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segunda-feira, dezembro 31, 2007

ブラジル・サンパウロの小鳥 その94 拙宅に来る鳥64。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ハチ鳥が、花の蜜を吸うところを、シルエットのように撮ることが出来た。
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ブラジル・サッカー:2007オフ その68 カカが隠れている。

FIFAの世界最優秀選手に選ばれたカカKakáは、サンパウロSão Paulo市で新年のフェスタAno Novoを過ごす。

しかし場所は明らかにされていない。
広報担当者はカカは家族の側にいて休みを過ごしていると明言するにとどめている。
記者会見をしたり、居場所を明らかにはしたがらない。

カカKakáが新年を祝うのにキリスト再生伝道者教会Igreja Apostólica Renascer em Cristoの本部の一つで過ごす可能性がある。
しかし、カカの担当者は確認しない。
しかし、彼の家族とそこに現れたとしても、カカは一般から隔離された場所にいることになるだろう。
誰とも接触しない。

ただで放送されるならば、記者会見、写真、マスコミとの接触は無い。
それに、カカは宗教とエステヴァン・エルナンデスEstevam HernandesとソニアSoniaの両宣教師について話すことには同意しない。

キリスト再生伝道師教会の本部では、福音派の信者に伝統的な新年の宗教儀式があるという。

セレモニーは火曜日の22時に始まり、水曜日の未明1時頃まである。
次いで、新年のフェスタReveillonが行われる。
しかし、誰もカカKakáの出席を確認しない。
広報は沢山の人がそこに集まると言うだけである。

カカKakáは福音派の信者で、サンパウロFCでそのキャリアを始めたときから、キリスト再生伝道師教会 Igreja Apostólica Renascer em Cristoに帰依している。

それに、彼の結婚式もエステヴァン・エルナンデスEstevam Hernandes伝道師とその妻のソニアSonia牧師によって執り行われた。
夫妻は、2007年1月9日に米国Estados Unidosの連邦捜査局Federal Bureau of Investigation (FBI)によってマイアミMiamiで身柄を拘束された

彼らは税関への虚偽申告と、米国に56千ドルをCD入れ、子供のバッグ果ては聖書bíbliaの中にかくして持ち込もうとしたことで訴追された。

エステヴァン・エルナンデス・フィーリョEstevam Hernandes Filhoとソニア・アダヂ・モラエス・エルナンデスSônia Haddad Moraes Hernandesは10万米ドルの保釈金を支払って、自由になっている。

しかし、彼らはくるぶしの電子追跡装置を警察によってつけられた。
警察は、24時間2人の伝道師の全ての行動をモニターしている。

ブラジルBrasilでは、彼らはまた資金洗浄、偽思想、偽取引で訴えられている。
連邦警察は、米国Estados Unidos.でのそれとは別に、エステヴァン・エルナンデス・フィーリョとソニアの予備拘置を要求している。

カカKakáは、この件についてコメントするのを拒絶している。

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カカは、今回だけではない、いつも休暇の時には、ブラジル内での行動がほとんど報じられることはない。

プライバシーといえばそれまでだが、
マスコミとしては、相当に不満のはずである。

特に今年は、
FIFAの世界最優秀選手に選ばれたし、
美しい妻のカロリーニ・セリコ懐妊の話題もある。

それになんといっても聞きたいのは、
自らが所属しているこの宗教団体の両トップの事件についてのカカのコメントである。

ある筋によると、カカはエステヴァン・エルナンデス・フィーリョとソニアには心酔しきっており、「陰謀説」をとなえいるらしい。

先日、ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァに招待されて、ブラジリアの大統領公邸に美しい妻カロリーニ・セリコと共に行った。
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その前に訪れたブラジリア連邦区の知事のところで僅かなインタビューに答えただけで、
大統領訪問の際には代表撮影だけ。
インタビューもなく、公邸を疾風のように去っていった。
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この記事を書いた記者には、そういったカカに対する不満がかなり感じられる。
これでも将来を考えて、かなり遠慮したつもりだろう。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その67 フラメンゴがロナウドの移籍の件を正式に計画。

フラメンゴのファンは活気づくだろう。

15日以内に、フラメンゴFlamengoは、2008年にロナウドRonaldoを選手とするための「ロナウドへのプロジェクト」を発表する。

フラメンゴは、ロナウドFenômenoを来年にはフラメンゴのファンの大きなシンボルとしたがっている。
そのために、フラメンゴは企業の参加を期待している。 フラメンゴのサッカー担当副社長のクレーベル・レイチKléber Leiteによると、フラメンゴはそれに期待を持っている。

「関心を持っている企業はすでに我々のところにやってきた。 ロナウドRonaldoを選手として発表するためのプロジェクトの正式なものとするようにしている」と、クレーベル・レイチKléber Leiteは言った。

ロナウドRonaldoがオファーとミランMilãoからリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroの移籍に合意した場合、、フラメンゴはミランMilanから自由になることを期待している。

フラメンゴRubro-Negroの役員は、ロナウドFenômenoが実際に活動しているミランとの直接交渉をする気はない。

「今、これにはいると混乱する」と、クレーベル・レイチは明言した。
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別の面からみると、ミランはロナウドを今は放さなくても、フラメンゴは諦めない。
ロナウドとミランの契約が終了する7月に、交渉に戻るだろう。

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ロナウドは、まだまだスポンサーにとっては価値があるとみているのか。

本人は、この頃浮いた話もなく、やや枯れてきた。

グラウンドの内外で、話題の中心になって欲しい。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その66 サントスが、ダニーロとファボンに関心。

サントスSantosの役員は、DFzagueiroと攻撃的MFmeia ofensivoのそれぞれ1人との契約に奔走している。

守りの部分では、ウクライナUcrâniaに戻るのでもう計画に入っていないレオナルドLeonardoの他に、アダイルトンAdailtonもまた日本に行くので契約を更新していない。
MFでも、ペチコヴィッチPetkovicとペドリーニョPedrinhoは出て行くことになる。

ブラジルのメルカードにはそれほどもうオプションがないので、サントスは日本Japãoの鹿島アントラーズKashima Antlersで活動しているファボンFabãoとダニーロDaniloでチームを強化するためにその可能性を検討している。
2人は、2005年と2006年のシーズンにサンパウロFCで、可能なタイトル全てをとっていた。

2005年のサンパウロ州選手権のタイトルを獲ったときにサンパウロFCで選手たちと働いたエーメルソン・レオンEmerson Leão監督は、2人との契約を示唆している。

彼らは、2008年のシーズンにサントスSantosの正選手の座を占めるためにやって来ることになる。

エーメルソン・レオン監督がサンパウロFCをさったあと、パウロ・アウツオーリPaulo Autuori監督の時にファボンFabãoとダニーロDaniloはリベルタドーレスLibertadores杯と世界クラブMundial de Clubes杯で優勝したときにいた。
2006年に、ムリシー・ラマーリョMuricy Ramalho監督の時に、彼らはブラジル選手権セリエAで優勝した。

サントスの役員は、2009年の終わりまで鹿島アントラーズKashima Antlersとの契約がある2人の元サンパウロFCの選手ファボンFabãoとダニーロDaniloを連れてくるのは簡単ではないことは分かっている。

しかし、選手たちは日本の習慣になれていない。
2007年に日本のタイトルを獲ったにもかかわらず、ブラジルのサッカーに戻りたがっている。

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サントスのエーメルソン・レオン監督と鹿島アントラーズのオズワルド・ヂ・オリヴェイラ監督は、かなりの友人であるということが、大きな意味を持っている気がする。

よく知らないが、鹿島アントラーズのファンにとっては、2人のうち1人は、願ったりかなったりという移籍話のはずだ。
「初夢」にピッタリか。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その65 アドリアーノが交通事故。

インテル・ミランInternazionale de Milãoからレンタルされて2008年はサンパウロFCで活動するFWアドリアーノAdrianoが、12月30日未明にリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiro西部Zona Oesteのレクレイオ・ドス・バンデイランテスRecreio dos Bandeirantesで交通事故を起こした。

警察によると、アドリアーノはセルナンベチーバ大通りAvenida Sernambetibaで彼の黒のAudi TTのコントロールを失い、中央分離帯にぶつかったあと、更に3台の車に接触した。
誰も怪我をしなかった。
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サンパウロFCにとって来期の最大の契約となったアドリアーノAdrianoはブラジルBrasilに戻ってから論議を生んでいる。
アドリアーノは、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroでのフェスタで手にビール缶を持っているところを、写真に撮られている。
休暇中ということで、サンパウロFCの役員はいかなる処分もしていない。
ただ、プレ・シーズンのために集合したあとは状況は変わるといった。

この何日かで、アドリアーノがよい時を過ごしたのは、12月27日(水)にマラカナ競技場で行われたジーコZicoの「スターのサッカー試合Jogo das Estrelas」で2ゴールを決めたときであった。

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おそらく酔っぱらい運転だったのだろう。

アドリアーノの精神的未熟さをまた見せることになったエピソードである。

サンパウロFCも、これには何らかの態度をとるかもしれない。
怪我がなかったから良かったということはない。

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ブラジル・サンパウロは「夏」2007-2008 その3 3番目に暑かった。

12月30日(日)は、サンパウロSão Pauloは、この一年で3番目に暑い日だった。

週末のサンパウロSão Paulo市は、サンパウロ市役所の緊急管理センターCGE (Centro de Gerenciamento de Emergências), da prefeituraの測定によると、この一年で3番目に暑い日を記録した。

15時20分に、サンパウロ市の北部ジャサナンJaçanã観測所で、温度計は35.6度にまで達した。
約24時間ほど前に、ここジャサナンJaçanãで、2007年で最も高い36.3度を記録していた。

市役所の緊急管理センターの測定によると、2番目に暑い日は、10月29日で、サンパウロSão Paulo市東部のサン・ミグェルSão Miguelで、温度計は36.1度を記録した。

朝まで、気温は高いままに違いない。
夕方か、新年Réveillonのフェスタが行われるパウリスタ大通りavenida Paulistaで新年を迎える、夜には雨になる。

2008年は、気温が下がって始まるに違いない。
それでもまだとても暑い。
1月1日には、温度計は31度に達するに違いない。

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記録の上からも暑かったのだ。

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ブラジル・サンパウロのコンサート2007 その6 ヤマンドゥ・コスタ 6。

12月3日20時30分から、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナのシモン・ボリヴァール公会堂で、
7弦ギターでの超絶技巧で知られるヤマンドゥ・コスタYamandu Costaとマンドリンbandolimのアミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holandaのコンサートがあった。

すっかり、2人の演奏に聴き入り、そして超絶技巧に魅入ってしまった。
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ただ、ブラジルの観衆の拍手のタイミングはちょっと早い。
演奏が終わるやいなやなので、
時には終わりきっていないのに、拍手になることもある。

一呼吸おいて欲しいと思いながら拍手をしていた。

このヤマンドゥ・コスタの超絶技巧を、是非とも知って欲しい。
※音質は悪いがご理解願いたい。
 ブラジルでは、この種のコンサートで、
 大体写真撮影や録音については文句を言われない。
 ストロボを使わないくらいの配慮は必要だが。
 ビデオは駄目な場合が多い。
 中には、携帯電話を使って動画撮影をずっとしている者がいた。
 そこまでやると音楽を聞きに来たとは思えない。
「spd20071203yamandu6.WAV」をダウンロード

「spd20071203yamandu7.WAV」をダウンロード

このメモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナは、コンサートに向かう20時頃であれば、拙宅から車で5-10分である。
とても便利がよいので、頻繁に利用させて貰っている。

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サッカー・ブラジル代表 2010年W杯南米予選 その29 対ウルグアイ戦 観戦1。 

11月21日(水)21時45分から、サンパウロのモルンビー競技場で行われた、
2010年ワールドカップの南米予選のブラジル代表対ウルグアイ代表戦を観戦に行った。

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試合開始の3時間以上も前に拙宅を出て、競技場付近からは裏道を駆使して、何とか試合開始1時間前に競技場に到着することが出来た。
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入り口には、当然列が出来ていた。
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観客が続々とやってくる。
黄色が目立つのは、ブラジル代表の試合だからだ。
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Globo局系のスポーツ専門局のsporTV局の放送ブースがあった。
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競技場に入った。
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電光掲示板。
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試合開始40分前に、ブラジル代表がウォーミングアップに現れた。
もちろん大盛り上がりである。
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左が、正GKのジュリオ・セーザル(インテル・ミラン所属)。
そして右が控えのドーニ(ローマ所属)。
米州杯では、ジュリオ・セーザルがケガだったこともあり、
ドーニが正GKであった。
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一番左はカカ、隣はロビーニョ。
一番右は、ロナウヂーニョである。
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最後にストレッチをやっていた。
この人たちの年収を考えるだけでも恐ろしい。
※クリックすると拡大する。
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※クリックすると拡大する。
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ウルグアイ代表もウォーミングアップに入ってきた。
ウルグアイの応援席に向かって挨拶をした。
もちろん競技場全体からはブーイングである。
でも、クラブの試合ではないので、殺気はない。
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ウルグアイ応援席。
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ウルグアイ代表。
※クリックすると拡大する。
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この日のモルンビ競技場。
観客席が楕円形をしているので、正面スタンドでも、グラウンドは近くない。
※クリックすると拡大する。
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ウォーミングを終えたブラジル代表。
一番右はボランチのミネイロ。
その隣はDFフアン。
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ブラジル代表が、正面スタンド側に近づいた。
そして、ロッカールームに戻った。
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試合開始前10分頃に、出場メンバーに入っていない選手や控えの選手が入ってきた。
一番右は、ジュリオ・バチスタ。
隣は、サントスのクレーベル。
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左は、この試合では出場停止中のDFルーシオ。
更に、ダニエル・アルヴェスに、ヂエゴ。
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FWヴァグネル・ロヴィ。
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左が代表チームの医師のルイス・ルンコ。
フラメンゴの医師である。
靱帯切断の復元手術は得意。
ニウマールの手術も行った。
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FIFAの旗を持ってきた子供たち。
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ブラジルの国旗を持ってきた子供たち。
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ウルグアイの旗を持ってきた子供たち。
何となくだらけている。
本当は、ブラジルの国旗を持っていたかったはずだ。
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ブラジル代表選手たちが入ってきた。
大歓声である。
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キャプテンのジウベルト・シウヴァ。
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GKジュリオ・セーザルと、MFカカ。
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左から、
GKジュリオ・セーザル、MFカカ、FWロビーニョ、MFロナウヂーニョ。
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左から
カカ、ロビーニョ、ロナウヂーニョ。
本物だ。
カカは、何故かずっとあのように遠くを見ていた。
将来は、貴乃花親方みたいにならないか心配だ。
※クリックすると拡大する。
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ウルグアイ代表。
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左から、
DFフアン、ジュリオ・セーザル、カカ、ロビーニョ、ロナウヂーニョ。
※クリックすると拡大する。
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左から、
DFアレックス、ジウベルト、FWルイス・ファビアーノ、ミネイロ、フアン、ジュリオ・セーザル、カカ。
この顔ぶれでも十分にすごい。
※クリックすると拡大する。
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左から、
ジウベルト・シウヴァ、マイコン、アレックス、ジウベルト、ルイス・ファビアーノ。
この顔ぶれでも、一流だ。
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ドゥンガ代表監督と、コーディネーターのアメリコ・ファリア。
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左から、
DFフアン、ジュリオ・セーザル、カカ、ロビーニョ、ロナウヂーニョ。
※クリックすると拡大する。
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左から、
DFアレックス、ジウベルト、FWルイス・ファビアーノ、ミネイロ、フアン。
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左から、ジウベルト・シウヴァ、マイコン。
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左から、ロビーニョ、ロナウヂーニョ。
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国歌演奏。
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演奏終了と共に、花火が鳴り響き、風船が舞った。
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ロナウヂーニョ。
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ブラジル代表の記念撮影。
122番のカメラマンが邪魔。
一人だけ高い脚立を持っていたのだ。
※クリックすると拡大する。
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両チームのキャプテンと審判の記念撮影。
ウルグアイ代表のルガーノは、元サンパウロFCで、
今はトルコのフェネルバシェに所属している。
言うまでもなく、ジーコ監督のチームだ。
※クリックすると拡大する。
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つづく。

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ブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー その5 メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナ 3。

12月15日に100歳を迎えたブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー

サンパウロにも、彼の作品が少なからずある。

サンパウロ市の西部バッハ・フンダ複合駅の横にあるのが、敷地面積約85千平米のメモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナMemorial da America Latinaである。
※※「地球の歩き方」には「ラテンアメリカ記念公園」として紹介されているが、公園ではない。
   
1989年に、オスカー・ニエマイヤーによる全体設計で建設された、複合文化施設である。
ラテンアメリカの文化芸術の発信センターという位置づけである。

建物は、オスカー・ニエマイヤーによる設計で、いかにも彼らしく曲線で形作られているが、どれもこれもいつも開館しているわけではなく、中に入りづらい。

ここにある施設は、次の通りである。

シモン・ボリヴァール公会堂
市民広場。
マルタ・ツゥラバ・ギャラリー。
ヴィクトール・シヴィッタ・ラテン・アメリカ図書館
ダルシー・リベイロ・クリアチヴィダーヂ・パビリオン。
チラデンテス行動サロン。

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北側の敷地にあるシモン・ボリヴァール公会堂は、諸施設の中では、図書館と並んで、一般に利用されている施設ではないだろうか。

週に3-4階はコンサートが開催されている。
週日には夜20時30分もしくは21時開演で、
週末には夜もしくは昼に開催されている。

面白い構造になっていて、ステージを挟んで、両側に観客席が広がっている。
ただ、まだその構造を生かした催し物をみたことはない。

普通は、片側を使ってのコンサートが行われている。

この建物は、オスカー・ニエマイヤーの作品らしさをいかにもといった感じで見せている。

外観もそうだ。
小さな入り口を覆う大きな庇。
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その入り口の右側に、入場券販売所がある。

入り口を入ると、広いロビーがある。
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開演前には、観衆でごった返すところである。
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バールがあるので、軽食をとることが出来る。
観客席には、その飲食物は持ち込めない。
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尚、このシモン・ボリヴァール公会堂の裏側には、
ブラジル外務省サンパウロ事務所がある。
一般の人には、あまり関係ないことである。
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ブラジル・サンパウロのマリア・アントニアの美術展。

