terça-feira, julho 22, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その211 Os gêmeos 68 Cambuci編20。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

オットー・ヂ・アレンカール通りにある作品。
ジュスト・アザンブージャ通りとの交差点の手前である。
Spd20071120czs

Sps20080316czg

Sps20080316czh

Sps20080717czo

家の改造工事で、足先が欠損してしまっている。
Spd20071120czt

Sps20080316czzd

| | Comments (0) | TrackBack (0)

segunda-feira, julho 21, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その210 Os gêmeos 67 Cambuci編19。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

エスファーノ通りとヴセンチ・ヂ・カルヴァーリョ通りの東南角にある家の壁に描かれていた作品。
Spd20071121cg

Spd20071120ck

このカンブシ地区も、どちらかというと元々はイタリア系の人が多い地区。
そういった地元のお姉さん方である。
Spd20071120cl

Spd20071120cm

小さな家である。
Sps20080717czm

| | Comments (0) | TrackBack (0)

domingo, julho 20, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その209 Os gêmeos 66 Cambuci編18。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

ルイス・ガマ通りにある作品。
Sps20080316czze

かなり年月を経ているようで、傷んでいる。
Sps20080316czzh

作品の一部が欠損しているのが惜しい。
Sps20080316czzf

パンドルフォ兄弟の描く男性には表情があるが、
女性は無表情だ。
女性は、二人だったようだ。
Sps20080316czzg

| | Comments (0) | TrackBack (0)

sábado, julho 19, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その208 Os gêmeos 65 Cambuci編17。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

オット・ヂ・アレンカール通りとジュスト・アザンブージャ通りの交差点の南東側の角地にある建物に描かれた巨大なグラフィッチ。
Sps20080316cz

Sps20080316cze

予想外に大きいので、気がつきにくい。
Sps20080316czf

どうしても、電線を避けることができなかった。
Sps20080316cza

| | Comments (0) | TrackBack (0)

sexta-feira, julho 18, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その207 Os gêmeos 64 Cambuci編16。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

ジュスト・アザンブージャ通りの塀に描かれていた作品である。
Sps20080316czi

色も控えめで、小さな作品だったので、見落としてしまいそうな作品である。
Sps20080316czc

顔が見えないという、彼らの作風では異色の作品だった。
Sps20080316czb

| | Comments (0) | TrackBack (0)

quinta-feira, julho 17, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その206 Os gêmeos 63 Cambuci編15。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

カンブシ地区を東西に抜ける幹線道路のラヴァペス通りに面してあった大きな作品。
Spd20071120czza

ジュスト・アザンブジャ通りとの交差点にある塀に描かれていた。
Sps20080717czk

※クリックすると拡大する。
Spd20071120czzb

色が渋いので、気づきにくい。
Spd20071120czzd

Spd20071120czze

鉄道が描かれているが、カンブシには鉄道はない。
Spd20071120czzc

カンブシのご婦人方。
Spd20071202czza

| | Comments (0) | TrackBack (0)

sábado, julho 12, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その205 Os gêmeos 62 Cambuci編14。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

サンパウロ市の中心部セントロから、南東部へ向かう大幹線道路エスタード大通りにある変電所の塀に描かれていた作品。
Spd20071121czq

Spd20071121czt

大作だった。
Spd20071121czr_2

Spd20071121czs

しかし、この作品は3月にはもう塗り消されていた。
Sps20080316czzu

Sps20080316cy

| | Comments (0) | TrackBack (0)

sexta-feira, julho 11, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その204 Os gêmeos 61 Cambuci編13。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

この作品は、オット・ヂ・アレンカアル通りRua Otto di Alencarにある。
Sps20080316czzj

窓に鳥籠が掛けられた集合住宅の壁に書かれていた。
Sps20080316czzi

| | Comments (0) | TrackBack (0)

quinta-feira, julho 10, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その203 Os gêmeos 60 Cambuci編12。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

この作品は、
カンブシ地区を東から西のリベルダーヂ地区に向かう時に通ることになるルイス・ガマ通りにあった。
建物全体が、青く塗られているので建物は発見しやすい。
Sps20080316czzc

