sábado, 24 de outubro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その284 Os gêmeos 143 個展開幕。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

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パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

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8月末から、また2ヶ月ほど間隔が開いてしまっているが、彼らの作品の探索は、いつも続けている。
また10体ほどストックができたので、近々紹介を再開したい。

ただ気になることもあって、
彼らのグラフィッチは、描かれている場所が場所だけに、いつか消されていくものまた宿命なのであるのだが、最近今までにない消され方をしている作品が、4-5カ所あるのだ。
場所が近いわけでもないのに、同じような消され方をしている。
それも、彼ら自身によるようなのである。

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さて、10月25日(日)から、
サンパウロ市屈指の最高級一戸建て住宅街パカエンブー地区と最高級アパート街イジェノポリスHigienópolis地区の境にあるMuseu de Arte Brasileira da FAAPで、“Vertigem”と題された彼らの個展が開催される。
会期は、12月13日(日)までなので、期間は十分ある。
Sps20091023d

月曜日は閉館だが、
週日は10時から20時、週末は10時から17時まで開館している。

いつもそうだが、ここは無料である。

サイトは
http://www.faap.br/hotsites/osgemeos/pop_up/pop_up_01.htm

路上で見られるグラフィッチとは、また違った彼らの大作品群が展示されている。
すでに、マスコミへの公開は終わっている。

今まで、このFAAPで開催されてきたいくつもの展覧会を紹介しているのだが、
ここはいつも例外なく非常に落ち着いた環境にある。

そして、いままで一つの例外もなく”撮影禁止”である。
他の会場と比べて異常に多い警備に驚かされる。

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sexta-feira, 11 de setembro de 2009

サッカー・ブラジル代表 2014年W杯 その2 サンパウロ市での開催が危うい。

FIFAの事務局長のジェロミ・ヴァルケJerome Valckeが、9月8日(火)に、2014年ワールドカップCopa do Mundoの試合を行う希望を持っているいくつかの都市のために、ブラジルBrasilはもっとやるべき必要があると語った。
Sps20090906tb

「最近訪問したときに、たとえば、サンパウロSão Pauloではスペースに大きな問題があると指摘した。 FIFAのワールドカップをやる競技場にしては全く不適切だ」と、2010年ワールドカップの準備のために訪問している南アフリカÁfrica do Sulでジェロミ・ヴァルケは語った。
Sps20090906tc

ジェロミ・ヴァルケは、以前にも批判をしていて、サンパウロで予定されている競技場は、ワールドカップの初戦を行う条件を満たしてはいないと明言していた。

ジェロミ・ヴァルケは、連邦政府と州政府にサンパウロSão Pauloに新たな競技場を建設するように要求する。

モルンビー競技場の持ち主のSPFCはその公式サイトで、2014年のワールドカップのためにモルンビーMorumbi競技場を改装するという計画を発表したといっている。

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ジェロミ・ヴァルケの言うことは、もっとも。


モルンビー競技場は、サンパウロ市においては、最大の収容人数の6万人余が入る。
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歴史的中心部のセントロからは10キロ離れているが、
今のところ、バス以外は公共交通機関はない。
1.7キロほど離れたところに地下鉄の新路線が建設中で、駅もできる予定になっていて、これは2014年以前にできるはずだ。

一見新しそうに見えるが、もう40年以上経っている。
観客がばたばたすると、観客席は揺れる。

モルンビー競技場の周囲は、1960年代頃から市街地化して、モルンビー競技場より中心部よりは、一戸建て住宅専用街で、一般的には、高級住宅街と見なされる。
しかし、競技場周辺は、それほどでもない。
Sps20090906te

競技場のすぐ裏からは、ファヴェーラと呼ばれる貧民街が何カ所も点在しており、非常に危険である。
特に、夜は、車でも頻繁におそわれる。

個人的には、モルンビー地区以南には近づきたくない。

ここに限らずだが、
ブラジルのサッカー場で、ごく最近に建設されたものは別にして、
ほとんどの競技場は、ワールドカップのような試合には適していない。
今回批判されたのは、サンパウロ市だけではない。

FIFAは、特に周辺に、十分なスペースを求めている。
駐車場も必要だが、
モルンビー競技場には、クラブの会員向けの駐車場以外には、観客用の駐車場は全くない。

世界中からやってくるTVの中継車のスペースやプレスセンターのスペース。
オフィシャル・スポンサーがそのVIPを接待するスペース。

モルンビー競技場周辺には、これらを設置するスペースはないだろう。

それに、競技場に向かう道路は決して広いとはいえず、
いつも観客がそれほど入ってはいないにもかかわらず(平均で収容人数の20%台)、試合の前後は大渋滞する。
ブラジル代表の南米予選の試合の時は、市内中心分の拙宅から、抜け道をそれなりに知っているのだが、車で2時間近くかかった

ブラジルがかつてワールドカップを開催したときには、
サンパウロでは、
パカエンブー競技場を使った。

しかし、パカエンブー競技場は、歴史的建造物に指定されており、改築は全くできないし、周辺にはやはりFIFAの要求をすべて満たすようなスペースはない。

とすると、新たな競技場を建設するしかないのかもしれないが、
そうなると、中心部から20キロくらい離れないと、十分はスペースのある土地はないだろう。
ワールドカップの後に、その競技場を誰が使うのか。

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サンパウロ市に短期しかすんでいない人は、
モルンビー競技場でのサッカー観戦の方が、
パカエンブー競技場での観戦よりも、
安全などという完全に間違った情報を与えられるようだ。

とんでもないことである。

むしろ、一番危ない。

それは、周辺環境の問題である。

市内中心部のパカエンブー競技場は、周辺は市内屈指の超高級一戸建て住宅街と同じく最高級アパート街である。
地下鉄の駅もそう遠くない。
試合の日は、周辺を警察が十分に警戒している。

市内西部のパレストラ・イタリア競技場も、
パカエンブー競技場からはそれほど遠くないし、周辺の環境も悪くない。
ペルヂーゼス地区とポンペイア地区も、高級住宅地区である。
こちらは、周辺に、民間の駐車場も多い。

なによりも、
この二つの競技場の周辺には、ファヴェーラ(=貧民窟)無いどころか、何キロも離れている。
ファヴェーラが、高級住宅街と入り組んでいるモルンビー地区とは大きな違いである。

競技場の中や周辺で、事件が起きるのは、一年に一回起きるか起きないかだし、そんなことがある試合は大体前からわかっているし、そのところに近づかなければよいわけである。
いずれ収まるものだ。

モルンビー競技場のように観客席が楕円形にグラウンドを囲んでいて、試合が行われているグラウンドからかなり遠いところから観戦をすることになるよりも、より観客席が近い競技場の方が、より試合を楽しめるはずだ。

といっても、
パカエンブー競技場に、大勢の日本人が現れるようになるのも、どうだかと思ってもいる。

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quarta-feira, 9 de setembro de 2009

サッカー・ブラジル代表のカカが、信奉する教会の再建式に出席。

サッカー選手のカカKakáが、9月7日(月)に、キリスト再生教会Igreja Renascer em Cristoの創立者のソニアSônia牧師とエステヴァン・エルナンデスEstevam Hernandes伝道師夫妻と並んで、サンパウロSão Paulo市中心部のカンブシCambuci教会の再建開始の式に出席した。
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今年1月18日(日)に、建物の屋根が落ちて9人が亡くなり、106人がけがをした

この時には、一つの学校と8軒の家が閉鎖された。

犯罪院IC (Instituto de Criminalística)の報告書では、事故は9年前に行った改装時の瑕疵によるものであった。

屋根の梁の一つが、計画にはあった金属による補強をなされていなかった。
民事警察は、報告書で、教会の”無関心”を指摘した。

工事の開始を祝うこのイベントは、その古い教会があったところで行われた。

教会によると、約1000人の信徒が、祝福に参加した。

2005年にここで結婚したカカKakáは、集会で歌った。

ソニアSônia牧師は、群衆を指揮して泣いた。
彼女は、基礎の石を投げいれて、喝采を受けた。
「この教会は、ブラジルの印となる。 再建を始めよう」と語った。

キリスト再生教会の広報担当者によると、予定では、工事は、寄付やイベントの収益により、2011年の初めに終了する。
総工費は発表されていない。

15日前に、サンパウロ市の家屋局は再建を許可した。

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8月始めに、
キリスト再生教会の創立者夫妻は、
服役していた米国から戻ってきていた。
ブラジルでも、脱税など種々の訴追を受ける身なのだが、実の息子が重体であることでその付き添いが理由なのか、到着後に収監されていないし、警察に呼ばれたという報道もない。

イエローカードの累積でブラジル代表を離れたカカは、まっすぐレアル・マドリに戻らずに、ここに現れたわけだ。

何かとお騒がせのこの教会とカカの話題は、つきない。

この教会一つくらい、カカの年間の寄付金で、十分のはずだ。
年収の1割というが、通常だ。

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quarta-feira, 26 de agosto de 2009

ブラジル・サンパウロの「サッカー博物館」 その6 撮影禁止。

2008年10月1日(水)に、一般向けの公開が始まった、サンパウロのパカエンブー競技場にできたサッカー博物館
Sps20090806cz

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開館からもうそろそろ満1年になるわけだが、
やはりテーマがサッカーなのだろうが、
来館者は引きも切らないようだ。
Sps20090717ci

特に、週末や休暇シーズンには、入館待ちの列ができている。

拙宅からは、歩いて5分位なので、
開館当初は何度も行ったが、最近は行っていない。

開館時には、
特別企画展として「ペレ」に関する展示があって、
それはそれは素晴らしいものだった。

その後、このような特別展示はなかったのだが、
2ヶ月ほど前から、
ある収集家のコレクションの展示が行われている。

数百枚のユニフォームやペナントなどが、主な収集品である。

この博物館の前は、
週に何度も通っているのであるが、
先日、掲示がでているのに気がついた。
Sps20090806cza

来館者への注意事項が羅列されているのであるが、
その中に「撮影禁止(携帯電話によるものも禁止)」という事項もある。
ブラジル・サンパウロの博物館ではそういったところがないわけではないのだが、
開館当初は撮影禁止ではなかった。
Sps20090811cc

ブラジルも、
デジタルカメラがもうかなり普及しているし、
携帯電話のカメラの質も向上しているので、
数年前とは違って、
街中でも、撮影をすることは普通に見られることになって、
それほど危険な行為ではなくなった。
Sps20090811cg

サッカー博物館は、
どういうわけか撮影禁止になってしまったわけだ。
係員に聞いてみると、3ヶ月ほど前に規則が変わったそうだ。

撮影して良いのは、2カ所あって、
それは博物館内から屋外に出られるところだけで、
つまり館外を撮影して良いということで、
展示部分は撮影禁止ということである。

昨年中に、
しっかり撮影しておいたのだが、
結果としては良かった。

もうすでに、
サンパウロ在住で行きたい人は、
このサッカー博物館に行ったはずだろうから、
改めて詳細に紹介してみても良いことかもしれない。

でも、
この博物館あたりで、
日本人らしき人を見たことがほとんど無いのも事実だが。
展示はほとんどポルトガル語だけなので、
ブラジルのサッカーついて知識がなく、
サッカーに関するポルトガル語を理解していない人には、
難しいとは思う。

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terça-feira, 25 de agosto de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その283 Os gêmeos 142。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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サンパウロ市の歴史的中心部セントロとリベルダーヂの境にある、
ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道路が、グリセリオ通りと交差するところにある橋脚。

今までに何度も、グラフィッチが描かれては、消されてきた、地点である。

そこにまた、パンドルフォ兄弟による新たなグラフィッチが描かれた。
Sps20090810cm

ここでパンドルフォ兄弟の作品を紹介してもう2年以上になるが、
たぶんこれで、3代目(※文字絵を除く)くらいになるはずだ。
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この橋脚には、
以前に紹介した別のグラフィッチがまだ残っている。
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健在なのはよいことである。
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domingo, 28 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その282 Os gêmeos 141。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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サンパウロ市の歴史的中心部セントロの北東に接するブラス地区。

ブラジル随一の商業都市であるサンパウロの実は卸売業である。

セントロやその周辺部には、各種卸売業が集中しているのだが、
このブラス地区は鉄道を境に、外側は繊維関係の卸売業者は少なくとも数百軒はあると思われる。
そして、セントロに近い鉄道の内側は、食品それも香辛料やタマネギ、ジャガイモ、乳製品、果物などを取り扱う卸売業者が集まっている。

平日は、荷物を積んで行き交う車で大混雑しているところである。

この食品関係の卸売業者が集まっている地区を通っているエスタードス大通りに面した建物の壁面に、パンドルフォ兄弟のグラフィッチがあるのを発見した。
このあたりでは、パンドルフォ兄弟による作品を過去にも発見できているので、時々探索を続けている。
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エスタードス大通りは、タマンドゥアテイ川を挟んで、南北に走っているのだが、
この作品があるのは、北行きで、メルクリオ大通りとの交差点から100メートルほど北にある。
Sps20090622cj

平日は、卸業者が営業しているので、車だけではなく、人も非常に多いのだが、それほど危険なところではない。
手早く、撮影をすれば何でもないはずである。
しかし、日曜日は、非常に人が少なく、かつそのあたりの人はあまり雰囲気の良くない人ばかりなので、不愉快な思いをする可能性が高いと思われる。
作品の鑑賞や撮影には、十分に注意が必要だろう。