ブラジル・サンパウロの歴史的中心部セントロの西側にヴィラ・ブアルキ地区がある。
そこに、マリア・アントニア通りが走っている。
コンソラソン通りから、最高級アパート街のイジエノポリス地区に繋がる一方通行の道である。

マッケンジー大学のレンガ塀が始まるあたり、道を隔てた反対側にマリア・アントニア大学センターがある。
古い建物で、長らく閉鎖されていたのだが、改修されて、今年になって開館した。
サンパウロ大学の施設である。
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そこで、今、美術展が開催されている。

5人の作家による絵画、写真、映像、デザインの作品が展示されている。
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無料である。

1月6日まで、12時から21時まで開催されている。

なかなか良い感じだった。

お勧めである。
都合の付く方は、のぞかれると良い。

駐車場はないが、マリア・アントニア通りにはある。
比較的安全な地区である。

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domingo, dezembro 30, 2007

ブラジル・サンパウロは「夏」2007-2008 その2 猛暑。

ブラジル・サンパウロは、猛暑。
12月28日(金)から、連日30度を軽く超えて34-35度までになっている。
夜になっても気温は下がらず、熱帯夜になっている。

標高約800メートルの高原都市サンパウロでは、考えられない暑さである。
大体いつもは夜になると急に気温が下がり、窓を閉めて、布団がけで寝ないと、絶対に風邪を引くようなところあるが、この3日間は違う。

とうとう30日(日)の朝には、寝汗いっぱいで、寝ていられなくて、睡眠時間3時間余で起きてしまった。

朝から、快晴のサンパウロ。
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日曜日ということもあるだろうが、もう市内を走る車はもう本当に少ない。
市内を走る車の約2割が、休暇や帰省でいなくなっていることもあるだろう。

パカエンブー大通りを北に向かっていたら、Globo局の車が走っていた。
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車は3台で、バイクが2台。
31日(月)の午後に行われる恒例のショートマラソン大会のサン・シルヴェストレの伴走実況車の予行練習をしていたのだ。
コースを実際に走っていたわけである。

さらに、クルゼイロ・ド・スル大通りを北に向かっていたら、
あまりに荷物を積み過ぎた「フスカ(=フォルクスワーゲンの通称カブトムシ)」を見つけた。
丸っこい屋根のはずなのだが、どうやって荷物を動かなくしているのか。
それもこれも、交通量が少ないから、出来ることである。
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どことなく年末のようでもあるサンパウロである。
ただ、「師走」といった気ぜわしさはない。
そういった狂騒状態はナタウ(=クリスマス)前までである。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その93 拙宅に来る鳥63。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ハチ鳥が、花の蜜を吸うところを、シルエットのように撮ることが出来た。
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ブラジル・サンパウロのナタウ2007 その12 1月6日まで。

ナタウ(=クリスマス)は12月25日だった。

日本の店舗であれば、25日の夜にはクリスマスの飾りは取り外され、翌日には年末そして正月の飾りに切り替わるのだろうが、ここではそうではない。

ナタウの飾りは、1月6日までは大方が残っている。
(一部は1月4日まで。)

だから、イビラプエラ公園の巨大ツリーもまだ煌々と輝いている。
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夜遅くまで、多くの人たちが訪れている。
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その近くにあるバンデイランチスの像にも、多くの人が流れて、それぞれ思い思いに過ごしている。
写真を撮る人たちが本当に増えた。
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パウリスタ大通りにある道路やそれぞれの建物を飾るイルミネーションも同様だ。
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サンパウロ州工業連盟FIESPも、その建物の形状をツリーに見立てているのだ。
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レアル銀行
※ここは1月4日まで。
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コンソラソン通りにあるロージャス・アメリカーナ。
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2007年のブラジル・サンパウロは景気が良かったこともあり、本当に明るい年末になった。

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ブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー その4 メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナ 2。

12月15日に100歳を迎えたブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー

サンパウロにも、彼の作品が少なからずある。

サンパウロ市の西部バッハ・フンダ複合駅の横にあるのが、敷地面積約85千平米のメモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナMemorial da America Latinaである。
※※「地球の歩き方」には「ラテンアメリカ記念公園」として紹介されているが、公園ではない。
   
1989年に、オスカー・ニエマイヤーによる全体設計で建設された、複合文化施設である。
ラテンアメリカの文化芸術の発信センターという位置づけである。

建物は、オスカー・ニエマイヤーによる設計で、いかにも彼らしく曲線で形作られているが、どれもこれもいつも開館しているわけではなく、中に入りづらい。

ここにある施設は、次の通りである。

シモン・ボリヴァール公会堂
市民広場。
マルタ・ツゥラバ・ギャラリー。
ヴィクトール・シヴィッタ・ラテン・アメリカ図書館
ダルシー・リベイロ・クリアチヴィダーヂ・パビリオン。
チラデンテス行動サロン。

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このメモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナの敷地は、南北に分かれているのだが、まず南側の敷地にある建物を紹介してゆく。

市民広場は、各建物の真ん中にあって、普通は通路のようなところである。
時たま、それも週末には、子供向けのイベントが行われていることがある。
立派な仮設のテントが張られて、若者向け音楽のイベントがあることもある。
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ヴィクトール・シヴィッタ・ラテン・アメリカ図書館には、開架図書館、インターネット・コーナー、多目的スペース、展示スペースなどがある。
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開架図書館では、ラテン・アメリカ各国からの書籍が多く約3万冊が集められている。
映像資料も約1700本がある。
面白い発見があるので、興味のある方は一度覗いてみると良い。
またここでは、雑誌や書籍の発行も行っているが、そういったものとともに、DVDやオリジナル・グッズの販売コーナーもある。
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インターネット・コーナーには、10数台のパソコンがあって、自宅での接続環境に恵まれない学生などで、大抵埋まっている。
多目的スペースでは、たとえば12月には、ウッディー・アレンの作品10数本を、一日2本づつ公開していた。
展示スペースでは、2007年4月には、この図書館棟の設計図面が展示されていた。
つまり、オスカー・ニエマーヤーの図面である。
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12月には、いまさらという感もあるが、エルネスト・チェ・ゲバラほか、各国の抵抗運動のポスター展示が行われていた。
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チラデンテス行動サロンは、入り口部分迄は一般の人でも立ち入れる。
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正面に、カンヂード・ポルチナリによる横18メートル、高さ3メートルのチラデンテスの絵が飾ってある。
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左右には、それぞれ高さ15メートルのカリベとポチーによるコンクリート製のパネル6枚が立っている。
ラテンアメリカに現れた色々な人たちがそこに刻まれている。
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マルタ・ツラーバ・ギャラリーは、企画展が開催されるスペースであるが、12月は、オスカー・ニエマイエルをほめたたえる美術作品展が開催されている。
10分もあれば、十分な内容だ。 無料である。
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つづく。

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ブラジル・サンパウロのコンサート2007 その5 ヤマンドゥ・コスタ 5。

12月3日20時30分から、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナのシモン・ボリヴァール公会堂で、
7弦ギターでの超絶技巧で知られるヤマンドゥ・コスタYamandu Costaとマンドリンbandolimのアミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holandaのコンサートがあった。

2人の話はあまり多くなく、
どんどんと演奏をしていったショーであった。
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このヤマンドゥ・コスタの超絶技巧を、是非とも知って欲しい。
※音質は悪いがご理解願いたい。
 ブラジルでは、この種のコンサートで、
 大体写真撮影や録音については文句を言われない。
 ストロボを使わないくらいの配慮は必要だが。
 ビデオは駄目な場合が多い。
 中には、携帯電話の動画撮影をずっとしている者がいた。
 そこまでやると音楽を聞きに来たとは思えない。
「spd20071203yamandu5.WAV」をダウンロード

つづく。

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(索引)ブラジル・サンパウロの公園。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介してしてきた。

対象とした公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。

ひとまず、この対象とした公園全ての紹介を終えたので、「索引」を用意してみた。

見落とした方や実際に行ってみようという方の便宜になればと思う。

実際に行くにあたっては、それぞれの記事における注意を必ず読んで、自己責任で行動していただきたい。
取材から、1年以上が経過している公園も多いので、当時と今では異なった部分も多いはずである。
公園によっては、そういった変化を把握しているところもあるが、周縁部の公園については、再訪する気になれないところもある。
毎週異なった公園に行って、修正をし続ける意欲も金力もない。

独力で行った、この一連の公園探訪を通じて、サンパウロ市の一般の人も行かないところまでもいけて、そこで見聞きしたことは、なによりも貴重で得がたいものである。
「公園」というキーワードで、サンパウロ市を更に知ることが出来たことは間違いない。

ブラジル・サンパウロの公園 その1 緑の地図        2006/7/30
ブラジル・サンパウロの公園 その2 総論。               2007/3/6
ブラジル・サンパウロの公園 その3 Parque Santa Amélia 2007/3/7
ブラジル・サンパウロの公園 その4 Parque Chácara das Flores 2007/3/8
ブラジル・サンパウロの公園 その5 Parque Chico Mendes。 2007/3/10
ブラジル・サンパウロの公園 その6 Parque Raul Seixas。 2007/3/11
ブラジル・サンパウロの公園 その7 最東部のおさらい。        2007/3/16
ブラジル・サンパウロの公園 その8 Parque do Carmo。        2007/3/17
ブラジル・サンパウロの公園 その10 Parque Piqueri。        2007/3/18
ブラジル・サンパウロの公園 その11 Parque Anhanguera。 2007/3/19
ブラジル・サンパウロの公園 その12 Parque Lions Club Tucuruvi。 2007/3/20
ブラジル・サンパウロの公園 その13 Parque Rodrigo de Gásperi。 2007/3/24
ブラジル・サンパウロの公園 その14 Parque Jardim Felicidade。 2007/3/25
ブラジル・サンパウロの公園 その15 Parque São Domingos。 2007/3/28
ブラジル・サンパウロの公園 その16 Parque Cidade de Toronto。 2007/3/31
ブラジル・サンパウロの公園 その17 Parque Vila Guilherme。 2007/4/1
ブラジル・サンパウロの公園 その18 Parque Vila dos Remédios。 2007/4/2
ブラジル・サンパウロの公園 その19 北西部の5つの公園。 2007/4/3
ブラジル・サンパウロの公園 その20 北部の公園。        2007/4/4
ブラジル・サンパウロの公園 その21 Parque Previdência 2007/4/5
ブラジル・サンパウロの公園 その22 Parque Luís Carlos Prestes 2007/4/6
ブラジル・サンパウロの公園 その23 Parque Raposo Tavares。 2007/4/7
ブラジル・サンパウロの公園 その24 Parque Alfredo Volpi。 2007/4/8
ブラジル・サンパウロの公園 その25 Parque Cemucam。 2007/4/9
ブラジル・サンパウロの公園 その26 西部の公園。        2007/4/10
ブラジル・サンパウロの公園 その27 Parque da Luz。        2007/4/11
ブラジル・サンパウロの公園 その28 Parque Buenos Aires 2007/4/12
ブラジル・サンパウロの公園 その29 Parque Tenente Siqueira Campos (Trianon) 2007/4/13
ブラジル・サンパウロの公園 その29 Parque da Aclimação 2007/4/15
ブラジル・サンパウロの公園 その30 中心部の公園。        2007/4/16
ブラジル・サンパウロの公園 その31 Parque Independência。 2007/4/18
ブラジル・サンパウロの公園 その32 Parque Ibirapuera。        2007/4/19
ブラジル・サンパウロの公園 その33 Parque dos Eucaliptos 2007/4/20
ブラジル・サンパウロの公園 その34 Parque Lina e Paulo Raia。 2007/4/21
ブラジル・サンパウロの公園 その35 Parque Severo Gomes。 2007/4/23
ブラジル・サンパウロの公園 その36 Parque Burle Marx。 2007/4/24
ブラジル・サンパウロの公園 その37 Parque Santo Dias。 2007/4/25
ブラジル・サンパウロの公園 その38 Parque Nabuco。        2007/4/26
ブラジル・サンパウロの公園 その39 Parque Guarapiranga。 2007/4/28
ブラジル・サンパウロの公園 その40 南部の公園。        2007/5/4
ブラジル・サンパウロの公園 その41 州立公園。        2007/5/29
ブラジル・サンパウロの公園 その42 Horto Florestal 1。 2007/6/18
ブラジル・サンパウロの公園 その43 Horto Florestal 2。 2007/6/19
ブラジル・サンパウロの公園 その44 Horto Florestal 3。 2007/6/21
ブラジル・サンパウロの公園 その45 Horto Florestal 4。 2007/6/22
ブラジル・サンパウロの公園 その46 Parque da Luzの女性たち。 2007/6/25
ブラジル・サンパウロの公園 その47 Horto Florestal 5。 2007/6/26
ブラジル・サンパウロの公園 その48 Parques Estaduais Cantareira。 2007/6/28
ブラジル・サンパウロの公園 その49 Parques Estaduais Cantareira 2。 2007/7/3
ブラジル・サンパウロの公園 その50 Parques Estaduais Cantareira 3。 2007/7/7
ブラジル・サンパウロの公園 その51 Parques Estaduais Cantareira 4。 2007/7/11
ブラジル・サンパウロの公園 その52 Parques Estaduais Cantareira 5。 2007/7/13
ブラジル・サンパウロの公園 その53 市営公園ガイド1。        2007/7/19
ブラジル・サンパウロの公園 その54 市営公園ガイド2。        2007/7/20
ブラジル・サンパウロの公園 その55 Parques Estaduais Cantareira 6 Linha Verde。 2007/7/23
ブラジル・サンパウロの公園 その56 Parque Estadual Jaraguá 1。 2007/7/28
ブラジル・サンパウロの公園 その57 Parque Estadual Jaraguá 2。 2007/7/29
ブラジル・サンパウロの公園 その58 Parque Estadual Jaraguá 3。 2007/8/1
ブラジル・サンパウロの公園 その59 Parque Estadual Jaraguá 4。 2007/8/2
ブラジル・サンパウロの公園 その60 Parque Estadual da Serra do Mar 1。   2007/8/4
ブラジル・サンパウロの公園 その61 Parque Estadual da Serra do Mar 2。   2007/8/18
ブラジル・サンパウロの公園 その62 Parque Estadual da Serra do Mar 3。   2007/8/19
ブラジル・サンパウロの公園 その63 Parque Estadual da Serra do Mar 4。   2007/8/22
ブラジル・サンパウロの公園 その64 Parque Estadual da Serra do Mar 5。   2007/8/24
ブラジル・サンパウロの公園 その65 Parque Estadual da Serra do Mar 6。   2007/8/25
ブラジル・サンパウロの公園 その66 Parque Estadual da Serra do Mar 7。   2007/8/28
ブラジル・サンパウロの公園 その67 Área de Proteção Ambiental Municipal do Capivari-Monos 1 概要。   2007/8/29
ブラジル・サンパウロの公園 その68 Área de Proteção Ambiental Municipal do Capivari-Monos 2 コロニア隕石口 1。 2007/8/30
ブラジル・サンパウロの公園 その69 Área de Proteção Ambiental Municipal do Capivari-Monos 3 コロニア隕石口 2。 2007/8/31
ブラジル・サンパウロの公園 その70 Área de Proteção Ambiental Municipal do Capivari-Monos 4 サンパウロ市最南端の駅Estação de Evangelista de Souza。 2007/9/1
ブラジル・サンパウロの公園 その71 Área de Proteção Ambiental Municipal do Capivari-Monos 5 インヂオ保護区。 2007/9/20
ブラジル・サンパウロの公園 その72 Área de Proteção Ambiental Municipal do Capivari-Monos 6 カピヴァリ街道。 2007/9/23
ブラジル・サンパウロの公園 その73 Área de Proteção Ambiental Municipal do Bororé-Colônia 1 概略。 2007/9/24
ブラジル・サンパウロの公園 その74 Área de Proteção Ambiental Municipal do Bororé-Colônia 2 ボロレへの道。 2007/9/25
ブラジル・サンパウロの公園 その75 Área de Proteção Ambiental Municipal do Bororé-Colônia 3 ボロレ島。 2007/9/26
ブラジル・サンパウロの公園 その76 Área de Proteção Ambiental Municipal do Bororé-Colônia 4 ボロレ島からリアッショ・グランヂ。 2007/9/27
ブラジル・サンパウロの公園 その77 Área de Proteção Ambiental Municipal do Bororé-Colônia 5 ボロレ島からコロニア市街地。 2007/9/28
ブラジル・サンパウロの公園 その78 Parque Estadual das Fontes do Ipiranga 1 概説。 2007/9/30
ブラジル・サンパウロの公園 その79 Parque Estadual das Fontes do Ipiranga 2 植物園。 2007/10/1
ブラジル・サンパウロの公園 その80 Parque Estadual das Fontes do Ipiranga 3 植物園の動物。 2007/10/2
ブラジル・サンパウロの公園 その81 Parque Estadual das Fontes do Ipiranga 4 植物園諸々。 2007/10/3
ブラジル・サンパウロの公園 その82 Parque Ecológico do Guarapiranga 1 概説。 2007/10/5
ブラジル・サンパウロの公園 その83 Parque Ecológico do Guarapiranga 2。 2007/10/6
ブラジル・サンパウロの公園 その84 Parque Ecologico do Tiete 1 概要。 2007/11/4
ブラジル・サンパウロの公園 その85 Parque Ecologico do Tiete 2。 2007/11/5
ブラジル・サンパウロの公園 その86 Parque Villa-Lobos  1 概要。 2007/11/9
ブラジル・サンパウロの公園 その87 Parque Villa-Lobos 2。 2007/11/10
ブラジル・サンパウロの公園 その88 Parque Água Branca 1。 2007/12/8
ブラジル・サンパウロの公園 その89 Parque Água Branca 2。 2007/12/24
ブラジル・サンパウロの公園 その90 Parque Água Branca 3。 2007/12/25

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「緑の地図」に掲載されなかった、これ以外の公園についても、
近々(2008年からになるが)また紹介をしていくつもりである。

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sábado, dezembro 29, 2007

サッカー:ロマリオの日々 その73 スポーツ最高裁判所の処罰を不当だと思っている。

ロマリオRomárioは、フィナステリーダfinasteridaの使用によってドーピングで処罰するスポーツ最高裁判所Superior Tribunal de Justiça Deportiva (STJD)の決定は不当だと思っている。

