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terça-feira, 25 de dezembro de 2007

ブラジル・サンパウロの「カルロス・ゴーンはブラジル人だった」。

12月19日のことだが、ルノー・日産グループ社長のカルロス・ゴーンが、ニュースに出て来た。
Spd20071220zk

ブラジル・サンパウロを訪れていたのだ。
来年のF1のルノーのドライバーに、
80年代初めのブラジル人レーサーのネルソン・ピケの息子ネルシーニョ・ピケと契約したのだが、その発表会に参加したりしていた映像なども出て来た。

ブラジルにおけるルノー・日産グループのシェアは4%程度である。

そして、ニュースの中で単独インタビューに応じていた。

そのインタビューは、全てポルトガル語でおこなわれたのだが、
カルロス・ゴーンは、「よどみなく」とまではいかないまでも、
きちんと話していた。
「20071219JG-CarlosGosn-Entrevista.wmv」をダウンロード

日本では、カルロス・ゴーンはフランス人というイメージ強いだろうが、
彼はブラジル人である。

レバノン系フランス人が親で、ブラジルの辺境ロンドニア州で生まれている。
だから、出生地主義をとるブラジルの国籍を持っている。
ただし、その後7-8歳で、ブラジルを離れて、
レバノンそしてほとんどの教育はフランスで受けている。

ミシェランそしてルノーを経て日産にやってきたわけだ。

ブラジルにいた期間などほとんどない。
だから、ポルトガル語はたぶん話せないだろうと思っていた。

ただ、数年前だったか、日産の株式総会の前に、父親が亡くなって、その総会を社長にもかかわらず欠席したことがあった。
その父親の葬儀が行われたのは、リオ・デ・ジャネイロであった。

カルロス・ゴーンと、ブラジルの縁は切れていなかったのだろう。

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