quinta-feira, 23 de julho de 2009

ブラジル・サンパウロの新幹線計画 その2 徐々に明らかになる計画。 

国家地上交通局ANTT (Agência Nacional de Transportes Terrestres)が、7月16日(木)に発表したところでは、サンパウロSão Pauloとリオ・デジャネイロをつなぐ高速鉄道は、346億レアルの費用がかかる。

この金額は、成長促進計画PAC (Programa de Aceleração do Crescimento)が110億米ドル(=212.3億レアル)とした予想よりも63%も上である。

工事は、年末までに入札があり、2014年に終わる。

サンパウロSão Pauloとリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiro間のピーク時ではないときの運賃の予想はエコノミークラスで150レアルで、エグゼクティブクラスは200レアル。
ピーク時には、エコにミークラスは200レアルで、エグゼクティブクラスは350レアル。

費用には、線路の建設費、車両費、土地買収費、社会環境費、すべての必要なシステムの設置の費用を含む。
最大の費用は土木工事費obras civisで、245億レアル。

研究によると、弾丸列車trem-balaは2014年には1年間に640万人の乗客を運ぶ。
航空輸送transporte aéreoは390万人、自動車automóveisは96万人、バスônibusは86.5万人。

現在、航空輸送の需要は1年間に440万人である。

2024年の予想では、高速列車の乗客需要は1年間に1020万人。
2044年には、2490万人となっている。

列車はサンパウロSão Pauloとリオ・デ・ジャネイロを直接に1時間33分で結ぶ特急サービスである。
カンポ・ヂ・マルチCampo de Marte駅を出て、バロン・ヂ・マウアBarão de Mauá駅までである。

さらにカンピーナスCampinas(SP)とリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiro間で、ヴィラコポス国際空港aeroporto internacional de Viracopos (SP)駅、グァリューリョス国際空港aeroporto internacional de Guarulhos (SP)駅、ヴォルタ・レドンダVolta Redonda駅、バッハ・マンサBarra Mansa (RJ)駅、ガレオン国際空港aeroporto internacional do Galeão (RJ駅にとまる長距離の地域サービスもある。

さらに、短距離での地域サービスも提供される。
カンピーナスCampinasからサンパウロSão Pauloとグァリューリョス国際空港aeroporto de Guarulhos駅に止まりサン・ジョゼ・ドス・カンポスSão José dos Campos駅までである。

2014年には、1日に42列車が運行され、ピーク時には1時間の間に20分毎3列車が、そして閑散時には40分ごとに1本(1時間に1.5本)直通の特急サービスをすることになる。

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以前よりは、
随分とそれらしい数字が出てきているのだが、
さてさて
本当に今回は実現するのだろうか。

なにしろ、
日本から見ると驚くべき鉄道貧困後進国である。
(世界的に見たらどうかは知らないが)

貨物輸送はそこそこあるのだろうが、
日本のそれに比較すると、旅客輸送は非常にお粗末に思える。

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domingo, 19 de julho de 2009

ブラジル・サンパウロの新幹線計画 その1 今度こそは実現か。

リオ・デ・ジャネイロRio de JaneiroからカンピーナスCampinasまでの弾丸列車trem-bala(=いわゆる新幹線)は、サンパウロSão Paulo市を少なくとも16キロメートルのトンネルで通過する。

専門家によると、トンネルのコストは、地下鉄での同様のコストを適用すると、32億レアルから50億レアルの間になる。

プロジェクトの総コストは成長促進計画PAC (Programa de Aceleração do Crescimento)を含めて220億レアルで、専門家によると330億レアルになる。

サンパウロSão Paulo市における唯一の駅になる予定の市内北部のカンポ・ヂ・マルチCampo de Marteは地下駅になる。

大サンパウロ都市圏Grande São Pauloでは、列車が地表を通るグァリューリョスGuarulhos市のクンビッカCumbica空港に駅がもう一つできる。

この情報は、連邦および州の政府に関係する技術者と政治家、それにプロジェクトに関わっているコンサルタントによって確認された。

先月、ヂウマ・ロウセフDilma Rousseff大臣はサンパウロSão Pauloとリオ・デ・ジャネイロRio de Janeiroの連絡はブラジルがワールドカップを開催する2014年にはできると明言した。

サンパウロSão Paulo,以外にも、弾丸列車はカンピーナスCampinas市、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiro市、そしてアララス山脈Serra das Ararasでも必要で、地下区間は約50キロになる。