この物質は、脱毛の手当ての薬から検出された。
ロマリオBaixinhoは第1審で120日間の出場停止という処罰を受け、この水曜日に処分停止を否定された

ロマリオは、10月28日に行われたパルメイラスPalmeiras戦のあとにドーピング検査を受けた。
ロマリオRomárioは裁判所に情緒が無く、過去の経歴に対する尊敬が少し足りないと思っている。

「みんなは長い間脱毛防止のその薬を使っていることを知っているし、また何度も採尿してきた。 
検査では何も問題がなかった。 それで、処罰は不当だ。 考えるべきである。 しかしこれはブラジルだ。 みんな自分の側にいて、誰も幸せではない。

それでも、ロマリオはユーモアを失わなかった。

「長いこと使っている。 それでまだ髪がある」

12月28日(金)にロマリオRomárioは自身で企画している独身と既婚者の友人との草試合を行った。

招待選手の中には、フラメンゴFlamengoのレオ・モウラLéo Moura、フルミネンセFluminenseのアレックス・ヂアスAlex Diasがいた。

「冷静である。 これが起きなかったらと思う。 自分には新奇なことである。 しかし裁く人がいる。 彼らが切って胃することに従わなくてはならない。 人生は続く」

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第2審では、出場停止は60日間に軽減されるはずだろうが。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その64 フルミネンセがグスタヴォ・ネリーと契約。

フルミネンセFluminenseの社長は、12月29日(土)に、コリンチャンスCorinthiansにいた左SBのグスタヴォ・ネリーGustavo Nery,との契約に合意した。

社長のロベルト・オルカーデスRoberto Horcadesの昔からの夢であるグスタヴォ・ネリーは、リオ・デ・ジャネイロ州の山脈地方Região Serranaのノヴァ・フリブルゴNova Friburgoの生まれで30歳、身体検査を受けて、そのあとで2年間の契約に署名する。

グスタヴォ・ネリーGustavo Neryは公式には他の選手たちはラランジェイラスLaranjeirasに集合する日である1月3日に正式に紹介されるに違いない。
※※ラランジェイラスはフルミネンセの本拠地。

しかし、グスタヴォ・ネリーGustavo Neryとの契約はほとんど緊急処置である。
フルミネンセの社長は約2ヵ月前からベンフィカBenficaのレオLéoとの契約交渉をしてきたが、成功には至らなかった。
この間、10月にグスタヴォ・ネリーへの関心を否定していたフルミネンセは、このポジションには国際試合の経験がなく、身長が低く、技術委員会を心配させるような問題があるジュニオール・セーザルJunior Cesarしかいないので、また獲得に動いた。

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2006年初めまではブラジル代表だったグスタヴォ・ネリー。
でも、その後全く精彩がない。

特に、2007年は前半はスペインに行ったが出番なく、コリンチャンスに戻ってからもケガだかなんだかで全く良いところがなかった。
(参考画像)
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ブラジル・サンパウロの「弟と妹」。

今から、3年ほど前のサンパウロでは、車に漢字のステッカーを貼るのがとても流行っていた。

「幸福」、「繁栄」、「愛」、「平」(=平和のつもり)などのステッカーをよく見かけた。
そういったステッカーも、いつの間にか剥がれ落ちてしまったようで、かつてのように見かけることはなくなった。

だが、日系人も沢山住んでいるこのサンパウロで、漢字を見ることは少なくない。

また、見つけてしまった。
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東洋人街のあるリベルダーヂの隣のベラ・ヴィスタ地区であった。
ここも日系人が昔から多く住んでいた地区である。

「弟」と「妹」。
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さて、持ち主は「兄」もしくは「姉」なのか。
そういったことが気になった。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その63 ロナウドの件は秘密扱いになった。

ロナウドRonaldoの件は、ガーヴェアGáveaでは秘密になった。
※※ガーヴェアはフラメンゴの本部の所在地。

12月26日(水)に、ロナウドFenômenoが2008年にガーヴェアGáveaにいる可能性があることを誇示したあとに、フラメンゴFlamengoのサッカー担当副社長のクレーベル・レイチKléber Leiteは秘密扱いにして、ロナウドの件は交渉が実際に固まってミランMilanが放出を決めたときに新たに話したいという。
実現しないときは、話をしない。

クレーベル・レイチによると、フラメンゴFlamengoは、ミランでよい時を過ごしていなくて、カルロ・アンチェロッチCarlo Ancelotti監督によって軽く扱われていると感じているロナウドを揺さぶる戦略を立てた。
ロナウドRonaldoはミランにいたくないと友人に言っている。
ミランMilanがロナウドの放出を考えている徴候は、英国InglaterraのチェルシーChelsea,のドログバDrogbaとの契約に関心を持っていることに表れている。

「ロナウドRonaldoについての新たなことは、彼が紹介されるその日になる。 今はロナウドに思いを感じて貰い、フラメンゴFlamengoで.プレイしたいと思わせることである」とクレーベル・レイチKléber Leiteは、12月27日(木)の記者会見で、ロナウドと契約する戦略を立てていることを確認した。

クレーベル・レイチはリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroの南フルミネンセ地方のアングラ・ドス・レイスAngra dos Reisに向かった。
そこで、年末のフェスタを過ごす。
ロナウドRonaldoはすでに代理人のファビアーノ・ファラーFabiano Farahとそこにいる。
あるミランの役員が同じ場所で新年を過ごす可能性がある。
ロナウドが2008年にフラメンゴのユニフォームを着る可能性について話し合うための出会いがあるだろう。

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ミランは、まだ完全に否定している

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その92 拙宅に来る鳥62。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ハチ鳥が、花の蜜を吸うところを、シルエットのように撮ることが出来た。
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サッカー:ロマリオの日々 その72 エヂムンドに入り口は開くと言った。

ロマリオRomárioはエヂムンドEdmundoのためにヴァスコ・ダ・ガマの入り口を開いた。

ロマリオBaixinhoは、2008年にはリオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Cariocaでプレイする以外にヴァスコ・ダ・ガマの監督になる。
古いライバルのエヂムンドとの契約に反対は全くしない。

2人は愛と憎悪の関係である。

12月28日(金)に、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroのヴァスコ・バッハVasco-Barraで行われたロマリオがいつも企画している独身者対既婚者の草試合の前に、ロマリオBaixinhoはエヂムンドAnimalの契約の可能性についてコメントした。

「みんな合意は近いと知っている。 エヂムンドEdmundoはヴァスコ・ダ・ガマのアイドルである。 クラブにとっても、ファンにとってとても良いことになる」

ヴァスコの社長は2008年にFWエヂムンドEdmundoと契約するための交渉に熱心である。

エウリコ・ミランダEurico Miranda社長は、ヴァスコ・ダ・ガマがエヂムンドAnimalの弁護士のルイス・ロベルト・レヴェン・シアーノLuiz Roberto Leven Sianoと、ヴァスコ・ダ・ガマがエヂムンドに負っている1400万レアルの負債の支払い方の交渉をしていることを認めた。

このシーズンの終わりにこの水曜日の夜に行われたソーシャルサッカーの決勝戦で、エヂムンドEdmundoと会ったにもかかわらず、ロマリオRomárioはエヂムンドAnimalと接触しなかった。

「まだ話はしていない」と、ロマリオBaixinhoは言った。
監督としての生活に慣れようとして、ヴァスコ・ダ・ガマは次シーズンに向けて良いチームを作ろう考えている。

「まだ良く考えてはいない。 自然に心配している。 ヴァスコ・ダ・ガマは強化しようとしている。現在の財政状況の中で出来ることをする リオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Cariocaではタイトルを目指して戦う。
「20071228sporTVnews-Romario.wmv」をダウンロード

ロマリオRomário とエヂムンドEdmundoは、フラメンゴFlamengoで、ヴァスコ・ダ・ガマでそしてフルミネンセFluminenseで一緒だった。

毎回、関係は友好的な形ではなく終わる。 いつもロマリオBaixinhoがエヂムンドAnimalに勝っている。

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ロマリオとエヂムンド。

強烈な個性の2人だが、ロマリオのほうが上か。

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ブラジル・サンパウロのコンサート2007 その4 ヤマンドゥ・コスタ 4。

12月3日20時30分から、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナのシモン・ボリヴァール公会堂で、
7弦ギターでの超絶技巧で知られるヤマンドゥ・コスタYamandu Costaとマンドリンbandolimのアミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holandaのコンサートがあった。

約1時間半のショーであった。
Spd20071203ce

このヤマンドゥ・コスタの超絶技巧を、是非とも知って欲しい。
※音質は悪いがご理解願いたい。
 ブラジルでは、この種のコンサートで、
 大体写真撮影や録音については文句を言われない。
 ストロボを使わないくらいの配慮は必要だが。
 ビデオは駄目な場合が多い。
 中には、携帯電話の動画撮影をずっとしている者がいた。
 そこまでやると音楽を聞きに来たとは思えない。
「spd20071203yamandu4.WAV」をダウンロード

つづく。

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サッカー:ニウマールの行方 その39 2008年はインテルナシオナウでプレイすると言った。

育ててくれたインテルナシオナルに戻ってから、ニウマールNilmarは期待を浪費した。

ニウマールは2008年は彼のキャリアで特別な年と思っている。
欧州のサッカーからのオファーがあっても、来年末まではインテルナシオナルから出て行く可能性を捨てる。

「自分の望みは残留である。 まだ全くプレイしなかった。 人が自分はただ一年だけいて出て行くと言っている。 来年はプレイを続けて、可能な選手権全てでプレイしたい」と宣言した。

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ニウマールは、結局インテルナシオナウではまだ3試合しか出場しなかった。

また、ケガをしていたのだ。

今のニウマールには、欧州からまともなオファーは来ないだろう。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その62 アルシの行き先は韓国。

韓国Coréia do Sul サッカーが、ブラジル選手権セリエBに向かうことになったコリンチャンスCorinthiansの破滅的な戦いに参加していたFWアルシArceの行き先になるだろう。

アルシの代理人のウーゴ・ガルシアHugo Garciaによると、アルシはサンパウロ州のチームからオファーを受け取っていたが、全てがアジアとルーマニアのサッカーからのオファーよりもとても低かった。

まだあと2年間オリエンチ・ペトロレオOriente Petrolero (BOL)との契約があるアルシArceは、売却オプション付きで1年間の契約でレンタルされるだろう。

しかし、代理人によってまだクラブは発表されていない。

「自分はチームの名前を言うことは出来ない。 監督で2晩に大きなクラブである」と言った。

今のところ、ウーゴ・ガルシアは契約の詳細部分で移籍を遅らしていると明言した。
数日中に固まるに違いないという。

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アルシは、ボリビア代表選手である。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その61 中田はフラメンゴのファンに印象づけられる。

日本の歴史でもっとも偉大な選手の1人である日本人中田Nakataは、12月27日(木)に、元日本代表監督のジーコZicoによって企画されて行われた「スターのサッカー」"Jogo das Estrelas"に威信を与えた。

ジーコの友達Amigos do Zicoチームでプレイした中田はこれだけの大選手たちと一緒に、マラカナMaracanã競技場でプレイして感動したと言った。

「これら全て名選手と一緒に今日ここにいることは、自分にとってとても特別なことである。 アイドルであるジーコZicoの反対チームでプレイすることは興味深い感動である」と明言した。

中田Nakataは、フラメンゴのファンはマラカナMaracanã競技場の観客席で行ったショーについても強調した。

「ファンが好きになった。 フラメンゴFlamengoのファンとジーコZicoとの関係をみてとても良かった」と言った。

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中田と言えば、「旅人」のことである。

中田は、前半フル出場して、後半にはヴァグネル・ロヴィーと交替した。

前半開始2-3分に独走して、シュートを打ったが、バーにあたって跳ね返ったくらいのプレイしか報じられていない。

スポーツ専門局で実況放送されたのだが、
後半しかみなかった。

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ニュース映像には、それと分かる形では全く登場しない。
「20071228GloboEsporte-Zico.wmv」をダウンロード

ニュース映像には、
元ブラジル代表で、ミランの役員のレアンドロが登場している。
息子がそっくりである。

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sexta-feira, dezembro 28, 2007

ブラジル・サンパウロの小鳥 その91 拙宅に来る鳥61。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

蜜を吸いに、花に近づいたところである。
光が十分にあると、羽を止めることができる。
Spd20071016zzi

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ブラジル・サンパウロのコンサート2007 その3 ヤマンドゥ・コスタ 3。

12月3日20時30分から、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナのシモン・ボリヴァール公会堂で、
7弦ギターでの超絶技巧で知られるヤマンドゥ・コスタYamandu Costaとマンドリンbandolimのアミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holandaのコンサートがあった。

2人は、ステージに登場すると、いきなり演奏を始めた。
Spd20071203cd

このヤマンドゥ・コスタの超絶技巧を、是非とも知って欲しい。
※音質は悪いがご理解願いたい。
 ブラジルでは、この種のコンサートで、
 大体写真撮影や録音については文句を言われない。
 ストロボを使わないくらいの配慮は必要だが。
 ビデオは駄目な場合が多い。
 中には、携帯電話の動画撮影をずっとしている者がいた。
 そこまでやると音楽を聞きに来たとは思えない。
「spd20071203yamandu3.WAV」をダウンロード

つづく。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その60 コリンチャンスは、SBコエーリョをセルチックに売却。

右SBコエーリョCoelhoはもうコリンチャンスCorinthiansの選手ではない。

この12月27日(木)に、アンドレス・サンシェスAndrés Sanches社長がコエーリョをスコットランドEscóciaのセルチックCelticに売ったことを認めた。

コエーリョは近々欧州Europaに行き、契約に署名し、公式に発表される。

コエーリョCoelhoの権利を売ったことで、コリンチャンスTimãoは2百万ユーロを得ることになる。
この価格は社長にとってはとても良いと考えられている。

コエーリョはコリンチャンスAlvinegroにいてポジションをとることは出来なかった。
今シーズンはアツレチコ・ミネイロAtlético-MGにレンタルされて、そこでチームの中で傑出した選手の1人となった。

コエーリョを売ったことで、マノ・メネゼスMano Menezes監督はこのポジションの2人の若者を持つことになる。
ロシアRússiaのCSKAへのレンタルから戻ってくるエドゥアルド・ラチーニョEduardo Ratinhoと2008年末までパルメイラスからレンタルされているアマラルAmaralである。

今期に幾つかの試合で正選手となったエヂソンEdsonは契約を更新されない。
ポルトガルに移籍することになるだろう。
コリンチャンスTimãoの権利は13月31日に終了する。

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コエーリョは、2005年のシーズンは、それなりに先発していた。
プレイにムラがあった。

エヂソンも同様だ。

エドゥアルド・ラチーニョとアマラルは、2006年には共にブラジル代表U-20だった。

エドゥアルド・ラチーニョは、守りが出来ないという問題がある。
それにシュートも下手。

アマラルが、2008年に大活躍することを期待している。
顔はちょっと不細工だが、
好青年である。

コエーリョ、エヂソン、エドゥアルド・ラチーニョは、コリンチャンスの生え抜きである。

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ブラジル・サンパウロの美人のサッカーの線審 その17 7ヵ月ぶりにマラカナに復帰。

7ヵ月経って、アナ・パウラ・ヂ・オリヴェイラAna Paula OliveiraはマラカナMaracanã競技場に戻った。

ブラジル杯Copa do Brasilのベスト8戦のボタフォゴBotafogo対フィグェイレンセFigueirense戦の試合で、ボタフォゴのゴールを2つも取り消すという論議を呼んだ行為について、アナ・パウラ・ヂ・オリヴェイラは冷静さを見せた。

「マラカナMaracanã競技場に戻ってくるのはいつも良い。 あれは大試合だった。 ここにボタフォゴBotafogoのファンもいるに違いないことは知っている。 それはジーコZicoがみんなに賞賛されているからだ。 でも、あの喧嘩はもう済んだことだ」

グラウンドの中では悪いことばかりで、外ではよいことばかりで過ごした1年で、アナ・パウラ・ヂ・オリヴェイラはこのジーコZicoのお祭り試合が再出発の意味になると信じている。

「今年を良いことで終えようとしている。 2008年はより良く始められるに違いない。 体力検査に向けて準備をしている。 より良くなって復帰するだろう

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相変わらずこういうときには人気のある女性線審のアナ・パウラ・ヂ・オリヴェイラである。

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quinta-feira, dezembro 27, 2007

サッカー:ロマリオの日々 その71 120日間の出場停止は変わらず。

スポーツ最高裁判所Superior Tribunal de Justiça Desportivaのルーベンス・アプロバットRubens Approbato所長は、ロマリオを120日間外すという処罰についてヴァスコの停止要求に合意しなかった。

これによって、1月24日か31日に行われるであろう次の審判まで、ロマリオBaixinhoはリオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Cariocaのヴァスコ・ダ・ガマの最初の試合ではグラウンドからも控席からも園にいなくてはならない。

この件は、スポーツ最高裁判所のサイトで発表された。

ロマリオRomárioは、12月18日にスポーツ最高裁判所STJDで出場停止になった。

10月28日に行われたブラジル選手権Campeonato BrasileiroセリエAのヴァスコ・ダ・ガマ対パルメイラスPalmeirasの試合でドーピング検査によって、頭髪の脱落防止に使っていたトニックの中にフィナステリーダfinasteridaが検出されたことでロマリオBaixinhoは罰せられた。

停止要求で、ヴァスコ・ダ・ガマは1月21日に終了するスポーツ最高裁判所STJDの休みを理由にするようにしていた。
しかし、所長のルーベンス・アプロバットRubens Approbatoは、出場停止がロマリオRomárioの経歴を傷つけると思うというのを尊重しなかった。

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ヴァスコ・ダ・ガマが色々な理屈を考え出しても駄目なものは駄目ということである。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その59 ジーコのDVD発売計画。

収集家は注目!
フラメンゴFlamengoの歴史で最大のアイドルでブラジルサッカーの大選手の1人であるジーコの素晴らしいゴールが、DVDになる。

12月27日(木)に、ジーコZicoは2008年に古い夢を実現することを発表した。

「来年、自分の素晴らしいゴールを集めたDVDを発売する。 3月に発売したいが、自分がブラジルにいなくても7月にはでるに違いない」と言った。

トルコTurquiaのフェネルバシェFenerbahçeの監督によるともっと特別の計画がある。

「4月に産まれる孫のお祝いをする」と言った。

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DVDと孫。

監督としての夢はないのかな。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その58 ロビーニョはサントスに戻りたいと言った。