作品がある建物は、この地区では必須の荷物運搬用の自転車を扱っている。
Sps20090622ch

作品は、ひさしの上に描かれており、
間近からでは、ひさしに遮られて全体を見ることはできない。
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道路を渡って、川の堤防まで行っても、足が切れてしまう。
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川を渡り、南行き車線まで行くと、遠すぎるが、完全な形で鑑賞できる。
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quarta-feira, 24 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その281 Os gêmeos 140。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。
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そして、5月になって、この地下トンネルに、パンドルフォ兄弟の作品が大量に描かれた。
Sps20090613cza

探索行の続きである

5番目の作品の撮影を終え、さらに南のヴェラ・ヴィスタ方向に歩を進めれば良かったのだが、そうしなかった。

その先約70メートルのところにも、実はもう一つ作品があった。

この作品は、ラヂアル・レスチ・オエスチが、南から北への方向の場合は、ノーヴェ・ヂ・ジューリョ大通りか通る渓谷をを陸橋で越えるあたりから、ルランクリン・ルーズベルト広場の地下トンネルに向かって、下りのスロープになっているあたりの道路壁に描かれていた。
暗いところにある作品ではなかったので、十分に視認できていた。

この作品も、撮影予定に入っていた。

だが、5番目の作品と、色や構図が似通っていた印象を得てしまい、撮影してしまったと思ってしまったのだ。

わずかの間に5つの作品の作品を撮影し、それで満足していたのかもしれないし、
トンネル内の雰囲気から一刻も早く抜け出たいという急いた気持ちがあったのかもしれない。

ラヂアル・レスチ・オエスチは、自動車専用道路で、交通量も多く、とても車道を横断して、反対側に移って、あたりを俯瞰することができるところではない。

それで、5番目の作品の撮影の後で、後戻りをし、コンソラソン通りに面した出口から、普通の世界に戻った。

翌日の午後遅く、
再び現地を車で通ったときに、
その撮影予定だった作品を実は撮影をしていないことに気がついた。

そのときすぐに、現地に戻って、撮影しておけば良かったのだが、
「明日にしよう」と考えてしまった。

これが、決定的な間違いだった。

その翌日には、その作品は、もう無くなっていた。
正確に言うと、別の文字絵によって、塗りつぶされていたのだ。
それも、パンドルフォ兄弟によって。

その残骸というのか、痕跡を、撮影した。
Sps20090613cz

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この作品は、トンネル内にあるわけでもない。
屋外で光量が十分にとれるので、
アウグスタ大通りの陸橋脇からラヂアル・レスチ・オエスチの反対車線の路側帯に降りると、
そこから、作品の正面まではわずかな距離であり、比較的安心して撮影ができるのであった。
Sps20090601cg

わずかに、元の作品が透けて見えるのが非常にむなしい。
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やはり、作品を発見したときには、
万難を排して、一刻も早く撮影しなくてはならないことを改めて肝に銘じた次第である。

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segunda-feira, 22 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その280 Os gêmeos 139。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。

そして、5月になって、この地下トンネルに、パンドルフォ兄弟の作品が大量に描かれた。

探索行の続きである

4番目の作品の撮影を終え、
さらに南に歩を進めた。

フランクリン・ルーズベルト広場の地下トンネルを抜けて50メートルほど行く。
日が差すので、少しほっとする。
Sps20090527czl

アウグスタ大通りが通る陸橋の下に、またもやパンドルフォ兄弟の作品がある。
Sps20090601cf

陸橋の橋脚に隠れるので、真横に来ないと発見できないところにある。
この自動車専用道では、渋滞でもない限り、運転中に真横を向くことはできない。
Sps20090527czm

自然光の下での撮影なので、
発色も自然である。
Sps20090605czl

Sps20090527czh

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Sps20090527czj

Sps20090527czk

この作品を簡単に発見したことが、
実は別の問題を引き起こした。

歩いていき、非常に簡単に発見したことで、
もう安心してしまったのだ。

本来は、運転中には発見できない位置にあることを、
このときに何も不審に思わなかったのだ。
ただただ早く撮影を終えて、この場を立ち去りたいという気持ちが強かったのも事実である。

この先まで、もう少し歩くべきであった。

事前の現地調査が不十分だったことが、本当に悔やんでも悔やみきれないことになった。

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domingo, 21 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その279 Os gêmeos 138。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。

そして、5月になって、この地下トンネルに、パンドルフォ兄弟の作品が大量に描かれた。

探索行の続きである

さらに地下トンネルの埃っぽく異様な臭気に満ちた歩道を、南に早足で進んだ。

3つもの予想もしていなかったパンドルフォ兄弟によるグラフィッチを発見し、撮影を終えた後、
ついに目的としていたグラフィッチがある場所にたどり着いた。

このグラフィッチは、
ラジアル・レスチ・オエスチの地下トンネル部分にある、コンソラソン通りへの出口の分岐地点の柱にある。
Sps20090527czg

Sps20090527czc

Sps20090527czn

この柱には、4年ほど前に、全裸の女性の絵が描かれたことがあった。
最初にそれを見たときはちょっと驚いた。
暗いところなので、まるで本物の人間かのようにも見えたからだ。
そんなことがあるわけもないし、実際にその後に落ち着いて確認してみたら、それほど写実的でもない絵だった。
その女性像も、日がたつにつれて、煤けていき、落書きされたりして、ひどい状態になっていた。

ついに、その絵があったところが、完全に塗りつぶされていたのだが、
そこにパンドルフォ兄弟が作品を描いたわけである。
Sps20090527czf

Sps20090527czd

Sps20090527cze_2

この作品の近くには、
ニナ・パンドルフォの作品もある。
Sps20090527czb

Sps20090527cza

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sexta-feira, 19 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その278 Os gêmeos 137。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。

そして、5月になって、この地下トンネルに、パンドルフォ兄弟の作品が大量に描かれた。

探索行の続きである

さらに地下トンネルの埃っぽく異様な臭気に満ちた歩道を、南に早足で進んだ。

柱に、またもやパンドルフォ兄弟の作品を発見した。
これで、わずか100メートルで3つめになった。
Sps20090527cy

Sps20090527cz

Sps20090527cv

早速、急いで撮影をした。
Sps20090527cw

Sps20090527cx

柱の陰にお住まいの住民の方と目があった。

割と若い男性で、単身生活をされているようだった。
これらのグラフィッチがいつ描かれたのかを知りたかったので、
恐怖感を与えないようにゆっくりと近づいて
それを尋ねたのだが、
まだ引っ越ししてきて日が浅く知らないと答えられてしまった。

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quinta-feira, 18 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その277 Os gêmeos 136。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。

そして、5月になって、この地下トンネルに、パンドルフォ兄弟の作品が大量に描かれた。

探索行の続きである

さらに地下トンネルの埃っぽく異様な臭気に満ちた歩道を、南に早足で進んだ。

柱に、パンドルフォ兄弟の作品を発見した。

まず、撮影に入る前に、周囲をよく観察して、不愉快な思いをしなくても良いかどうかに気を払った。

だいたい、グラフィッチを撮影していますなどを行っても信じてもらえない可能性がある。
むしろ、信じる方がどうかしている。
こういうところに潜んでおられる方は、やはり写真にとられることを、非常に嫌う傾向がある。

そういう方を発見しても、決して彼らの方にレンズを向けてはならない。
とにかく、彼らを撮影しているのではないことを、わかってもらえるように、
彼らが決して入らない方向にカメラを向けて、グラフィッチを撮影することが重要だ。

そして、彼らが、自分がとられていないことを理解したようだったら、
徐々に、もしかしたら彼らが入るかもしれない位置に移動することだ。

できるだけ、フラッシュは使わないこと。
ご就寝中の方を起こすことになりかねないし、
気がついたら、近づいてこられるかもしれない。

だいたい、目があったら、手を挙げて、軽く挨拶をして、害を与えないことを示しておくことも、常識だ。

さらに、
どうしても作品の近くにおられるときには、
ゆっくりと近づいて、はっきりと目的を告げなくてはならない。
わずかなお金を渡すことも考えて、少額のお金も準備しておいた方がよい。
気持ちを煩わせるわけだから、当然のことだ。
Sps20090527cs

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quarta-feira, 17 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その276 Os gêmeos 135。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。

そして、5月になって、この地下トンネルに、パンドルフォ兄弟の作品が大量に描かれた。

この道路は、サンパウロ市の南から拙宅に戻るときには、よく使うルートで、よく観察しているところである。
だが、いつも同じルートを使うと、グラフィッチを発見できないので、あまり遠回りしない範囲で、いろいろと異なったルートを使うことにしている。

地下トンネルに入る前に、ベラ・ヴィスタ地区で、この道路をでることもある。
地下トンネルには行ってすぐ右側に分岐して、コンソラソン通りにでる出口を通ることもある。
さらに進んで、右側の車線によって、トンネルを抜けた後、通称ミヨコンと呼ばれる高架道路にむかうこともある。
もしくは、トンネルを抜けて直進し、ヴィラ・ブアルキ地区に出ることもある。

新たな作品は、コンソラソン通りにでるルートを使ったときに、発見した。

これの撮影をするために、その場所にどう行けば良いのかを考えた。

基本的には、自動車専用道路で、路側に歩道はあるが、歩いている人はほとんどいない。
まれにいるが、あまりお近づきになりたくないような人が多い。

アプローチは4つ。
北側のヴィラ・ブアルキ地区からのルートは、先に発見した作品のために使った方法なのだが、トンネルに入ってからの距離が長い。
さらに、高架下に住民がおられるのだが、そのすぐ横を通らなければならない。
あの住民はやや戦闘的な感じなので、避けたかった。

南側からは、トンネルの距離は短いが、ベラ・ヴィスタ地区から入ることになるので、歩道を歩く距離が結構長い。

コンソラソン通りからのアプローチは、前に別のグラフィッチの撮影のために途中まで行ったことがある。
距離も短く、別に問題もなさそうだったが、すでに知っているので、別のルートにしたいと思った。

そして、採用したのが、アウグスタ大通りからのアプローチ。
ここは、車の進入路で、その進入路交差点には信号があり、そのために車の進入には間隔があき、道路を渡ることができると思った。
このルートは、前回紹介した作品を撮影した後に、アプローチに使ったルートを使いたくなかったので、その場所から撤収するときに使ったルートだった。
それはよいのだが、意外に距離が長く、そして問題は、今回は住民がおられたことだ。
それも、両側に何組か。
その一組は、突然の闖入者におびえた表情を見せたおかまとその彼のカップルだった。
ものすごく足早にそのあたりを通り過ぎて、グラフィッチのあるところに向かった。
その人たちの生活臭や車やコンクリートの匂いが、しみ出てきている雨水で、醗酵したかのようで強烈に臭かった。

だが、結果的にこのルートを使って良かった。
目当ての作品までの間に、さらに作品を発見できたからだ。

このトンネル内は、薄暗く,
それに自動車専用道路で、通過速度が速いので、渋滞でもなければ、
側面にあるグラフィッチをはっきりと視認することができない。

歩いたことで、発見できたのだ。
Sps20090527cm

Sps20090527cn

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domingo, 14 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その275 Os gêmeos 134。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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最初の作品は2月に発見していたのだが、その後にもそのあたりに新たな作品が描かれていったところがある。
今まで紹介した中でも、撮影のためにもっともその胆力を必要とした作品群である。

作品があった場所は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロとその西側のコンソラソン地区の境にあるフランクリン・ルーズベルト広場の地下を通っている、サンパウロの東と西を結ぶ大幹線道路のラヂアル・レスチ・オエスチという道路壁である。

このラヂアル・レスチ・オエスチは、
フランクリン・ルーズベルト広場の部分だけが、地下化されているが、そのほかの区間は高架道路になっている。

最初2月中旬に見つけた作品は、
地下トンネルから高架道路に移行する部分の道路壁にあった。
Sps20090227czzp

自動車専用道路であり、だいたい時速60キロ以上で通過するところなので、車の中から走行中に、うまく撮影することは難しいところである。
渋滞していれば、その作品の前に止まったときに撮影も可能であるが、朝は渋滞はないし、事故でも起きないと昼間はここまでは渋滞しない。 夕方のラッシュ時では、おそらく光量が足りない。

この先、数百メートル先の出口で高架道路を降りて、この作品があるところまで、わざわざ戻った。
戻って、近くに車を止めて、写真を撮ることができるポイントを探したのだ。

作品を発見したら、すぐにでも写真を撮っておかなければ、翌日にはもう消されている可能性があるからだ。
特に、このような道路壁に描かれたような場合は、その可能性が非常に高いと思った。

この作品は、コンソラソン通りのすぐ脇にある。
それで、コンソラソン通りの上から、見下ろす形で、場所を変えながら撮影をした。
Sps20090217cs

Sps20090217ct

Sps20090217cu

だが、作品を綺麗にとるには距離があるし、おまけに角度が悪い。
できるだけ正面から撮影したいのだが、正面に当たるところは、作品からは道路越しになるので、距離がある。

それでも、作品のとりあえずの撮影をしたことで、撮影前に消されてしまうよりは、まだ良いと思った。

作品ある場所を撮影して、その写真をじっくり見ていて、作品の前まで歩いていける可能性があることに気がついた。

道路壁と道路の間に、幅が約1メートルの隙間があるのだ。
そこまで、歩いていけば、作品の正面から接近して撮影できるのではないかと思ったのだ。

発見した翌日に、その考えを実行に移した。

もう一度ほかにオプションがないか確認をした。
Sps20090218cc

そして、ないことがわかり、
高架道の下から、その隙間を確認した。
Sps20090218cd

問題は、高架道路の下には、少なからぬ住民がおられることであった。
その方々に、刺激を与えぬよう、恐怖感を与えぬようにしなくてはならない。
彼らは、見知らぬ人の接近を非常に恐れるのである。
Sps20090301ca

