ブラジル・サンパウロの桜2007 その2 サン・ロッキの桜祭り。
7月8日に、サンパウロ市の西郊60キロのところにあるサン・ロッキSao Roque市にある国士舘スポーツセンターで開催された、恒例の「桜祭り」に行ってきた。
サン・ロッキ市域内にあるのだが、
イビウナ市へ向かう街道筋から入ったところにある。
街道筋に沿って、この桜祭りを告知する表示はない。
ただ、街道筋から、入るところにだけ、発見しにくい掲示があった。
テントの一つが、バザールになっている。
何も福祉のものではなく、ただ主として日系人の必要とする物品を販売する店が出店しているだけだ。
もちろん、コピー商品。
新しいものもあるが、
いかにも高齢者が喜びそうな感動ものが多い。
こちらも当然コピーもの。
ど演歌の大御所から、あまり知らない演歌歌手のものばかりである。
とにかく、古き良き日本を彷彿させるようなものが、好まれるのである。
今の日本のものは必要ではない。
それは、NHKの海外放送で十分である。
移民の方の心の中で昇華された日本が見たいのである。
桜祭りの出し物のプログラム
日系の祭りであるのだが、
ロシア、ウクライナ、リトアニアの出し物があるのに気が付いた。
このあたりには、そういった国からの移民の方も多かったのだろう。
別のテントには、フードコートがあった。
いつものように、焼きそばや(ブラジル式)天ぷらなどが販売されていた。
色が濃すぎる嫌いもあるが、それはそれブラジルの空に映えていた。
散歩をしていたら、ある木に、鳥の巣があった。
鳥はいなかった。
体育館の脇に、「自然と人類の共存」と書かれた碑があった。
文部大臣島村宜伸という銘があった。
その体育館である。
何故、この地に国士舘はこのような施設を作ったのだろうか。
桜の木は、敷地のあちこちにあるのだが、
もっとも集まったところは、会場の下の方。
出し物や食べ物に人は集まって、桜のほうには、それほどでも。
桜は毎年のこと。
やはり「花より団子」ということだろう。
ステージのあるテントでは、ロシアの民謡のグループがでていた。
所詮、素人の芸達者のグループには違いないのだが、
高齢のロシア系の方々の中には、泣きそうになって感激している人も多かった。
司会もいて、これから演じるダンスや歌の解説をしてくれた。
彼らは、アマチュアだが、あちこちを回っているらしかった。
日本語での語りも達者で、日本の歌を歌っていた。
それも、やはり高齢者が喜びそうな昔の歌や、何か昔風のほのぼのした歌。
彼も、こういった日系人の色々なイベントを回っているのだろう。
彼が唄っていた、
「私が死んでも、私のお墓に私はいません」とかいう歌詞の歌にびっくり。
何という歌詞かと思った。
日系人も多いのだが、そのほかの人種の方もいっぱい。
ごく自然に、こういった交流が出来ていく。
ブラジルの将来はきっと明るいと確信する。
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Comments
「私が死んでも・・・・」というのは、昨年、日本で大ヒットした「千の風になって」という曲です。アメリカで広く歌われていた歌を日本語に翻訳した作品だそうです。私も、この曲の出だしを聞いたとき、???と思ったのですが、死者がこの世に残した人々を風になって見守っていくとかなんとかという内容で、ウチの子どもたちも何故か好きです。
Posted by: paraisoviny | segunda-feira, 13 de agosto de 2007 22:31
>paraisoviny様
NHKも視ず、日本語新聞も読まない生活で、わずかにインターネットだけが日本の情報源という生活をしているので、何にも知りません。
それでも、昔に比べるとインターネットがあるだけ相当ましです。
まあ、インターネットでも、日本語サイトにそれほどアクセスしているわけでないです。
それにしても、不気味な歌詞でした。
Posted by: Sao Paulo | sábado, 18 de agosto de 2007 23:32