より高くなるのだが、技術者はトンネルには土地買収のコストを無くし、環境負荷を減らし、高架線によって町に与える影響を減らすという利点もあると明言した。

経路はまだ決定していないが、駅はカンポ・ヂ・マルチCampo de Marte駅、サン・ジョゼ・ドス・カンポスSão José dos Campos 駅(サンパウロから91キロ)、ヴォルタ・レドンダVolta Redonda駅(リオから112キロ)そして、ヴィラコポスViracopos(カンピーナス)、グァリューリョスGuarulhos、ガレオンGaleãoの各空港駅が予想される。

さらに、ジュンジャイJundiaí(サンパウロから60キロ)とアパレシーダAparecida(サンパウロから167キロ)にも駅ができるだろう。

サンパウロとリオ・デ・ジャネイロの最も早い列車は約150レアルで、飛行機のシャトル便の利用者を引きつけるだろう。
より安く、よく止まる列車は、100レアルとなり、バスを使っている人の代替となる。

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何となく、具体的な計画が話題になり始めたのだが、
実現するのだろうか。

日本政府も、そして企業も、
随分と働きかけをしているようだ。

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sexta-feira, 3 de julho de 2009

サッカー・ブラジル杯2009 その44 ブラジル大統領が、優勝のコリンチャンスと謁見。

7月2日(木)の午後Palácio da Alvoradaで、ブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァLuiz Inácio Lula da Silvaは、1日(水)の夜ポルト・アレグレPorto AlegreでインテルナシオナウInternacionalに2対2と引き分けて、ブラジル杯Copa do Brasilのタイトルを獲得したコリンチャンスCorinthiansの一行に謁見した

大統領は、写真にポーズをとり、コリンチャンスのたすきを身につけ、優勝杯を持った。
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※クリックすると拡大する。

謁見には、記者たちは立ち会うことを禁止された。
カメラマンだけが許可された。
建物の外で、ファンが写真を撮り、選手の名前を叫んだ。

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コリンチャンスの一行は、
ポルト・アレグレを出発後、
一旦サンパウロのグァリューリョス国際空港に到着した。

そこで、13人の選手などが、飛行機を降りた。

そして、
コリンチャンスの社長アンドレス・サンシェス、マノ・メネゼス監督、キャプテンのDFウィリアン、FWロナウド、FWデンチーニョ、FWジョルジ・エンキケ、ボランチのクリスティアンなど8人が、ブラジリアに向かい、大統領のルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァに会った。

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左SBアンドレ・サントスだけは、
ポルト・アレグレから
サンタ・カタリーナ州のフロリアノポリスへ向かっている。

そこで、
2日(火)の夜20時30分から行われた
ロビーニョの友達対ジョーの友達というチャリティー親善試合に参加している。

※この試合は、ケーブルのスポーツ専門局で実況中継された。
 欧州から戻ってきて休暇を過ごしている選手などが参加した。

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連邦大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァは、
ブラジル杯で優勝したのが、コリンチャンスではなかったら、
謁見しなかっただろう。

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サッカー・ブラジル杯2009 その43 大統領が、コリンチャンスの予定を変更した。

コリンチャンスCorinthiansは、7月2日(木)午後の予定を変更し、ポルト・アレグレPorto Alegreでブラジル杯Copa do Brasilのタイトルを獲った後、サンパウロSão Pauloには着陸しない。

チームの飛行機の新たな行き先はブラジリアBrasíliaである。
そこで、選手たちは連邦大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァLuiz Inácio Lula da Silvaに迎えられる。

コリンチャンスのファンである連邦大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァは、午後にブラジリアBrasíliaのブラジル銀行文化センターCCBB (Centro Cultural Banco do Brasil)で選手たちを迎える。

コリンチャンスの元々の予定では、サンパウロSão Pauloに到着後、ファンとともにタイトルを獲った祝いをパルケ・サン・ジョルジParque São Jorge(*コリンチャンスの本部)ですることになっていた。

上院Senadoの問題でスケジュールがいっぱいにも関わらず、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領はコリンチャンスCorinthiansのためにスケジュールを調整した。

予定が変更される約1時間前に、マノ・メネゼスMano Menezes監督はtwitterで、一行はポルト・アレグレPorto Alegreの空港に到着しつつあり、サンパウロに到着した後にパルケ・サン・ジョルジParque São Jorgeに行くと発表していた。

