sábado, julho 05, 2008

ブラジル・サンパウロの「日本移民100周年」 その12 「100年記念碑除幕式」2。

100年前の1908年6月18日が、最初の日本人移民団が、笠戸丸に乗って、サントス港に到着した日で、この日が、サンパウロ州の移民の日となっている。

今年は、この日本人の移民100年を祝っていろいろな行事が、ブラジルの日本人・日系人が多いところで、次から次と行われている。
6月21日(土)には、サンパウロ市のサンボードモで、皇太子殿下ご臨席の下、「100周年記念式典」が開催された。

皇太子殿下は、この前後9日間にわたって、ブラジルの各地を、非常に稠密な日程でくまれた行事に参加されたことは、すでに取り上げたことである。

6月20日(金)の午後には、サンパウロ市東部のカルモ公園での、「100周年記念碑」の除幕式にご出席になった。

実は、この除幕式を見に行った。

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続きである

皇太子殿下は、この式に最後までご出席になって、ご退席された。

そういうわけで、皇太子殿下が去られると、もう警備も何もない。

招待者も含めて、集まった人は、すぐに散り始めた。

ブラジル最大のメディアグループのGlobo局の取材。
Sps20080620cze

ローカルニュースのレポーターの中で、もっとも美人のジャナイナ・レプリJanaina Lepri嬢。
テレビで見るとき以上に、美しかった。
実は、この除幕式を伝える、この日のGlobo局のニュースに映されてしまった。
Sps20080620czf

除幕したばかりの、「100年記念碑」の碑石。
この碑石の両側に、お手植えの木がある。
皇太子殿下は、ブラジルの国花イペーを、
サンパウロ市長は、桜を植えた。
Sps20080620czg

「100年記念碑」は、いくつかの碑石からなっている。
これは、
日本から船に乗って、ブラジルに向かったような図が彫り込んである。
Sps20080620czh

最初は、おずおずだったが、どんどんと人々が碑の周りに集まってきた。
Sps20080620czi

写真撮影会になってきた。
ブラジル人は、ポーズをとるのが好きだ。
Sps20080620czj

人が増えたので、完全な姿で碑の写真を撮るのは難しくなった。
Sps20080620czk

碑にもさわり放題。
Sps20080620czl

楽団もすぐに撤収。
Sps20080620czm

碑に上る子供たち。
上るために階段も彫ってある。
ほんの10分前までは、皇太子殿下が御覧になったばかりのところなのであるが、もうそんなことはお構いなしだ。
Sps20080620czn

子供たちがこうやって碑で遊ぶことは、作者の意図したところらしい。
Sps20080620czo

いくつかの白い碑の真ん中に赤い石がある。
もう写真の撮影で、碑をとらえることはできなかった。
Sps20080620czp

先ほどまで、皇太子殿下がお立ちになっていたステージに立ってみた。
Sps20080620czq
※クリックすると拡大する。

とうとう大人も、碑に上った。
Sps20080620czr

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この「100年記念碑除幕式」に、招待された人に配布されたパンフレットである。
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どういう訳か、ポルトガル語でしか書かれていなかった。
式次第。
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作家の紹介。
Sps20080626g

協賛者のリスト。
日本のそうそうたる大企業の名前、下部に並んでいる。
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「100年記念碑」が、人々に親しまれるのはよいのだが、
あっという間に、
こんな状態になってしまったことには、
ちょっと驚いた。

皇太子殿下は、
このカルモ公園のすぐ西側の「広島学校」を、ご視察になっていて、その道は閉鎖されていた。

まだ、皇太子殿下がご滞在中の時に、
日本国サンパウロ領事館の公用車プラド1台が、突然飛び出してきて、ブラジル警察の先導もなく暴走運転を繰り返して、市内中心部に向かっていった。
一般の車を、対向車線も使って、次々と蛇行運転で、追い抜いていった。
サイレンもないわけで、、非常に危険で、みんな急ブレーキをかけたり、抗議のクラクションを鳴らした。

何があったのか知らないが、呆れた。

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sexta-feira, julho 04, 2008

ブラジル・サンパウロの「日本移民100周年」 その11 「100年記念碑除幕式」1。

100年前の1908年6月18日が、最初の日本人移民団が、笠戸丸に乗って、サントス港に到着した日で、この日が、サンパウロ州の移民の日となっている。

今年は、この日本人の移民100年を祝っていろいろな行事が、ブラジルの日本人・日系人が多いところで、次から次と行われている。
6月21日(土)には、サンパウロ市のサンボードモで、皇太子殿下ご臨席の下、「100周年記念式典」が開催された。