Sps20090301czzf

彼らの方を見ずに、といって警戒を怠ることなく、
ささっと目的の方向に歩いて、
彼らに何かをするのではないと思わせた。
Sps20090305cg

そうして、作品の方へ近づいていったのだが、
実は、その隙間は異常な臭気がした。
つまり、そこは、彼らの排泄場所であったのだ。
完全に周辺から見えるところなので、
いつも使っているわけではないだろうが、
長年のそれが溜まり、強烈な臭いを発していたのだった。
Sps20090218ch


だが、それを乗り越えて、作品の前で、一気に撮影を終えた。
Sps20090218ce

Sps20090218cg

Sps20090218cf

疾走する車の人は、何をしているのかと思ったことだろう。
撮影した後は、元には戻らず、
地下部分の歩道を歩いて、アウグスタ大通りからの入り口を逆に伝って、上にでた。
Sps20090218ci

Sps20090218cj

Sps20090218ck

これだけ、
苦労した後で、思い出したのだが、
このルーズベルト広場より西側の高架道路部分は、日曜日は車は通行止めになり、歩行者天国になるのだ。

つまり、日曜日になれば、もう少しゆっくりと、それも車が通らない車道からでも、撮影できるのである。

それで、また日曜日にも撮影に出かけた。

西から来た高架道路が、コンソラソン通りへでる出口から歩いて入り、車道を歩いて、作品のところまで行き、撮影をした。
Sps20090301ch

Sps20090301ci

Sps20090301cm

車道からでは、フェンスがあるので、実際はうまくとれないことがわかった。
そのフェンスを入れないようにするには、かなりの広角レンズが必要だった。
Sps20090301cn

Sps20090301co

せっかく来たので、周辺をよく撮影して、終了した。
Sps20090301cp

Sps20090301czy

Sps20090301cr

Sps20090301cs

Sps20090301czx

Sps20090301czz

日曜日のトンネルは、車も少なく、休日をゆっくりと過ごす住民が非常に多いようだったので、あまり奥には入らないようにした。
Sps20090301cq

Sps20090301czzb

Sps20090301czzc

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Sps20090301czza

このあたりの高架道路の歩行者天国は、日曜日の午前中は意外と人が少なく、逆にそれが今ひとつ落ち着かないところであった。
Sps20090301czzg

場所柄、ゲイのカップルの健康的なが多かった。

この作品がある地点から北側の一帯は、平日の昼間をのぞいては、あまり雰囲気の良いところではない。
Sps20090301czze

路上生活者はやたら多いし、
いずれ紹介するがおかまの大出没地でもあり、
それに、麻薬の末端の売人も、昔から非常に多いところである。

夜は、とても歩けるところではない。

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sábado, 13 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロの「ゲイ・パレード2009」 その6 パウリスタ大通りの準備。

6月14日(日)に行われる、第13回サンパウロ・ゲイ・パレードまで、あと2日。

パレードの出発地点のパウリスタ大通りには、
当日通行止めになるということを描いた横断幕が、
いつの間にか掲げられていた。
Sps20090612ca

例年は、
パウリスタ大通りの西行きを使ってパレードが進行していったのだが、
今年は、パウリスタ大通りの西行きとコンソラソン通りの交差点が、地下鉄駅の工事のため通れなくなっているので、パウリスタ大通りの東行きを使ってパレードが進むことになっている。

以前は、パウリスタ大通りのスタート地点では、パウリスタ大通りの両方向の車線すべてを跨ぐ形で大きなステージが作られていたのだが、今年もそのようなものは作られないようだ。

今年は特に、昨年より予算を27%も減らしている。

パウリスタ大通りでは、すでに会場の案内図も設置されている。
Sps20090612cc

Sps20090612cf

Sps20090611cg

また、そこには会場に来る人たちへの、注意書きもある。
Sps20090611ci

ポルトガル語だけではなく、
英語でも書かれている。
ポルトガル語がわからない人で、会場に行こうと思う人は読んでおいた方がよい。
Sps20090611ch

-------------------------------
限りなく、手ぶらで行くことだ。

ポケットに、ボタンもしくはジッパーのついた服を着た方がよい。
ズボンではなく、上着の内側に、物は入れた方がよい。

絶えず、周囲に気を払い、あまりに人が押し合うところには長居をしないこと、そして浮かれすぎないことだ。

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sexta-feira, 12 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その274 Os gêmeos 133。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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3月頃に、
パンドルフォ兄弟の活動が一時盛んになっていて、
グラフィッチを続々と発見できていたのだが、
4月になってからは、
また新作を発見できなくなっていた。

彼らも、
活動が国際的になっていることもあり、
多忙なときもあるのだろう。

このところ、
探し見つけることが容易ではないことと、
撮影する前に消されてしまうようなこともあり、
いささか疲れてしまっている。

果てしなく続くこのパンドルフォ兄弟の作品の探訪に、
かなりの時間とガソリンとエネルギーを使ってきた。

勇気と気力もかなり必要だった。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部の南側に位置するリベルダーヂ地区とベラヴィスタ地区の間には谷があり、そこをサンパウロ市を南北に貫通する大幹線道路のヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りが通っている。
このために、リベルダーヂ地区とベラ・ヴィスタ地区を結ぶためにそのヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りを跨ぐ陸橋が3本ある。
その一つがペドローゾ陸橋である。
ペドローゾ通りの陸橋だから、ペドローゾ陸橋である。

この陸橋両端から、、南北両方向ともヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りへアクセスすることができる道路がある。

その一つで、
ベラ・ヴィスタ側から、南に向かってヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りにつながる道路がある。
名前がついていないようでもあり、Rua Koko Ichikawaという名前があるという説がある。
最近ついたのかもしれない。

Ichikawaという名前なので、当然日本人もしくは日系人の名前であることは間違いない。
このサンパウロで、Koko Ichikawaという名前の著名人は、
Kibou-no-ieという障害を持って生まれた子供の施設の設立と運営に尽力された方のことだと思う。

そのヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りにつながる道に、パンドルフォ兄弟の作品を発見した。

ペドローゾ陸橋は、その道路の面の下に、あるスペースがあり、陸橋の歩道の真ん中付近ある階段を下りていくようになっている。

そのスペースとは、路上生活者のための、シャワーや洗濯の施設であり、そしてそこでは食事も供している。
市の施設で、NGOが運営しているようだ。

こういった施設は、サンパウロ市の中心部に何カ所かある。
いつでも開いているのではなく、時間が決まっている。

だいたい夕方になると、それらしい人たちが大挙して集まっているので、そういう時間だということがわかる。

でも、そういう時間でなくても、あまり動きたくない人たちが多いので、その付近には、そういう人たちが多い。

ヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りへの道にも、そういう人たちがおられて、ちょっとした決断が必要だった。

そもそも見つけたのは、夜の20時半頃だった。
さすがに、そのときは撮影をするわけはない。

日を改めて、昼間に、ペドローゾ通りの近くに車を止めて、歩いて、現地に行くことにした。

さりげなく、その道路を下った。
左手に、お休みになっている方がいた。
Sps20090601ck

背後に気をつけながら、進んだ。
ヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りへの合流までは200メートル以上はありそうだ。
Sps20090601cl

住民の方の家財道具一式が積まれているところに、パンドルフォ兄弟のグラフィッチがあった。
Sps20090601cm

道を渡って、正面から撮影した。
Sps20090601cn

やや近づいて、撮影した。
住民の飼い犬が、鎮座していた。
吠えなかったので良かった。
実は、住民の方は、毛布にくるまって、ご就寝中だったのだ。
Sps20090601co

全体像だ。
Sps20090601cp

道路をもう少し下ったところから、撮影してみた。
Sps20090601cq

非常に新しい作品で、このときはまだ描かれて何日もたっていなかったようだった。
Sps20090601cr

やや緊張した撮影だった。

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terça-feira, 2 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その273 Os gêmeos 132。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
3月頃に、
パンドルフォ兄弟の活動が一時盛んになっていて、
グラフィッチを続々と発見できていたのだが、
4月になってからは、
また新作を発見できなくなっていた。

彼らも、
活動が国際的になっていることもあり、
多忙なときもあるのだろう。

このところ、
探し見つけることが容易ではないことと、
撮影する前に消されてしまうようなこともあり、
いささか疲れてしまっている。

果てしなく続くこのパンドルフォ兄弟の作品の探訪に、
かなりの時間とガソリンとエネルギーを使ってきた。

勇気と気力もかなり必要だった。

-------------------------------
サンパウロ市の中心部からは遙かに離れた南部の
サント・アマロ大通りとエリオ・ペレグリーノ大通りの交差点に面した建物の壁。
このエリオ・ペレグリーノ通りはまだ全通して、10数年の新しい道である。
Sps20090307ci

この壁には、多くのグラフィッチが描かれているのは、ずっと前から気づいていた。
Sps20090307cp

だが、まさかここにパンドルフォ兄弟の作品があるとは思っていなかったし、
何度か通り過ぎたにもかかわらず気づかなかった。
Sps20090307co

いつもだいたい有名な「写真屋」に向かうときなので,そちらで頭がいっぱいだったからだろうか。

こういう壁を発見したときにはいつもすることなのだが、通過時に壁全体の写真をとりあえず撮って,
後で確認することをおこなったはずだが、それでも見過ごしていた。
Sps20090307cn

パンドルフォ兄弟の作品が、壁の一番下に位置していて、植え込みに隠れていたこともあるだろう。
Sps20090307ck

ここに、こんなにも素晴らしい作品があった。
Sps20090307cm

ややかすれてはいるが、
4人が組になっているという他では見られない構図になっている。
Sps20090307cl

このパンドルフォ兄弟の作品のそばには、
ニナ・パンドルフォによる作品もある。
この作品の存在には気づいていたのだが、
パンドルフォ兄弟の作品があるとは思いもよらなかった。
彼らの関係を考えると、あると考えておくのは当然のことで、やはり歩いて現場を確認するべきであった。
Sps20090307cq

さて、
ニナ・パンドルフォの作品だが、
誠に大胆な図案である。
だが、実際にこういうような女性を、見かけることが、無いわけではないのである。
若者が,深夜に,長時間、集まる場所の周辺では、こういう若い女性を見ることがままある。
Sps20090307cj

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この作品に存在については、Masa様からご連絡をいただいた。
非常に感謝していることをここに記しておく。

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segunda-feira, 1 de junho de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その272 Os gêmeos 131。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

2008年から、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、執拗に塗りつぶされ続けていった。

過去に紹介してきたグラフィッチ作品はもうかなりなくなっている。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
3月頃に、
パンドルフォ兄弟の活動が一時盛んになっていて、
グラフィッチを続々と発見できていたのだが、
4月になってからは、
また新作を発見できなくなっていた。

彼らも、
活動が国際的になっていることもあり、
多忙なときもあるのだろう。

このところ、
探し見つけることが容易ではないことと、
撮影する前に消されてしまうようなこともあり、
いささか疲れてしまっている。

果てしなく続くこのパンドルフォ兄弟の作品の探訪に、
かなりの時間とガソリンとエネルギーを使ってきた。

勇気と気力もかなり必要だった。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロから、
南西に延びるブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通り。

ブリガデイロ(=将軍)という単語がつく道はサンパウロには他にもいくつかあるが、単にブリガデイロと言えば、
このブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りを普通意味している。

このブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りは,セントロの南のベラ・ヴィスタ地区を抜けて、ジャルジン・アメリカ地区で、サント・アマロ大通りまで続いている。

ベラ・ヴィスタ地区は、劇場が多いところで、大小の劇場が路地裏にまでいくつもある。
ブリガデイロ・ルイス・アントニオ大通りに沿っても、かつては何件も由緒ある劇場があったのだが、今はもうほとんど閉鎖された。

そんな中で、もっとも由緒ある劇場がかつてはパラモウンチ劇場Teatro Paramountと呼ばれ、いまはアブリウ劇場Teatro Abreulなった劇場である。
1969年の火事までは、音楽のショーが行われていて、ここでライブ録音がされたアルバムは多い。
1980年代は映画館になっていた。
Spd20071216co

一時閉鎖されていたが、4年前くらいから、ミュージカルの劇場になっている。
Spd20071216cn

そのアブリウ劇場から100メートルほどセントロよりのバス停あたりの建物に、パンドルフォ兄弟の作品がある。
Sps20090307ch

Sps20090307cg

このあたりに、
彼らの作品がないわけではないが、
このようなところにあるとは思いもよらなかった。
Sps20090307ce

Sps20090307cf

Sps20090307cd

Sps20090307cc

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この作品の存在をお知らせいただいたMasa様には非常に感謝している。

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quinta-feira, 28 de maio de 2009

サッカー:コリンチャンスのロナウド その44 購入したアパート 2。

2008年12月に、
コリンチャンスと契約したロナウドが、
サンパウロでの自宅用として購入した高級アパートを見つけるのは、
全く簡単だった。

ロナウドが購入したアパートの記事を掲載した雑誌に、そのアパートの写真が掲載されていたし、そのアパートからはパカエンブー競技場を見ることができると書いてあったからである。

パカエンブー競技場の周囲は、一戸建て住宅専用街でアパートは近くには全くない。

雑誌に記述されたアパートのあるイジェノポリス地区は,サンパウロ市でもっとも高級なアパート街であるが、パカエンブー競技場からはやや離れている。
パカエンブー競技場からみると、その中心は北東方向である。

