quinta-feira, 19 de março de 2015
segunda-feira, 14 de fevereiro de 2011
ブラジル・サンパウロのコリンチャンスのロナウドの引退会見。
2月14日(月)13時から、
サンパウロ市東部にある
コリンチャンスのパルケ・エコロジコ・トレーニング・センターにおいて、
ロナウドの記者会見が行われた。
約50分間続いた。
記者会見の前に、
ロナウドは、
グランドの選手たちにお別れをした。
http://sportv.globo.com/videos/v/antes-da-coletiva-de-despedida-ronaldo-cumprimenta-os-companheiros-de-corinthians/1435326/#/Futebol/Times/Corinthians/page/1
ロナウドは、
何度も感極まり、
また非常にゆっくりと言葉を選んで話をした。
http://sportv.globo.com/videos/v/ronaldo-anuncia-aposentadoria-e-explica-que-lesoes-encurtaram-carreira/1435460/#/Futebol/Times/Corinthians/page/1
http://sportv.globo.com/videos/v/ronaldo-revela-que-familia-estava-viajando-e-diz-estava-sozinho-quando-decidiu-parar/1435504/#/Futebol/Times/Corinthians/page/1
引退の大きな理由として、
膝のけがに加えて、
あらたに
ミランにいるときにすでに発症していたとのことだが、
甲状腺の異常(hipotireoidismo)をあげた。
これが、
体重の減少を妨げたということである。
治療は、ホルモン療法なのだが、
これを行うと、ドーピングとなるので、
これを行うことができなかったという。
すでに、
コリンチャンスのユニフォームは着用していなかったが、
ユニフォームと同色のナイキのポロシャツを着ていた。
二人の息子も同席した。
最初の結婚で生まれたロナウドと、
昨年末にDNA検査の結果確認された、日系のミシェリ梅津との間に生まれたアレックスである。
選手としては引退したが、
当分、コリンチャンスで、各種プロジェクトに関わる。
http://sportv.globo.com/videos/v/ronaldo-revela-que-continuara-no-corinthians-levando-o-nome-do-clube-pelo-mundo/1435507/#/Futebol/Times/Corinthians/page/1
domingo, 13 de fevereiro de 2011
ブラジル・サンパウロのコリンチャンスのロナウドが引退。
ロナウドが引退を決めたようだ。
2月13日(日)のある新聞では、友人の談として報じられていたが、
夕刻になって、
各メディアでも、
「ロナウドが引退を決めた」ということを、
同日に行われたサッカーの試合の結果よりも、
大々的に報じている。
http://sportv.globo.com/videos/v/ronaldo-pode-anunciar-aposentadoria-nesta-segunda-feira/1434962/#/Futebol/Times/Corinthians/page/1
ロナウド本人は、まだ、登場していない。
2月14日(月)12時40分から、
サンパウロ市東部の
コリンチャンスのパルケ・エコロジコ・トレーニング・センターにおいて、
記者会見が設定されている。
ここで、正式にロナウド本人が発表するようだ。
12時40分という中途半端に思える時刻は、
Globo局の昼のスポーツ番組”GLOBO Esporte”の放送時刻にあわせたことは明々白々。
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コリンチャンスは、2月12日(土)に
ロベルト・カルロスとの契約を解除したばかり。
続いて、
ロナウドがいなくなるわけである。
経営的には、
超高給の二人がいなくなるわけで、支出は減る。
その分、若くて、まだ安い選手を買うことができるだろうが、
入場料やテレビ放送料さらにスポンサー料が
減ることもまた否めない話だ。
2008年末のロナウドの入団で、
場所によっては5倍以上になった入場料がいささかでも安くなるのだろうか。
ブラジルのクラブの中では、断トツに高い入場料だが、
それでもコリンチャンスのファンはいつも大挙して現れていた。
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ロナウドの選手生活は、けがとの戦いだったわけだが、
コリンチャンスに入ってからもそれは変わらなかった。
2009年にサンパウロ州選手権とブラジル杯に優勝に貢献したが、
その後は目立った活躍はしていない。
2010年そして2011年のリベルタドーレス杯では、全く期待はずれ。
2009年そして2010年は、
「格の違い」を見せていたが、
2010年の末から今年になって、
凄みもなくなっていたのは明らかであった。
つい先頃の記者会見では、本年12月の契約満了まではコリンチャンスでプレイするといっていたが、
その願望はかなわなかったことになる。
熱烈なコリンチャンスのファンであるブラジルの前大統領の
