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segunda-feira, 19 de novembro de 2007

ブラジル・サンパウロのイスラエル建国記念碑を巡る攻防 その1。

ブラジルにも、ユダヤ人はいる。
10万人くらいという資料もある。

ユダヤ人というと、先入観を持ってみてしまうのであるが、誰もがそうではない。
でも、やはりある世界はユダヤ人の力が強いというのが、ブラジルでもあるようだ。

サンパウロでは、イジェノポリス地区に多く住んでいる。
この付近には、シナゴーグも多い。
厳重な警備の建物になっていることを、前に記事にした。
金曜日の夕方や土曜日には、ユダヤ人と一目で分かる服装でそのあたりを歩いている。

そのイジェノポリスの隣のパカエンブー地区も少なからぬユダヤ人が住んでいる。

そして、そのパカエンブー地区に、ユダヤ人に関係する2つの広場がある。

一つは、パカエンブー競技場の脇にある。
ダヴィッヂ・ベングリオン広場。
いうまでもなく、イスラエルの初代首相である。
首相になる前は、独立運動の闘士である。
英国の信託統治のもとで、建国のために過激な非合法活動をやった人である。
Spd20071017j

広場といっても大した面積ではない。
路肩のようなものだ。
だが、試合の日には、観客のそのあたりにたむろして、荒らしてしまう。
Spd20071019cy

でも荒らされても荒らされても、何度も修復がなされる。
最近の修復は、近年ではもっとも手が込んだものになった。
上段の歩道の脇には、木材チップが敷き詰められた。
Spd20071019cx

そして、下段の歩道の脇には、入り込めないように木が植えられた。
以前は、芝生にされたりしていたのだが、
歩道が狭く、
その芝を踏みつけて歩くので、育たなかったのだ。
Spd20071017i

そこまでして、この広場に費用をかけるのは市である。

いつも書いていることだが、サンパウロ市の行政は決して公平ではない。

こういう地区は、停電も少ないし、ゴミの回収の回数も多い、道路の清掃も、道路の補修も頻繁に行われる。
多くのの広場は、名ばかりの広場で、瓦礫の山であったり、草が生え放題になっているのが普通である。

このダヴィッヂ・ベングリオン広場から、300メートルほどのところにあるのが、「イスラエル建国50年記念碑」である。
Spd20070831b

5月のイスラエル建国記念日には、花が置かれる。
Spd20071103zzg

そして、ここはイスラエル建国50周年広場である。
Spd20071019cv


だいたい、なぜ「イスラエル建国50年」を記念して、ブラジル・サンパウロに碑が出来て、広場になるのだろうかという本質的な問題もある。
独立そのものは、ブラジルには関係ない。
アラブ系からみたら、とんでもない話だ。

その「イスラエル建国50年記念碑」を巡る「攻防戦」が続いている。

難しい国際政治の話ではない。
宗教的なことでもない。

一人の人間の生活をかけた問題である。

つづく。

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