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quarta-feira, 17 de dezembro de 2008

ブラジル・サッカー・オフ2008 その19 イヴォ・ウォルチマン監督は、ジュヴェンチュージからコリチーバへ。

イヴォ・ウォルチマンIvo Wortmann監督が、ジュヴェンチュージJuventudeを出ることが、12月16日(火)17時30分に行われた記者会見で、ジュヴェンチュージの社長セルジオ・フロリアンSérgio Florianによって発表された。

イヴォ・ウォルチマン監督は、2009年に創立100年を迎えるコリチーバCoritibaの指揮をするというオファーに合意し、ブラジル・サッカーの1部に戻る。

「自分は、コリチーバCoritibaにとって100周年という特別な時に思い出してもらったことに、とても満足し、誇りに思っている。 すべてのタイトルをとり、ファンに幸せを与えられるように、前と同じかそれに以上にしたい」と、広報担当者を通して、イヴォ・ウォルチマン監督は語った。

イヴォ・ウォルチマン監督は、ジュヴェンチュージの財政状況をみて、減俸でジュヴェンチュージとの契約更新に合意していた。

しかし、2001年にイヴォ・ウォルチマン監督がよい仕事をしたコリチーバからの強い勧誘があった。イヴォ・ウォルチマン監督はジュヴェンチュージで受け取る2倍をコリチーバで受け取ることになる。

「ジュヴェンチュージの経営者は、コリチーバのオファーがあるという状況に感情的になったが、理解してくれて、自分を自由にした。 ジュヴェンチュージとは関係がなくなった」

契約に署名していなかったにもかかわらず、イヴォ・ウォルチマン監督は今日ジュヴェンチュージの社長と自由になることを合意するためにジュヴェンチューヂに行った。 コリチーバは償いとしてジュヴェンチュージJuventudeにその選手をレンタルすることになる。 監督補佐のマルセロ・マビーリアMarcelo Mabíliaはイヴォ・ウォルチマン監督とともにコリチーバCoritibaに行く。

「コリチーバCoritibaから最初のコンタクトがあったときからすべて明らかにしていた。 自分はジュヴェンチュージJuventudeと約束があった。 それで、出て行くことに唯一の条件は両クラブの間の合意である。 それがなされた」と、イヴォ・ウォルチマン監督は説明した。

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2005年にセリエBに降格し、2年後の2008年にセリエAに復帰したパラナ州の名門コリチーバ。
2007年にセリエBに降格して、2008年末にセリエAへの復帰ができなかったジュヴェンチュージ。

イヴォ・ウォルチマン監督は、だいたいこのクラスの指揮を執っている。
まじめそうな監督だが、強い個性は感じられない。

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