当然のことながら、パカエンブー競技場からも、ロナウドが購入したアパートが見えるはずである。

パカエンブー競技場の正面から、その北側のシャルレス・ミラー広場越しに、右側に見える高層建築群がイジェノポリスのアパート街である。
Sps20090512cf

その中に、雑誌の写真にあったアパートを探せばよいわけである。
Sps20090512ch

実に簡単に見つかった。
それも最上階だというから、部屋の特定も簡単である。
Sps20090512cd

イジェノポリス地区のアパートとしては,それほど高くなく十数階建てである。
一フロアの面積もそれほど広くないので、
600平米という最上階の部屋は,もしかしたら2フロア分かもしれない。
Sps20090522cq

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このアパートは、
拙宅からは約1.7キロメートルの距離にある。
ほぼ毎日、そのアパートを見るところを通っている。
Sps20090512cc

そのうちロナウドがベランダにでもいないかとおもって、最上階の部屋をみているのだが、使用人がプール掃除をしているらしいのが見えただけである。

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segunda-feira, 18 de maio de 2009

サッカー:コリンチャンスのロナウド その43 購入したアパート 1。

ロナウドRonaldo fenômenoがサンパウロSão Pauloで購入したアパートの最上階は610平方メートルあり、4つのスイートルーム(*バス・トイレ付きの部屋)がある。
そして、パカエンブー競技場を見ることができる。

ロナウド・ルイス・ナザリオ・ヂ・リマRonaldo Luís Nazário de Limaは、サンパウロに来てから、静けさを求めていて、おそらくそれを得ることができた。
4月14日に、ロナウドは彼の婚約者ビア・アントニーBia Antony生後4ヶ月の娘マリア・ソフィアMaria Sophiaと、サンパウロSão Paulo市の中心部の伝統あるイジェノポリスHigienópolis地区の静かな道にあるアパートに移った。

建物は、パカエンブー競技場Estádio do Pacaembuを見ることができる高い地区にある。

その不動産に関与していた2つの不動産仲介業者の情報によると、610平方メートルのアパートを得るのに3.7百万レアル(=約2億円)した。
素晴らしい交渉だった。

不動産屋の情報では、最上階の提示価格は5.6百万レアルだった。
4つのスイートルームがあり、駐車スペースは6台。
月々の管理料は3.5千レアル(=約20万円)。

家族の友人の一人は、「ロナウドの母親のソニア・ナザリオSônia Nazárioが引っ越しの手配と、マリア・ソフィアMaria Sophiaの子守の手伝いのために夫婦とある期間過ごす」と語った。

この不動産を買う前に、ロナウドRonaldoはこの地区の不動産屋のサイトで示されている写真を見た。
友人たちによると、ビア・アントニーはアパートの内装を変える、しかしリフォームをすることはまではない。 新しい内装までのあいだ、ロナウドは前の住人の家具を使っている。

たまたま、前の住人が選んだ内装のほとんどの色は、白で細かいところは黒である。
新しい住人のロナウドの所属するコリンチャンスと同じコンビネーションである。

その色調は、家具、カーペットや調度品に現れている。

居間や食堂は、白い大理石である。
夕食のテーブルは12人用である。

快適なスペースとして、家族はシャルレス・ミラー広場praça Charles Müllerやパカエンブー競技場を見ることができる個人用のプールを使える。

リオ・デ・ジャネイロでロナウドがすんでいた最上階の部屋との違いは、サンパウロSão Pauloのそれには低い気温に備えてあることである。
居間には、寒い夜にナザリオ一家を暖める暖炉lareiraがある。

サンパウロでの日常で、ロナウドRonaldoは歩いて出ることはない。

「ここで彼を見たい、しかし彼の建物の出入りは防弾車carros blindadosである」と、コリンチャンスの熱狂的なファンという住民に一人は語った。

幸運なある日に、彼は住居の近くのパカエンブー大通りAvenida PacaembuのMGetというビューティサロンでロナウドを遠くから見ることができたと語った。
そこで、ロナウドが髪を切っているという。

ロナウドに近い友人たちによると、ロナウドRonaldoはいつも最高級地区に住んだ。
今年の初め、コリンチャンスCorinthiansの社長アンドレス・サンシェスAndrés Sanchezの薦めで、ロナウドはコリンチャンスの本部のパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeに近いサンパウロSão Paulo東部のタツアペTatuapéに住むを考えていた。
しかし、後で考えを変えて、ロナウドRonaldoは良いレストランや商店のへアクセスがよい地区を好んだ。
パルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeへのアクセスの安全と便は、家族にとって別の問題だった。

イジェノポリスHigienópolis地区はロナウドのすべての要求を満たす地区として選ばれた。
「彼はヴァンデルレイ・ルシェンブルゴWanderley Luxemburgo(*現パルメイラス監督técnico do Palmeiras)の建物の別の最上階を見た。 しかしとても高いと思って契約しなかった」と、ロナウドに近い人物が語った。 ロナウドはヴァンデルレイ・ルシェンブルゴのそれにとても近い建物のアパートを買った。

サンパウロでのロナウドの日常は秘密である。 良いレストランに行くのが好きである。

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以上の記事は、"IstoÉ Gente"という雑誌の先週号に掲載されていた記事の抄訳である。
Sps20090511aistoegentecap

この雑誌は、米国の"People"誌と提携していて、内容は有名人のことばかり

普通、こういった有名人がどこに住んでいるかなどは、秘密なのであるが、
この記事では建物ばかりか、部屋の中の写真までが掲載された。
Sps20090511bistoegenteb

Sps20090511cistoegentec

Sps20090511distoegented

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いままでに、
このブログでは、
繰り返して、
イジェノポリス地区はサンパウロ市では屈指の高級アパート街だとしてきたが、
こういう記事で、
客観的にも、
それが多少なりとも、
事実であることが理解していただけるものではないかと思う。

どういうわけか、
こんなに良い地区なのであるが、
日本人はまずいないし、
日系人もそう多く見かけない。

アパートの価格が高すぎるからだろうか。
なにも600平方メートルの広さや最上階をのぞまなければ、
もう少し手ごろな価格のはいくらでもある。

続く。

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quarta-feira, 13 de maio de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その271 Os gêmeos 130。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市中心部を南北に縦断する自動車専用道路のヴィンチ・トーレス・ヂ・マイオ大通り。
だいたい片側4車線になっていて、最低でも制限時速は70キロで、歴史的中心部のセントロの北のルース公園付近から、コンゴニアス空港までの約15キロは全く信号がない。

ただ、朝から晩までいつも交通量が多く、渋滞していることも多い。

この道路が事故などでストップすると、市内のすべての交通に影響を与える、サンパウロ市で最も重要な幹線道路中の幹線道路である。

このヴィンチ・トーレス・ヂ・マイオ大通りの上を、クバトン通りが陸橋になって通過する。

その陸橋の橋脚に、パンドルフォ兄弟が作品を描いた。
Sps20090501cb

狭いながらも歩道があるのだが、
平日は、あまりに交通量が多く、風に巻き込まれてもいやなので、
週末に撮影をすることにした。

陸橋の南側から、歩道に沿って、現場に近づいていった。
Sps20090501cc

交通量は少なかったが、それだけにスピードを出して疾走していくので、落ち着かない。
Sps20090501cf

手早く、撮影をして、その場を立ち去った。
Sps20090501cd

Sps20090501ce

Sps20090501cg

この作品は、5月10日には、消されていた。
2週間ほどは、ここにあったかと思う。

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terça-feira, 12 de maio de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その270 Os gêmeos 129。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
2月頃は新作を次々と発見したのだが、
その後はあまり発見していない。

-------------------------------
ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道路とグリセーリオ通りが立体に交差し、高架道路への出入り口があるあたりは、パンドルフォ兄弟の作品の集中地区である。

そこに、また新たな作品を発見した。

この地点には、日中はいつも警察の車が止まっている。
それだけ、治安がかなり悪い地区ということだ。

その警察車両が止まっているところの後方にある高架道路の柱に、また新たな作品がかかれていた。
Sps20090404cl

一人が火炎瓶を投げているというかなり物騒な作品である。
Sps20090404cn

Sps20090404cm

Sps20090404ck

Sps20090404ci

Sps20090404cj

ここには、3月中旬までは別の作品が確実にあったのだが、それは市当局によって消されてしまったのだろうか。

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quinta-feira, 16 de abril de 2009

ブラジル・サンパウロの「春の海」2008 その82。

サンパウロ市には、海がない。
最も近い海までは80キロほど、

サンパウロのありのままの海岸を、四季に分けて、1年以上紹介してきた

様々な人たちが、それぞれに海を楽しんでいる様子を、紹介してきた。

それも、今回で終わりである。

(日本移民100年の記念碑である)
サントス市がたてた。
Sps20081023svzi


Sps20081023svzt

Sps20081023svzu

Sps20081023svzv

Sps20081023svzw

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segunda-feira, 16 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その269 Os gêmeos 128。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
ところで、先日のことだが、そのパンドルフォ兄弟に出会った。


ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道路を東に向かい、
グリセーリオ通りで出たときのことだ。
グリセーリオ通りは南西方向への一方通行なので、
出口を出ると、右に曲がらなくてはならない。
曲がっているその先にいる人物が、どう見てもパンドルフォ兄弟であった。
Sps20090217cd

もちろん、躊躇することはなく、
さっさとサンパウロ通りに車を止めて、
確認のために、その方向へ駈けていった。

間違いなくパンドルフォ兄弟の一人だったのだが、
一応確認した。

一人は、そこで警察官と話をし、
もう一人は、女性のカメラマンと話をしていた。
取材だったようだ。
Sps20090217ch

もう一人が戻ってきて、
気前よく写真を撮らせてくれた。
ジャージが、塗装で汚れているのかそれらしい。
Sps20090217ci

忙しそうだったのだが、
ちょっとだけ話をした。

実は、追っかけをしていて、
作品を探しているのだが、
時間と手間がかかって大変だが、
サイトか何かで、
新作の場所は教えてもらえないのか。
だいたい、公式サイトはあるのか。

返答は、
「公式サイトはないが、”Os gêmeos”で検索すれば、いくらでも出てくるよ」。

だいたい、どのあたりで描いているかと聞いたら、
「このあたり」だ。
※つまり、グリセーリオ通り周辺に描き始めかかっていたときで、
 そういう返答になったし、
 その返答があったので、
 このあたりを集中的に探索したわけである。

「ブラスあたりにはあまりないね」と言ったら、
あそこは市によってすぐに消されるからと言っていた。

思ったより、身長は高くなかった。
172-3センチくらいだろう。
それに割と早口。

取材中で忙しそうだったので、
その程度だけの会話だった。

彼らが乗ってきていた車。
Sps20090217cg

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quarta-feira, 11 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その268 Os gêmeos 127。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
パンドルフォ兄弟によるグラフィッチは、
だいたいその存在する場所が決まっている。
だが、時々思いもかけないところで発見することもある。

サンパウロ市北部では、
パンドルフォ兄弟によるグラフィッチをあまり発見していない。
彼らが好みそうな「情緒ある」雰囲気のところがないこともあるだろう。

それでも、
いままでに
「カランヂル複合刑務所」や「ザッキ・ナッシ大通り」あたりで、
数点を発見し、紹介した。

今回、それらがあったところよりも、もっと中心部から離れたツクルヴィ地区で、
彼らのグラフィッチを発見した。

このツクルヴィ地区は、中心部から約8キロ離れているのだが、
実際に行ってみるとわかることだが、
どういう訳かグラフィッチが多いところなのだ、

作品は、コロネル・サゼフレッド・ファグンデス通りを、北から南に向かっているときに、見つけた。

コロネル・サゼフレッド・ファグンデス通りは、フェルナン・ヂアスが出来る前の、
サンパウロ市から北東にあるマイリ・ポラン市やアチバイア市に向かう旧道で、
その始まりは、このツクルヴィである。
Sps20090201cu

中心から離れれば、サンパウロ市内でも農村地帯を通り、さらに山道になって、周辺の風景がなかなか面白いところでもある。

ガソリンポストの先に、いくつかのグラフィッチが集まった壁がある。
Sps20090201cza

コロネル・サゼフレッド・ファグンデス通りとフランシスコ・ダ・リラ通りの角である。
Sps20090201cz

いくつものグラフィッチは、それぞれが別々で、何も統一感はない。
Sps20090201cv

そこに、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチもある。
フランシスコ・ダ・リラ通り側の壁にある。
Sps20090201cq

Sps20090201cr

Sps20090201cy

Sps20090201cx

このフランシスコ・ダ・リラ通りを下っていくと、
サンパウロ市でも珍しい雰囲気のところに出る。
一帯が、3-4階建てのアパートだけなのである。
決して、下層の人向けのアパートではない。
このような低層のアパート街を、他には知らない。
Sps20090201cs

Sps20090201ct

こういうところの撮影は、奇異に思われることはあっても、
危険は感じない。

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terça-feira, 10 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その267 Os gêmeos 126。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

以前に発見し、
すでに紹介しているのだが、
正確な場所を失念してしまい、
ここに記することが出来なかった作品を再発見したので、あらためて紹介する。

もしかしたら、すでに無くなっているのかもしれないと思っていたのだが、しっかり生き延びていて、とても嬉しかった。

最近のグリセーリオ通り周辺の探訪のために、
付近を車で何十周もしているうちに、
再発見した。

テイシェイラ・リマ通りの200番台にあった。
Sps20090227czl

Sps20090227cze

ここは、高架道路沿いからすると相当に環境はよいところである。
Sps20090227czk

作品は、2体である。
Sps20090227czc

Sps20090227czd

どちらも、描かれてから年月がたっているように思われる。
Sps20090227czi

Sps20090227czj

Sps20090227czg

Sps20090227czf

ニナ・パンドルフォの作品も、同所にある。
Sps20090227czh

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segunda-feira, 9 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その266 Os gêmeos 125。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

