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terça-feira, 8 de dezembro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その297 Os gêmeos 156。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

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パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

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サンパウロ市の歴史的中心部セントロの東側を、タマンドゥアテイ川が南から北へ流れている。

そこは、川を挟んで、パルケ・ドン・ペドロ1世と呼ばれる広大な地区である。
パルケと名がつくが、公園ではない。
Sps20090728czg
※クリックすると拡大する。

南北に長い楕円形をした地区で、半分以上は、未使用になっている。、
一部には、サッカーグラウンドもある。
タマンドゥアテイ川の西側は、市の東部や南東部へ向かうバスのターミナルもある。
高架になっているが、地下鉄の駅もある。
Sps20090728czd

だが、実際は、南北を結ぶ幹線道路のエスタード大通りや、東西を結ぶラヂアル・レスチ・オエスチなどを中心としたサンパウロ市の重要な大幹線道路が、このパルケ・ドン・ペドロ1世で、立体交差になった周回道路で、交差している。

車の通りは多いが、バスターミナルや地下鉄駅に向かう人たちが歩いているところ以外は、人はあまり歩いていない。
ただ、緑地や高架下には、住民がお住まいになっている。

このパルケ・ドン・ペドロ1世地区の北端にあるのが、
サンパウロ市最大の廃墟ビルの「サン・ヴィット・ビル」である。
Sps20090216cl

Sps20091003cw

下層階は店舗で、上層階はアパートになっていた。
1950年中期にたてられたが、
1980年代には、完全にスラム化していた。
今年、やっと全住民を退去させた。
遠からず、解体されるようだ。
Sps20091013cz

このサン・ヴィット・ビルのかまぼこ形の屋根の南側の妻に、おそらくパンドルフォ兄弟によると思われる文字絵があるのはかなり前から気づいていた。
Sps20090216cj

実は、パンドルフォ兄弟には文字絵(もしくは絵文字)の作品もあるのだが、他の文字絵との判断がよくつかないし、だいたい特別なメッセージではなくて、”Os gêmeos”と書いていることが多いようなので、今まであえて取り上げてきていない。

このサン・ヴィット・ビルは、周辺から独立した高層ビルなので、かなり目立つ。
この周辺では、隣のビルを始め、いくつも彼らの作品を発見しており、今までも紹介してきた。
ただ、このビル自体では、まだ発見していなかった。
Sps20090216cn

それでも、
いつもサン・ヴィット・ビルの近くを通るときは、どこかにあるのではないかと、見上げては、当てもなく写真を撮り、壁などを細かくチェックしてきていた。

このビルの周辺は、危険地域中の危険地域であり、
ふらふらと歩きながら、1-2時間も、ビルを見つめて、写真を撮るようなところではない。
また、高層ビルなので、ある程度距離を置かないと、ビルの壁全体を写真に撮ることはできない。

6月頃に、このサン・ヴィット・ビルの東側を通っている時に、
何気なく見上げたビルの最上部の四角い塔屋部分に、
驚いたことに、パンドルフォ兄弟の作品があるのを発見した。
Sps20090611czt

Sps20090611czu

Sps20090611czv

それからの、ロケハンが大変であった。

最上階なので、ビルの真下からでは撮影ができない。
Sps20091013ce

さらに、廃墟なので、当然のことながら、ビルに入ることはできない。
それ以前でも、ビル内への立ち入りなど、思いもよらないことであっただろうが。

撮影ポイントを求めて、何日も何日も、このサン・ヴィット・ビルから、ある程度距離を置いたところから、ビルの塔屋を見つめた。
Sps20090613cx

サン・ヴィット・ビルは、南北に細長い壁のようなビルである。
塔屋には、その中央の東側にある。
Sps20090728cn

Sps20090728co

Sps20090728cp

塔屋に描かれた作品は、人の頭であるが、顔は南を向いている。
東西が耳になっている。
Sps20091013cza

Sps20090622ce

西側からのアプローチでは、塔屋自体を見るためには、相当な距離を置かなくてはならない。

南側からのアプローチでも、同様に、かまぼこ形の屋根が、塔屋の前にかかってしまい、相当な距離をおいたところでなければ、顔をとらえることができないことがわかった。
Sps20090728cv

Sps20090728czb

距離を置けば置くほど、当然のことながらビルは小さくなり、作品もさらに小さくなる。
つまり、三脚を立てて、300ミリ以上の望遠レンズを使うことなども考慮しなくてはならなくなる。
Sps20090728cw

サンパウロ市の歴史的中心部セントロの、それもこのパルケ・ドン・ペドロ1世地区の路上で、グラフィッチを撮影するために、そんなことははじめから全く考えられない。

サン・ヴィット・ビルから、南南西に直線で800メートルのところに、
財務省関係のビルがある。
このビルも割と高層なので、
できることなら、このビルの最上階に上り、三脚を立てることができれば、良いのだろうが、それは完全に不可能である。
Sps20091013czh

Sps20091013czi

Sps20090613cs

ヘリコプターを使うことを検討しないならば、地上においては路上からの撮影以外は考えられない。

こうしたロケハンを2ヶ月近く続けて、ついに敢然として、撮影を決行した。

撮影場所は、南側約600メートルのアントニオ・ナカジマ陸橋の西行きである。
陸橋なので、地上から10数メートルは高いところも多少なりとも有利である。
Sps20090728cz

Sps20090728cy

陸橋の両側は、車線とは隔てられているが、歩道もある。
人通りは、少ない。
通行人は、どういう訳か、この歩道を使わずに、車がどんどん通る車道を歩いていた。
Sps20090728czh

理由は、歩道に、住民がいるとか、もしくは、人気がないので、追いはぎが潜んでいるからとかも考えられる。
実際に行くと、歩道は、住民たちが、排泄をするところだということがわかった。

実際強烈な臭気が立ち上り、足下にも気をつけて歩かなくてはならなかった。
車道を歩くのが正解であった。

ビルから見ると、やや南東側になるのだが、
顔の全容をとらえることができた。
Sps20090728cze

Sps20090728czf

Sps20090728cx

もっとも手間暇をかけた、撮影となった。

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