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァも
数日前に記者会見で
「ロナウドは太りすぎ、止めるべきだ」と、
引導を渡していた。
いくら絞ろうとしても、やせない体質と、止まらない食欲が、結局これにつきるようだ。
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2009年そして2010年に、何試合も、
ロナウドをみることができたのは、
幸運であった。
segunda-feira, 14 de junho de 2010
ブラジル・サンパウロのゲイ・パレード2010 その1
6月6日(日)に、
2010年のサンパウロの「ゲイ・パレード」が挙行された。
例年通り、
パレードは、
パウリスタ大通りをスタートして、
コンソラソン通りを下り、
フランクリ・ルーズベルト広場までであった。
2005年から、
毎年行き、
毎年ここで紹介してきたわけであるが、
これにも飽きてきたいたところであった。
だけど、
当日の朝11時にパウリスタ大通りで所用があり、
これが終わったのが、13時過ぎということで、
ちょうどパレードと重なってしまった。
いつもの日曜日であれば、
車でその辺りまでいって駐車するのであるけども、
すでに規制されていることと、
周辺であっても混雑することは目に見えていたので、
アンジェリカ通りに車を止めて、あとは歩いていった。
パレードが始まる前ではあったが、
11時前でも、パウリスタ大通りには
かなり人が出ていた。
13時過ぎには、
もう、大音響が始まる前であったが、
人はもういっぱいであった。
戻りつつ、
パレードの中に入ったり、
歩道でながめたりした。
どうも、例年よりも、人手がずっと少ないように感じた。
というのは、あまり人と接触することなく歩けたからである。
だけども、
主催者の発表では、340万人が集ったと、
昨年以上だと発表していた。
拙宅の戻ったのは、15時頃であったが、
大音響は17時でもまだとどろき渡っていた。
写真は、例年のようには撮らなかった。
あまり変わり映えがしないようだったからだ。
楽しい様子だ。
大音量にするとより実態に近い。
http://www.youtube.com/watch?v=pd7AIVpFbS4
http://www.youtube.com/watch?v=Cc6FPM6C_XQ
http://www.youtube.com/watch?v=cpZJV8jfBgs
http://www.youtube.com/watch?v=2BNtiMOrtk4
http://www.youtube.com/watch?v=JitxoUpif4M
http://www.youtube.com/watch?v=IwgUPJhU48E
http://www.youtube.com/watch?v=roGm0nbe1o4
http://www.youtube.com/watch?v=xMWIkR_4i8w
http://www.youtube.com/watch?v=WoxN-_l3i-o
quarta-feira, 11 de novembro de 2009
サッカー:コリンチャンスのロナウド その49 イスラエル大統領と面談。
ロナウドRonaldoは、この木曜日(11月12日)に特Boa Vontade別な約束がある。
国連ONU (Organizações das Nações Unidas), の””大使のタイトルで、炉な魚でゃ、イスラエルIsrael大統領のシモン・ペレスShimon Peresに会うために招待されていた。
イスラエル大統領のシモン・ペレスは、この週末までブラジルBrasilに滞在し、ロナウドFenômenoと、パウリスタ大通りAvenida Paulista地区のある有名なホテルで16時30分に会談する。
午前中、パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeで、ロナウドはチームの他の選手たちと、日曜日(11月15日)にフロリアノポリスFlorianópolisのレサカーダRessacada競技場で行われるアヴァイAvaí戦に備えてトレーニングをする。
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単なる選手の枠を完全に越えているロナウド。
いろいろと参加しなくてはならない行事があるのだ。
quinta-feira, 25 de junho de 2009
ブラジル・サッカー2009 その1 リベルタドーレス杯の試合での人種差別発言。
リベルタドーレス杯は、
準決勝まで進んでいる。
準々決勝までは、ブラジルのクラブが参加していた5クラブのうちスポルチをのぞく4クラブが残っていた。
その4クラブの中には、パルメイラスともう一つのクラブの2つのサンパウロのクラブが入っていた。
でも、ともに準々決勝で消えてしまい、ブラジルのクラブで勝ち残っている2クラブはリオ・グランヂ・ド・スル州のグレミオとミナス・ジェライス州のクルゼイロである。
サンパウロでは、もう今年のリベルタドーレス杯は終わってしまったことになっている。
準決勝では、このブラジルの2クラブが対決することになり、
6月24日(水)22時から、
第1戦が、
クルゼイロのホームであるミネイロン競技場で行われて、
3対1で、クルゼイロが勝利した。
水曜日の22時の試合は、
Globo局の地上波でのサッカー枠の時間にもかかわらず、
サンパウロ州では、この試合は放送されなかった。
サンパウロ州だけではなく、
この2クラブが所在する
