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sexta-feira, 4 de julho de 2008

ブラジル・サンパウロの「日本移民100周年」 その11 「100年記念碑除幕式」1。

100年前の1908年6月18日が、最初の日本人移民団が、笠戸丸に乗って、サントス港に到着した日で、この日が、サンパウロ州の移民の日となっている。

今年は、この日本人の移民100年を祝っていろいろな行事が、ブラジルの日本人・日系人が多いところで、次から次と行われている。
6月21日(土)には、サンパウロ市のサンボードモで、皇太子殿下ご臨席の下、「100周年記念式典」が開催された。

皇太子殿下は、この前後9日間にわたって、ブラジルの各地を、非常に稠密な日程でくまれた行事に参加されたことは、すでに取り上げたことである。

6月20日(金)の午後には、サンパウロ市東部のカルモ公園での、「100周年記念碑」の除幕式にご出席になった。

実は、この除幕式を見に行った。

除幕式は、13時30分に始まり、15時10分に終わる予定であった。

カルモ公園は、サンパウロ市の中心部から20数キロ離れており、平日では1時間以上かかるようなところにある。
と言っても、沿道の警備が厳しいということもなかった。
ただ、公園に入るときは、園内の駐車場は、一部閉鎖されており、別のところに行くように言われたのだが、結果的にはそこに止めたことが会場には近かった。

この公園の位置関係については、よく知っているので、中に入ることができれば、特に問題はない。

園内では、いつもは警備員程度しかいないのだが、そこは警備員もいつもより遙かに多く、警察もいた。

会場に向かう道である。
この非舗装の道を、皇太子殿下を乗せた車も往復している。
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会場に近づいてくると、人が集まっていた。
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皇太子殿下は、車を降りると、カーペットの上を、約100メートル歩くことになっていて、到着1時間も前なのだが、人がいっぱいだった。
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会場には、仮設のテントが4つ設置されていた。
一つは、ステージ。
2つは招待客用。
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※クリックすると拡大する。

そして、楽団用だ。
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会場は、やや高い丘の上にある。
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丘の上は、以前から、子供の遊び場があったところで、その脇に記念碑が設置される。
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楽団のテント。
クラシック中心で、
テノール歌手も登場していた。
ご到着前には、ブラジルのポピューラーも演奏していた。
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14時30分頃、
除幕式に参加する子供たちが入場してきた。
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そして、予定より遅れていたが
14時40分過ぎ、
皇太子殿下が到着された。
遠くでもすぐに、どなたが皇太子なのか、見分けがついた。
高齢の招待者も立ち上がって旗を振った。
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皇太子殿下の隣の、赤いネクタイをしたのがサンパウロ市長のカサビ。
この公園は市営だ。
そして、柿色の紙袋を持っているのは、西林サンパウロ総領事である。
どうも、各総領事はその紙袋を持って、皇太子殿下のすぐそばにいなくてはならなかったようだ。
何が入っているのか、とても気になった。
何かの「お印」なのだろうか。
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ひげの男性が、
「記念碑」制作したKota Kinutaniと言う人。
日芸の卒業である。
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まず、日本国歌の「君が代」の短い演奏の後、
ブラジル国歌の長い演奏があった。


サンパウロ市長カサビの挨拶。
皇太子殿下は、いつも挨拶をしている人の方を向いておられた。
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皇太子殿下はご挨拶をされることはなかったが、
何人かが挨拶をした後、
除幕となった。
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NHKが、参加者に取材していた。
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除幕の後、ステージを降りられて、
皇太子殿下は、記念碑をごらんになった。
記念碑はいくつかの碑からなっており、
それらを順に回られたのである。
作家が説明をしていた。
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参加者に、お手を振られる皇太子殿下。
作家も手を振っているが、これはちょっと勘違いだと思った。
こういうときに、手を振ってよいのは、皇太子殿下とサンパウロ市長だけだろう。
作家ではあるが、そこはわきまえてほしかった。
みんな皇太子殿下を見に来ているである。
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かなりゆっくりと回られた。
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皇太子殿下と市長の間にいるのは通訳。
西林総領事の持つ紙袋はどうしても目立つ。
人に預けるわけにはいかないものが入っているのは明らかだ。
このあと、木を植えられているが、そこは報道陣の場所の真ん前で、視界には入らなかった。
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ステージの上では、鋭い目をした連邦警察の警備陣。
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そして、除幕式が終わり、ステージを降り、次の予定のために車に向かわれる皇太子殿下。
あの手の振り方は、なんとも上品で、簡単そうで簡単ではないと思えた。
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周りを警備が取り巻くにしても、結構無防備な。
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「20080620f.MOV」をダウンロード

ほんの数メートル先を、通り過ぎられた。
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皇太子殿下がサンパウロで使用されたベンツ。
ブラジリア・ナンバーだった。
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すぐに車に乗り込まれることもなく、市長などに挨拶をされ、そしてまた手を振られた。
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この車は防弾車なのだが、
日本ではあるカーテンがなく、外から丸見えのままである。
これでは、移動中も気が休まらないことだったと思う。
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一行が会場を離れられた。
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つづく。

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