの手前を右に出て、メリア・パウラ通りを右にはいると、そこももうセ広場はすぐ近くである。
遠回りだが単純な道である。

なお、パトリオッタス通りの公園部分は日曜日は通行止めになっている。

また、紹介した経路のうちで、大通りではないところではあるが、
少なくとも2箇所では土曜日もしくは日曜日にフェイラが開催されていて、回り道を余儀なくされる。

カンブシやリベルダーヂあたりで、突然に回り道をさせられると言う事は、とても大変な思いをすることを心しておいて欲しい。
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この公園の評価としては次の通り。

この公園は、観光地である。
そう見ておく必要がある。

少なくとも、独立記念塔とパウリスタ博物館に関しては、
何にも観光の目玉がないサンパウロでは、数少ない観光スポットである。

国際的な観光スポットではないが、
ブラジル人ならば一度は訪れてもよいところである。

サンパウロで、観光バスに乗ると一応ここはかならずはいるはずである。
がっかりするかどうかは、それぞれの価値観の問題である。

平日でも、
そういった観光客が訪れている。
観光バスに乗ってやってきた団体客もちらほらと見かける。
おもに、独立記念塔のほうに多い。
写真を撮って終わりである。

博物館は、時間がかかるのと、疲れるのと、
たいしたことがないと言えば、確かにそうなので割愛される事が多い。

この博物館と独立記念塔は、あくまでも観光スポットである。
サンパウロの人でも、これらは2-3回訪れれば十分なはずである。
学童の頃に、学校で行ったきりという人も多いはずである。

博物館と独立記念塔に公園に行くたびに必ず行くという人もいないはずである。

これらを除いてこの公園の評価をする。

南北に長いこの公園を区域分けしてみた方がいいだろう。

北部は、独立記念塔をのぞくと、広く緩やかな坂になっている。
その真ん中と記念塔の周辺は舗装されている。

平日は静かだが、休日は子供達でいっぱいである。
たこ揚げをしたり、ローラースケートやスケートボートをする子供が多い。
とても賑やかである。
そういった意味で、落ち着かないという事も言える。

森になったところが少なく、日陰が少ないので、晴天の時は、日中はとても暑い。

周囲の車の通行が多く、騒音も大きい。

公園南部は、
庭園部分と博物館の周囲に分けられる。

庭園は見事である。
休日でもそれほど人は多くないので、ベンチに座って過ごすのも悪くない。
庭園の東西の一段高いところにもベンチは多く、そこは木陰も多いので涼しい。
特に東側が静かである。

サンパウロでは、このように整った庭園になっているところは他にないので、ちょっとだけ別の国に来たような気分にもなれる。

博物館の前は広場で、庭園を一望するのにはよいが、ベンチはない。
それほど広くもない博物館の裏に、公園らしい設備が集中している。

ただ、木が茂っているので、遊び場も含めて、湿っぽい。
薄暗い。

それぞれの設備の規模も大きくはない。
その割に人は多い。

ジョギングやウォーキングをする人は、
博物館裏の散策路や博物館の周囲を回っている人が多い。

庭園部分や、北の部分には多くない。

もちろん、ジョッギングやウォーキングをする人はまず白人の中流の中以上である。

こういった発言力のあるスポーツ愛好家の圧力があるのだろう。
この公園の開園時間は5時から20時までと、とても長い。
また、日の出前と日没後にも開園しているという事は、
とりもなおさず園内の治安には格別の配慮がなされているという事である。
つまり、かなり安全なはずだ。
もちろん、自己責任であるが。

この公園は、南北にとても長い。
端から端までいるくと、歩くと意外に疲れる。

この公園は、
観光地なので、実に色々な人が訪れる。
北部に多い子供達は、その周囲の劣悪な環境の子供も多い。

ただ、博物館のような有料施設には、白人が多いので、全体としてみても白人が多いようだ。
社会階層の高そうな白人も散見する。
住民も、宅地としての開発の歴史が長い、高台に住んでいるのは、白人系が多い。

この付近には日系人は少なからず住んでいるはずなのだが、公園ではそれほど見かけない。
だが、観光地なので、日本人がいても不思議ではないだろう。

公園として考えた時には、フランス式庭園にしか魅力はない。
そこで時を過ごしたいならば、この公園に来る意味はある。
それ以外には魅力はない。

そして、ついでに博物館にも足を運ぶのも悪くはない。
博物館は有料と言ってもたかがしれているので、何度も通っても悪くはないはずだ。
何度か行くと、この博物館のいいところも見えてくるはずである。

公園の景観としては、独立記念塔と博物館の存在無しには語れない。
サンパウロで最もフォトジェニックなところである。

尚、この公園はトイレの設備が極めて少ない事で知られている。

2箇所しかない。
北部の独立記念塔の中に一箇所、
そして南部の遊び場の隣に1箇所である。
そしてこのトイレは湿気ていて、且つ混んでいる。

博物館の内部にもない。

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ブラジル・サッカー:2007 その16 横浜マリノスが、マグロンの件を協議。

ボランチのマグロンMagrãoの残留の物語の新しい章が、近々コリンチャンスCorinthiansで始まる。

マグロンの所有権者である横浜マリノスYokohama Marinosの代理人が、マグロンの状況を解決するためにブラジルBrasilを訪れるだろう。

マグロンMagrãoはコリンチャンスTimãoとは8月までの契約がある。
しかし、横浜マリノスはマグロンのを最終的に自由にする事に合意する事を早めたい。そのためには、コリンチャンスにはとても高くなったと考えられる8.5百万レアル(=約5億円)を要求する。

「自分は諦めていない。 ここにいる限りは、希望を持っていたい。 契約が終了したあとはここにいる事は出来ない。 それを知っているから、コリンチャンスCorinthiansはそれをすぐにでも解決するためにマリノスMarinosと話をする」と、マグロンは明言した。

ブラジルにいたいと望んでいるにもかかわらず、マグロンMagrãoはレンタル期間が終了したあとに日本のサッカーに戻る事を打ち消してはない。

「ここにいて幸せである。 しかし、彼らと契約に署名した。 戻らないと話す事は出来ない。 多くの人がコリンチャンスCorinthiansが解雇リストを作っているという。 しかし自分はここにいるという。 それは自分をとても満足させている」と締めた。

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コリンチャンスは、とても支払えません。

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terça-feira, 17 de abril de 2007

サッカー:ニウマールの行方 その14 またコリンチャンスと揉め始めた。

先週木曜日(4月12日)に、ニウマールとコリンチャンスは、12月までニウマールが残留する事に同意したという事で、ひとまず懸案はなくなったはずだった。
しかし、4月17日(火)に、また揉め始めた。

いつもの事ながら、悪いのはコリンチャンスである。

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コリンチャンスCorinthiansの役員にイライラして、FWニウマールNilmarはパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeに行かなかった。
クラブを去るため法的に争う事を約束した。

ニウマールは、先週木曜日に、コリンチャンスと今年の末まで残留するという合意した事を発表していた。
しかしコリンチャンスTimãoは後戻りをした。
社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibが合意書に署名をせず、ニウマールの代理人達を怒り狂わせた。

「金曜日に署名する事になっていたが、しなかった。 月曜日に署名を持ってくる事になっていたが、持ってこなかった。 悲しい事だが、コリンチャンスCorinthiansを信じる事は出来ない。 信用のある人がクラブを動かしていない」と、ニウマールの代理人のオルランド・ダ・オーラOrlando da Horaは明言した。

ニウマールNilmarは、この火曜日に、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeに行かなかった。
彼の代理人達は、ニウマールが左膝の手術の回復のワークをどこで続けるか検討している。
ニウマールが他のクラブでトレーニングをするという招待を受ける事を打ち消してはいない。

「裁判する事にする。 我々に理由がある事も見せるために戦う。 彼はもうトレーニングをしない。 どんな選手でもそうするようにだ。 誰もニウマールを尊重していない。 すぐにでも、コリンチャンスCorinthiansでプレイするためには支払いの義務がある事になる」と、オルランド・ダ・オーラOrlando da Horaは明言した。

オルランド・ダ・オーラは、弁護士のヘラルド・パンショッカHeraldo Panhocaが契約の証明を貰ったも、コリンチャンスの役員からは知らされていないと言った。
オルランド・ダ・オーラによると、エラルド・パンショッカは、リヨン-コリンチャンスLyon-Corinthiansの件についてニウマールの証人としての署名を欲しがっていた。

「我々はニウマールNilmarが今年の末までいると言う事に合意し、コリンチャンスCorinthiansは更新を望んでした。 しかしエラルド・パンショッカHeraldo Panhocaはこの件は裁判所で続けたいようだ」と明言した。

ニウマールの弁護士のブレーノ・タンヌーリBreno Tannuriはまた役員の行ったり来たりが続いている事にイライラしている。

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コリンチャンスには近づかない方がいいようだ。

疲れるだけだ。


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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その93 準決勝戦のチケット。

サンパウロ州選手権の準決勝の試合は、第1戦が4月14日(土)にブラガンチーノ対サントス戦が行われ、4月15日(日)にサン・カエターノ対サンパウロFC戦が、ともにパカエンブー競技場で行われた。

この試合日程が決まったのは、4月12日(木)。
入場券の発売が開始されたのは、4月13日(金)の11時からである。

もちろん、パカエンブー競技場でも発売された。

このところのコリンチャンスの試合は、当日でも十分に空きがある事がわかっていたので、試合の30-40分前に購入していた。

でも、今度は準決勝戦なので当日に買えないかもしれないと思ったので、
12日にパカエンブー競技場に買いに行った。
Spd20070413k

やはり競技場の入場券売り場には列が出来ていた。
この列は、学生などの半額のチケットの列なので、
そうではない列はあっちと指示されて、別の列に並んだ。
Spd20070413a

学生は、学生証を提示しなくてはならない。
更にその学生証の番号は試合毎に登録される。
そうしないと、1人で何枚も半額券を買う者がいるからだ。
偽学生証や、認められない学生証など持っている者がいっぱいいて、
この列はとても時間がかかるのだ。
別の列があって助かった。
いつもはこんな事はない。
しかし、こういった事も何も表示がない。
そこにいる係員が口頭で説明するだけだ。
だから、会話が出来ないものは、何がなんだかわからない。

列に並んでいたら、
アイスクリーム売りがよってきた。
列に並んでいる人が結構買うのである。
Spd20070413b

女の子は、列に並ぶのに飽きてしまった。
Spd20070413c

窓口の横に、
今回の2試合の料金表が貼り付けてある。
いつもより、5割も高いのだ。
Spd20070413d

そして、
この注意書きは、学生証なの度取り扱いについてである。
壁に糊で直接貼り付けてある。
雑な事だ。
Spd20070413e

旗やユニフォームも、いつもはいないところにいた。
もちろん、サントスとサンパウロFCのものだけだ。
Spd20070413f

バイク便のバイクも停まっている。
彼らは、客から依頼を受けてチケットを買って配達するのだ。
ちゃんとした人は自分では買いに行かない。
Spd20070413h

すでに、ダフ屋がいっぱいいた。
更に、いつもいるのだが、
チケットを買う金をせびる者がいる。
いくらでもいいから1レアルでもいいからと、金のありそうなものにせびるのだ。
何十回かそういう事を続ければ、安い席の券が買えるというわけだ。
Spd20070413i

いままでは、通常サッカーのチケットは
競技場に向かって左側の窓口でチケットは販売されてたのだが、
このところ右側の窓口で発売されている。
何か工事が始まっているのである。
おそらく来年開館予定のサッカー博物館の工事がついに始まったようだ。
Spd20070413g

この日は曇りだった。
Spd20070413j

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ブラジル・サンパウロの自損事故 その11

拙宅の近くの、衝突事故の多発地点での、事故は相変わらず続いている。

毎週週末は、まず事故が起きていると言ってもよい。

金曜日と同様日の夜に続けて起きる事もある。

カーブをタイヤを鳴らして走ってくる車は多いのだが、
衝突する車の音は、一段と高い。
何か違うのだ。

この4月15日(日)の朝5時過ぎにもまた起きた。

タイヤが鳴る音に続いて、衝突音。
ずんと響く音がする。

ブレーキも使ったような音がしなかった。

もう慣れているので、いちいち気にしない。

パカエンブー競技場に出かける時に、事故現場を見てみた。

ポールが曲がっている。
道路名の表示板のためのポールである。
Spd20070414b

その向こうにタイヤ・カバーが転がっていた。

通りゆくサントスのファンは、ここが事故多発地点とは何も知らないだろう。
Spd20070414a

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その92 第15節 コリンチャンス対グレミオ・バルエリ戦 観戦1。

3月24日(日)18時10分から、サンパウロのパカエンブー競技場で行われた、サンパウロ州選手権第15節コリンチャンス対グレミオ・バルエリ戦を観戦に行った。

夏時間が終わって、時間が1時間ずれたので、試合の始まる時にはもう何となく日が陰ってきた。
パカエンブー競技場前のシャルレス・ミラー広場。
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パカエンブー競技場の正面入り口。
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お上りさんみたいな人もいる。
サッカー観戦という思い出は大事だ。
それを撮っている自分も、「お上りさん」と何もかわらない。
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まだまだ入場券を買い求める列が出来ているシャルレス・ミラー広場。
(クリックすると拡大する)
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コリンチャンス大好きのおばあさん。
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コリンチャンスの選手がグラウンドに現れた。
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グレミオ・バルエリの選手達が、自分たちのファンに挨拶。
バルエリは、サンパウロのすぐ西側の衛星都市である。
あのrede TV!の本社もこの街にある。
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コリンチャンスの選手達が、グラウンドの真ん中で挨拶。
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コリンチャンスの控えの選手達。
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グレミオ・バルエリの選手達の記念撮影。
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グレミオ・バルエリの監督。
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コリンチャンスの選手達の記念撮影。
今年のサンパウロ選手権では必ずおこなわれた。
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グレミオ・バルエリのチーム・マスコット。
ひどすぎる。
何とも間抜けだ。
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多分、蜂のようだ。
ひどい。
誰がこんなものを採用したのだろうか。
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コリンチャンスのファン組織”ガヴィオンエス・ダ・フィエウ”の皆様が、パフォーマンスを見せてくださっている。
ユニフォームは、とても大切な表現道具である。
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ガヴィオンエス・ダ・フィエウの皆さん方。
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GKジェアン。
2007年初めにポンチ・プレッタから移籍した。
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右SBウェリンギトン。
2007年初めにグレミオから移籍していた。
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グレミオ・バルエリのキックオフで試合は始まった。
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巨大な幕が広げられた。
"CAMISA 12"もファン組織の一つである。
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この日のパカエンブー競技場。
割と観客は入っていた。
(クリックすると拡大する。)
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ボランチのダニエリ。
2007年初めに、サン・カエターノから移籍していた。
4月に契約解除
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キャプテンで、DFのベットン。
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FWアモローゾ
2006年8月に移籍。
2007年4月に契約解除
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続く。

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ブラジル・サッカー:2007 その15 コリンチャンスの新監督パウロ・セーザル・カルペジアーニを正式発表。

コリンチャンスCorinthiansの新監督パウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpegianiが4月16日(月)午後に正式に紹介された・
パウロ・セーザル・カルペジアーニは容易な日常を過ごす事は期待しておらず、いかなるタイプのプレッシャに対する準備をしていると明確に行った。

「コリンチャンスCorinthiansの指揮が出来る事でとても満足している。 大きなチームにいることについては困難な事はない。 これから起きてくる将来のプレッシャについてはとても平静である。 結果次第だと知ってる」と明言した。

パウロ・セーザル・カルペジアーニは監督としての大切な目標はコリンチャンスのファンの全面的な協力を期待する事だと行った。

「サッカーは日々の改革であると思っている。 これを若い選手とやっていく。 コリンチャンスCorinthiansはブラジルのサッカーでもっとよい選手を見いだしているチームである。 ファンをもまた基本的な部品で、彼らに満足を与えるようにいつもする」と、予防線を張って、約束した。

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コリンチャンスの本部で行われた記者会見には、
コリンチャンス最大のファン組織で、圧力団体の”ガヴィオンエス・ダ・フィエウ”の役員まで現れていた。

もちろん、もう強いプレッシャをかけていた。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その67 ヴァスコ・ダ・ガマの新監督決定。

レナット・ガウーショRenato Gaúchoに代わり、ヴァスコ・ダ・ガマVasco da Gamaを指揮する監督が決まった。
また、リオ・グランヂ・ド・スルRio Grande do Sul州の生まれである。

すでにライバルのフラメンゴFlamengoとボタフォゴBotafogoを指揮した事があるセルソ・ロッチCelso Rothが、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroにむけてチームの準備をする。

新監督は、すでにこの朝(4月16日)に選手達を話をした。
公式に紹介されるのは、社長室で今日月曜日16時にである。

ヴァスコ・ダ・ガマはまたボアヴィスタBoavistaからボランチのチアゴThiagoとFWアンゼルモAnselmoを移籍させた。
15時に紹介される。

セルソ・ロッチは、ボタフォゴBotafogoを去った2005年末から失業していた。
リオ・デ・ジャネイロ州のチーム以外では、彼はインテルナシオナウ、グレミオGrêmio、パルメイラスPalmeiras、サントスSantos、アツレチコ・ミネイロAtlético-MG、ゴイアスGoiás、それにアラブのクラブを指揮してきた。

セルソ・ロッチは自身の技術委員会を連れてこない。
フラメンゴFlamengoにいた時には、セルソ・ロッチはトレーナーのウンベルト・フェヘイラHumberto Ferreiraと監督補佐のマルコス・ツロクルチMarcos Trocourtと仕事をしていた。

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ヴァスコ・ダ・ガマの監督にはむずかしい使命がある。

ブラジル選手権に優勝する事はもちろんだが、
ロマリオの1000ゴールを達成させる事である。

社長のエウリコ・ミランダEurico Mirandaからこの条件をのまされて、監督を受諾したはずだ。

もちろん、ロマリオとも良い関係でなければならない。

ヴァスコ・ダ・ガマの監督については、
アントニオ・ロペスAntônio Lopes、アルフレッド・サンパイオAlfredo Sampaio、カイオ・ジュニオール(現パルメイラス監督)、ヴァグネル・マンシーニVágner Mancini(現パウリスタPaulista監督)、ネルシーニョ・バプチスタNelsinho Baptista(現ポンチ・プレッタPonte Preta監督)、パウロ・セーザル・グスマンPC Gusmão(現ナウチコ監督)などの名前が挙がっていたが、大きく外れた。

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予定では、9時から始まる事になっていたが、
サン・ジャヌアリオSão Januáiroでの、4月16日(月)のヴァスコ・ダ・ガマのトレーニングは約90分間遅れた。

理由は、セルソ・ロッチCelso Rothが選手に紹介されたからである。
彼は9時30分過ぎにクラブに到着して、約30分間選手達を会話した。
その後で、選手達は監督補佐のマウロ・ブリットMauro Britoの指揮のもとグラウンドで体力作りをした。
マイアミMiamiにいるロマリオRomárioが唯一の欠席者だった。

セルソ・ロッチCelso Rothはエウリコ・ミランダEurico Miranda社長の部屋に行って、扉を閉めて会話をした。

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ブラジル・サッカー:2007 その14 カカの従兄弟が試合中に呼吸停止。

4月13日(金)に、CRBのFWデラーニDelaniがペネデンシPenedenseの選手と、高いボールを争ってぶつかった。
意識不明traumatismo cranianoになり、痙攣convulsãoを起こした。

相手チームの医師フェルナンド・アンドラーヂFernando Andradeが、カカKakáの従兄弟であるこの選手の手当てをするために、アラゴアス州選手権Campeonato Alagoanoのこの試合は,前半44分に中止になった。

選手は呼吸も停止した。
マウス・ツー・マウスの人工呼吸respiração boca a bocaと心臓マッサージmassagem cardíacaを行ったあとに回復した。
「20070414sporTVnews-Alagoano.wmv」をダウンロード

救急車は携帯除細動装置を積んでおらず、グラウンドに到着するのが遅れた。
デラーニDelaniはペネードPenedo市立病院に入院し、経過はよい。

「彼は経過を見られなくてはならない。 でがもうよくなっている。 頬のところの、口の中の縫合をしただけだ」と、ペネデンシPenedenseの医師フェルナンド・アンドラーヂFernando Andradeは明言した。

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ブラジルのサッカーの試合では、いつもグラウンドの脇に救急車が止まっている。

州によって違うのかもしれないが、除細動装置の搭載も義務づけられている。
クラブでのトレーニングのおいても、除細動装置は用意されている。


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segunda-feira, 16 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの公園 その30 中心部の公園。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部西部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の中心部の4箇所の公園についておさらいをしておく。

20番は、ルース公園Parque da Luz
21番は、ブエノス・アイレス公園Parque Buenos Aires
22番は、テネンチ・シケイラ・カンポス(トリアノン)公園Parque Tenente Siqueira Campos (Trianon)
23番は、アクリマソン公園Parque da Aclimação

これらの公園の位置を改めて確認する。
黄緑色が、これら4箇所の公園である。
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紺色の線が、サンパウロの歴史的中心部セントロからのアプローチとして使う往路として、紹介したもののひとつである。
水色の線は、それぞれの公園からセントロへの帰路として紹介したルートの一つである。

どの公園も、当たり前の事だが、近い。
と言っても歩いていけるところはない。

しいて言うならばルース公園だろうが、
途中の環境を考えると歩く事はお勧めしない。
平日でもおそらく歩き始めて半分をすぎたところで、断念される事になるだろう。
休日は全ルートが危ない。

どの公園も、公園の中はまず安全だろう。
小さなトラブルや不愉快な体験をする事はあるかもしれないが、大きな危険はないだろう。

だが、どの公園も油断は出来ない。
中心部にあるだけに、そこの住民だけではない人がいるからだ。
ルース公園やトリアノン公園は、そういった点にも注意しなくてはならない。

ブエノスアイレス公園の周辺は、サンパウロでおそらくもっとも治安がよいところだろう。
夜でも、犬の散歩をしている人を見るくらいだ。

アクリマソン公園の周囲も、それほど悪くない住宅地である。

ただ、どの公園も小さいのでわざわざ行くほどの事はない。

近所に住んでいるとか、たまたまその付近に来た時にちょっと覗いてみるだけで十分だ。

ルース公園は、園内にピナコテッカという素晴らしい美術館があるし、
そのほかにも近くに美術館や博物館があるので、
そういったところへ行った時に、
社会勉強のために、もしくは肝試しとして行ってみるとよい。
何か変な感じがしたら、ピナコテッカの「結界」の中に急いで戻ればよい。

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サンパウロの歴史的中心部セントロは、衰退しスラム化しているところが多い。

郊外にあるような劣悪なバラックが並ぶファヴェーラはない。

しかし、かつては一等地の業務ビルやアパートもしくは戸建て住宅だったところに入り込んで、占拠しているところも多い。

休日にも、セントロに子供が多いのは、こういった住居に住んでいる子供が多い。

また、低地に多いのだが、廃品回収を生業としている人たちも、そのまま路上生活をしている。
こちらも家族構成が大きい。

かつての輝きはないと言っても、セントロは今でもサンパウロで最大の業務集積地区として立派に機能を果たしている。
株式や商品取引所もある。
卸売りの機能もここに最大のものがある。
商店街もまだまだ栄えている。

そういった事もあって、平日の日中は、人々が忙しく歩き回っている。
以前は、もっと怪しい目つきをして道にたたずんでいる人がいっぱいいたが、今はあまり見ない。
引ったくりやスリが日常茶飯事だった。

どちらかというと平日のほうが安全である。
休日には事務所や店舗の多くが閉まるので、人通りが極端に減る。
残っているのは、このあたりの住民や怪しい人だけである。

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セントロを中心としたサンパウロの危険度をマッピングしてみた。

赤が濃いほど危険度が高い。
もっとも赤いところには、「立ち入り無用」と考えてもらいたい。
幹線道路でも、信号待ちは不気味な時がある。

この危険度は、
一般的な危険度と日本人にとっての危険度を考えて作成した。

着色していない地区が安全ということではない。
それなりに危険なのである。
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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その91 笠井健太選手、ベンチ入り。

サッカー・サンパウロ州選手権は、第1フェースの試合は4月11日(水)に行われた第19節を以て終了して順位は決定した

この上位4チームで、最終的な優勝を決める決勝トーナメントが、4月14日(土)から行われている。

準決勝の組合せは次の通り
ホーム・アウェイ戦で行われている。

  サントス(1位)     ×   ブラガンチーノ(4位)
  サンパウロFC(2位) ×   ノロエスチ(3位)

さて、このサンパウロ州選手権には、
20チームが参加するのだが、
チームの実力の差がかなり大きい。

いつもサンパウロ市のクラブが優勝してきたと言ってもよい。
つまり、コリンチャンス、パルメイラス、サンパウロFCのことである。
例外は、伝統のあるサントスである。
この4チームが圧倒的に強いのである。
ブラジル選手権から果てはリベルタドーレス杯でも優勝するようなチームなのでその差は歴然としている。

そのほかのチームは、このサンパウロ州選手権の時だけ、プロチームを編成するようなところが多いのである。

本来ならば、
コリンチャンスやパルメイラスは、
こういった「小さなクラブ」のチームに負けてはならないのである。

「小さなクラブ」は、だいたいサンパウロ州の内陸部の中都市のクラブチームである。
中都市もどんどんと発展していて、
中にはブラジル選手権にも出場するようなクラブになったところもある。

そこで、そのサンパウロ市のチームをはずして、さらに決勝トーナメントに進出したチームも除外して、残りのチームの上位4チームで争う内陸部杯Taca Interior」と言うのを作った。

今年は、次の組合せで準決勝戦がホーム・アウェー戦で行われている。
パウリスタ(6位) × グァラチングェタ(10位)
ノロエスチ(7位) × ポンチ・プレッタ(8位)

※パルメイラス(5位)、コリンチャンス(9位)が除かれた。

4月15日(日)20時10分から、グァラチングェタ対パウリスタの試合が行われた。

(グァラチングェタの先発と控え)
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(パウリスタの先発と控え)
※クリックすると拡大する。
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この試合では、
笠井健太選手がパウリスタの控えに入った。
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テレビの映像で、(多分)確実にとらえられたのは、1回だけであった。
つまり試合には残念ながら出場しなかったのだ。

(国歌演奏)
「20070415Futebol-CPTISF-Guaratingueta-Paulista-Hino.wmv」をダウンロード

試合は、1対0でパウリスタが敗れた。
「20070415sporTVnews-CPTISF-Guaratingueta-Paulista.wmv」をダウンロード

今週末は、パウリスタのホームのジュンジャイで試合が行われる。

楽しそうにしている。
「20070415Futebol-CPTISF-Guaratingueta-Paulista.wmv」をダウンロード

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サッカー:ニウマールの行方 その13 ビデオゲームとコメディー。

4月12日(木)に、コリンチャンスCorinthiansのFWニウマールNilmarは、3月に怪我をした左膝の手術からの回復の長い過程を忘れ、時と戦うのに2つの大きな仲間があると明かした。
ビデオゲームとコメディー映画である。

「プレイステーション3playstation 3を買った。 バルセロナBarcelonaとマンチェスターManchesterとのサッカー・ゲームが好きだ。 悪いプレイヤーではない。 またコメディー映画を見るのが好きだ」と明言した。
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治療の間、ニウマールNilmarはほぼ毎日パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeで過ごしている。 家に着いた時に、妻ラウラLauraの優しさに包まれる。 3年間一緒にいる。

この週末、年末までコリンチャンスTimãoにいる事に合意したニウマールは家族と一緒に過ごすためにパラナParaná州のバンデイランチスBandeirantesに行く。

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ニウマールの私生活の一端をうかがわせるいい話だ。

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サッカー:ニウマールの行方 その12 最初の1ヶ月はきつかったと語った

コリンチャンスCorinthiansのFWニウマールNilmarは、4月12日(木)に左膝の怪我のあととても冷静になったと明らかにした。
ニウマールは1年間未満の間に2度の重大なケガをした。

しかし、ニウマールは3月はじめに起きたケガのすぐあとは、きつい時を過ごしたと認めた。

「手術をするまでに期間はあったが、それはとてもきつい期間であった。 自分の父親ニウトンNiltonがちょうど緊急治療室を出て、検査をするためにサンパウロSão Pauloにいた。 かれは自分が怪我をしたパルメイラスPalmeiras戦に来る事も出来なかったし、また入院してしまった。 きつい1ヶ月であった」と明言した。
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ニウマールNilmarは4月4日に怪我をして、13日に手術をした。
回復するのに友達の援助があったと言った。

「リオ・デ・ジャネイロのラファエル・モウラRafael Mouraの家で1週間過ごした。 ホテルで過ごすよりもとても良かった」と明言した。

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ラファエル・モウラは、今はフルミネンシにいるが、2006年のシーズンはコリンチャンスにいた。

選手間でこのような交流があるとはいい話だ。

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ブラジル・サッカー:2007 その13 コリンチャンスの新監督パウロ・セーザル・カルペジアーニの経歴。

コリンチャンスCorinthiansの新監督パウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpegianiは、1949年2月17日にエレシンErechimに生まれた。
選手としてはフラメンゴFlamengoとインテルナシオナウInternacionalそしてブラジル代表seleção brasileiraでプレイした。

インテルナシオナウColoradoで、1970年から1976年にリオ・グランヂ・ド・スル州選手権に連続優勝し、1975年と1976年にブラジル選手権campeão brasileiroで連続優勝。
フラメンゴFlamengoで、1978年と1979年にリオ・デ・ジャネイロ州選手権で連続優勝し、1980年にブラjりうせんしゅけんで優勝。
1974年のワールドカップCopa do Mundoに、ブラジル代表seleção brasileiraとして出場した。

監督として、フラメンゴFlamengo、インテルナシオナウInternacional、パルメイラスPalmeiras、サンパウロFCを指揮した。
更に、パラグアイParaguaiとクウェートKwaitの代表も指揮した。
もっともタイトルを取ったのは、フラメンゴにいる時で、1981年にリベルタドーレス杯Taça Libertadoresと世界インタークラブMundial Interclubesに、そして1982年にブラジル選手権で優勝した。

彼の最近の仕事で一番目立つのは1999年にサンパウロFCにいるときでブラジル選手権の準決勝まで進出した。
しかし歴史的な試合でコリンチャンスCorinthiansに敗れた。

このところ、パウロ・セーザル・カルペジアーニは、選手を見いだすために2001年に設立したポルト・アレグレPorto Alegreにある自分のクラブをみていた。


名前: Paulo César Carpegiani
年齢:: 58歳 (1949年2月17日エレシンErechim-RS生まれ)

選手としてのクラブ: インテルナシオナウInternacional, フラメンゴFlamengo
              ブラジル代表seleção brasileira.