皇太子殿下は、この前後9日間にわたって、ブラジルの各地を、非常に稠密な日程でくまれた行事に参加されたことは、すでに取り上げたことである。

6月20日(金)の午後には、サンパウロ市東部のカルモ公園での、「100周年記念碑」の除幕式にご出席になった。

実は、この除幕式を見に行った。

除幕式は、13時30分に始まり、15時10分に終わる予定であった。

カルモ公園は、サンパウロ市の中心部から20数キロ離れており、平日では1時間以上かかるようなところにある。
と言っても、沿道の警備が厳しいということもなかった。
ただ、公園に入るときは、園内の駐車場は、一部閉鎖されており、別のところに行くように言われたのだが、結果的にはそこに止めたことが会場には近かった。

この公園の位置関係については、よく知っているので、中に入ることができれば、特に問題はない。

園内では、いつもは警備員程度しかいないのだが、そこは警備員もいつもより遙かに多く、警察もいた。

会場に向かう道である。
この非舗装の道を、皇太子殿下を乗せた車も往復している。
Sps20080620ce

会場に近づいてくると、人が集まっていた。
Sps20080620cf

皇太子殿下は、車を降りると、カーペットの上を、約100メートル歩くことになっていて、到着1時間も前なのだが、人がいっぱいだった。
Sps20080620cg

会場には、仮設のテントが4つ設置されていた。
一つは、ステージ。
2つは招待客用。
Sps20080620ca
※クリックすると拡大する。

そして、楽団用だ。
Sps20080620ch

会場は、やや高い丘の上にある。
Sps20080620ci

丘の上は、以前から、子供の遊び場があったところで、その脇に記念碑が設置される。
Sps20080620cj

楽団のテント。
クラシック中心で、
テノール歌手も登場していた。
ご到着前には、ブラジルのポピューラーも演奏していた。
Sps20080620ck

14時30分頃、
除幕式に参加する子供たちが入場してきた。
Sps20080620cl

そして、予定より遅れていたが
14時40分過ぎ、
皇太子殿下が到着された。
遠くでもすぐに、どなたが皇太子なのか、見分けがついた。
高齢の招待者も立ち上がって旗を振った。
Sps20080620cm

皇太子殿下の隣の、赤いネクタイをしたのがサンパウロ市長のカサビ。
この公園は市営だ。
そして、柿色の紙袋を持っているのは、西林サンパウロ総領事である。
どうも、各総領事はその紙袋を持って、皇太子殿下のすぐそばにいなくてはならなかったようだ。
何が入っているのか、とても気になった。
何かの「お印」なのだろうか。
Sps20080620cn

ひげの男性が、
「記念碑」制作したKota Kinutaniと言う人。
日芸の卒業である。
Sps20080620co

まず、日本国歌の「君が代」の短い演奏の後、
ブラジル国歌の長い演奏があった。


サンパウロ市長カサビの挨拶。
皇太子殿下は、いつも挨拶をしている人の方を向いておられた。
Sps20080620cq

皇太子殿下はご挨拶をされることはなかったが、
何人かが挨拶をした後、
除幕となった。
Sps20080620cp

NHKが、参加者に取材していた。
Sps20080620cr

除幕の後、ステージを降りられて、
皇太子殿下は、記念碑をごらんになった。
記念碑はいくつかの碑からなっており、
それらを順に回られたのである。
作家が説明をしていた。
Sps20080620cs

参加者に、お手を振られる皇太子殿下。
作家も手を振っているが、これはちょっと勘違いだと思った。
こういうときに、手を振ってよいのは、皇太子殿下とサンパウロ市長だけだろう。
作家ではあるが、そこはわきまえてほしかった。
みんな皇太子殿下を見に来ているである。
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かなりゆっくりと回られた。
Sps20080620cu

皇太子殿下と市長の間にいるのは通訳。
西林総領事の持つ紙袋はどうしても目立つ。
人に預けるわけにはいかないものが入っているのは明らかだ。
このあと、木を植えられているが、そこは報道陣の場所の真ん前で、視界には入らなかった。
Sps20080620cv

ステージの上では、鋭い目をした連邦警察の警備陣。
Sps20080620cw

そして、除幕式が終わり、ステージを降り、次の予定のために車に向かわれる皇太子殿下。
あの手の振り方は、なんとも上品で、簡単そうで簡単ではないと思えた。
Sps20080620cx