サントスの本拠地のヴィラ・ベルミロVila BelmiroはロビーニョRobinhoのホームである。
レアル・マドリReal Madrid (ESP), の選手とはいうものの、ロビーニョはヴィラ・ベルミロではサントスの選手としての扱いをいつも受けている。
12月26日(水)に、ロビーニョは慈善試合に参加した。

ファンとの交流の後、ロビーニョはいつかサントスのユニフォームを着るように戻りたいと言った。

「自分はいつか戻りたい。 ファンに懐かしさがいっぱいである。 彼らが自分のことを好きなことは知っている。 すごい力を与えてくれることで、そんなことを考える」と、ロビーニョRobinhoは告白した。

2002年と2004年にブラジル選手権のタイトルを獲って、ロビーニョはリベルタドーレス杯Copa Libertadores da Américaに優勝するためにサントスに戻りたがっている。
2003年には、ロビーニョRobinhoもいたが、サントスSantosは決勝戦でボカ・ジュニオールスBoca Juniors (ARG).に敗れた。

「またサントスのユニフォームを着ることは大きな誇りになるだろう。 しかし、まだレアル・マドリとの契約が2010年まである」

2008年にむけて、ロビーニョは沢山優勝する年だと認めた。

「来年は、今年かそれ以上の年になる。 だいすきなサッカーをやって、スペイン選手権とチャンピオンリーグに優勝したい」

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ロビーニョは、サントスではペレ以来のスターである。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その57 レアンドロ・アマラルがフルミネンセで紹介。

レアンドロ・アマラルLeandro Amaralは1時間以上遅れてフルミネンセLaranjeirasの貴賓室に入ってきた。

しかし、12月27日(木)にレアンドロ・アマラルは初めてフルミネンセFluminenseのユニフォームを着たときには幸福感を浸ることを我慢できなかった。

やりとりの中で、レアンドロ・アマラルは、まだ法廷での戦いに持っていこうというヴァスコ・ダ・ガマへの悪口を隠さなかった。

レアンドロ・アマラルLeandro Amaralは、フルミネンセに移籍して7番を選んだ理由について問われたときに、ヴァスコ・ダ・ガマの名前を全く出さなかった。

「ポルトゲーザPortuguesaで14年間7番を使った。 フィオレンチーナFiorentinaではすでに持ち主がいたので使わなかった。 他のクラブでは他の理由があった。 しかしどのユニフォームでも重みは同じである。 フルミネンセの関心に答えたいと思う」と言った。

ともかくも、関心はレンアドロ・アマラルLeandro AmaralがフルミネンセFluminenseとの契約を決めた大きな要素である。 それはあけすけには語られなかったが、レアンドロ・アマラルはエウリコ・ミランダEurico Mirandaに指揮されているヴァスコ・ダ・ガマにおける状況に不満だったことは明らかにした。

「リベルタドーレスLibertadores杯は合意した理由の一つである。 しかしフルミネンセFluminenseのやり方は自分が選ぶ中で重みがあった。 正しい選択をしたことは間違いない」と、明言した。

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とりあえず、レアンドロ・アマラルはフルミネンセと契約をした。

しかし、ヴァスコ・ダ・ガマは法廷に持ち込むことを決定した。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その90 拙宅に来る鳥60。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

休息をしに戻ってきたところを下から撮影してみた。
この鳥は、意外に大胆である。
Spd20071016zzh

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ブラジル・サンパウロのコンサート2007 その2 ヤマンドゥ・コスタ 2。

12月3日20時30分から、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナのシモン・ボリヴァール公会堂で、
7弦ギターでの超絶技巧で知られるヤマンドゥ・コスタYamandu Costaとマンドリンbandolimのアミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holandaのコンサートがあった。
Spd20071029cg

この会場は、満員になった。
無料だったからではないはずだ。
Spd20071203g

このヤマンドゥ・コスタの超絶技巧を、是非とも知って欲しい。
※音質は悪いがご理解願いたい。
 ブラジルでは、この種のコンサートで、
 大体写真撮影や録音については文句を言われない。
 ストロボを使わないくらいの配慮は必要だが。
 ビデオは駄目な場合が多い。
 中には、携帯電話の動画撮影をずっとしている者がいた。
 そこまでやると音楽を聞きに来たとは思えない。
「spd20071203yamandu2.WAV」をダウンロード

つづく。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その56 レアンドロ・アマラルは交渉可能だが、フルミネンセとはしない。

ベガルタ仙台から移籍のボランチのジョニルソンJonílsonの新加入の発表の席で、ヴァスコ・ダ・ガマの社長のエウリコ・ミランダEurico Mirandaはレアンドロ・アマラルLeandro Amaralの件についてまた話をした。

この木曜日にもレアンドロ・アマラルはフルミネンセFluminenseで紹介される可能性について、エウリコ・ミランダははっきりとレアンドロ・アマラルと契約をする場合にそのクラブは補償金を支払わなければならないと言った。

「レアンドロ・アマラルがどこでプレイするかもしくは誰と契約するかは知らない。 知っているのはレンアドロ・アマラルと契約するクラブは我々に補償をしなくてはならないことだ。 支払いが今は先かは知らない。 しかしヴァスコ・ダ・ガマは補償して貰うことは知っている。 フルミネンセFluminenseとの関係では、補償金は904万レアル(=約5.8億円)である。 全額支払われたら、フルミネンセFluminenseに放出する」と、エウリコ・ミランダは言った。

「他のクラブとの関係では、レアンドロ・アマラルLeandro Amaralを持っていくための違約金は交渉可能である。 フルミネンセFluminenseは、全額である」と言った。

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裁判で自由になったレアンドロ・アマラルLeandro Amaralの移籍に合意するには904万レアルというヴァスコ・ダ・ガマの要求は、フルミネンセFluminenseに無視されている。

フルミネンセは、12月26日(水)に、レアンドロ・アマラルを2年間使うための交渉の残りの詳細に合意した。

「この水曜日に、残りの詳細について合意した。 ついにレアンドロ・アマラルと契約することができた」と、フルミネンセのスポンサーのUnimedの社長のセルソ・バッホスCelso Barrosは確認した。

レアンドロ・アマラルは、12月27日(木)11時30分に、フルミネンセ本部での身体検査を通過した後に、貴賓室で正式に紹介される。

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たぶん違約金は、全くとれないはずである。

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サッカー:ロマリオの日々 その70 金曜日にスポーツ最高裁判所の新たな決定が下される。

先週金曜日に、ヴァスコ・ダ・ガマは選手兼監督のロマリオRomárioがリオ・デ・ジャネイロ州選手権Campeonato Cariocaの初めにも使えるようという仮処分申請を出していた。

スポーツ最高裁判所Superior Tribunal de Justiça Desportiva,の所長のルーベンス・アプロバット・マシャードRubens Approbato Machadoは今週末までに決定をすることを約束した。

ロマリオBaixinhoは、ドーピング検査で検出されて明らかになったように、頭髪の脱落を避けるために禁止されている薬物のフィンサテリーダの使用により、最初の審判で120日の出場停止となった。

処分がそのままであると、ロマリオは監督エリアにも入ることはできない。

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どんな決定がでるのか。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その55 ロナウドの交渉を公認していないミラン。

ミランMilanは、12月26日(水)の午後に、公式文書でロナウドRonaldoをフラメンゴFlamengoに移籍させるための交渉を否定した。

4行の公式文書で、ミランはロナウドがフラメンゴと交渉するのを公認していないと言っている。

この情報は、フラメンゴのサッカー担当副社長のクレーベル・レイチKléber Leiteが12月25日(火)に発表した内容と反対である。

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情報が錯綜する時点で、もう何か動きがあることは間違いない。

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quarta-feira, dezembro 26, 2007

ブラジル・サンパウロの小鳥 その89 拙宅に来る鳥59。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

蜜を吸いに来るところを捉えることも、それほど難しくなくなってきた。
Spd20071016zzg

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ブラジル・サンパウロのコンサート2007 その1 ヤマンドゥ・コスタ 1。

実は、この頃、音楽のコンサートづいている。
だからといって、お金をかけているわけではない。
ブラジルの超一流タレントがショーを行う場所は、このところサンパウロ市の南部のほうに大きなホールが建設されたので、そちらで行われることが多い。
高い席は150レアル(=約1万円)とかそれ以上の値段になっている。

1時間もかけて、そんなところまで行く気もしないし、
そこまでの関心もない。

サンパウロでの生活は、基本的にチープでシックに行くと決めているので、いつもそういったものを求めている。
このブログで紹介するのも大体そんなものである。
このブログをきちんと読んでいただいている方は、もうご理解いただいているはずである。
どうしても、お金を出したほうがよいものには出すが、
そんなことをいつもするのはまったく趣味に合わない。
レストランでもそうである。

ただ、サッカーの試合とカルナヴァルは、お金を出して、出来るだけ良い席のほうが良いと思っている。
やはり安い席は、遠いので見えないからだ。
観客の熱気はともかくとしても、テレビのほうがましとも思えるくらいだ。

サンパウロにおいては、音楽のショーが、年末年始やカルナヴァル前後を除いては、毎日のようにあちこちの会場で開催されている。
それも、手頃な時間から手頃な価格で、良い会場で開催されている。

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12月3日20時30分から、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナのシモン・ボリヴァール公会堂で、
7弦ギターでの超絶技巧で知られるヤマンドゥ・コスタYamandu Costaとマンドリンbandolimのアミルトン・ヂ・オランダHamilton de Holandaのコンサートがあった。
Spd20071203ca

ヤマンドゥ・コスタは、2005年末に、日本でもコンサートを行っているので、知っている方も多いことだと思う。

その彼のコンサートであれば、これはもう行かないわけには行かない。

この会場は、満員になった。
Spd20071203cf

バッハ・フンダ複合駅のすぐ近くなので、ここに行くのはそれほど難しくない。
Spd20071201d

それに、この日のコンサートは無料だったのだ。
※日本で7千円位したはずだ。

チケットは、この会場のチケット売り場で、14時から配布された。
1人最大2枚だった。

このヤマンドゥ・コスタの超絶技巧を、是非とも知って欲しい。
※音質は悪いがご理解願いたい。
 ブラジルでは、この種のコンサートで、
 大体写真撮影や録音については文句を言われない。
 ストロボを使わないくらいの配慮は必要だが。
 ビデオは駄目な場合が多い。
 中には、携帯電話の動画撮影をずっとしている者がいた。
 そこまでやると音楽を聞きに来たとは思えない。
「spd20071203yamandu1.WAV」をダウンロード

この2人は、
1月の18,19,20日にも、イビラプエラ公園の公会堂で、
同じコンサートを行うことになっている。
だが、こちらは30レアル(=約2000円)である。

同じサンパウロでの、似たような会場での、
同じスポンサーによる、同じ演者によるコンサートで、
メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナでは無料で、
イビラプエラ公園では有料というのは、
多少不思議である。
Spd20071203o

もっとも、この価格であっても、
このコンサートは絶対的にお勧めである。
日本から上品な訪問者がある方は、このコンサートにお連れすると良いと思う。

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つづく。

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ブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー その3 メモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナ 1。

12月15日に100歳を迎えたブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー

サンパウロにも、彼の作品が少なからずある。

サンパウロ市の西部バッハ・フンダ複合駅の横にあるのが、敷地面積約85千平米のメモリアル・ダ・アメリカ・ラチーナMemorial da America Latinaである。
Spd20070411ca
※※「地球の歩き方」には「ラテンアメリカ記念公園」として紹介されているが、公園ではない。
   
1989年に、オスカー・ニエマイヤーによる全体設計で建設された、複合文化施設である。
ラテンアメリカの文化芸術の発信センターという位置づけである。
Spd20071225malb

実際に行ってみると分かるが、
広い敷地のほとんどがコンクリートで固められており、その割には樹木がほとんどない。
日中はコンクリートからの照り返しがきつすぎて、とてもその敷地内で公園のようにくつろぐことは出来ない。
そこで、公園かのように過ごしている人もいない。
Spd20070411cb

Spd20070411ce

ガイドに載っているからと、ここに行った人はとまどうはずである。
がらんとした敷地と点在するいつかの建物。
その建物で、何が行われているのかも分からない。

南側敷地にある最大7万人が入るという市民広場にある手を広げたような彫刻の写真を撮ってそれで終わりというところだろう。
Spd20070411cf

建物は、オスカー・ニエマイヤーによる設計で、いかにも彼らしく曲線で形作られているが、どれもこれもいつも開館しているわけではなく、中に入りづらい。

ここにある施設は、次の通りである。
Spd20071225mala
※クリックすると拡大する。

シモン・ボリヴァール公会堂。
ステージを真ん中にして、両側に観客席が広がっているという作りになっている。
片方は876人、もう一方は733人収容である。

市民広場は、総面積は3万平米で、使用可能な面積は12千平米。
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マルタ・ツゥラバ・ギャラリー。
企画美術展などがよく開催されている。
面積は962平米。
※以前に「カルメン・ミランダ展」や「ボテーロ展」などが開催されたときに紹介した。

ヴィクトール・シヴィッタ・ラテン・アメリカ図書館
ここは、月曜日を除いて開館している。
開架図書館の他に、インターネット・スポット、小劇場、展示スペースなどがある。
図書館では、ラテンアメリカの文化関係図書が中心となっていることは言うまでもない。
インターネット・スポットは、自宅でアクセスできないような学生たちで順番待ちとなっている。

ダルシー・リベイロ・クリアチヴィダーヂ・パビリオン。
ここはどこが入り口か分からないような、また開館しているかどうかも分からないような施設だが、中にはいると一風変わった展示に驚く。
ラテンアメリカの文化工芸品を中心にした展示がある。
ここも月曜日を除いて開館している。

チラデンテス行動サロン。
ここは、サンパウロ州の公式レセプションを行う会場である。

最初は取っつきにくいところだったが、
慣れてくると、
面白い施設であることが段々分かってきた。

つづく。

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terça-feira, dezembro 25, 2007

ブラジル・サッカー:2007オフ その54 エヂムンドのヴァスコ・ダ・ガマ復帰は近い。

FWエヂムンドEdmundoとヴァスコ・ダ・ガマVascoは、近日中の合意が近い。

社長のエウリコ・ミランダEurico Mirandaは両者の接触があったことを認めた。
近日中にエウリコ・ミランダとエヂムンドAnimalの弁護士のルイス・ロベルト・レヴェン・シアーノLuiz Roberto Leven Sianoとの間で会議がありそうだ。

最初の接触は、ヴァスコ・ダ・ガマがエヂムンドに負っている14百万レアル(=約9億円)の借金の交渉をするためである。

エウリコ・ミランダはエヂムンドとの合意が近いと認めた。 しかしまた公式にエヂムンドEdmundoの復帰を公式に発表するためにはまだ合意が足りないと認めた。 エヂムンドは2008年のシーズンのヴァスコ・ダ・ガマにとって最大の新戦力となる。

「初期の話し合いはあった。 しかしまだ何も合意していない。 発表するためには、まだ話し合いが必要だ」と、エウリコ・ミランダは説明した。

先週金曜日に、ルイス・ロベルト・レヴェン・シアーノはヴァスコ・ダ・ガマが持っているエヂムンドへの負債の支払いについての合意をするために、ヴァスコ・ダ・ガマの社長と話し合いをした。

ルイス・ロベルト・レヴェン・シアーノは最初の話し合いで動いた。
金額は10年間に支払われるべきとした。
分割支払金額は、116千レアル(=約700万円)となる。

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上手く交渉がまとまるだろうか。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その53 フラメンゴとロナウドの交渉。

先週、フラメンゴのサッカー担当副社長のクレーベル・レイチKléber Leiteは交渉の可能性について知るためにミランMilanに打診したことを認めた。
返事は否定的であった。
しかし、まだ話は終わりになっていなかった。

「フラメンゴFlamengoはミランMilanからロナウドRonaldoと話をすることを公認されている。 ロナウドと初期的なやりとりをした。 人生の目的を変えるためにロナウドがとても大きな望みを持っていることを知った。 関心はお互いにある。 ルンコ(*フラメンゴのそしてブラジル代表の医師)は医学的にはよい状態だと言っている」と、クレーベル・レイチは言った。

クレーベル・レイチに関係している人物によると、ロナウド31歳はイタリアでの位置づけを好んでおらず、ミランがすでにアレシャンドレ・パトAlexandre Pato、ジラルヂーノGilardino、カカKakáなどがいるということを引き合いに出して放出を望んでいる。

フラメンゴでプレイするためには、ロナウドは、彼の給与の50%減に合意しなくてはならない。 現在、約75万レアル(=約500万円)を受け取っているので、約375千レアルとなる。

フラメンゴFlamengoでもっとも給与が今高いのはクレーベルソンKlébersonであるが、これの半分にもいっていない。

フラメンゴに関係する情報源によると、要請があれば、ミランはロナウドを自由にするだろう、移籍は「進んでいる途中」である。 ロナウドはいつもフラメンゴを応援しているといっているし、フラメンゴのユニフォームをいつの日か着たがっている。
ミランMilanの役員のレオナルドLeonardoは、移籍を否定していないが、ミランはロナウドRonaldoを保持したがっていると言っている。

「フラメンゴFlamengoはこれを長いこと夢見ていた。 しかし今のところ何も固まってはいない。 彼はミランMilanの選手である。 ロナウドRonaldoは何を望んでいるかを考えなければならない」と、役員は明言した。

先週土曜日に、クレーベル・レイチとロナウドの代理人のファビアーノ・ファラーFabiano Farahがリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroのレストランであったという。 
しかし電話で、ファビアーノ・ファラーはこの情報を否定した。

「会っていない。でも会わないと言うことは望んでいない。 フラメンゴFlamengoの関心は知っている。 しかし、全てミランMilan次第である。 ロナウドは2008年7月までは契約がある。 1月からはどこのクラブからでもオファーを受ける」と、ファビアーノ・ファラーは言った。

ロナウドRonaldoは年末の休みを利用してリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroにいて、左の腿のケガの回復に努めている。

友達のアドリアーノAdrianoのサンパウロFCへの移籍は、ブラジルBrasilに戻りたいという動機付けになった。

「ロナウドRonaldoが今の時点でもっとも望んでいることは、プレイへの復帰である」と、ファビアーノ・ファラーは言った。

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段々、現実味を帯びてきたきたのかもしれない。.