Spd20071225cj

しかし、作品のコントラストがあまりはっきりとしておらず、彼らがプロジェソンと呼ぶ大型作品と気づくまでには、何度もこの作品の前を通り過ぎた。
Spd20071225ck

作品を完全にとらえるには、シャッターが閉まっている休日に行く必要がある。
Spd20071225ci

| | Comments (0) | TrackBack (0)

quarta-feira, julho 09, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その202 Os gêmeos 59 Cambuci編11。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

この作品は、
カンブシ地区を西から東へ抜ける一方通行の幹線道路インデペンデンシア通りrua da independenciaにある。
Spd20071202czz

Spd20071202czx

Spd20071202czy

| | Comments (0) | TrackBack (0)

terça-feira, julho 08, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その201 Os gêmeos 58 Cambuci編10。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

オルランド・テイシェイラ通りに面した変電所の塀に描かれていた作品。
エスタード大通りからすぐのところだ。
Spd20071121czp

なかなかどいてくれない路上生活者がいて、ちょっと撮影の時には困惑した。
物乞いもされたが無視した。
Spd20071121czo

3月頃までは、煮炊きの火で煤けているが、まだ無事だった。
Sps20080316cx

| | Comments (0) | TrackBack (0)

segunda-feira, julho 07, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その200 Os gêmeos 57 Cambuci編9。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

この作品は、フレイレ・ダ・シウヴァ通りにあった。
Spd20071202czu

Spd20071202czs

Spd20071202czt

| | Comments (0) | TrackBack (0)

domingo, julho 06, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その56 「大作が消された」ことの報道。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
8月まで、ロンドンLondresにある、世界で最も重要な美術館の一つであるテイト・モダンTate Modernで、彼らの作品を見ることができる。

二人で、os gemeosというグスタヴォGustavoとオタヴィオOtávioのパンドルフォPandolfo兄弟、フランシスコロドリグェスFrancisco RodriguesことヌンカNuncaは、サンパウロ市の屋外にグラフィッチと同じスタイルで、パネルを使っていた。
しかし、もうそれを見ることはできない。

3人は、ベラ・ヴィスタBela Vistaのヴィンチ・トレス・マイヨ23 de Maioとコスタ・イ・シウヴァCosta e Silvaの交差するところにある、さらに3人の造形作家(オタヴィオOtávioの妻のニナ・パンドルフォNina Pandolfo、ヴィツシェVitchéとエルベryト・バグリオーニHerbert Baglione)とともに描いた、680メートルあるサンパウロで最も重要な壁の一つが灰色のペンキで塗られたのを発見した。

市の広報を通じて、市は公共の場所から落書きを消すために契約した企業によるものと認めた。

清掃は、看板から、果ては芸術家の壁にまで至っていると、広報は言った。

市との契約で、「ミス」として、作業は中断し、一部は残っている。

「尊重していない。 スコットランドEscóciaの城に描いた。 ニューヨークNova York市役所は我々を招待した。 我々は、世界中で尊敬され、知られている。 ここ、我々のホームではそうではない」とオタヴィオOtávioは言った。

市役所は、今、芸術家たちは公認されたグラフィッチがあるほかの場所の場所を知らせるために接触するように要求している。

この作品は、2002年に、当時のマルタ・スプリシー市長の公認で、3ヶ月かかって描かれた。

「市の完全なサポートがあった。 次の代になって消されたが、市のロゴマークも入っていた」

Os gemeosは、多くの彼らの作品がすでに町の景観から消えたといっている。
「3つの大作品が消えた。 小さな作品は言うこともできない」と、オタヴィオOtávioは言った。
ヌンカNuncaは、100から150の作品が消されたと明言した。

「怒った。 仕返しすると言っておく。 壁絵を消すな。 サンパウロのアートの歴史の一部を消すことだ。 市役所はおおやけに謝る必要がある」と、ヌンカNuncaは言った。