周りを警備が取り巻くにしても、結構無防備な。
Sps20080620cy

「20080620f.MOV」をダウンロード

ほんの数メートル先を、通り過ぎられた。
Sps20080620cz

皇太子殿下がサンパウロで使用されたベンツ。
ブラジリア・ナンバーだった。
Sps20080620cza

すぐに車に乗り込まれることもなく、市長などに挨拶をされ、そしてまた手を振られた。
Sps20080620czb

この車は防弾車なのだが、
日本ではあるカーテンがなく、外から丸見えのままである。
これでは、移動中も気が休まらないことだったと思う。
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一行が会場を離れられた。
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つづく。

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sexta-feira, junho 20, 2008

ブラジル・サンパウロの「日本移民100周年」 その1 皇太子、サンパウロ御到着。

ご存知の方も少なくないと思うのだが、
2008年は、
日本人が、ブラジルに、最初の集団移民をしてから、100周年にあたる。

6月18日に、そのニッポン人移民団が乗船していた笠戸丸が、サンパウロ州のサントスに到着した日が、ブラジルの「移民の日」となっている。

例年、この6月18日の中心とした週には、サンパウロ市東部のブラスにある「移民博物館」でイベントが行われている。

「日本移民100周年」のイベントは、2008年に入って、いろいろなものが次から次へと開催されている。
このブログでは、ほとんど取り上げていないのだが、いろいろなレベルのイベントが、サンパウロ市内でも常にいくつか開催されている。

中には、無理やり100周年にかこつけているようなものもあるようにも思えるが、主催者は真面目にやっておられるのであろうから、あげつらうようなことはしないようにしている。

この100周年のイベントは、この6月18日の週にもっとも重要なイベントが行われる。

6月13日から22日までは、サンパウロ市北部のアニャンビー展示場で、「日本文化週間」というものが開催されていて、いろいろな文化を紹介している。
ただし、100年の間にその文化はかなり変容している。
もちろん変容したのは、ブラジルだけではなくて、日本そのものの文化も100年の間に変容しているのであるから、どちらがどうと軽々に語ることはしない。
とにかく、100年前の日本がどうだったかを想像する機会にはなる。
いまでこそ、テレビやインターネットという伝達手段もあるし、さらに飛行機でわずか24時間で、それも距離を考えるとさしたる費用を要すことなく移動できるのだが、それはつい最近のことである。
戦前も情報量なんて微々たるものだったろうが、戦中は10年近く交流さえも途絶していたのである。
ブラジルの中で、独自に発達するものもあったことは間違いない。

そして、6月21日(土)には、そのアニャンビー展示場の隣の、「サンボードモ」(=サンパウロ市におけるカルナバルでの主会場)で「100周年記念式祭典」が執り行われる。

これにご出席されるのが、皇太子殿下である。

皇太子殿下は、6月17日(火)夜に、ブラジリアに到着されて、18日(水)はブラジル大統領ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シウヴァにお会いになっている。

そして、19日(木)の午後、サンパウロ市に入られて、さっそくタイトなスケジュールをこなされている。

その模様が、19時ころからのローカルニュースで伝えられた。
「20080619JNsp-ImigracaoJaponesa-Narihito.wmv」をダウンロード

皇太子殿下を、ニュースではNaruhito(=徳仁)と呼んでる。
名前に当たるものは、徳仁なので、ほかに呼びようがないわけである。

ブラジリアからは、
ブラジル空軍機を使用されている。
ブラジル大統領専用機のはずである。

サンパウロ市のコンゴニアス空港には予定より30分遅れて到着されて、タラップの下ではサンパウロ市長のカサビが出迎えている。
皇太子のすぐそばには、西林サンパウロ総領事の姿が見える。

コンゴニアス空港からは、それほど遠くないのだが、そのままイビラプエラ公園に向かわれ、園内の移民慰霊碑をおとづれられている。
さらに、すぐその脇の日本館では、鯉に餌をおあたえになっている。

ホテルは、サンパウロ市中心部のパウリスタ大通りの一本南西側のサントス通りにあるメリア・モファヘジである。
このホテルは、20数年前に開業した時はシェラトンであったが、いつの間にかメリアになっていた。
大きなホテルではないが、良いホテルである。

20日(金)のご予定も、ニュースでは伝えられている。
日本では、安全面からして考えられないような報道である。

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それにしても思うのだが、
もう若いとも言えない皇太子にとっても、
この日程はきついだろうと思うのである。

