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domingo, 27 de maio de 2007

ブラジル・サンパウロの、そして世界中の人々が幸せでありますように その1。

メーテルリンクの「青い鳥」という物語がある。

日本では子供の時に読むべき本のひとつなのだが、
おそらく、子供では、この物語の言いたいことはよくわかないはずだ。
大人からこうだ言われるので、そうかと思わされているだけだ。

一度読んでこの物語の言わんとすることを理解してしまうような子供では、
先の出世はおぼつかない。

でも、
大人になって、それもしばらくすると、
この物語の言う通りであることに気付く。

自分と、その周囲の人たち、
そして全く別の世界の人たちの生活を
客観的に冷静に見ることが出来るようになってからである。

幸福とか不幸とかが、実に隣り合っていて、
そしてそれは誰にでもそして自分にもあることに気付くのである。
 
日本のように、この60年以上、
戦争や内乱に接することもなく日常生活を市民が送ることが出来た国は
世界では多くない。

世界から見ると、日本は大きく見ると、平和と安全にかなり恵まれた国で、
市民が安心して生活できる国に違いない。

でも、それに長く漬かりすぎて、
かなり人間的な感度や許容度が低く、狭くなっているのではないだろうか。

その分、精緻にならざるを得ないので、
息苦しさを感じてしまう人もでてきているのだろう。

今まで、随分と世界の色々な国を訪れる機会があった。
当然のことながら、日本との比較で見てしまう。

日本人にとっては、それは日本が一番良い国には違いない。

だが、その良さがなんなのか。
その良さを、大切にしているのか。
その良さを、自分だけのものにしていないか。

ブラジルのような広く、歴史も浅く、移民からなる、多様性のある国は、
日本とは正反対なのは地球上の位置だけではないことにすぐに気付く。

単に、言葉の表現だけではなく、
そこに住む人々が生きている環境が大きく異なっている。
自然環境だけではなく、社会環境もである。

それでも、
人々は生まれたからには死ぬまで生きて行かなくてはならない。

そして、
誰もが「青い鳥」を求めている。

ブラジルの「青い鳥」を求めて生きている人たちの姿をいつも見ている。

日本の人たちとは、何かが決定的に違うようにいつも思っている。
何だろうか。

まだ、はっきりとは説明できない。
説明できるようになるのは、
またかなり日本から離れてしまった時だろう。

それも、またこわい。

Spd20050909d

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Comments

こんにちは。

せっかく大切なことをおっしゃっているのに、記事の更新の勢いが強すぎて、後で読もうと思ってもあっという間に見えないところに行ってしまうので探すのが大変でした(笑)


ところで、日本とブラジルはすべて正反対というお話しがありましたけど、決定的に違うとは私は考えてません。

思い出してみますと、サンパウロの中でも庶民の住むところは自分の子供の頃(1960-70年代)の日本とよく似ているような気がします。(同じ日本でも、首都圏なら京成の沿線とか、大阪でも天王寺の方とか、似たような活気と猥雑さを感じます)

そう考えますと、70年代後半以降に日本に起きたことが世界史的にも特筆すべきことだったのではないかと考えています。もちろん我々はそれを当たり前のものと受け取って育っていますけどね。

私はSao Pauloさんとは逆に、日本人の失ってしまったことがブラジルには残っていると思うのです。もちろん良いことも、悪いことも含めてですが。

Posted by: パウメイレンセ | quarta-feira, 30 de maio de 2007 at 19:25

>パウメイレンセ様
日本もブラジルも、人々がそこで安らかに生きていきたいと思って、生活しているところは、何も変わりません。
同じです。
ただ違うのは、歴史や人種や貧富の差が、ブラジルと日本では隔たりが大きいと言いたかったのです。
歴史が長いからよいこともあれば悪いこともある。
他のことも同様です。
ファヴェーラと富裕層が隣り合っているようなところにあるとんでもないコントラストをいつも思っています。
日本ではこれはちょっと考えられないものだと思います。
昨今、日本でも格差社会といわれていますが、このモルンビーの比ではないはずです。
庶民が住んでいる地域は、楽しそうにも思えます。
特にイタリア系のおばちゃんが住んでいるところは。

Posted by: Sao Paulo | quinta-feira, 31 de maio de 2007 at 00:04

お久しぶりです。今サンパウロに滞在していますが、改めて食い入るように見ていました。
自分の今いる場所がどうやら比較的安全とは言い難いのかもしれんと、思いさっさと場所を変えようかと思っているところです。

私はブラジルに長く滞在するつもりもないですし、よくわからない上で、このSao Pauloさんの日記に感想を述べたいと思います。

Sao Pauloさんが何度も述べている「居住区や身なりや肌の色で人を判断することは間違いであるが、現実的に考えて安全とは思えない雰囲気や場所には近づかないほうがいい」と言ったフレーズは妥当であると私は感じています。
そして、私の様に思う人が多ければ、差別も中々減らないだろうということです。
私はあらゆる差別を嫌悪しますが、
貧困層に色が黒い人が多く彼らの中にはよからぬ生業の人間が多いというデータが出されれば、
彼らを警戒する動機が簡単に出来てしまう。
そして、その動機が差別を助長しかねない。
また、常識も時に差別の原因となるが、常識がなくては危険が増加することもある環境だと思いました。

サンパウロの治安が最近改善していると聞きました。
私は新参者の渡り鳥なので実感がありませんが、ブラジル人の努力の結果なのだと思います。
やはり、みな安全に幸せに暮らしたいのだと思います。

Posted by: rosa-sharon | domingo, 11 de abril de 2010 at 01:41

ブラジルは、治安さえ良ければ、かなりよいとこりなのだが。治安が漠然と改善しているなんていっても、私には関係ない。相変わらず、最悪の環境下で生活している状況を思い浮かべつつ、生活している。治安の悪さゆえに、失ったものも多い。

Posted by: boticario | quinta-feira, 22 de abril de 2010 at 08:01

>rosa-sharon様
多少は言葉もわかって、地域の空気も感じることができるようになってきて、いろいろな人たちと少しずつ話をしていると、どこにいても人はそう変わらないもだと思えてきます。
幸せや安らぎを求めていて、そのためにちょっと小ずるかったり。
偏見や差別はいけないし、しないようにしているのだけど、やはりそういった人がいそうな地区やその人にはできるだけ距離を置かずにはいられない。
理想と現実が背反していて、矛盾だらけなのだけど、そういう自分もやはり小市民。
でも、経済がかなり上向きなので、環境はそうたいてい的に見るとかなり改善されていると思います。
でも、比較的安全と思えないならば、速やかにその場を離れた方がよいでしょうね。
お金で安全が買えるのならばそれに越したことはありません。

Posted by: Sao_Paulo | quinta-feira, 13 de maio de 2010 at 10:52

>boticario様
治安が回復しているようだといっても、それはあくまでも相対的なことで、自分の行動範囲の中で感じることです。
最悪の環境下で暮らしている人たちは、確かに変わらずに、そのままです。
それが、どれほど最悪なのかもよくわかりませんが。

Posted by: Sao_Paulo | quinta-feira, 13 de maio de 2010 at 10:57

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