ニナ・パンドルフォNina Pandolfoは、「アートの場所までが、美観条例Lei Cidade Limpaで撲滅するべき汚れなの」と言った。
彼女にとって、「サンパウロSão Pauloにはもう地平線がない。ただビルだけだ。 それらは、灰色、黄色、もしくは白のトーンだ。 壁に色をつけることで、地平線が広がる」。
「20080705JNsp2-Grafite.wmv」をダウンロード

-------------------------------
Os gemeos(=双子の意味)のパンドルフォ兄弟は、とても有名なグラフィッチの作家である。
ロンドンの作品についても、報道された。

スコットランドで城に色をつけたのも、報道されている。

双子のパンドルフォ兄弟の一人オタヴィオの妻が、ニナ・パンドルフォの作品も、サンパウロ市内でよく見つけることができる。
すでに、紹介したものもある。
いま、このニナ・パンドルフォは、サンパウロ市内の画廊で、初めての個展を開催中である。

-------------------------------
問題になった「壁絵」は、この連載のはじめに紹介している。

パンドルフォ兄弟の部分については、何とか撮影していたのだが、不十分なので、再撮影を考えていたのだが、それも不可能になった。
Sps20080516ca

Sps20080516cb

やはり、急いで撮影を進めなくてはならない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

sábado, julho 05, 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その198 Os gêmeos 55 Cambuci編8。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南東に隣接するカンブシCambuci地区の低地地域が、パンドルフォ兄弟の地元である。
彼らのグラフィッチがいとも簡単に多く発見される。

あまりに作品が多いので、作品が存在する場所を記憶することができなかったのがほとんどである。

この作品は、ジョゼ・ベント通りの、クリマッコ・バルボーザ通りとの交差点付近にあった。
Sps20080316czv

Sps20080316czy

彼らのグラフィッチのキャラクターが、別の作家の作品に掴まれているという構図が珍しかった。
Sps20080316czw

Sps20080316czx

| | Comments (0) | TrackBack (0)

sexta-feira, julho 04, 2008

ブラジル・サンパウロの「コリンチャンス発祥の地」。

ブラジルで、フラメンゴに次いで、2番目に多くのファンを持っているコリンチャンス。

サンパウロ州では、断トツの人気クラブである。

いまは、サンパウロ市東部のパルケ・サン・ジョルジに本部がある。
マルジナル・チエテ沿いにあるので、グァリューリョス国際空港に行くときには、その本部の脇を通ることになる。

だが、コリンチャンスの発祥の地は、このパルケ・サン・ジョルジではない。

サンパウロ市の歴史的中心部のセントロの北のボン・レチーロ地区が、発祥の地である。

ルース公園の西側のジョセ・パウリーノ通りを中心としたあたりは、アパレルの小売り卸店が軒を並べる。
ブラス地区に次ぐ衣料品店の集積地である。
かつては、ユダヤ系の人たちがこの地区の支配者だったが、今は韓国系の人が圧倒している。
ブラス地区もそうだが、韓国系の人たちは、そのあたりに向いていたようだ。

韓国食品店や韓国系キリスト教会など、ハングル文字のある施設がそこかしこにある。

衣料品店の多くは、土曜日は昼頃までは営業しているが、日曜日は閉まっている。

その店が閉まって、人通りがほとんどない、ジョセ・パウリーノ通りを歩いた。
Sps20080629cg

ジョセ・パウリーノ通りとコーネゴ・マルチンス通りとの角に、黒くペンキで塗られたコンクリートの角柱が立っている。
Sps20080629ci

何も文字はない。
ただ黒く塗られているだけだ。
Sps20080629ch

これが、実は、コリンチャンスの発祥の碑なのである。
ほとんどの人は、知らないし、気づきもしないだろうが、とにかくそうなのである。

このコーネゴ・マルチンス通りは短い通りで、
100メートルほどもない。
鉄道にぶつかって終わりだ。
Sps20080629cj

その突き当たりに、"Corinthians"との落書きがある。
このあたりで、コリンチャンスとつながるものはそれしかない。
Sps20080629ck

この碑を、緑に塗り替える者はいないようだ。

| | Comments (0)