地球の裏側なので、時差が12時間もある。
季節も逆である。

だが、
その役目を担う人は、ほかに誰もいないわけである。

「ご公務」だとは言え、到着早々からのスケジュールはハードすぎるのではないだろうか、同情してしまう。
それに、他の地域と異なり、気の休まらないことは、世界最大の日系社会があるということである。

ブラジルには9日間のご滞在である。

ブラジルでの報道ぶりについて、今後も紹介していきたい。

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なお、ブラジル最大のメディア・グループのGloboは、
このところ「日本移民100周年」に関する報道をニュースでも多く流しているが、
それがすべてのマスコミがそうかというとそうでもない。
一部のマスコミに限られているようだ。
好奇心が旺盛で、感度の高いブラジル人には、改めて日系人や日本文化を知る機会にはなっているだろうが、
多くのブラジル人にとっては、それほどの関心事ではないだろう。

報道されればされるほど、逆に日系人や日本文化が、まだブラジルの中で特異であることを露呈していることを証明しているような気もする。

何しろ、日本以外に世界各地から移民もやってきているのだが、日本人以外ではこういった大々的なイベントがないからである。

報道されるのは、日系人が、ブラジルにそれだけ貢献したからで、その存在が大きいからだというのは、手前味噌にすぎる気もする。

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sexta-feira, maio 30, 2008

ブラジル・サンパウロの「ゲイ・パレード2008」 その7 パレード5。

世界最大級のブラジル・サンパウロの「ゲイパレード」が、
5月25日(日)に行われた。

そのパレードの模様を紹介していく。
Sps20080525gh

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domingo, março 23, 2008

ブラジル・サンパウロの公園 その102 Parque Águas。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している

今迄に紹介してきた公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園と、州営の公園を紹介してきた。

緑の地図が発行されて約2年。
その後に開設された公園や、どういうわけが掲載されていなかった公園がある。
サンパウロ市の環境緑地局のサイトでも、まだ「緑の地図」の公園は改定されていない。

だが、
サンパウロ市が、1月26日に「100公園計画」を発表したことによって、さらに多くの公園を紹介しなくてはならなくなった。

まだ、その半分もないのに、2008年末までに64か所にそして近年中に100か所にするというのだから、極めて大胆な計画である。

※※サンパウロ市の公園の数については、
   実は非常に不明確である。
   「緑の地図」では32か所が市営として掲載されているのだが。

「緑の地図」刊行以降に開園した公園や、開設予定の公園や、その他公園と思しき所を紹介し続けることにする。

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今回紹介する公園は、アグアス公園Parque Águas。

面積は約76千平方メートルと、中規模である。

まだ開園していない公園である。

簡単に紹介しておく。

サンパウロ市の中心部セントロから、東に直線で約26キロ。
イタイン・パウリスタという地区にある。

このアグア公園は、サンパウロ市営公園の最初に紹介したサンタ・アメリア公園から南に直線で約1.2キロのところに設置される予定になっている。

サンパウロ市の中心部から東26キロメートルもはなれた最東部のイタイン・パウリスタ地区は、すぐその先が、イタクアェセツーバ市、ポア市、フェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市といった衛星都市に隣接しており、このアグア公園も、フェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市との境になる。
Sps20080321pad
(※公園予定地の南側のピンクで着色した部分がそのフェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市域になる)。
※クリックすると拡大する。

衛星写真で見てわかるのだが、やはり中小河川の水源の一つの傾斜地及び谷間の未利用地を公園化しようとしている。
川は敷地の南端を東に流れており、公園の北端あたりを水源としている川と南東端で合流し、公園以東は直線化されて流れている。

すでに、サッカー・グラウンドが1面だけ確認できる。

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サンパウロ市の中心部セントロから、このアグア公園へのアプローチについては、開園していないこともあるので、図示するにとどめ詳細には説明しない。

どうしても気になる方は、サンタ・アメリア公園へのアプローチを詳細に説明しているので、それを参考としてもらいたい。
Sps20080321paa
※クリックすると拡大する。