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その88 拙宅に来る鳥58。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ずっと見ていると段々と行動パターンが分かってきた。

拙宅での場合、
花の蜜を吸った後、
3メートルくらい離れた別の木のだいたい同じところに止まってしばらく休息をとるのである。
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それが分かると、焦らずに撮影することが出来る。

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ブラジル・サンパウロのナタウ2007 その11 持続可能なナタウ 2。

12月24日(月)のサンパウロは、23日(日)よりは、車が多かった。
でも、いつもの月曜日ではない。

買い物を残した人だけが、現れている感じだった。
そういった店も、だいたい午後もしくは夕刻には早じまいをしていた。
従業員も、それぞれナタウを迎える準備をするためだ。

夜になるにつれて、街は本当に静かになった。

深夜には、バチカンのミサの様子が同時中継された。
これは、かなり昔から同時中継されている。

ところで、
12月16日ころから、サンパウロ市内の各所に、「廃材や使用済みボトル」を使ったクリスマス・ツリーが立った
全部で30基ほどが設置されたようだ。

でも、このようなツリーは、それだけではなかった。

コンソラソン通りにある公立学校の玄関の上部に設置されたツリーも、ペットボトルで作られたものである。
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そして、バッハ・フンダにあるメモリアル・アメリカ・ラチーナの図書館入り口前にもペット・ボトルのツリーが設置された。
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12月25日(火)、サンパウロ市は朝から静かである。
車の通りも本当に少ない。

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ブラジル・サンパウロの公園 その90 Parque Água Branca 3。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している。

公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園の紹介を終えたので、州営の公園を紹介している。

「緑の地図」にある公園では、最後の公園になった。

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アグア・ブランカ公園Parque Água Branca(正式名称はドトール・フェルナンド・コスタ公園Parque Dr. Fernando Costa)は州営である。

園内を簡単に紹介する。

フランシスコ・マタラーゾ大通りに面した正門。
この入り口からは、車は入ることはできない。
車の場合は、別の2箇所の駐車場入り口を利用しなくてはならない。
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正門を入って、正面に見える建物、
この公園の中にある建物のほとんどは、ノルマンディー形式の建物である。
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誰だかよく分からないのだが、銅像が建っている。
この公園名称のフェルナンド・コスタ博士だった。
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サンパウロの公園ではもっとも詳細な園内の案内表示である。
それだけ、色々な施設があるということである。
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水族館。
2年ほど前に開館した。
僅かだが入館料が必要である。
大変にしょぼい。 熱帯魚店のほうがまだマシである。
でも、小さな子供にはこの程度でも良いだろう。
※サンパウロ市にある別の水族館については、すでに紹介している。
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地質学博物館。
これも規模は小さい。
鉱物や化石の標本などが展示してある。
ここは無料である。
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平日でも、学童でいっぱいである。
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馬場。
ここでは、子供向けの馬術訓練も行われている。
多目的スペースでもある。
※クリックすると拡大する。
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かつては、牛などの品評会に使われただろうスペース。
今は、イベントの会場になったりしている。
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園内の遊び場。
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池。
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バードウォッチング施設。
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鳥の説明表示もある。
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ただ、この施設のすぐ近くに木が茂っていて、鳥を発見するのは難しい。
こんなところに籠もらなくても、
鳥はいくらでも発見できる。

牛、ヒツジ、ニワトリなどが飼われているスペース。
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ポルトガルのシンボルのような鶏の一種。
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イチジク棚。
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ここでも、放し飼いのニワトリが走り回っている。
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孔雀も放し飼いで歩いている。
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孔雀はインド原産。
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そして、なんと猿もいた。
僅か2-3メートルのところに4頭もいたのである。
都会のど真ん中の人工林の公園に、猿がいるとは驚きだった。
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こういう公園なので、
犬などを連れてはいることは出来ない。

規模が大きな公園ではないが、
一度訪れてみる価値はある。

週末には、色々なイベントが開催されているので、
それだけでも楽しみは増す。


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これで、サンパウロ市内にある公園のうち「緑の地図」にある公園全てを紹介し終わったことになる。

実際のところ、市営公園でも周縁部にある公園の調査には、かなり緊張を強いられた。
おかげでかなり度胸が付いた。

また、州営の公園の調査には、時間と費用がかかった。

でも、自分としても、かなり楽しむことが出来た。
サンパウロ市の隅から隅まで、行ったかのような気がする。

この企画を思いついてから1年半以上になる。
もちろんきっかけは「緑の地図」を手に入れたことである。

日常生活でも、サンパウロ市内における色々な格差を感じるのだが、公園という物を対象にしたときに、その格差はどういった表れ方をしているのかを知りたかった。

結果としては思った通りだったとも言えるし、
行政も格差是正の努力はしているし、
社会全体も格差の縮小に向かって動いていることは間違いない。

どの公園に行っても、静かなそして平和で幸福な生活を願う人たちが訪れていた。

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公園によっては、
この連載で紹介した時点とは、異なっていることが考えられる。

今後も、折をみて訂正や補遺は行っていきたい。

「緑の地図」には、サンパウロ市営32箇所の公園が掲載されていた。
だが、その後2箇所の公園が新たに開園している。

また、どういう訳かわからないが、すでに開園していた市営公園にもかかわらず掲載されていないものがある。
更に、だいたい周縁部であるが、公園予定地となっていて、一部供与されているところもある。

そういったところの調査も、ある程度進んでいる。

今後、そういったところも取りあげていく。

まだ、「ブラジル・サンパウロの公園」は、しばらくは続くことになる。

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ブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー その2 コパン。

12月15日に100歳を迎えたブラジルの建築家オスカー・ニエマイヤー

サンパウロにも、彼の作品が少なからずある。

その一つが、南米最大の集合アパートと言われているコパンである。

サンパウロ市の歴史的中心部のセントロの西側に立っている

32階建てでウェーブした屏風のような建物は、かなり遠くからでも目立つ
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下層階は、店舗などになっている。
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建物の形に沿って、ウェーブしている。

カカが信仰している福音派系の教会の一つも入居していた。
後から設置されたのだろうが、スプリンクラーの配管が天井にあらわになっている。
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もう築後40年以上も経っているので、近づいてみると外壁はかなり傷んでいる。
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だいたいこのコパンの写真は、西側から撮影されたものが多い。
各階に横一直線の幅のある白い庇が付いていて、各部屋の窓は遠目では見ることは難しい。
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だが、東側には、庇は付いていない。
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1600戸とも言われる集合住宅でのそれぞれの生活を感じることが出来るのは、東側からの眺めである。
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このコパンは、
まだ全くスラム化していない。
それどころか、建築当初ほどではないにしても、
都心生活を満喫したい人でいっぱいなのである。

1970年代は、日本人駐在員も単身者などは住んでいたそうである。

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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その8 "Os Cariocas"8。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。

2005年10月にオープンした。
ほぼ無休で営業している。
週の半分ほどは、カバーチャージを取るようなミュージシャンがゲストとして演奏する。
その時以外は、食事代と飲み物代しかかかからない。
だいたいショーは、22時過ぎから始まる。

食事もお酒も、雰囲気を考えると、高くない。
共にメニューも豊富である。
食事のほうも、ブラジル的には量は少ないが、質は良い。

ここは、拙宅から歩いて5分くらいのところなのである。
このあたりの今の治安を考えると、歩いていける。
だからこそ、重宝しているところである。
毎晩、日付が変わるような時間までそこにいると思っている人がいるらしい。
そんなことはない。(そこまではない)
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ここで、日系人(もしくは日本人)を見かけることは、本当に稀である。
200席弱ほどの場所である。
上品な出張者を、ここにお連れするのも悪くないと思うのだが。

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そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

このショーのカバーチャージは、50レアル(=約3200円)。
やはり有名な人はとても高い。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。

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その模様を紹介する。

今回は、ボサノバのスタンダードばかりを演奏した。
「spd20071201cariocas9.WAV」をダウンロード

※音質は良くないが、ご理解願いたい。

ショーの最後に、このステージのプロデューサーも出て来て、今年の活動を振り返り、また来年もよろしくと言って締めくくっていた。
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この晩に販売されたCDを買ってしまった。
25レアルであった。
このCDの曲は演奏されなかった。
本当に、スタンダードばかりだった。
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ブラジル・サンパウロの「カルロス・ゴーンはブラジル人だった」。

12月19日のことだが、ルノー・日産グループ社長のカルロス・ゴーンが、ニュースに出て来た。
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ブラジル・サンパウロを訪れていたのだ。
来年のF1のルノーのドライバーに、
80年代初めのブラジル人レーサーのネルソン・ピケの息子ネルシーニョ・ピケと契約したのだが、その発表会に参加したりしていた映像なども出て来た。

ブラジルにおけるルノー・日産グループのシェアは4%程度である。

そして、ニュースの中で単独インタビューに応じていた。

そのインタビューは、全てポルトガル語でおこなわれたのだが、
カルロス・ゴーンは、「よどみなく」とまではいかないまでも、
きちんと話していた。
「20071219JG-CarlosGosn-Entrevista.wmv」をダウンロード

日本では、カルロス・ゴーンはフランス人というイメージ強いだろうが、
彼はブラジル人である。

レバノン系フランス人が親で、ブラジルの辺境ロンドニア州で生まれている。
だから、出生地主義をとるブラジルの国籍を持っている。
ただし、その後7-8歳で、ブラジルを離れて、
レバノンそしてほとんどの教育はフランスで受けている。

ミシェランそしてルノーを経て日産にやってきたわけだ。

ブラジルにいた期間などほとんどない。
だから、ポルトガル語はたぶん話せないだろうと思っていた。

ただ、数年前だったか、日産の株式総会の前に、父親が亡くなって、その総会を社長にもかかわらず欠席したことがあった。
その父親の葬儀が行われたのは、リオ・デ・ジャネイロであった。

カルロス・ゴーンと、ブラジルの縁は切れていなかったのだろう。

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segunda-feira, dezembro 24, 2007

ブラジル・サッカー:2007オフ その52 その後のレアンドロ・アマラル

鹿島アントラーズが関心を持っていると報じられた後、すぐに断念したと伝えられたことで、レアンドロ・アマラルについては取りあげていなかったが、鹿島アントラーズとは関係無いところで動きは続いていた。

所属していたヴァスコ・ダ・ガマが、契約にある自動延長条項を使い、1年の延長という内容で、ブラジルサッカー協会CBFがその申請を受け付け、登録した。
しかし、レアンドロ・アマラルは登録取り消し処分を裁判所に訴え、その訴えが認められた。
この裁判所の決定を受けて、ブラジルサッカー協会CBFは登録を取り消した。

これで、レアンドロ・アマラルはどこのクラブとでも契約できるようになった。

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ヴァスコ・ダ・ガマVasco da Gamaのとの関係を断ち切るために裁判に訴えたFWレアンドロ・アマラルLeandro Amaralは、この木曜日にもフルミネンセFluminenseで紹介される

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ところが、
12月24日(月)に、アジアサッカー連盟Federação Asiática de Futebolのサイトで、FWレアンドロ・アマラルLeandro AmaralがカタールCatarのアル・ライイアンAl Rayyanとの契約に証明したと報じられた。

このサイトによると、レアンドロ・アマラルは1月3日にカタール選手権の対アル・アラビAl Arabi,戦でデビューするという。

このアル・ライイアンを指揮しているのは、ブラジル人のパウロ・アウツオーリPaulo Autuori監督である。

30歳のレアンドロ・アマラルLeandro Amaralはブラジル選手権Campeonato Brasileiroで15ゴールを決めたヴァスコ・ダ・ガマでの名選手である。

しかし、ヴァスコ・ダ・ガマが契約にある自動更新条項を使ったことで、その状況に不満を持った

レアンドロ・アマラルは、12月11日にヴァスコ・ダ・ガマを訴える裁判に入り、、契約会場の仮処分決定を勝ち得た。
初めての審問は、1月14日に行われる。

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レアンドロ・アマラルの行き先は、混沌としてきた。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その87 拙宅に来る鳥57。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

左右にやや反り返った尾翼も、特徴の一つである。
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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その7 "Os Cariocas"7。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。

2005年10月にオープンした。
ほぼ無休で営業している。
週の半分ほどは、カバーチャージを取るようなミュージシャンがゲストとして演奏する。
その時以外は、食事代と飲み物代しかかかからない。
だいたいショーは、22時過ぎから始まる。

食事もお酒も、雰囲気を考えると、高くない。
共にメニューも豊富である。
食事のほうも、ブラジル的には量は少ないが、質は良い。

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そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

このショーのカバーチャージは、50レアル(=約3200円)。
やはり有名な人はとても高い。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。
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その模様を紹介する。

今回は、ボサノバのスタンダードばかりを演奏した。

客層は、だいたいいつも30歳以上の人ばかりで落ち着いた雰囲気なのだがなのだが、
この日は特に高齢者が多かった。
ボサノバというジャンルを考えるとそういうことになるのだろう。

老夫婦が、一緒にボサノバを唄っていた。
スタンダードなので、誰でもその当時は知っていた曲だったのだろう。
ボサノバ以降の軍政期の色々な出来事もよぎったのではないだろうか。

ボサノバ最初の録音の曲ともいわれているChega de Saudade「邦名:想いあふれて」なんて、大合唱だった。

※音質は良くないが、ご理解願いたい。
「spd20071201cariocas7.WAV」をダウンロード

今は、もうブラジルでボサノバは若者にはまったく聞かれないかこのものになっている。
でも、かつて本当にボサノバは流行っていたことを知った晩であった。

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ブラジル・サンパウロの公園 その89 Parque Água Branca 2。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している。

公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園の紹介を終えたので、州営の公園を紹介している。

「緑の地図」にある公園では、最後の公園になった。

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アグア・ブランカ公園Parque Água Branca(正式名称はドトール・フェルナンド・コスタ公園Parque Dr. Fernando Costa)は州営である。

1904年に、当時の市長が、サンパウロ市の農業が揺籃期にあること知り、その振興をする必要を感じていた。
農業特に酪農畜産の研究開発そして博覧会場として、この公園が1911年に出来ている。

その後、1940年前後に、サンパウロ州に移管されている。
現在のイビラプエラ公園の土地と交換されている。

現在は、その歴史を引きずっており、各種の研究所がまだある。
ただ、多くの研究所の活動拠点は、サンパウロ州各地に点在することとなっている。

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公園の総面積は136.765.41m²で、そのうち79.309,66m²が緑地となっている。
建物の敷地面積は27.110m²そして通路や広場の面積は30.345,7m²
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この公園の植生は、原生ものものはなく、全て後から植えられたものである。

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この公園には、その歴史を反映して、実に多くの施設がある。
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水族館AQUARIO
ピクニック・エリアÁREA PIC-NIC
森林回復エリアAREA DE RECUPERAÇÃO DA MATA II

イベント・アレーナARENA DE EVENTOS
竹林BAMBUZAL
椰子林BOSQUE DAS PALMEIRAS
カボクロの家CASA DE CABOCLO
野外ステージCORETO
役員室・貴賓室DIREÇÃO DO PARQUE E SALÃO NOBRE
運動器機EQUIPAMENTOS DE GINÁSTICA
生物スペースESPAÇO BIOLÓGICO E ESPAÇO OFICINA
イチジクスペースESPAÇO DAS FIGUEIRAS
有機農業スペースESPAÇO DE AGRICULTURA ORGÂNICA
展示スペースESPAÇO DE EXPOSIÇÃO
読書スペースESPAÇO DE LEITURA
動物学スペースESPAÇO ZOOTÉCNICO
多目的スペースESPAÇO MULTI-USO PAVILHÃO 15
駐車場ESTACIONAMENTO
サンパウロ連帯財団FUNDO SOCIAL DE SOLIDARIEDADE DE SÃO PAULO
黒池LAGO PRETO
養蜂園MELIPONÁRIO
地質学博物館MUSEU GEOLÓGICO WALDEMAR LAFREVE
鳥観察施設OBSERVATÓRIO DE PÁSSAROS
子供公園PARQUE INFANTIL

イベント館PAVILHÃO DE EVENTOS
鳩小屋POMBAL
日時計RELÓGIO DE SOL
レストランRESTAURANTE
鯉池TANQUE DE CARPAS
このほかにも、色々なNGO組織の事務所などいっぱいある。
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ただ、それほど広くもない公園にこれだけの施設があるので、どれも規模は小さい。

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この公園を訪れる人は、色々だ。

公園の南東側にある高級アパート街のペルヂーゼスの住民が、ジョッギングをしているようなのも見るし、どちらかというとやや貧しそうな階層の人たちも訪れている。
バッハ・フンダ駅が近いなど交通の便がよいこともあるだろう。

日曜日になると、とても大勢の人が訪れる。

だいたい何かイベントが行われれているので、それを見るだけでも飽きの来ない公園である。

公園内に治安の問題はないようだ。

この公園は、実は犬を連れて胚ことは出来ない。
園内に、ニワトリやクジャクなどが放し飼いになっているからだ。
そういう雰囲気の公園なのである。

拙宅からそう遠くないこともあって、好きな公園の一つである。
お勧めである。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その51 ロナウドの従兄弟が虐殺された。

ロナウドRonaldoの従兄弟が、リオ・デ・ジャネイロの北部で虐殺された。

12月22日(土)夜に、リオ・デ・ジャネイロの北部での虐殺で、3人が死に1人がケガをした。
犯罪者は、犠牲者のうちの2人が働いていた薬局Drogaria Proguressoに向かって撃った。

死者の中に、薬局の従業員のイゴール・ナザリオ・ヂ・リマIgor Nazário de Lima25歳がいた。
彼はロナウドRonaldo31歳の従兄弟である。
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警察によると、22時過ぎに、一台の黒のプジョーPeugeotが、リオ・デ・ジャネイロ北部のヴィセンチ・ヂ・カルヴァーリョ大通りAvenida Vicente de Carvalhoの薬局に向かって撃ちながら通り過ぎていった。
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イゴール・ナザリオ・ヂ・リマ以外に、店頭員のウェリントン・タナキWellington Tanaki30歳と客のロムロ・アラウージョ・ベラルミノAraújo Belarmino18歳が死んだ。

