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domingo, 18 de maio de 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その164 Os gêmeos 21。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロ市が、きれい好きな市長のせいで、
市の管轄にある施設や道路にあるグラフィッチを消しているのである。
消える前に、消される前に少しでも早く写真にとっておこうという焦りもある。

サンパウロ市の全域に、こういったグラフィッチはあるのだが、程度の良いものは歴史的中心部のセントロを中心としたところに多い。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、
もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、
その地域にマッチしている作品を
描き続けている作家は、
何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、
作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

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バンドフォ兄弟は、多作である。

今も、描き続けている。

なかった所に、新作を発見することも多い。

ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシ、リベルダーヂ、ベラ・ヴィスタのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

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サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南に隣接するリベルダーヂ地区も彼らの作品が多いところである。
ただ、そのほとんどはコンセリェイロ・フルタード通りよりも東側にある。
つまり、危険な雰囲気のところだ。

そのコンセリェイロ・フルタード通りから東に降りる道の一つに、コンデ・ヂ・サルゼーダス通りという道がある。
この道が、サンパウロ市で最初に日本人が住み着いたと言われている道である。
もともと農業移民で、サンパウロ市のような都市にはいなかったのだが、農業から商業に転身して、この道に住んだということだ。
20年ほど前までは、まだ宮本書店や太陽堂と言った書店もあり、確かにもう外れてはいたけれど、日本人がいた雰囲気はあった。
しかし、今はそういう雰囲気はない。

下れば下るほど、雰囲気は悪くなる。
日中に、車で通るだけにしておきたい。
Spd20071202czzo

さて、そのコンデ・ヂ・サルゼーダス通りに入って最初の角を右に入ると、ドトール・トーマス・ヂ・リマ通りで、そこに沖縄県人会がある。
ブラジルへの移民の半分は、沖縄県人と言われている。
ここで、日本文化と言われているものにも、沖縄由来のものがとても多い。

その沖縄県人会のすぐ左隣にもパンドルフォ兄弟の作品がある。
Spd20080210ce

この通りは、もう雰囲気がかなり悪くなってくるので、沖縄県人会からあまり低いほうに離れたところに行かないことをお勧めする。
Spd20080210cf

沖縄県人会館ができたときは、もっと安全だったのだろうが、いまは雰囲気が変わってしまった。
Spd20080210cg

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