Sps20080321pab
※クリックすると拡大する。

※※マルシャル・チット大通りからのアプローチにおいて、一部サンタ・アメリア公園へのアプローチで示したものと変わっているが、どちらでもよい。

週末でも、サンパウロ市の中心部からは1時間以上は必要とするだろう。

公園のある地区は、週日も週末も、車は少ない。
バスくらいしか走っておらず、渋滞はない。

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現地調査をした。

すでに、サンタ・アメリア公園の調査の時に、場所は確認していたのだが、再訪をした。

公園予定地の西側に隣接した学校。
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この学校から先は未舗装である。
塀のはずれから、公園予定地である。
その向こうの丘は、フェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市域である。
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フェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市域に回って、公園予定地をみてみた。
道の先にある緑地が予定地である。
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南端付近から見た予定地。
公園予定地の南の川は時折溢れるようだ。
Spd20070524ck

公園東側の川が直線化された部分。
公園は川の向かっている方向の木が茂っているところ。
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公園の南東端付近。
川を挟んだ左が、フェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市域。
右が公園予定地。
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公園予定地の東側の道路。
未舗装である。
住宅は、下層ではあるが、ファヴェーラではない。
Spd20070524cn

公園予定地北端付近の住宅。
やはり道は未舗装である。
このあたりが、公園としても一番高台になる。
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その北端付近から、公園予定地を見下ろした。
サッカーグラウンドが見える。
予定地の先の住宅地は、フェハース・ヂ・ヴァスコンセーロス市域。
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住民の少女。
Spd20070524cq

サッカー・グラウンド。
ちょっとしたクラブ・ハウスも建てられている。
Spd20070524cr
※クリックすると拡大する。

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すでに、サンタ・アメリア公園のときにも説明しているのだが、そもそも最東部のイタイン・パウリスタまで行くこと自体がかなり無謀である。

サンパウロ市の治安は、以前に比べると随分と回復しているようだが、それでもこのあたりまで来たときに溶け込めるかどうかということは、考えてみるまでもない。
Sps20080321pac
※クリックすると拡大する。

たいして広くもない、そしておそらくこの公園でなければという特色もないこの公園を訪ねて行くことはないだろう。

このあたりに、日本人や日系人がいるかいないかということもまったく無意味である。
市街地化する前は、優良な農地で日本人が農協を営んでいただろうし、その子孫が残っているかもしれない。
だが、大多数の新住民はそういった過去とは無縁である。

マルシャル・チット大通りでのモノ売り。
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マルシャル・チット大通りから、公園方向。
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1974年型のカブトムシや1981年型のトラックが、中古として正々堂々と売られている。
買い手がいるということである。
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教会。
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教会の裏手付近。
道は広いが、車は少ない。
さみしい雰囲気である。
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付近の住宅地。
やはりさみしい。
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公園予定地の北側付近のバスターミナルのロータリー。
ちょっとした商業地である。
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sexta-feira, março 21, 2008

ブラジル・サンパウロの公園 その101 Parque do Povo。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している

今迄に紹介してきた公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園と、州営の公園を紹介してきた。

緑の地図が発行されて約2年。
その後に開設された公園や、どういうわけが掲載されていなかった公園がある。
サンパウロ市の環境緑地局のサイトでも、まだ「緑の地図」の公園は改定されていない。

だが、
サンパウロ市が、1月26日に「100公園計画」を発表したことによって、さらに多くの公園を紹介しなくてはならなくなった。

まだ、その半分もないのに、2008年末までに64か所にそして近年中に100か所にするというのだから、極めて大胆な計画である。

※※サンパウロ市の公園の数については、
   実は非常に不明確である。
   「緑の地図」では32か所が市営として掲載されているのだが。

「緑の地図」刊行以降に開園した公園や、開設予定の公園や、その他公園と思しき所を紹介し続けることにする。

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今回紹介する公園は、ポーヴォ公園(=人民公園)Parque do Povo。

面積は約13万平方メートルと、中規模である。

まだ開園していない公園である。

簡単に紹介しておく。

サンパウロ市の中心部セントロから、南西に直線で約7キロ。
イタイン・ビビという地区にある。

このイタイン・ビビは、20年ほど前から、高級アパート街となっている地区で、さらに今は最先端の高級レストランが次々とこの地区に開店しているというような環境である。

サンパウロの富裕層が住む地区が、南へ南へと拡大移動している中で、そういった層が集まる地区も南に移っているのである。

ただ、イタイン・ビビ地区は、大きな道路(ブリガデイロ・ファリア・リマ大通り)が貫通したことや、その他の道路も抜け道となるような道路が多いので、アパート街としては落ち着かない。
さらに、コンゴニアス空港への離発着コースの真下になっているので、運航時間中は、騒音が続く。