選手としてのタイトル:
1969    リオ・グランヂ・ド・スル州選手権U-20優勝Campeão Gaúcho Sub-20
         - インテルナシオナウS.C. Internacional - RS
1970-76 リオ・グランヂ・ド・スル州選手権7年連続優勝Heptacampeão Gaúcho
         - S.C. Internacional - RS
1975-76 ブラジル選手権2連続優勝Bicampeão Brasileiro
         - S.C. Internacional - RS
1978-79 Bicampeão da Taça Guanabara - C.R. Flamengo - RJ
       グァナバラ杯連続優勝-フラメンゴ
1978-79 Bicampeão Carioca - C.R. Flamengo - RJ
       リオ・デ・ジャネイロ州選手権連続優勝
1980 Campeão Brasileiro - C.R. Flamengo - RJ
       ブラジル選手権優勝

監督としてのクラブ:
1981-83 フラメンゴClube de Regatas Flamengo (RJ) – Brasil
1983-84 アル・ナッセールAl Nasser Club
          – サウジ・アラビアArábia Saudita
1985 インテルナシオナウSport Club Internacional (RS) – Brasil
1987 パルメイラスSociedade Esportiva Palmeiras (SP) – Brasil
1992 バルセロナ・ヂ・グアヤキルBarcelona de Guayaquil
           – エクアドルEquador
1993-94 セロ・ポルテーニョClub Cerro Porteño
           – パラグアイParaguai
1995 コリチーバCoritiba Football Club (PR) – Brasil
1996-98 パラグアイ代表Seleção Paraguaia de Futebol
1999 サンパウロFC São Paulo Futebol Clube (SP) – Brasil
2000 フラメンゴClube de Regatas Flamengo (RJ) – Brasil
2001 アツレチコ・パラナエンシClube Atlético Paranaense (PR) – Brasil
2001 クルゼイロCruzeiro Futebol Clube (MG) – Brasil
2003-2004 クウェート代表Seleção Nacional do Kuwait

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監督としての経歴が華々しかったのは最初だけのような。

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domingo, 15 de abril de 2007

ブラジル・サッカー:2007 その12 コリンチャンスの新監督決定で、アベル・ブラーガが幸せ。

コリンチャンスCorinthiansとパウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpegianiが合意した事で、アベル・ブラーガAbel Bragaは個人的に幸せである。

第1は、彼の名前が挙がる事が終わったからである。
第2に、プロとしての仕事がとても賞賛された事に満足しているからである。

金曜日に、バケツをけっ飛ばして、コリンチャンスCorinthiansには行かないと言った時に、アベル・ブラガはパウロ・セーザル・カルペジアーニを賞賛した。

「とても好きな人物である。 パウロ・セーザル・カルペジアーニは傑出した人物である。最高の人物でよい監督だ。 パラグアイ代表seleção paraguaiaで素晴らしい仕事をした。 フラメンゴFlamengoで世界チャンピオンになった。 しばらく離れていたのは不思議だった」と、アベル・ブラガはこの機会にコメントしていた。

インテルナシオナウの監督アベル・ブラガは、エーメルソン・レオンEmerson Leão監督が去った時からコリンチャンスCorinthiansからの誘いに悩まされた。

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コリンチャンスからの誘いが繰り返されるたびに、強く否定していたが、
仕事が認められ監督として高く評価されている事を証明していたと言う事で
内心は嬉しかったわけだ。

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ブラジル・サッカー:2007 その11 パウロ・セーザル・カルペジアーニ新監督は、チームを連れて引きこもる。

コリンチャンスCorinthiansの新監督のパウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpegianiは、ブラジル杯のベスト16戦で対戦する対ナウチコNáuticoの最初の試合を見るためにレシフェRecifeに行く。
しかし、控え席には入らない。

監督の仕事は、彼がチームをサンパウロSão Paulo市を離れたところに連れて行きトレーニングをする金曜日に始まる。
場所はまだ選定されていない。
エーメルソン・レオンEmerson Leão監督がチームの基地に使ったジャリヌJarinuのサンタ・フィオメナ農場estância Santa Filomenaは外される。

コリンチャンスTimãoは、4月15日にパカエンブーPacaembu競技場で行われるナウチコNáuticoとの第2戦の前日まで隠棲する。
トレーニングの間に、パウロ・セーザル・カルペジアーニはどの選手を必要としないかを決定する事になる。

「彼はこの移管を選手を評価するのに利用する。 このあとで、我々はどうするのかを決定する」と、社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibの右腕のレナット・ドゥップラRenato Dupratは明言した。

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本来持っている練習場を離れて、
田舎で合宿するチームは弱いチームだ。

コリンチャンスは、2006年からこんな事ばかりしている。

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ブラジル・サッカー:2007 その10 コリンチャンスの新監督に、パウロ・セーザル・カルペジアーニ。

この木曜日にコリンチャンスCorinthiansの社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibから打ち消されていたパウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César CarpegianiがコリンチャンスTimãoの新監督。
4月15日(日)の朝に、発表された。

パウロ・セーザル・カルペジアーニは土曜日にアルベルト・ドゥアリビの家で会議をして、1年間の契約に署名した。
パウロ・セーザル・カルペジアーニは日曜日にポルト・アレグレPorto Alegreに行って、月曜日(4月16日)の18時に現れる。

パウロ・セーザル・カルペジアーニの選出は、社長の右腕のレナット・ドゥップラRenato Dupratの勝利である。
彼が、アルベルト・ドゥアリビにパウロ・セーザル・カルペジアーニ監督の契約をさせる事が出来た。
そのほかの副社長はチチTiteとの合意していた。
新監督は、4月3日に解任されたエーメルソン・レオンEmerson Leãoの替わりである。

「彼は月曜日にあらわれる。 社長の家に行って、契約に署名した。 すべてちゃんとしている」と、レナット・ドゥップラは保証した。

パウロ・セーザル・カルペジアーニは一年半クラブを指揮していない。
サンパウロ州のサッカークラブでは、パルメイラスPalmeirasとサンパウロFCで働いた事がある。

パウロ・セーザル・カルペジアーニは、4月25日に行われるブラジル杯Copa do Brasilの対ナウチコNáutico戦の第2戦からチームのトレーニングをする事になる。
この水曜日(4月18日)に行われる第1戦は、ゼ・アウグストZé Augustoがチームを指揮する。

パウロ・セーザル・カルペジアーニは、選手であった時にインテルナシオナウの同僚であった監督補佐として、クラウヂオ・ドゥアルチCláudio Duarteを連れてくる。
コリンチャンスはリカルド・ローザRicardo Rosaをトレーナーとして公式に発表した。
いま、GKのトレーナーを捜している。

パウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpegianiは58歳。
1981年にフラメンゴFlamengoで、リベルタドーレスLibertadores杯と世界インタークラブMundial Interclubesに、そして1982年にブラジル選手権に優勝した。
また、1998年にはワールドカップのパラグアイ代表監督であった。

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一度は消えた名前が、コリンチャンスの新監督として発表された。

本命視されたアベル・ブラーガが強く拒絶した事で混迷化していたが、
早く新監督を決めて欲しいという選手達の願いが叶った事になった。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その90 準決勝戦 サン・カエターノ対サンパウロFC戦。

サッカー・サンパウロ州選手権の準決勝のサン・カエターノ対サンパウロFC戦が、4月15日(日)16時から、サンパウロのパカエンブー競技場で行われる。

14時でも、競技場周辺は静かだった。
15時前からちょっと人の動きが出て来た。
もうすぐ試合開始前30分になるのだが、それでもそれほど騒がしくない。

昨日のサントス・ファンとは大違いだ。

サンパウロFCのファンは、いつも思うのだが、かなり淡泊である。
行く試合と、行かない試合の区別をしているようだ。
動員数に、かなりの幅がある。

のべつまくなし競技場に現れるコリンチャンスのファンとはえらい違いである。
ここが、コリンチャンスの通算観客動員数がいつも圧倒的に多い事と、テレビの放映回数が多い事につながっていると思われる。

そろそろ、出かける事にする。

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競技場に行くと、意外に観客はいた。

試合開始の頃はよく晴れていたのだが、
徐々に曇ってきた。
(サン・カエターノの先発と控え)
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Spd20070415g

(サンパウロFCの先発と控え)
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Spd20070415i
※控え席の一番手前に座っているのが鹿島アントラーズに移籍の噂もあるジュニーニョ
 いかにも控え席が不満そうだ。

試合は、前半にサンパウロFCが1ゴールを決めて、
99%を占めるサンパウロFCは気をよくしていた。

後半に入って、追加点を目指すサンパウロFC。
でも、サン・カエターノの好守もしくはサンパウロFCの拙攻によって、なかなか決まらない。

ついに、サン・カエターノが1ゴール。
記録上は、サンパウロFCの自殺点のようだった。

その後も、サンパウロFCはゴールを目指すが、
帰ってサン・カエターノにカウンターを攻撃を食らうなど苦戦。

多くの観客のフラストレーションが溜まっていった。

結果は1対1。
Spd20070415j

「20070415sporTVnews-CPSF-SaoCaetano-SaoPaulo.wmv」をダウンロード

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このところのコリンチャンスの試合に比べると、
チームの動きが全然違う。

各選手のカバーする範囲が広い。

18時過ぎに試合は終了した。

有料入場者は、1万7千人であった。

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ブラジル・サンパウロは「秋」2007 その4 「カフェの実」が食べられている。

ブラジル・サンパウロは「秋」だ。

4月11日(水)・12日(木)と、夜は冷え込んだ。
布団に加えて、毛布が必要になった。

一見、一年を通じて季節の変化がないように思えるサンパウロだが、
何年か過ごすと、
やはりその変化がある事に気付いてくる。

たとえば、カフェだ。

サンパウロでは、街路樹としてもカフェの木が植えてあるところがある。
拙宅の近くにもそういうところがある。
やはり実が赤くなってきていた。
Spd20070410d

そして、拙宅のカフェの実はもうほとんどが赤くなっている。
Spd20070410b

実の重さで、枝が下がるくらいになっていて、
今年は豊作だなあと思っていた。
Spd20070410a

だが、木の回りにその実がかなりこぼれているのに気が付いた。

そして、実が割れて、中からコーヒー豆が出て来ている。

どうも、朝早くインコがやってきて、実を漁っているらしい。

インコは、集団で生活している。
20羽くらいもやって来て、一気に仕事に取りかかる。

やって来るのは朝だけだ。
とても、慎重な鳥で、
人の気配を感じるとすぐに飛び去ってしまう。

鳴き声は、ギャーギャーと賑やかなので、
すぐにどこにいるのかはわかる。

もうあと1週間もこの襲撃が続くと、
実がなくなってしまいそうだ。

コーヒー豆の外側の実は甘いのだ。
Spd20070410c

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ブラジル・サンパウロの公園 その29 Parque da Aclimação

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部西部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の中心部の公園を紹介している。
”緑の地図”による23番は、アクリマソン公園Parque da Aclimação。

面積:118.787 m²
開園:1939年

池が、公園の最も重要な環境要素である。
アルカンジェロ・イアネリArcângelo Ianelliの3つの作品が公園に寄贈されている。
アクリマソン公園Parque da Aclimaçãoは、1920年代には、池を使って、貸しボート、水泳等の活動が行われていた。
またダンスホール、レストラン、スケートリンク、色々な市もあった。
また、動物園もあった。

住所:Rua Muniz de Souza, 1.119 - Aclimação
電話: (11)3208-4042
開園時間: 6h-20h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南に2.5キロ離れた中心部にある。

主な設備は、遊び場、サッカー場、器械運動器具、散策路。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070409pgmo_1

公園の真ん中に池がある。
この池の周囲が実際に使えるところである。
この公園は北と南に開けているが、東と西は丘になっている。

公園は、2つに分かれている。
左側には立ち入る事は出来ない。
入り口は6箇所もある。

公園の周囲は、住宅地である。
一戸建てが多かったが、近年アパートが増えてきた。
周囲の住宅街は、「このあたりにしてはいいよ」と以前から言われていた。

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この公園に行ってみた。

全く池が中心の公園である。

不自然に緑色の池。
公園の西側を望む。
遠くのアパート街は、比較的高級と言われている。
(クリックすると拡大する。)
Spd20061226pame

今は貸しボートもなければ、泳ぎも出来ない。
Spd20061226pamc

ひたすら、池の周囲を歩いて廻るしかない。
Spd20061226pami

それもゆっくり歩くというわけではなくて、
ウォーキングをする。
ちゃんとウォーキングをするスタイルでやって来ている人は、中流の中以上と判断できる。
Spd20061226paml

公園の南端に、小鳥の餌がおかれていた。
やって来たのはサビアという、雀よりは二回り大きな小鳥である。
拙宅にもやってくる。
Spd20061226pamj

池の東側の周回路。
池の東側の森は、かなりの傾斜地になっている。
しかし、この傾斜地には小道があるので歩く事が出来る。
Spd20061226pamk

誰かの銅像があった。
Spd20061226pamg

銘板を見ると、この公園は1992年に開園100周年となっている。
その1992年のサンパウロ市長は、あの「パウロ・マルフィ」である。
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遊び場。
Spd20061226pama

サッカー場。
あまり整備状態はよくなかった。
Spd20061226pamb

公園の東側入り口にあったサンパウロ市営公園に共通な公園名称表示板。
Spd20061130pama

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サンパウロの歴史的中心部のセントロのセ広場から、この公園へのアプローチを。、紺色の線で示してみた。

セントロも、この公園があるアクリマソン地区も、その途中の地区(リベルダーヂ地区、カンブシ地区)も、一方通行ばかりなので、道はちょっと複雑である。

実に色々な経路があるのだが、あくまでも例である。
Spd20070409pgmp_1

このアクリマソン地区、カンブシ地区、リベルダーヂ地区は、サンパウロの中心部であり、19世紀には市街化していた地区で、道は狭く複雑である。

実は、20何年か前に、初めて車を手に入れて、2-3日後に地図も持たずに、表示されている地名もよくわからない頃で、もちろん言葉も出来ない頃に、適当に運転して、リベルダーヂ地区からカンブシ地区に入り込んでしまった。
日が暮れたばかりで、一方通行のために、同じところをぐるぐる回る事が続いて、泣きそうになった。
そのころのカンブシは今よりももっと危険な雰囲気に満ちていた。
リベルダーヂ地区のすぐ近くである事は知っていたのだが、抜け出し方がわからない。
汗びっしょりになった。

その時以来、運転には注意するようになった。
事前に地図で確認し。もちろん地図をいつも持って、いい加減には運転しないようにした。
そして、休日の昼にはサンパウロの道を知るために、そこいら中を運転しまくった。
昼間だと、周囲の風景もよく見えて、危険を察知できるからである。
そうやって道を覚えた。

だが、今でもアクリマソン地区やカンブシ地区は苦手である。

もともとこのあたりに、あまり用事がない事もある。
もっと東のイピランガ地区に抜けるために使う道などは知っているのだが、最近はその道も使う必要がない。
今住んでいるところからは別の道を使用するからである。

アクリマソン公園から、セントロのセ広場に戻るルートもいくつか考えてみた。
サンパウロでも古道のヴェルゲイロ通り(およびその続きのリベルダーヂ大通り)にでる必要がある。

点線で示した道は、坂道発進が3度の飯よりも大好きな人以外は避けた方がよい。
とんでもない坂道である。
おまけに長い信号待ちがあり、坂道発進を何回もしなくてはならない。

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このアクリマソン公園の周囲は、基本的に住宅街。

公園のすぐ近くは、中流の中程度の住宅がある。
Spd20070409pgml

北西に500メートルのアパート街は、割と高級と言われている。
でも、よく狙われるところでもある。

30年ほど前の駐在員はこのあたりに住んでいたそうだ。

南西側は、このあたりにしてはよい住宅街。
ただ、近年アパート化してきて、環境が変化している。

東側も、全て住宅街。
公園からはかなり高台になる。
元々は中流の中程度の住宅街であったが、こちらもアパートの建設が進んでいる。
カカが結婚式を挙げた教会は、このあたりにある。
すくなくとも、カカには相応しくない地区である。

この公園から見て、北側はあまり良い地区ではない。
北に行けば行くほど低地になり、スラム化してくる。

このアクリマソン地区は、日本人が集住していたリベルダーヂ地区のすぐ南隣の地区である。
このため、日本人そして日系人が、リベルダーヂ地区をでて、最初に家を構えた地区である。
それで、今でも日系人が多い。

さらに、日系人を追って、あとからやって来た韓国移民がやはりリベルダーヂ地区をでて、アクリマソン地区に入ってきた。
今は、むしろ韓国人の存在をより感じるところになった。
韓国食品店や韓国料理の高級レストランがある。

公園内にも、韓国人移民40年を記念したものが寄贈されている。
Spd20061226pamd

日系人は代を経る毎に、つまりブラジル人化する毎に、サンパウロ市の各所へどんどんと拡散していて、特定の地区への集住はもう昔の事になりつつある。

とはいうもののは、リベルダーヂ地区を起点として、地下鉄に沿って、南側では日系人が割と多いようだ。

このアクリマソン地区も、もちろん多い地区である。

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この公園の評価。

池だけが魅力と言うほどもない。
近所の人が、朝夕にウォーキングや犬の散歩をするためにやってくればよいのでは。

この公園の開園時間は、
今まで紹介してきた多くの公園より2時間ほど長い。
日没後も空いている。
ウォーキングやジョギングをする人が多いという事である。

池の周囲を1周するのに、ゆっくり歩いても15分もかからない。

公園を訪れる人は多い。
平日でも多い。
歩き回る人が多すぎて、落ち着かない公園である。

公園なので色々な人が訪れる。
怪しい人もいないわけではない。

でも、白人の中流の中以上の人も多い。
更に、日系人などの東洋系の顔も多く見かける。
この公園以上に、東洋系の比率が高い公園はない。

なので、日本人が公園にいても浮くことはないだろう。

もっとも、子供が大声で日本語を話していると、これはかなり目立つだろう。
この公園で、日本語を聞く事はかなり稀だろう。

この公園には、駐車場はない。
しかし、幹線道路は別として、住宅地には路上駐車が可能である。
休日には、路上駐車の車が溢れる。
平日にはそうでもない。
ゾナ・アズールであったり、フラネリーニャがいるところもあるが、それくらいは仕方ない。
公園の東側は、通過車両がそれほど多くない、住宅地の道である。

公園の西側の道は幹線道路で交通量が多く、池の西側は騒音が気になるが、
池の東側は比較的静かである。

繰り返しておくが、近所の人向けの公園。
わざわざ来るほどの公園ではない。

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sábado, 14 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その89 準決勝戦 ブラガンチーノ対サントス戦。

4月14日(土)18時10分から、サンパウロ州選手権の準決勝戦のブラガンチーノ対サントス戦が、サンパウロのパカエンブー競技場で行われる。

試合開始の3時間前でも、サントスのファンが続々と競技場周辺に集まってきていた。

2時間前で、もうかなり騒がしくなった。

チケットは昨日中に手に入れた。
でも、少し早めに出かけようと思う。

今日のサンパウロはいい天気だった。

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サントスの曲が聞こえただけで、超興奮状態のサントス・ファン。
「20070414Futebol-CPSF-Bragantino-Santos-Torcedor.MOV」をダウンロード

試合前の国歌演奏
「20070414Futebol-CPSF-Bragantino-Santos-Hino.MOV」をダウンロード

試合は、0対0の引き分け。
「20070414sporTVnews-CPSF-Bragantino-Santos.wmv」をダウンロード

でも、いい試合だった。

少なくとも、両チームともコリンチャンスよりは上手だった。
それは間違いなかった。

有料入場者数は、2万7千人。

もちろん、サントスのファンが、98%
ブラガンチーノの地元は、サンパウロから70キロくらいのブラガンサ・パウリスタと言う町なのだが、
約数百人は来ていて気勢を上げていた。

日系人は割とサントスのファンが多いと、以前から言われているが確かに日系人がちらほらと見られた。
日本人はただ1人かも。

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ゼ・ロベルトは、今日はちょっと疲れていたようだ。
後半になると、試合から消えていた。

ロドリゴ・タバタは、後半途中から登場。
前半の終わりから、タバタを出せと言う声もあった。
グラウンドに入った時は、大きな歓声が上がった。

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サッカー:ニウマールの行方 その11 8月には復帰したい。

FWニウマールNilmarは、8月にもコリンチャンスCorinthiansでプレイに戻ると信じている。
3月13日に起きた左膝の怪我を出術したあとに、医師が予想したよりもずっと前になる。

医師の当初の予想では、回復には6-8ヵ月であった。
しかしニウマールは5ヵ月でグラウンドに入る準備が整うと信じている。

「いい調子だ。 5ヵ月でプレイできると期待している。 最初のケガの時は4ヵ月半で練習試合をする事が出来た。しかしグラウンドに戻ったのは7ヵ月後であった。 それは休暇があったり、合宿を離れるというあの問題があったからである」と。ニウマールは例えた。

ニウマールNilmarは、2006年7月に最初のケガをした。
12月の終わりに、ニウマールは医師からボールを使った練習を解禁された。
しかし、シーズン後の休暇になった。
1月からのシーズン前の合宿で、コリンチャンスがサンパウロ選手権を始める前に、練習試合に参加した。
しかし、コリンチャンスとの合意がなかった事で合宿を離れた。
また時を失し、グラウンドに戻ったのは2月の半ばであった。

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まだまだ、ニウマールに関しては、これから先色々な物語が起きてきそうだ。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その66 マイアミで頭を冷やす。

1000ゴール達成についての色々な物語でいっぱいのロマリオRomárioは、4月13日(金)に米国Estados UnidosのマイアミMiamiに行った。
ロマリオBaixinhoは将来については何も語りたがらなかった。
とにかく休む必要がある。 その後に、戻ってきたら記者会見に応じるという。

「彼は1人で米国に行った。 友達を訪ねて、約束を果たすためである。 たまたまマイアミMiamiに行ったのであって、彼はまたあのチームでプレイしたいとは思っていない」と、ロマリオRomárioの妻のイザベラ・ビッテンクルチIsabella Bittencourtは、2人が別れるのではないかという噂を否定し、明快に語った。

ロマリオBaixinhoはむずかしい時をすごしている。
ヴァスコ・ダ・ガマは、リオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Cariocaとブラジル杯Copa do Brasilに敗退して、ロマリオRomárioはまだどうやって1000ゴールを決めるのかを決めていない。
望んでいたように公式戦と言う事になると、今から1ヵ月後の5月13日にナタウNatalのマシャドンMachadão競技場で行われる、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroの初戦の対アメリカAmérica-RN戦がヴァスコ・ダ・ガマの次の試合である。

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いつ、マイアミから戻ってくるのか。
トレーニングを続けていないと、身体を戻すのに時間が必要になる。
41歳のロマリオ。

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ブラジル・サッカー:2007 その9 レナット・ガウーショ監督解任。

レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督はリオ・デ・ジャネイロ選手権Campeonato Carioca敗退に耐えられなかった。
もう、ヴァスコ・ダ・ガマの監督ではない。

4月12日(木)の夜に行われたヴァスコ・ダ・ガマの役員の長時間の会議でこの決定がなされた。
次いで、サッカー担当副社長のジョセ・ルイス・モレイラJosé Luiz Moreiraが解任の決定を伝えに監督の家に行った。
公式の発表は4月13日(金)に行われる。
ヴァスコ・ダ・ガマの役員に関係するものは、アントニオ・ロペスAntônio Lopesの復帰を述べた。

他に挙がっている名前は、マドゥエイラMadureiraのアルフレッド・サンパイオAlfredo Sampaio、パルメイラスPalmeirasのカイオ・ジュニオールCaio Júnior、ナウチコNáuticoのパウロ・セーザル・グルマンPC Gusmãoである。

一方、レナット・ガウーショはこの金曜日にコリンチャンスCorinthiansの代理人と昼食を約束していたようだが、デンギ熱の疑いがある。
コリンチャンスTimãoの社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibは、4月12日(木)にパウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpeggiani監督との契約説を打ち消した。

先週半ばにガマGamaに負けてブラジル杯Copa do Brasilに敗退し、リオ杯Taça Rioの第1フェーズの最終節でカボフリエンシCabofriensに負けて、レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督の立場は微妙なものになっていた。

さらに、カボ・フリオCabo Frioでの試合の間に、アラオル・コヘイアAlaor Corrêa競技場で試合を見ていたロマリオRomárioが、レナット・ガウーショ監督を批判した。

「次のように思う。 満足しないものは社長に出て行きたいと頼むべきである。 監督でも選手でもだ」と、ロマリオRomárioは言っていた。

レナット・ガウーショ監督は、ヴァスコ・ダ・ガマで1年9ヵ月働いた。
57勝37分31敗で、タイトルは獲れなかった。

もっとも印象に残った結果は、2006年のブラジル杯Copa do Brasilの準優勝である。
フラメンゴFlamengoに敗れた。

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レナット・ガウーショ監督は、新世代の監督でもっとも有望な1人。

また、次の機会がすぐにやってくるはずだ。

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sexta-feira, 13 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの公園 その29 Parque Tenente Siqueira Campos (Trianon)

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部西部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の中心部の公園を紹介している。
”緑の地図”による22番は、テネンチ・シケイラ・カンポス(トリアノン)公園Parque Tenente Siqueira Campos (Trianon)。

面積:48.000m²
開園:1982年

パウリスタ大通りAvenida Paulistaの中心部にある。
1982年に開園したテネンチ・アルフレッド・シケイラ・カンポス公園Parque Tenente Alfredo Siqueira Camposは、トリアノンTrianon公園としてより知られている。
豊富な森があったところに、さらに外国種の移入を行った。
こういった理由で、このあたりを覆っていた原生種がある、ものすごい量の森林エリアになった。

現在MASPがあるところは建築士ラモス・ヂ・アゼヴェドRamos de Azevedoによって計画された展望台が建設されたのは1910年代のはじめで、トリアノンとして知られた。
1920年代30年代には、サンパウロの人がよく訪れるところになって、公園と展望台はサンパウロのエリートの富のシンボルになった。

住所   : Rua Peixoto Gomide, 949 - Cerqueira César
電話   :  (11)3289-2160
開園時間:  6h às 18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で南西に3キロ離れた中心部にある。

主な設備は、遊び場、器械運動器具、散策路。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070409pgmj

公園はそれほど広くはない。
しかし、サンパウロの中心業務地区の一つであるパウリスタ大通り地区においては、貴重な緑地である。
そういう意味では、決して狭いとは言えない。
こういったところに、サンパウロ開拓以前の姿を残す森林が残っている事が奇跡である。

公園は、2つに分かれている。
入り口は6箇所もある。
Spd20070409pgmk

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この公園に行ってみた。

公園のパウリスタ大通り側の入り口の脇に、
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板がある。
Spd20070409pgms

パウリスタ大通りを挟んで、公園の向かいはMSAP(サンパウロ美術館)である。
Spd20070409pgmo

公園の前の歩道には、観光案内所がある。
地図は手にはいる。
Spd20070409pgmp

2002年に、110周年と書いてある。
Spd20070409pgmq

かつての公園名称表示板もまだ残っている。
Spd20070222ptrk

パウリスタ大通りの歩道。
緑は公園である。
Spd20070409pgmr

パウリスタ大通りに面した入り口から、公園内に入ってみる。
園内の通路は全て、舗装されている。
園内は昼尚薄暗い。
Spd20070409pgmt

遊び場。
Spd20070409pgmu

水飲み場。
裏側にコックがある。
Spd20070409pgmv

この公園も彫像が多い。
Spd20070409pgmw

ベンチの形状にもこだわったものが多い。
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管理事務所。
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園内の雰囲気は、どこもこんな感じ。
薄暗く、ヒンヤリとしている。
周囲の騒音もかなり軽減される。
Spd20070222ptra

器械運動用具。
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遊び場。
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遊び場。
Spd20070222ptrd

公園の2つの地区を結ぶ橋。
Spd20070222ptre

公園を分断しているサントス通り。
Spd20070222ptrf

パウリスタ大通りとペイショット・ゴミーヂ通りの角にある公園名称表示板。
Spd20070222ptri

ジャウ通りとペイショット・ゴミーヂ通りの角にある入り口。
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公園の南道側にあるダンテ・アルジエリという著名な私立学校。
規模の大きな学校である。
Spd20070409pgmy

朝7時半頃と、昼12時過ぎは、学校前は大渋滞する。
Spd20070409pgmz

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この公園は、サンパウロの中心業務地区を貫通するパウリスタ大通りに面している。

パウリスタ大通りを挟んで、両側1-2ブロックはほぼ業務地区になっている。
サンパウロの業務地区としては、一等地である。
(薄赤で着色した地域。)
Spd20070409pgmi

更に、その先は高級アパート街になっている。
特に、南西側はより高級なアパートが多い。

ただし、これらのアパートの多くが建設されたのは、1960年代から80年代にかけてである。
やや老朽化が進んできている。

近年新たに建設されたアパートは、単身者向けの面積が数十平米程度の狭いものやアパートメント・ホテルが多い。

家族向けの大きなアパートもいくつか建設されているが、はじめから豪華使用で面積も広く、非常に高価である。

1980年代~90年代前半は、サンパウロの治安がもっとも悪いときであったと思う。
パウリスタ大通りでもひったくり事件が頻繁に起きていた。

当時は、日曜日の商業施設の営業が禁止されていたので、日曜日の人通りはほとんどなく閑散としていた。
今は、とても賑わっている。

平日の夜も、かなり遅い時間まで、人が歩いている。
往年は20時をすぎると人通りがなかった。

この公園の中も以前は中にはいるのをためらわせるような雰囲気があった。
今はない。

そういう点で、治安は改善されたと思う。

もちろん、こういったところなので、浮浪者は多い。
乞食も見かける。
だが、こういった人たちが起こす犯罪は、まだ可愛いものだ。

アパート街などに、集団で侵入する強盗事件などが、この地域でも起きているようだが、モエマ地区ほどではない。

少なくとも、この公園の開園時間であれば、この公園内および公園周囲はかなり安全といえるのではないだろうか。

サンパウロに住んでいて、中心部であるこの地区を避けて生きていく事は出来ない。
今まで紹介してきた公園がある地区やその公園へのアプローチに使った地区を避けたり、はじめから近づかない事は出来るが、ここだけはそんなことはできない。

