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quinta-feira, 10 de maio de 2007

ブラジル・サンパウロをローマ法王がご訪問。 その8 「若者の集い」。

5月9日(水)から13日(日)まで、ブラジル・サンパウロ州を訪問のローマ法王ベント16世(=ベネディクト16世)が、5月10日(木)18時からパカエンブー競技場で行われる「若者の集い」に臨席されている。

競技場に到着が18時ということであったので、
17時20分過ぎに出かけた。

拙宅をでて、競技場の横の道に出たら、警官しかいなかった。
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シャルレス・ミラー広場には、昼ほどはもう人はいなかった。
参加者がもう中に入ってしまったからだろう。

中に入れない人と、ローマ法王ベント16世を一目見ようという人が集まっていた。
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Globo局のギリョルミ・ポルタノーヴァ記者がいた。
昨年誘拐された記者だ。
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人が集まっているところが2箇所あった。

パカエンブー大通りを、ガラス張りの防弾車でやって来ることは分かっていたのだが、どこから競技場にはいるのか分からなかった。
物知りのような人に聞いたら、
まず競技場の東側の道をすすみ、20番の門を入るという。
それから、競技場内を通って、
正面の門を出て、
シャルレス・ミラー広場のロータリーを一周するという。
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ただ、シャルレス・ミラー広場のロータリーを一周するのが、
いつなのか分からないという。
集いが終わってからであれば、20時過ぎになる。

それで、まず東側の道に行った。
その途中で
警備の警官に聞いたのだが、
いつロータリーを通るのか分からないという。
聞いていないのだそうだ。

ともかくも東側の道イタポリス通りで待っていた。
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18時に到着のはずが、
やって来たのは18時10分過ぎであった。
結構、車は速く通りすぎていった。
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この手がなければ完全に押さえていたのだが。。。。
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そして、群衆が今度はロータリーのほうに向かったので、
それについていった。
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20番の門を入ったあとに、
競技場のグラウンドの道路を通るのだと気付いた。
3週間ほど前に、全てアスファルト舗装がやり直され、
ラインも引き直されていたことを思い出した。

ほどなく、ローマ法王ベント16世が正面の前から出て来た。
今度はちょっとゆっくりだが、
車の両側に10人ほどの護衛がピッタリついていた。
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2分ほどで、ロータリーをまわり、
また正面の門を入っていった。
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正面の門は、まもなく閉じられた。

ご尊顔は何とか拝することが出来たが、
分厚い防弾ガラス越しで今ひとつ。

動きが早いのと、
もう今はみんながデジタルカメラや携帯を使うし、
旗を振ったりするので、
ピントを合わせる暇がないのだ。
ちょっと離れたところから、撮影すれば良かった。
でもそれでは、ご尊顔を拝することはむずかしかったはずだ。

家に戻ったのは、18時30分過ぎであった。

パカエンブー競技場からは、頻繁に歓声が上がっている。
テレビの中継とはちょっとずれているような気もする。

拙宅で聞こえる歓声から、テレビの歓声は5-6秒は遅れている。

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ローマ法王ベント16世の若者へのメッセージは長かった。
ポルトガル語だった。
最後だけ、英語、フランス語、スペイン語だった。
ブラジル以外のラテン・アメリカの多くの国はスペイン語が公用語であるし、
カリブ海の国々には英語や、フランス語の国も多いからだ。

8時10分頃までかかった。

ローマ法王ベント16世がパカエンブー競技場から出てくるところは想像が付いた。
拙宅のすぐ近くである。

また、でかけた。
やはり勘のいいのがいて、そう広くもないところに人が集まり始めていた。
出口の真ん前に位置することが出来た。
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今度は、防弾仕様のベンツで出て来た。
そのあたりは、門を出てすぐに右に曲がらなくてはならないし、
隊列を整える必要もあったのだろう。
スピードは非常にゆっくりだった。

またもやご尊顔を拝することが出来た。
3-4メートルの距離だった。

そのあとに、
参加していた司教たちが歩いて出てきた。
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21時34分。
イベントが終了して、1時間以上経つのだが、
まだ周辺は騒がしい。

警察の車が、何故かサイレンを鳴らして、何台も走っていった。

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ローマ法王ベント16世が、
特製の防弾車に乗って現れるのはあと2回ある。
5月11日(金)の朝と、午後である。
でも、疲れた。

ともかくも、3回は肉眼で、ご尊顔を拝することができた。

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ところで、
今日も「日本人面」はあまり見かけなかった。

カトリックと言うこともあるだろう。
サンパウロどころか、全ブラジル更に南米各地からもやって来た人が多いからだろう。

でも、2世3世と、代を経ることに、日系人がとりあえずカトリックになっているケースも多いのだが。

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今日は、
周辺が、
軍隊に占拠されていたせいで、
とても治安が良かったように思う。

拙宅を警護したわけではないが。

毎日、
これもいいかもしれない。

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