リオ・グランヂ・ド・スル州とミナス・ジェライス州だけしか放送されなかった。
ファンでもないクラブの試合を見るような酔狂な人間はいないのだ。
代わりに、映画が放送された。
試合は地上波では放送されなかったのだが、
ケーブルのスポーツ専門局であるGlobo局系のSporTV局では、実況中継された。
試合後は、
その日のスポーツ全般についてのSporTVnewsという番組が始まる。
ここで、
試合を振り返ったり、
試合後の両チームの監督や選手の記者会見が中継される。
グレミオの監督は2005年から2006年にかけて鹿島アントラーズの監督だったパウロ・アウツオーリ。
クルゼイロの監督は、2006年から2007年にかけてジュビロ磐田の監督だったアヂウソン・バチスタ。
今晩は、他に試合がなかったので、
この試合についての時間が多いのは当然だが、
もう試合終了後2時間たってもまだ続いている。
試合終了後に、
クルゼイロの選手が、
試合中に人種差別的な発言を、グレミオの選手からされたと訴えたからだ。
激しい試合で、
選手間での小競り合いがあったのだが、
その中で、そういうことがあったようだ。
グレミオに所属のアルゼンチン人選手FWマクシ-・ロペスが、
クルゼイロのボランチのエリカルロスに、”Macaco”(=猿)と言ったらしい。
この言葉は、
ブラジルでは、肌が黒い選手への蔑称を意味し、
人種差別発言ととられることになっている。
ブラジルの白人選手が、こういう言葉を言ったり、もしくはそういうことを意味するジェスチャーをして問題になることが時々あり、処罰される。
リベルタドーレス杯のような国際試合では、
しばしば白人系選手しかいないアルゼンチンのクラブの所属選手が、
ブラジルでの試合中に、
そういった言葉を出したりして、問題になっている。
実際に、
そういう言葉を、
今晩の試合で言ったかどうかはわからないが、
グレミオの選手の訴えがあったので、
警察が動いている。
ミネイロン競技場を離れる前の
グレミオのバスを止めて、
選手の事情聴取をするしないで、長い時間バスの中で交渉が行われていた。
バスは、マスコミに囲まれている。
一時は、
バスを出発させて、ホテルで尋問と行うという報道もあった。
試合後1時間半過ぎに、
選手たちが全員バスを降りた。
マクシ-・ロペス選手も最後に出てきた。
ホテルの周りは、
クレゼイロのファンで囲まれており、
さらなる混乱が起きると判断されたようだ。
試合終了後2時間たつが、
まだ、
混乱は続いている。
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マクシ-・ロペス選手が、
”Macaco”という言葉が、
ブラジルでは、
時と場合によっては禁句であることを知っていたのかどうか。
何しろ、
ポルトガル語とスペイン語は、きわめて類似の言語で、
同じ意味の単語がほとんどと言っても良い。
ただ、それは表面の意味のことで、
辞書に載っていない裏の意味までは、
それぞれの国で異なることは言うまでもない。
sexta-feira, 12 de junho de 2009
ブラジル・サンパウロ発のエア・フランス機が行方不明になった件 その3 毎日記者会見が行われている。
ブラジルの・リオ・デ・ジャネイロを、
5月31日(日)19時過ぎの出発した
AF447便が、ブラジルのフェルナンド・ヂ・ノローニャの管制官への連絡を最後に、
消息を絶った事故についての、その後。
ブラジルでは、6月2日に3日間の喪に服すと発表していたが、
5日もまだ半旗のところが多かった。
墜落したと思われる海域は、ブラジルの航空管制域内であるが、領海内ではない。
しかし、一番近いのはやはりブラジルなので、
ブラジルの空軍と海軍が、遺体や機体の回収作業を、中心となって進めている。
それに、フランスの海軍艦艇も、情報を交換しながら行っているようだ。
見つかった遺体や機体は、発見地点からいったんフェルナンド・ヂ・ノローニャ島まで運び、
そこから遺体は検視や身元確認のために、ペルナンブコ州レシフェまで航空機で運ばれている。
やっと、レシフェにその遺体が搬送されて、
これからが、具体的な鑑定にはいるということである。
あまりに本土から離れているので、
時間がかかるのは仕方がないことなのだろう。
悪天候の時もあり、
捜索は非常に難航しているようだ。
すべての遺体というわけにはいかないだろう。
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これまでは、
機体が行方不明ということで、
まだ遺体が見つかっていなかったので、
冥福を祈るという表現はしていなかったのだが、
すでに40遺体が回収されているという事実がある。
ここで初めて、
事故に遭われたの冥福を祈り、
関係者に追悼の意を表します。
quarta-feira, 3 de junho de 2009
ブラジル発のエア・フランス機が行方不明になった件 その2 3日間の喪
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロを、
5月31日(日)19時過ぎに出発した
AF447便が、
22時30分に、ブラジルのフェルナンダ・ノローニャの管制官への連絡を最後に、
消息を絶った事故について、
ブラジル連邦政府は、
6月2日から3日間の「喪」に服すことを発表した。
2日朝5時30分に、連絡を絶った地点付近の海上に,ブラジル空軍機が油膜の帯を発見し、
さらに6時49分に別の空軍機が海上に座席を発見した。
この座席が、AF447機の物と確認されたことで、
墜落事故と確定された。
事故と確定されたことで、