このあたりは多くの人が通り過ぎる。

ネクタイをした人も多い。
外国語も聞こえる。
観光客然とした人たちもいる。
日系人も一流企業ではいっぱい働いている。

日本人がいても、それほど気にとめられないだろう。

北東側に1キロほど行ったところには、都市型のスラム地区がある。
直接には影響はしないはずだ。

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サンパウロの歴史的中心部セントロから、この公園へのアプローチは次の通り。

パウリスタ地区へ行く方法の説明などナンセンスだと思うが、いちおう図示しておく。

セントロのセ広場を出発するのだが、一方通行の関係で非常に遠回りをしなくてはならない。
セ広場ではなくて、すぐ近くのリベルダーヂ大通りのはじめのところから出発するとこのような経路ではなくもっと短い経路で済む。

さらに、経由地のベラ・ヴィスタ地区やこの公園のあるパウリスタ地区も一方通行だらけである。

一方通行を間違えると、復帰するためにかなり大回りをしなくてはならないので、事前に地図などで確認しておく事が必要である。

※この経路はあくまでも参考である。
 ビシーガ地区あたりの雰囲気の嫌いな人は、別の選択をしたほうがよい。
Spd20070409pgmn

帰路は、ブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りを下っていくと、簡単にセントロに戻る事が出来る。

この公園には、駐車場はない。
場所柄、平日は路上駐車は難しい。
ほとんどが、ゾナ・アズールになっているが、すでに先客がいることが多い。

現実的にこの公園に車で行く人も多くないと思うが、しいて言うならば車の場合は周囲にいくらでもある民間の駐車場を使うしかない。
セントロ並みに高い駐車料金である。
最初の30分の駐車料金など東京の丸の内や渋谷並みである。

なお、公園の南西側のジャウ通りの公園側には、15分間は路上駐車が出来る。
ダンテという学校の前である。
子供の送迎の車のために、このような事になっている。
ここは、登下校時刻にはとんでもなく渋滞する。

休日には、公園の周囲もパウリスタ大通りを除いては路上駐車は可能である。
ただし、フラネリーニャがでてくる。

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この公園の評価。

都会で、緑のヒンヤリとした空気に触れたいときには、ちょうどよい。
それだけだ。

何もわざわざこの公園に行く事はない。

パウリスタ大通りを歩いているときに、ちょっと入り込んで、しばらくベンチに座っているだけでよい。

15分か、20分もいればいいのではないか。

リフレッシュされるはずである。

平日も、休日も、そういった感じの人が多く訪れている。
アパートの住民もいるのだろうがあまり目立たない。

遊びもの子供達は、近隣の住民のはずである。

近隣の住民は、朝早くやってきているようだ。
ラジオ体操や太極拳の集まりがある。

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ブラジル・サッカー:2007 その8 コリンチャンスのアルベルト・ドゥアリビ社長は新監督について打ち消した。

コリンチャンスCorinthiansの社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualib、レナット・ドップRenato DupratラそしてニウマールNilmarの代理人オルランド・ダ・オーラOrlando da Horaの間で、パウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César Carpeggiani監督との契約に合意する会議が、4月12日(木)の夜に行われた。

コリンチャンスTimãoの新監督が決定するす可能性がある事で、サンパウロのマスコミが会議が行われたこのホテルに向かった。

しかし、アルベルト・ドゥアリビはパウロ・セーザル・カルペジアーニがコリンチャンスの指揮を執るために契約をするという可能性を打ち消した。

「今のところ、我々は交渉していない。 今まで、そんな名前は聞いていない。 何もない。 自分も驚いている」と言った。

たまたま、この会議で、オルランド・ダ・オーラOrlando da Horaがコリンチャンスの役員達にパウロ・セーザル・カルペジアーニの履歴書currículoを見せた。
アルベルト・ドゥアリビを揺り動かすものはなかった。
アルベルト・ドゥアリビ社長はコリンチャンスに最も近いのはインテルナシオナウInternacionalのアベル・ブラーガAbel Braga,だと明らかにした。

「他の名前は考えていない。 我々が欲しがっている監督は雇われている。 反応を待っている」と明言した。

2004年にコリンチャンスを指揮したチチTite監督について問われて、アルベルト・ドゥアリビは賞賛した。
しかしコリンチャンスにやってくる可能性については話すのを避けた。

「自分は彼が好きだ。 コリンチャンスCorinthiansに来る監督はみんな自分の友達になる。 この水の飲むかについては話せない。”Não digo que desta água não beberei”」と言った。

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パウロ・セーザル・カルペジアーニについては、どうもガセネタだったようだ。

人騒がせのような。

それにしても、コリンチャンスの監督選びには時間がかかりすぎだ。

次から次に監督を使い捨てるので、駒がいなくなったのだろう。

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サッカー・リベルタドーレス杯2007 その10 インテルナシオナウ、勝利。

サッカー・リベルタドーレス杯のグループリーグの試合が、
4月10日(火)、11日(水)および12日(木)に行われた。

ブラジル勢は、パラナ、インテルナシオナウ、グレミオの3チームが出場した。
※サンパウロFC,サントス、フラメンゴは試合がなかった。

結果は次の通り。

4月10日(火)
試合開始      試合結果                開催都市
19h   Real Potosí    3 x 1  Paraná        Potosí
21h15  Cerro Porteño  1 x 0  Tolima        Ciudad del Este
23h30  Emelec       1 x 2  Internacional    Guayaquil
「20070411GloboEsporte-L.wmv」をダウンロード

※パラナは、ポトシの標高4000メートルで試合を行った。
 試合をした事だけで十分に偉い。
※インテルナシオナウがアウェーで勝った。
 グループリーグ敗退決定はいちおう免れた。

4月11日(水)
試合開始      試合結果                開催都市
19h30  Libertad      1 x 2  América      Assunção
21h45  Cúcuta       3 x 1  Grêmio       Cúcuta
21h45  Audax Italiano   2 x 1  Necaxa       

4月12日(木)
試合開始      試合結果                開催都市
20h15  Nacional   x  Vélez Sarsfield       Montevidéu
22h30  Bolívar    x  Toluca            La Paz


次節の予定は次の通り。
※ブラジル勢はグレミオを除く5チームが試合を行う。

4月18日(水)
試合開始      試合予定                開催都市
19h30  Banfield      x  Libertad         Banfield
19h30  América     x  El Nacional       Cidade do México
21h45  Alianza Lima   x  São Paulo        Lima
21h45  Flamengo     x  Real Potosí       Rio de Janeiro
21h45  Paraná       x  Maracaibo        Curitiba

4月19日(木)
試合開始      試合予定                開催都市
19h15  Internacional      x  Nacional         Porto Alegre
19h15  Vélez Sarsfield     x  Emelec          Buenos Aires
21h30  Gimnasia y Esgrima  x  Defensor Sporting   La Plata
21h30  Santos          x  Deportivo Pasto    Santos

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サッカー・ブラジル杯2007 その14 ベスト16決定。

ブラジル杯の第2フェーズの最後の試合が、4月11日(水)に行われた。

4月11日(水)
試合開始     試合結果             開催都市
20h30  Avaí     3 x 2   Villa Nova       Florianópolis
「20070411sporTVnews-CB.wmv」をダウンロード

この試合で、ベスト16の最後に、アヴァイが決定した。

サンパウロ州のチームは、コリンチャンスだけになった。

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ベスト16戦の日程は次の通り。
ホーム・アウェイ戦で行われる。

4月18日(水)
試合開始     試合予定             開催都市
19h30  Cruzeiro    x  Brasiliense      Belo Horizonte
20h30  Atlético-GO  x  Atlético-PR     Goiânia
21h45  Ipatinga     x  Sport         Ipatinga
21h45  Náutico     x  Corinthians     Recife
21h45  Gama       x  Figueirense     Brasília
21h45  Avaí        x  Atlético-MG    Florianópolis

4月19日(木)
試合開始     試合予定             開催都市
20h30  Coritiba     x  Botafogo       Curitiba
20h30  Fluminense   x  Bahia         Rio

4月25日(水)
試合開始     試合予定             開催都市
20h30  Figueirense   x  Gama         Florianópolis
20h30  Botafogo     x  Coritiba       Rio
21h45  Brasiliense   x  Cruzeiro       Taguatinga
21h45  Atlético-PR   x  Atlético-GO     Curitiba
21h45  Bahia       x  Fluminense      Salvador
21h45  Atlético-MG  x  Avaí Belo       Horizonte
21h45  Sport       x  Ipatinga        Recife

4月26日(木)
試合開始     試合結果             開催都市
20h30  Corinthians   x  Náutico        São Paulo

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ナウチコNáuticoの強力な攻撃陣に。コリンチャンスは歯が立たないような気がする。

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ブラジル・サッカー:2007 その7 エヂムンドは、12月までパルメイラスで現役。。

パルメイラスのファンは祝福できる。
エヂムンドEdmundoは、発言したようには、今すぐ引退しない。
先週末に気持ちが高ぶっての宣言で、エヂムンドはサンパウロ州選手権が終わったあとに引退するかのように言った。
カイオ・ジュニオールCaio Júnior監督とサッカー部長のトニーニョ・セシリオToninho Cecílioとの会議のあとに、エヂムンドはよく考えて、彼の契約(今年の12月末まで)の終了までは少なくとも残留する事に決定した。
エヂムンドは、ブラジル選手権に出場する。

「エヂムンドEdmundoとよく、率直に、うち解けて話をした。 エヂムンドは疲れていて、ストレスが溜まっていたときに考えた事であったと保証した。 エヂムンドはリオ・デ・ジャネイロで子供達と休息して、水曜日にはパルメイラスPalmeirasの新しい時を始めるためにサンパウロ州内陸部へ行く」と、カイオ・ジュニオール監督は保証した。

サッカー部長のトニーニョ・セシリオToninho Cecílioは、カイオ・ジュニオールCaio Júnior監督が更に話すために加わる前に、エヂムンドAnimalと話をした。
トニーニョ・セシリオは今は契約の更新はないと強調したが、この件は後半に話し合うだろうという。

「今日の最後に言っておきたいこことがある。 エヂムンドEdmundoはとても冷静であった、 あのときはイパチンガIpatinga戦でペナルティーを外してとても落ち込んでいたと説明した。 今は更新はしない事に決定したが、彼は理解した。 米国Estados Unidosの件については話をしていない。 オファーがはっきりしたならば、彼にとってもより良い事か分析をする事になる」と、トニーニョ・セシリオは締めた。

カイオ・ジュニオール監督とトニーニョ・セシリオは、エヂムンドEdmundoにキャリアの最後に必要とする全ての援助をすると説明した。
2人とも引退するというドラマを経験している。

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エヂムンドのような人は、人間的にとても正直な人だといえる。

上手には生きられない。
不器用なのだ。

だから、今まで色々な事件を起こしてきた。

でも、このところとても人間が変わったようにおとなしい。
若い選手達を引っぱる模範となっている。

パルメイラスに必要な選手だろう。

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サッカー:ニウマールの行方 その10 12月まで、コリンチャンスに残留決定。

ニウマールが、本当にコリンチャンスにいたいのか、いたくないのかよくわからない。
ニウマールは心が優しいのか、それとも優柔不断なのかどちらかだ。

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ニウマールNilmarが、12月までコリンチャンスCorinthiansに残留する事が、4月12日(木)に、アルベルト・ドゥアリビAlberto Dualib社長、レナット・ドップラRenato Dupratそしてニウマールの代理人のオルランド・ダ・オーラOrlando da Horaが出席して行われた会議で決定した。
Spd20070412c

近日中に、コリンチャンスとニウマールの代理人は、合意を登録するために、サンパウロの労働裁判所Tribunal Regional do Trabalhoへ行く。

ニウマールNilmarがコリンチャンスに、今年半ばまでいるという口約束があった。
しかし関係者はこの契約を延長する事に合意した。

ニウマールは、膝の怪我の治療を続けており、グラウンドに戻るには少なくとも5ヵ月かかる。

「よく話をして、合意に達した。 自分の望みはいつも残留する事である」と、ニウマールNilmarは言った。
Spd20070412b

5月9日に、スイスSuíçaのローザンヌLausanneにあるスポーツ裁判所Corte Arbitrária do EsporteはコリンチャンスCorinthiansの控訴を審査する。
第1審は、コリンチャスに対して、ニウマールNilmarの移籍に関してリヨンLyonに8百万ユーロを支払うように命じていた。

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サンパウロ市のホテルで、この会議は行われて、ニウマールも現れた。
「20070412sporTVnews-Nilmar.wmv」をダウンロード

ホテルとは、クラウン・プラザである。

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ブラジル・サッカー:2007 その6 サンパウロFCのジュニーニョが鹿島アントラーズ。

2006年のシーズンの終わりに、2005年にサンパウロ州選手権、リベルタドーレスLibertadores杯南米選手権そして世界クラブ選手権、更に2006年のブラジル選手権Campeonato Brasileiroに優勝し、サンパウロFCのユニフォームを着て輝いていたファボンFabãoとダニーロDaniloと契約をしたあとに、日本Japãoの鹿島アントラーズKashima Antlersはまた別のサンパウロFCの選手との系やウニ関心を持っている。
今回は、ジャヂルソンJadilsonの控えになって不満の左SBジュニオールJúniorである。

ジュニオールは、サンパウロFCとの契約が今年の8月末までである。
すでに、サンパウロFCの役員特に社長のジュヴェナウ・ジュヴェンシオJuvenal Juvêncioは、もう一年間の延長のオファーを出している。
しかし、ジュニオールJúniorは急いではおらず、他のオファーを検討すると明言している。

ジュニオールとの契約は、パウロ・アウツオーリPaulo Autuori監督のあとをついで鹿島アントラーズの指揮をしているオスワルド・ヂ・オリヴェイラOswaldo de Oliveira監督によるものである。
ジュニオールは34歳、ジュニアで見いだされたバイアBahia州のヴィトリアVitóriaで引退する前に1-2年間海外でプレイしたい事を認めている。

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ジュニオールは、2002年のワールドカップの時には、ブラジル代表だった。
決勝戦にも出場している。

このところ、正選手ではなくなって、ものすごく膨れている。
本当に、「膨れて」いる。
頬を膨らませているのだ。

試合数が少ない日本はいいのでは。

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ブラジル・サッカー:2007 その5 コリンチャンスの新監督にパウロ・セーザル・カルペジアーニ。

エーメルソン・レオン監督が退任して10日間がたって、
いまだに空席のコリンチャンスの監督が決まったようだ。

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パウロ・セーザル・カルペジアーニPaulo César CarpegianiはサンパウロSão Pauloにいて、今晩にもコリンチャンスCorinthiansと今年末までチームを指揮する契約に合意する。

パウロ・セーザル・カルペジアーニはコリンチャンスをオファーをもらっていた。
レナット・ドップラRenato Dupratは名前を認めた。

パウロ・セーザル・カルペジアーニの選択はコリンチャンスにおける亀裂を広げるだろう。
役員そして社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto DualibはチチTiteとの契約を望んでいた。
4月12日(木)の午後、サンパウロにいるところ見られたパウロ・セーザル・カルペジアーニはサンパウロへの引っ越しを準備していた。

しかし、レナット・ドップラRenato Dupratはパウロ・セーザル・カルペジアーニの名前に同意するようにアルベルト・ドゥアリビと話をする事が出来て、コリンチャンスの社長に影響を与える事を好まない役員達とクラブの評議委員達を怒らせた。

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一番有望な候補として名前が挙がっていたのが、
インテルナシオナウのアベル・ブラーガ監督であった。
しかし、4月10日(火)のリベルタドーレス杯南米選手権での試合で
インテルナシオナウが勝利した事によって、
ちょっと遠ざかった。

次に名前が挙がっていたのが、
ヴァスコ・ダ・ガマのレナット・ガウーショ監督。
4月11日(水)にリオ杯の準決勝でボタフォゴに敗れて、リオ・デ・ジャネイロ州選手権に敗退した事で、有望との監督が強まっていたのだが。

チチは、2006年後半はパルメイラスの監督をしていた。
2005年の初めには、コリンチャンスの監督もしていた。

ところで、このパウロ・セーザル・カルペジアーニとは誰。

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quinta-feira, 12 de abril de 2007

サッカー・ブラジル代表 イングランド代表戦 その1 6月1日に決定。

ブラジルサッカー協会Confederação Brasileira de Futebol (CBF) は公式サイトにおいて、ブラジル代表seleção brasileiraが6月1日にイングランドInglaterra代表と親善試合を行うと発表した。
場所は、ロンドンLondresの新ウェンブレーWembley競技場である。

ウェンブレーWembley競技場で行われたブラジル代表の最後の試合は、この競技場が解体される前の2000年5月27日で、英国勢と対戦した。
この時は、フランサFrançaとオーウェンOwenのゴールで、ブラジルBrasil代表とイングランドInglaterra代表は1対1と引き分けた。

新ウェンブレーWembley競技場は3月24日に開場した。
イングランドInglaterraとイタリアItáliaのU-21が親善試合を行い。3対3で引き分けている。

4月のはじめに、代表監督補佐ジョルジーニョJorginhoは英国と親善を行う事を確認していた。
しかし、対戦の日が決まっていなかった。

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この試合に招集する代表は、翌月にベネズエラで行われる米州杯を見据えたものになる。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その88 準決勝戦。

サンパウロ州サッカー協会Federação Paulista de Futebolは、4月12日(木)にサンパウロ州選手権Campeonato Paulistaの試合の競技場を発表した。
パカエンブーPacaembu競技場とモルンビーMorumbi競技場の2つの競技場だけが使用される。

4月14日(土)18時10分に、4位のブランガンチーノBragantinoは1位のサントスSantosとパカエンブーPacaembu競技場で対戦する。
Spd20070412e

4月15日(日)16時に、3位のサン・カエターノSão Caetanoは2位のサンパウロFCと対戦する。
Spd20070412f

翌週は、モルンビーMorumbi競技場が使用される。

4月21日(土)18時10分に、サンパウロFCとサン・カエターノSão Caetanoが対戦する。
サントスSantosとブラガンチーノBragantinoは、4月22日16時に対戦する。

サンパウロ州サッカー協会の会長マルコ・ポーロ・デル・ネロMarco Polo del Neroによると、場所の選定基準は競技場の収容人数という事である。

「パカエンブーPacaembu競技場には37千人が入る。 モルンビーMorumbi競技場は72千人である。 この点で決定した」と説明した。

会議に出席したマルコ・ポーロ・デル・ネロとクラブの役員は、決勝戦の2つの試合に関してはまだ何も決まっていないと言った。

準決勝戦の入場券は、金曜日(4月13日)から発売される。
発売場所は、クラブから発表される。
入場券は、アーキバンカーダが20レアル、numerada descoberta(*パカエンブー競技場の向こう正面席)が40レアル、numerada coberta(*パカエンブー競技場の正面席)が60レアルである。

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週末のパカエンブー競技場は、大変な事になりそうだ。

ところで入場券が高い。
いつもは、15レアル、30レアル、40レアルだった。

さて、これらの試合に行くか行かないか考えなくてはならない。

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ブラジル・サンパウロの公園 その28 Parque Buenos Aires

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部西部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ市の中心部の公園を紹介している。
”緑の地図”による21番は、ブエノス・アイレス公園Parque Buenos Aires。

面積:25000m²
開園:1987年

特色:
この公園には有名人の彫刻がある。

住所   :Avenida Angélica, s/n (altura do n° 1500) - Higienópolis
電話   :(11)3666-8032
開園時間: 6h às 18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で西に4キロ離れた中心部にある。

主な設備は、遊び場、器械運動器具、散策路、ドッグラン。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070409pgmf

公園は小さい。
しかし、入り口は6箇所もある。

この公園の周辺は、サンパウロで最も高級なアパート街イジエノポリスである。
1960年代に建築されたアパートはいかにも老朽化しているのだが、
その分内部は重厚である。
まだ、サンパウロがいまよりも安全だったときに出来たアパートが多い。
Spd20070210pbao

その後に出来たアパート街とは、雰囲気が全く違う。
静かで、上品で、落ち着いている。

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この公園および周囲については、以前に紹介している。

より詳しいところもあるので、改めて参照願いたい。

ブエノス・アイレス公園 その1
ブエノス・アイレス公園 その2
ブエノス・アイレス公園 その3
ブエノス・アイレス公園 その4
ブエノス・アイレス公園 その5
ブエノス・アイレス公園 その6
ブエノス・アイレス公園 その7
ブエノス・アイレス公園 その8
ブエノス・アイレス公園 その9
ブエノス・アイレス公園 その10
ブエノス・アイレス公園 その11
ブエノス・アイレス公園 その12
ブエノス・アイレス公園 その13

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この公園に行ってみた。
Spd20070210pbag

公園の北西端の入り口にある
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
Spd20070210pbaa

公園には、確かに彫刻が多い。
Spd20070210pbab

これは母子像である。
Spd20070210pbae

この像のまわりには、
なぜか、子供連れが集まる。
Spd20070210pbaf

平日には、乳母が連れてくることが多いが、
休日には親子連れが多い。
Spd20070210pbac

Spd20070210pbad

園内の通路。
Spd20070210pbah

園内の通路。
Spd20070210pbam

器械運動用具。
Spd20070410pbac

アンジェリカ大通りに面した入り口前にある公園名称表示板。
Spd20070210pbaj

遊び場。
乳母に連れられた子供が多い。
Spd20070210pbal

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この公園のあるイジェノポリス地区は幹線道路からはアプローチがやや難しい。
それも、いまだに環境を守っている理由の一つだろう。

サンパウロ市中心部のセントロのセ広場からのアプローチとともに、パライゾ地区からのアプローチも示しておいた。

セ広場からは、やや面倒だ。
一旦ドン・ペドロ1世広場まで下りて、右折し、ヴィアドゥット・レスチ-オエスチを使って、セントロの西側にでてくる。
フランクリン・ルーズベルチ広場でコンソラソン大通りにでて、西に向かう。
右折して、マリア・アントニア通りに入り、そのままイジエノポリス大通りにはいる。
アンジェリカ大通りを左折して、3ブロック目が公園になる。

イジエノポリス地区は一方通行が多い。
パウリスタ大通りからアプローチする場合は、このことをいつも頭に入れておかねばならない。

コンソラソン大通りをクロスして、イジェノポリス地区に入るには、
マリア・アントニア通りの他には、アントニア・ヂ・ケイロス通り、マセイオ通りしかない。
これらの通りを使って、イジエノポリス地区に入ったあとに、公園に至るには、一方通行が多いので、回り道を余儀なくされる。
Spd20070409pgmh

また、アンジェリカ大通りは平日はほとんどの交差点で左折禁止であるが、休日は可能である。
また、公園の周辺道路は、平日はゾナ・アズールになっているが、空きがそれほど見あたらない。
土曜日の午後と日曜日には、駐車可能になるところが多い。

公園の西南側のアラゴアス通り。
公園周辺の道路は、休日は駐車し易い。
Spd20070210pban

帰路も、一方通行により、複雑な経路をとらざるを得ない。
示した経路は、あくまでも参考である。

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公園のあるイジエノポリス地区は最高級アパート街。
(橙色で囲んだところ)
そしてその西側のパカエンブー地区は、最高級一戸建て屋敷街。
(黄色で囲んだところ)
Spd20070409pgmg

その中心にあるのが、ブエノス・アイレス公園である。
20年ほど前は、塀などなくて、ブエノス・アイレス広場と呼ばれていた。

ところが、広場で色々な事件が起きたので、住民の要請で夜は閉園する公園となった。
この地区の住民は、市政に対して極めて強い発言力を持っている。

パカエンブー地区は、日中でもほとんど人通りはないが、
イジエノポリス地区は人通りが多い。

サンパウロで住民が安心して歩く事が出来る唯一の地区と言われている。

住民は、極めて上品である。
言葉使いや話題が全く違う。

この地区で事件が起きないわけではないが、
起きるとわざわざ報道される地区である。

セントロに近い東側やサンタ・セシリア地区になると、治安がいい地区とは言えないが、イジエノポリス地区とははっきり区別できる。

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この公園の評価。

小さい。
基本的に、周辺住民達の交歓の場。

わざわざ、この公園に来るような事はない。
設備も大したものはない。
彫刻と言っても、さほどではない。

この地域の上品な人々と雰囲気が、一番の魅力といっても良い。
ブラジルに、こんな地区があったのかと思うようなところだ。

この公園に来るなら、この地区の探訪をお薦めしておきたい。
この地区には、美術館や良質のレストラン、そしてその上品さで知られるパチオ・イジエノポリスというショッピングセンターがある。

公園の北西側のピアウイ通りには、ウニバンコの小さな美術館がある。
さらにパカエンブー地区になるが、公園から5分くらいのところにFAAPがある。
公園とFAAPの間にあるヴィラ・ボイン広場には、カジュアルなレストランが並んでいる。

土曜日の午後を、この地区で過ごすのはどうだろうか。

サンパウロでは、本当に気持ちよく歩く事が出来る地区は少ない。
この地区は、比較的勾配もきつくない。
パカエンブー地区は、屋敷街で人通りも多くないので歩いていると寂しいが、
イジエノポリス地区は人通りがそこそこある。

アパート街の中に、良いレストランも散在している。

公園に訪れる人は、高齢の女性が多い。
介護人を連れた人が多い。
ブラジルの高齢化が進んでいる事を感じることが出来る地区である。

住民は白人がほとんどだが、
使用人が一緒なので、来園者が白人だけとは言えない。

日系人はあまりいないのだが、いない事はない。

こういうところに住んでいる日系人は、すでに日系社会から離れた人と考えた方がよい。

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1970年代までは、日本企業の社長宅はイジェノポリス地区に多く存在していた。
普通の駐在員にかなり予算オーバーだったようだ。
そのころは、アクリマソンに住んでいた事が多かったそうだ。
セントロに事務所があったので、そういう事になっていたのだろう。

その後、パウリスタ大通りのブリガデイロ・ルイス・アントニオ通りと7月9日大通りのアパート街に集住するようになった。
どういう訳か、アウグスタ大通り側には、あまり住まなかったようだ。
予算オーバーだったのだろう。

そして、そこからはみ出た人がより安いパライゾ地区に行った。

このところは、パライゾ地区とモエマ地区などに住んでいるようだが、
率直に言って、どうしてこんな、うるおいのない、危険極まりない地区にお住みなのか理解できない。
やはり予算の関係なのだろうか。

欧米企業のように事務所も思い切りパウリスタを離れて、
その付近の新しく、敷地が広い、安全なアパートに籠もるようなことは、
日本企業は出来ないから、結局パライゾ地区にやむを得ずいるのだろう。

イジェノポリス地区を歩いてみて、
イジェノポリス地区に引っ越そうなどと思っても出来ないだろう。

もっとも、日本人が多く住むようになると、
イジェノポリス地区でも事件が起きてきそうな気がする。

パライゾ地区が危険というのは、
日本人が住んでいて、日本人が狙われるという意味で危険なのである。
だから、パライゾ地区には昼も夜も、平日も週末も出来るだけ近づかないようにしている。

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ところで、いまこの公園では大変な問題が起きている。

来園者の中で、議論が沸騰している。

まさしく、この公園ならではの議論である。
サンパウロの他の地区では絶対に起きえない議論である。

この公園は、犬だらけである。
住民が、飼い犬を散歩に連れてきて、飼い主同士で話をしている。
小型犬も、中型犬も、大型犬もいる。

広いアパートが多いので、大型犬でも飼えるのである。

大型犬を連れていると、
「家で飼っているのか、アパートで飼っているのか」と尋ねられる。

犬を連れてくるのは、飼い主だけではない。
犬の散歩係や、散歩代行業の人たちもやってくる、
とにかく一日中、犬が溢れている。

そして、この公園にはサンパウロの公園で唯一のドッグランがある。
自然に出来たという事だ。
(自然に出来るはずもないのだが)
Spd20070410pbae

公園の東の角にある。

昨年、そのドッグランが拡張された。
愛犬家がいつの間にか広げたという事である。
(いつの間にか広がるわけもないのだが)
Spd20070210pbai

ドッグランでは、犬を放してよい。

ところが、全ての犬がドッグランにいるわけではない。

ドッグランに行かない犬もいるし、そういった犬の方が多い。
公園中の至る所にいるのである。

時には、引き綱を外されて、芝生を走っている犬もいる。
もちろんこれは違反である。
公園入り口には、規則がちゃんと表示されている。
Spd20070410pbab

愛犬家向けたものもある。
Spd20070410pbaa

いくら愛犬家が多いといっても、
さすがに眉をひそめる人もいる。

この地区の愛犬家はマナーもとても良い。
サンパウロの他の地区とは大違いである。

多くの人はちゃんと糞の処理もする。
だが、ごく稀にしない人もいる。

芝生にはいると、糞がある事もあるのだ。

一方、愛犬家の要求は尽きない。
現在のドッグランは日当たりが悪い。
いつも湿気た感じである。

そこで公園の真ん中にある芝生の部分を犬のために解放しろと言っている。
Spd20070210pbak

以前は犬が走り回って、芝生が枯れてしまったので、いまは養生中である。
Spd20070410pbad

サンパウロで、
犬の健康の事で議論をしているような地区はここしかない。
人間の健康が問題の地区がほとんどである。

こういった事が、ローカル・ニュースで2週間ほど前に報じられた。
「20070327JNsp-Buenosaires-Cachorro.wmv」をダウンロード

月曜日の9時に取材が来るからと、その前の土曜日と日曜日に常連の愛犬家達に通知が廻った。
取材のときに、犬を連れてかなり集まったようだ。

上品にそして美しい言葉を使われる方々が多い事がよくわかる。

こんな地区は他にない。

日本でもそうだが、
見知らぬ者同士が、
犬を通して交流する事が出来る。

このイジエノポリス地区は、そういった犬の飼い主と知り合いになっても損はないところである。
一流人士がお住まいになっている事で有名である。

この地区の人たちは、かなり浮世離れした人たちということもできる。
会話の話題が、犬のことだけではなく、ほかのことでも異なっている。


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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その87 最終節(第19節)終了。