そして、レストランが集まってきていることで、深夜まで騒がしい。

昔からの住民が、逃げ出しているというのも事実である。

この公園は、昔からあった。
あったのだが、
何と20年以上も不法に占拠されていた。

占拠してたのはサーカス学校、いくつかのサッカークラブそして住民。
住民は、公園に建てられた家の家主に家賃まで支払っていたという。
一等地の広大な土地が、長年にわたり、そういった状態のままになっていたというのが、まったく、理解できない話だ。

今は、その不法占拠者を追い出し、整備工事が進んでいるところである。

Google Mapにある何面ものサッカー・グラウンドなどは、こういったスポーツクラブのものであって、新しく開園する公園ではレイアウトは大幅に変わっているはずである。
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※クリックすると拡大する。

なお、2007年12月にハイアン・グレーシーが、包丁を振り回し、車を奪い、その車をぶつけ、ついにはモトボーイ(=バイク便)の一団に取り押さえられたのは、すべてこの公園の東側の道路で起きたことである。
ハイアン・グレーシーは、この公園の東側の高級アパートに住んでいたわけである。

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サンパウロの中心部セントロから、このポーヴォ公園Parque do Povoへのアプローチには、いくつかの方法が考えられる。

往路に、ヴィンチ・トレース・ヂ・マイオ大通りから、アイルトン・セナ・トンネル、そしてジュッセリーノ・クビシェッキ大通りをとおる経路を示した。
復路には、シダーヂ・ジャルヂン大通りから、ノーヴェ・デ・ジューリョ大通りを通る経路を示した。

日曜日であれば、20分もあれば、到達できるだろう。
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※クリックすると拡大する。

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現地調査をした。

公園の北側から。
すでに、サンパウロ市営公園に共通の公園表示がたてられている。
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東側から見た、公園内。
まだ、住宅の撤去工事中であった。
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東側から見た公園内。
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公園の南東部からみた公園内。
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東側の高級アパート街。
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公園の南側はオフィス街に変貌しつつある。
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公園の西側。
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この公園の西側は、マルヂナル・ピニェイロスで、川がある。
その川の対岸は、サンパウロ市の最高高級住宅街の中でも、かなり高級なシダーヂ・ジャルヂン地区である。
この際高級一戸建て住宅街にお住まいの方が、川を渡って、公園などを使うはずがない。
所属しているスポーツクラブや別荘でお過ごしになるに決まっている。
どういう人がいるのか分からない公園などに行くのは危険である。

公園のある東岸は、高級アパート街か、商業地区である。

ファヴェーラ(=貧民街)どころか、庶民さえほとんど住んでいいない。
高級アパートに住み込んでいる門番の一家ぐらいが、庶民ではないだろうか。

高級アパートにお住まいの人は、たぶんこの公園には来るだろう。

この公園にやってくる人はかなり限られると思われる。

場所からいって、駐車場は設けられられないだろう。
平日は、周辺での路上駐車は難しい。
休日は、路上駐車は可能であるが、いまでもすでにフラネリーニャがいる。
高級アパートを訪ねる人が、このあたりに車を駐車している。

面積は中規模とはいえども、
交通量の多い道路に囲まれているので、多少植樹をしても、騒音が激しいはずだ。
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※クリックすると拡大する。

落ち着ける公園になるとは思えない。

公園の東側の高級アパートに住む機会があれば、利用すればよいと思うが、わざわざ行っても失望するだけではないだろうか。

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quinta-feira, março 20, 2008

ブラジル・サンパウロの公園 その100 Parque Ten. Brigadeiro Faria Lima。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している

今迄に紹介してきた公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園と、州営の公園を紹介してきた。

緑の地図が発行されて約2年。
その後に開設された公園や、どういうわけが掲載されていなかった公園がある。
サンパウロ市の環境緑地局のサイトでも、まだ「緑の地図」の公園は改定されていない。

だが、
サンパウロ市が、1月26日に「100公園計画」を発表したことによって、さらに多くの公園を紹介しなくてはならなくなった。

まだ、その半分もないのに、2008年末までに64か所にそして近年中に100か所にするというのだから、極めて大胆な計画である。

※※サンパウロ市の公園の数については、
   実は非常に不明確である。
   「緑の地図」では32か所が市営として掲載されているのだが。

「緑の地図」刊行以降に開園した公園や、開設予定の公園や、その他公園と思しき所を紹介し続けることにする。

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今回紹介する公園は、テネンチ・ブリガデイロ・ファリア・リマ公園Parque Ten. Brigadeiro Faria Lima。