「喪」に服することも決定した。
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2日(火)さらに3日(水)も,航空機による現場付近の捜索は続いている。
3日午後になって、やっと現場付近に艦艇が到着している。
ブラジル本土のナタウからは、1020キロの距離がある。
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外遊中のブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァは、
「深海の原油を見つけられるのだから、ブラジルは機体も発見できる」と、
語った。
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事故機の乗員・乗客名簿はまだ、完全な物は発表されていない。
terça-feira, 2 de junho de 2009
ブラジル発のエア・フランス機が行方不明になった件 その1
ブラジルのリオ・デ・ジャネイロを、
5月31日(日)19時過ぎに出発した
AF447便が、
22時30分に、ブラジルのフェルナンダ・ノローニャの管制官への連絡を最後に、
消息を絶った事故について、
ブラジルでは、6月1日(月)朝7時頃からニュースで報じられ始めた。
ブラジリア時間の6時に、パリに到着予定だったのに、到着しなかったことで、何か事故が起きたということが,確実されたからだろう。
おそらくそれ以前でも、事故は関係者間では予想されていたのだろうが、とりあえず到着時間までは,期待があったのだろう。
ただ、朝9時頃でも、
まだほとんど情報がなかった。
CNNの映像や,パリの映像が使われていたくらいだった。
ただ、ニュース専門局では、
他のニュースはほとんど無く、この件だけを延々繰り返して伝えていた。
ブラジル空軍が,朝から捜索機を出したことは伝えられた。
23時14分(*ブラジリア時間)に、
電気系統の異常を示す自動連絡が、エアー・フランスに入っていたことは、まだ報じられていなかった。
乗客数は216人、乗員は12人。
ブラジル人は、エアー・フランスの発表では58人。
夕方になるにつれて、
そのブラジル人について、その人なりについての、報道が出てきている。
サンパウロのローカルニュースでも、サンパウロに関係している人について、報じられてきた。
この機には、
フランス人が61人、ドイツ人が26人、イタリア人が9人、中国人が9人、スイス人が6人,英国人が5人が乗っていたほか、32の国籍の人が乗っていたそうである。
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ただ、2日(火)に日付が変わっても、
AF447便に安否ついての、
確実な何かが見つかったとは報じられていない。
segunda-feira, 14 de julho de 2008
ブラジル・サンパウロで、陸橋が落ちて、邦人が亡くなった。
7月14日(月)9時半頃のことらしいが、
サンパウロ市からサントスに向かうイミグランテスと言う自動車専用道路で、
トラックの荷台の高さが制限をオーバーしていたために、
陸橋の橋桁にぶつかった。
事故が起きたのは、サンパウロ市のすぐ南のヂアデマ市域内である。
その車には、運転手と邦人が乗っていた。
その邦人は、ヘリコプターで
クリニカス病院に運ばれたが、
亡くなった。
運転手の名前は発表されている。
亡くなった方の氏名は、18時を過ぎても、発表されていない。
ただ、昼のGlobo局のローカルニュースでは、
車には"MAKITA"と書いてあるそうだ。
普通、MAKITAと言えば、電動工具のMAKITAと思うのだが。
未確認情報では、
赴任後日の浅い駐在員の方らしい。
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19時のGlobo局のローカルニュースでも、短かったがトップで伝えられている。
「20080714JNsp2-Acidente-Makita.wmv」をダウンロード
これによると、
関連会社を訪問する
MAKITAの役員が犠牲になられたということである。
ブラジルの子会社に役員としてきている駐在員ではなく、
日本からの出張者のようにとれた。
車のロゴを見る限り、電動工具のMAKITAのようだ。
ご氏名は報道されていない。
事故当時、
どういう訳かトラックの荷台が持ち上がり、
それで歩道橋の橋桁にぶつかったという。
運転手の操作ミスか整備不良かを調べるという。
なお事故を起こしたトラックの運転手は、
器物損壊と過失致死で
警察の取り調べの後、
もう釈放されている。
運転手からはアルコールは検出されていない。
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時事通信のサイトでは、7時47分配信のニュースで、
MAKITAの駐在員のフルヤブ・ソウイチロウさん(30)が犠牲者と報じられている。
共同通信のサイトでは、7時9分配信の速報で、事故が起きて日本人が亡くなったことだけを伝えている。
共同通信の8時14分の配信では、「古藪聡一郎」さんと伝えた。
朝日新聞のサイトは、8時27分に報じた。
2年ほど前から駐在されていた方だそうだ。
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ご冥福をお祈りする。
より以前の記事一覧
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