サッカー・サンパウロ州選手権の最終節の第19節が、4月11日(水)21時45分から、全ての試合が行われた。

結果は次の通り。

4月11日(水)
試合開始          試合結果              競技場
21h45  Santo André    1 x 1  Corinthians    Bruno José Daniel
21h45  Santos        2 x 0  Juventus      São José dos Campos
21h45  São Paulo      2 x 2  Marília        Mogi Mirim
21h45  São Bento      0 x 3  Palmeiras      Walter Ribeiro
21h45  Rio Branco      3 x 2  São Caetano    Décio Vitta
21h45  Paulista        2 x 3  Rio Claro      Jaime Cintra
21h45  Guaratinguetá    2 x 4  Noroeste      Dario Leite
21h45  América       2 x 2  Ituano        Benedito Teixeira
21h45  Ponte Preta     0 x 0  Sertãozinho    Moisés Lucarelli
21h45  Bragantino      2 x 1  Grêmio Barueri  Marcelo Stefani
「20070412GloboEsporte-CP19.wmv」をダウンロード

※コリンチャンスは、マリーニョが頭で決めた。
 しかし、試合終了3分前に追いつかれた。
 9位に終わった。
※サントスは2軍を出して楽勝。
 リベルタドーレス杯南米選手権に備えるため。
※サンパウロFCも2軍を出して引き分け。
 リベルタドーレス杯南米選手権に備えるため。
※パルメイラスは、残念ながら4位以内にはいる事は出来なかった。
※パウリスタも4位以内にはいる事は出来なかった。
※ネルシーニョ・バプチスタ監督のポンチ・プレッタは8位。
※ブラガンチーノは4位になった。

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(第19節を終了しての最終順位は次のとおり。)
Spd20070411a

上位4チームまでが、
決勝トーナメントを行う。

1位はサントス、以下サンパウロFC,サン・カエターノ、ブラガンチーノ。

準決勝の組合せは、次の通り。
サントス対ブラガンチーノ。
サンパウロFC対サン・カエターノ。

今週末から行われる。
Spd20070411b

降格は次の4チーム。
アメリカ、サン・ベント、リオ・ブランコ、サント・アンドレ。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その65 1000ゴールいまだならず。

4月11日(水)21時45分から、リオ・デ・ジャネイロ州選手権の後半リオ杯の準決勝戦のボタフォゴ対ヴァスコ・ダ・ガマ戦が、マラカナ競技場で行われた。

試合は、4対4で引き分け。

PK戦をおこなう。

この試合で、ロマリオはまたもゴールを決める事がなかった。

PK戦前に、ロマリオは足がつってしまった。

キッカーになるのかどうか不明。
おそらく最後のキッカーになるようだが、
まだグラウンドに座り込んで、マッサージを続けている。

立ち上がって、歩き始めた。

発表されたリストに入っていない。

バナナを食べている。

グラウンドを歩いているのだが、どこへ行くのか。
ものすごい数のマスコミが囲んでいる。

ロマリオが、審判のところにやってきた。
ロマリオがキャプテンなので、どちらから蹴るのかの順番を決める必要があったようだ。

すでに20分が経過している。
やっと警察がグラウンドからマスコミを排除した。

ボタフォゴが、PK戦4対1で勝利。

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ヴァスコ・ダ・ガマが敗れたので、リオ・デ・ジャネイロ州選手権では敗退という事になる。
1000ゴールを目指すのは、5月に始まるブラジル選手権の試合になる。


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quarta-feira, 11 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その86 アモローゾはグレミオと契約。

4月11日(水)、グレミオGrêmioはコリンチャンスCorinthiansを解雇されたFWアモローゾAmorosoとの契約に合意した。
アモローゾの契約は、今年の末まで、
アモローゾは、4月13日(金)正午に、オリンピコOlímpicoに現れる。

アモローゾの考えは、グレミオでの紹介の時には、頭に日本の鉢巻きをして現れる。
世界クラブ選手権を意味していて、グレミオGrêmioが12月にこの選手権を戦うのが夢である。
アモローゾは、

アモローゾAmorosoは32歳で、グァラニーで見いだされたあと、日本Japãoのヴェルディー川崎Verdy Kawasaki、イタリアItáliaのウヂネセUdinese、パルマParmaそしてミランMilan、スペインEspanhaのマラガMálaga、ブラジルではフラメンゴFlamengo、サンパウロFC,コリンチャンスCorinthiansを通ってきた。

サンパウロFCでは2005年にリベルタドーレスLibertadores杯南米選手権に優勝した。
コリンチャンスTimãoでは、まったく活躍せず、解雇されたばかりだ。

交渉は、グレミオGrêmioのサッカー担当役員のロドリゴ・カエターノRodrigo Caetanoが決めた。
グレミオは、4月11日(水)にコロンビアのククタCúcutaとの試合のあとに発表するはずだ。

アモローゾAmorosoは、リベルダドーレスLibertadores杯の第2フェーズを、ツタTutaと2トップを組んで戦う事になる。

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入団発表のときのアモローゾ。

Spd20070413s

Spd20070413r

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よくアモローゾと契約したものだ。

金を捨てるようなものだ。

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ブラジル・サンパウロの公園 その27 Parque da Luz。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部西部の公園の紹介はすでに終えた。
これからはサンパウロ市の中心部の公園になる。
”緑の地図”による20番は、ルース公園Parque da Luz。

面積:113.400m²
開園:1825年

この公園は、サンパウロで最初の公園である。
主なアトラクションは、地下の水族館と19世紀の滝のある洞窟である。
ここの庭には、色々なアーチストの彫刻や作品が展示されている。
噴水と小川が、素晴らしい雰囲気も作っている。
園内からは、ルース駅を見る事が出来る。

1825年10月に植物園Horto Botânicoとして一般に公開された。
1916年にルース公園に改称した。
庭園を改装して、20メートルの高さの塔を作った。
この塔は気象観測塔としても機能していて、1895年にレパブリカ広場Praça da Repúblicaに移設されるはずであった。
公園の野外音楽堂は、1902年に建設された。

住所:Praça da Luz, s/n° - Bom Retiro
電話: (11)3227-3545
開園:10h-18h(月曜日は閉園)


サンパウロ市の中心部セントロから直線で北に2キロ離れた中心部にある。

主な設備は、遊び場、器械運動器具、散策路、池。
尚、敷地内にピナコテッカという素晴らしい美術館がある。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070409pgmc

公園域は、それほど広くはない。
入り口は南北に2箇所のみ。

この公園そのものには駐車場はないが、
ピナコッテッカには駐車場がある。
30台程度は止める事が出来る。
駐車場の入り口は、ピナコテッカの正面になる。
警備員がいて、ピナコテッカの来館者かどうかをしっかり確認している。
ピナコテッカの入館料は4レアル。
素晴らしい常設展といくつもの企画展、そして上手にリフォームされた建物。
それに駐車場があって、4レアルは考えられないくらい安い。
ピナコテッカを訪れたあとに、公園に行けばよい。

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この公園および周囲については、以前に紹介している。

より詳しいところもあるので、改めて参照願いたい。

ルース駅とその周辺 その1
ルース駅とその周辺 その4 ルース公園
ルース駅とその周辺 その9 ルース公園2
ルース駅とその周辺 その10 ルース公園3
ルース駅とその周辺 その11 ルース公園4

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この公園に行ってみた。

ピナコテッカの裏側。
Spd20070330plza

公園の南北の入り口を結ぶ通路。
北側の入り口から撮影した。
来園者は平日でもとても多い。
Spd20070330plzb

北側の入り口を入ったところにある、
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
Spd20070330plzc

遊び場。
Spd20070330plzd

運動器具。
Spd20070330plze

園内。
Spd20070330plzf

バラ園。
整備されてはいるが、花はあまり咲いていなかった。
Spd20070330plzg

優雅な野外音楽堂。
Spd20070330plzh

噴水池。
Spd20070330plzi

小山、下に洞窟がある。
Spd20070330plzj

洞窟の中に人が入る事ができる。
Spd20070330plzk

小山に登って、噴水池を見てみた。
Spd20070330plzl

園内。
Spd20070330plzn

園内。
Spd20070330plzo

南側の入り口。
Spd20070330plzp

南側入り口は、ルース駅の北口と向かい合っている。
このため人通りが多い。
尚、ルース駅の建物には、ポルトガル語博物館が併設されている。
Spd20070330plzq

ルース駅から見た南口。
Spd20070330plzu

園内のピナコテッカに近い方には、彫刻やオブジェが展示されている。
Spd20070330plzr

園内。
Spd20070330plzs

ピナコテッカにある軽食コーナー。
屋外の椅子に座って、公園を眺めるのがよい。
価格はとても高い。
ピナコテッカと、公園の間の低い塀が、「結界」となっている。
Spd20070330plzt

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この公園の評価は次の通り。

ピナコッテカに行ったついでに訪れるのがよい。

公園そのものは、良く整備されている。
近年、整備されたのである。

だが、問題は多い。
人が多すぎるのである。

無気力な人でいっぱいである。
ベンチは全て埋まっていると考えたほうがよい。

そして、
以前はピナコッテッカの側に隠れるようにしかいなかったのだが、
今や公園全域にいる「その手の女性」。
それも、どう考えても「客」が付きそうにない、信じられないような容姿。
夕方近くには、数十人が至るところにいる。

この公園に、女性だけで訪れると、「その手の女性」と思われる可能性は大きいだろう。

こういった人たちの他には、
公園を通り抜けていく人や、近隣の子供達が遊び場にいるくらいである。

そして、わずかにピナコテッカを訪れた人が、公園に入ってきているのを見かける。
全く雰囲気が違うので、すぐに見分けが付く。

Spd20070330plzm

公園内は、怠惰な空気に満ちている。
警備もしっかりしているので、危険な雰囲気はない。

結界」を境に、空気が全く異なる。
公園内を散歩したあとには、
結界」の中に戻ることでほっとする。

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この公園は、サンパウロの歴史的中心部セントロの北、ボン・レチーロ地区にある。
サンパウロのセントロの北部は、スラム化しているところが多い。

かつての輝きはない。
廃墟のようなビルが、無惨な姿をさらしている。
そういった建物に、不法侵入して住みついているものがいっぱいいる
そういった住民の子供達が、この公園にやってきて遊んでいるようだ。

この公園の南にあるルース駅の南側は、クラコランヂアと呼ばれる麻薬販売地区として知られている。
※この地区についても、今まで何度か紹介している。

市当局や警察によって、手入れが繰り返されて、浄化がかなり進んだ。
だが、やや西側に移動しただけともいう事が出来る。

※この地区への潜入行のレポートはいずれする。

平日の日中は、商店が開いていて、人通りが多いので、それほど危険はない。
しかし、夜と休日は、店が開いていないので、人通りがなくなり、極めて危険である。

公園の西側には、衣料品店街で知られているボン・レチーロの商店がある。
ブラス地区の衣料品店街ほど規模は大きくないし、安くもないが、店は綺麗だし、客層もブラス地区よりはかないよい。
この地区はもともとユダヤ人地区だったのだが、
現在は、韓国人地区になっている。
衣料品店のオーナには韓国人が多い。
よって公園の北側には、韓国人のためのレストラン、食品店、カラオケ、教会などがある。
食品店には、野菜やキムチなど、リベルダーヂにはないものも充実している。

もちろん、韓国人も歩いている。

ただし、ルース公園にはあまりいない。
それほど暇ではないのである。

韓国人は、一般的には、成功した人と思われている。
このあたりを歩いていて、韓国人と思われて、誘拐されない事だ。

ボン・レチーロ地区は、衣料品店街の奥から、更にチエテ川までの地区になるのだが、奥に行けば行くほど危険と言われている。
道も複雑なので、車で入り込まない方がよいだろう。

公園周辺は、一般的にどこも安全とは言えないところである。
安易に探索をしないほうがよいだろう。
Spd20070409pgmd

休日の日中を基準にして、
危険なところを、薄黄に着色した。
とても危険なところを、薄赤で着色した。

立ち入り禁止地区を、オレンジ色で囲んだ。
車での通過も差し控えられたい。

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サンパウロ市の中心部からのアプーロチだが、
この公園自体が、中心部にある。

いちおう中心部の中心のセ広場からの車のルートを示しておいた。

セントロは、中心部は車の乗り入れが禁止されている道が多いし、一方通行が一般的である。
よって、往路も復路も、かなり回り道をしたようになってしまうがこれは仕方がない。

ついでに、パライゾ地区からのルートもいくつか示してみた。
Spd20070409pgme

色々なルートが考えられるが、危険なところを通らない事と、出来るだけ交通量の多い幹線道路を使う事を念頭に置いた。

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terça-feira, 10 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの公園 その26 西部の公園。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部、北部そして西部の公園の紹介はすでに終えた。

サンパウロの西部にある5箇所の公園について、おさらいをしておく。

15番は、プレヴィデンシア公園Parque Previdência
16番は、ルイス・カルロス・プレステス公園Parque Luís Carlos Prestes
17番は、ラッポーゾ・タヴァレス公園Parque Raposo Tavares
18番は、アルフレッド・ヴォルピ公園Parque Alfredo Volpi
19番は、セムカン公園Parque Cemucam

これらの公園の位置を改めて確認する。
黄緑色のところが、これら5箇所の公園である。

番号は、緑の地図」において、それぞれの公園に振られている番号である。

紺色の線は、サンパウロの中心部セントロからのアプローチに使う往路として、それぞれの公園についての記事で紹介したルートである。
水色の線は、それぞれの公園からの帰路を示している。
18番のアルフレッド・ヴォルピ公園を除いた4箇所の公園は、いずれもラッポーゾ・タヴァレスを経由する。

セムカン公園Parque Cemucamが一番遠い。
サンパウロ市域を超えて、コチア市にある。
※サンパウロ市西郊のサンパウロ市域外は、左側のピンクで着色した地域である。
 コチア市、オザスコ市など幾つかの衛星都市からなっている。

周囲はまだ、市街地化がほとんど進んでいないところである。
市内中心部からだと、一般道で渋滞するので平日は1時間半以上は必要であろう。
休日であれば、1時間もかかる事はないはずだ。
Spd20070402pgma

一番近いのは、アルフレッド・ヴォルピ公園。
最近のサンパウロ市内の渋滞は激しいので、平日でも数十分はかかるはずである。
休日は20分くらいで着くだろう。
この公園は周辺の環境は確実によい。

サンパウロ西部は、黄色く着色し、薄青色で囲んだ地域である。
ピニェイロス川を挟んでいて、多くの地域は住宅地である。
パウリスタ大通りやブリガデイロ・ファリア・リマ大通り、更にエンジネイロ・ルイス・カルロス・ベリーニ大通りは中心業務地区である。
ジャルジン・エウロッパ、パカエンブー西部、アルト・ヂ・ピニェイロス、アルト・ダ・ラッパ、ブタンタン、モルンビーなどの最高級住宅街がかなりの面積を占めている。
住民は少なくても、それぞれの敷地が広いので、域内に占める面積は相当なものになる。
また、主として西部の周縁部になるが、ファヴェーラ(=貧民窟)も現れてくる。

ラッポーゾ・タヴァレス公園は、正しくそういったファヴェーラに囲まれた地区にある。
ここは絶対に避けるべき公園の一つである。

サンパウロの西部は、市内中心部から放射状にでる道はそれなりに発達している。
いくつもの丘陵が連なった地形なので、幹線道路でも緩やかなカーブとアップダウンがある道が多い。
住宅街にはいると、地形そのままに急カーブや急傾斜もある。

また、西部には2箇所の州立公園がある。
これらの公園についても、すべての市営公園の紹介が済んだあとに、取りあげるべく準備を進めている。
※協力隊員がいるととても助かる。

サンパウロの西部にも、危険なところがいっぱいある。
西部で、特に危険かと思われ、極力立ち入らない方がよい地区を薄赤色で示しておいた。

一般的に高級住宅街と思われているモルンビー地区にはファヴェーラが点在している。
サンパウロ市内で2番目に大きなファヴェーラのパライゾノポリスが、モルンビー競技場の南側にある。
安易に入り込まないように、慎重を期する事が必要である。
パライゾノポリスという地名が意味するものと、現実は大違いである。
この地区に接するジオヴァーニ・グロンシ大通りは、誘拐などの事件が多発している。
広義のモルンビー地区の南側は、大いに注意が必要である。
Spd20070402pgmb

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今回も繰り返して警告しておくが、
サンパウロの運転になれておらず、道もよく知らない人は、これらの公園に行く事は極力避けた方がよい。

地図があっても、実際に現地に行くと、その地図の通りではない事が良くあるのがサンパウロである。
実際に経験した事がある人も多いと思うが、
詳細な地図に記載されていないのに、現地では一方通行になっていたりすることがある。

また、その日に限って、どういう訳か道路が通行止めで、迂回を余儀なくされる事がある。
そういうときも何も具体的な迂回路の指示がない。

たとえば、モルンビー競技場でのサッカーの試合の時には、かなり広い範囲で規制が敷かれる。
事前に、試合がない事を確認して、この付近には出かける事が肝要である。

地元の人なら何とかなるかもしれないが、初めてやってきて、このような事になると、どの道を使っていいのかわかるはずもない。
何とかなると思って、適当に運転していると、いつの間にか危ない地区に入り込んでしまう事になりかねないのである。
楽しい休日が、スリルとサスペンスに満ちてしまう。
サンパウロ市内を走っているのに、無限に遠いところにいるかのようにも感じてしまう。
くねくねとした道を焦って、巡るうちに方向感覚を失ってしまうのである。

とにかく落ち着いて、道路名の標示をみて、現在地を確認し、地図をみて、せめて道がわかるところまで戻る事を第一に考えなくてはならない。

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わずか数年のサンパウロ生活を、出来る限り楽しい思い出だけで終わりたい方は、
アルフレッド・ヴォルピ公園以外は避けた方がよいだろう。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その64 ロマリオはサン・ジャヌアリオに現れたが。

ロマリオRomárioとレナット・ガウーショRenato Gaúcho監督の再会をみたいと期待していた人は、期待だけに終わった。
4月9日(月)、ロマリオはサン・ジャヌアリオSão Januárioにいた。
しかし、クラブまで運転してきた真っ赤なポルシェで気付かれただけであった。
Spd20070409a

ロマリオRomárioは15時過ぎにヴァスコ・ダ・ガマに到着した。
筋トレ室でワークをして、1時間半後に帰った。
これより早く、エウリコ・ミランダEurico Miranda,社長が選手と話をしているときには、ロマリオはまだカーボ・フリオCabo Frioにいて、クラブにはいなかった。

レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督は、ロマリオが4月11日(水)にマラカナMaracanã競技場で行われるリオ杯Taça Rioの準決勝戦の対ボタフォゴBotafogo戦に、普通に出場するのか決めていない。
ロマリオRomárioのレナット・ガウーショ監督とFWレアンドロ・アマラルLeandro Amaralに対する辛辣な宣言のあと、エウリコ・ミランダ社長はボタフォゴBotafogo戦が終わるまでインタビューを保留している。

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ロマリオは、車好きである。

家族で動くときには、レンジ・ローバー。
黄色のフェラーリも持っている。

このポルシェは、一月ほど前に故障して、修理していたはずだ。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その63 ヴァスコ・ダ・ガマの社長はインタビューを禁じた。

ヴァスコ・ダ・ガマの社長は、4月11日(水)にマラカナMaracanã競技場で、リオ杯Taça Rioの準決勝戦として行われる対ボタフォゴBotafogo戦まで選手がマスコミと話すのを禁止した。

試合の前に、選手がグラウンドでインタビューを受けるのもだ。

ヴァスコ・ダ・ガマの社長エウリコ・ミランダEurico Mirandaは、4月9日(月)の朝、ロマリオRomário以外の選手を集めて、冷静させるために、「沈黙の法」をチームに言い渡した。

4月8日(日)にカーボフリエンシCabofriense戦に敗れて、ロマリオRomárioが宣言したあとにチームの雰囲気は重くなった。

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御大エウリコ・ミランダの命令は絶対だ。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その62 ロマリオの批判。

ロマリオRomárioは、1000ゴールへの期待がヴァスコ・ダ・ガマを攪乱したという宣言に対して沈黙を守っていた。

しかし、4月8日(日)のヴァスコ・ダ・ガマ対カーボフリエンシCabofriense戦のインターバルの間に、ロマリオBaixinhoは我慢せずに、名指しでレナット・ガウーショRenato Gaúcho監督とFWレアンドロ・アマラルLeandro Amaralを非難した。

アライール・コヘイアAlair Corrêa競技場の椅子に座って、帽子をかぶって、ロマリオは不満分子は他のクラブを探せと命じた。

「次のようにすればよい。 満足していないものは、社長に出て行きたいと頼むべきだ。 監督も選手もだ」と言った。

レナット・ガウーショ監督もレアンドロ・アマラルLeandro Amaralも、1000ゴールへの期待が、このところの試合でのヴァスコ・ダ・ガマを攪乱したと言った。

「レアンドロLeandro氏もレナットRenato氏も言った。 しかし自分が混乱させていないのは明らかだ。 誰も馬鹿ではない。 もしフラメンゴFlamengo戦まで自分が混乱させていないとして、今も混乱させている?  経験のある人間は何かを話すときに話すときには冷静になるべきである」と宣言した。

試合前に、ロマリオRomárioはレアンドロ・アマラルLeandro Amaralに文句を言った。 大きなチームでプレイするものはプレッシャーを受ける事に慣れなくてはならないと明言した。

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ロマリオは、試合の展開をみて、とてもがっかりしていた。
一気に語った。
「20070408sporTVnews-Romario.wmv」をダウンロード

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segunda-feira, 9 de abril de 2007

サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その61 4月11日(水)が引退の日になるかも。

4月11日(水)の夜が、ロマリオRomárioにとって喜びと悲しみが混じった事になるかもしれない。
ロマリオBaixinhoが、リオTaça Rio杯の準決勝戦でマラカナMaracanã競技場でボタフォゴBotafogoと対戦し、もう一度1000ゴールを決める機会になる事が喜びAlegriaである。
もしゴールをする事があっても、ヴァスコ・ダ・ガマがリオ・デ・ジャネイロ杯Campeonato Cariocaで敗退するような事になると、ロマリオにとって最後の試合となる事が悲しみTristezaである。

敗退した場合に引退する事は、とても現実的な可能性がある、
それはヴァスコ・ダ・ガマの次の試合をプレイするのが、ブラジル選手権の試合で5月になるからである。

ヴァスコ・ダ・ガマが更に進む事になれば、ロマリオはリオ・デ・ジャネイロ州選手権の最後までプレイする事になるだろう。
妻のイザベラIsabella自身がロマリオの引退について認めている。

「いつが終わりになるのかは明言することは出来ない。 しかし、ロマリオはもうブラジル選手権Campeonato Brasileiroを戦うだけの忍耐はないと思う。 たとえば、試合の半分はリオ・デ・ジャネイロ以外である。それはいつも旅をし、ホテルで生活し、合宿をする事を意味する。 ロマリオはもうそんな事にうんざりしている」と、イザベラIsabellaは言った。
Spd20070328o
(参考画像)

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引退は困るが、
1000ゴールは決めて欲しい。

まだまだ、ロマリオがみたい。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その60 ブラジル代表引退試合。

ロマリオRomárioがグラウンドを去る事について、ブラジル・サッカー協会CBFもプランがないわけではない。
ブラジル・サッカー協会はマラカナMaracanã競技場でロマリオBaixinhoの引退試合を行う事を検討していると、GLOBO紙"O Globo" がコラムで4月9日(月)に報じた。

このお祭りが確定すると、ロマリオにとってはブラジル代表引退試合は最初ではなくなる。
ロマリオは、2005年4月28日に、サンパウロSão PauloのパカエンブーPacaembu競技場での、対グァテマラGuatemala代表との親善試合で讃えられている。
この試合は3対0で勝利し、ロマリオRomárioが1ゴールを決めている。

その翌日、ロマリオRomárioはGKホルヘ・カンポスJorge Camposの引退試合でメキシコMéxicoと試合をして、1994年の代表としてメキシコで試合をしている。
この試合では4対3で勝利して、ロマリオBaixinhoは3ゴールを決めた。

ロマリオRomárioは代表として85試合に出場し、71ゴ-ルを決めている。
ブラジル代表としては、ペレPeléの95ゴール、ロナウドRonaldoの73ゴールについで、3番目のゴール数である。

この報道に対して、ブラジル・サッカー協会は確答をしていない。

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2005年4月28日の試合を実際に観戦した。

とても、素晴らしい試合だった。

2005年に観戦した試合のうちで、もっとも感動した試合である。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その59 レナット・ガウーショ監督の地位が危うい。

ヴァスコ・ダ・ガマが悪い時の謝罪は沢山だ。
レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督への役員の忍耐も終わりに近づいた。
4月8日(日)のロマリオRomárioの強い宣言は、サン・ジャヌアリオSão Januárioにおけるレナット・ガウーショ監督の孤立状況を強めた。
Spd20070407h
(参考画像)

ヴァスコ・ダ・ガマは4試合勝利がなく、3連敗を続けている。
ブラジル杯Copa do Brasil での敗退とリオ杯Taça Rioの準決勝への危うい進出もそれに加わる。

多くの選手は敗因を選手のせいにするレナット・ガウーショ監督の”エゴセントリックegocêntrico”な行動と文化に対して不満足である。
ロマリオは問題を公にした最初の選手になった。
この日曜日に、ロマリオRomárioは、監督が不満であれば社長のエウリコ・ミランダEurico Mirandaに出て行きたいと願うべきだと言った。

この日曜日で、レナット・ガウーショ監督はヴァスコ・ダ・ガマで128試合を指揮した。
そして、30敗目である。
レナット・ガウーショ監督は2005年6月にヴァスコ・ダ・ガマにやってきて、今までまだタイトルを取っていない。

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レナット・ガウーショ監督は、ブラジルの大きなクラブの監督としては、現在もっとも長期に監督の座にいる監督である。

かつては、グレミオのFWである。
トヨタカップでグレミオが優勝したときの選手の1人である。

ブラジル代表にもなったが、ワールドカップには出場していない。

ヴァスコ・ダ・ガマを辞めても、コリンチャンスの監督の声がかかっているらしいので、行き先はある。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その85 マルセロ・マットスも移籍か。

ボランチのマルセロ・マットスMarcelo Mattosはブラジル選手権Campeonato Brasileiroを全て、コリンチャンスCorinthiansとして戦わないだろう。
スペインの代理人がこの何日前にとても魅力のあるオファーを持ってマルセロ・マットスと彼の代理人のジウリアーノ・ベルトルッチGiuliano Bertolucciのところに現れた。

行き先は、アツレチコ・ヂ・マドリAtlético de Madridになるだろう。
サントスSantosのクレーベル・サンタナCléber Santanaにも関心を持っているチームである。

スペインの代理人は、スペインの他のクラブもマルセロマットスに関心を持っていると知らせた。

しかし、出て行くのは今ではない。
国際的な移籍の窓が開くのは7月はじめである。
それで、マルセロ・マットスMarcelo Mattos はブラジル杯Copa do Brasilの残りと、ブラジル選手権のはじめは戦う事になる。

「彼らは求めている。しかしそれは自分の代理人である。 話したくはない。 自分が唯一考えている事はコリンチャンスCorinthiasでブラジル杯Copa do Brasilに優勝する事である」と、マルセロ・マットスは情報漏れに驚きながら明言した。

ブラジルサッカー協会CBFの日報BID (Boletim Informativo Diário)によると、マルセロ・マットスとコリンチャンスTimãoの契約は2010年12月に終了する。
マルセロ・マットスは2年前に、1百万米ドルで契約して、コリンチャンスにやってきた。

2006年の終わりに、マルセロ・マットスはポルトガルのベンフィカから打診を受けたが、合意には至らなかった。

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マルセロ・マットスMarcelo Mattosは、コリンチャンスCorinthiansをでていくのではないかという予想を完全に消したがっている。
ガヴィオンエス・ダ・フィエウが反応するのが怖いので、マルセロ・マットスは一切何もオファーは受け取っていないと保証した。

「そういった事を話すときではない。ファンが自分をほら吹き野郎と呼ぶ。そしたらもうボールが足につかなくなってしまうと思う」と、マルセロ・マットスは明言した。
Spd20070409b

マルセロ・マットスは、スペインのアツレチコ・ヂ・マドリに関係する代理人が探していると言っていた。
しかし月曜日(4がt9日)には、マルセロ・マットスは3人が彼を捜しているが、移籍の交渉のためではないと説明した。
彼らは、マルセロマットスの代理人になりたがっている。

マルセロ・マットスはジウリアーノ・ベルトルッチGiuliano Bertolucciと契約をしていて、代理人を変える考えはないと保証した。

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ガヴィオンエス・ダ・フィエウが怖くて、言いたい事も言えない、やりたい事もやれない、可哀想なコリンチャンスの選手達。

特に、マルセロ・マットスは優しい性格なのだ。

日本にいたときはどうだったのだろう。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その58 シュラスコを食べに行った。

ロマリオRomárioは、4月8日(日に、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroへ戻るよりも妻のイザベラIsabellaと娘のイーヴィーIvyとシュラスコchurrascoを食べたがった。
日曜日の夜、ロマリオBaixinhoはカーボ・フリオCabo FrioのパッサージェンPassagem地区にあるシュラスカリアに行った。
その後で、ラゴス地方Região dos lagosの町にある友人宅に泊まった。

ロマリオがリオ・デ・ジャネイロに戻るのは月曜日の朝で、午後にはトレーニングのためにサン・ジャヌアリオSão Januárioに現れなければならないはずである。
おそらく、レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督はロマリオを呼んで、ロマリオが引き起こした議論について他の選手達と話をさせる事になる。

カボフリエンシCabofriense戦の間、ロマリオRomárioは1000ゴールを目指す事がヴァスコ・ダ・ガマに混乱を起こしていないと保証し、もしレナット・ガウーショ監督とレアンドロ・アマラルLeandro Amaralがプレッシャーになれていないので、小さなクラブとの試合で負けると言った。
4月11日(水)に行われる、リオ杯の準決勝の対ボタフォゴBotafogo戦の出場選手はまだ決まっていない。

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カボフリエンシ戦には出場しない事になっていたロマリオは、
カボフリエンシ戦を観戦に来ていた。