面積は約5万平方メートルとたいして広くない。

まだ開園していない公園である。

簡単に紹介しておく。

サンパウロ市の中心部セントロから、北東に直線で約9キロ。
ヴィラ・マリアという地区のノーヴォ・ムンドにある。

この地区は、公園の北西側の高台だけが比較的良い住宅地であるが、低地は運送業者が多く、大型車両の通りが激しいところである。
この地区は、ブラジルの大幹線道路であるドゥトラ街道、フェルナン・ヂアス街道などの結節点に位置しているので、運送業者にとっては、好立地ということになるところである。
住宅街は中の中程度のところであるが、周辺環境は決してよいとは言えないので、夜間は近づかないほうが良いところだ。

デネンチ・ブリガデイロ・ファリア・リマ公園は、北側が高く、南に向かって下がっている。
管理事務所を設置して、警備員を置けばよいだけの、ほとんど完成していいるような公園である。

平地部分には、サッカー場が1面あったが、そのほかには特別の施設はなかった。
Sps20080319pbfc

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サンパウロ市の中心部セントロから、このテネンチ・ブリガデイロ・ファリア・リマ公園へのアプローチは限られる。
この地区が、大幹線道路に囲まれているからである。

セントロから、エスタード大通り、そしてクルゼイロ・ド・スル大通りを経て、マルジナル・チエテを東へ向かう。
ドゥトラに入るが、ミナス・ジェライス州に向かうフェルナン・ヂアスへの分岐への車線に間違いなく入る。
そのままその車線を直進し、右手に「日伯友好病院」をみて、それを通り過ぎた所で、必ず右に入る。

アマデウ・ポリ大通りから、ソルダッド・カザリオ・アギアール通りに曲がれば、左手がもう公園である。

戻り道は、もとの道をとはいかない。
いろいろな方法があるが、南に下り、マルヂナル・チエテに入る。
西に向かい、ヴィラ・グィリェルメ橋を通って、
パリ地区そしてブラス地区を通って、セントロに向かうのが週末は早いだろう。

平日だと、パリ地区やブラス地区は、素人さんにはお勧めしないが、週末は閑散としているので、近道となる。
Sps20080319pbfa

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現地調査をした。

ソルダッド・カザリオ・アグアール通りから見た公園予定地。
柵ももう立派にできている。
現在は、同名で「広場」扱いである。
Spd20070524ph

サッカーグラウンド。
Spd20070524pi

公園予定地の入り口。
Spd20070524pg

入口をはいると、"SPORTING CLUBE PAULISTA"という看板がある。
Spd20070524pk

そして、クラブハウス。
このサッカー場は、どうもこのクラブが占有しているようだった。
公園にするには、このクラブとの関係を清算する必要があるだろう。
Spd20070524pj

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この地区は、テネンチ・ブリガデイロ・ファリア・リマ公園の北西側だけが小高い丘になっていて住宅専用地である。

しかし、南西側は、物流関係業者の倉庫や車両置き場などと、低質の住宅が混在しているところである。
平日は勿論、週末でも、なんとなく殺伐としているところである。

多少ファヴェーラも点在している。

公園から見て、南南西に約1キロのところにあるチエテ川沿いのファヴェーラは、たびたび騒ぎを起こして、マルジナル・チエテを閉鎖するといった武闘派なので、間違っても入り込まないように、注意されたい。
Sps20080319pbfb

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公園になったとしても、
面積が狭いので、
近所の住民以外には何の魅力もない公園だろう。

わざわざ、サンパウロ市の中心部セントロから出かけていく価値はないと思う。

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テネンチ・ブリガデイロ・ファリア・リマ公園から500-600メートルほどのところに、”Hospital Nipo Brasileiro"「日伯友好病院」がある。
Spd20070524ct

中規模の病院ではあるが、日本語が通じるらしいので、高齢になった日本人移民の方には頼りになる病院である。

「非常事態入り口」もある。
日本的には、「急患入り口」といったところだろうが。
Spd20070524cu

この病院から、南の方向である。
この病院が、ほぼ丘の頂上にある。
Spd20070524cv

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terça-feira, março 18, 2008

ブラジル・サンパウロの公園 その99 Parque Jd.Primavera。

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している

今迄に紹介してきた公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園と、州営の公園を紹介してきた。

緑の地図が発行されて約2年。
その後に開設された公園や、どういうわけが掲載されていなかった公園がある。
サンパウロ市の環境緑地局のサイトでも、まだ「緑の地図」の公園は改定されていない。