グリセーリオ通りに、この高架道路の出入り口がある。
この付近は、
パンドルフォ兄弟のグラフィッチが、密集している

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

その住民たちが退去した跡地には、
市によって清掃作業が進められているのだが
長年の人間の生活跡は、簡単にぬぐい去ることは出来ない。

そして、再び住民たちは立ち戻りつつある。
立ち去った人たちと同じ人たちかどうかはわからないが、
しっかりした屋根と柱があるところにすみたいのは当然だ。

なお、立ち退きが行われたのは、グリセーリオ通りよりも東側だけである。

グリセーリオ通りから、ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道路を西に行く入り口がある。
Sps20090307cv

その入り口から本線へ進入路のスロープは、高架道路の北側のドトール・ルンヂ通りに沿っている
Sps20090307cx

ドトール・ルンジ通りに接している進入路のスロープの壁面は、
進入路が本線と同じレベルになったところで、途切れる。
Sps20090307cy

途切れたところで、ドトール・ルンジ通りから、高架下を通って、反対側にまわることが出来るようになっている。

高架下は、かなり暗く、そして路面も良くないのだが、
Uターンをするために利用する車はある。
Sps20090307cz

ここには、
このあたりにお住まいの方々のご職業を支援するような小さな施設もある。
そして、車が通過するので、
そう多くはないが住民の方々もおられる。
居住されておられる方もあれば、一時的にご休息の方も多い。

ここで、またもやパンドルフォ兄弟によるグラフィッチを発見してしまった。

高架下を抜ける直前の柱に、それはある。
Sps20090305cr

Sps20090305ct

ただ、そのグラフィッチの前には、
お住まいになっているご婦人がおられた。
おくつろぎのところを誠に申し訳ないと、
一声かけて撮影のお許しを得たのはいうまでもない。
Sps20090305cu

作品の前には、柵がある。
Sps20090305cs

この柵は、施設の柵なのだが、
さすがに、この柵の中に入ることはしなかった。
施設の責任者と話をすれば可能だろうが。

非常に暗く、光量が足りない中での撮影で、
ややぼけ気味だが、ご容赦いただきたい。
フラッシュを焚いて、
お休みの人たちの気分を損ねるようなことがあってはならないからだ。
Sps20090305cv

手早く撮影をして、
その場を静かに立ち去った。
Sps20090305cw

高架下にはちょっと車を止めづらいので、付近に止めて、
この作品付近まで歩いていくことが必要だ。

湿っぽく、かび臭い、すえた匂いが、鼻につくところだ。

撮影は躊躇しなかった。
だが、本当はここで紹介しても良いのかどうかについて、躊躇した。

はっきり言って、
ここはもう結界を超えている。

ここは、彼らのテリトリーであり、
それを尊重し、
軽々に犯すべきところではない。

ただ、
作品の前のご婦人は、
非常にもの静かな優しい方で、
グラフィッチの撮影をしたいなどという、
突然のこちらのお願いを快く受け入れて、
撮影に便宜を図ってくださったことを、
ここに付記しておきたい。

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sábado, 7 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その265 Os gêmeos 124。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

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パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

グリセーリオ通りに、この高架道路の出入り口がある。
この付近は、
パンドルフォ兄弟のグラフィッチが、密集している

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

その住民たちが退去した跡地には、
市によって清掃作業が進められているのだが
長年の人間の生活跡は、簡単にぬぐい去ることは出来ない。

そのグリセーリオ通りから,高架道路に沿ってドトール・ルンジ通りを東に150メートル行くとテイシェイラ・レイチ通りと名前が変わる。

テイシェイラ・レイチ通りと名前が変わったあたりの、高架道路の北側の柱の一本に、
パンドルフォ兄弟の新作がある

そして、そのさらに先の柱にも、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの新作があるのを、探索活動中に発見してしまった。
発見してしまったので、
早速どうやって撮影することが出来るかを考えなくてはならない。
つまり、駐車場所の確保と現地へのアプローチ・ルートの確認である。
それにもちろん普通は、現地の安全度の検討も必要である。
だが、この場所では、もう安全度にはあるていど目をつぶらないと、
いつまでたっても撮影は出来ないところである。
Sps20090305cj

前回紹介した作品が描かれた柱から、数十メートル東側である。
Sps20090305czk

この柱は、3面が道路に面している。
その3面すべてに、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチが描かれている。
いずれも新作である。
Sps20090305czi

Sps20090305czh

Sps20090305czl

Sps20090305czm

Sps20090305cze

Sps20090305czf

こんな柱一本に、3点も作品が集中しているところはほかにない。
Sps20090305czn

Sps20090305czo

そして、この日も別のグラフィテイロ(=グラフィッチを描く人のこと)が作業に励んでいた。
Sps20090305czg

ここには、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチ以外にも、多くのグラフィテイロが作品を残し、そして今も制作作業中である。
この高架下は、市によって管理されている。
最近までここに廃品回収の集積分別所があり、それらを生業といる人たちとその家族が、このあたりに生活をしていたのだが、それをすべて撤去させて、清掃し、整備しているのは、サンパウロ市である。
柱や壁も、市当局によって一旦すべて無機色に塗られていた。
そこに、グラフィテイロが一斉に描きまくっていることになる。
Sps20090305czj

実は、ここに限っては、
市当局とグラフィテイロの間で、話が出来ているということである。
ここの整備に関わっている市職員から直接聞いた。
だから、ここは今のところ塗り消す予定はないそうだ。

だから、それを信じれば、なくなるのを恐れて慌てて撮影することもなかった。
グラフィッチが経年変化する様子をじっくりと観察することが出来るはずである。

とはいっても、
いつ市の方針が変わるかもしれないので、
すぐに撮影したわけだ。

この一連のラヂアル・レスチ・オエスチ高架高架道路下の
撮影は、精神的に、非常に疲れた。

だいたい消されると思っているから、
慌てて撮影しているわけである。
今のように、市当局によって、あっという間に消されることがなければ、
こんなに根を詰めて、グラフィッチ捜索をすることもないのだが。

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sexta-feira, 6 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その264 Os gêmeos 123。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

グリセーリオ通りに、この高架道路の出入り口がある。
この付近は、
パンドルフォ兄弟のグラフィッチが、密集している。

この高架道路の高架下には、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、
無関係の者には近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

その住民たちが退去した跡地には、
市によって清掃作業が進められているのだが、
長年の人間の生活跡は、簡単にぬぐい去ることは出来ない。

そのグリセーリオ通りから,高架道路に沿ってドトール・ルンジ通りを東に150メートル行くとテイシェイラ・レイチ通りと名前が変わる。
Sps20090305cy

テイシェイラ・レイチ通りと名前が変わったあたりの、高架道路の北側の柱の一本に、
パンドルフォ兄弟の新作がある。
Sps20090305czd

作品は、2体である。
Sps20090305cza

Sps20090305czb

Sps20090305czc

奥に見える2体は、最近すでに紹介した作品である。
Sps20090305czp

テイシェイラ通りは、ここで、高架道路の北側から南側に曲がるのである。
高架下の西側の壁面。
Sps20090305cz

パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの作品がある柱の裏側では、
別のグラフィテイロが、作品を仕上げていた。
Sps20090305czq

高架下の東側にある大作の全貌である。
前にも書いたが、これにはパンドルフォ兄弟は参加していない。
Sps20090305czr

このあたりは,車を止めるようなところではない。
テイシェイラ通り自体は交通量が多い。
少し離れたところに車を止めて、歩いていくしかない。
グリセーリオ通りからは約200メートル離れていて、
さらに一層普通の人が普通に歩くようなところではなくなっている。

近隣の住民の方々がこのあたりを多数徘徊される休日に、作品を鑑賞するのは,絶対に避けていただきたい。

出来れば、ここで紹介するのを控えるべきである結界上に位置している作品である。

まだ、このあたりには、紹介する予定のパンドルフォ兄弟によるグラフィッチがあるが、そろそろ何か事件を誘発しないか不安でもある。

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quinta-feira, 5 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その263 Os gêmeos 122。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

グリセーリオ通りに、この高架道路の出入り口がある。
この付近は、
パンドルフォ兄弟のグラフィッチが、密集している

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

その住民たちが退去した跡地には、
市によって清掃作業が進められているのだが
長年の人間の生活跡は、簡単にぬぐい去ることは出来ない。

もう、このあたりで、グラフィッチの撮影などを優雅にやっているのは、
そろそろ危険になってきたのではないかと思い始めている。
世界的な経済危機も、やや遅ればせながら、ブラジルの実体経済にも影響を及ぼしつつあるからだ。
このあたりにお住まいの底辺の方々は,好不況とは直接的には縁がないだろうが、やはり回り回るものが、回ってこなくなって来ているのではないかと思う。

できれば、しばらくこういった都心部ではもっとも雰囲気の悪い地区の一つであるここから離れたいと思っているのだが、残念ながらそういう思いはパンドルフォ兄弟には全く届いていない。

また、新作を発見してしまった。

グリセーリオ通りから、ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道路を西に行く入り口がある。
その入り口から本線へ進入路のスロープは、高架道路の北側のドトール・ルンヂ通りに沿っている。
Sps20090307cw

ドトール・ルンジ通りに接している、進入路のスロープの壁面に、
パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの新作を発見した。
Sps20090305cm

Sps20090305ck

小さな作品なので、見落としそうである。
Sps20090305cl

これも、このところ多い、壁から出てきそうなモチーフである
Sps20090305co

彼らの作品には,時々、魚の頭が登場しているのだが、
これがどういったことを意味しているのかはわからない。
Sps20090305cn

このグラフィッチが描かれている,ほぼ向かい側には、
韓国人系の教会がある。
黒っぽい建物である。
日曜日などには、韓国人系とおぼしき人たちが,多く訪れているが、
このあたりは韓国人系の方々がお住まいになってようなところではないので、
車が並ぶことになる。
この作品の鑑賞は,そういう韓国系の方々に紛れて,手早く行われることをおすすめする。
「アニョンハセヨ」くらいは、ちょっと覚えておいた方がよいだろう。

このドトール・ルンジ通りは,西向きの一方通行になっており、そのまま行くとコンセリェイロ・フルタード通りに突き当たっている。
Sps20090305cp

日中、車で通る分には,それほどでもないが、休日の日中は住民の皆さんが家族や友人との団欒を路上でなさっていて、やや通り抜けにくく、とはいっても早く通り過ぎたい雰囲気のところである。

この作品は、グリセーリオ通りからは、100メートルもないところにある。
Sps20090305cq

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terça-feira, 3 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その263 Os gêmeos 121。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部のセントロから、東部への大幹線道路のラヂアル・レスチは、セントロから出てすぐはアルカンターラ・マシャード大通りという。

そのアルカンターラ・マシャード大通りとプラシヂーナ通りの角にあった作品である。
Sps20090218cza

アルカンターラ・マシャード大通りに面している壁に、
またパンドルフォ兄弟によるグラフィッチを発見した。
Sps20090218czb

Sps20090218czg

この壁から抜け出すようなモチーフはこれで2体目の発見となる。
Sps20090218cze

Sps20090218czd

Sps20090218czc

東側にあるガソリンポスト跡は、その大きな屋根が雨をしのぐのに便利なので現在は何家族かお住まいだし、さらに駐車スペースとしても利用されている。
Sps20090218czf

実は、この壁には,今年の1月頃には、すでに紹介した別のグラフィッチが描かれていた
だが、1ヶ月もたたないのうちに,それは塗り消されていたのだが、
また復活した。
このアルカンターラ・マシャード大通りの両側には、
灰色に塗られた壁がずっと続いている

グラフィッチを描くグラフィテイロと、市当局との攻防がもっとも激しいところである。
Sps20090218czh

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segunda-feira, 2 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その262 Os gêmeos 120。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
パンドルフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuciリベルダーヂLiberdadeベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

グリセーリオ通りに、この高架道路の出入り口がある。
この付近は、
パンドルフォ兄弟のグラフィッチが、密集している

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

その住民たちが退去した跡地には、
市によって清掃作業が進められているのだが、
長年の人間の生活跡は、簡単にぬぐい去ることは出来ない。

そのグリセーリオ通りから,高架道路に沿って東に150メートル行くとテイシェイラ・レイチ通りが,高架道路の下を通っている。

ここの高架道路の柱に、
パンドルフォ兄弟の新作がある。

このあたりには、
つい最近まで、高架道路の下の歩道に沿って住民の方々の住居が並んでいたのであるが、今はもうない。
ただ、南側の広場には、たたずんでおられる方がおられて、やや視線が痛かった。
Sps20090305czs

このテイシェイラ・レイチ通りは、,高架道路の下を北から南に抜けている。
Sps20090227czr

そして、高架の下を過ぎると,またすぐに右方向にカーブしている。
作品は、この右カーブしているところの、路側の狭いところに描かれている。
Sps20090227czs

発見したその日は、現地の周辺環境を確かめる余裕がなかったので、
後日駐車が可能な場所、現地への徒歩ルートの状況等を確かめた上で、
撮影することにした。

多くの人間が最近まで生活していた強い臭気のする歩道をちょっと歩いて、
現地に行ってわかったことなのだが、
柱の2面に,合計3体のグラフィッチが描かれていた。
Sps20090227czt

Sps20090227czu

Sps20090227czv

Sps20090227czx

カーブのところで路側帯に幅がなく、正面からのアップのためには、車道に出て撮影せざるを得なかった。
Sps20090227czw

Sps20090227czza

Sps20090227czzb

Sps20090227czzg

Sps20090227czze

Sps20090227czzf

バスやバイクもビュンビュンと通り過ぎるところだった。
Sps20090227czy

全体のためには、中央分離帯から撮影ができた。
Sps20090227czzd

Sps20090227czzc

高架道路の下の反対側には、大作が描かれているが、パンドルフォ兄弟はこれには参加していないようだ。
Sps20090227czz

このあたりの一連の撮影では,久しぶりに緊張して、かなり気疲れした。

もう、この辺が限界でないかと思えるところである。

いくら肩入れしすぎて抜け出せなくなっているとはいっても、
どうしてここまでしているのかと自問自答したくなる。

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domingo, 1 de março de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その261 Os gêmeos 119。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