試合中継の間、試合もそこそこにして、
観客席にいるロマリオが映し出され、
何度もインタビューがあった。

また負けたヴァスコ・ダ・ガマの試合ぶりにとても憤慨していた。

ヴァスコ・ダ・ガマは負けたのだが、なんとかリオ杯の準決勝へ進出する事が出来た。

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サッカー:ニウマールの行方 その9 4月末。

コリンチャンスCorinthiansにおけるニウマールNilmarの物語に終わりがある。
4月末まで。
ニウマールは傷ついていて、どうするかわからないと言った。
コリンチャンスTimãoのとの問題が今月末までに解決しない場合は、コリンチャンスに残留するという仮決定を取り消すようにする。

「今日自分は自分がどこのクラブのユニフォームを着て、どこのクラブでプレイするのか確かではない。 確かな事はコリンチャンスCorinthiansと12月末まで契約があるという仮決定である。 約束が果たされない場合は、今日まで果たされていないのだが、自分は仮決定を取り消すようにして、コリンチャンスをでる」と明言した。

2度の膝の重大なケガのあと、ニウマールNilmarはとても困難な時を過ごしている。
ニウマールの弁護士との交渉の中でコリンチャンスの役員がどのように取り扱っているかを批判した。

「自分は尊重されていないと感じた。 自分の不満は、彼らが自分と話をするために回復を遅らせている事になる。 また彼らが一般の裁判所Justiça Comumに行ったことも傷ついた。 自分と話すために席に着く扱く事も出来た。 それは前に解決する事だった」と付け加えた。

ニウマールはまた自分の2度目の膝の怪我のあとに決定された、コリンチャンスのと契約の延長の通知についても不満を述べた。

「ケガのために契約を延長するのは正しくない。 それにコリンチャンスのためにプレイしているときに自分はケガをしたのである」と、強調した。

しかし、ニウマールNilmarは昨年からブラジルの他のクラブからの契約の打診があることは否定しなかった。
しかしまた他の国でプレイしたいという希望も隠さなかった。

「どのチームとも交渉に至っていない。 サンパウロFCは連絡をしてきたが、何もかたまっていない。 サントスSantosとは話をした。 フラメンゴFlamengoとインテルナシオナウともまた話をした。 しかし回答はいつも同じであった。 自分はいつも欧州Europaへ戻るという希望を持っている。 それの可能性を隠した事はない」と明らかにした。

2006年8月からのグラウンドの外での問題にも関わらず、ニウマールNilmarは望みはコリンチャンスにいる事と保証した。 コリンチャンスに感謝しているとも言った。

「どんな選手でもコリンチャンスでプレイしたがる。 コリンチャンスは自分のことをとても助けてくれた。 みんなに感謝する」と締めた。

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最後の一節は、「儀礼的なもの」と考えた方がよい。
いつまた将来コリンチャンスに戻るときが来るかもしれないので、
その時のためにきれいにクラブを出て行くことは必要である。

ニウマールのサッカーの試合での良いニュースを聞けるのはいつの日になるのだろうか。

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ブラジル・サンパウロの公園 その25 Parque Cemucam。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ西部の公園の紹介をしている。
”緑の地図”による19番は、セムカン公園Parque Cemucam。
西部地区最後の公園になる。

面積:500.000m²
開園:1968年

特色:
COHAB(住宅公社)とサンパウロ市Prefeitura de São Pauloの土地の交換の結果として、キャンプとレクレーション活動と教育を進めるために市立キャンプ・センターCentro Municipal de Campismo (CEMUCAM)が出来た。
サンパウロ市域にはない唯一の公園である。

住所   :Rua Mesopotâmia, s/n° -
       Jd. Passárgada / Cotia (Km 24,5 da Rodovia Raposo Tavares)
電話   : (11) 4702-2126
開園時間: 7h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で25キロ離れた西部にある。
サンパウロ市の西隣のコチア市にある。

主な設備は、遊び場、器械運動器具、散策路、サイクリングコース、池、サッカー場、シュラスコ場、博物館。
駐車場がある。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070402pcca

公園域は広大である。原生林もある。
公園域は、緩い起伏のある丘陵地である。

入り口は1箇所のみ。

100台は最低駐車可能なスペースがあった。

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この公園に行ってみた。

公園の入り口は、この道の突き当たりである。
この道の両側は、「塀に囲まれた住宅地」である。
塀の中に、数十戸の家があり、その住宅に入るには警備厳重な門を通過しなくてはならない。
Spd20061123pccp

公園の入り口。
この門を入り、そのまま300メートルほど進んだところに駐車場がある。
Spd20061123pcca

公園の入り口の脇にあった、
サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
Spd20061123pccb

入り口を入ってすぐ右側にあった園内の案内表示。
Spd20061123pcco

シュラスコ場は、とても広い。
竈が何十もある。
Spd20061123pccc

トイレは清潔。
Spd20061123pccd

運動器具。
Spd20061123pcce

公園は広大。
標識はあるのだが、距離は書いてない。
歩くしかないので、結構疲れる
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広い公園。
Spd20061123pccl

芝生も広い。
Spd20061123pccn

学校の遠足でやって来た子供達。
Spd20061123pccm

園内の通路は舗装されていない。
Spd20061123pccf

公園の北東部にあった遊び場。
Spd20061123pccg

公園の北東部にあった博物館。
閉まっていた。
Spd20061123pcch

ブラジル空軍のマークのある飛行機の翼。
航空機の模型もしくは本物が展示されているらしい。
Spd20061123pcci

公園西南部にある集会所の脇に古い道路舗装工事の機械が放置されていた。
それとも、展示されていたのか。
Spd20061123pcck

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この公園は、サンパウロからサンパウロ州の内陸部へ向かう古くからの街道になるラッポーゾ・タヴァレスの25㎞地点の南側にある。
ラッポーゾ・タヴァレスをずっと進んでいくと、100キロほどでソロカバを過ぎ、250キロでオウリーニョスに至る。

サンパウロ市に近い方は、道路は改良されており、ハイウェー化している。
ただ、起伏が激しく、カーブもきつい。
運転していて疲れる道だ。

この25キロ地点付近は、通称グランジャ・ヴィアーナGranja Vianna地区という名称で、「塀に囲まれた住宅地」が多いところとして知られている。
サンパウロ市の中心部から、緑を求めて、逃げてきた人たちが多いところである。
「塀に囲まれた住宅地」と言っても、それぞれの「住宅地」によって、家の大きさは種々ある。
それほど大きな住宅ではないものもあるし、お屋敷もある。
ただ一般的に、こういった住民のレベルは高い。

このあたりから、サンパウロ市に通勤するには、ラッポーゾ・タヴァレスを使うしかないが、朝夕のラッシュ時は渋滞し、1時間以上は車の中のようだ。
このため、またサンパウロ市に戻る人もいて、売り家も多い。

「住宅地」は塀の中に囲まれていて、比較的安全かもしれないが、途中で狙われるという恐怖はある。
ラッポーゾ・タヴァレスを下りて、自分の「住宅地」にはいるまでに狙われるわけである。

もともと、このあたりはサンパウロ近郊農業地域である。
日本人がそういった農業をやっていて、この付近の道路の名前には、開拓の先達となった日本人の名前が非常に多い。
都市化が進んできているが、奥にはいると今も日系人の農場がいくらでもある。
このあたりの日系人の農場は、都市近郊なので規模が小さいと言っても、家族だけでやっているわけではない。
農場主となって経営をしているわけで、作業労働者を雇っているのが普通である。
日本の農業とは規模や形態が全く異なる。

更にこのあたりは、サンパウロ市の中流の上以上が持っている別荘地や荘園も多い。

農場や別荘地だったところに、「塀に囲まれた住宅地」が広がってきたというのは、近年の動向である。

そして、もちろんファヴェーラ(=貧民窟)も、この付近まで広がってきているというのも事実である。

コチア市は、以前はサンパウロ市から一旦市街地が切れたところにある農業中心の静かな小都市であった。
しかし、サンパウロ市域の拡大で、コチア市の東端は市街地の周縁部になっている。

コチア市だけではないが、こういった事もあって、治安は悪化の一途をたどっている。

田舎だからと言って、のどかではなくなっているようである。

別荘などで、休日を過ごすときには、警備を付けたりする必要もある。
本当の金持ちや有力者が、大パーティーをやるときには、警察もパトカーを常駐させるくらいである。
別荘を持つのも大変である。

公園は、広大であり、周囲は森である。
これを突破して来る事は考えられない。
森や草地や農場に無防備に入るのは危険である。
毒蛇だっているのである。
ワニはいないだろうが。
これは、ブラジルの常識である。

公園内はそれほど危険ではないと思う。
トカゲくらいはいるはずだ。
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サンパウロ市の中心部から、この公園へのアプローチは次の通り。

ラッポーゾ・タヴァレスの25キロメートル地点をすぎて、26キロメートル地点あたりにある戻りに入る。
そして、サンパウロ方向に進んで、25キロメートル地点を右にはいる。
25キロメートル地点付近は、ちょっと商店がある。

メソポタミア通りを真っ直ぐ行くと、公園入口に突き当たる。
途中は、「塀で囲まれた住宅地」が造成されているところであった。
Spd20070402pccc

帰路は、メソポタミア通りを戻り、ラッポーゾ・タヴァレスを使って、サンパウロ方向に行くだけである。
25キロメートル地点付近である。
歩道橋あたりで、ラッポーゾ・タヴァレスと合流する事になる。
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この公園の評価。

たまに寝ころんで、青空をすぎてゆく雲を眺めるのには良いかもしれない。
サンパウロ市内よりも、もちろん空気はよい。

この公園は実際休日にどれほどの混みようになるのかとか、来園者の社会階層については、未調査である。

現実的に考えて、この公園の周辺住民(別荘地民、農業者)はやってこないはずである。
自分の家で、シュラスコができるはずだからである。
別に、サンパウロ市営の公園だからといっても、コチア市民でも誰でも入ることはできる。
だが、やはりサンパウロ西部に住んでいる人がやってくるのだろうと思う。

最東部にあるカルモ公園、西北部にあるアニャグェーラ公園と並ぶ、郊外の大きな公園である。
周辺環境からみて、おそらく、この公園が一番落ち着くところと思える。

朝早く行って、午後2時までには戻るというスケジュールがよいのではないか。
朝11時頃までは涼しいだろうし、午後も遅くなると夕立の可能性が高くなる。

知り合いに、この公園程度の農場や別荘を持っている人がいれば、そちらに行った方がよいだろう。

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domingo, 8 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その84 エヂムンドが引退を真剣に語る。

パルメイラスPalmeirasがサンパウロ州選手権Campeonato Paulistaで準決勝戦に進出する可能性が低くなった事で、エヂムンドEdmundoが引退を早める可能性が高くなった。
泣きながら、エヂムンドはパレストラ・イタリアPalestra Itália競技場のグラウンドを去ったが、引退を考えている事を認めた。

「止める事をもとても考えている。 自分の子供と一緒にいる事など大事な事を置き去りにしていた。 サンパウロSão Pauloに1人でいるので、家族がいない事が残念だ」と、気持ちが高ぶって、打ちひしがれていた。

米国Estados UnidosのニューヨークNew Yorkへ移籍する事についての可能性については打ち消した。
先週、エヂムンドはエヂムンAnimalドと契約を希望している海外のクラブからの関心について役員に知らせていた。

「幸せになりたい。 サッカーをする事はいい日もあり悪い日もあって、傷つく事も多い。止めたあとの準備をしているわけではない。しかし色々な人生がある。やりたい事がいっぱいある」と付け加えた。

エヂムンドEdmundoは、このシーズンの終わりまでパルメイラスVerdãoと契約がある。
サンパウロ州選手権の最終戦になる、4月11日(水)にソロカバSorocabaで行われる対サン・ベントSão Bento戦には出場しない。
エヂムンドは、グゥラチングェタGuaratinguetá戦で3枚目のイエローカードをもらっていて、出場停止になる。

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エヂムンドのインタビューをみていたら、こちらまで泣きそうになってきた。
「20070408GN22-Edmundo.wmv」をダウンロード

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その83 第18節終了。

サッカー・サンパウロ州選手権の第18節が、4月7日(土)および8日(日)に行われた。

結果は次の通り。


4月7日(土)  第1日目
試合開始         試合結果                競技場
15h    Juventus    2 x 1  Paulista       Rua Javari
18h10  Corinthians  2 x 0  América       Pacaembu
18h10  São Caetano  2 x 1  São Bento     Anacleto Campanella
「20070407sporTVnews-CP18.wmv」をダウンロード

※パウリスタは最終節に準決勝進出をかける。
※コリンチャンスは、エーメルソン・レオン監督の解任初めての試合で勝った
地元パカエンブー競技場での最終戦。
※サン・カエターノは準決勝進出決定。

4月8日(日)  第2日目
試合開始         試合結果                競技場
15h   Rio Claro      4 x 0  Rio Branco    Augusto Filho
16h   Palmeiras      2 x 2  Guaratinguetá  Parque Antarctica
16h   Noroeste      1 x 4  Santos      Alfredo de Castilho
16h   Ituano        4 x 2  Santo André   Novelli Jr.
16h   Sertãozinho    1 x 0  Bragantino    Frederico Dalmazo
18h10  Grêmio Barueri  0 x 5  São Paulo    Walter Ribeiro
18h10  Marília        0 x 2  Ponte Preta   Bento de Abreu
「20070408GN22-CP18.wmv」をダウンロード
「20070408sporTVnews-CP18.wmv」をダウンロード
※パルメイラスは引き分けで、最終節に準決勝進出をかける。
※サントスは楽勝。
 リーグ戦での1位決定。
※サンパウロFCも楽勝。
 リーグ戦での2位決定。


次節の第19節は、最終節。
全ての試合が、同時刻に行われる。
最終節後に確定する順位の上位4チームが、トーナメント戦を戦い優勝チームが決定する。


4月11日(水)  
試合開始         試合予定                競技場
21h45  Santo André     X  Corinthians     Bruno José Daniel
21h45  Santos        X  Juventus      São José dos Campos
21h45  São Paulo      X  Marília        Mogi Mirim
21h45  São Bento      X  Palmeiras      Walter Ribeiro
21h45  Rio Branco      X  São Caetano    Décio Vitta
21h45  Paulista        X  Rio Claro      Jaime Cintra
21h45  Guaratinguetá    X  Noroeste      Dario Leite
21h45  América       X  Ituano        Benedito Teixeira
21h45  Ponte Preta     X  Sertãozinho     Moisés Lucarelli
21h45  Bragantino      X  Grêmio Barueri   Marcelo Stefani
※コリンチャンスは、最下位決定のサント・アンドレと試合。

(第18節を終了した時点での順位)
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ブラジル・サンパウロの公園 その24 Parque Alfredo Volpi。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ西部の公園の紹介をしている。
”緑の地図”による18番は、アルフレッド・ヴォルピ公園Parque Alfredo Volpi。

面積:142.400m²
開園:1971年

特色:
建築家のカルロス・ヴェルケルCarlos Welkerと園芸家のエウムーチ・シュリッキHelmut Schlikの協力を得て、ロサ・グレナ・クリアスRosa Grena Kliassによって作られた造園。
この公園の名前のアルフレッド・ヴォルピAlfredo Volpiは、ブラジル人画家の中でもっとも受け入れられた1人を称えるため。

住所   : Rua Eng. Oscar Americano, 480 - Morumbi
電話   : (11)3031-7052
開園時間:  6h-18h (夏期は19h迄)

サンパウロ市の中心部セントロから直線で9キロ離れた西部にある。

主な設備は、遊び場、器械運動器具、散策路、池。
駐車場がある。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070402pava

公園域はほとんどが原生林。
南東側にある駐車場と遊び場だけが平地である。

この公園も、今は暗渠化された源流域を利用したものである。
それは、衛星写真からでも容易に把握できる。
公園の南縁にそって川筋が有る事がうかがえる。

公園は南東側が低く、北西側に向かって高度を増している。

入り口は1箇所のみ。

30台は最低駐車可能なスペースがあった。
この公園の駐車場入り口のある道路は通行量が多く、路上駐車はできない。

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この公園に行ってみた。

駐車場。
入り口と出口が別になっている。
舗装されていない。
木に車をぶつけないように、注意が必要だ。
木陰なので、車の中が暑くなりすぎないのがいい。
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駐車場からわずかに高くなったところに遊び場がある。
Spd20070102pavq

駐車場の隅にあるこの公園の掲示板。
デンギ熱に関する注意、サークルへの勧誘、環境保護などについての掲示がある。
こういった掲示板は、どこの公園にでも有る。
たいていの場合は管理事務所の入り口などに設置されていた。
Spd20070102pavl

この公園の地図も掲示されていた。
こういった地図がある公園は本当に珍しい。
ブラジル人は、一体に地図がとても苦手である。
読みとりも出来ないし、描く事も出来ない。
色々なところのサイトで行き方を調べようとしても、地図がないのがほとんどである。
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遊び場。
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遊び場はあまり広くない。
この公園での平地はこれだけである。
Spd20070102pavc

遊び場の南側に、
サンパウロ市営公園に共通なデザインによる公園名称の表示板があった。
表示板の向こう側は池。
Spd20070102pavn

池は、小さい。
Spd20070102pavm

上流に向かって、段差を伴って、幾つかの池が連なっている。
Spd20070102pave

この池に沿うような形で、散策路は奥に行く。
広いところもある。
Spd20070102pavf

奥に行くに従い狭くなる。

Spd20070102pavd

足元もよくない。
Spd20070102pavg

湿度も高くなってくるようで、
ちょっとしたジャングル気分。
Spd20070102pavh

倒木もあったりして、秘境感もいっぱい。
Spd20070102pavj

奥の方は、何かじめじめしている。
Spd20070102pavi

管理事務所も森林の中にある。
その管理事務所近くにあるベンチと机。
これも湿気で、朽ち果てそうであった。
Spd20070102pavk

公園前の道路。
Spd20070102pavo

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この公園の周囲は、サンパウロの最高級住宅街である。

1960年代に開発されて、一般的に高級住宅街が多いといわれるモルンビーであるが、実際にはファヴェーラも多くて、場所よっては事件が頻発して、、住民が逃げ出して、空き家も多いというのが現実である。
モルンビー全てが良いところとはとても言えない。

だが、この公園の有るところは文句なしに最高級住宅街である。

多くの住宅は、敷地が500平米以上はあり、数千平米もざら。
更にプールもある。
高い塀で囲まれて、中をうかがい知る事は出来ない家ばかり。
警備も恐ろしく厳重な家ばかり。

街路のほとんどに、街路樹があり、それがはっきりと画像で把握できる。
Spd20070402pavb

さすがに幹線道路沿いは、一部商業化していたり、低利用地のまま残っていたりするが、道路の騒音でさえ、木にならないような構造の家もあるようである。
ピンクで囲んだところは、絶対的に最高級住宅街である。

サンパウロの最高級住宅街の一つなのだが、川を隔てている事で、更に環境は守られている。

より都心に近い最高級住宅街は、住宅街の道が抜け道として使われて、平日は通行量も多かったり、更にすでに住宅ではなくて看板こそは上げていないが種々の事務所として使われているところが多いのである。
事務所として使われている場合には、平日の路上駐車が多いのでそれとわかる。

しかし、この公園の住宅地は、都心からは川向こうになる事で通り抜けには不便なので、住宅として使われているところがほとんどである。

ただ、最高級住宅街なので、人はほとんど歩いていない。

歩いているのは、その家の使用人と工事関係者、そして郵便配達人くらいである。
このあたりの住民が、プラプラ歩いていると、たちどころに誘拐されてしまいかねない。

また、一戸建て住宅専用街なので、商業施設はない。
パンを買うのにも、車で遠出をしなくてはならないという不便さはある。
もちろん、住民がそんな事をするはずがない。
使用人が買いに行くか、配達してもらうはずである。

また、それぞれの家の使用人も1人ではない。
ガードマン、運転手、庭師、掃除婦、調理人、乳母、介護人等々複数である。
敷地内には、住み込みの使用人の家もあるのは当然である。

※実は拙宅にも離れはある。 使っていないが。
留学生の下宿にはなるので、希望者は連絡されたい。

まあ、こういった最高級住宅街に生活するのは、想像以上にお金がかかるのである。
家を維持するのに、使用人がいないととても、やっていけないのである。
車も絶対に必要だ。 

こういった地区にはバス路線も、あまり発達していない。
幹線道路にしか通っていない。
中まで入り込まない。
バスを使うのは、通いの使用人である。

何しろ、ここの住民は建設中の地下鉄のTres Poderes駅の設置を止めさせたくらいの力がある。
地下鉄の駅が出来ると、そこで乗降客がバスと乗り換えをする事になるのだが、
地下鉄に乗るような人間には怪しい者も多く、
最高級住宅街にも侵入しかねないという事を恐れているわけだ。

こういう要求をして、それが受け入れられるところが凄いところである。
ブラジルを代表する企業の経営者が住んでいたりして、高額の税金を支払っているわけで、発言する権利もあるし、それを通す力も有るわけである。

この公園に関する限り、、
周囲の環境に気を使う必要は全くない。

周囲の住民より、お金持ちの人はいないだろうから。
周囲の住民の方が、公園に来る人を気にするはずだ。

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サンパウロ市の中心部セントロから、この公園のアプローチは簡単である。

シダーヂ・ジャルヂン大通りをモルンビ方向に向かう。
ピニェイロス川を渡り、タジュラス大通りと名前を変える。

そして、三叉路を左に曲がるとエンジネイロ・オスカー・アメリカーノ大通りになる。
右手の教会の先が、このアルフレッド・ヴォルピ公園である。
Spd20070402pavc

帰路は、公園の先でUターンする事も可能であるが、交通量が多いときには、一気に車線を変更するのはかなり強引かもしれない。
この通りを通る車は割とスピードを出しているからである。

そのまま直進に、モルンビー大通りを右折し、そのまま道なりにフランシスコ・モラット大通りまで行って、レボウサス大通りに入り都心方向に行く方法もあるし、サン・ヴァレリ大通りで右折し、シダージ・ジャルヂン大通りの方にいて戻る事も出来る。

もちろん、住宅街の中を抜けて近道をする方法もある。
ただ、道が地形に合わせて、くねくねしているので、方向を失う可能性も大きい。
まあ、このあたりで迷っても、危険地帯に出る事はない。

超豪邸をみてため息をつくのを良いかも。

あまりにぐるぐる回っていると、
不審車両と思われる可能性が高いだろう。

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この公園の評価は次の通り。

手近なところで、ジャングル体験をしたいなら、悪くない。

この公園自体は、決して広くない。
散策路をぐるっと回っても、間違っても30分もかからない。

エンジネイロ・オスカー・アメリカーノ大通り沿いは、道路からの騒音が気になるが、原生林にはいると周辺が住宅街だけあって、静かになる。
森の中はいつも何かじめじめしている。

都心の近くにこんなところがある事が不思議なくらいである。

公園を訪れる人は多くない。

周辺の住民が、誰が来るのかわからない公園に行く事もないだろう。
運動するならば、会員になっているスポーツクラブにいくだろうし、自然に親しみたければ郊外の自分の別荘に行くだろう。
この公園くらいの面積の別荘は持っている人も多いだろう。

日曜日でさえ、あまり訪れる人がいない。

遊び場と散策路だけの公園といっても良い。

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sábado, 7 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その82 第18節 コリンチャンス対アメリカ。

サッカー・サンパウロ州選手権の第18節のコリンチャンス対アメリカの試合が、4月7日(土)18時10分から、サンパウロのパカエンブー競技場で行われた。

サンパウロは朝からどんよりとした天気で、気温も22-23度。
さらに、昼頃から何度かにわか雨が降るあいにくの天気。
16時半頃からは、雷とともに強い雨が降った。

ところが、17時40分頃に家を出たら、急に雨が止んだ。
Spd20070407a

いつものところのチケットを買って、競技場に入ったが、前の試合と同じで、観客は本当に数えるほど。

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この試合は、エーメルソン・レオンが監督が退任して最初の試合になる。

(国歌演奏)
「spd20070407Futebol-CP18-Corinthians-America-Hino.MOV」をダウンロード

ジョゼ・アウグスト監督代行のもとでのチームには、左SBにエヴェルトンが入った

(コリンチャンスの先発と控え)
Spd20070407c
Spd20070407d
(アメリカの先発と控え)
Spd20070407e
Spd20070407f

そして、後半には話題のルリーニャも、ロジネイに代わって入った。
ルリーニャは、今週までは16歳。

前半に、マグロンが決めて、1対0。
そして後半に、エヴェルトンに代わって入ったカルロンが更にゴールを決めて、2対0。
エヴェルトンが替わるときには、観客席からは暖かい拍手があった。

試合は、結局2対0でコリンチャンスが勝利。
Spd20070407g

前半に、アメリカの選手がレッドカードで退場になっていた事を考えると物足りないが、勝利は勝利。

前節の対セルタンジーニョ戦の試合に続いて、観客は2千人台であったが、まあ満足して気持ちよく帰っていた。
「20070407sporTVnews-CP18-Corinthians-America.wmv」をダウンロード

(試合映像録画済み)
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ところで、
コリンチャンスの試合に観戦するのに、とんでもないタブーを犯していた馬鹿がいた。

後ろに座っていたガヴィオンエス・ダ・フィエウの人が、インターバルの間にどこかに行った後に戻ってきて、ものすごく怒っていた。
「あそこふざけたヤツがいる。
緑のシャツを着ている。
コリンチャンスの試合に来て、緑のシャツ。
頭がおかしい。
出て行け」と、言いたい放題。

それが、どうも日本人らしいというのだ。

後半になって見てみると、
日本人らしい4-5人のグループのうちの2人が、シャツを脱いで、(もしくは脱がされて)、ランニングシャツ姿になっていた。

今夜のサンパウロは、雨は止んだが、風は少しあって、涼しかった。

風邪を引いていなければよいが。

それにしても、相当な非常識である。

コリンチャンスのファン、それもガヴィオンエス・ダ・フィエルになると、緑のものは一切近づけない。
緑色野菜も生まれたときから、食べていないと言い張る。

緑は、不倶戴天の敵パルメイラスのカラーである。

この試合にコリンチャンスが勝ったから良いものの、もし雰囲気の悪い試合になっていたら、競技場の外で何か事件になっていたかもしれない。

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ブラジル・サンパウロの公園 その23 Parque Raposo Tavares。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ西部の公園の紹介をしている。
”緑の地図”による17番は、ラッポーゾ・タヴァレス公園Parque Raposo Tavares。

面積:195.000m²
開園:1981年

特記:
ラッポーゾ・タヴァレスRaposo Tavares公園は南米América do Sul で初めて塵芥埋設処理場の上に作られた最初の公園として特筆される
これによって独特の性質を持っている。
土壌は、ゴミを焼却し、土を固めたものが層になって出来ている。
そして、ガスの発散emanaçãoを防ぐために粘土argila層が、さらに植生の基礎として別の土が被せられた。
ラッポーゾ・タヴァレスrodovia Raposo Tavaresに沿ったところにあり、公園は同名のバンデイランチbandeiranteを称えている。

住所:Rua Telmo Coelho Filho, 200 - Vila Albano / Butantã
電話: (11)3735-1372
Funcionamento: 7h às 18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で14キロ離れた西部にある。

主な設備は、遊び場、散策路、多目的コート、シュラスコ場。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070402prta

公園域はわりと広い。
台地になっているのだが、その台地部分だけでも十分に広い。

この台地部分には緩やかな傾斜があるだけで、上り下りが大変という事はない。
平地は公園下段の多目的コートと、上段の遊び場。

公園は、原生林はないが、公園の開設時に植えられた樹木が適度に茂っている。

公園の入り口は、(多分)1箇所。
公園の北の端にある。。

駐車場は北の入り口を入って、数十メートルのところにある。
20台は最低駐車可能なスペースがあった。

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この公園に行ってみた。

公園入口にあったサンパウロ市営公園に共通なデザインによる公園名称掲示板。
Spd20061123prta

公園にはこのような雰囲気で樹木が茂っていて、とても塵芥埋設処理場に作られていたような雰囲気はなかった。
Spd20061123prte

公園は周囲より高いところにあるし、周囲には高い建物もなく、視界がとても広がっていた。
サンパウロ市の市街地が、ちょっと距離を置いて見えた。
(※向こうの丘はヴィラ・ソニア地区のアパート地区の方になる)
Spd20061123prti

公園の台地部はほとんどが芝になっていて、歩いていて気持ちが良かった。
遊び場もそういった芝生のところにある。
広々としてところで、気持ちが良さそうであった。
設置台数も多かった。
Spd20061123prtj

公園の奥の方に、サッカーグラウンドがあった。
Spd20061123prtb

少年サッカーをコーチが鍛えていた。
ここもやはり台地の上になり、はるか彼方にカンタレイラ山脈が望めた。
なかなかここまでの広がりを持った景色を得られるところはない。
Spd20061123prtc

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この公園の評価。

絶対に行ってはいけない。

せめて遺書を書き、生命保険を増額させてからでもと言いたいが、
それでも止めるべきだ。

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この公園に奥にあるトイレだ。
とても立ち入る気になれないはずだ。
もちろん、使える状態だった。
Spd20061123prtf

この公園の台地の西の端に立って、周囲をみてみた。
Spd20061123prtd

この公園の台地の南の端に立って、周囲をみてみた。
Spd20061123prtg

この公園の台地の東の端に立って、周囲をみてみた。
Spd20061123prth

この公園は、周囲を完全にファヴェーラ(=貧民街)で囲まれている。
ファヴェーラでない住宅にしても、低所得者層のものである事は間違いない。
この公園はファヴェーラに浮かんだ島のような存在だ。

もやもやして家の形がはっきりしないような地区は、完全にファヴェーラだと判読できる。
(オレンジ色で囲んでみた。)
Spd20070402prtb

屋根に瓦を使っていないので、瓦のオレンジ色が出てこない。
その代わり、壁に使っているレンガをそのままにしているので、壁はオレンジ色に見える。
ちゃんとした家は、外壁にセメントを塗り、ペンキで色を付けるので、オレンジ色はしていない。