3人は銃弾を受けており、即死だった。
モイゼス・ポンテス・ソブリーニョ27歳がケガをして、ジェツリオ・ヴァルガス病院Hospital Getúlio Vargasに向かった。
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警察によると、証人は発射したのは明らかに機関銃であったと証言した。

生後20日の子供を残したイゴール・ナザリオ・ヂ・リマ25歳の埋葬は、イラジャ墓地で日曜日の午後に行われた。
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警察によると、イゴール・ナザリオ・ヂ・リマは、犯罪記録に2つ名前が残っている。
2001年に麻薬取引で82分署に逮捕された。
2002年7月から2005年4月まで、武装して母親を襲って収監された。

しかし、彼の叔父のニウトン・ラザリオ・ヂ・リマは、どの犠牲者も犯罪には関わっていないと言った。

標的は、ケガをしているモイゼス・ポンテス・ソブリーニョと考えられている。
話せる状態にあるので、捜査員が尋問をしている。

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ロナウドの父親が、埋葬に参列していた。
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ロナウドの従兄弟でなければ、
ここまでは、
報道されなかったかもしれない。

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domingo, dezembro 23, 2007

ブラジル・サンパウロのナタウ2007 その10 持続可能なナタウ。

12月23日(日)のサンパウロは、普段の日曜日以上に、車が少なかった。
買い物をするところには人出はまだ多かったのだろうけど、そうではないところはもう閑散としていた。
金曜日や土曜日に、もうナタル(=クリスマス)休暇をサンパウロ市以外で過ごす人はもう出て行ってしまったのだろう。

まるで、大晦日の東京のようだった。

ところで、
12月16日ころから、サンパウロ市内の各所に、クリスマス・ツリーが立った。

そのツリーを最初に発見したのは、コンソラソン通りのフランクリン・ルーズベルト広場の側であった。
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そのツリーは、三角錐の形状である。
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一面は、解体した木箱の木っ端が打ち付けてある。
そして、もう一面は、ペットボトル。
緑色に見える。
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そして、もう一面は、液体洗剤などのボトルでカラフルになっていた。
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「持続可能なナタル2007」というわけである。
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セントロのシャ陸橋の東西のたもとにもあった。
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アニャンガバウにもあった。
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パウリスタ大通りにもあったのを見た。
クリニカス付近にもあった。
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ブラジルのサッカー雑誌PLACAR その21 2007年の優勝チーム。

ブラジルで唯一といっても良いサッカー雑誌Placar誌
月刊である。

だが、ほぼ毎月増刊号を発行する。

12月は、この増刊号の発行が多い。
増刊号でも出さないと売れないこともあるだろう。

サンパウロFCのブラジル選手権優勝特集号。
2007年ブラジル選手権優秀選手特集号。

「2007年ブラジル選手権優秀選手特集号」は、このPlacar誌が選定する各ポジション別の優秀選手を発表する内容だ。

そして、さらにまた特集号が出た。
2007年の各選手権での優勝チーム記念撮影写真だけを集めた内容だ。
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ブラジル選手権優勝のサンパウロFC。
ブラジル杯優勝のフルミネンセ。
リベルタドーレス杯優勝のボカジュニオールス。
米州杯優勝のブラジル代表、等々

一部はA4変版2枚分の大きさだが、
その他のものはA4変版1枚と、誠にコンパクトな大きさである。

2007年のサンパウロ州選手権優勝のサントス。
5月のことだが、もうずいぶん前のことのようだ。
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欧州各国の選手権の優勝チームの物もある。
ブラジル人選手がいっぱいいるからだろう。

2007年のブラジル選手権セリエBの優勝は、コリチーバというチームである。
2005年に、セリエAから降格し、2年間セリエBにいた。
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そのチームに、ペドロ・ケンという日系人選手がいる。
12月9日に行われたブラジル選手権優秀選手選抜対オリンピック代表の試合のために招集されたオリンピック代表に入っていた。

そのペドロ・ケン選手を確認することが出来た。
日系人ではあるが、
顔つきからして、ロドリゴ・タバタとは違って、
混血のようである。
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コリチーバのサイトで調べてみた。
登録名:Pedro Ken
本名  :Pedro Ken Morimoto Moreira

出生地: クリチーバCuritiba (PR)
誕生日: 1987年3月20日
体重:75キロ
身長:181センチ

コリチーバのジュニア出身だそうだ。

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2008年にこのペドロ・ケンを、ブラジル選手権で本物をみることはできそうもない。
なぜなら、コリチーバは、1部に昇格したからだ。
パカエンブー競技場では、第2部の試合がおこなわれることになるからだ。
コリンチャンスの相手のチームの試合を見ることができるだけだ。

※ペドロ・ケンは、サントスに移籍という「噂」はある。

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ブラジル・サンパウロの「ブラジル美術のパノラマ」展。

ブラジル・サンパウロのイビラプエラ公園の中にある美術館の一つ現代美術館MAMーMUSEU DE ARTE MODERNAで「第30回ブラジル美術のパノラマ」展が開催されている。
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入場料は、5.5レアル(=約350円)と、ブラジルにしてはちょっとだけ高い。

このパノラマ展は、毎年定期的に開催されているもので、
現代美術作家の作品を10数点展示している。
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はっきり言って、好みではなかった。
「20071116JNsp-Exposicao2.wmv」をダウンロード

現代美術は、絶対多数に受け入れられるような芸術を目指しているわけでもないだろうから、作家としても展示企画者としても、それはそれでも良いだろう。
でも、5.5レアルを支払った者としては、不満だった。

先に紹介したイタウで開催されていた美術展「現在の未来」に満足していたのは、それが無料だったからではない。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その86 拙宅に来る鳥56。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ほっそりとした身体に、長い羽。

そして、くちばしは、ハチ鳥に共通した蜜を吸うのに適した形をしている。
Spd20071016zv

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サッカー:ロマリオの日々 その69 2百万レアルの賠償命令。

2007年の終わりはロマリオRomárioにとって良くはない。

ドーピングの件でスポーツ最高裁判所STJDによって120日間の出場停止となった翌日に、ロマリオBaixinhoは巨額の補償の支払い命令の判決を受けた。

ロマリオは、2,276,000.48レアル(=約1億4千万円)をレヴィ・フェヘイラ・ソテーロLevi Ferreira Soteroに物的そして精神的な損害の補償として支払うことになる。

バッハ・ダ・チジュッカBarra da Tijuca民事裁判所17法廷の決定によると、原告はロマリオの元妻モニカ・サントーロが住んでいるアパートのCondomínio Golden Greenの工事による損害の補償を要求していたのが認められた。

彼女たちは、階下にあるレヴィ・フェヘイラ・ソテーロのアパートに損害を与えた。

ロマリオRomárioの控訴は却下された。
ロマリオは15日以内に決定を実行するだろう。

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損害賠償だけで、そんな金額になるアパートとは、相当に豪華であるということである。

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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その6 "Os Cariocas"6。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。

2005年10月にオープンした。
ほぼ無休で営業している。
週の半分ほどは、カバーチャージを取るようなミュージシャンがゲストとして演奏する。
その時以外は、食事代と飲み物代しかかかからない。
だいたいショーは、22時過ぎから始まる。

食事もお酒も、雰囲気を考えると、高くない。
共にメニューも豊富である。
食事のほうも、ブラジル的には量は少ないが、質は良い。

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そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

このショーのカバーチャージは、50レアル(=約3200円)。
やはり有名な人はとても高い。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。
一番手前のピアノを弾いている人がリーダーである。
Spd20071201mc

曲の合間には、1960年前後の話をし、トム・ジョビンやメネスカルなどの名前も出て来た。

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その模様を紹介する。

今回は、ボサノバのスタンダードばかりを演奏した。
「spd20071201cariocas6.WAV」をダウンロード

※音質は良くないが、ご理解願いたい。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その50 アドリアーノの給与は10分の1に。

お金は幸せを持ってこない。
アドリアーノが過ごしている状況は最大の契約金の減少である。
サンパウロFCでプレイするために、アドリアーノAdrianoはインテル・ミランInter de Milãoで受け取っていた高い給与を諦めた。

「自分は給与については諦めた。 お金は今は大事ではないからだ。 大事なことは、プレイに復帰することだ。 戻ることが幸せを持ってくる。 自分にとって自分がお金を得るか得ないかは問題ではない。 大事なことはここから前進することである。 今自分はここでとてもよい。 お金を失っても悔いることはない」と、アドリアーノは保証した。
サンパウロFCでは、今までの10%を受け取ることになる。

アドリアーノAdrianoにとって、お金を考えるために第1に必要なことは良いプレイに復帰することである。 良い状態に復帰すれば、自然に銀行口座はいっぱいになる。

「プレイし、幸せになる必要がある。 以前のアドリアーノAdrianoに戻れば、間違いなく自分は戻るし、自分は回復している。 いまは自分が望んでいることは、プレイである」と言った。

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アドリアーノが復調すると、
サンパウロFCはいい買い物だ、

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sábado, dezembro 22, 2007

ブラジル・サッカー:2007オフ その49 エヂムンドは、パルメイラスを退団。

パルメイラスPalmeirasの社長は、サッカーのジムでこの木曜日の午後に話し合いをした後に、FWエヂムンドEdmundoとの関係を絶ったことを公式に発表した

自由になったエヂムンドAnimalの行き先は、ヴァスコ・ダ・ガマに戻ることになるだろう。

「友好的に話し合いをした。 いつもクラブにプロとして尽くしてくれたエヂムンドEdmundoを尊敬していることは言うまでもない。 パルメイラスPalmeirasのシンボルとしてエヂムンドを扱ってきただけに残念な状況である。  彼が残らないのは、何も彼個人のことでも監督の異動とも関係がない。 ただ、クラブの仕事の哲学の問題である」と、サッカー担当副社長のジウベルト・シプロGilberto Cipulloは説明した。

今年の12月31日に契約が終了することになっていたエヂムンドEdmundoは、ファンの応援に感謝しつつも、タイトルを獲ることもなく、2008年のリベルタドーレス杯Taça Libertadoresの出場権を得ることもなくパレストラ・イタリアPalestra Itáliaを去ることを残念がった。

「ファンからこの何年も親切にして貰ったことにはただ感謝している。 忘れられないときもあった。
1993年にここの地を踏んだ最初の日から、パルメイラスは自分の心にいつもいた。 このクラブが好きだ。 告白する。 もう1つか2つのタイトルを獲り、もしくは少なくともリベルタドーレス杯Copa Libertadoresの出場権を得て、出て行きたかった。 サッカーは、こんな事を我々にする」と言った。

エヂムンドは、次シーズンのパルメイラスの成功を応援した。

「パルメイラスでは再建の年だった。 多くのことがより良く変わった。 2008年には勝利者となることを期待している。パルメイラスPalmeirasが2008年に勝利者となることを期待している。 心から、いつも応援していく」と、パルメイラスの広報担当者から出された文書で付け加えている。

エヂムンドEdmundo36歳は、パルメイラスPalmeirasで223試合に出場し、99ゴールを決めた。
パルメイラスに所属してきた約1800人の選手の中で、エヂムンドは18番目のゴールを決めている。

ブラジル選手権Campeonatos Brasileirosでは、エヂムンドEdmundoはパルメイラスPalmeirasで34ゴールをあげた。
パルメイラスのこの選手権の記録では2番目である。

1993年に11ゴール、1994年には9ゴール、2006年に10ゴール、そして2007年には4ゴールだった。
41ゴールを決めたレイヴィーニャLeivinhaに次ぐものである。

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エヂムンドの退団を決定的にしたのは、
ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督がパルメイラスの監督に就任したこと以外にはない。

2人は、裁判で争っている。

ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督が、負債を支払うために、エヂムンドに渡した小切手が不渡りだったので、また支払ったことになっていることで、エヂムンドが訴えている。

すでに、第1審では、エヂムンドの言い分が認められている。

係争相手のヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督と、一緒にはいられないというわけである。
当然な話である。

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問題は、エヂムンドの行き先と見られるヴァスコ・ダ・ガマだが、
エヂムンドはこのヴァスコ・ダ・ガマにも債権があるのである。

これが問題で、エヂムンドはヴァスコ・ダ・ガマにはいかないのではないかという報道もある。

更に、ロマリオとの関係も気になる。
かつては、同じヴァスコ・ダ・ガマに所属して仲は良かったのだが、
両雄並び立たずというのか、
その後喧嘩別れしたままのはずである。

個人的には、エヂムンドの生き方は嫌いではない。

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ブラジル・サンパウロのナタウ2007 その9 セントロ 2。

ナタウ(=クリスマス)は、もう来週。

ブラジル・サンパウロは、景気の良さを反映して、夕方になると、買い物で手がふさがった人がいっぱい歩いている。
それに、会社のちょっとしたパーティーなどで、プレゼントを貰った人やパネトーニを貰った人などで溢れている。
12月は、給与も2ヵ月分出ているわけで、その分財布もちょっと緩んでいるようだ。

仲間との打ち上げパーティーも、それぞれのレベルで、あちこちで行われている。
サンパウロの歴史的中心部のセントロも、夜遅くまで、そういった人たちが歩き回っている。

今年は、特にイルミネーションが豪華になったこともあるだろう。

20年前のこのあたりのことを知っているだけに、とても驚いているし、そこまで治安が回復したのかと、喜ばしい限りである。

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今のサンパウロは、夏時間を採用していることもあって、20時過ぎまでまだ明るい。
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仕事を終えて、友達や仲間と待ち合わせている人たちが集まってくる。
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Spd20071220l

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セントロの中のセントロと言えるのが、アンニャンガバウ。
サンパウロ市を南北に結ぶ幹線道路が、地下を走るようになって、10数年になる。
道路の上は、公園のようになっているのだが、ちょっと前までは、夜は物騒というイメージしかなかった。

しかし、今年はそこも夜遅くまで人がいっぱいになった。

どこもここも明かりでいっぱいになった。
Spd20071219p

中心は、キリスト誕生の様子を表した大きなプレゼピオ。
何度かここで、ショーも開催される。
Spd20071220s

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サンパウロ市は、夜のサンパウロを知るツアーを実施している。
イルミネーションに輝くところを、バスでそして歩いて回るというツアーだ。
揃いのTシャツを着た人たちがそのメンバーである。
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そのアンニャンガバウの谷に面して立つ3本の高層ビルの一つも壁面を飾った。
Spd20071219s

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谷を渡るシャ陸橋も虹色に輝く。
Spd20071220zg

そのシャ陸橋の、東のたもとにあるフランシスコ・マタラーゾ・ビル。
今は、サンパウロ市庁舎になっているのだが、
ここも壁面が光の洪水になった。
Spd20071219r

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さらに、アニャンガバウの北側にかかるもう一本の陸橋である
サンタ・イフィジェニア陸橋もその橋脚が眩しいまでになっている。
Spd20071220u

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市立劇場の脇のラモス・ヂ・アゼヴェアード広場も美しく飾られている。
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こんな写真を、21時から24時にかけて撮影できることが、なんとも驚きである。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その85 拙宅に来る鳥55。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

段々と、飛翔中のハチ鳥の写真を撮影するのが上手になってきた。
カメラの性能のおかげだが。
Spd20071016zt

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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その5 "Os Cariocas"5。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。

2005年10月にオープンした。
ほぼ無休で営業している。
週の半分ほどは、カバーチャージを取るようなミュージシャンがゲストとして演奏する。
その時以外は、食事代と飲み物代しかかかからない。
だいたいショーは、22時過ぎから始まる。

食事もお酒も、雰囲気を考えると、高くない。
共にメニューも豊富である。
食事のほうも、ブラジル的には量は少ないが、質は良い。

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そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

このショーのカバーチャージは、50レアル(=約3200円)。
やはり有名な人はとても高い。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。
Spd20071201mb

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その模様を紹介する。

今回は、ボサノバのスタンダードばかりを演奏した。
「spd20071201cariocas5.WAV」をダウンロード

※音質は良くないが、ご理解願いたい。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その48 アドリアーノがサンパウロFCで紹介された。

6ヵ月。
アドリアーノAdrianoがサンパウロFCの選手として、昨年選手としてそして個人生活でも失ったものを全てまた獲得するための時間である。

アドリアーノは、12月21日(金)に微笑んだそして大きな期待をもってサンパウロFCの社長によって発表された。

「舞台に戻ってきた」"volta por cima"という表現を何度も記者会見で使った。
ボールに植えていたアドリアーノAdrianoはサンパウロ州選手権、ブラジル選手権、そしてもちろんリベルタドーレス杯米州選手権Copa Libertadores da Américaの全ての試合で戦うと保証した。

「自分が望むこと以上に信頼していた。 サンパウロFCに来た時に、自分はここで良くなるだろうと思った。 クラブの設備によって、人々によって、そして歴史によって。 ここのユニフォームを着ることは自分にとっての誇りである。 ここでまた舞台に戻りたい。 また再びブラジルBrasilにいることでとても幸せである」と、アドリアーノAdrianoは言った。

約1ヵ月の治療のあと、アドリアーノAdrianoは社長により、休暇のために自由にされていた。 しかしアドリアーノはグラウンドに戻る時のことを考えていた。 他の選手たちとの再集合は1月7日となっている。
彼は休むという言葉を聞くことは全く望んでいない。

「休養はもう沢山だ。 もうみんなのお世話になってきた年だった。 可能な試合全てでプレイしたい。 ゴールをし、サンパウロFCが決勝にすすめるように貢献をする」と明言した。

アドリアーノとサンパウロFCとの契約は、7月10日までである。
サンパウロFCがリベルタドーレス杯の決勝に進んだ時は、アドリアーノはチームが3度目のチャンピオンとなるように貢献することになるだろう。

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アドリアーノが、とても嬉しそうに微笑んでいた。
Spd20071221h

身体の割に、とても気持ちが繊細なアドリアーノである。

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ブラジル・サンパウロは「夏」2007-2008 その1 「夏」になった。

ブラジル・サンパウロSão Pauloは、12月22日(土)3時28分に夏になった。

いつものように、太陽が南回帰線に達した時刻を以て、夏になると言うわけだ。

国立宇宙研究所Inpe (Instituto Nacional de Pesquisas Espaciais). によると、暑くまた雨の季節は、また昼が夜より長いことで特徴付けられる。

