ブラジル・サンパウロの「日本移民100周年」 その12 「100年記念碑除幕式」2。
100年前の1908年6月18日が、最初の日本人移民団が、笠戸丸に乗って、サントス港に到着した日で、この日が、サンパウロ州の移民の日となっている。
今年は、この日本人の移民100年を祝っていろいろな行事が、ブラジルの日本人・日系人が多いところで、次から次と行われている。
6月21日(土)には、サンパウロ市のサンボードモで、皇太子殿下ご臨席の下、「100周年記念式典」が開催された。
皇太子殿下は、この前後9日間にわたって、ブラジルの各地を、非常に稠密な日程でくまれた行事に参加されたことは、すでに取り上げたことである。
6月20日(金)の午後には、サンパウロ市東部のカルモ公園での、「100周年記念碑」の除幕式にご出席になった。
実は、この除幕式を見に行った。
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続きである。
皇太子殿下は、この式に最後までご出席になって、ご退席された。
そういうわけで、皇太子殿下が去られると、もう警備も何もない。
招待者も含めて、集まった人は、すぐに散り始めた。
ローカルニュースのレポーターの中で、もっとも美人のジャナイナ・レプリJanaina Lepri嬢。
テレビで見るとき以上に、美しかった。
実は、この除幕式を伝える、この日のGlobo局のニュースに映されてしまった。

除幕したばかりの、「100年記念碑」の碑石。
この碑石の両側に、お手植えの木がある。
皇太子殿下は、ブラジルの国花イペーを、
サンパウロ市長は、桜を植えた。

「100年記念碑」は、いくつかの碑石からなっている。
これは、
日本から船に乗って、ブラジルに向かったような図が彫り込んである。

最初は、おずおずだったが、どんどんと人々が碑の周りに集まってきた。

写真撮影会になってきた。
ブラジル人は、ポーズをとるのが好きだ。

碑に上る子供たち。
上るために階段も彫ってある。
ほんの10分前までは、皇太子殿下が御覧になったばかりのところなのであるが、もうそんなことはお構いなしだ。

子供たちがこうやって碑で遊ぶことは、作者の意図したところらしい。

いくつかの白い碑の真ん中に赤い石がある。
もう写真の撮影で、碑をとらえることはできなかった。

先ほどまで、皇太子殿下がお立ちになっていたステージに立ってみた。

※クリックすると拡大する。
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この「100年記念碑除幕式」に、招待された人に配布されたパンフレットである。

どういう訳か、ポルトガル語でしか書かれていなかった。
式次第。

協賛者のリスト。
日本のそうそうたる大企業の名前、下部に並んでいる。

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「100年記念碑」が、人々に親しまれるのはよいのだが、
あっという間に、
こんな状態になってしまったことには、
ちょっと驚いた。
皇太子殿下は、
このカルモ公園のすぐ西側の「広島学校」を、ご視察になっていて、その道は閉鎖されていた。
まだ、皇太子殿下がご滞在中の時に、
日本国サンパウロ領事館の公用車プラド1台が、突然飛び出してきて、ブラジル警察の先導もなく暴走運転を繰り返して、市内中心部に向かっていった。
一般の車を、対向車線も使って、次々と蛇行運転で、追い抜いていった。
サイレンもないわけで、、非常に危険で、みんな急ブレーキをかけたり、抗議のクラクションを鳴らした。
何があったのか知らないが、呆れた。

























































































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