公園南部のファヴェーラ。
自然発生的に家が建てられるので形も不規則。
内部の道も細く、非舗装である。
Spd20070402prtc

公園にいる人たちも、いかにもファヴェーラにからやった来たような身なりで、その雰囲気を醸し出していた。

更に、この公園の台地のそこかしこで、いずこからともなく若者の一団が植え込みの陰から現れるのである。
この公園の周囲には自然発生的な入り口が何カ所かあるようだ。

この若者の一団というのが、とても不安感を起こさせる。

もちろん、公園にやってくるほとんどの人は、自然を愛し、公園に安らぎを求めてくるわけある。
友人や恋人や家族との平穏な時をすごしているのである。

ファヴェーラに住んでいるから、身なりが粗末だからといって、それがその人の本来の人格とは全く何ら関係がない事はいうまでもない。
人を判断するときに、そういったことで、先入観を持つのは大嫌いであるし、そういう事を評価の基準にする人は心から軽蔑する。

だが、現実的に考えて、この公園にいることは、自分の安全のために賢明であるとは思えない。

もう一つ、単に偶然だったのだろうが、
駐車して車をでたときに、マコーニャ(=マリファナ)の匂いがした。
この匂いにはとても敏感なのである。
敏感ではなくても、知っている人はすぐ気付く独特な匂いであるが。
駐車場にいた若者とも言えないグループが発生源だった。

ブラジルにいるので、
マコーニャだろうが、コカインだろうが、クラックだろうが、LSDだろうが、
別に知らないわけではない。
ずっと以前から、手に入るルートくらいは知っている。

パカエンブー競技場に行くと、試合の間いずこからともなくずっと匂いが漂って、頭がくらくらしそうになるような気がするときもある。
昔は何でもなかったのだが、この頃はちょっと弱くなったかもしれない。
こんなことが頻繁にあると、検査されては反応がでるのではないかと思うくらいである。

まあ、公園の入り口に近く、管理事務所のそばだったので、ちょっと気になったことだ。

もっと奥の植え込みの蔭でやって欲しいものである。

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いちおう、サンパウロ市の中心部から、この公園のアプローチ方法は書いておく。

ラッポーゾ・タヴァレスを西に行く。
ペリ・ペリの出口をすぎて上り坂になる。
右手にハイパーマーケットのEXTRA、つづいてフランス系のDIYのLerou Merlinがある。
そのあたりが、km14地点である。

そして、km15地点に右に入り、戻る方向に進む。
サンパウロ市方向の本線に合流して8百メートルほど進むと、
細い道なのだがテルモ・コエーリョ・フィーリョ通りという道がある、その道の入り口にはラッポーゾ・タヴァレス公園の表示がでている。
Spd20061123prtk

そこを200メートル進むと公園入口になる。
公園入口前はロータリーになっている。

帰路は、このテルモ・コエーリョ・フィーリョ通りを戻り、ラッポーゾ・タヴァレスをサンパウロ方向に進むだけだ。
Spd20070402prtd

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繰り返しておくが、
この公園には決して行ってはいけない。

この公園で撮影をするのは、決死の行為だった。
とても「浮きあがった」「異邦人」であることを、周囲の視線でも、ひしひしと感じた。

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このテルモ・コエーリョ・フィーリョ通りの入り口よりわずかにコチア寄りの、道の反対側に、日本の仏閣的な建物がある。
個人の家としては、ちょっと大きな家である。
以前は、このあたりは何もなくて、とても目立った家であるのだが、今は周囲がちょっと建て込んだので以前ほど目立たなくなったが、それでも「変な家」だと思うような家がある。
ラッポーゾ・タヴァレスを頻繁に通る人は、気付いているはずだ。

この家は、日本人が経営しているクリーニング屋である。
技術的にしっかりした、とても有名なクリーニング屋である。
自宅も同じ敷地内にある。

2人の息子さんも日本語は堪能である。

いちおう何かのときには覚えておいても悪くはないので、ここに記しておく。

この仏閣的な建物の由縁は知っているが、それは記さない。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その81 コリンチャンスを最初に去るのはダニエリ。

エーメルソン・レオン前監督の要求でこのシーズンのはじめにコリンチャンスCorinthiansと契約したボランチのダニエリDanielが、エーメルソン・レオンEmerson Leãoが退任したあと最初に出て行く選手になった。

ダニエリの弁護士が、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroの始まる前に契約を取り消す最後の詳細について合意するためにコリンチャンスの役員に呼ばれた。

ダニエリDanielの代理人で、エーメルソン・レオン監督の個人的な友達のパウロ・フランセースは承知している。

「まだ何も発表されていない。 しかし、ダニエリDanielは解雇される事は知っている。 時間の問題だと思う。 残念だ」と悲しんだ。

ダニエリの契約は7月15日に終了する事になっていた。
しかし近日中に取り消される。

コリンチャンスの他の選手達も同じ道をたどるものがいるに違いない。
しかし、名前はまだ秘密になっている。

おそらくエーメルソン・レオン監督とともにコリンチャンスにやってきた選手の大部分が解雇されるだろう。

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ボランチのダニエリDanielはコリンチャンスCorinthiansをでた。
コリンチャンスTimãoの役員は、4月6日(金)の朝ダニエリはチームとは別れて練習をし、他のチームを探すために自由になったと確認した。

ダニエリは、今年の初めに契約されたが、しかしそれほど活躍しなかった。
それは別にして、エーメルソン・レオンEmerson Leão監督との強い関係がいつもとても問題になっていた。
サントスSantosでも、サン・カエターノSão Caetanoでも一緒に仕事をした。

ダニエリDanielはサン・カエターノAzulãoのある役員に戻れないかと打診をしていたが、否定的な返答を受け取ったところだ。

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先発で出場する事は多くなかった。
それほど悪い選手でもなかったが。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その80 アモローゾは失業者。

FWアモローゾAmorosoは失業した。
しかし、他のクラブとは契約できない。

アモローゾの代理人のニヴァルド・バルドNivaldo Baldoによると、コリンチャンスCorinthiansはまだアモローゾを自由にするという書類を渡していない。
サントスSantosが、アモローゾの次のクラブになるだろう。

「我々は全てを書類によって知る事になる。 コリンチャンスCorinthiansの色々な人と話をした。 すぐにそれが必要である」と、ニヴァルド・バルドは非難した。

もしサントスSantosでプレイするならば、アモローゾAmorosoはリベルタドーレスLibertadores杯南米選手権を制する2度目の機会を得る事になるだろう。 2005年にサンパウロFCにいるときに優勝した。

「契約の取り消しを望んでいたのでそれは非難していない。 それはない。 新しい生活をするのにその書類が必要だ。 おとなしいのだ。 アモローゾAmorosoは引き続き現役を続けたがっている。 コリンチャンスCorinthiansをでたあとに議論を起こすのを避けている事でわかる」

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コリンチャンスに昨年8月にやってきて、
26試合で4ゴールしか決める事が出来なかったアモローゾ。

コリンチャンスを先週末に解雇された。

口は達者だった。

サントスが、アモローゾを必要とする理由がよくわからない。

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sexta-feira, 6 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その79 コリンチャンスのマルセロ・マットスが被害者に。

コリンチャンスCorinthiansの状態はまだ良くならない。
問題はグラウンドの中で起きていることと同じように広がっている。
ボランチのマルセロ・マットスMarcelo Mattosは、4月5日(木)に彼のクレジット・カードの一枚が悪者によってコピーされたと発表した。

マルセロ・マットスは朝のトレーニングの後のインタビューをする選手の1人としてマスコミによって選ばれていたが、現れなかった。
マルセロ・マットスがこの問題で何か損失があったかどうかは発表されていない。

マルセロ・マットスMarcelo Mattosは、MSIによって所有されパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeに引き続きいる数少ない選手の1人である。
しかしながら、後半も残留するかどうかは不確実である。
来週、コリンチャンスは解雇の選手を発表するに違いない。

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もちろん、マルセロ・マットスは解雇されるような選手ではない。

絶対的に必要な選手である。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その78 コリンチャンスのトレーニングにまたもや乱入。 

4月6日(金)パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeはとても揺れ動いた。
3つのファン組織の約50人が、コリンチャンスCorinthiansのクラブの本部に侵入し、入り口のドアのガラスを割り、チームがトレーニングをしているのに観客席で社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibに対しての抗議活動をした。

人数が減らされていたクラブの警備は、実質的に何の抵抗もする事はなかった。

更に20人が「クラブの全ての汚れを洗う」'lavar toda a sujeira do clube'ために、モップ、漂白剤や洗剤を持って抗議を強化するために現れた。
彼らのうちの5人はグラウンドに侵入し、選手達に洗剤の粉を投げつけるところまで行った。
「20070406sporTVnews-Corinthians-Treino-Invasao.wmv」をダウンロード

警備とファンの間での衝突のあと、現場に呼ばれた警察がみて、ファン組織の2人の代表が警察共に出て行き、残りはすぐに抗議を止めた。

社長の退陣の他に、コリンチャンスとMSIを仲介するレナット・ドゥップラRenato Dupratを外すように要求した。
DFグスターヴォGustavo、DFマリーニョMarinho、ボランチのパウロ・アルメイダPaulo Almeida、MFロジャーRogerも標的になった。

クラブのジュニアから上がってきたGKマルセロMarcelo、MFウィリアムWilliam、そして上がってきたばかりのルリーニャLulinha、エヴェルトンEverton、アリソンAlissonには親しみを持っていた。

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こんなことだから、
選手はみんな逃げてしまう。

いい監督も来ないだろう。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その57 ヴァスコ・ダ・ガマは大儲け。

1000ゴールの期待は技術的にはヴァスコ・ダ・ガマを傷つけたとしても、財政的には全く文句を言う事はない。
マラカナMaracanã競技場で行った対フラメンゴFlamengo戦、対ボタフォゴBotafogo戦、そしてガマGama戦のわずか3試合で、ヴァスコ・ダ・ガマは正味50万レアル(=約3億円)を稼いだ。

4月4日(水)に行われたガマGama戦では特に、その人数の違いは特筆される。
もしサン・ジャヌアリオSão Januárioで、それもロマリオRomário無しであれば、試合は有料入場者が1000人を超すのも難しかったはずだ。

マラカナMaracanã競技場には33千人が入った。
これで、ヴァスコ・ダ・ガマには72千レアルが入った。
(同額がフルミネンシにも入った。)

これで十分でないとしても、ヴァスコにはさらに6年ぶりにユニフォームにスポンサーの名前を入れる事が出来た。
公式には確認されていないが、1000ゴールの達成までに百万レアル(=6千万円)がクラブにはいる。

今までの1.4百万レアルの他にまだある。
1000ゴールを達成したときには、ヴァスコは「ロマリオ・グッズ」"linha Romário"を販売する。
公式サイトによると、1000ゴールを記念するユニフォームは159.90レアルで予約受付中である。

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ロマリオ様々である。

少なくともロマリオの給料はまかなえるはずだ。

そういえば、ユニフォームの背番号の上に”BMC”と入っていた。

テレビの中継料も入るだろう。

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ブラジル・サンパウロの公園 その22 Parque Luís Carlos Prestes

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部の公園の紹介はすでに終えた。
これからはサンパウロ西部の公園の紹介である。
”緑の地図”による16番は、ルイス・カルロス・プレステス公園Parque Luís Carlos Prestes。

面積:27.100m²
開園:1990年

特記:
この公園は、ジャルヂン・ロリノポリスJardim Rolinopolisの分譲地から出来た遊休地の一部を使って作られた。
この公園が出来る前には、すでに小さな遊び場があった。
1990年に開園したときに、テネンチスタ運動の一員で1945年に上院議員に選出されたルイス・カルロス・プレステスLuis Carlos Prestesの名を付けた。

住所   :Rua João Della Manna, 665 - Jd. Rolinópolis
電話   : (11)3721-4965
開園時間: 7h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で11.5キロ離れた西部にある。

主な設備は、遊び場、散策路、多目的コート、シュラスコ場。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070402plca

この公園は、先に紹介したParque Previdênciaプレヴィデンシア公園のすぐ西側に位置している。
プレヴィデンシア公園の西口をでて、住宅街を歩けば5分もかからないはずである。

公園域は狭い。、
北側を頂上として、南に向かって下がっている。
この公園の傾斜はかなりきついので、2段に別れている。
平地は公園下段の多目的コートと、上段の遊び場。

公園は、原生林もあるが、歩き回るほどではない。

公園の入り口は、3箇所。
公園の下段の南側に1箇所、上段の東西にそれぞれ1箇所ずつある。

駐車場はない。

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この公園に行ってみた。

公園の南側にあるサンパウロ市営公園に共通のデザインによる公園名称表示板。
入り口を入ってすぐ左側に管理事務所がある。
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上段へ向かう階段。
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階段の途中から見た、下段の多目的コート。
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階段を上ったところ。
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遊び場。
この公園にはシュラスコ場もある。
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公園上段東側にある公園名称表示板。
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上段東側入り口付近の住宅地。
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下段南側入り口付近。
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サンパウロの中心部から、この公園へのアプローチは次の通り。
(先に紹介したParque Previdênciaプレヴィデンシア公園の説明と重複する部分が多い。 経路も混同しない事。)
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レボウサス大通りを西にむかい、ピニェイロスPinheiros川を渡る。
フランシスコ・モラットFrancisco Morato大通りに入り、最初の角を右に入る。
ラッポーゾ・タヴァレスにつながる道である。
そういう道路標示がある。
そのまま、ラポーゾ・タヴァレスRaposo Tavaresには入らずに、
エリゼウ・ヂ・アルメイダEliseu de Almeida大通りに入る。
ちょっと入り口が見つけにくいが、冷静に標識を見ていればわかる。
ラッポーゾ・タヴァレスのすぐ左側に入り口がある。

このエリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りは、20年ほど前に川を暗渠化した道で、幅の広い道であるが、旧河道の通りにくねっている。
ラッポーゾ・タヴァレスとフランシスコ・モラット大通りにほぼ平行している道で、交通量がそれほど多くないので、抜け道として使う事が出来る。

ラッポーゾ・タヴァレスは尾根道で高いところを通っていて、この道は低いところを通っていることになる。

ただし、この道の両側はあまり開発が進んでおらず、人通りも少ないので、誘拐が多いので有名な道だ。
誘拐は夜に多いようだが。
道沿いには、中古車店などが多い。

しばらく進んでいくと、左手にショッピング・ブタンタンという大きな建物がある。
ショッピングセンターのつもりのようだが、現実はハイパーマーケットのカルフールがメイン。
ショッピングセンターとしての風格は全くない。

その先の信号のところに、この公園の表示があるので、そこを右にはいる。

※エリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りを通らずに、フランシスコ・モラット大通りをこのショッピング・ブタンタンの手前まで行き、そこで右折し、エリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りに突き当たると頃で左に曲がる方法もある。

真っ直ぐ行くと公園の南側入り口にすぐに突き当たる。
このあたりは、低地であり、低利用地や中の下の住宅がある。
このあたりの地形は、ラッポーゾ・タヴァレスに近い方が高く、もともと川のエリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りに近い方が低くなっている。
良質の住宅は高いところにある。
この南側入り口付近に車を駐車しても良いが、上段それも西側入り口付近の方がやや雰囲気がよい。
ただ住宅地なので、住宅の車の出入り口には駐車できない事は言うまでもない。

この公園にラッポーゾ・タヴァレスから直接はいる事は出来ない。
ちょっと面倒な回り道をしなくてはならないので、紹介はしない。
どうしてもラッポーゾ・タヴァレスから行こうとすると、一旦ペリ・ペリまで行き、
そこで一般道に入って戻る事になる。

帰路は、住宅街を北へ行けばすぐにラッポーゾ・タヴァレスにでるし、南に行けばエリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りに出るどちらを使っても、同じようなものである。
ラッポーゾ・タヴァレスへの合流は、ラッポーゾ・タヴァレスを走る車がスピードを出しているので、十分に注意が必要である。

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サンパウロは、ピニェイロス川を渡ってから西側は、地形がより複雑になる。
小さな丘が多く、道もくねり、上がり下がりも多い。

ピニェイロス川を渡って、しばらくは高級な住宅街が多い。
幹線道路沿いはもちろん商業地である。

高級な住宅街が多いと言っても、その中でもレベルの違いはある。
この公園の周辺は、高級住宅街とまでは言い難い
ただほとんどの家にプールがないし、敷地も狭いので、住民は中流の上ではないようだ。
ただ各通りには、24時間警備員がいた。
それだけ襲われたという証かもしれないが。

この公園があるところが、この住宅街の西の外れになる。
これより先には、高級住宅街はない。
公園から1キロほど西や北西になると、住宅街は中流の下の住民が多くなる。
特に低地は、低利用地が多く、低質の住宅が増えてくる。
大きなファヴェイラはないが、それに近いところはある。
Spd20070402ppvb_1

特にラッポーゾ・タヴァレスのペリ・ペリ出口の西側はもうそういった地域となっている。

この公園のエリアは、北はラッポーゾ・タヴァレスに遮られているので、その向こう側からわざわざやってくる事は考えられない。
南側も、エリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りさらにフランシスコ・モラット大通りという2本の大幹線道路があり、特にフランシスコ・モラット大通りを越えてまでしてこの程度の公園にやって来る事は考えられない。
※フランシスコ・モラット大通りは、サンパウロとブラジル南部を結ぶ唯一の道路の一部である。

よってこの公園のエリアに住んでいる住民はさほど多くないと考えられる。

ちなみに、この公園の南方のヴィラ・ソニアVila Soniaという高台の地区は比較的日系人が多い。
一部に超高級住宅街もあるがだいたい中流の中もしくは下程度の住宅地になっている。
たとえば、ショッピング・ブタンタン南側のフランシスコ・モラット大通りにあるバンカでは日本語新聞を売っている。
また大きなものはないが、日本食品店が何軒かあるのを知っている。
住宅地にはいると、日系人の顔をちらほら見かける。
今建設中の地下鉄の終着駅になる事もあって、アパートがどんどん建って変貌している地区である。
(このあたりまで、広義のモルンビーと呼びたがる人もいる。 拡大解釈も甚だしい。)

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この公園の評価。

行ってもがっかりする。

理由はあまりに狭いからだ。
それに尽きる。

ほとんど何も施設がない。

このためか来園者は多くない。
ほとんどが、近所の住宅街の人が来ているだけである。

人が集まるのは、若者が利用する多目的コート。
遊び場に来る小さな子供が少し。

来園者は、遊び場には白人、多目的コートは色々である。

どうかすると、警備員や清掃員などの職員の方が多い。

もちろん、日系人の姿はない。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その56 サン・ジャヌアリオにやってきた。

がっかりしていても、ロマリオRomárioがサン・ジャヌアリオSão Januárioに4月5日(木)にやってきた。
ロマリオはトレーニングは始まる少し前にやってきた。
筋肉トレーニング室で短いワークをして、帰った。
これにもかかわらず、同僚はグラウンドで体操をしていた。

999ゴールになっているロマリオBaixinhoが1000ゴールを達成する機会を持つためには、ヴァスコ・ダ・ガマが強くなるかどうかにかかっている。

もし日曜日に行われるカボフリエンシCabofriense戦で負け、フリブルグェンシFriburguenseとヴォルタ・レドンダVolta Redondaが共に勝つような事があると、ヴァスコ・ダ・ガマはリオ・デ・ジャネイロ選手権Campeonato Cariocaから敗退する事になる。

レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督は、ロマリオRomárioはこの試合には出場しないと発表している。

もし敗退したときには、リオ・デ・ジャネイロにおけるヴァスコ・ダ・ガマの次の試合は5月20日に行われるブラジル選手権Campeonato Brasileiroの対スポルチSport戦となる。

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ヴァスコ・ダ・ガマの現在の勝ち点は10点。
フリグルグェンシとヴォルタ・レドンダの勝ち点は共に9点となっている。

ヴァスコ・ダ・ガマが勝てば、
リオ・デ・ジャネイロ州選手権の後半のリオ杯の準決勝戦に進む。

さらに、リオ杯に優勝すると、リオ・デ・ジャネイロ州選手権の前半のグァナバラ杯に優勝したフラメンゴと、リオ・デ・ジャネイロ州選手権の優勝を争う事になる。

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quinta-feira, 5 de abril de 2007

サッカー・ブラジル杯2007 その13

サッカー・ブラジル杯の第2節の試合が、4月4日(水)および5日(木)に行われた。
結果は次の通り。
下線は勝ち抜きチーム。


4月4日(水)  第1日目
試合開始       試合結果               開催都市
19h30  Fluminense   0 x 1  América-RN    Rio de Janeiro
20h30  Coritiba     1 x 0  Ulbra        Curitiba
20h30  Figueirense   4 x 1  Noroeste      Florianópolis
21h45  Atlético-MG  2 x 1  América-RJ    Belo Horizonte
21h45  Náutico      5 x 0  Paysandu     Recife
21h45  Vasco       1 x 2  Gama        Rio de Janeiro
21h45  Villa Nova     0 x 0  Avaí        Nova Lima
「20070404JG-CB.wmv」をダウンロード
「20070404sporTVnews-CB.wmv」をダウンロード

※コリンチャンスの次の対戦相手は、ナウチコに決定。
※ヴァスコ・ダ・ガマは、ロマリオの1000ゴールどころか、
 敗退

4月5日(木)  第2日目
試合開始       試合結果               開催都市
20h30  Palmeiras    2 x 0 Ipatinga       São Paulo
20h30  Atlético-PR  3 x 0 Vitória        Curitiba
20h30  Cruzeiro    2 x 1 Portuguesa     Belo Horizonte
「20070405JG-CB.wmv」をダウンロード
※パルメイラスはPK戦で敗れた。
 ブラジル杯から敗退。


次週は、第2フェーズ最後の1試合が行われる。

4月11日(水)  
試合開始       試合結果               開催都市
20h30  Avaí        x  Villa Nova       Florianópolis

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サッカー・リベルタドーレス杯2007 その9 ブラジル勢は勝利。

サッカー・リベルタドーレス杯南米選手権のグループリーグの試合が、4月3日(火)、4日(水)、5日(木)に行われた。
結果は次の通り、ブラジル勢3チームは全て勝利した。


4月3日(火)  第1日目
試合開始       試合結果                 開催都市
19h   Nacional     3 x 1  Emelec        Montevidéu
21h15  Colo Colo    4 x 0  LDU          Santiago
23h30  El Nacional   0 x 1  Banfield        Quito

4月4日(水)  第2日目
試合開始       試合結果                 開催都市
19h30  Cienciano  3 x 0  Boca Juniors     Cuzco
21h45  São Paulo  3 x 0  Necaxa         São Paulo
21h45  Maracaibo  1 x 2  Flamengo        Maracaibo
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※メキシコの試合では負けたサンパウロFC。
 地元モルンビー競技場でしっかり勝った。
 これで、サンパウロFCもグループリーグ勝ち抜き決定。
※フラメンゴは、ベネズエラで勝利。

4月5日(木)  第3日目
試合開始       試合結果                 開催都市
19h   Defensor Sporting   0 x 2  Santos         Montevidéu
21h15  Caracas           x   River Plate       Caracas
23h30  Deportivo Pasto      x   Gimnasia y Esgrima  Pasto
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※サントスはウルグアイで勝利。
2点目はロドリゴ・タバタ。
 強い。


次節の試合予定は次の通り。
ブラジル勢は、パラナ、インテルナシオナウ、グレミオの3チームが出場する。

4月10日(火)  第1日目
試合開始       試合予定                開催都市
19h   Real Potosí    x  Paraná           Potosí
21h15  Cerro Porteño  x  Tolima           Ciudad del Este
23h30  Emelec       x  Internacional       Guayaquil
※パラナは標高4千メートルの試合。
 引き分けでも、十分。
 試合をするだけでも誉められる。
※昨年の覇者インテルナシオナウ。
 2006年12月に世界クラブ選手権にも優勝したのだが、
 全く違うチームのよう。
 なんとリオ・グランヂ・ド・スル州選手権でも早くも敗退が決定した。
 この試合も多分駄目だろう。

4月11日(水)  第2日目
試合開始       試合予定                 開催都市
19h30  Libertad      x  América          Assunção
21h45  Cúcuta       x  Grêmio           Cúcuta
21h45  Audax Italiano   x  Necaxa           a definir
※グレミオも、これで勝利するとグループリーグ勝ち抜き決定するのでは。

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実のところ、今年のリベルタドーレス杯には今ひとつ興味が持てない。

4月12日(木)  第3日目
試合開始       試合予定                 開催都市
20h15  Nacional   x  Vélez Sarsfield         Montevidéu
22h30  Bolívar    x  Toluca              La Paz

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ブラジル・サンパウロの公園 その21 Parque Previdência

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部および北部の公園の紹介はすでに終えた。
これからはサンパウロ西部の公園の紹介である。
”緑の地図”による15番は、Parque Previdênciaプレヴィデンシア公園。

面積:91.500m²
開園:1979年

特記:
プレヴィデンシア公園Parque Previdência は同じ名前の地区に設置された。 1950年にサンパウロ州社会福祉研究所Instituto de Previdência do Estado de São Paulo (IPESP)が土地を得ていた。 この土地の一部がサンパウロ市に譲られた。 
このエリアは原生林で今は公園となっている。1968年まで他の給水ステーションとパイプを通じて、水をやりとりしてこの地区に水を供給する貯水槽があった。

住所   : Rua Pedro Peccinini, 88 - Jardim Ademar
電話   : (11)3721-8951
開園時間: 7h-18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で11キロ離れた西部にある。

主な設備は、遊び場、散策路、博物館。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)

サンパウロ市の西部にある市営公園は5箇所であるが、
そのうちの4箇所がラッポーゾ・タバレスに沿って設置されている。

その中で、この公園が、サンパウロ市中心部に一番近い公園である。

Spd20070402ppva

公園域はほとんどが原生林であり、
北側を頂上として、南に向かって下がっている。
傾斜はかなりきつい。
平地は公園北東部にわずか。

公園は、原生林部分は散策路だけを通る事が出来る。
支道があるが、傾斜がきつい事もあって、それ以外の所に立ち入る事は危険である。

散策路も公園の北部をちょっと歩く事が出来るだけで、公園域の半分以上は入り込めない。

公園の入り口は、2箇所。
東側、そして北西端付近にある。

駐車場はない。

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この公園に行ってみた。

東側の入り口前の住宅地。
高級住宅地。
プールが全戸にあるような地区ではないが、敷地は300-500平米くらいはありそうである。
中には、やや老朽化した住宅もあることは事実である。
各通りに警備員が24時間常駐している。
※この警備員は住民が雇っているわけなので、
 住民だけにサービスを提供する。
 路上駐車の車に何があろうが関係ないのは言うまでもない。
Spd20061123ppvp


西側の入り口が、管理事務所に近いし、職員用の駐車場の入り口も兼ねているが、この付近に駐車するよりも東側の方が駐車しやすいので、こちら側を使う事を勧める。

入り口の外に、サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称の表示板がある。
車は、この入り口の近くに路上駐車できる。
入り口から、管理事務所に向かって真っ直ぐ通路がある。
Spd20061123ppva


この通路の右側に、遊び場がある。
Spd20061123ppvb

通路の左側に、トイレがあり
その先にこの公園があるブタンタン地区の開発の歴史の掲示がある。
このあたりも、CIA CITY社によって開発されたところがある。
Spd20061123ppvc

Spd20061123ppvd

左側奥には、小動物園があった。
狭すぎて可哀想であった。
Spd20061123ppvo

通路を進むと階段があり、そこを登ると管理事務所がある。
この階段は、左側が下がっていた。
Spd20061123ppvn

階段を上って振り返ってみた。
Spd20061123ppvm

階段を上がった右側に、上部が丸くなったコンクリートの建物があった。
かつての給水設備のようだ。
Spd20061123ppve

今は、このあたりのボーイスカウトが使っているようだ。
Spd20061123ppvf

この公園だけではないが、管理事務所には、
この地区の老人サークルが色々な集いに利用出来る集会所がある。
管理事務所の裏手を使って、
「環境資料館」なるものがあった。
Spd20061123ppvg

小学生に、環境保護の重要性を教えるための展示があった。
Spd20061123ppvj

子供だましの展示ではなく、なかなか真摯な内容であった。
これは、地中で分解するまでの年数を示していた。
Spd20061123ppvi

環境保護の3Rも、ちゃんと教えている。
英語で言うと、Reuse, Reduce,Recycleである。
Spd20061123ppvh

この資料館の奥に、散策路がある。
散策路の入り口。
7時から17時までしか立ち入る事は出来ない。
Spd20061123ppvk

散策路はとても細い。
足元もよくない。
Spd20061123ppvl

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サンパウロの中心部から、この公園へのアプローチは次の通り、

レボウサス大通りを西にむかい、ピニェイロスPinheiros川を渡る。
フランシスコ・モラットFrancisco Morato大通りに入り、最初の角を右に入る。
ラッポーゾ・タヴァレスにつながる道である。
そういう道路標示がある。
そのまま、ラポーゾ・タヴァレスRaposo Tavaresには入らずに、
エリゼウ・ヂ・アルメイダEliseu de Almeida大通りに入る。
ちょっと入り口が見つけにくいが、冷静に標識を見ていればわかる。
ラッポーゾ・タヴァレスのすぐ左側に入り口がある。

このエリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りは、20年ほど前に川を暗渠化した道で、幅の広い道であるが、旧河道の通りにくねっている。
ラッポーゾ・タヴァレスとフランシスコ・モラット大通りにほぼ平行している道で、交通量がそれほど多くないので、抜け道として使う事が出来る。

ラッポーゾ・タヴァレスは尾根道で高いところを通っていて、この道は低いところを通っていることになる。

ただし、この道の両側はあまり開発が進んでおらず、人通りも少ないので、誘拐が多いので有名な道だ。
誘拐は夜に多いようだが。
道沿いには、中古車店などが多い。

しばらく進み、右折しフランシスコ・ペロッチ通りに入る。
真っ直ぐ道なりに行くと公園に突き当たる。
住宅街の中に道は、他にも適当な道がある。
住宅街は、ラッポーゾ・タヴァレスに近い方が高く、エリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りに近い方が低い傾斜になっている。

この公園にラッポーゾ・タヴァレスから直接はいる事は出来ない。
ちょっと面倒な回り道をしなくてはならないので、紹介はしない。
住宅街の環境を守るために、わざと住宅街への進入路を制限している作りになっている。
Spd20070402ppvc

※※尚、この図で、次に取りあげる「ルイス・カルロス・プレステス公園Parque Luís Carlos Prestes」への経路も示しておいた。
すぐ西隣にある公園で、エリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りを使ってアプローチをするのが一番のよい方法の公園である。
混同しない事。