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連邦大統領といえば、国家元首。

日本で、国家元首として扱われる立場にある方といえば、
あのお方、つまり陛下である。

天皇賜杯を獲得した選手と会いたいとしても、
そのためにお互いのスケジュールを調整することが簡単ではないはずだろう。

ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領が、
かなりのコリンチャンスのファンであることは、
公然の事実であり、
いままでも頻繁にコリンチャンスの社長や選手と会ったという報道はあるが、
今回のように急にスケジュールが変更になったということはなかったように思う。

ブラジルらしい話というよりも、
むしろ、
ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領らしいと言った方がよいだろう。

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sexta-feira, 8 de maio de 2009

ブラジル・サンパウロの「”豚”インフルエンザ」 その1 感染者発生。

ブラジルでも、ついに「“豚”インフルエンザ」も感染者が確認された。

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5月7日(木)19時過ぎに、
保健相ジョゼ・ゴメス・テンポロンJosé Gomes Temporãoが、ブラジルにおいてインフルエンザが4件あることを確認した。

ブラジルBrasilにおいて、新型インフルエンザが初めて確認されたことになる。

4件は,若い男性のブラジル人である。
すべて、外国で感染した。
2件がサンパウロSão Paulo州で、リオ・デ・ジャネイロRio de Janeiro州とミナス・ジェライスMinas Gerais州でそれぞれ1件である。

3件は、最近メキシコにいた人であることが確認され、もう1件は米国にいた人である。

すべて、体調はよいという。

サンパウロSão Paulo州での1件は、
4月17日から22日までメキシコMéxicoにいた人で、24日から新型インフルエンザの症状が出た。
ジョゼ・ゴメス・テンポロンによると、感染者は4月29日から5月4日まで入院した。
ビールスを他人に移す可能性が高い10日間を過ぎたので、他の人へ移す危険はない。

サンパウロSão Paulo州でのもう一件は、4月28日に(火)に、米国Estados UnidosのフロリダFlóridaから到着した患者である。
翌日には症状が出始めた。
しかし入院はしていなかった。
というのは、WHOによると、フロリダFlóridaは感染地区と考えられていなかったからである。
しかし、疑わしいので、彼は自宅で隔離された。
保健相によると、彼の家族の誰も病気の症状が出ていない。

ミナス・ジェライスMinas Gerais州で確認されたケースは、4月22日から27日までメキシコMéxico にいた患者で、まだ海外にいた26日に症状が出始めていた。
保健相によると、彼はブラジルBrasilに到着してすぐに入院し、5月6日までは家で隔離されていた。
他の人に感染するリスクはないという。

リオ・デ・ジャネイロ州で確認された4件目は、メキシコMéxicoにいて、5月3日にブラジルBrasilに戻った患者である。
彼は、まだ海外にいた5月2日に症状を現していて、5月5日から入院した。
まだ、ビールスを感染させるかもしれない病気の状況にある。

ブラジルにおける最初のケースが確認された後に,マスクの使用が必要かと問われて、ジョゼ・ゴメス・テンポロンは保証は否定した。

彼によると、ブラジルは12,5千人分の患者の治療の準備をして、必要であれば9百万人までの治療の薬を税蔵することができる。

保健相によると、
「分析的に確認された」 "confirmados laboratorialmente"ケースの発表は、「防疫モニター・システムが機能している」“sistemas de vigilância e monitoramento estão funcionando”ことを示している。

「今のところ、ビールスが他の人に感染した証拠はない。 つまり、ビールスはブラジルでは広がっていない」と、ジョゼ・ゴメス・テンポロンは語った。

ジョゼ・ゴメス・テンポロンは、ブラジルのテリトリー内で感染したというケースがないという事実により、状況はコントロール下にあると確認した。
「WHOが警報を出して以来、連邦政府は保健省Ministério da Saúdeação を通じて、この件については完全に透明にしている」と語った。

ジョゼ・ゴメス・テンポロンは、5月6日(水)に、ブラジルは患者がH1N1ビールスに感染しているかどうかを検出可能にするキットを受け取ったとした。
彼によると、ブラジルでは3つの分析所が72時間以内に検出をする。

保健相によると、木曜日(7日)に発表された24件の疑わしいケースのうち、4件が確認された。
5件は関係がなく、
残り15件が引き続き調査されている。
結果は,金曜日(8日)に発表される。