グリセーリオ通りに、この高架道路の出入り口がある。
この付近は、
パンドルフォ兄弟のグラフィッチが、密集している。

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

その住民たちが退去した跡地には、
市によって清掃作業が進められているのだが、
長年の人間の生活跡は、簡単にぬぐい去ることは出来ない。
Sps20090227czzh

何ともいえない障気がたちこめている。

ここで、パンドルフォ兄弟によるかなり前のものだろうと推察できる作品を発見できた。
つまり、前住民たちが住み着く前に描かれたものだろうということである。

高架道路の柱に描かれたものであるが、
下部を中心に,作品全体がかなり煤けている。
Sps20090227czzj

つまりこの作品があるところは、前住民たちの柱を利用した竈跡なのだ。

清掃作業員たちが,お願いをしたわけでもないのに、親切にも水をかけてくれたが、
そんな程度では,全くきれいになるはずもない。
Sps20090227czzk

ブラジルでは、こういう清掃作業員たちのような親切な人たちがいっぱいいる。
いつもお世話になっていて、本当に感謝している。

このグラフィッチのような人たちが住んでいたのである。
今も、この付近にはこのような人たちばかりが住んでいる。
Sps20090227czzl

さらに、すぐ近くの柱にも別の作品がある。
Sps20090227czzn

これも、一体の煤け方から、ここがやはり竈跡であることがわかるのだが、
そこに最近新たな一体が描き加えられている。
Sps20090227czzi

まるで、幽体離脱をしているかのようにも見える。
Sps20090227czzm

清掃作業のために,床全体が濡れていることもあって、
生活臭が高架下に充満していた。
身体に,酸っぱい臭いが染みつきそうだった。
Sps20090227czzo

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sábado, 28 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その260 Os gêmeos 118。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

サンパウロ通りとグリセーリオ通りの交差点のすぐ北側には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

グリセーリオ通りには、ラジアル・レスチ・オエスチ高架道路の出入り口がある。
西から東への降り口と,東から西方向への入り口である。
Sps20090227cl

この西から東方向への出口のところに、パンドルフォ兄弟のグラフィッチの新作が描かれた。
Sps20090227cj

Sps20090227cb

降り口で交通量が多い出口にある高架道路の柱があるのだが、きわめて狭い路側帯しかないところに、描かれている。
この柱の別の面には、かつて彼らのグラフィッチ4体があった。
Sps20090227cc

撮影するには,距離が近すぎるので、
信号で車が止まっている間に,車道に出て撮影した。
Sps20090227ch

Sps20090227ci

だが、チェーンはどうしても入ってしまう。
Sps20090227cd

Sps20090227ce

もう一つの柱にも、彼らの旧作がある。
Sps20090227ck

現在、このあたりはパンドルフォ兄弟によるグラフィッチの一大集積地となっている。
この付近で、8カ所13体は確認している。
新作も多く、今現在、活発に活動が行われているところだといえる。

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sexta-feira, 27 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その259 Os gêmeos 117。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

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このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

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バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区にあるサンパウロ通り。
サンパウロ市にあるサンパウロ通りなので、さぞかし立派な通りと思ったら大間違いで、全く正反対の緊張度いっぱいの通りである。

このサンパウロ通りとグリセーリオ通りの交差点付近では、今までに3点のグラフィッチを紹介してきた。
Sps20090217cp

サンパウロ通りとグリセーリオ通りの交差点の一角には、ガソリンポストがある。
Sps20090218cv

そのガソリンポストの北側には、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側を抜けて、
サンパウロ市の東西を結ぶ大動脈のラヂアル・レスチ・オエスチの高架道路が走っている。
Sps20090218cw

この高架道路のあたりには、以前は、
廃品回収業の集積分別の作業場と住居などがあり、無関係の者には、近づきがたかったところであったのだが、どういう訳か、いつの間にか作業場は撤収してしまった。
住民はまだいないわけではないが、かなり減っている。

ガソリンポストと高架道路の間に、細い道路がある。
この道路を、グリセーリオ通りから西に30メートルほど行った壁に、パンドルフォ兄弟のグラフィッチがあった。
Sps20090218cu

Sps20090218cq

真新しい作品ではないようだ。
この道を最後に通ってから、,5-6ヶ月はたっているが、そのときにはここにはこのグラフィッチはなかったはずなので、古いと言うほどでもないはずだ。
Sps20090218cp

Sps20090218cr

Sps20090218ct

この道は、車の通りも,人の通りも多い道ではない。
グリセーリオ通りから少し入っただけだが、
作品の鑑賞や撮影の際には、周辺には十分に目を配り、
短い時間で済まされることをおすすめする。
Sps20090218cs

日曜日には、フェイラ(=露天市)が、ごく近くで開催されて、住民でごった返すことになるので、
雰囲気に溶け込めない方は,絶対に近寄ってはならない。

-------------------------
ここで、紹介した直後に、このグラフィッチはなくなった。
Sps20090227cf

Sps20090227cg

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quinta-feira, 26 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その258 Os gêmeos 116。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南側にあるリベルダーヂ地区。
そのリベルダーヂの低地地区は、パンドルフォ兄弟によるグラフィッチの集中地区である。

パンドルフォ兄弟のグラフィッチにぴったりの雰囲気を持ったこの地区にあるサンパウロ通り。
サンパウロ市にあるサンパウロ通りなので、さぞかし立派な通りと思ったら大間違いで、全く正反対の緊張度いっぱいの通りである。

このサンパウロ通りとグリセーリオ通りの交差点付近では、今までに3点のグラフィッチを紹介してきた。

また新たな作品があった。

今度は、サンパウロ通りに沿っている。
Sps20090217cj

Sps20090217cf

Sps20090217ck


Sps20090217co

Sps20090217cn

今までいろいろな作品を紹介してきたが、
こんなユーモアのある表現の作品はなかったと思う。
Sps20090217ce

Sps20090217cl

Sps20090217cm

釘の部分である。
Sps20090227cn

Sps20090227cm

この道は、
日曜日にはフェイラ(=朝市)が開催されていて、
作品を見たり、撮影するような雰囲気ではなくなる。
ここは、フェイラの終了が遅く、
また終了後も、
近くの住民の方が、
残滓を収集に来られるところである。
撮影は,平日もしくは土曜日に行われることをおすすめする。

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terça-feira, 24 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その257 Os gêmeos 115。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

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2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

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サンパウロ市の南東部イピランガ地区から南に延びるリカルド・ジャフェ大通りは、
サウヂ地区に入ると
プロフェッソール・アブラアオン・ヂ・モライス大通りと名前を変える。

そのままさらに進むと、サントスに向かうイミグランテス街道となる。

このリカルド・ジャフェ大通りとプロフェッソール・アブラアオン・ヂ・モライス大通りのすべての区間は、ブラジル国歌に歌われているイピランガ川を挟んでいる。

先日、雨が続いたことで、
プロフェッソール・アブラアオン・ヂ・モライス大通り沿いのイピランガ川の護岸壁が膨らみ,一部が崩壊した。
現在、改修工事が進められている。

この工事箇所付近で、プロフェッソール・アブラアオン・ヂ・モライス大通りに沿っている小さな道で、
トリスタン・マリアーノ通りがある。
Sps20090216ch

このトリスタン・マリアーノ通りにある自動車の修理屋の隣の空き倉庫の壁に、
パンドルフォ兄弟によるグラフィッチがあるのを発見した。
コロニアル・パレスという高級モーテルから北に約150メートルの地点である。
Sps20090216cg

Sps20090216cf

Sps20090216ce

描かれてから,多少時間はたっているようだが、
まごう事なきパンドルフォ兄弟によるグラフィッチである。
Sps20090216cc

Sps20090216cd

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segunda-feira, 23 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その256 Os gêmeos 114。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの市立市場と、
タマンドゥアテイ川を挟んだ東側にあるサン・ヴィットというビル。
サンパウロでもっとも有名な廃墟ビルである。
Sps20090201ce

この近くを通るときには,いつも見つめてしまう。
一見モダンに見えるこの建物は、建築後50年以上たっている。
集合住宅ビルである。
だが、20数年前には、もうほとんどこのような状態だった。
Sps20090119czf

渋滞の中で、見ているうちに、
パンドルフォ兄弟によるグラフィッチらしきものを発見してしまった。
早速、分析確認のために,写真に撮った。
肉眼でははっきりしないところも、
写真であれば、
ゆっくりと確認することが出来る。
Sps20090119czg

このあたりは,交通量が多く、一方通行の道がほとんど、
早々簡単に、現場に行き着くことは出来ないし、
また、夕方以降は治安にかなり不安のあるところなのである。
Sps20090201cd

描かれている場所が、
建物の屋上付近であるし、
描かれてからかなり時間もたっている作品のようなので、
すぐに消されてしまうこともないだろうと判断したので、
現場があまり混雑していない日曜日にロケに出かけた。

作品は、サン・ヴィット・ビルではなく、
その東側のビルの塔屋に描かれている。
Sps20090201ci

Sps20090201cj

顔だけの作品だが、
まごうかたなき、
パンドルフォ兄弟によるグラフィッチである。
Sps20090201ck

近作にはないタッチである。
Sps20090201cl

実は、
このビルの手前側のビルの壁に描かれているパンドルフォ兄弟によるグラフィッチをすでに紹介していたのだが、そのときには、そのさらに上方の奥に作品があることには気づかなかった。
Sps20090201cm

以前の作品もまた健在である。
Sps20090201cn

撮影は、
建物の南側のサン・ヴィット広場から行うしかない。
このサン・ヴィット広場は、平日は
大型のトラックとバスで混雑している上に、
その間をぬうように、人やリヤカーが通り抜けている。
土曜日の午後もしくは、日曜日は、この広場は逆にかなり閑散とするが、
住民の方々もおられる。
カメラを向けられるのをかなりいやがる方もおられるし、
グラフィッチを撮影するなどということが理解できない人が多いので、
手早く撮影を終了され、その場を一刻も早く離れることをお勧めする。

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sexta-feira, 20 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その255 Os gêmeos 113。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南西側に隣接したベラ・ヴィスタ地区は、
パンドルフォ兄弟の作風にぴったりの地区である。

事実、ここでも、
彼らのグラフィッチを数多く発見してきた。

ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道路に接した、クァトーゼ・ヂ・ジューリョ通りに、新作を発見した。
Sps20090201czp

以前、ここには、彼らの作品2点があったのだが、
早くに消えていた。

そこに、また彼らの作品が復活した。
Sps20090201czk

壁から抜け出ようと,苦しんでいるようなものは、ここで初めてみたモチーフである。
だが、同様のモチーフの作品を、別のところでも発見したので、
近々紹介することにしたい。
Sps20090201czl

Sps20090201czo

ここには、
ニナ・パンドルフォの作品も並んでいた。
Sps20090201czm

Sps20090201czn

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quinta-feira, 19 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その254 Os gêmeos 112。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が次々と描かれているようだ。

新作および旧作の探索も、ひところよりやや精力的に行うようにしている。

-------------------------------
※※Masa様から,その存在を教えていただいた作品である。
   こういった情報は大変にありがたく、
   非常に感謝している。

サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南に伸びるリベルダーヂ大通りは、
サン・ジョアキン通りとの交差点付近からヴェルゲイロ通りと名前を変える。
このヴェルゲイロ通りは、それから延々と南に向かい、
サコマンでサントスに向かうアンシェッタ街道につながっている。

サンパウロとサントスを結ぶ古道の一部が、ヴェルゲイロ通りである。
起点のリベルダーヂ大通りから、ヴィラ・マリアーナ地区までは、
地下鉄がその下を走っていて、
道幅が広い。
地下鉄が出来るときに,拡幅されたのだ。

このヴェルゲイロ通りの
地下鉄アナ・ローザ駅から南300メートルまでのところに、
パンドルフォ兄弟のフラフィッチがいくつかある。

アナ・ローザ駅から、南に350メートルほどのリモジェイロ・ヂ・アナヂア通り沿いの壁に、
パンドルフォ兄弟の作品が1体ある。
Sps20090119cp

このあたりは、全体的には環境が悪いところではない。
ただ、リモジェイロ・ヂ・アナヂア通りは、ヴェルゲイロ通りの側道といった道で、人通りも少なく、さらに、
緑地帯の木のために薄暗く、やや荒れた雰囲気を醸し出している。
Sps20090119cn

Sps20090119co

Sps20090119ct

パンドルフォ兄弟が、グラフィッチを描きそうな場所として、ふさわしいところである。
Sps20090119cq

Sps20090119cr

Sps20090119cs

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quarta-feira, 18 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その253 Os gêmeos 111。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
国際的に有名になった今でも、描き続けている。

彼らの多くの作品は、かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

作品の撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は周囲の治安の問題などで、撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

2008年の12月下旬あたりから、
「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

一方、2009年に入って、
パンドルフォ兄弟の創作活動が非常に活発になっていて、
新作が精力的に次々と描かれているようだ。

新作の発見も,続いている。

-------------------------------
※※Masa様から,その存在を教えていただいた作品である。
   こういった情報は大変にありがたく、
   非常に感謝している。

サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南に伸びるリベルダーヂ大通りは、
サン・ジョアキン通りとの交差点付近からヴェルゲイロ通りと名前を変える。
このヴェルゲイロ通りは、それから延々と南に向かい、
サコマンでサントスに向かうアンシェッタ街道につながっている。

サンパウロとサントスを結ぶ古道の一部が、ヴェルゲイロ通りである。
起点のリベルダーヂ大通りから、ヴィラ・マリアーナ地区までは、
地下鉄がその下を走っていて、
道幅が広い。
地下鉄が出来るときに,拡幅されたのだ。

このヴェルゲイロ通りの
地下鉄アナ・ローザ駅から南300メートルまでのところに、
パンドルフォ兄弟のフラフィッチがいくつかある。

アナ・ローザ駅から、200メートルほどの壁に、
パンドルフォ兄弟の作品が1体ある。
Sps20090119cb


このあたりは、全体的には環境が悪いところではない。
ただ、ヴェルゲイロ通りは新道であり、
賑やかなのは旧道のドミンゴス・ヂ・モライス通り側である。
建物の入り口は、ドミンゴス・ヂ・モライス通り側にあるものが多く、
ヴェルゲイロ通り側は相対的に人通りも少なく、やや荒廃している。
Sps20090119cu

つまり、パンドルフォ兄弟の好む環境条件を、多少なりとも満たしている。
Sps20090119ce

自分たちの存在を誇示するかのように”Os gêmeos”と,大書している。
Sps20090119cc

Sps20090119cd

Sps20090119cm

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segunda-feira, 16 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その252 Os gêmeos 110。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

最近紹介したばかりのグラフィッチがもう消されているのを発見して、愕然とした。

それでも、
パンドルフォ兄弟の新作を発見しているので、
紹介していきたい。

-------------------------------
※※Masa様から,その存在を教えていただいた作品である。
   こういった情報は大変にありがたく、
   非常に感謝している。

サンパウロ市の歴史的中心部セントロから南に伸びるリベルダーヂ大通りは、
サン・ジョアキン通りとの交差点付近からヴェルゲイロ通りと名前を変える。
このヴェルゲイロ通りは、それから延々と南に向かい、
サコマンでサントスに向かうアンシェッタ街道につながっている。

サンパウロとサントスを結ぶ古道の一部が、ヴェルゲイロ通りである。
起点のリベルダーヂ大通りから、ヴィラ・マリアーナ地区までは、
地下鉄がその下を走っていて、
道幅が広い。
地下鉄が出来るときに,拡幅されたのだ。
Sps20090119cw

それから、サコマンまでは、
ほとんど片側1車線で、上り下りが続く、くねくねとした道である。

このヴェルゲイロ通りの
地下鉄アナ・ローザ駅から南300メートルまでのところに、
パンドルフォ兄弟のフラフィッチがいくつかある。

アナ・ローザ駅のすぐ南側にマクドナルドがある。
Sps20090119cv

入り口は、ドミンゴス・ヂ・モライス通り側にあり、
ヴェルゲイロ通りは店の裏側になる。
ガラス張りになっていて、
客席になっているのが見える。
Sps20090119cl

そのマクドナルドのすぐ隣の壁に、
パンドルフォ兄弟の作品が2体ある。
Sps20090119cg

Sps20090119cf

Sps20090119ch

Sps20090119ci

Sps20090119cj

指の絵は彼らの盟友の作家によるもので、
よく同じ場所で見つけることができる。
Sps20090119ck

このあたりにも、パンドルフォ兄弟の作品があるのは、ちょっと意外である。
彼らが通常好む地区とは、
かなり雰囲気が違う。
ただ、
アナ・ローザ駅の次のヴィラ・マリアーナ駅から
東西にそれぞれ約400-500メートルのところには、
市内南部ではもっともセントロに近いファヴェーラがある。
規模は小さい。

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domingo, 15 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その251 Os gêmeos 109。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

最近紹介したばかりのグラフィッチがもう消されているのを発見して、愕然とした。

それでも、
パンドルフォ兄弟の新作を発見しているので、
紹介していきたい。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの中で、ルース駅南側と並んでもっとも雰囲気が悪いのは、
今や観光ポイントとなった市営市場の、タマンドゥアテイ川を挟んだ東側の一帯である。

サンパウロ市にある廃墟ビルの中でも,もっとも著名なサン・ヴィットという高層ビルの周辺である。
Sps20081114ce

このサン・ヴィットという建物は,やっと住民の立ち退きが完了し、取り壊しになる予定である。
Sps20081114cd

このビルの南側の広場は,サン・ヴィット広場というのが正式名称である。

このサン・ヴィット広場のさらに東側は,もうセントロではなく正式にはブラジル地区になるのだが、食品系の卸売業者が軒を連ねている。
平日はとてもトラックなどの車で道路が混雑しているところであるが、
日曜日は逆に全く人気がなくなって、
不気味なところである。

このセントロとブラストを隔てるメルクリオ大通りはこの付近では北方向への一方通行となっている。
Sps20090204ct

この道を、折からのにわか雨の時に通っているときに、
パンドルフォ兄弟の作品が,視界に入った。
Sps20090204cu

雨ではあったが、
早速、車を戻して、
改めて確認し、撮影をした。

メルクリオ大通りと、通称サン・ヴィット・マルチン通りの角にある建物の、サン・ヴィット・マルチン通り側の壁に,描かれていた。
Sps20090204cm

サン・ヴィット・マルチン通りは、ポリグナーノ・A・マーレ通りが正式名称である。
Sps20090204cd

Sps20090204ce

Sps20090204cp

Sps20090204cl

パンドルフォ兄弟のグラフィッチが2体もある。
Sps20090204cr

建物内で、タマネギの皮むきをしている人たちに,一言声をかけて、撮影をした。
こういったことは、とても大事なことだと思うので、励行されることを希望する。
Sps20090204ch

ともにどちらも,真新しい作品であった。
Sps20090204cg

Sps20090204co

Sps20090204ci

Sps20090204cj

また、同所にはニナ・パンドルフォの作品もあった。
Sps20090204cn

Sps20090204ck

Sps20090204cq

Sps20090204cf

Sps20090204cs

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quarta-feira, 4 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その250 Os gêmeos 108。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

最近紹介したばかりのグラフィッチがもう消されているのを発見して、愕然とした。

それでも、
パンドルフォ兄弟の新作を発見しているので、
紹介していきたい。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの中で、
もっとも雰囲気が悪いのが、
ルース駅の南側だ。
Sps20090130cn

地下鉄の工事が始まり、
サンパウロ市が浄化に力を入れた結果、
3-4年前に比べると、
格段に環境がよくなった。
Sps20090130cm

クラコランヂアと呼ばれた麻薬地帯だったのだが、
それも、ちょっと移動して、
そういう人たちも、
このあたりでは露骨には見かけなくなった。

何よりも、
平日の昼間に、
何とか歩くことができるようになった。
Sps20090130co

ルース駅から、
南に延びるガスペル・リベロ大通りに、
以前に紹介した作品が一つあった。
それが、まだあるかどうか確認に行ったら、
また新たなパンドルフォ兄弟のグラフィッチ作品を見つけた。
Sps20090130ci

Sps20090130cj

ルース駅から,約150メートルほどの,閉鎖されたビルの、
入り口を閉鎖するために積み上げられたブロックに描かれている。
Sps20090130ch

Sps20090130cf

Sps20090130cg

将来の地下鉄ルース駅のすぐ隣になる。

以前に紹介した作品も、
同じビルで、
同様にブロックに描かれていたのだが、
健在であった。
Sps20090130cl

Sps20090130ck

このあたりは、実は好きなところであるが、
さすがに日没後はとても歩けない。

車でも、22時以降は,できるだけ近づかない。

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terça-feira, 3 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その249 Os gêmeos 107。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

最近紹介したばかりのグラフィッチがもう消されているのを発見して、愕然とした。

それでも、
パンドルフォ兄弟の新作を発見しているので、
紹介していきたい。

-------------------------------
パンドルフォ兄弟の本拠地は、
サンパウロ市の歴史的中心部セントロの南東に隣接するカンブシ地区である。

そのカンブシ地区で,発見した作品である。

プロフェッソール・パッソス大通りとピエダーヂ通りの交差点の塀に描かれていた。
Sps20090119czc

変電所を囲む塀である。
Sps20090119czb

おそらくサンパウロ市で一番に巨大なあの教会の南側である。
Sps20090119cze

だが、この作品を発見して10日後にはもうこの塀はグレーになっていて、
作品も永遠に失われていた。
やはり発見したら,すぐに撮影をしなければならないようだ。
Sps20090119czd

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segunda-feira, 2 de fevereiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その248 Os gêmeos 106。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えていたのだが、
再び活動を活発化させているようだ。

最近紹介したばかりのグラフィッチがもう消されているのを発見して、愕然とした。

それでも、
パンドルフォ兄弟の新作を発見しているので、
紹介していきたい。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部のセントロの南西側に隣接するベラ・ヴィスタ地区は、
パンドルフォ兄弟の作品を少なからず発見できる地区である。

つまり、あまり雰囲気のよい地区ではないと言うことだが。

ジョアン・パサラクア通りとサント・アントニオ通りが交差するところの上を、ラヂアル・レスチ・オエスチ高架道が通っている。

市内南部から拙宅に戻るときなど、頻繁にこの道を通る。
Sps20081217cg

この高架道路の下が、昨年初めまで、
廃品回収を生業としている人によってジムになっていたのだが、
その反対側にあった集積所が,火事になったことで、
すべて撤去されて、
その高架の改修工事が行われている。

その高架道路の橋脚に、
新しい作品があるのを発見した。
Sps20081217ch

Sps20081217ci

敷地の外からでは、ネットによって、作品がきれいに撮影できない。
Sps20081217co

早速、車を止めて,現場へ歩いて調査に行った。
Sps20081217cj

ネットの隙間から,撮影したのだが今ひとつ不満。
Sps20081217cn

敷地を回っていくと、反対側に入り口があって開いていたので、進入して、撮影した。
Sps20081217cv

Sps20081217cl

このグラフィッチの上の言葉がまた泣かせるのだ。
「ほら、ほら、彼らがまた新しく」
Sps20081217cm

Sps20081217cr

ところが、
さらに作品があるのを発見してしまった。
Sps20081217ck

Sps20081217cu

それも、さらにもう1体で、
つまりここには合計3体もあったのである。
Sps20081217cp

Sps20081217cq

Sps20081217cs

Sps20081217ct

小躍りしてしまったことは言うまでもない。

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terça-feira, 20 de janeiro de 2009

ブラジル・サンパウロのカカの結婚式が行われた教会の屋根が落ちた その2 死傷者名簿。

1月18日(日)夕刻にサンパウロのカンブシ地区で起きた、
「キリスト再生伝道師教会」本部の屋根の崩落事故

一晩あけた、
19日(月)の、
ローカルニュースは,ほとんどこの件だけを報じた。

もともと、
何かと話題の多いこの教会であるが、
この事故に当たって、
創立者が長く不在のためか、
残りのメンバーの対応が非常にお粗末な印象を受ける。

-------------------------------
死傷者リストは、
事故発生後、
程なく発表されて、
その後適時追加訂正がなされていた。

事故発生から24時間以上がたち、
ほぼ犠牲者が確定している。

-------------------------------
情報は、キリスト再生伝道師教会の広報から発表されたものである。
リストには、この崩落事故による9人の死者のうちの8人が含まれている。

-------------------------------
18日(日)にサンパウロSão Paulo市南部のカンブシCambuci地区の再生教会Igreja Renascerの屋根の崩落による死者数が9人に増えた。

19日(月)未明に、再生教会の広報は6人の死者の名前を発表していた。
さらに2目の名前が、犠牲者がいた病院の広報から発表されていた。

支社のうちの一人の名前はまだ発表されていない。
そのほかの名前は、公共安全局Secretaria da Segurança Públicaの広報担当者によって確認された。

けが人の名前もまた日曜日の夜から再生教会によって文書で発表されていた。


死者Mortos

• Luiza Silva Tomiu, 62歳
• Maria Amelia de Almeida, 62歳
• Acir Alves da Silva, 80歳
• Maria Elisie dos Santos Nicolau, 52歳
• Gabriela Lacerda, 15歳
• Dalva Ferreira de Oliveira, 71歳
• Silvia Gomes Moreira, 51歳
• Maria de Lourdes da Silva, 78歳
• 身元が発表されていない女性


けが人Feridos (病院別)

Hospital das Clínicas
• Cilene Aparecida - 整形外科に転送
• Cristina Rodrigues dos Santos - 退院済み
• Evani Delamares Lima - 退院済み
• Jade Milene de Queroz Ferreira - 退院済み
• Maria de Lourdes da Silva - 危篤
• Olga Doloso Silva - 退院済み
• Fábio Jonas de Oliveira - 重体

Hospital Ipiranga
• Alex Issa Junior - 退院済み
• Cilene Galvão dos Santos - 退院済み
• Daniele Carvalho - 退院済み
• Elaine Cristina Dias Gomes - 退院済み
• Ludmila Betta Rocha - 退院済み
• Nadia Lucia de Souza - 退院済み
• Nelise (Nilce) Aprima - 退院済み
• Osmar Inocencia da Silva - 退院済み
• Sirlene Galvão dos Santos - 退院済み
• Solange Ap Costa - 退院済み
• Vivian Maria dos Santos - 退院済み
• Viviane Meire dos Santos - 退院済み