帰路は、住宅街を抜けて、ドミンゴス・バルビエリDominngos Barbieri通りにでて、北へ行けばすぐにラッポーゾ・タヴァレスにでるし、南に行けばエリゼウ・ヂ・アルメイダ大通りに出るどちらを使っても、同じようなものである。

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サンパウロは、ピニェイロス川を渡ってから西側は、地形がより複雑になる。
小さな丘が多く、道もくねり、上がり下がりも多い。

ピニェイロス川を渡って、しばらくは高級な住宅街が多い。
幹線道路沿いはもちろん商業地である。

高級な住宅街が多いと言っても、その中でもレベルの違いはある。
この公園の周辺は、全て高級住宅街と言ってもよい。
ただし、最高級住宅街ではない。
住民は中流の上くらいだろう。

街路樹がはっきり読みとれるところは、高級住宅街と考えて良い。
Spd20070402ppvb

サンパウロで最高級住宅街と言えるのは、いずれも一戸建て住宅街で、都心に近い方ではパカエンブー、ジャルジンス、アルト・ドス・ピニェイロス、モルンビーの一部(ジャルヂン・グェダーラ、シダーヂ・ジャルヂン等)、ジャルジン・ルジタニア、ジャルヂン・ノヴァ・コンセイソン、ブタンタンの一部などである。
もっと離れると、アルト・ダ・ボア・ヴィスタとか、シャカラ・フローラ、ジャルジン・コルデイロなども素晴らしい最高級住宅街である。

この公園があるところが、この高級住宅街の西の外れになる。
公園から1キロほど西や北西になると、住宅街は中流の下になる。

また、サンパウロでは一般的に土地の高度が高いところほど高級である。
水を嫌っているのだろうと思われる。
大雨時の冠水や湿気が衛生的に問題があるとの思想があるようだ。

だから、郊外になると、高級住宅街のすぐ近くでも、川のそばで土地が低いところは未使用地になっていて、そこにバラックなどが自然に発生して、ファヴェイラ化しているところがある。

この公園のあるところも、遠くないどころにそういった家があるも事実である。

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この公園の評価。

行ってもがっかりする。

理由はあまりに狭いからだ。
それに尽きる。

散策路といっても、10分も必要ない。
ほとんど何も施設がない。

このためか来園者は多くない。
ほとんどが、近所の住宅街の人が来ているだけである。

スポーツ施設がないので、若者もいない。

遊び場に来る小さな子供と、集会所に来る高齢者だけといってもよい。
※サンパウロ市営公園では、遊び場の施設は10歳以下のみ使用可とか明記している。

来園者は、おおかた白人。

どうかすると、警備員や清掃員などの職員の方が多いくらい。

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quarta-feira, 4 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その77 ガーロ監督にも白羽の矢。

スポルチSportのサッカー担当役員のオメーロ・ラセルダHomero Lacerdaは、アレシャンドレ・ガーロAlexandre GalloがコリンチャンスCorinthiansの監督というオファーを受け取ったといった。

ガーロGallo監督は、4月4日(水)の午後すぐにスポルチSportの役員と会議を行って、すぐに回答を出すだろう。

コリンチャンスは否定した。
MSIの代理人で、コリンチャンスCorinthiansの社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibの右腕のレナット・ドゥップラRenato Dupratは、ガーロGallo監督はコリンチャンスCorinthiansの計画には入っていないといった。

スポルチSportのサッカー担当役員のオメーロ・ラセルダHomero Lacerdaによると、コリンチャンスCorinthiansの提示は実質的にガーロGallo監督が今受け取っている給与の3倍である。
これで、ガーロ監督は競技場を変える可能性についてとても考えている。
スポルチSportにはこのオファーを-越えるような条件は出せない。

「スポルチSportのファンは、ガーロGallo監督がある決定をする事を理解しなくてはならない。 コリンチャンスCorinthiansは我々より少なくとも10倍の予算があるクラブである。とても高い給料を支払うのは普通である」と、オメーロ・ラセルダは言った。

「しかし、自分はまだガーロGallo監督がレシフェRecifeにいる事を望むと信じている。 ここで彼が行った仕事の状態が素晴らしいからだ」と、期待を込めて締めた。

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スポルチは、ペルナンブコ州の州都レシフェのチーム。

現在ブラジル各地で行われている各州選手権のトップを切って、4月1日(日)に2試合を残してペルナンブコ州選手権で優勝を決めた。

更に、スポルチは今年はブラジル選手権に復帰する。

ガーロ監督は、2007年のはじめに監督に就任した。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その76 コリンチャンスの監督代行はジョゼ・アウグスト。

コリンチャンスCorinthiansの役員は、4月3日(火)の深夜にコリンチャンスのU-17の監督のジョゼ・アウグストJosé Augustoをして、サンパウロ州選手権Campeonato Paulistaの残り2試合でプロチ-ムの指揮を執らせる事に決めた。

コリンチャンスに8年間いるジョゼ・アウグストJosé Augustoは現在のチームの多くの選手を知っていて、4月4日(水)の午後にはパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeで仕事をする。

役員は、水曜日に予定されていたジュニオーレスのチームと練習試合をキャンセルした。
また、このチームにいた4人の選手がプロチームへ移動し、水曜日から一緒にトレーニングを始める。
DFヂエゴDiego、MFエヴェルトンEverton、MFルリーニョLulinha、FWアリソンAllissonの4人である。


4人の中で、エヴェルトンEvertonは土曜日にパカエンブーPacaembu競技場で行われる対アメリカAmérica戦の試合に出場する機会があるかもしれない。

コリンチャンスのプロチームで唯一の左SBのウェリングトンWellingtonが、3枚のイエローカードが累積して、出場停止だからである。

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何よりも凄いといわれているのはルリーニョ。
ブラジル代表U-17での得点王である。

カカとロナウヂーニョをあわせたような選手という評価だから、その将来性は極めて大きい。

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サッカー・ブラジル杯2007 その12 ヴァスコ・ダ・ガマ対ガマ戦。

4月4日(水)21時45分から、リオ・デ・ジャネイロのマラカナ競技場で、ブラジル杯の第2フェーズのヴァスコ・ダ・ガマ対ガマ戦が行われている。

第1戦で引き分けた両チーム、この試合に勝ち抜きがかかっている。

そういう事もあるが、
一番の関心事は、ロマリオが1000ゴール目を決めるかどうかである。

試合は、約9分遅れて始まった。
ロマリオが、大報道陣に囲まれたからである。

前半開始早々に、2分にガマが先制した。
GKカッシオのミス。

しかし、15分に、昨年はコリンチャンスにいたMFレナットがゴール。
1対1となった。

前半45分、延長2分。

ヴァスコ・ダ・ガマの選手が、1000ゴールのプレッシャでこのところ萎縮しているような。

ロマリオには2回チャンスがあった。

前半47分 前半終了。
       22時38分。

22時52分 ロマリオがグラウンドに戻ってきた。

22時58分 後半開始。

なかなかロマリオにボールが行かない。

後半22分、MFレナットが左頬を血だらけにして交替。

後半44分、ロマリオに後半初めてのチャンス。
       右に切れる。
       延長4分。

後半48分 ガマが、ファールキックを直接ゴールにたたき込む。
       1対2。

後半49分、試合終了。
       23時48分。
       ロマリオのゴール無し。
       ヴァスコ・ダ・ガマは、ブラジル杯敗退。

      ロマリオは、何も答えずにロッカールームへ。
「20070404encimadahora-CB-Vasco-Gama-Romario.wmv」をダウンロード

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産みの苦しみ。

ヴァスコ・ダ・ガマの選手達が、このところとても緊張している。

早く1000ゴールが決まらないと、チーム全体によくない。

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ヴァスコ・ダ・ガマの次の試合は、
4月8日(日)の対カボフリエンセCabofriense戦。

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ブラジル杯に敗退したので、それだけロマリオの引退が近づいた事になった。

ブラジル杯とリオ・デ・ジャネイロ州選手権で、ヴァスコ・ダ・ガマの試合がある限りは、引退はしない事になっていた。
 

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その75 パウロ・アウツオーリ監督は否定した。

4月3日(火)、トッカ・ダ・ラッポーザToca da Raposa2でのトレーニングの後、クルゼイロCruzeiroのパウロ・アウツオーリPaulo Autuori監督は、解任されたエーメルソン・レオンEmerson Leão監督のあとにコリンチャンスCorinthiansの監督になることに関心があるかと聞かれた。

パウロ・アウツオーリ監督はこの件について、コリンチャンスの役員の誰からも公式にオファーは来ていないと言い、クルゼイロとの契約が今年の末まであると強調した。

「今年の末までというクルゼイロとの契約に署名した時。 それはクルゼイロCruzeiroに今はいるというのが自分のあり方で、コリンチャンスにいてもそれは同じことである。 自分はまだ仕事始めたところである。
自分の事を考え、信じてくれる人もいてクラブを出て行く事は不可能である。 プロとして大きな間違いになる。 今までもそうしてきた。 契約がなければ、コリンチャンスCorinthiansで働くのは誇りである」と、パウロ・アウツオーリ監督は広報を通じて語った。

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コリンチャンスのような、グラウンドの内外で問題の多いクラブで、本心から働きたい監督はいないのではないか。

相当な給与をもらっても、あわないと思う。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その55 練習試合は休み。

1000ゴールへの再挑戦の前日、ロマリオRomárioはヴァスコ・ダ・ガマの練習試合は休んだ。

4月3日(火)、サン・ジャヌアリオで、ロマリオBaixinhoは同僚達のあとにグラウンドに入った。
ウォーミングアップをして、レナット・ガウーショRenato Gaúcho監督と正選手達が話しているのに参加した。
しかし、トレーニングが始まると、ロマリオはグラウンドの脇でみていただけであった。
エルナシErnaneがロマリオの場所に入った。

25分間の練習試合のあとに、ロマリオRomárioはペナルティーの練習をした。
5回蹴って、3ゴールし、GKカッシオCássioが2回守った。

それから、選手達はレクレーション活動を行った。
ロマリオRomárioはまた見ていただけだった。
「20070403sporTVnews-Romario.wmv」をダウンロード

4月4日(水)、ヴァスコ・ダ・ガマは、21時45分からマラカナMaracanã競技場でガマGamaと対戦する。
ヴァスコ・ダ・ガマはブラジル杯の次に進むためには単純に勝たなくてはならない。
0対0もしくは1対1の引き分けでに、次に進む事が出来る。

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ロマリオは、軽い筋肉痛があるようだ。

対ガマの試合がもうすぐ始まる。

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ブラジル・サンパウロの公園 その20 北部の公園。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している。
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部と北部の公園の紹介はすでに終えた。

サンパウロの北部にある8箇所の公園について、おさらいをしておく。
※北部は薄紫色に着色した。
Spd20070402pgmc_1
(クリックすると拡大する。)

アニャンゲーラ公園Parque Anhanguera
ライオンズ・クラブ・ツクルヴィ公園Parque Lions Club Tucuruvi
ロドリゴ・ヂ・ガスペリ公園Parque Rodrigo de Gásperi
ジャルヂン・フェリシダーヂ公園Parque Jardim
サン・ドミンゴス公園Parque São Domingos
トロント市公園 Parque Cidade de Toronto
Parque Vila Guilhermeヴィラ・グィリョルミ公園
ヴィラ・レメヂオ公園Parque Vila dos Remédiosの8箇所である。

これらの公園の位置を改めて確認する。
黄緑色のところが、これら8箇所の公園である。

番号は、緑の地図」において、それぞれの公園に「振られている番号である。

紺色の線は、サンパウロの中心部セントロからのアプローチに使う往路として、それぞれの公園についての記事で紹介したルートである。
水色の線は、それぞれの公園からの帰路を示している。

アニャングーラ公園が一番遠い。
サンパウロ市の北西端になる。
周囲はまだ、市街地化が進んでいないところである。
それでも、平日でも1時間もかかるわけではない。

一番近いのは、ヴィラ・グイリョルミ公園。
平日でも25分ほどで着くはずである。

サンパウロ北部は、カンタレイラ山脈とチエテ川に挟まれた地域である。
北になるほど、標高が上がっていく。

ライオンズ・クラブ・ツクルヴィ公園にもなると、かなり山が近い。多少なりとも空気がいいかもしれない。

サンパウロの北部は、道路網が整備されているとは言えない。
チエテ川から、奥にはいる広い道は川を暗渠化して、近年作られた道である。
真っ直ぐに北へ上がっていくような道ではない。 旧河道に沿っている。
更にあるところまで行くと、その道は終わって、旧来からの細い道を行くしかなくなる。
この道が、クネクネで、上がったり下がったりと、一体どこを走っているのかわからなくなるような道である。
わからなくなったときは、とにかく山を背にして行くようなつもりで進んでいくと、いいだろう。

また、北部にはカンタレイラ山脈の森林地帯に、3箇所の州立公園がある。
(もやもやした模様のところ)
これらの公園についても、すべての市営公園の紹介が済んだあとに、取りあげるべく準備を進めている。
※協力隊員がいるととても助かるのだが。

サンパウロの北部にも、危険なところがいっぱいある。
特にブラジランヂア、カショエリーニャと呼ばれるあたりには、迷い込まないようにくれぐれも注意しなくてはならない。

今もっとも警察も重点を置いて警戒している地区である。
シャングリラなんて言う地名の地区があるが、桃源郷とはほど遠いところである。

北部で、特に危険かと思われる地区を薄赤色で示しておいた。

何度も繰り返してしつこいが、
サンパウロの運転になれておらず、道もよく知らない人は、これらの公園に行く事は極力避けた方がよい。
地図があっても、実際に現地に行くと、その通りではない事が良くあるのがサンパウロである。
経験している人も多いと思うが、
詳細な地図にも記載されていないのに、現地では一方通行になっていたりすることがある。

また、その日に限って、どういう訳か道路が通行止めで、迂回を余儀なくされる事がある。
そういうときも何も具体的な迂回路の指示がない。

地元の人なら何とかなるかもしれないが、初めてやってきて、このような事になると、どの道を使っていいのかわかるはずもない。
何とかなると思って、適当に運転していると、いつの間にか危ない地区に入り込んでしまう事になりかねないのである。
楽しい休日が、スリルとサスペンスに満ちてしまう。
サンパウロ市内を走っているのに、無限に遠いところにいるかのようにも感じてしまう。

こういうときには、落ち着いて、道路名の標示をみて、現在地を確認し、地図をみてせめて道がわかるところまで戻る事を第一に考えなくてはならない。
そのあたりの人に聞くのもよいのだが、誰に聞いていいのか、あまりに入り込みすぎてしまうと、誰も彼も危ない人に見えてくる。
※普通は、ややきれいなバールの人に聞いたりするのがよい。
  車を持っていない人も多いし、何を言っているのか皆目わからない発音をする人もいる。

そういう事なので、この記事をみて、公園に行く気になって欲しくはないというのが本音である。

サンパウロでは、自分の属する社会階層にあった生活をするのが、一番重要な事である。
自分の社会階層にあったところに住み、自分の社会階層にあったところで買い物をし、食事をする。
社会階層にあったところで、休日を過ごすのである。

ブラジル人もそうやっているはずだ。

色々な社会階層の人がやってくる可能性がある公園などにわざわざ行くのは、考えものである。

せいぜい数年間のブラジル・サンパウロでの生活であれば、快適にそして安全に過ごすことを最優先にして行動するべきである。
それ以上になる人は、知っておくべきことは多いが。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その74 コリンチャンスの後任監督

コリンチャンスの役員はアベル・ブラガとの契約をまだ信じている。

アベル・ブラガAbel Braga自身がまだインテルナシオナウを去りたくないと明言し、インテルナシオナウの役員がアベル・ブラガの留任を保証しているにもかかわらずである。

コリンチャンスの役員たちは、インテリナシオナウがリベルタドーレス杯で敗退するような事になると、インテルナシオナウの役員やアベル・ブラガの意見は変わると信じている。

しかし、コリンチャンスTimãoの役員は代替案も検討している。

それらの1人は、ヴァスコ・ダ・ガマの監督のレナット・ガウーショRenato Gaúchoである。 すでに、昨年エーメルソン・レオンEmerson Leão監督と契約をする前に、コリンチャンスは打診をした事がある。

この時は、MSIの役員であったパウロ・アンジオーニPaulo Angioniがレナット・ガウーショとの契約にもっとも熱心だった。

今、パウロ・アンジオーニはヴァスコ・ダ・ガマで働いている。

他の代替案は、現在トルコTurquiaのフェネルバッハFenerbahçeにいるジーコZicoである。 

他にも、多くの監督の名前があがっている。

クルゼイロのパウロ・アウツオーリ、パラナのゼッチ、そしてポンチ・プレッタのネルシーニョ・バプチスタなどだ。


「裏・ブラジル・サンパウロから世界へ、そして渋谷」より転載。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その73 コリンチャンスは選手を入れ替える。

コリンチャンスの役員は、ブラジル選手権Campeonato Brasileiroの前までに、現在のチームのどの選手が必要で必要でないのかを決めるために新しい監督との契約を待っている。

決定は社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualibとレナット・ドゥップラRenato Dupratによってなされた決定では、アモローゾAmorosoが出て行ったあとは、2人はプロチームの選手達との関係では公にする態度をとる事はない。

役員は公式には確認していないが、3人の選手が出て行く事は確かな事である。 SBタマンダレーTamandaré、ボランチのダニエリDanielとパウロ・アルメイダPaulo Almeidaである。

他では、DFグスターヴォGustavoとSBウェリングトンWellingtonも危うい。

ブラジル選手権に向けてチームを強化するために、役員は少なくともDF1人、GK1人、左SB1人、MF1人、FW1人と契約したがっている。

ボランチのカルロス・アルベルトCarlos Albertoは、クラブにとっての最初の強化選手となった。

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サンパウロ州選手権で活躍しなかった選手達にとっては、厳しい時期がやってくる。

タマンダレー、ダニエリ、グスターヴォ、ウェリングトンは、2007年初めにコリンチャンスと契約した選手である。 3-4ヵ月で契約解除になるわけだ。


「裏・ブラジル・サンパウロから世界へ、そして渋谷」より転載。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その72 コリンチャンスの練習に侵入者。

コリンチャンスのファン組織の2人の関係者が、4月3日(火)の朝、エーメルソン・レオンの解任が発表されたすぐあとに、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeの強固な警備を突破する事が出来て、クラブに侵入した。

彼らのうちの1人は、バナナで作ったトロフィーを手に持って掲げていた。

彼らはグラウンドに入り、グラウンドで準備運動をしていた選手達に近づいた。

選手達に近づいたところで、警備に追い払われた。
「20070403aporTVnews-Corinthians-Invasao.wmv」をダウンロード

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言うまでもなく、彼らはガヴィオンエス・ダ・フィエウの連中だ。


「裏・ブラジル・サンパウロから世界へ、そして渋谷」より転載。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その71 エーメルソン・レオン監督解任。

エーメルソン・レオンはもはやコリンチャンスの監督ではない。

4月3日(火)の朝、危機とエーメルソン・レオンの解任の予想の週のあと、エーメルソン・レオンはクラブを去る事を発表した。
「20070403sporTVnews-Demicao-Leon.wmv」をダウンロード

エーメルソン・レオンは、46試合を指揮し、22勝13分11敗で、勝ち点獲得率では57.2%であった。

マスコミへの発表の中で、エーメルソン・レオンはコリンチャンスCorinthiansので仕事は彼のキャリアの中でもっとも難しいものであったと言った。

MSIの代理人のレナット・ドゥップラRenato Dupratによると、新しい監督の名前はこれから2週間以内に発表される。 彼はコリンチャンスはトップの監督を諦めないと言った。 今度の土曜日の対アメリカAmérica戦には、監督はコリンチャンスCorinthiansの2軍の誰かになる。

もっとも可能性があるのは、ジュニオールのジョルジ・サランJorge Saranである。 公式発表はこの火曜日中にもでるだろう。


エーメルソン・レオンはパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeにクラブの公式のシャツを着ずに到着した。 選手達とちょっとだけ話をして、グラウンドを去った。

先週、エーメルソン・レオン監督の状況はコリンチャンスにおいては保持できなくなっていた。 グレミオ・バルエリGrêmio Barueriと引き分け、サントスSantosに敗れ、チームは現実的ににサンパウロ州選手権の準決勝に進む機会を失った。

先週の土曜日に、パカエンブーPacaembu,競技場で行われたセルタンジーニョ戦では、ファン達がエーメルソン・レオンの首を要求した。

競技場にやってきた彼らの1人はエーメルソン・レオンがコリンチャンスから去るように要求するT-シャツを着ていた。

昨日、新しいサッカー部長にイルトン・ジョゼ・ダ・コスタIlton José da Costaが就任する事が決まった事で、エーメルソン・レオンがクラブにそれほど長くいない事が明らかになった。


「裏・ブラジル・サンパウロから世界へ、そして渋谷」より転載。

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terça-feira, 3 de abril de 2007

ブラジル・サンパウロの公園 その19 北西部の5つの公園。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している。
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、東部と北部の公園の紹介はすでに終えた。

サンパウロの北西部に集まっている5箇所の比較的小さな公園について、おさらいをしておく。

ロドリゴ・ヂ・ガスペリ公園Parque Rodrigo de Gásperi
ジャルヂン・フェリシダーヂ公園Parque Jardim
サン・ドミンゴス公園Parque São Domingos
トロント市公園 Parque Cidade de Toronto
ヴィラ・レメヂオ公園Parque Vila dos Remédiosの5箇所である。

これらの公園の位置を改めて確認する。
番号は、それぞれの公園の「緑の地図」において振られている番号である。
Spd20070401pgmb
(クリックすると拡大する)

これらの公園は、
最も近い公園で直線で1キロも離れていない。
最も遠い公園でさえ、直線で5キロもない。

しかし、このあたりはサンパウロ市からみて北の方になるサンパウロ州の内陸部へつながる鉄道やハイウェーが通っている事もあって、縦に4つに分断されている。

このため、それぞれの地区を横断的に結ぶ道路がないに等しいのである。
((特に鉄道と、バンデイランテスは横断ポイントが限られる。)

サンパウロの中心部からは、紺色の道を通ってアプローチすると良いと、それぞれの公園についての記事で案内した。
つまり全てマルジナル・チエテを使うことになる。

帰路は、水色で示した。
これも、いちおうマルジナル・チエテを使う方法と、それに代わるルートで市内中心部へ入っていく方法を示しておいた。

⑪サン・ドミンゴス公園Parque São Domingos、⑫トロント市公園 Parque Cidade de Toronto,⑭ヴィラ・レメヂオ公園Parque Vila dos Remédiosの場合は、同じ帰路をとる事も可能である。
Spd20070401pgma
(クリックすると拡大する。)

そして、ピンクで示しておくが、それぞれの公園を結ぶルートである。
いちおう西から東へ向かうルートとして設定してみた。
逆方向では、一方通行などもあって、そのまま逆に行く事は出来ない。

ピンクの●で示して地点は、間違えやすい交差点なので、事前に地図で良く確認しておく必要がある。
これを怠ると、鳥肌が立つような事態に陥る事もある。

さて、これら5箇所の公園は、どれも小さいのだが、それぞれに特色がある。

行くべきだというような公園はないのだが、
あえて1度くらいはという公園がある。

⑪番のサン・ドミンゴス公園と⑫番のトロント市公園である。
サン・ドミンゴス公園は、原生林の散策が気持ちよい。
トロント市公園は、静かな池である。

共に、例のあの大きな公園では味わう事が出来ないものである。

この2つの公園は、"サンパウロ市の北部にしては”閑静な住宅地にあり、路上駐車をしても、それほど心配ないと思う。
ルート上にも”あからさまに”危険なところは、まずない。

ただ、いつも言う事だが、あくまでも自己責任である。

サンパウロでの滞在を、平穏に過ごし、いい思い出だけを持って、日本に戻りたいと望む人には、勧めるものではない。
パライゾに住んで、満足しているならばそれでよいはずだ。
これらの地区は、パライゾやモエマなどとはぜんぜん違う。

公園には、誰でも立ち入る事ができる。
だから、何が起きるかわからない。
事件が起きてからでは、もう遅い。

事件にはならなくても、かなり不愉快な思いもするかもしれない。

それぞれの公園の記事でも書いているが、日系人のいるような公園はない。
公園の雰囲気にどこまでとけ込めるかが、安全に関わってくる。

サンパウロでは、日系人がわりと多く歩いているのは、リベルダーヂ、アクリマソン、プラッサ・アルヴォリ、サウーヂなどの地区だろう。
それに幾つかの高級ショッピングには日系人は比較的多いようだが。

日系人でも全くみる事がない地区がほとんどである。
まして、日本人なんてである。

最初にお断りしたように、
「子供が日本語でしか話さない」ようであれば、なかなかどこにでも出て行く事は難しいと思う。

「木を隠すには森」という格言があるが、
日本人を隠してくれるような森は、サンパウロにはない。

このブログの記事を読んだだけで満足し、実際に行ってみようなどという気を起こさないでほしい。
そうあってほしい。

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ブラジルの「カエターノ・ヴェローゾ」の妄言。

カエターノ・ヴェローゾと言えばMPBの御重鎮。
齢60をすぎても、第一線で今も活動中である。

そのカエターノ・ヴェローゾの新しい映像がある。
「20070320JNsp-CaetanoVeloso-Opaio.wmv」をダウンロード

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こんなネタで、御大カエターノ・ヴェローゾを取りあげて、誠に申し訳なく思う。

先週末からブラジルで上映されている映画の、試写会に現れたときのものだ。

カエターノ・ヴェローゾは、「映画タイトル」を言っているだけである。
妄言でも何でもない。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その70 エーメルソン・レオン監督の辞任は、火曜日にも。

コリンチャンスCorinthiansの役員は、4月2日(月)の夜遅く、イルトン・ジョゼ・ダ・コスタIlton José da Costaをサッカー部長として契約したと発表した。

イルトン・ジョゼ・ダ・コスタは、4月3日(火)のトレーニングの前に選手に紹介される。
イルトン・ジョゼ・ダ・コスタはエヂヴァール・シモンエスEdvar Simõesの解任のあとにはいる。

イルトン・ジョゼ・ダ・コスタIlton José da Costaとの契約によって、エーメルソン・レオンEmerson Leão監督がコリンチャンスに残留する事は更にあり得なくなる。
2人はパルメイラスPalmeirasで一緒に仕事をしており、共に離反を宣言していた。
エーメルソン・レオン監督は役員からすでにこの契約について知らされていた。

コリンチャンスの役員の代理は、エーメルソン・レオン監督箱の火曜日にも辞任を願い出ると思っている。

もし、エーメルソン・レオン監督の退任が確実になると、コリンチャンスは次の土曜日にパカエンブー競技場で行われる対アメリカとの試合は、2軍監督が指揮をとる事になる。

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色々と、難しい人権関係が絡んでいるようだ。

ブラジルのサッカー界も、結構狭い世界で、選手や監督以外の人間も、色々なクラブを転々としている。

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サッカー・サンパウロ州選手権2007 その69 エーメルソン・レオン監督は、日本へ戻る。

サンパウロ州選手権の終わりと共に、コリンチャンスを去る事がほぼ確実なエーメルソン・レオン監督の行方が話題になりはじめた。

いま、エーメルソン・レオン監督に相応しいクラブの監督のポストが空きそうなところはブラジルではない。
しいて言えば、インテルナシオナウか、フルミネンシだろう。
だが、これらのクラブが、エーメルソン・レオン監督の高額給与を支払う事が出来るかどうか問題だ。

そのインテルナシオナウのアベル・ブラガ監督が、今、コリンチャンスの監督に名前が挙がっている。

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エーメルソン・レオンEmerson Leão監督の解任の可能性が、コリンチャンスの情報を独占している。
近日中にこういう事が起きうる。
エーメルソン・レオン監督が辞任を願い出る。

こっそりと、エーメルソン・レオン監督に繋がっている代理人が、4月2日(月)にエーメルソン・レオン監督のために新しいクラブを求めて海外に出発した。

日本Japãoが、エーメルソン・レオン監督の可能性のある行き先として上がっている。
すでに3つのクラブで働いている。
1992-1994年:清水エスパルスShimizu S-Pulse。
1996ー1997年:ヴェルディ川崎Verdy Kawasaki 。
2005年:ヴィッセル神戸Vissel Kobe。

欧州Europaはエーメルソン・レオン監督の夢である。
代理人は無視してはいない。
2年前、エーメルソン・レオン監督はポルトPorto (POR),と契約するところだったが、合意しなかった。

毎日より全方面からプレッシャをかけられて、クラブで孤立している。
新しい行き先を求めるのは、あわただしい事ではない。

コリンチャンスCorinthiansは、エーメルソン・レオン監督がクラブを去るときには契約取り消しの違約金を支払うのかについて情報を求めている。
この件について、レナット・ドゥップラRenato Dupratは金額も知らないし、そういったものがあるかも知らないと、明言した。

「弁護士のヘラルド・パノカHeraldo Panhocaとそれについて明確するように話をした。 実際のところこの件については知らない」と、レナット・ドゥップラは言った。

セルタンジーニョSertãozinho戦で引き分けたあと、エーメルソン・レオン監督は将来はわからないし、社長のアルベルト・ドゥアリビAlberto Dualib次第と明言した。

エーメルソン・レオン監督は、クラブが彼を解任するときの契約取り消しの違約金が2百万レアル(=約1億2千万円)と伝えられたとことについて、「その4分の1もない」と言った。

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サンパウロ州選手権は、残りあと2節を残すのみである。
4月11日(水)に最終第19節が行われる。

その後には、上位4チームによる決勝トーナメントが行われる。

コリンチャンスは、上位4位に入る可能性はもう全くなくなった。
第19節終了後に、新監督が発表となるのだろう。

エーメルソン・レオン監督のインタビューは、なかなかシニカルで、面白い。
この2年間ブラジルでは、サンパウロFC,パルメイラス、そしてコリンチャンスの監督を務めてきて、どこにいてもエーメルソン・レオン監督らしい応答をしていた

ブラジルにいると、これを聴く事が出来るのだが。

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segunda-feira, 2 de abril de 2007

サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その54 舞台はやはりマラカナ競技場。

保留になった。
ヴァスコ・ダ・ガマは4月4日(水)にサン・ジャヌアリオSão Januário競技場で行われる事になっていたガマGama戦をマラカナMaracanã競技場に移した。

