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terça-feira, 15 de abril de 2008

サッカー:ロマリオの日々 その107 「引退」。

今回は「公式」。

4月14日(月)に、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroのバッハ・ダ・チジュッカBarra da Tijucaのレストランで行われた、そのキャリアにおける主なゴールのDVDの発売発表にあたり、ロマリオRomárioはキャリアの終わりを発表した。
42歳、ロマリオBaixinhoは子供たちと友人たちとの生活を過ごすことだけを今は望んでいる。

「公式にもうプレイしない。 やめた。 自分の時代は終わった。 すべて楽しかったことだ」と、ロマリオは言った。

サッカーの歴史において最大のFWのひとりであるロマリオRomárioは1000ゴールをマークしたあと1年足らずでキャリアを終える。
最後にグラウンドに入ったのは、サン・ジャヌアリオ São Januárioで行われたブラジル選手権Campeonato BrasileiroのインテルナシオナウInternacional戦で、ヴァスコ・ダ・ガマは2対1で敗れている。
キャリアにおける1002ゴールの最後のものは、2007年6月9日で、サン・ジャヌアリオSão Januárioでの、グレミオGrêmio戦であった。

ロマリオBaixinhoはまだマラカナMaracanã競技場でお別れ試合をすることを考えている。
しかし、ブラジルサッカー協会CBFとリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroでプレイした3つのクラブが一緒に組織するような、大掛かりなものになるに違いない。

「何も考えていなかった。 しかし、もし誰かがオファーをしてくれるならば、自分はブラジル代表そしてまたほかのリオ・デ・ジャネイロのプレイした3つのクラブのヴァスコ・ダ・ガマ、フラメンゴFlamengo、フルミネンセFluminenseのユニフォームを着るだろう。 しかし、自分の友達やそこで戦った選手たちすべてを呼んで行われなければならない」

昨年より4キロ重く、キャリアを続けるオファーもなく、ロマリオBaixinhoはキャリアを続けるための活力がないことを認めた。

「考えた。 再考した。 止めることに決定した。 6ヶ月間プレイしていないので、公式試合に戻るのは難しい。 『やめた』という時である」と、ロマリオは言った。
「20080414JG-Romario-Entrevista.wmv」をダウンロード

42歳のロマリオRomárioは、監督のキャリアに戻る関心は全くないと言った。
ブラジル・サッカー協会CBFのリカルド・テイシェイラRicardo Teixeira会長はロマリオを2014年のワールドカップCopa do Mundoの組織でロマリオRomárioを使うと言った。

「自分が手伝える事についていうことは難しい。 まず自分に彼が何をさせたいのかを知る必要がある。 しかし自分のことを考えてくれることを知って嬉しい。 もう仕事がある」と、ユーモアたっぷりに話をした。

この何カ月か、ロマリオRomárioはグラウンドに入ることができなかった。
フィナステリーダfinasteridaの使用によってドーピングで出場停止になっていた。
そのあと、エウリコ・ミランダEurico Miranda社長といさかいを起こして、監督となっていたヴァスコ・ダ・ガマを出た
2月14日に、スポーツ最高裁判所STJDは無罪にした。
しかし、引き続きプレイしなかった。
3月31日まで契約をしていたヴァスコ・ダ・ガマに縛られていた。
この何週間か、カリブCaribeで草試合に参加していた。

ロマリオRomárioは、1985年に、アントニオ・ロペスAntônio Lopes監督によってヴァスコ・ダ・ガマのジュニアから引き上げられてプロのキャリアを始めた。

最初の年から、ロマリオのゴール率は注目され、1986年と1987年にはリオ・デ・ジャネイロ選手権の得点王になった。

PSV EindhovenとBarcelonaと海外のクラブで成功した後、ブラジルBrasilに戻り、フラメンゴFlamengoそして、フルミネンセFluminense、さらにヴァスコ・ダ・ガマに戻った。
国外では、ほかにValencia-ESP、Al Sadd-EAU、Miami-EUAAdelaide United-AUS.でプレイした。

ブラジル代表としては、1994年のワールドカップで優勝したことが特筆される。
米国Estados Unidosでのワールドカップにおける活躍で、ロマリオは、フィファFifaによって最優秀選手に選出された。

1990年のワールドカップでは目立つことなく、1998年はケガによって外され、2002年にはルイス・フィリッピ・スコラーリLuiz Felipe Scolariによって除外された。

ブラジル代表では、米州杯Copa Américaで1989年と1997年に、そしてコンフェデレーション杯Copa das Confederações で1997年に優勝した。

この何年かは、ロマリオRomárioは衰えを指摘されて非難を受け、引退を要求された。
しかし、ヴァスコ・ダ・ガマが優勝した2001年と、39歳だった2005年の2度、ブラジル選手権の得点王になった。

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このところ、
映像もなく、話題もなかったロマリオがついに引退を発表した。

コメントもしようがない。

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実は、4月13日(日)の未明に、
ロマリオの所有するフェラーリが大破したというニュースがあった。

ロマリオの友人が運転していて、ポストにぶつかったというもので、誰もけがもしなかったというのに、全国ニュースで流れた。

ロマリオも乗っていなかった。

そんな久しぶりのニュースが、「引退」の露払いのニュースだったかのようだ。

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