Hospital Vergueiro
• Angelina de O. Silva - 退院済み
• Carmelito Leonardo - 退院済み
• Evelise Del Corso - 重体
• Gilmar P. da Silva - 重体
• Giselma Maria Nascimento - 退院済み
• Hermínia B. dos Santos - 退院済み
• Indayane O. de Freitas
• Joselma Maria Nascimento - 退院済み
• Maria Aparecida Costa - 退院済み
• Marta Gomes - 退院済み
• Otilia Batista
• Olga Bernardes - 退院済み
• Ruth F. da Silva - 退院済み
• Geneire Ferreira - 重体
• Priscila Paiva - 退院済み
• Divania Souza - 退院済み

Hospital Cruz Azul
• Adriana Cristina de Oliveira dos Santos - 退院済み
• Aguinaldo do Espírito Santo Diniz - 退院済み
• Alcyr Fernando Gomes de Azevedo - 退院済み
• Ana Paula de Oliveira - 退院済み
• Antonio Carlos Costa de Oliveira Junior - 退院済み
• Caique Eleotério - 退院済み
• Cássia Dias Novakoski - 退院済み
• Cécia da Hora Alexandrino da Silva - 退院済み
• Cláudia Mara Oshiro - 退院済み
• Dalva Haremi Fukusig - 退院済み
• Débora Lúcia Pereira - 退院済み
• Felipe Mituyama - 退院済み
• Francisco Cipriano - 退院済み
• Heitor Oliveira Santos
• Jemina Rodrigues Custodio - 退院済み
• Luciana Cristina Prudente de Lima - 退院済み
• Maria Josefa da Anunciação - 退院済み
• Mary Selma Valdambrini dos Santos - 退院済み
• Melquior Custódio Júnior - 重体
• Michelle George Barrak - 退院済み
• Regina Barbosa de Melo Gutierrez - 退院済み
• Renata Ferreira Merussi - 退院済み
• Robert Juliano Rodrigues Custódio - 退院済み
• Rosimeire Maria da Anunciação
• Sara - 退院済み
• Solange Cristina Eleutério Cipriano - 退院済み
• Tatiana Cipriano da Silva - 退院済み
• Thais Alberta Lorena Santana - 退院済み
• Valter Candido Silva - 退院済み
• Vanda Divina - 退院済み
• Josefa Maria da Anunciação
• Debora Lucia Pereira
• Noemi de Melo Alexandre

Hospital São Paulo
• Adriana Eleuterio - 32歳- 足の手術受けて、経過は良好
• Gustavo Gugla Santana - 退院済み
• Bruna Aparecida Prestes - 退院済み
• Maria Sonia Nunes - 50歳- 緊急治療室を出て、状態は安定
• Douglas Luis da Mata
• Gilvânio Guedes Santos - 50歳 - 緊急治療室を出て、状態は安定
• Jose de Cavalcante Souza Neto
• Marta Bispo Santos Vilela - 重体
• Oscar Akira Tado - 退院済み
• Rebeca Martins da Silva - 55歳 重体
• Roberta Martins da Silva
• Sidneia Mendes Da Silva
• Estefanie Banove de Sá - 9歳-意識不明の重体
• Gustavo Cuble (朝到着)
• Bruno (朝到着)
• Bruna (朝到着)
• José Carlos (朝到着)
• Roberta (朝到着)
• Sidney (朝到着)

Hospital Dom Antonio Alvarenga
• Raimunda Sampaio Carvalho - 退院済み
• Francisca Cavalcante

Hospital Saboia
• Elisete Guedes Papalargo - 退院済み
• Roseli Aparecida do Prado - 退院済み

Hospital São Camilo
• Elizete Melo Mendonca - 退院済み
• Kaiky Goncalves da Silva - 退院済み
• Kauanny Brilhante Mendes Porto - 退院済み
• Kaue Goncalves da Silva - 退院済み
• Lucimar Rosana Paparrazo - 退院済み
• Marines Beijar Veneroso Russo
• Monica Damasceno Bezerra - 退院済み
• Pryscila Lindseyk Goncalves - 退院済み
• Rodrigo Aguiar - 退院済み
• Sheila Rosana de Lima - 退院済み
• Tauany Julia Ferreira Silva - 退院済み

Hospital Bandeirantes
• Erica Mello - 退院済み

Hospital Santa Helena
• Guilherme Scheidt - 退院済み

Hospital da Glória
• Gabriel Monteiro da Silva Neto

Santa Casa
• Benezinha Paula Santos - 退院済み
• Eduardo Alonso Gutierrez - 退院済み
• Regina Barbosa Melo Gutemberg
• Renize Nil - 退院済み

Hospital São Luís
• Andrea de Arruda Beltrão - 退院済み
• Etiene Barraqui - 退院済み

Hospital Vila Alpina
• Adenilson Borges de Barros

Hospital Alvorada
• Gabriel Romao da Silva - Hospital São Pauloに転送し、腕の手術を受ける

病院に入ることなく手当を受けた人

• Marisalva Santana Souza Costa
• Sandra Regina Roque

-------------------------------
搬送された病院は、教会の周辺の病院だけではなく、
市内中心部から、東部に位置する多くの病院が含まれていて、
事故の規模を物語っている。

何人か日系人と思われる名前がある。

この事故が起きたキリスト再生伝道師教会の本部があるカンブシ地区は、
日系人が多く住むリベルダーヂ地区の南東に隣接していて、
ここも日系人が非常に多いところである。

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domingo, 18 de janeiro de 2009

ブラジル・サンパウロのカカの結婚式が行われた教会の屋根が落ちた その1 事故発生。

サンパウロSão Paulo市の中心部カンブシCambuci地区のキリスト再生教会の屋根が、1月18日(日)の夕方に落ちた。
事故の原因についての情報はまだない。

消防署によると、少なくとも1人が死亡し、35人がけがをした。
この協会の世界本部に、30ユニットの消防が出動した。
事故の連絡が入ったのは18時56分だった。

犠牲者は、Hospital das Clínicas, Hospital São Camilotoと Vergueiro, Jabaquara, Vila Mariaの緊急治療所に運ばれた。

教会は、リンス・ヂ・ヴァスコンセイロス大通りavenida Lins de Vasconcelosにあり、2005年12月にはカカKakáとカロリーニ・セリコCaroline Celicoの結婚式の場所として選ばれた。

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この教会の建物については、
カカの結婚式の後にも、
また、
カカがFIFAの最優秀選手表彰盾を献上して、
展示されたときにも

紹介済みであるが、
老朽化したような建物には見えなかった。

エヴァンジェリカ系の特殊なキリスト教団なので、
一見すると、
教会とは見えない建物であるのは事実である。

教祖夫妻は未だに、
米国からブラジルに戻ってくることはできていない。

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quinta-feira, 15 de janeiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その247 Os gêmeos 105。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えるのである。

無機質なグレーに塗りつぶされていた壁に新たな作品が描かれても、
それが以前であればすぐにまた塗り消されていたのが、
この頃はそのままになっているのである。

市当局の予算の関係なのだろうか。

そういった中で、
パンドルフォ兄弟の新たな作品をまたいくつか発見できているので、
紹介しておきたい。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部のセントロの西の境を通る
アマラル・グルジェル通りにも、作品があった。

サンタ・イザベル通りとの交差点の近くの、
改装工事中の建物の壁に描かれていた。
Sps20090107ce

発見したときは、
足場が邪魔だった。
Sps20090107cd

だが、すぐに車を回して、
撮影に入ったときには、
もう足場は邪魔にならないようになっていた。
Sps20090107cg

Sps20090107cf

Sps20090107ch

高架道路の通称ミニョコンの脇にあたる。
Sps20090107ci

ミニョコンの真下の分離帯から撮影をすると、
もっと広く全体をとらえることができたのだが、
住民の方々が多数おられたので、
謹んで遠慮した。

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terça-feira, 13 de janeiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その246 Os gêmeos 104。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えるのである。

無機質なグレーに塗りつぶされていた壁に新たな作品が描かれても、
それが以前であればすぐにまた塗り消されていたのが、
この頃はそのままになっているのである。

市当局の予算の関係なのだろうか。

そういった中で、
パンドルフォ兄弟の新たな作品をまたいくつか発見できているので、
紹介しておきたい。

-------------------------------
パカエンブー大通りでも、パンドルフォ兄弟の作品を発見した。

マリオ・ヂ・アンドラーヂ大通りとの交差点になる。

この場所には、半年ほど前までは、彼らのグラフィッチが1点あったのだが、
塗りつぶされていた。
そこにまた、彼らの作品が復活したわけだ。
Sps20090105ch

以前の作品があった場所に描かれている作品。
Sps20090105cg

Sps20090105ci

まるで、イスラム教徒の女性のようだが、
何か意味するところがあるのだろうか。
Sps20090105cc

そして、さらにもう1点。
Sps20090105cf

Sps20090105ce

Sps20090105cd

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segunda-feira, 12 de janeiro de 2009

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その245 Os gêmeos 103。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

------------------------------
2008年を通して、パンドルフォ兄弟の作品のみならず、
サンパウロ市内で次々とグラフィッチが、
サンパウロ市当局によって、塗りつぶされていった。

過去に紹介してきたグラフィッチのかなりの作品はもうなくなっている。

だが、12月下旬あたりから、
どうも「グラフィッチ狩り」の手が緩んでいるように思えるのである。

無機質なグレーに塗りつぶされていた壁に新たな作品が描かれても、
それが以前であればすぐにまた塗り消されていたのが、
この頃はそのままになっているのである。

市当局の予算の関係なのだろうか。

そういった中で、
パンドルフォ兄弟の新たな作品をまたいくつか発見できているので、
紹介しておきたい。

-------------------------------
サンパウロ市の歴史的中心部のセントロから、東部への大幹線道路のラヂアル・レスチは、セントロから出てすぐはアルカンターラ・マシャード大通りという。

そのアルカンターラ・マシャード大通りとプラシヂーナ通りの角にあった作品である。
Sps20090110cl

アルカンターラ・マシャード大通りに面している。
Sps20090110cn

Sps20090110cr

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Sps20090110cp

Sps20090110cq

作品のある建物とプラシヂーナ通りを挟んで東側のガソリン・ポストは営業しておらず、今は少なくとも数家族が居住しているようであった。
Sps20090110co

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quarta-feira, 10 de dezembro de 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その244 Os gêmeos 102。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼らの多くの作品は、
かなり治安的に問題があるところにある。
サンパウロ市の中心部周辺のカンブシCambuci、リベルダーヂLiberdade、ベラ・ヴィスタVela Bistaのそれも低地地区にほぼ集中している。
カンブシは彼らの出身地区で、各ブロックごとに、作品があるといえるくらいだった。

撮影には、かなり手間暇がかかったところもある。
作品を発見しても、その時は撮影不可能と判断して、
最適な撮影場所やタイミングを求めて、何度も通ったところもある。

描いた彼らはもっと大変だっただろうか。

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思いもかけない場所にあった作品である。

なんとパカエンブーにあったのだ。

それもパカエンブー競技場のすぐ脇にだ。
Sps20081202ce

競技場の西側のデゼンバルガドール・パウロ・パサラクア通りにあった。
ほぼ、毎日通るところにあった。
Sps20081202cd

こんな場所に、壁絵がずっとあったはずははないので、
つい最近描かれたはずである。
Sps20081202cf

すぐに消される可能性があるので、
すぐに撮影した。
Sps20081202cc

Sps20081202cb

Sps20081202ca

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domingo, 7 de dezembro de 2008

ブラジル・サンパウロのチエテ川の改修工事から、2年が過ぎて。

サンパウロ市の市街地の北方を、東から西へ流れるチエテ川。
Spd20071220c

内陸に向かって流れ、
やがてパラナ川と名前を変え、
さらにラプラタ川となって、ウルグアイとアルゼンチンの国境となり、ついに大西洋に流れる。

このチエテ川はサンパウロ市域では、
その両岸が、片道6-8車線の道路になっていて、
サンパウロ市でそしてブラジルで、最も重要な道路となっている。
Spd20071220e

東に行けば、430キロ先のリオ・デ・ジャネイロに至る道である。
また、ブラジル南部やサンパウロ州内陸部に行くにも、この道を通らなくてはならない。

このチエテ川は、毎年夏になり、ちょっと激しい雨が降ると、すぐに増水して、道路が冠水するような状況になっていた。
このため、改修工事が行われ、川底の浚渫や護岸工事が行われ、一応2006年末に終了した

この工事には、一部、
日本国民の税金が使われた。

その工事が終わって、両岸には木も植えられ、順調に生育していた。
Spd20071220d

植えられた木も最初は頼りなさそうだったが、徐々に幹も太さを増してきた。
Sps20081206cb

その工事の完了を記念したモニュメントも建てられていた
でも、今みると、それがなんだったのか全くわからないような状態になっている。
Sps20081206cc

めぼしいところは、すべてはぎ取られ、鉄骨だけになりはてて、さらに落書きまである。
Sps20081206cd

こんなものである。

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quinta-feira, 4 de dezembro de 2008

ブラジル・サンパウロのグラフィッチ(壁絵) その243 Os gêmeos 101。

ブラジル・サンパウロの中心部に多いグラフィッチ(壁絵)。

ブラジルでは、あの壁絵の類をグラフィッチGrafittiと呼ぶ。

サンパウロの数あるグラフィッチの中でも、もっとも絵画的に鮮やかで、
かつ、その地域にマッチしている作品を描き続けている作家は、何と言っても、
有名なパンドルフォ兄弟である。

二人は、双子のなので、
Os gêmeos(=双子の意味)と名乗り、作品のそばに署名を残している。

-----------------------------
このOs gêmeosについては、
雑誌Pen誌で、
すでに2005年にとり上げられている。

-----------------------------
バンドフォ兄弟は、多作である。
今も、描き続けている。
なかった所に、新作を発見することも多い。
ただし、消されてしまったものもある。

彼ら