夏はまた、昼間の天気がすぐに変わることも特徴である。
すぐに雨が降るのだが、それは特に午後に集中する。

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12月22日(土)のサンパウロは、午前中は雲はでていたが晴れ。

午後になって、更に雲が増えた。

夕刻になって、湿気が増えたので、夜になると雨が降るかもしれない。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その47 フラメンゴは、ロナウドを求めている。

この何週間か前に、フラメンゴFlamengoのサッカー担当副社長のクレーベル・レイチKléber Leiteはミランに、ロナウドRonaldoをリベルタドーレス杯Taça Libertadoresをフラメンゴの一員として戦わせるためにオファーをする気があると打診している。

しかし、返答はよいものではなく、クレーベル・レイチの夢の実現は先送りになった。

「彼らは自分にロナウドRonaldoについて少なくとも6月までは関心があると言っていた。 素晴らしいことになっただろうに」と、クレーベル・レイチは言った。

ロナウドRonaldoは、ケガの連続のために、実質的に、2007年はグラウンドには入っていない。
この木曜日に彼は年末のフェスタをするため、そして打撲傷の回復治療をするために、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroに着いた。

この木曜日にガヴェアGáveaに広まった情報では、ロナウドはミランMilanの役員レオナウドLeonardoにフラメンゴFlamengoのためにリベルタドーレスLibertadores杯を戦いたいと頼んだという。
※※ガヴェアは、フラメンゴの本部。

クレーベル・レイチKléber Leiteはこの情報を否定した。

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ロナウドは、フラメンゴでプレイをしたことはない。
子供の時にも、クラブに入れてもらえなかった。

でも、フラメンゴのファンである。
それは、何度も繰り返して明らかにしている。

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ロナウドの情報が、少なくなった。

以前のように、ロマンスの、そしてスキャンダルな、話題もなく、映像もない。

寂しい限りである。


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ブラジル・サッカー:2007オフ その46 ドドゥは、フルミネンセ。

FWドドゥDodôは、12月21日(金)にフルミネンセFluminenseで紹介された。

ドドゥ32歳は、2008年のシーズンのためにフルミネンセのユニフォームを着る2人目の新戦力となった。

一人目は、日本Japãoの元浦和レッズ・ダイアモンズex-Urawa Red DiamondsのワシントンWashingtonで、この金曜日にクリチーバCuritibaで発表された

ドドゥDodôは、ボタフォゴBotafogoでゴールと問題の時を過ごした後に、フルミネンセにやってきた。
ドドゥは、リオ・デ・ジャネイロ州選手権で準優勝したチームの名選手の1人であった。
しかし、ドーピング検査で彼の名前が出て来た。
スポーツ最高裁判所Superior Tribunal de Justiça Desportivaでの2度の審理の後に無罪となったが、2008年にはFIFAによって裁かれる。

ドドゥは、1994年に短期間フルミネンセのジュニオールにいて14試合で6ゴールを決めた。
彼はまたプロとして1試合マラカナMaracanã競技場でも戦うに至った。

「フルミネンセFluminenseのユニフォームを着ることに戻れて幸せである。 12-13年たった。 あの時の職員にまた会えて嬉しい。 このユニフォームを着られて嬉しく誇りである」と、ドドゥDodôは明言した。

ドドゥは、2007年の出来がとても良かったのにフルミネンセFluminenseに来ることになったかを明らかにした。

「フルミネンセはチームを強くしたがっていて、自分と話をした。 初めてリベルタドーレス杯を戦うことになって嬉しい」と言った。
Spd20071221i

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ほぼ毎年、それほど悪くない成績を残しながらも、
クラブを移り続けているドドゥ。

フルミネンセへの移籍の理由は、ブラジル人選手としてのあこがれのリベルタドーレス杯と説明したわけだ。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その45 ワシントンはフルミネンセ。

クリチーバCuritibaで、フルミネンセFluminenseは公式にフルミネンセの最初の新戦力の入団を公式に発表した。
FWワシントンWashingtonは、契約の終了時に同じ期間を延長するオプションがある1年の契約にサインをした。

ワシントンは、初めてフルミネンセFluzãoのユニフォームを着ることに誇りを感じているところを見せた。
ファンを大喜びさせることを約束した。
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「フルミネンセのような歴史のあるクラブで戦うことはとても嬉しい。 タイトルを獲るためにブラジルに戻ってきた。 2008年は良い試合をする。 やる気いっぱいである」と、ワシントンWashingtonは言った。
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ワシントンは、2003年に手術をした医師の検査を受けるためにパラナ州の首都クリチーバにいる。
約1年半の休みのあとアツレチコ・パラナエンセAtlético-PRのグラウンドに戻ることを可能にしたコンスタンチーノ・コンタンチーニCostantino Costantini博士のところである。

ワシントンは、フルミネンセのためにプレイするに適しているかを確認するための検査をした。

「ワシントンWashingtonはとても従順な患者である。 体調管理、食事管理をして、健康に注意し、定期的な検査をしている 彼は2003年からやって来ているように高いレベルの選手権でプレイする彼の生活を保つことができる」と、コンスタンチーノ・コンタンチーニ博士は明言した。

心臓専門医のロベルト・オルカーデスRoberto Horcades社長もまた契約に署名する前にワシントンの心臓がどうなのをかを知ることが重要だと話した。

「ワシントンをフルミネンセに引っぱったことは大きな喜びである。 ここコンスタンチーノ・コンタンチーニ博士のところであるで検査をするという問題があった。 クラブにとってそして自分にとっても特別な心配であった。 ワシントンは契約に合意する前に理解していた」と、ロベルト・オルカーデス社長は言った。

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ワシントンのフルミネンセ行きはすでに既定のことであったが、これで正式に決まったことになる。

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sexta-feira, dezembro 21, 2007

ブラジル・サッカー:2007オフ その44 コリンチャンスの新スポンサーの「緑」は禁止。

コリンチャンスCorinthiansは、2008年のシーズンに新しいスポンサーを持った。

ブラジルの健康保険運用会社のもっとも大きなものの一つである、メヂカル・サウヂMedial Saúdeである。
12月19日(水)夜の会議で決まった合意が、コリンチャンスTimãoの社長のサンドレス・サンシェスAndrés Sanchesの記者会見で、12月20日(木)にパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeで発表された。

合意の細かいところの一つで、コリンチャンスはメヂカル・サウヂに対してコリンチャンスAlvinegroのユニフォームに使うロゴマークに緑色を使わないように要求した。
すべてコリンチャンスのユニフォームでは、ライバルのパルメイラスの色は使わないのだ。

新スポンサーの発表の記者会見で、社長のアンドレス・サンシェスAndrés Sanchesは、ライバルを示す”あの色”の名前を言うことはなく明言した。

パートナーの社長は、この状況を楽しんでいた。

「我々は、アンドレス・サンシェス社長は決して言わないあの色をユニフォームに使わないことに大して、鷹揚に対応できる。 白と黒を使い始める。 それから、シンボルとしてどれほど目立っているかを評価したい」とメヂカル・サウヂのルイス・カウフマンLuiz Kaufmann社長は言った。

この契約で、コリンチャンスは1年間に1650万レアル(=約10億5千万円)を受け取る。 更にタイトルを獲る毎に2百万レアル。

この何日間か、コリンチャンスの社長は、小売業の巨人のMagazine Luizaと契約しそうなところまで行っていた。
また、家電小売り最大手のCasas BahiaそしてVisaもオファーをしていた。

「メヂカル・サウヂはクラブの財務的健康状態を回復させるためにとても重要である。 我々はこの結婚によって一緒に活動する計画を立てている」と、コリンチャンスCorinthiansのマーケティング担当副社長のルイス・パウロ・ローゼンベルグLuiz Paulo Rozembergは言った。

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コリンチャンスは、つい先日、今前のスポンサーのサムスンとの契約を解除したばかりである。
2部に落ちても、スポンサーはいくらでもいるようだ。

ところで、コリンチャンスの社長ともなれば、「緑」という言葉すら発しないとはさすがである。

真っ当なコリンチャンスのファンならば、「緑色野菜」も生まれた時から1回も食べていないと言い張る。

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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その4 "Os Cariocas"4。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。

2005年10月にオープンした。
ほぼ無休で営業している。
週の半分ほどは、カバーチャージを取るようなミュージシャンがゲストとして演奏する。
その時以外は、食事代と飲み物代しかかかからない。
だいたいショーは、22時過ぎから始まる。

食事もお酒も、雰囲気を考えると、高くない。
共にメニューも豊富である。
食事のほうも、ブラジル的には量は少ないが、質は良い。

-------------------------------
そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

このショーのカバーチャージは、50レアル(=約3200円)。
やはり有名な人はとても高い。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。
現在のメンバーである。
Spd200712011169728963_1

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その模様を紹介する。

今回は、ボサノバのスタンダードばかりを演奏した。
「spd20071201cariocas4.WAV」をダウンロード

※音質は良くないが、ご理解願いたい。

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ブラジル・サンパウロのナタウ2007 その8 セントロ 1。

クリスマスは、もう来週。

ブラジル・サンパウロは、景気の良さを反映して、夕方になると、買い物で手がふさがった人がいっぱい歩いている。
それに、会社のちょっとしたパーティーなどで、プレゼントを貰った人やパネトーニを貰った人などで溢れている。

12月は、給与も2ヵ月分出ているわけで、その分財布もちょっと緩んでいるようだ。

仲間との打ち上げパーティーも、それぞれのレベルで、あちこちで行われている。

サンパウロの歴史的中心部のセントロも、夜遅くまで、そういった人たちが歩き回っている。

今年は、特にイルミネーションが豪華になったこともあるだろう。

20年前のこのあたりのことを知っているだけに、とても驚いているし、そこまで治安が回復したのかと、喜ばしい限りである。

セントロのシンボルといっても良いアルチーノ・アランテス・ビルは、そのてっぺんから、地上まで満艦飾になった。
サン・ジョアン通りのはじまりにあるビルのなので、サン・ジョアン通り沿いではかなり遠くからでも、この輝きを見ることが出来る。
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そして、そのビルの下のほうでは、歩道にまで椅子やテーブルが広がって、人々が大騒ぎをしているのである。
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ブラジルの「プレイボーイ」誌 その8 2008年1月発売の表紙を飾る女性を巡る話題3。

体育学の学生のレチッシア・カルロスLetícia Carlos24歳は、2008年1月発行のプレイボーイ誌 'Playboy'の表紙になる。

レチッシア・カルロスは、サンパウロFCのボランチのリシャリソンRicharlysonの元の彼女である。

2人は、同じ学校で知り合った。
リシャリソンRicharlysonはいつもセンセーショナルな写真には反対してきた。 これが理由の一つで2人の関係は終わった。
3か月間しか続かなかった。

プレイボーイ誌ではリシャリソンRicharlysonの名前を表紙で使うことはないだろう。

そこで、プレイボーイ誌は、いつものように、販売を盛り上げるために、撮影した写真の公開を少しずつはじめた。
※クリックすると拡大する。
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いい顔をしていると思うが、
何か身体はごつい感じだ。
体育学の学生だからだろうか。

ブラジルのプレイボーイ誌は、ちょっと話題になった女性を次々と裸にするのだが、センセーショナリズムはプレイボーイ誌のイメージとはちょっと違う気がするのだ。
本家米国のプレイボーイ誌なども今はそうなのだろうか。

そして、ほとんどの女性が、すぐに忘れられてしまう。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その84 拙宅に来る鳥54。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

とても早く羽ばたく翼の動きを、かなり止めて撮影することが出来た。
Spd20071016zs

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quinta-feira, dezembro 20, 2007

ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その3 "Os Cariocas"3。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。

2005年10月にオープンした。
ほぼ無休で営業している。
週の半分ほどは、カバーチャージを取るようなミュージシャンがゲストとして演奏する。
その時以外は、食事代と飲み物代しかかかからない。
だいたいショーは、22時過ぎから始まる。

食事もお酒も、雰囲気を考えると、高くない。
共にメニューも豊富である。
食事のほうも、ブラジル的には量は少ないが、質は良い。
Spd20071201ma

そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。

-------------------------------
その模様を紹介する。

今回は、ボサノバのスタンダードばかりを演奏した。

「spd20071201cariocas3.WAV」をダウンロード
※音質は良くないが、ご理解願いたい。


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ブラジル・サンパウロの小鳥 その83 拙宅に来る鳥53。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

このハチ鳥は、玉虫色に輝く。
Spd20071016zr

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quarta-feira, dezembro 19, 2007

ブラジル・サッカー:2007オフ その43 アドリアーノがサンパウロFCにレンタル。

代理人のジウマール・リナルヂGilmar Rinaldiが、イタリアItáliaで、インテル・ミランInter de MilãoからアドリアーノAdrianoを6か月間サンパウロFCにレンタルすることが出来た。

ボタフォゴBotafogoのジュニーニョJuninhoとジョイルソンJoílsonとの契約の後、アドリアーノAdrianoが2008年シーズンとリベルタドーレス杯Taça Libertadores da Américaを戦うための3人目の新戦力となる。

この金曜日に、ジウマール・リナルヂはブラジルBrasilに戻りサンパウロFCの社長ジュヴェナウ・ジュヴェンシオJuvenal Juvêncioに会い、契約条件を決定する
アドリアーノをトレーニングセンターで1ヶ月前から手当てしているサンパウロFCは、まだ何も条件が決まってないと発表している。

「インテル・ミランはアドリアーノをサンパウロFCでプレイさせるために自由にすることに同意した。 これから詳細を解決する」とサッカー担当の役員のマルコ・アウレーリオ・クンニャMarco Aurélio Cunhaは確認した。

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サンパウロFCの思惑通りに、話が進んだ。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その42 パルメイラスの新監督に、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督。

ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgo監督がパルメイラスPalmeirasの新監督である。
給与のベースについては、すでにクラブと合意している。
契約期間も決まった。

監督としての他に、パルメイラスのマネージャーになる。

グラウンドの中での仕事をするだけではなく、選手の契約、契約解除、交渉そして、計画とチームの目標の立案などを行う。
問題は解決し、パレストラ・イタリアPalestra Itáliaへ現れるのは12月18日(火)の17時30分。


ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督の登場は遅れた、というのはサントスSantosとの契約が12月31日まであるためである。
契約終了前に、契約を反古にすると、巨額の違約金を支払わなくてはならない条項がある。
しかし、サントスのマルセロ・テイシェイラMarcelo Teixeiraがエーメルソン・レオンEmerson Leão監督の就任を発表したことで、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgo監督もまた紹介されることが出来る。

しかし、契約の署名は1月1日となる。

ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督は計画を早めるために役員と会議をしている。
彼は、すでに2008年に使いたい選手を決めている。
解雇する選手のリストを発表した。

今回で、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督がパルメイラスを指揮するのは4回目である。
最初は1993年と1994年で、17年ぶりにタイトルをもたらした。
サンパウロ州選手権で2回、ブラジル選手権セリエAで2回、そいてリオーサンパウロ杯で1回優勝した。
1996年にパルメイラスに戻り、またサンパウロ州選手権に優勝した。

3回目は、2002年。
パルメイラスはブラジル杯Copa do でASA・ヂ・アラピラーカASA de Arapiracaに敗退し、タイトルを獲ることはなかった。
ブラジル選手権の始めに、クルゼイロに移った。
パルメイラスのファンから、この年にセリエBに降格に持っていった端緒となったとして、追求された。

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長期的にチーム作りをするそうである。
2008年は、タイトルを約束していない。

結果が出なければ、ファンが我慢してくれるはずもないだろうが。

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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その2 "Os Cariocas"2。

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。
Spd20071201b

2005年10月にオープンした。

Tom Brasilという大きなショー会場のオーナーが、何人かで、小振りなスペースを持った。


そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。

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その模様を紹介する。
※音質は良くないが、ご理解願いたい。
「spd20071201cariocas2.WAV」をダウンロード

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サッカー:ロマリオの日々 その68 ドーピングの審判で120日間サスペンド。

12月18日(火)にスポーツ最高裁判所Superior Tribunal de Justiça Desportivaで行われた審判で、ヴァスコ・ダ・ガマのFWで監督のロマリオRomárioは、120日間の出場停止処分を受けた。

10月28日にサン・ジャヌアリオSão Januárioでおこなわれたヴァスコ・ダ・ガマ対パルメイラスPalmeirasの試合の後でのドーピング検査で違反が見つかった。

ロマリオの経歴を強調し、肉体のために使用したのではないと弁護したにも関わらず、スポーツ最高裁判所の第2規律委員会はロマリオを有罪とした。

しかし、まだ控訴することになるだろう。
ヴァスコ・ダ・ガマの法務部で検討されるに違いない。

ロマリオBaixinhoはスポーツ最高裁判所には出席せず。
ヴァスコ・ダ・ガマからは法務担当副社長のパウロ・レイスPaulo Reisと社長のエウリコ・ミランダEurico Mirandaと、弁護士が出席した。

ヴァスコ・ダ・ガマの弁護士は、ロマリオRomárioはフィナステリーダfinasteridaを含む薬を長い間使っていると申し立てた。

ブラジルサッカー協会の元スーパーバイザーのカルロス・アルベルト・ルースCarlos Alberto Luzは、ロマリオは1994年のワールドカップの時から抜け毛予防のシャンプーを使っていると尋問で保証した。

弁護側の証人として、ヴァスコ・ダ・ガマの医師ラファエル・ブルーンRafael BlumはロマリオRomárioが抜け毛予防の薬を使っていることは知らなかったと認め、ロマリオBaixinhoの検査は普通ではないところがあったと指摘した。

「通常は、検査をするための尿の量は最低60ミリリットルである。 ロマリオRomárioは採尿がむずかしかった。 最初は20ミリリットルしかとれなかった。 次にまた20ミリリットルだった。 3回目にフラスコがいっぱいになった。 やっと50ミリリットルになっただけだ。 ドーピング検査のためには60ミリリットルでなければならない。 医師に問題はないかと聞いたが、採尿の担当医師は無いと言った」と明かした。

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控訴審で、かなり出場停止期間は短縮されるはずである。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その41 サムスンは、もうコリンチャンスのスポンサーではない。

サムスンSamsungはもうコリンチャンスCorinthiansのスポンサーではない。

サムスンの担当者がマスコミに送った公式文書によると、コリンチャンスAlvinegroは受け取る金額を減らすことに合意しなかった。
契約の中で、コリンチャンスが契約期間中にブラジル選手権Campeonato BrasileiroセリエAに参加しないことを予想していた。

両者は2005年の後半からパートナーになっていた。

両者が結んだ最初の契約の中では、チームが戦っている選手権で優勝した時を予想した条項があった。
コリンチャンスTimãoがブラジル選手権に優勝し2006年のリベルタドーレス杯Copa Libertadoresの出場権を得たときに、金額は増えた。

来年第2部に落ちることで、逆のことが起きる。
金額が減る。
サムスンSamsungは、契約期間を延長することをコリンチャンスCorinthiansに提案したことを認めた。

「2009年末まで契約を延長することを提案した。クラブを完全に信用していること見せるためだ」と、担当者はいった。。

「コリンチャンスの役員はサムスンSamsungの提案に合意せず、この日で契約を終了させることを望んだ」。

このスポンサー契約の終了により、今のところ、コリンチャンスTimãoは2008年はユニフォームにスポンサーのロゴがないまま始まる。


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第2部に降格した悲哀の一つである。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その82 拙宅に来る鳥52。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ハチ鳥は、空中でホバリングをしながら、花の蜜を吸うのが普通だ。

だが、ごく稀に、枝に止まって、蜜を吸う。
Spd20071016zq

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terça-feira, dezembro 18, 2007

ブラジル・サンパウロのナタウ2007 その7 パカエンブー大通り。

ナタウ(=クリスマス)まで、もう1週間ほどになった。

今年は、本当に、飾り付けが増えて、夜の街が明るくなった。

相当に景気が良いという何よりの証拠である。

パカエンブー大通りの中央分離帯の街路樹にも、今年は明かりが灯されている。
Spd20071214za

そして、陸橋下をくぐるトンネルの入り口部分にも、つい先週末から飾り付けがなされ点灯されている。
Spd20071216j

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ブラジル・サンパウロの”Tom Jazz” その1 "Os Cariocas"1.