試合は、21j45分から行われる。

一つの競技場で、2試合が行われる事になる。
フルミネンシFluminenseが、19時15分からアメリカAmérica-RN戦を行うからである。
どちらも、ブラジル杯Copa do Brasilの試合である。

試合場所の変更の大きな理由は、ロマリオRomárioの1000ゴールが予想される試合が行われる競技場の安全の欠如となっている。
この月曜日にも、ヴァスコ・ダ・ガマはこの試合の入場券の販売方法を発表する。

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19時15分に、最初の試合が始まるとすると、この試合の終了は21時15分前後。

次の試合開始まで30分しかない。

両方の試合の観客が入れ替わる事は出来るのだろうか。

テレビの放送開始は、21時35分。
ブラジルでは、サッカーの試合開始時間は割と正確である。

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サッカー:ニウマールの行方 その8 回復訓練開始。

コリンチャンスCorinthiansのFWニウマールNilmarは、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeで機能回復訓練を行っている。

ニウマールは、先週の木曜日(3月28日)に左膝の糸をとり、それからワークを始めた。

これから30日間、ニウマールは肉を付け、膝をフレキシブルにする運動を行う。
この期間は、衝撃を与えるような事はしない。
ニウマールがグラウンドに戻るまでの期間は6-8か月間。

「彼はとても平静である。 手術の前は最悪の状態だった。 彼はすでに回復の過程にある。 もうケガをしていなし、復帰するとわかっている」と、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeでのワークに付き合った医師のファビオ・ノヴィFábio Noviは明言した。

ニウマールNilmarは機能回復訓練をしているが、彼の代理人はまだコリンチャンスの役員はクラブに残留する期間について議論をしている。
今週、合意を求めて新たに会議をする事になっている。

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しばらくご無沙汰だったニウマールの話題である。

コリンチャンスとの関係もあるが、問題はニウマールがいつかつての輝きを取り戻す事が出来るかだ。

試合への復帰は、今年の後半になる。
ほぼ1年以上、試合をしていないも同然で、試合の感を取り戻すのに2-3ヵ月は必要だろう。

今年の末からは、2010年のワールドカップの南米予選が始まる。
2008年に、代表に招集されるまでの働きを見せる事が出来るだろうか。

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その53 黙って競技場を去った。

4月1日(日)、ロマリオRomárioは、頭を下げて、元気なく、マラカナ競技場を出た。
ロマリオは、試合が終わったあと約30分で競技場をあとにした。

ロマリオBaixinhoは、ロッカールームの出口で、妻のイザベラIsabellaと娘のイーヴィーIvyと会って、車まで誰とも話す事無く歩いた。

あるファンから大声で激励を受けても、ロマリオは何も嬉しそうなそぶりを見せなかった。

「みんなの期待はとても大きい。 引き続きプレイして、機会を待つ」と、ロマリオBaixinhoはグラウンドを去るときに語った。

ロマリオRomárioは、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroの西部Zona Oesteのバッハ・ダ・チジュッカBarra da Tijucaの「夜の店」で用意していたフェスタを取り消した。
ロマリオは、友人や家族と1000ゴールを祝福するためにその場所を閉める事になっていた。

ロマリオBaixinhoは、4月4日(水)にサン・ジャヌアリオSão Januárioで行われるブラジル杯Copa do Brasilの対ガマGama戦に出場する事を確約している。

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試合では、ロマリオは、何度もいいところを見せたのだが、
チームとしてのヴァスコ・ダ・ガマは生彩がなかった。

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サッカー・リベルタドーレス杯2007 その8 勝てないインテルナシオナウ。

リベルタドーレス杯南米選手権のグループリーグの試合が、3月27日(火)、28日(水)、29日(木)、30日(金)に行われた。

ブラジル勢は、共にリオ・グランヂ・ド・スル州のグレミオとインテルナシオナウの2チームの試合があった。

3月27日(火)
試合開始      試合結果                    開催都市
19h30  Audax Italiano   1 x 0  Alianza Lima       Santiago
21h45  Grêmio       1 x 0  Tolima           Porto Alegre
「20070327JG-L-Gremio.wmv」をダウンロード

※グレミオは地元で辛勝。

3月28日(水)
試合開始      試合結果                    開催都市
19h30  Bolívar          2 x 3  Cienciano        La Paz
21h45  Internacional      0 x 0  Vélez Sarsfield     Porto Alegre
21h45  Defensor Sporting   3 x 0  Deportivo Pasto    Montevidéu
※昨年の覇者インテルナシオナウが、地元でも勝てない。
 リーグ戦勝ち抜けは非常に難しくなってきた。

3月29日(木)
試合開始      試合結果                    開催都市
21h   River Plate        0 x 0  LDU           Buenos Aires

3月30日(金)
試合開始      試合結果                    開催都市
19h15  Colo Colo        2 x 1  Caracas         Santiago


次節の予定は次の通り。

4月3日(火)
試合開始      試合結果                    開催都市
19h   Nacional     x  Emelec                 Montevidéu
21h15  Colo Colo   x  LDU                   Santiago
23h30  El Nacional   x  Banfield                 Quito

4月4日(水)
試合開始      試合予定                    開催都市
19h30  Cienciano   x  Boca Juniors            Cuzco
21h45  São Paulo   x  Necaxa                São Paulo
21h45  Maracaibo   x  Flamengo               Maracaibo

4月5日(木)
試合開始      試合予定                    開催都市
19h    Defensor Sporting   x  Santos          Montevidéu
21h15  Caracas          x  River Plate        Caracas
23h30  Deportivo Pasto     x  Gimnasia y Esgrima   Pasto

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ブラジルの「サブリナ・サトウ」 その79 チキチキ「竹馬」レース。

ブラジルで大人気の日系人タレントのサブリナ・サトウSabrina Sato
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サブリナ・サトウは、どうでもいい番組ばかり放送していると考えてまず間違いないrede TV!局の番組中で最高の視聴率のpannico na TVという日曜日の20時からの番組に毎週出演している。

この番組は、レギュラー出演者達がそれぞれコーナーを持っているのだが、サブリナ・サトウはいつも過酷な試練に果敢に挑戦するというコーナーを受け持っていた。

そういった中で新たに始まったのは「レース」にチャレンジするコーナーである。
もちろん、この番組なのでまともなレースではない。

すでに紹介したのは、「霊柩車レース」と、「チキチキ簡易トイレレース」である。

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そして、第4回目のレースを行う事になった。

今回は、ちょっと地味に「チキチキ竹馬レース」をすることになった。
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ブラジル語では、「竹馬」は"Perna de Pau"というそうだ。
本当に勉強になる番組である。

相手は、いつもの「ボノ」とか「マルクス」だかいう男である。
2人ともやった事がないので、事前に練習をした。

サーカスに行って、教えてもらった。

サブリナ・サトウはもとダンサーである。
とても身体が柔らかいことを自慢していた。
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どうでも良い事だが、帽子はかなり年季が入っている。
気に入っているのだろう。
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最初はとにかく立つ事から始まった。
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ともかくも立てるようになった。
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そして、次はどこかの公園に行って、歩く練習をした。
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そして、本番。
番組の途中で、いつものように2人はレースの準備があるからと言ってスタジオをあとにした。
サブリナ・サトウは、自分に応援してねと呼びかけて、出て行った。
Sbr20070318u

そして番組の最後に行われたレースは、
rede TV!局前の公道を、勝手に使用して行われた。
日曜日の22時前で、ほとんど通る車はないのかもしれないのだが、
局の前の道は一方通行で、ロケにぶつかっても、引き返す事は出来ないのである。
Sbr20070318n

いつものことながらひどい話である。

番組の司会者のエミーリオ・スリタも、スタジオを離れてやって来た。
Sbr20070318m

毎度のことながら、救急車も用意した。
Sbr20070318o

スタートは、お尻を出した男が通り過ぎたときである。
見たくない。
Sbr20070318p

そして、レースはスタートした。
Sbr20070318q

大した距離を歩くわけではない。
ただ、途中に幾つかの障害が設けられた。
テニスプレイヤーが、テニスボールをぶつける。
ピザ屋が小麦粉をかける。
等々である。
Sbr20070318r

「20070318paniconaTV-SabrinaSato-Corrida1.wmv」をダウンロード

サブリナ・サトウはこのレースに負けた。
Sbr20070318s

でも「万歳」だ。
Sbr20070318t

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早くもネタが尽きた感のある「レースものの企画」である。

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ブラジル・サンパウロの公園 その18 Parque Vila dos Remédios。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、これら東部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ北部の公園にある紹介をしている。
”緑の地図”による14番は、ヴィラ・レメヂオ公園Parque Vila dos Remédios。
最後に紹介する北部の公園になる。

面積:109.800m²
開園:1979年

特記:
この公園は、神の恩寵女子フランシスカ修道会Congregação Franciscana Filhas da Divina Providênciaの所有する土地の一つであった。
「休日の森Bosque das Freiras」として知られていた。
この土地は、1976年に所有権が無くなり、1979年6月に公園が開園した。

住所   :Rua Carlos Alberto Vanzolini, 413 - Vila dos Remédios
電話   : (11)3625-1419
開園時間: 7h-18h / 7h-19h(夏期)

サンパウロ市の中心部セントロから直線で12キロ離れた北西部にある。

主な設備は、多目的コート、遊び場、遊歩道、運動器具、サイクリング・コース、シュラスコ場、池。
駐車場はない。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070401pvra

この公園もまたチエテ川に流れ込む小河川の源流域を公園化したものである。
この公園のある地域が丘になっていて、この公園の北西端が頂上になる。
公園内の東端近くを今も小川が流れており、それに沿って池が並んでいる。
公園の南側に大きな池がある。
その池の下流域は暗渠化されている。

公園域はほとんどが原生林であり、
北西側を頂上として、南西に向かって下がっている。
傾斜がかなりきつい。
平地は公園南端付近でほとんどの施設はそこにある。

公園は南北に細長く、原生林部分は巡回できる遊歩道だけを通る事が出来る。
いくつか支道があるが、傾斜がきつい事もあって、どこでも入り込めるという状態ではない。

公園の入り口は、3箇所。

南側、東側、そして北西端付近にある。

駐車場はない。

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この公園は、サンパウロ市の西の端といったところに立地している。
※西側の薄く黄色に着色したところは、オザスコOsasco市である。
  以前は、工業都市という性格が強かった。
  かつては、オザスコと聞いただけで「危険」と言われたところである。
  日本企業によっては、オザスコに業務で行くときには、
  本社に事前に問い合わせをするという話もあったくらいである。
  現在は、オザスコ市の環境はかなり改善されている。
  オザスコ市でも西の外れに行かないと、もう殺伐とした雰囲気はない。
  オザスコ市のセントロ付近は、サンパウロ市の東部や南部よりは雰囲気が良い。
Spd20070401pvrc

このあたりは、マルジナル・チエテ、マルジナル・ピニェイロスそしてカステロ・ブランコ、アニャンゲェーラ、バンデイランチなどのブラジルにとって重要な動脈の結節点になる。
物流・流通施設や工場が多いところである。

チエテ川沿いに、このような使節が集まっている。
さらに、奥にも関連の中小企業も多い。
このため、細い道でも交通量は多い。

公園はチエテ川とアニャングェーラに挟まれた地域の丘の頂上付近を占めている。
このためやや離れたところからでも、公園の森を確認できる。

東側や南側は、住宅と商工業の混在地区になっている。
西側や北側は、中流の下あたりの住宅街がほとんどであるが、小商店も点在している。
住宅は小さいが、瓦のオレンジ色がほとんどなので、いちおう家らしい家と言える。

商工業がある事と、地域の幹線道路が公園の東側と南側を走っていて、人と車の動きが多いところである。

大きなファヴェーラはない。
しかし、西側や北西側に1.5キロほど行くと、そういった地域が目立ってくる。
実は公園の北東端あたりには、わずかだが貧民窟がある。

公園付近の道は、どれもそれほど広くはない。
間違いなく行かないと、公園にはたどり着かない。
間違うといささか面倒な事になる。
優秀なナビゲーターが助手席にいる事が望ましい。

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サンパウロの中心部から、この公園のアプローチの往路は単純である。

マルジナル・チエテを西に行き、セルソ・ペドロ・ヂ・モウラ大通りに入り、突き当たったところが公園の南側の入り口となる。
セルソ・ペドロ・ヂ・モウラ大通りに入ったところは、物流会社があって、トラックなどでやや混雑している。
だが、公園の入り口付近は住宅街である。

この道は、この地域の幹線道路になるようで、交通量は決して少なくない。
特に突き当たりを右に行く車は多い。

公園の敷地の端から、南側の門はやや奥まっており、見通せないところにある。
また、歩道の人通りも少なくない。
それも、あまり雰囲気が良いと言えない人も散見する。
ちょっと路上駐車しておくのは、躊躇したくなる雰囲気のところである。

そこで、駐車できる入り口として、東側と北西側の公園の入り口を考えたい。

東側の入り口へのアプローチは、突き当たりを右に曲がり、最初の角を左に曲がり道なりに少し登って行くと、公園が現れる。
そこに、入り口がある。
このあたりは、比較的マシな住宅街になっている。
人通りは多くない。

北西側の入り口への到達はちょっと面倒だ。
南側入り口のある突き当たりを左に曲がり、ずっと右に曲がっていく。
かなりの登りである。
入り口のある道は、行き止まりの道である。
この道の両側は、中の下の住宅街になっており、行き止まりだけに人も車もそれほど多くない。
ただ、周辺環境は3つの入り口の中では一番良いように思えた。
駐車はこの入り口付近に路上駐車するのが一番良いと思われる。


帰路はちょっと難しい。
Spd20070401pvrb

来た道をもどり、マルジナル・チエテにでても、もうそのままではカステロ・ブランコに入ってしまい、セボロンを通って、マルジナル・ピニェイロスに行く事は出来ない。
よって、レメジオス橋Ponte dos Remediosを使う事になる。
マルジナル・チエテを進み、レメヂオス橋の下を通り過ぎて、最初の角を右折し、更に右折すると、レメヂオス橋西詰に出てくる。
Spd20070330pvrf

橋を通り、チエテ川をわたり、道なりに進むと、ドトール・ガストン・ヴィジガル大通りにででる。
ここを左折して、500メートルほど行くとマルジナル・チエテの東行にでる。
もしくは右折して、陸橋を越えると、右側がセアザになる。
道なりに進んでいくと、やがて道の名前はブリガデイロ・ファリア・リマ大通りになる。

北西側の出口から、更にその西側の住宅街を、何度か曲がってレメヂオス大通りにでて、道なりにいきレメヂオス橋を渡るのも、面白いルートである。
このルートは、お薦めである。
レメヂオス大通りは、オザスコ市北部とサンパウロ市を結ぶ地域の幹線道路で、交通量は多い。
道路の両側は、商業施設が並んでいて賑やかである。
尚、レメヂオス橋の両端付近は、土地が低く冠水し易いところである。

東側の出口からの帰路として、アニャングェラを通るルートがある。
公園の北東端あたりは道が狭くなり、そしてやや雰囲気の悪い家が数軒ある。
家の割に、住民が多いようで、歩道に人がいっぱいしゃがんでいるところである。
よって、このルートは一般の人は避けた方が良いだろう。
東側の入り口を北に行き、最初の角を右折し、更に次の角を右折する。
そのまま、道なりに直進するように進んでいく。
ここもこのあたりの幹線道路で、交通量は少なくない。
パウヴァ通りに沿っていくと、正面にアニャングェラの高架が見えてくる。
このあたりは、商店が並んでいる。
アニャングェーラの手前を右折し、標識通りに進むとアニャングェーラに合流できる。
チエテ川を渡り、そのままアルト・ダ・ラッパ、ポンペイアを通ってサンパウロ市内中心部に進むルートがお薦めである。
このルートが嫌いな人は、チエテ川を渡ったあとに、チエテ川東向にはいるとよい。

※※これらのルートの説明が、全くちんぷんかんぷんの人は、
   この公園に行くことは止めるべきである。
   この公園の周囲の道は余りにも不規則になっているので、
   間違うとちょっと面倒なことになりそうなところである。

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公園に行ってみた。

東側の入り口の前の住宅街。
Spd20061120pvrb

東側の入り口。
Spd20061120pvra

東側入り口にあった、サンパウロ市営公園に共通なデザインの公園名称表示板。
かなりやられている。
Spd20061120pvrc

入り口からやや下ると、遊歩道にでる。
小さな池がある。
Spd20061120pvrd

シュラスコ場もある。
Spd20061120pvre

一番大きな池。
細長い池である。
(北側から見てみた)
Spd20061120pvrf

(南側から見てみた)
Spd20061120pvrh

南側の入り口。
とても狭い入り口で、見通しが悪い。
Spd20061120pvrg

東側の遊歩道。
小川に沿っている。
Spd20061120pvrk

徐々に高度を増してくる。
木が茂っているので、割と湿度が高く、気温が低くなるようだ。
住宅地なので、とても静かである。
Spd20061120pvrl

北東側の入り口。
Spd20061120pvro

北東側入り口にあった公園名称表示板。
Spd20061120pvrn

北東側入り口から下っていくとある遊び場。
Spd20061120pvrq

多目的コート。
Spd20061120pvri

多目的コート。
Spd20061120pvrj

大きな岩に、何か祠の跡があった。
おそらく守護神像か聖人像でもあったのであろう。
今は荒らされている。
不信心なものはどこにでもいる。
Spd20061120pvrr

北西側入り口付近の住宅街。
家庭ゴミを路上にそのまま置いているところがこの住宅地のレベルを示している。
このような置き方をすると、犬猫が荒らすし、雨の時には流れていって散乱する可能性がある。
Spd20070330pvrc

公園側に路上駐車は可能である。
Spd20070330pvrb

この付近は、かなり高台である。
Spd20070330pvre_1

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この公園の評価。

お薦めしない。

この公園でいいところは、原生林を巡る遊歩道のみ。
他の施設に特筆するべきものはない。

公園の周辺の環境がいいとは言えないのが、薦めない理由である。

休日には、何故か住民が道路に溢れているような雰囲気が住宅街にもある。
特に、公園の北東側や北側はそういった感じがした。

公園の来園者は、
白人系も少なくはない。
だが、あまり豊かではないような人々が多い。

また、有色系の人も割と多い。

もちろん、日系人は皆無。

公園にやってくるような人々は、もちろん平和を愛する市民に決まっている。

だが、この公園においては、ここの環境にとけこめず、かなり浮いているのを感じてしまった。

森の中を歩くのはなかなか都心部では味わう事は出来ず、気持ちがいいのだが、多くの公園ではこの遊歩道にはあまり来園者が入っていかない。
もちろん警備員も巡回しているのだが、
何かあったときにいつもいるわけではない。
何かが起きるのは、警備員がいないときに決まっている。

このような原生林は、今後紹介する公園にもある。
その中にはお薦めできるところもある。

最東部の公園ほどではないにしても、落ち着ける雰囲気ではなかった。
落ち着けない公園などにわざわざ行く意味はない。

この公園は訪問を避けるべきだといっておく。

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domingo, 1 de abril de 2007

サッカー・サンパウロ州選手権2007 その68 第17節終了。

サッカー・サンパウロ州選手権の第17節が、3月31日(土)および4月1日(日)に行われた。

結果は次の通り。

3月31日(土) 第1日目
試合開始        試合結果                競技場
18h10  Corinthians  2 X 2  Sertãozinho       Pacaembu
18h10  Paulista     2 X 0  Guaratinguetá      Jaime Cintra
「20070331encimadahora-CP17-Corinthians-Sertaozinho.wmv」をダウンロード
「20070331sporTVnews-CP17-Paulista-Guaratingueta.wmv」をダウンロード
コリンチャンスは、情けない事に引き分け
 入場者が28百人と、コリンチャンスとしては今年のサンパウロ選手権で
 最低の入場者数を記録した。
 豪雨のせいではない。
※パウリスタは地元で勝利。
 また順位を上げた。
 笠井健太選手は出場せず。

4月1日(日) 第2日目
試合開始        試合結果                競技場
16h   São Paulo     3 x 1  Palmeiras      Morumbi
16h   Rio Branco     2 x 3  São Bento      Décio Vitta
16h   Ituano        1 x 1  Rio Claro       Novelli Jr.
16h   Marília        1 x 4  Bragantino      Bento de Abreu
16h   Noroeste      3 x 1  Juventus      Alfredo de Castilho
16h   Santo André    2 x 1  América       Bruno José Daniel
16h   Grêmio Barueri   1 x 3  São Caetano   Vila Porto
18h10 Ponte Preta     2 x 4  Santos       Moisés Lucarelli
「20070401GN22-CP17.wmv」をダウンロード
「20070401sporTVnews-CP17.wmv」をダウンロード

※サンパウロFC対パルメイラスの”クラシコ”。
 レギュラーを8人落としたサンパウロFCが勝利。
(サンパウロFCの先発と控え)
Spd20070401d
Spd20070401e
(パルメイラスの先発と控え)
Spd20070401f
Spd20070401g
※サント・アンドレが2勝目。
 だが、降格決定。
※サン・カエターノが勝利で、順位を上げた。
※サントスは首位を守る。
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(ポンチ・プレッタの先発)
Spd20070401a


次節の第18節の予定は次の通り。

4月7日(土) 第1日目
試合開始        試合予定                競技場
15h   Juventus      X  Paulista        Rua Javari
18h10  Corinthians    X  América        Pacaembu
18h10  São Caetano    X  São Bento      Anacleto Campanella
※コリンチャンスは完全に消化試合。
 

4月8日(日) 第2日目
試合開始        試合予定                競技場
15h   Rio Claro     X  Rio Branco       Augusto Filho
16h   Palmeiras     X  Guaratinguetá     Parque Antarctica
16h   Noroeste     X  Santos         Alfredo de Castilho
16h   Ituano       X  Santo André      Novelli Jr.
16h   Sertãozinho   X  Bragantino       Frederico Dalmazo
18h10  Grêmio Barueri X  São Paulo        未定
18h10  Marília       X  Ponte Preta      Bento de Abreu


(第17節を終了した時点での順位)
Spd20070401u

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サッカー:ロマリオ、1000ゴールへの道。 その50 ゴール無し。

4月1日(日)18時10分から、リオ・デ・ジャネイロのマラカナ競技場で行われたリオ・デ・ジャネイロ州選手権後半のリオ杯のボタフォゴ対ヴァスコ・ダ・ガマ戦が行われた。

1000ゴールに残り1ゴールとなっていたロマリオは先発出場した。
しかし、ゴールを決める事はなく、1000ゴール達成はならなかった。

(ボタフォゴの先発と控え)
※ドゥドゥは元気にやっている。
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Spd20070401j
(ヴァスコ・ダ・ガマの先発と控え)
Spd20070401k
Spd20070401l

試合そのものは、ボタフォゴが2対0でヴァスコ・ダ・ガマを破った。
Spd20070401m

試合そのものの結果よりも、
試合でのロマリオだけを追ったニュース映像。
ロマリオしか映っていない。
「20070401encimadahora-TRio-Botafogo-Vasco-Romario.wmv」をダウンロード

真っ当な試合のニュース。
「20070401GN22-TRio-Botafogo-Vasco.wmv」をダウンロード

(試合映像録画済)

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ブラジル・サンパウロの公園 その17 Parque Vila Guilherme。

ブラジル・サンパウロ市の緑地環境局が2006年に発行した”Mapa Verde緑の地図”によると、サンパウロ市営の公園は、32箇所である。

これらの公園を順に紹介している
紹介は、”緑の地図”に振られている番号に沿っていく

番号は、サンパウロ市の東部の公園から始まっており、これら東部の公園の紹介はすでに終えた。
サンパウロ北部の公園の紹介をしている。
”緑の地図”による13番は、Parque Vila Guilhermeヴィラ・グィリョルミ公園。

面積:62.000m²
開園:1986年

特記:
ヴィラ・グィリョルミParque Vila Guilherme公園は、もとのトローチ・パウリスタ・クラブSociedade Paulista do Troteの土地と一緒になってエリアを拡大する。

住所   :Rua São Quirino, 905 - Vila Guilherme
電話   : (11)6905-0165
開園時間: 7h às 18h

サンパウロ市の中心部セントロから直線で7キロ離れた北東部にある。
主な設備は、多目的コgート、遊び場、遊歩道。
駐車場がある。

Google_mapで、公園を見てみる。(衛星写真なので、高低差は把握できない。)
Spd20070327pvga

この公園は、面積的には広い(緑で囲んだ部分)。
しかし、かなりのエリアが工事中で立ち入る事ができない(ピンクで囲んだ部分)。
現在は、敷地の北側と南側が公園らしくなっている。
敷地の右側を回って、つながっている。

入り口は3箇所。

もともと、この北側は競馬場だったそうだ。
50年ほど前までだ。
その後は何に使っていたのかわからない。
まだ、当時のスタンドや厩舎が残っている。
かつてのトラックの整備を行っている。
将来どうなるのかもわからない。

駐車場は、敷地の南側にある。

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この公園は、物流・流通施設や工場が多いところに立地している。

西側は、Mart Centerという繊維の卸店が集まったところである。

東側は、住宅も多いが、中小の倉庫や物流業者が多いところである。
道をトラックが行き交っている。
日本に良くありがちな混在地区である。
住宅は、中の下くらい。

北側は、丘になっていて、住宅専用地区が多い。

南側や西側も、商工業混在地区で、そこに住宅もある。
住宅はやはり中流の下。
どちらかというと白人ばかりの住宅地である。
まともな人は、家の前を大型トラックが行き交うような落ち着かないところには、ブラジルでは住まない。

さらに、工場の塀際などに、小さなファヴェーラが点在している。
Spd20070327pvgb

この公園内は、もちろん警備員もいて、すぐそこに危険があるわけではない。

ただ、この公園のアプローチには、交通事故の危険がある。
それほど広くもない道を大型車両が行き交っているからである。
ブラジルの運転手さんは、はっきり言って日本の運転手ほど意地悪ではない。
幅寄せをしたり、煽ってきたりする事はない。
だが、事故はおきる。
そして負けるのはいつも自家用車に決まっている。
慎重な運転をしなくてはならない。

こういったところにあるので、公園の周囲を人がいっぱい歩き回っている事はない。
駐車場のある南側の道の向かいは、飲料関係の会社で忙しく働いている。
この道を歩いている人はほとんどいない。

東側の道は広い道である。
この道も歩いている人はいない。

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この公園へのアプローチは単純である。

サンパウロの中心部からそれほど遠くもない。
Spd20070327pvgc

往路(水色)はマルジナル・チエテを東に向かう。
ポルトゲーザの競技場を過ぎ、"Pet Center marginal"という24時間営業の大きなペットショップを行きすぎて、次の橋でチエテ川を渡る。

ヴィラ・グィリョルミ橋をわたり、北へ向かう。

マシャドス通りは途中で上下車線がしばらく離れるところがある。
またすぐに合流するのだが、そこからはジョアキーナ・ラマーリョ大通りと名前を変える。

橋から1.5キロほど走って、サン・オウリーノ通りを右折して、1キロほど直進すると、左手に公園の駐車場がある。
このサン・オウリーノ通りは、あまり広い道ではない。
サン・オウリーノ通りに入って、4百メートルほどで両側に、小規模なファヴェーラがある。

このルートが嫌な場合は、次のルートがある。
ジョアキン・ラマーリョ大通りをもう少し北へ行く。
シコ・ポンチ通りを右折し、マートセンターの前を通っていき、大きな道に出るところで右に曲がる。
公園の北東角にでてくる。
ナヂール・ヂアス・ヂ・フィグェレード大通りを南に行き、公園を右手に見て進む。
最初の角を右折すると、そこがサン・オウリーノ通りである。
200メートルほどで駐車場になる。

公園の北東側入り口前にも、実は駐車は可能である。
数台は止められる。
休日はもっと止められるし、公園の東側のナヂール・ヂアス・ヂ・フィグェレード大通りにはいくらでも止める事は可能である。
※休日にはフラネリーニャがでてくるが、1レアルくらいなので、それくらいは気前よく払うのは当然だ。
でも、実際にはそれほど訪れる人はいないので、ここに車が並ぶ事はない。

せっかく正規の駐車場が南側にあるし、南側に施設が集中しているので、こちらに止めた方が良い。

帰路(紺色)は、ナヂール・ヂアス・ヂ・フィグェレード大通りを南に真っ直ぐ行くと、ほどなくマルジナル・チエテの西行きに到達する。
※この説明が少しもわからない人は、サンパウロでは運転は諦めた方がよい。
 知らないところを運転するのはとても危険である。

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この公園に行ってみた。

北東側の入り口。
”SPT”(=トローチ・パウリスタ・クラブSociedade Paulista do Trote)という以前の名称の略称が今もある。
その当時の門のようだ。
この門の前には、このように車を止めるスペースがある。
Spd20070115pvgc

門を入ったところにある遊び場。
まだ新しい。
Spd20070115pvgb

この部分は、トローチ公園というようだ。
敷地は続いているにもかかわらず、分けているかのようだ。
この公園配置図には、南の部分が含まれていない。
この公園配置図は、現状を示していない。
将来計画図のようだ。
だが、すでに色あせてしまっている。
Spd20070115pvgd

トローチ公園が開園したときの記念プレート。
「市長ジョゼ・セッハ(*前職)の時に工事を開始し、
ジルベルト・カサビ(*現職)の時に開園した」と書いてある。
つまり2006年の開園と言うことになる。
ブラジルは、こういう自慢げなアピールを各自治体の首長がするのが通例である。
首長が替わると、前任者が始めた工事を中止して、新たな工事を始めることも少なくない。
まるで選挙運動のようだ。
だが、実際のところ、まだ工事は続いている。
Spd20070115pvge

公園の東端にある、市が工事をしているという掲示。
遠くの建物は、マートセンター裏側にある工事が中止になった建物。
ホテルになるはずだったらしい。
Spd20070115pvga

北東側の遊び場から、北東側の門の方を見てみた。
Spd20070115pvgf

まだ荒れている以前の建物。
小さな窓は、馬券売り場の跡のように思える。
ここは立ち入れない。
Spd20070115pvgg

以前のスタンド。
ここも立ち入る事が出来ない。
Spd20070115pvgh

中央部にあるトラック。
Spd20070115pvgi

公園の東側から、スタンドの方を見てみた。
Spd20070115pvgj

公園南部の入り口。
この両側に駐車場がある。
30台以上は駐車が可能である。