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保健大臣ジョゼ・ゴメス・テンポロンが自ら、記者会見で、詳細に状況を説明した。

いまのところ、
ブラジルは冷静である。

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quarta-feira, 18 de março de 2009

ブラジルの「クロードヴィル・エルナンデス」連邦下院議員が逝去。

サンパウロ州選出の連邦下院議員のクロードヴィル・エルナンデスClodovil Hernandes (PR-SP)が、3月17日(火)18時50分に亡くなった。

すでに、午後に脳死の宣告が出ていたが、臓器の贈与を進めるために、機器と薬で生かされていた。

だが、連邦区Distrito Federalの移植コーディネーターのルシオ・ルーカスLúcio Lucasによると、いかなる臓器も贈与できなかった。

角膜には、浮腫があって、取り出すことができなかった。

臓器の取り出しの許可は議員の秘書と公共省から出ていた。
彼には連絡を取っている近親者がいなかった。

議員の広報担当者のベルタ・ペレグリーノBerta Pellegrinoは、クロードヴィル・エルナンデスは亡くなったときに臓器を贈与する意志を何度も示していたと語った。

PRの党首のサンドロ・マベルSandro Mabel (GO)連邦下院議員は、
クロードヴィル・エルナンデスの通夜はサンパウロSão Pauloだけで行われると語った。
議員の秘書の当初の考えでは、ブラジリアの議会内でも行われるはずだった。

サンドロ・マベル連邦下院議員は、クロードヴィル・エルナンデスの秘書と夜のはじめに会議をした。
彼によると、遺体は18日(水)の8時に議会の手配により空軍機でサンパウロSão Pauloに運ばれる。
通夜は10時30分から、サンパウロ州議会場Assembléia Legislativaで行われ、17時にモルンビーMorumbi墓地に埋葬される。

脳死は、意志によって5時45分に確認された。
すぐに発表された発表では、引き続ききわめて重篤となっていた。

(経歴)
1937年6月17日、サンパウロSão Paulo市から402キロのエリザーリオElisárioに生まれた。
クロードヴィル・エルナンデスは、スペイン系の夫婦のドミンゴス・エルナンデスDomingos Hernandesとイザベル・サンチェス・エルナンデスIzabel Sanches Hernandesに養子に出された。
本当の両親を知らなかった。
内陸部の高校で学んだ。
ホモセクシュアルであることを明らかにした。
結婚せず、子供ももうけなかった。

スタイリスト、俳優、歌手、テレビの司会者、先生などしてきたクロードヴィル・エルナンデスは2005年に政治の世界に入った。
2006年にサンパウロ州で3番目に多い493,951票を得て、連邦下院議員になった。
任期は、2011年までであった。

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なんだかあっさりと亡くなってしまった。

いろいろな話題を振りまいてきた人だ。

ご冥福をお祈りする。


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terça-feira, 17 de março de 2009

ブラジルの「クロードヴィル・エルナンデス」連邦下院議員の容態悪化。

連邦下院議員deputado federalのクロードヴィル・エルナンデスClodovil Hernandes (PR-SP)71歳の健康状態が悪化していると、彼の広報が語った。

ブラジリアBrasíliaのサンタ・ルーシア病院hospital Santa Lúciaの最新の発表では、彼の健康状態は重体で、死の危険性がある。

頭の出血で今朝入院したクロードヴィル・エルナンデスは脳における血塊を減らすためにカテテールを入れる手当てを受けている。

「予後はまだ悪い。 状態は重体である。 死の危険性はとても高い。 しかし最大の問題をなくす手当ては行った」とアラン・リカルド・コウチーニョAlan Ricardo Coutinho医師は語った。
「わずかな生還の可能性がある」

医師によると、出血仮称は脳の左側。
「彼の脳はまだ腫れている」

医師は、昏睡の状態はレベル5(3から15の間ではかる)と知らせた。

昨年9月に、クロードヴィル・エルナンデスは、肺血栓症embolia pulmonarによる背中の強い痛みのために、サンパウロSão Pauloのアレマン・オズワルド・クルーズ病院Hospital Alemão Oswaldo Cruzに緊急入院した

2007年には、クロードヴィル・エルナンデスは、左腕のしびれのためにサンパウロSão Paulo市中心部のシリオ・レバネース病院Hospital Sírio-Libanêsに入院した。
これは、、動脈の高血圧により起きた。