だが、
サンパウロ市が、1月26日に「100公園計画」を発表したことによって、さらに多くの公園を紹介しなくてはならなくなった。

まだ、その半分もないのに、2008年末までに64か所にそして近年中に100か所にするというのだから、極めて大胆な計画である。

※※サンパウロ市の公園の数については、
   実は非常に不明確である。
   「緑の地図」では32か所が市営として掲載されているのだが。

「緑の地図」刊行以降に開園した公園や、開設予定の公園や、その他公園と思しき所を紹介し続けることにする。

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今回紹介する公園は、ジャルヂン・プリマヴェーラ公園Parque Jd.Primaveraである。

面積は約12万平方メートルとかなり広い。

まだ開園していない公園である。

簡単に紹介しておく。

サンパウロ市の中心部セントロから、東に直線で約19キロ。

エルメリーノ・マタラーゾという地区にある。

公園用地の東側と南側には川がある。
東側の川の反対側の広い道は、サンパウロ市の深東部を南北につなぐ新しい幹線道路のAvenida Nova Travalhadoresである。

川の反対側の西側が高台で、木が植えられているところが傾斜地である。

この公園は、ジャルジン・プリマヴェーラ公園Parque Jd.Primaveraともいうが、Aterro Jacuíともいい、かつてはゴミの埋設処理場であったようだ。

埋設処理場としての役目を終えたのちに、植林をしたので、衛星写真で読み取ることができるような、模様になっているようだ。

Sps20080318pjpb
※クリックすると拡大する。

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深東部なので、サンパウロの中心部のセントロからのアプローチにはいろいろな方法が考えられる。

まだ、開園もしていない公園なので、図で示すにとどめておく。
Sps20080318pjpc
※クリックすると拡大する。

週末で、40-50分は必要である。

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現地調査をしてみた。

公園の東側には川があり、公園にはいきつけないので、西側からアプローチをするしかない。

公園に向かう道路で、左側の森が公園予定地である。
Spd20070524pe

予定地から、東側を眺めてみた。
Spd20070524pf

予定地内の樹木はユーカリが多い。
敷地南部の傾斜は緩めである。
Spd20070524pd

敷地はフェンスで囲まれてはいないので、立ち入ることは可能である。
Spd20070524pc_2

ゴミの投げ捨てを禁止する掲示であった。
Spd20070524pa

予定地北西部。
Spd20070524pb

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深東部ではあるが、
周辺にはっきりとしたファヴェーラはない。

約1キロ北西にそれなりのファヴェーラがあることは確認した。

全体には、中の下もしくは下層の住宅地が広がっていて、道も割と広く整備されていることもあって、まがまがしい雰囲気を感じることはなかった。
Sps20080318pjpa
※クリックすると拡大する。

面積もそれなりで、平地部分も多いので、完成すると、割と良い公園になるだろう。

とは言え、わざわざサンパウロ市の中心部から出かけることはないだろう。

近隣の住民になれば、使い勝手はよいだろう。

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segunda-feira, março 17, 2008

ブラジル・サンパウロの公園 その98 Parque Pinheirinho D´água。 

ブラジル・サンパウロ市域内にある公園を紹介している

今迄に紹介してきた公園は、2006年にサンパウロ市の環境緑地局が発行した「緑の地図」に掲載されたものである。
すでに、市営公園と、州営の公園を紹介してきた。

緑の地図が発行されて約2年。
その後に開設された公園や、どういうわけが掲載されていなかった公園がある。
サンパウロ市の環境緑地局のサイトでも、まだ「緑の地図」の公園は改定されていない。

だが、
サンパウロ市が、1月26日に「100公園計画」を発表したことによって、さらに多くの公園を紹介しなくてはならなくなった。

まだ、その半分もないのに、2008年末までに64か所にそして近年中に100か所にするというのだから、極めて大胆な計画である。

※※サンパウロ市の公園の数については、
   実は非常に不明確である。
   「緑の地図」では32か所が市営として掲載されているのだが。

「緑の地図」刊行以降に開園した公園や、開設予定の公園や、その他公園と思しき所を紹介し続けることにする。

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今回紹介する公園は、ピニェリーニョ・ダグア公園Parque Pinheirinho D´águaである。

面積は約25万平方メートルとかなり広い。

問題は、Pinheirinho D´águaと聞いても、恐らく誰もその場所を知らないことだろう。

この公園は、現在設置工事が進んでいて、まだ開園していない。