ブラジル・サンパウロにTom Jazzという名前のジャズ・クラブがある。
Spd20071201mf

そこで、11月30日(金)と12月1日(土)に、オス・カリオカスOs Cariocasがショーを開催した。

オス・カリオカスとは、ボサノバ好きな人なら当然知っているグループだと思うのだが、1950年代から活動し、ボサノバの最初期からその音楽を録音したグループである。

もちろん、今までに何度もメンバーの変更をし、そして解散したこともある。

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日頃、特定の店を取りあげたり、またショーを取りあげることは、あまりないのだが、ナタル(=クリスマス)も近いので、アクセスしていただいている方へのプレゼントとして、そのショーの様子を紹介してみる。
「spd20071201cariocas1.WAV」をダウンロード

※音質は良くないがご容赦願いたい。

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ブラジル・サンパウロの密輸王ラウ・キン・ション その1 また告発された。

連邦公共省Ministério Público Federalは、中国人でブラジルに帰化したラオ・キン・ションLaw Kin Chongを密輸(禁止された商品もしくは税金の支払いを行わない輸出入)の罪で告発した。

連邦公共省Ministério Público Federalによると、ラオ・キン・ションは、11月14日にサンパウロSão Paulo市と市警察Polícia Civilと連邦警察Polícia Federal,によって行われた捜索で、彼の所有するショッピング・パリShopping Pariにおいて、販売するために非合法に輸入された商品を持っていたことである。

ラオ・キン・ションは、すでに資金洗浄の罪によってサンパウロでの連邦裁判所の第2審の裁判の被告人であり、また彼と彼の弁護士が元連邦下院議員のルイス・アントニオ・メデイロスLuiz Antonio Medeirosを買収しようとした賄賂の現行犯の罪で判決を受けて在宅服役中であった。

告発によると、8箱の非合法に輸入された商品がショッピング・パリの4階の部屋で見つかった。

見つかった商品の中には、1,834個の腕時計relógios de pulso、ワイヤレスマイクmicrofones sem fio、女性用バッグbolsas femininas,、1990枚のビデオゲーム用メモリーカード、帽子bonés、何百ものリモートコントローラーcontroles remotos、ヘッドフォーン、マウス、電卓があった。

検事局によると、ラオ・キン・ションと彼の息子はショッピング・パリの所有権を隠すために操作をしようとしていた。
書類上は、ラオ・キン・ションの息子のトーマスThomasとエンリキHenriqueの所有するTR25という会社のものである。
しかし、ラオ・キン・ションの会社の一つのカリンダCalindaからTR25に4百万レアルで貸したようになっていた。

TR25は2002年8月に2万レアルの資本で設立された。
同年の11月に、資本が40億2千万ドルと登録された。

告発以外に、検事局は連邦警察Polícia Federalに対して、連続している違反と資金洗浄の容疑を更に深く操作するために新たな尋問をするように要求している。

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サンパウロ市の中心部にいくつもショッピングのビルを持っているラオ・キン・ション。

そこでは、数平米の面積の小さな店が、密輸品やコピー品を販売している。
そして、その商店主は、ほとんどが中国人である。

まったく、このラオ・キン・ションは大した人である。
ブラジル最大の密輸王」という称号を持っている。

もちろん、見つかった商品は、彼が扱っている中のほんの僅かな部分に違いない。

その証拠に、そういった店で売っている商品が棚から消えるようなことはないからだ。

この中国系ブラジル人の作り上げた組織は、相当に大きなものだということは容易に想像できる。
当然、非中国系ブラジル人の協力無くしては出来ないことである。

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実は、つねづね、大したものだ偉いものだと尊敬している。

これが家業である。
一家で捕まっている。

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サッカー・ブラジル代表カカは男の父親になる。

この月曜日(12月17日)にサントスSantosで息子のロブソン・ジュニオールRóbson Jr.が産まれたロビーニョRobinhoと同様に、カカKakáもまた男の子との父親になる。

妊娠4ヵ月目の、カカの妻カロリーニ・セリコCaroline Celicoは、夫がミランMilanのために世界クラブ杯Mundial de Clubesで戦っている時に、東京Tóquioで検査をし、赤ちゃんの性を知った。

この月曜日、カカKakáはFIFAの世界最優秀選手に選ばれた。

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あの美しいカロリーニ・セリコの診察をした産科医は誰だろう。

どうしてわざわざ日本で、性別検査をしなくてはならないのだろうか。

これも、神の思し召しかな。

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ブラジルで裁判を受け有罪になった日系人の、ブラジルでの報じられ方。

ミナス・ジェライスMinas Gerais州の裁判所は、12月17日(月)に、2005年11月に日本Japãoの浜松Hamamatsuのレストランのオーナーに対して行われた強盗殺人で訴えられたブラジル人に34年の禁固と有罪にした。

告訴によると、2005年11月22日未明の2時過ぎに、被告はレストランのオーナーを襲い、プラスチックの紐で後ろ手に腕を縛り、絞殺した。.
被告は、約41,200円(=741レアル)を盗んだとして訴えられた。

逃げる前に、被告はガスの栓を開き、火事を起こそうとして新聞の山に火を付けた。
しかし、すぐに火が消えたので、そうはならなかった。

「刑事訴訟法88条:ブラジルのテリトリーの外で行われた犯罪の裁判は被告人が最後に住んだ州の州都で行わなければならない」にしたがい、裁判はベロ・オリゾンチBelo Horizonte,で行われた。

裁判によると、被告人はブラジルBrasilに到着して、ミナス・ジェライス州のリオ・カスカRio Cascaに母親と住んでいた。
そこで、日本の警察Polícia Federal Japonesaと、ミナスジェライス州公共省Ministério Público de Minas Geraisと警察の共同作戦で逮捕された。
被告人は、今年の2月17日に予備収監された。

被告人は犯罪の当事者であることを否定した。
したし、その犯罪秘にレストランにいたことは確認した。
彼はレストランにいた、お金を支払った、家に戻った、しかしそこを最後にでた人間ではないと明言していた。

彼は、また日本に10年間住んでいて、お金に困ったことはないと明言した。
被告によると、その間、失業したのは僅か2ヵ月だけだった。

日本での証人は、警察の調書を確認している。

一審の決定について、被告側の弁護士は控訴することが出来る。

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これは、
サンパウロ市で発行されている一流紙のFolha de S.Pauloのウェブ記事である。

この記事より大きな扱いを、ミナス・ジェライス州の新聞がしているとは思えない。

日系人が多いサンパウロの新聞で、これだけの記事である。
被告人の名前すら出てこない。

これだけの記事ではあるが、「事件の規模」にしては、大きいとも言える。
※※亡くなられた方を貶めるつもりは全くない。
   
ブラジルで、事件が起きた報道があっても、裁判の報道ははるかに少ない。
新聞でもテレビでも、スペースには限りがあるからだ。
裁判が報道される時は、あまりに衝撃が多かった事件だけだ。
被告もしくは被害者に富裕層が絡んでいる場合とか、
多人数が死んだ事件とか、
犯罪金額が多い時とかである。

事件の風化は、とても早い。

この裁判が、日本とブラジルとの間での代理処罰であるという記述はない。

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おそらく、
サンパウロで発行されている日本語による新聞では、
はるかに大きい扱いになるだろう。

ただ、それを読むことが出来る日本語能力がある人が、極めて限られている。
2世でも能力的に読める人は、僅かである。

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他の裁判の判決などをきいていると、
ブラジルの刑は、犯した罪の数だけ年数が増える。

だいたい1人殺して、26-29年くらいで、
2人だとその2倍、3人だとその3倍。

さらに、強盗罪、共謀罪などが加わって、更に年数が増える。
100年以上というのもある。

しかし、現実に30年禁固というのはない。

もっともっと早く出て来るのが、普通。
週末だけ、家に戻るというものある。
昼は外で働いて、夜は刑務所というのもある。

脱走も多い。

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ブラジル・サンパウロの小鳥 その81 拙宅に来る鳥51。

ブラジル・サンパウロ市の中心部に近い一戸建て住宅専用街にある拙宅の付近は、都心にしては緑に溢れている。
大木も多い。
花の咲く木や実のなる木など、街路樹やそしてそれぞれの家に植えられた庭木には、実に多くの小鳥たちが集まっている。

拙宅にも、そういった小鳥たちがひっきりなしに訪れてくる。

しばらく、そういった小鳥達をゆっくりと紹介してみたい。

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テゾウロンというハチ鳥。

ハチ鳥は、空中で羽ばたきながら、花の蜜を吸う。
Spd20071016zp

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segunda-feira, dezembro 17, 2007

ブラジル・サッカー:2007オフ その40 エーメルソン・レオンがサントスの監督に正式就任。

エーメルソン・レオンEmerson Leãoが、サントスSantosの新監督。
2002年にサントスPeixeを指揮して18年ぶりにタイトルを獲ったエーメルソン・レオン監督は、2008年にまたサントスを指揮する。

紹介は、12月17日(月)の午後、ヴィラ・ベルミロVila Belmiroで行われる。

交渉は、ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgo監督が退任した後に始まった。
エーメルソン・レオン監督は、アラブ首長国連邦Emirados ÁrabesのドュバイDubaiにいて、そこのチームとの契約交渉をしていた。
エーメルソン・レオン監督はまたイランIrã代表チームを指揮するオファーも受け取っていた。
しかし、ブラジルBrasilに、サントスSantosに戻るほうを好んだ。

「エーメルソン・レオン監督はブラジルの代表的な監督の1人で、サントスSantosについてとても良く知っている。 そのほかに、ジュニアの選手の才能を見いだすことが出来る。 間違いなく、彼の3回目の就任は、前と同様にチームを勝利者にするだろう」と、社長のマルセロ・テイシェイラは、サイトで、述べた。

最初の時1998年には、南米サッカー連盟杯Copa Conmebolで優勝している。
2002年には、ロビーニョRobinho、ヂエゴDiego、エラーノElanoという若い選手をチームに置いた。

「サントスSantos、その選手、養成の仕組みなどよく知っている。 2008年の選手権では素晴らしいパフォーマンスを見せることが出来ると確信している」と、エーメルソン・レオン監督は、サントスSantosのサイトで明言している。

サントスで、2回監督をして、244試合を指揮した。
126勝、63分け、55杯。
ポイント獲得率は、60.24%。

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正式に、発表となった。

ヴァンデルレイ・ルシェンブルゴ監督に次いで、高給のエーメルソン・レオン監督を雇うことが出来るクラブは、ブラジルにはいくつもない。

アラブ首長国連邦やイランは、かなり良い条件を出したはずだ。

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サッカー:ロマリオの日々 その67 ドーピングの審判は火曜日に決定。

ロマリオRomárioのとても待たれていた審判が、12月18日(火)18時から、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroのスポーツ最高裁判所Superior Tribunal de Justiça Desportivaで行われる。

ドーピング検査をうけたロマリオBaixinhoは、その尿からフィナステリーダという物質が発見されていた

ヴァスコ・ダ・ガマのFWそして今は監督でもあるロマリオRomárioは、120日間から360日間の出場停止処分を受けることなるだろう。 監督としても同じことで、芝生から離れなくてはならない。
つまり、スポーツ最高裁判所STJDによる処分を受けた場合には、ロマリオは、グラウンドの縁で、ヴァスコ・ダ・ガマを指揮することも出来ない。

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17時30分から、
サイトでは実況になるようだ。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その39 ロビーニョの子供の誕生。

ロビーニョRobinhoは、”ペダラーダ”を引き継ぐための後継者を得た。

12月17日(月)12時20分に、ロブソン・ヂ・ソウザ・フィーリョRóbson de Souza Filhoが、サントス健康病院Casa de Saúde de Santosの産科で誕生した。

3,240グラム、47センチメートル。
2008年に結婚を考えているロビーニョRobinhoとヴィヴィアンVivianの最初の子供である。

ロビーニョは、この5月に父親になることを明かしていた。
そこ後何ヶ月かして、米州杯Copa Américaの時に、ベネズエラで、子供のために全てのゴールを捧げ始めた。

子供の性別が分かる前に、ロビーニョRobinhoは男の子になると確信を持っていて、名前も決めていた
もし女の子だったら、ジュリアJúliaになっていた。

ロビーニョRobinhoは近日中に子供にあう。
先週末は、ロビーニョはレアル・マドリReal MadridがオサスナOsasunaに2対0で勝利するのに貢献した。
来週日曜日には、バルセロナBarcelonaとの”クラシコ”がある。

帝王切開の後、母親は具合良く、すでに病室で休んでいる。

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誠に、おめでたい話である。

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ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その116。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

サンパウロの歴史的中心部セントロの西側、コンソラソン教会の背後に、フランクリン・ルーズベルト広場がある。

このフランクリン・ルーズベルト広場は、今は、地下にサンパウロの東西を結ぶラジアル・レスチ・オエスチとプレシデンチ・アウツール・ダ・シウヴァ・エ・コスタが通っていて、コンクリートで固められた広場となっている。

道路の上は、24時間営業の広い駐車場になっている。
そのまた上階は、頻繁に用途が変わっている。

ずっと以前には、図書館があったはずだ。
そのあと、スーパーになった時もある。
Spd20071216k

今は、一部が警察になっているし、花屋が何軒か営業している。

でも、使われていなくて荒れ果てている部分が多く、一見近づきがたい。
事実、通り抜けする人も多くない広場である。

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このフランクリン・ルーズベルト広場の北側には、サンパウロ市の歴史的中心部セントロから西に延びる幹線道路のコンソラソン通りが通っている。
警察はそこにある。
その警察の入り口のところに、信号機の制御盤がある。
Spd20071111s

制御盤全体が、完全にデザインされてしまっている。
これと同様のデザインの制御盤が、ピニェイロス地区のカヂアル・アルコベルヂ通りに沿って2-3個あることは、以前に紹介した。
Spd20071005cw

このフランクリン・ルーズベルト広場から、コンソラソン通りを西に200メートルほど離れたところにある制御盤もまた同様の状態になっている。
Spd20071005cv

逆に、コンソラソン通りをセントロ方向に向かい、フランクリン・ルーズベルト広場の外れから10メートルもないところになる制御盤も、同じ作家によるものと思われることになっている。
Spd20071103zw

Spd20071103zx

この作家が、制御盤を主な対象としているのは、間違いないのだが、実はここフランクリン・ルーズベルト広場では更にこの作家の異なった作品を見ることが出来る。

フランクリン・ルーズベルト広場の一角に、ラヂアル・レスチ・オエスチの出口があるのだが、その道路壁にも作品がある。
Spd20071103zy

「目玉」のような意匠は、この作家の特徴をそのまま出している。
Spd20071103zs

さらに、先ほどの警察とコンソラソン通りを挟んで、陸橋にも、作品がある。
やはり「目玉」で、この作家の作品と同定できる。
動物の「顔」のようなところが、他の作品とは異なったところだ。
Spd20071111p

さらに、フランクリン・ルーズベルト広場にも、作品がまだ2つあることを発見した。
色づかいなどにも、そして「目玉」にも、この作家ならではの特徴がでている。
Spd20071103zg

そして、作品の一部が、住民の煮炊きで焦げてしまっているが、これも同一の作家によるものである。
Spd20071103zh

この作家にとって、ここフランクリン・ルーズベルト広場はアトリエのようなところである。

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ブラジル・サッカー:2007オフ その38 エーメルソン・レオン監督がサントスを訪問。

エーメルソン・レオンÉmerson Leão監督が、12月16日(日)にサントスSantosにある、サントスPeixeの社長ともう一度会議をするために王様ペレ・トレーニング・センターCT Rei Peléを訪問した。

サントスの財務部も、エーメルソン・レオン監督の給与問題について合意するためにこの会議に同席していた。

サントスSantosの新監督としてエーメルソン・レオン監督を公式に発表するのは来週初めになる。

エーメルソン・レオン監督とサントスSantosとの契約は、契約取り消しの署名をしていないヴァンデルレイ・ルシェンブルゴVanderlei Luxemburgo監督との契約が有効なために、固めることが出来ない。

技術委員会の多くは引き続き残る。
しかし、エーメルソン・レオン監督の忠実な盾として、監督補佐でGKトレーナーのペドロ・サンチーリPedro Santilli、トレーナーで監督の甥のフェルナンド・レオンFernando Leãoは、将来のサントスSantosの監督から、要求がでている。

エーメルソン・レオン監督はまだ社長に選手の強化を要求していない。
日曜日の会議の中で、エーメルソン・レオン監督は決定をする前に現有の戦力を評価検討すると言った。

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さっそく、ドュバイから戻ってきたようだ。

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