同じ年に、クロードヴィル・エルナンデスは心臓の問題と動脈の高血圧で2回と、デンギ熱の疑いでも、病院に行った。
5日間入院して、数値は下がったが、治療はされなかった。

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もともとは、スタイリスト。

4年前までは、
rede TV!局で、午後の番組の司会者をしていたのだが、
突然に首になって話題になった。

その後、
国会議員に当選した。

ゲイであることを公言している。

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domingo, 26 de outubro de 2008

ブラジル・サンパウロの選挙2008 その9 サンパウロ市長にジルベルト・カサビ現市長。

10月26日(日)8時から17時まで、
サンパウロ市では、
サンパウロ市長選の第2回投票が行われた。

10月5日(日)の第1回投票での、上位二位の候補者のジルベルト・カサビ現市長とマルタ・スプリシー元市長の間で争われ、現市長が60。7%の得票を獲得し、当選した。

投票終了後、17時30分頃から、開票が進み、20時前にはほぼ終了した。
電子投票なので、開票結果が出るには時間がかからない。

ジルベルト・カサビ市長は、
現サンパウロ州知事のジョゼ・セッハが、サンパウロ市長選に立候補したときに副市長候補として一緒に戦っており、ジョゼ・セッハが市長に当選後、副市長であった。
当選から1年半後に、ジョゼ・セッハがサンパウロ州知事選挙に立候補するために、市長を辞任したために、変わって市長に就任し2年以上がたっていた。

「美観条例」を制定し、サンパウロ市内から、屋外広告を撤去し、看板の規制を行い、さらにグラフィッチ(=壁絵)を徹底して消しているのは彼である。

これから少なくとも、4年間は、グラフィッチ(=壁絵)に復活隆盛の見込みはない。

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ブラジルでは、選挙は義務である。

この日は、酒類を提供してはならない。
サッカーの試合もない。

投票所周辺は、有権者でごった返した。
選挙のために遠出することはできず、
投票の後に、市内が混んだ。

だが、15時頃に、
拙宅の近くのBar Higienopolisで、生ビールを二杯飲んだ。
酒類の提供には違いない。

今回は、その法律が適用されなかったという話もある。
よくわからない。

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segunda-feira, 6 de outubro de 2008

ブラジル・サンパウロの選挙2008 その9 サンパウロ市長選は第2回投票へ。

10月5日(日)は、
ブラジル全土で、
市長選と市議会議員選挙が行われた。

ブラジルは、電子投票が行われているので、広い国土にもかかわらず、開票は早い。
時差はあるが、8時から17時の投票が終わったあと、
各投票機の投票データが送られる。

データは送られても、
集計に多少の時間がかかるので、5-10分で結果が出るわけではない。

ところが、
サンパウロ市の場合は、
トラブルがあり、
22時で開票率60%程度。
24時で開票率90%。
100%になったのは、もう明け方。

市長選挙の結果は次の通りで、
現市長のジウベルト・カサビが事前の世論調査の結果を予想を超えて第1位。
そして、1位になると見られていた元市長のマルタ・スプリシーが僅差で第2位。

元サンパウロ州知事のジェラルド・アルケミンは3位。
Sps20081006ta

人口20万人以上の市長選挙で、過半数を獲った候補者がいない場合は、
上位2候補者による決選投票が3週間後に行われることになっている。

つまり、ジウベルト・カサビとマルタ・スプリシーの間で戦われる。
これから、
落選した候補者の党の有権者を獲得するための、
交渉が行われる。

サンパウロ市の選挙地区での第1位の候補者を表した地図がある。
マルタ・スプリシー候補は、周縁部ではすべて1位だった。
周縁部は、貧しく、そして治安が悪く、病院もなく、交通も不便なところだ。
こういったところで、5割-6割台の得票率だったが、
逆に、ジウベルト・カサビ候補が第1位の地区では、
つまり中産階級以上の多い地区であるが、
10%台程度の得票で3位に終わったところも多かった。
Sps20081006tb

サンパウロ市長選挙でも、
結果に、
格差が露骨に現れた。

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sábado, 4 de outubro de 2008

ブラジル・サンパウロの選挙2008 その8 コリンチャンス頼み。

10月5日(日)は、
ブラジル全体で、市長と市議会議員の選挙の投票日となっている。

さて、ブラジル全体は2番目に、そしてサンパウロではもっともファンの数が多いサッカー・クラブはコリンチャンスである。
コリンチャンスのファンは、数が多いだけではなく、かなりコアなファンが多い。
これは、パルメイラスもそうだ。

サンパウロFCは、ファン数ではコリンチャンスに及ばず、さらにそれほど熱狂的なファンの比率も多くない。
試合にもあまりいかないので、競技場はよほどの試合でない限りいつも空いている。
特にひいきもなく観戦したい人は、サンパウロFCの試合にでも行けばよい。
サンパウロFCの競技場は、郊外にあって、近いとは言い難い。

コリンチャンスやパルメイラスのファンは、どんな試合であろうが、競技場に向かうような人が多いので、競技場はモルンビー競技場ほど大きくないが入場者数は多い。
観客が一体になったように感じるのは、こちらの方だ。

市議会議員選挙に立候補してる候補者には、このコアなファンを獲得しようとして、試合の日の競技場の周辺で運動を行う。
街頭宣伝車を回し、運動員がビラを配る。

半端ではない枚数のビラが配られるのだが、ほとんどがそのまま道に捨てられて、ゴミになっている。
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コリンチャンスの試合が行われるパカエンブー競技場も、コリンチャンスのファンを獲得しようという候補者が何人もビラを配った。
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それらを、拾ってきた。

Dineiという候補者は、写真でコリンチャンスを応援する針巻きを巻いている。
ステッカーのデザインもコリンチャンスの紋章を背景においている。
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Alex Minduinという候補者も、ビラの表と裏にコリンチャンスの紋章を印刷した。
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日系のJooji Hatoという候補者もはがき大のビラを配った。
このビラにはコリンチャンスの紋章など入っていない。
しかし、"E FIEL!!!"という表現はもうコリンチャンスのファンのことを示している。
その下にも、"O Corinthiano que nunca mudou de partido!!!"というのは、「決して党を変えていないコリンチャンスファン」という意味で、はやりコリンチャンスのファンであると宣言している。
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裏面にもCorinthiansの文字が並ぶ。
この10項目は、「コリンチャンスファンの十戒」だそうだ。
薄く斜めに印刷されたTamaoという文字も、コリンチャンスを意味する。
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ステッカーには、コリンチャンスに関係する表現はなかった。
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もっと多くの種類のビラを発行したのは、Wladimirというブラジル共産党PCdoBの候補者。
"Sempre Fiel"とあるので、これもすぐにコリンチャンスのファンだとわかる。
※Fielがコリンチャンスのファンを意味するなどは、辞書にはない表現。
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ステッカーも作った。
ここでは、はっきりと"Sempre Corinthians"と表現した。
さらに、コリンチャンスの紋章もモチーフに出した。
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まだある。
上質な紙に印刷した絵はがきも作った。
ビニールコーティングされていたので、ボールペンでも書きづらい。
使えない絵はがきだ。
真ん中に一緒に写っているのは、コリンチャンスの元選手で、元ブラジル代表のソクラテスだ。
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ソクラテスと同じ時期にコリンチャンスにいたのだ。
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次々と、ビラを作ったが、コリンチャンスのファンであることは外さない。
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まだ、いた。
Atalibaという候補者である。
顔が不鮮明だが、コリンチャンスのユニフォームを着ている。
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まだ、定員55人に1000人以上も立候補者がいるので、コリンチャンスのファンを取り込もうという候補者がいるのかもしれない。

立候補者がコリンチャンスのファンだと宣言すると当然ほかのクラブのファンは捨てたことになるのだろうが、それを考えてもあまりある力がコリンチャンスのファンにはあるのだろうか。

ついでに、
パルメイラスのファンを宣言した候補者のビラも見つけた。
パカエンブー競技場で行われた、ポルツゲーザ対パルメイラス戦の時に、配られたものだが、パルメイラスのファンであることをはっきり示している候補者のものは一つしか発見できなかった。
Sps20081003scp

さらに、サンパウロFCの場合は、
サンパウロFCのサッカー担当役員のマルコ・アルレリオ・クーニャのプラスティック製のカードが拙宅付近で最近配られた。
拙宅の郵便受けにも何枚か入っていた。
Sps20081003sco

この人は、あからさまにサンパウロFCを表現してはいないが、背後の写真には、しっかりモルンビー競技場が写っている。

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